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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|

2005-06-01

[economy]「真の失業率」推計最新版(2005-04現在)

先月にリニューいたしましたが、乗りかかった船ということで今月もまた。先月から以下の変更をしております。

  • タームを総務省統計にあわせました。
  • 前年同期比を見ることができるよう、2004/4から2004/12までの月次データを追加しました。
  • 完全失業者数もあわせ掲載するようにしました。
  • 2005/Q1につき、労働力調査詳細結果(速報)に基づき数値を修正しました(15歳以上人口が月次の平均とは明らかに異なる理由がよくわかりません・・・)。
  • 算式と直近ボトムを最後に追加しました。

#なお、推計式に誤りがありましたので、訂正いたしました。

年月   完全   真の   15歳以上  就業者数 完全   真の
     失業率  失業率  人口         失業者数 失業者数

1990   2.1%   3.2%   10,089   6,249   134   204
1991   2.1%   2.4%   10,199   6,369   136   155
1992   2.2%   2.2%   10,283   6,436   142   142
1993   2.5%   2.8%   10,370   6,450   166   183
1994   2.9%   3.4%   10,444   6,453   192   228
1995   3.2%   4.0%   10,510   6,457   210   266
1996   3.4%   4.1%   10,571   6,486   225   276
1997   3.4%   3.8%   10,661   6,557   230   262
1998   4.1%   5.1%   10,728   6,514   279   348
1999   4.7%   6.3%   10,783   6,462   317   435
2000   4.7%   7.0%   10,836   6,446   320   485
2001   5.0%   7.9%   10,886   6,412   340   551
2002   5.4%   9.4%   10,927   6,330   359   660
2003   5.3%   10.0%   10,962   6,316   350   700
2004   4.7%   10.0%   10,990   6,329   313   705

2004/Q1  5.0%   11.3%   10,983   6,236   329   793
2004/Q2  4.8%   9.4%   10,992   6,372   321   663
2004/Q3  4.7%   9.3%   10,988   6,379   314   653
2004/Q4  4.4%   10.1%   10,998   6,326   290   713
2005/Q1  4.7%   11.3%   10,982   6,236   305   792

2004/4  5.0%   9.7%   10,997   6,354   335   680
2004/5  4.8%   9.2%   10,995   6,389   319   644
2004/6  4.6%   9.3%   10,982   6,374   309   654
2004/7  4.8%   9.3%   10,984   6,373   318   657
2004/8  4.7%   9.0%   10,985   6,395   314   635
2004/9  4.6%   9.5%   10,994   6,369   309   667
2004/10  4.7%   9.7%   10,997   6,352   311   686
2004/11  4.4%   10.2%   11,003   6,322   290   720
2004/12  4.1%   10.4%   10,995   6,306   270   731
2005/1  4.5%   11.1%   11,004   6,261   296   782
2005/2  4.7%   11.6%   11,003   6,224   308   818
2005/3  4.8%   11.1%   11,003   6,260   313   782
2005/4  4.7%   9.7%   10,994   6,352   310   684

     C/(B+C)  D/(B+D)   A     B     C  D=Ax0.64-B

(直近月次ボトム)
     5.8%   11.6%    --    6,193   384   818
    (03/3,4)  (05/2)         (03/2)  (03/3)  (05/2)

(注)
・ソースは[[労働力調査(総務省統計局)|http://www.stat.go.jp/data/roudou/2.htm]]。
・月次データは原数値を用いている(季節未調整)。
・「真の」値は、1992年の労働力人口比率0.64(直近ピーク)を15歳以上人口に乗じた数を労働力人口として算出。
・少子高齢化の進展による労働力人口比率のあり得べき低下は考慮していない。

[economy][history]経済学史学会大会第69回大会@大阪産業大学の模様

既にレジュメを紹介させていただいておりましたが、先週末に開催された標記大会について、昨日に続いて中村先生のblogから。

素人としても少しは口を出せそうな(2)についてwebmasterが思ったのは、もう少し「専門知」というものの敷居を低くした考え方があるのではないか、ということです。例えば中村先生のまとめによりますと、理論が淘汰されていって,ある「教科書的理論」に収斂されていくのか?といったようなところが,やはり問題になったという議論があったとのことですが、ここでいう「教科書」とは、おそらく学部レベルのものを想定されているのだと思います。

他方で、一般に教科書といえば、文部科学省の検定が話題になるように、高校以下のものとして受け止められるのではないでしょうか。そのレベルでは経済学教育はほとんどなされていないに等しいわけですが、そうしたレベルで物語ることを想定すれば、全く収斂できないというものでもないはずです。というか、そのレベルでの収斂ができないのは専門家の怠慢ではないでしょうか。

#リフレ派諸先生がよくニュートン力学のような経済学といったことをおっしゃられるように、webmasterが言うまでもないことではありますが。

高校以下の教科書でも研究の進展によって内容の変更を迫られることは多々あり、そうしたレベルの収斂とは学問の進歩を止めるようなものではないはずです。その時点において専門家として、社会的に知られていた方が役に立つであろうことをまとめ、世に知らしめるのは非常に意義のあることでしょうし、何よりwebmasterのような素人にとっては大変助かります(笑)。

と考えると、実は経済学史(と経済史)は経済学の中でも大変貴重な分野です。先に触れたように、高校以下ではなかなか経済学教育はなされがたいのですが、それでも世界史の教科書にはアダム・スミスやマルクス、ケインズといった名前が出てきます。現実を考えれば、高校以下において経済学の世界を紹介する数少ない機会を活かす可能性があるのは、この分野のみといってよいのですから。

そう考えると、改めて若田部先生の「経済学者たちの闘い」の存在価値を認識せざるを得ません。リンク先のamazon書評では否定的なものもありますが、読者層や出版のねらいを取り違えたものだとwebmasterは思います。学部レベルの経済学の知識すら怪しいwebmasterのような人間に経済学の世界をかいま見させてくれた、これ以上ない名案内役だと思います。

#竹森先生の月刊現代連載、単行本化されないかな・・・。

[science]ケインズによるニュートン評

上のエントリを書くに当たってぐぐっていたら見つかったものです。ニュートン生誕300周年に当たっての言葉だそうです。

「18世紀以来、ニュートンは近代科学者として現われた最初の、しかも最大の人物であり、合理主義者で、冷徹無比の論理に沿って考えることを私達に教えた人だ、と考えられてきました。しかし、私は、こういう見方はしておりません。ニュートンが1696年、ついにケンブリッジに最後の別れを告げるにあたって箱に詰めこんだものは、一部は散逸してしまいましたが、残りが私達の手に入りました。この内容を良く読んだら誰でもそういう見方はできなくなると思います。ニュートンは理性の最初の人ではありません。彼は最後の魔術師、すなわちバビロニア人やスメール人たち魔術の時代の最後の人物だったのです。」

[book]roumuyaさんのご紹介

シリーズでroumuyaさんが川喜多喬「人材育成論入門」を紹介されていましたが、ついに最終回を迎えました。

毎回ケースのご紹介があり、エントリの掲載を待ち遠しく感じたものです。本自体よさそうだと思いましたが、それ以上に紹介の仕方がうまいのでしょう、とても読みたい気持ちになってしまいます。

ところで本の種類としては、ビジネススクールのorganizational behaviorの教科書だと思えばいいのかな?

[economy][politics]「フランスとスペイン−国民投票を決めたもの」(@svnseeds’ ghoti!5/31付)

フランスのEU憲法についての国民投票結果についてはいろいろな議論が盛り上がっていますが、他に類を見ない観点からの分析です。必見。

本日のツッコミ(全17件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>鍋象さん 完全失業者数のキャップはないとは思います。担当者の良心とかいう問題ではなく、そういう統計操作をしていれば..]

鍋象 [>bewaadさん 就労希望者が300万人超えたところでハロワの窓口がパンクしていた可能性はあるのかなと思います。で..]

bewaad [>鍋象さん ハロワのオーバーフローはありそうですね(笑)。仮に非労働人口の増加の要因の一部であるなら、就労人口が増え..]


2005-06-02

[economy]ヨーロッパ通貨統合により失われたかもしれないもの

昨日紹介いたしましたsvnseedsさんのエントリですが、その中に、通貨統合により金融政策に各国の独立性がなくなった結果、欧州中銀が決定する短期金利が、国によって引き締めを意味したり緩和を意味したりすることになったわけだ僕はユーロ統合には非常に悲観的でして、その最大の理由が上に挙げたような金融政策の不自由さが招く景気動向の各国の不平等だったりしますという言及があります。

まさしくおっしゃるとおりだと思うわけですが、この「金融政策の不自由さ」が実際どの程度の問題なのか、EUの場合通貨統合に参加しなかった国、イギリスという格好の対照事例がありますので、そこを見てみたいと思います。

まず、イングランド銀行が過去決定してきたオペ金利と、ECBが過去決定してきたオペ金利(=仮に通貨統合に参加していた場合のオペ金利)を比較すると次のとおりです。

dateBOE(a)ECB(b)a-b
1999-01-01/07*6.003.003.00
1999-02-045.502.50
1999-04-08*/095.252.502.75
1999-06-105.002.50
1999-09-085.252.75
1999-11-04*/055.503.002.50
2000-01-135.752.75
2000-02-04/10*6.003.252.75
2000-03-173.502.50
2000-04-283.752.25
2000-06-094.251.75
2000-09-014.501.50
2000-10-064.751.25
2001-02-085.751.00
2001-04-055.500.75
2001-05-10*/115.254.500.75
2001-08-025.004.500.50
2001-08-314.250.75
2001-09-184.753.751.00
2001-10-044.503.750.75
2001-11-07*/094.003.250.75
2002-12-062.751.25
2003-02-063.751.00
2003-03-072.501.25
2003-06-062.001.75
2003-07-103.501.50
2003-11-063.751.75
2004-02-054.002.00
2004-05-064.252.25
2004-07-104.502.50
2004-08-054.752.75

(注)複数日については、アスタリスクを付した側がBOEです。

イギリスが加わっていた場合にECBの政策決定が同じだったかどうかとか、逆にその場合のイギリスのインフレ率がどうなっていたかといった点を考慮する必要があり、あくまで示唆にとどまるものではありますが、イギリスにおける2000年から2001年にかけての相対的緩和や、2003年から2004年にかけての相対的引締めが行われなかったとすればどうなったのでしょうか。

上記期間中のイギリス経済のパフォーマンスは次のとおりです。概ね好調といって差し支えなく、こと中央銀行の政策運営としては、通貨統合をした場合に悪くなることはあっても、これ以上良くなるとは考えづらいです(どの程度悪くなりそうなのかを推計できるエクスパティーズはwebmasterにはないのですが)。

GDP成長率HICP上昇率失業率
19992.91.14.1
20003.92.13.6
20012.32.33.2
20021.82.33.1
20032.22.13.0
20043.12.1n.a.

(注)2004年の失業率は、2004-09まで3%未満(1月2.9%から9月2.7%までゆるい右肩下がり)。

(ソース)主要経済指標(日本及び海外)National Statistics Online

[economy][BOJ]今日は当預残高が30兆円割れ?

bank.of.japanさんの見立てです。今日のオペ結果は要注目ということで。

本日のツッコミ(全10件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [拝読しました。頭に浮かんだのは、ユーロがドルにかわって基軸通貨になるという人と、中国がアメリカのチャレンジャーになる..]

Baatarism [なるほど、その疑惑は当たってるかもしれません。 現状のアメリカ一極支配が気に入らず、対抗勢力の登場を心のどこかで願っ..]

bewaad [アメリカの対抗勢力が存在したところで、それによって日本の相対的地位が上がるわけではないんですけどね(笑)。]


2005-06-03

[economy][BOJ]30兆円割れの記録

2005-06-01 18時ごろ
「日銀当座預金増減要因と金融調節」の6/1速報6/2予想が公表されました。前者による当座預金残高が31.36兆円、後者による当座預金増減が2.21兆円減、差し引けば29.15兆円の残高ということになるので、即日資金供給オペがないか足りなければ30兆円を割り込むことになります。
2005-06-01 19時過ぎ
経済財政諮問会議後の取材(多分、いわゆる「ぶら下がり」)において、福井総裁が当座預金残高の30兆円割れが見込まれることについて、「あすになってみないと分からない。市場の中で自ずと決まる」と語ったとの報道が出ました(ドラめもんさんのご教示によります)。
2005-06-01 夜以降
以上を受け、30兆円割れの可能性に触れる報道が出始めました。
2005-06-02 08時50分
5月分のマネタリーベース(前年同期比2.2%の伸び)が公表され、14ヶ月連続の前年同期比一桁パーセントの伸び率にとどまることが明らかになりました。
2005-06-02 09時20分
即日資金供給オペの定例オファー時間でしたが、オファーは見送られ、つまり資金供給オペはこの段階では行われませんでした。
2005-06-02 10時ごろ
「日銀当座預金増減要因と金融調節」の6/1確報公表。6/1現在での当座預金残高31.36兆円が確定しました。
2005-06-02 午前
オファー見送りを受け、30兆円割れが確実になったとの報道が出始めました。
2005-06-02 午前
水野温氏審議委員が「最近の金融経済情勢と金融政策運営」(福島県金融経済懇談会における挨拶)において、量的緩和政策の枠組みを長続きさせるためにも、当座預金残高目標の維持が「自己目的化」しないように、資金需要の減退に伴う受身的な対応として、当座預金残高目標を段階的に引き下げた方が良いと思います。その際、過去の資金供給オペをロールオーバーしない形で当座預金残高を自然体で引き下げることが現実的なように思います等の発言をしました。
2005-06-02 昼ごろ
谷垣大臣が、30兆円割れはあくまで技術的な話であり金融緩和の後退とは考えていないと語ったとの報道が出ました。
2005-06-02 13時ごろ
6/6付の手形全店買入オペがオファー(期間8ヶ月、オファー額1兆円)
2005-06-02 13時30分過ぎ
衆議院予算委員会に出席した福井総裁が、石井啓一議員(公)の質問に対して、「今回の措置によって何かを積み残しているとか、今の段階で次に何かを予定していることは一切ない」等と答弁しました。
2005-06-02 14時ごろ
上記オファーへの応札締切。応札総額約2.66兆円、落札総額約1兆円。
2005-06-02 18時ごろ
「日銀当座預金増減要因と金融調節」の6/2速報6/3予想が公表されました。前者により当座預金残高が30兆円を割り込み29.13兆円となった(銀行券発行超過200億円分だけ予想を超えて減少)ことが公式に認められました。なお、後者によると、当座預金増減は0.25兆円増にとどまりますので、即日資金供給オペがなかったり足りなかったりすれば、2日連続で30兆円を割り込む(29.38兆円)ことになります。

[politics]ゲームのルール@国会

昨日から民主党・社会党が国会での審議に応じることとなりました。審議拒否については「給料泥棒」をはじめとして様々な批判があり、理屈としてはまったくもってご指摘のとおりなのですが、なぜ野党はそのようなことにするのか、という背景をちょっと説明してみたいと思います。

鍵になるのは次の2つの条文です。

  • 国会の常会は、毎年一回これを召集する。(憲法第52条)
  • 会期中に議決に至らなかつた案件は、後会に継続しない。但し、第47条第2項の規定により閉会中審査した議案及び懲罰事犯の件は、後会に継続する。(国会法第68条)

基本的に与党は多数を占めているわけですから(少数与党の場合はどうかとか、(絶対)安定多数に足らざる場合の委員会はどうかとか、例外的な扱いはあります)、多数決により憲法改正案を除く全ての議案(法律案、予算案など)を自分たちの思うがままに決められます。逆に言えば野党はガチンコでぶつかれば勝ち目はないはずなのですが、上記2条文をうまく使えば勝負することができます。

憲法第52条は、いわゆる通年国会の禁止を含意しています。つまり、必ず国会には会期があり、会期末があるわけです。これに国会法第68条を重ねますと、会期末まで議決させなければその議案は閉会中審査をするとの議決をしない限り廃案にできるという道が開けるわけです。

国会運営は各議院の自治に委ねられていますが(憲法第58条)、基本は前例・慣習です。例えば審議拒否の原因となった郵政民営化関連法案のような、野党が勝負をかけにくる法案であれば、いくら与党が早く可決したいからといって1日審議してすぐ採決、ということは許されません。議案の軽重によって、それぞれどの程度審議すれば(ものによっては公聴会など特別なプロセスも求められます)採決してよいかということが決まっているのです。

となると、与党(の国会対策委員長)にとっては、そうした前例・慣習を踏まえつつ、その国会で各議案をどういった順番で、どのぐらいの時間をかけて採決までもっていくかという段取りが非常に重要になります。会期という限られたリソースをうまく割り振らなければいけないわけで、配分を間違えると成立させたい法案が成立できないことになってしまいます。

野党にとっては、先に申し上げたとおりガチンコでは勝てませんが、この段取りを崩すことにより会期を無駄遣いさせ、時間切れに持ち込むというのが勝機になるのです(審議拒否をしている間にも会期は刻々と消費されていくわけですから。その他でも、スキャンダルの審議で時間を費やすことも同じ効果が見込めます)。与党が成立させたい主要な法案を廃案に持ち込めば、経験則では、与党には非常に大きなダメージとなります。

#以上、極めて端折った説明です。岡本全勝さん(総務省大臣官房総務課長(旧自治省出身)です)のページで詳しく解説されていますので(「国会ということろ」を順にご覧下さい)、ご関心の向きは是非。

他方、野党が審議拒否というカードを切ってきた場合には、与党にとっては、今般の郵政民営化関連質疑のように欠席でもどんどん審議を進め、最終的には強行採決というのが対抗手段となります。この両者のいずれが勝るかですが、審議拒否が有効であるためには、与党が悪法を数の力で押し切ろうとしている、というイメージを喚起して世論を味方に付けるか、(多くの場合に重なりますが)与党内の造反を招くか、いずれかが必要となります。

#全体の枠組みを考えれば、与党には会期延長という対抗策もあります。

本件について言えば、郵政民営化はもともと世論の関心が低いテーマですから、欠席戦術はなかなか国民的反感に火を付けることができませんでしたし、与党内の郵政民営化反対派も(これまでwebmasterが指摘してきたとおり)廃案から解散総選挙という流れを決して望むものではなく、最終的には条件闘争に持ち込まざるを得ないわけですから、野党に同調して造反するわけにはいきませんでした。

こう考えると、今回の審議拒否は、ジョーカーの使い方を誤って無駄にしてしまったと考えるのが適切な評価ではないでしょうか。

[government]ロイターが見たくーるびず

finalventの日記で、ロイターにてはoddly enough article(変なニュース)というカテゴリで報道されているとのご紹介がありました。どんなニュアンスなのか興味があり、下記のとおり試訳してみました。

「クールビズ」日本で開始

東京(ロイター)‐日本の官僚やビジネスマンにワイシャツの襟元をゆるめ、ネクタイを外すよう勧めることがいかに難しいか、エネルギー消費の抑制・温暖化防止のための政府による「クールビズ」キャンペーンの初日を見るに、明らかになったのではないか。

既に「ノータイ」外交で知られているが、小泉首相はカジュアルで軽快に装い、青い亜麻布のシャツをスラックスから裾出しにして執務した。

「ネクタイをしないとは実に快適だ」と小泉首相は記者に語った。

しかし、官房長官は気まずげに、少し恥ずかしそうに開襟シャツを着ていたものの、外務大臣はスーツにネクタイでこの日を迎えた。

「格好についてはご勘弁を」よく糊の利いた青シャツで、でもネクタイはせずに税収について記者にブリーフした財務省の官僚はそう語っている。

暑い気候にかかわらず、普段はダークスーツにネクタイと決めている男性の政府職員や政治家に対しては、6月1日から9月30日までの間、エネルギー消費の抑制・温暖化防止のためエアコンの設定温度をより高くするため、上着とネクタイなしとするよう求められている。

政府は地方自治体や民間企業がこれに追随し、消費が刺激されることを望んでいる。

政府の試算によれば、もし25万人の男性国家公務員が「クールビズ」ずくめとなれば約100億円の売り上げが見込まれ、1,500万人の男性ホワイトカラーが同様にすれば、6,000億円に相当するとのことである。

#6/4に一部訂正しました。

どちらかというと、クールビズキャンペーンそのものというよりは、取らぬ狸の皮算用である需要喚起を皮肉ってのカテゴライズであるように思われます。

[government]「職員の自殺防止のために」(自殺防止専門家会議)について

複雑系な人さんが既に取り上げていらっしゃいますが、人事院が各省庁に標記を通知したとのことです。参考資料のうち、「国家公務員の自殺者数の推移」を見ると、平成15年度における10万人あたりの自殺者数で国家公務員17.1人に対して国民のそれが28.6人ということで、国家公務員の方がお気楽らしいです。

別に、警察庁がまとめた「平成15年中における自殺の概要資料」を見ますと、国民の自殺について様々な分析がなされていますが、その中で有職者の合計を見ると13,424人とのことです。先日の「真の失業率」で触れた就業者数が2004年中平均で6,329万人ですから、10万人あたりを計算すると21.2人。かなり差は縮まりましたが、それでもなお国家公務員は恵まれた職場なのかもしれません。

とはいっても気になるのが、「平成13年、平成8年及び平成3年長期病休者の傷病別順位比較」です。長期病休者は5年ごとに8,032人、7,026人、6,591人と右肩下がりである一方、うち精神・行動の障害による者は914人(11.4%)、1,050人(14.9%)、1,912人(29.0%)と右肩上がりになっています。

国家公務員志望の方々におかれては、そういう職場であることをご認識いただきたく。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

鰻谷 [多くの審議員のみなさんや総裁の本音は本音として、前総裁との比較において「最高の中銀総裁」の名を手に入れた経緯を考えれ..]

bewaad [そういえば、そんな話もありましたね、「最高の中銀総裁」(笑)。 金利低下は、デフレの継続(と実質金利一定)を前提と..]


2005-06-04

[law][economy][BOJ]中央銀行総裁への損害賠償請求

タイ銀行(タイの中央銀行)レンチャイ・マラカノン元総裁に対して、タイバーツ通貨危機時の対応についてタイ銀行が損害賠償請求をし、それが裁判で認められたとのニュース(ソース:CNNなど)を受け、速水前日銀総裁のゼロ金利解除についても、そうすれば、いやそうすべきだという考えが頭に浮かんだりします(笑)。

しかしながら、タイの不法行為法がどうなっているかは全く知りませんのでどのような法律構成で損害賠償を導いたかはわかりませんが、こと日本に関しては難しいでしょう。

まず、タイと同様に日銀が前執行部を訴えるという構図を考えますと、日銀のマネタリー部門自身が同じ考えだったのは藤井良広「縛られた金融政策」軽部謙介「ドキュメントゼロ金利」を見れば明らかですから、そのような天に唾する行為は全く期待できないでしょう(笑)。

そういう法律以外の大人の事情を抜きに法律だけを考えても、不法行為に基づく損害賠償請求を行うには何より損害が生じていなければならないわけですが、ゼロ金利解除により、まあ名誉とか信頼はともかくとして、財産的に日銀に実害が生じたかと言えば生じていないでしょうから、やはり難しいでしょう。

ちなみにタイのケースでは、損害賠償の内容について一番詳しく触れていたTelegraph紙の報道によると、外貨準備に生じた損失と同額を請求したとのことですから、タイ法の詳細はともかく一般の不法行為としては、法理論的には筋がとおっているわけです。

ここで若干脱線しますと、外貨準備に生じた損失ということは、外貨を(固定相場制維持のためのバーツ買い介入で)安売りしたことについて、その段階で変動相場制を導入していれば売れたであろう価格との差額をいうのではないかと思われます(事実関係は未確認です)。マレーシアのように資本取引規制の導入・固定相場制の維持という政策オプションもあり(そしてそのオプションを採らなかったことについてレンチャイ元総裁のみに責任を帰することはできないでしょう)、その道を進んでいればそうした機会費用は存在しなかったわけですから、Telegraph紙の最後のパラグラフで引用されるタイ人のコメントのように、スケープゴートにされた側面は否定できないでしょう。

#本来なら、変動相場制導入を強く迫ったIMFこそが被告にふさわしいような気が(笑)。

では一般国民が国家賠償を求めたらどうなるのか。ネットでは詳細を見つけられなかったのですが、判例タイムズNo.923には、東京地裁平成8年6月17日判決として、次の判例が掲載されているとのことです。

一 大蔵省銀行局長が行ったいわゆる不動産関連融資の総量規制により地価が下落したため損害を被ったとして国に対してされた損害賠償請求が棄却された事例

二 公定歩合の引上げにより地下が下落したため損害を被ったとして日本銀行に対してされた損害賠償請求が棄却された事例

判決の内容がわかりませんし、その後上級審へ行ったのかどうか、行ったとしてどういう判決だったのかもわかりませんので全くの推測ですが、政策と損害との間に相当因果関係が認められなかったのではないかと思われます。

結局日本においては、中央銀行に対しては言論活動によって責任を問うしかないのではないかと。

[media][politics][government]それを言っちゃあお仕舞いよ

共同通信の配信で全国紙に掲載されていない記事(Google Newsで確認)ですが、次のような報道がなされています。

【北京3日共同】中国を訪問中の野田毅元自治相(日中協会会長)は3日夜、中国の呉儀副首相が5月の訪日時に小泉純一郎首相との会談を中止し繰り上げ帰国したことについて「(中国が)土壇場でキャンセルしたわけではない。日中外交当局間では、前から分かっていたことだ」との見解を示した。

野田氏によると、先月16日に小泉首相が靖国神社参拝を継続する意向を表明した直後、中国政府が日本側に呉副首相の訪日日程繰り上げを打診。その後「騒ぎを大きくしないよう当局間で話し合った」(同氏)結果、23日の首相との会談以前の日程は予定通り消化することで折り合ったという。

「ドタキャンでなかった」 呉儀副首相帰国で野田氏(リンク先は徳島新聞)

実はそうではないかと思っていたのですが、触れてはまずいと思って遠慮していたものを>下のいずれか。

  • (不用意につい口を滑らせたのであれば)野田議員
  • (オフレコにもかかわらず記事にしたのであれば)共同通信

海外要人を迎える際には、いきなりよく知らないことを突きつけられて不利にならないよう、日程といったロジ(知る人も多いと思いますが、霞が関用語でロジスティックスの略。内容ではなく(こちらはサブ(サブスタンスの略)といいます)手続のことです)だけでなく、どのようなテーマについて話し合うのかについても事務方で調整し、事務方はそれを踏まえて事前に想定問答を用意するわけです。

だからこそ、この手の会談においてドタキャンというのは本国の政変なんていう突発事態がない限りあり得ない話ということになります。相手の返事がどうであれ要求することに意義があるならば、言うだけ言って帰ればいい話ですし、返事に意味があるにもかかわらず意味のある返事をもらえる見通しが立たないのであれば、そもそも会談をセットしなければよいのです。

完全に憶測ですが、今回の流れは次のようなものだったのではないかとwebmasterは考えています。

  1. バンドンでのAA首脳会議スピーチ小泉総理・胡錦濤国家主席会談と同様のやりとりをする前提で、呉儀副首相来日・小泉総理との会談をセット。
  2. 中国側より、(国内事情から)もう少し色よい言葉がもらえないだろうか、との持ちかけ。
  3. 日本側より、無理との回答。
  4. 双方協議の結果、それなら会談自体しない方がよいとして、以下の条件で合意。
    1. 中国側が前言を翻したので、会談のキャンセル自体については中国側の責任として公表。
    2. 日本側は、中国がいわば恥をかぶることとのバランス上、キャンセルの非難はしない。
  5. キャンセル公表(5/23)直後、双方とも合意に沿って中国側の事情(緊急の公務)でキャンセルになったと発表。
  6. 小泉総理が「先方が『ぜひ会いたい』ということなので、『私も喜んでお会いしますよ』と予定を作ったが、分からないですね。野党の審議拒否が伝染したのかな」と発言(5/23)。
  7. 一国を代表する立場の者を国内の野党と同一視したことに中国が反発し、キャンセルの理由を靖国問題と公表(5/24。多分、23日夜の間にそうすることが中国側から伝えられたので、24日朝には日本側も公式にキャンセルの非礼に言及)。

とまれ、中国側は既にキャンセルの理由を靖国だとしているわけですから、この野田発言のダメージは少ないですが、日本側にとっては、今まで嘘をついていたということになり、かつ、中国とは異なりそれに対する批判が十分にあり得ますから、それなりの政治的軋轢が生じかねません。

野田議員にはそのように政府を困らせたいという動機がないと考えられること、(あくまでGoogle Newsに基づけばですが)共同通信以外にこの問題を取り上げるメディアがないことの2つの理由から、共同通信がオフレコ破りをしたのではないか、というのがwebmasterの推測です。

[misc]田中先生、ご乱心(笑)

「山田優嬢のセレブ価値は保たれたか?」(@ノーガード経済論戦6/3付)は、「経済学を知らぬエコノミストやトンデモなビジネス書に果敢にノーガード戦を挑み、混乱する経済論戦シーンを明快に読み解く。」というお題目とはあまりにかけ離れているとの指摘を免れないと思います(笑)。

#ガルブレイスに端を発する広告の経済効果について触れられていて、当然ながら単なる芸能談義ではありません。先生の名誉のために付け加えておきます。

ところで、6/2の19時44分の段階で田中先生は、「ノーガード」原稿(二本)を抱えているとおっしゃっていましたが、山田優のニュースはそれ以降に出たわけで、予定原稿をさしおいてまでお取り上げになったという理解で間違いないのでしょうか?(笑)

[misc]ザモデル氏、再登場

田中先生つながりで、かのザモデル氏(当ページでの敬称の通常の用法とは異なりますが、「氏」が経緯もあり一番しっくりきます)がドラエモン氏は引退したんですか。知りませんでした。ここには偶々来たのですが、(どなたか)よろしく伝えてください。とのコメントをEconomics Lovers Liveに寄せていらっしゃいます。田中先生からここも見ているんじゃないかなとあるように、既にご覧になったかもしれませんが、念のため掲載させていただきます。

[sports]サッカー日本代表、バーレーン戦勝利

次の名台詞を思い出しました。

「東郷は運のいい男ですから」
(山本権兵衛海軍大臣が明治天皇に対して東郷平八郎舞鶴鎮守府司令長官を常備艦隊(後に連合艦隊)司令長官に推挙した際の言葉)

手腕は東郷提督ほどには期待できませんが、運は東郷提督なみに期待できそうです、コインブラ監督。

本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>韓流好きなリフレ派さん ひょっとしてELL(というのが公式略称だったのですね)用の原稿を間違えて載せてしまったのか..]

外務省の方々の一人 [鋭いご指摘方、拝読させていただきました。 野田先生の発言は、日中協会会長として訪中した際に邦人記者に対する記者会見..]

bewaad [>外務省の方々の一人さん 毎度インサイダー情報ありがとうございます。6/8のエントリで紹介したIrregular E..]


2005-06-05

[notice]Deer Park Alpha 1、その他

Deer ParkとはFirefox 1.1のこととのことですが、このアルファ版(よって導入は自己責任となります)では、以前からご指摘をいただいていた、当サイトをFirefoxで閲覧するとスクロールボタンが利かないという問題が解決されているとのことです(予告どおりバグフィックスされたということになります)。

#Geckoのバージョンの問題だったとのことです。

関連で、画面右上のCSS切替が動作しない問題ですが、依然として解決の目途は立っておりません。しかし、言い忘れておりましたが、代替スタイルシートのURIは下記のとおりですので、ローカルに保存してユーザスタイルシートとしてお使いいただくことができます。抜本的解決には何らなっておりませんが、よろしければご活用下さい。

http://bewaad.com/bewaadAlt.css

[government]海上保安庁への激励

第七管区海上保安本部や対馬海上保安部に800件以上の激励の電話・メールがあったとのことですが、無粋を承知で申し上げれば、電話は控えたほうがいいと思います。もう少し前の段階のまとめでは、だいたいメールと電話の比率が4:1とのことですので、同じ比率だとすれば160件程度の電話があったということになります。

野口悠紀雄が「『超』整理法」などで繰り返していることですが、電話は電話口に応答者を拘束するメディアなので、他の業務に支障が生じるおそれがあります。抗議の電話であればそれもまた狙いのうちということになるかもしれませんが(笑)、GJと言いたいのであれば、本意ではないですよね。

ファクスは受け手を拘束しないだけまだましですが、回線を塞ぐのであくまで次善の策ということになります。というわけで、メールか手紙をお薦めいたします。もちろん以上のような問題がないということもありますが、それにとどまらないメリットがあります。

これは職場によって違いますが、webmasterの職歴中においては、メールや手紙を部内回覧していたところもあります(ほとんどが批判・非難のものだったりしますが(笑)。むしろ電話の内容は、「こんな電話があったよ」という話こそあれ、細かいニュアンスなどは受け手以外の人間に伝わりようもありません)。他にも、ストックしておいて部内の人間が見に行くような形もあります。

感謝の気持ちはぜひメールや手紙で表してあげてください。


2005-06-06

[book]読んでいませんが

Pyotr1840さん経由で、週刊新潮の「闘う時評」にて、福田和也さんが村上龍「半島を出よ」を酷評されていると知り、とりあえず手軽に読める(笑)週刊新潮を入手しました。

リアリティの欠如が指摘されていますが、わずかな人数での福岡ドーム占拠が、福田さんの言葉を借りればこんな杜撰な、リスクだらけの計画ということも含め、既に2ちゃん軍板の「半島をでる?村上龍のむりむり作戦」スレで詳細に検討されています。

#ちなみにこのスレでの指摘でもっともwebmasterが笑ってしまったのは、作中で用いられる飛行機では北朝鮮から出発した場合、日本まで届かずに日本海に落ちるだろうというものです。

加えてリアリティといえば、作中で描かれているという日本の財政破綻が非常に気になるわけですが、軍板では板違いになりますからもちろん触れられていないのも当然で、加えて福田さんも何ら触れていらっしゃらないのですが、実際のところどんな記述がなされているのでしょうか。彼の経済知識の源泉が源泉だけに、日本の財政破綻なるものがどのような経緯で起こるとされているかは予想がつくわけですが、その裏を取るためだけに買うのもなぁ・・・。

[joke]村上龍を使った文系・理系判別法

昔友人とした馬鹿話なのでまじめに受け止めてもらうような話ではないのですが、村上龍で思い出したものです。

「限りなく透明に近いブルー」とは、透明なのかブルーなのかどちらでしょうか?

この答えで文系か理系かがわかるというものなのですが、どちらの色がいずれか、そしてその理由、お分かりになりますでしょうか?(答えは明日)

[comic]現在官僚系もふ・第11話

なんと2話完結ではなく3話完結。そういう実力に見合わない無謀な試みはやめた方がいいような。例えば今回の最初のページで「財政金融委員会」という言葉が出てきますが、先週号についてどろっぷさんが触れているように(そしてそのページ以外では正しく書かれているように)、衆議院(浅川議員の所属院です)では「財務金融委員会」が正しい名称です。他方で、経産省の官僚による省名の自称は「経済省」なのですが、そこは先週号・今週号とも「経産省」だったりして、間違った方には統一が図られていたり。先週でも触れたバッヂは今週ではどこかに消えてますし。

ちなみに国会質問のレクを受けられないことはしばしばあるのですが、途中で触れられているような本会議ではなく、まさに委員会質疑でこそそういったことはあるのが実態です。あと、最終ページの柱に「前代未聞! 官僚と政治家が質問作り!!?」とありますが、前代未聞なわk(ry

え、ストーリーはって? 来週を見てみないと、と一応留保しておきますが、期待薄ですねぇ・・・。

本日のツッコミ(全723件) [ツッコミを入れる]

Before...

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2005-06-07

[notice]週刊東洋経済に掲載されました

6/11号p23のコラム、「ミスターWho」の少数異見「ブロガーたちの挑戦/メディアの役割とは?」にて、馬車馬さんとセットでご紹介いただきました。webmasterの知る限り、紙メディアでは初めてだと思います。非常に光栄なことで、本当にありがとうございます。

といいつつ、URIも出ていませんで、仮に普段ネットに親しんでいらっしゃらない方々に興味を持っていただけた場合に、当サイトを探し当てていただけるもののか、不安を感じないわけではありません。"bewaad"でぐぐれば一発ではありますが、そうした方々がぐぐることにたどり着くものかどうか・・・。

[economy]設備投資の謎

財務省の法人企業統計調査の本年第1四半期結果が昨日公表されましたが、その中でも8四半期連続で設備投資が前年同期比増加していることが注目されています。

ところが不思議なことに、こうしたフローの動きとは裏腹に、ストック(計数は民間企業資本ストック速報(昨年第4四半期)を参照しています)を見ると、伸び率は右肩下がりとなっています。比べてみれば次のようになります。

設備投資増減資本ストック増減
2002Q1-16.82.6
2002Q2-15.52.2
2002Q3-12.22.0
2002Q4-0.61.9
2003Q1-1.72.0
2003Q26.31.5
2003Q31.51.4
2003Q46.01.3
2004Q110.1-0.2
2004Q210.71.5
2004Q314.41.8
2004Q43.51.9
2005Q17.4n.a.

(注)2002Q1,2の設備投資を除き、双方ともソフトウェア資産等を含むベース(なお、資本ストックは進捗ベース)。前年同期比。

統計のベースが異なるのですからまったく同じ動きである必要はないのですが、ここまで動きが異なるというのはなかなか腑に落ちません。エントリのタイトルとして「謎」としたのは、この両者の関係はどのように解すればよいのでしょうか、ということです。

資本ストックは実質ベースですとか、個人企業も含むといった相違がありますが、同じく民間企業資本ストック速報には、法人企業統計調査における設備投資とベースが近いと考えられる新設投資額という項目があります。

1981年から追跡可能なので、計数の記載はあまりにも分量が多くなるため割愛しますが(ご面倒ですが、以下をフォローされる方は上記リンクよりダウンロード願います)、1994Q1が転機となってまったく性質が異なっているように見えます。

まず、資本ストック増減(ネット計数)と新規投資額(グロス計数)の相関係数について、1994Q1まで(以下「バブル前・中」とします)と1994Q1以降(以下「バブル後」とします。なお、1994Q1はどちらの期間にも含めています)を見ると次のようになります。

バブル前・中バブル後
0.34-0.15

目分量でこれら両者には、新規投資額が1年程度先行する関係があるように見えますので、1年違いで相関係数をとる(例えば、1994Q1のストックと1993Q1のフロー)と、さらに差は明確になります。

バブル前・中バブル後
0.570.04

つまり、バブル前・中期においては、フローが増えればその1年後にストックが増える傾向にありますが、バブル後期においては、フローが増えようが減ろうが、ストックの動きにはほとんど影響がありません。

他方で、ストック計数自体の動きを見ますと、次のようにこれまた大きな違いが見られます。

 バブル前・中バブル後
近似式y=-0.0028x+6.9507y=-0.0652x+4.5512
R-squared0.00060.6965

バブル前・中期においては、近似式はほぼ水平で、しかもR-squaredがほぼゼロですから、その時々の投資環境により上下動しつつも、平均すれば7%程度のネット増で安定的に推移していることになります。ところがバブル後期においては、近似式ははっきりとした右肩下がりの傾向を見せ、しかもR-squaredもそれなりに高い値ということで、この2期においては明らかに企業の投資活動が変質していると言ってよいのではないでしょうか。

以上をwebmasterなりに解釈しますと、GDPデフレータベースで見た場合、1995年(暦年)基準値で1994Q3からデフレになっていることが原因ではないかと思われます。1994Q3から計数ベースでもデフレになったということは、期待インフレ率ではその少し前からデフレになっていてもおかしくありません(期待インフレ率の推計はwebmasterの技量の及ぶものではありませんので、単に可能性を指摘するにとどめます)。

バブル前・中期においては、ストックがフローにより左右されているわけですから、売り上げ増を見込めばその分生産能力を増強するための設備投資がなされ、ストック量を押し上げることになりますし、逆に売り上げがそれほど伸びないようであれば、フロー投資が抑制され、その分ストック量の伸びも鈍っていた、という因果関係があると思われます。

他方でバブル後期においては、一貫してストック量の伸びが減少傾向にあるわけで、その間の景気循環には左右されていません。となると、この間のフロー投資の増減は、既往設備の減耗分に左右されていたと考えられます。俗っぽく言えば、まだ設備が使い物になるうちはそれを使い倒して、いよいよ使い物にならなくなったらようやく買い換える、という行動パターンがあるのではないでしょうか。

以上の検討は、途中で「目分量」といったいい加減な要素がありますし、何よりこの手の分析を行う理論的バックグラウンド・経験・スキルがwebmasterには全くありませんので、数字を眺めての素人の思いつきに過ぎません。それらを有した方々による批判的検討の材料にしていただければ幸いです。

[politics]岡田代表に見えているものと見えていないもの

郵政民営化法案を廃案に追い込めば解散に持ち込めるにもかかわらず、総選挙は来年だと言ってしまう民主党岡田代表に対して、JSFさんが次のような指摘をしています。

それなのに『衆院選は来年の可能性高い』と言ってしまったという事は・・・今年解散総選挙する可能性は低い、と認めたのと同義です。それとも、廃案に追い込んでも首相は解散なんかしたりはしないだろう、と予測しているのでしょうか。だとしたらそれは見通しが甘過ぎるのではないでしょうか。

「戦略無き民主党」(@週刊オブイェクト6/5付)

民主党の郵政民営化法案への対応については、webmasterも先日取り上げましたが、郵政民営化法案を廃案に追い込むためには次の選択肢しかありません。

  1. 野党のみでは、審議を引き延ばして、あるいは世論を盛り上げて採決はまずいと与党に思わせて、会期末まで時間を稼ぐ。
  2. 与党の造反が見込めるのであれば、採決で否決する。

選択肢1については、審議拒否は不発に終わったので引き延ばすにも限界がありますし、世論もはっきりいってどうでもいいという雰囲気が強いので(様々な世論調査の結果に明らかです)、これによる廃案はまず無理でしょう。

選択肢2については、JSFさんも引用している、廃案になったら解散するという小泉総理の脅しは実際には与党内反対派に向けられたものですが、この脅しの効果はてきめんで反対派はせいぜいが条件闘争にしか持ち込めず、とても反対票を投じることはできないでしょうから、やはり現実的ではありません。

したがって、岡田代表の言は、評論家のする情勢分析としては妥当なもので、よく周りが見えているといってよいとwebmasterは思います。ところが、まさにJSFさんが民主党としては郵政民営化法案を阻止する積りは無いのですね?と指摘しているように、その分析を野党党首が発言することの意味については、全く見えていないと申し上げるよりほかありません。

現に今、郵政民営化特別委員会において、民主党議員が政府案には問題があると主張しているわけです。しかも、まだ法案審議の場は衆議院ですから半分も終わっておらず、現在の論戦の後には参議院での論戦が控えているわけです。そんな段階でトップがそれら論戦はすべて消化試合だと語ってしまっては、下はどうやってモチベーションを高めればよいのでしょうか。

もちろん、本気で解散に追い込むというのであれば、各選挙区で候補者を絞り込み、資金調達を進め(脱線ですが、選挙にお金が必要な実態は、真保裕一「ダイスをころがせ!」にて詳しく描写されています。小説そのものとしても、もちろんおもしろいです)、といった選挙準備も同時に進めなければ言行不一致になります。それをしない以上(本当に選挙が近いのでない限り、これらを進めるわけにはいきません)、言葉がどうであれ本気でないことは見る人が見ればわかることではあります。

でも、そこであえて嘘をつくこともまた(聞いている方が信じたくなるようなものであればなおよし)、トップに求められる資質でしょう。

そのうち小泉総理がこの発言を取り上げて、「民主党は廃案にすべきだなんて言っているけれど、自分たちだって廃案になるなんて思ってないじゃないですか。そんな軽い気持ちで郵政民営化に反対だなんて言うのは、単に反対のために反対しているだけでしょう」などと民主党への攻撃材料にする可能性すらあります。

そんな岡田代表にアドバイスするなら、自民党内の反対派がとりまとめながら、議員提出法案は所属政党における手続を経なければならないとの慣例が壁となって受理されていない日本郵政公社改革法案を、民主党により議員提出することをお薦めします。自分たちが出そうとした法案が審議対象となっているにもかかわらず、条件闘争に食いつくのは反対派としても人目が気になるところでしょうから、ひょっとしたらひょっとするかもしれませんよ?

[joke]村上龍を使った文系・理系判別法(回答)

ブルー=文系
「限りなく透明に近い」はあくまで「ブルー」の修飾句と解して、ブルーになります。
透明=理系
「限りなく・・・に近い」を極限と解して、透明になります。

というわけで、馬鹿話にお付き合いの上、多くの回答をお寄せいただき、ありがとうございます。

  • oioiさん:ご賢察のとおりです。
  • 塩らーめんさん:ご丁寧に解説いただきありがとうございます。
  • ko-jiさん(2005-06-06 20:45):ごめんなさい、そんなに凝ったものではありませんでした。
  • BUNTENさん:ベタって言うなぁ〜(泣)。
  • messiahtamさん:「そこを何とか、いずれかを選択いただきたい」という当方は文系です。
  • 強襲者さん:待った甲斐がない、ということがなければよいのですが・・・。
  • ko-jiさん(2005-06-07 03:37):法「回答の前に、相談料をいただきたいのですが・・・」、経「まずブルーであると仮定してみよう」、というのはいかがでしょう?
  • トニオさん:文系で正解でしょうか?
本日のツッコミ(全3714件) [ツッコミを入れる]

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2005-06-08

[media][WWW]週刊東洋経済掲載の影響

昨日お知らせしたとおり、週刊東洋経済において当サイトをご紹介いただいたのですが、アクセス数を見る限り、ほとんどその影響はなかったようです(笑)。やはり、週刊東洋経済の読者層ではぐぐる行動にはなかなかつながらなかったのではないでしょうか。

他方、同じコラムに掲載されたgoriさんのIrregular Expressionからリンクを張っていただいた効果はてきめんでした。goriさんの場合はアルファベットでなくカタカナ表記だったのでぐぐってもなかなかたどり着いてもらえないとのことですが、そもそもぐぐってくる数は少ないようです、というのが当サイトでの実験結果(笑)となります。

#当方からはIrregular Expressionには何度かリンクを張らせていただいたこともあります(一番最初は2003年の衆院選分析でした)。

なお、カタカナ表記となった理由ですが、既にコメント欄で指摘がありますが、縦書きであることがその理由ではないかと思います。当サイトの紹介のように6文字であっても、非常に違和感があるとのことですから。

ちなみに田中先生にもこの件をお取り上げいただきましたが、少なくともwebmasterについてはご賢察のとおり、マスコミを志望したことは人生において1秒たりともございません。

[economy][government]どこまで本当かなぁ・・・

金融財政事情6/6号pp32-37に「郵政民営化・政策金融改革で資金循環はどう変わるのか」という論文が掲載されているのですが、あまりにも納得できないので、本職のエコノミスト(著者は跡田直澄慶応大学教授と、高橋洋一ESRI主任研究官)に対してドンキホーテだとは自覚しつつも、反論を試みたいと思います。

まずは現状の分析です。論文では、昨今の資金循環について次のような記述があります。

まず家計部門をみてみよう。家計部門から民間金融機関に対して預金が160兆円増加し、郵貯・簡保に対しては170兆円増加している。

一方、民間金融機関は家計からの預金は160兆円増加したが、国債・地方債への投資が150兆円増加し、企業部門への貸出(ネット)は110兆円減少している。

つまり、家計部門は貯蓄を増やし、それを民間金融機関や郵貯・簡保等へ預け入れる形で公的部門に資金を流し込み、民間金融機関が国債・地方債を購入するという行動を通じてさらに政府部門のなかに資金が入り込んでいる。したがって、企業部門には資金が環流せず、「失われた10年」における設備投資の減少を招いた。

pp33,34(強調はwebmasterによります)

そもそも、強調部以前の記述は事実関係を述べているだけで、強調部の冒頭において「したがって」と言い得るようなロジックは内包されていません。あくまで強調部は、強調部以前の事実関係について、著者がそのように推測しているに過ぎません。

ではその推測は正しいのでしょうか。webmasterは企業部門の設備投資の減少はあくまで売上げの減少を見込んでの合理的な行動の結果であって、公的部門がいわば資金を横取りしたためだとは思いません。理由の1つは現にデフレにより名目GDPが伸び悩んでいること、もう1つは公的部門の資金の横取り=クラウディングアウトが生じているのであれば観察されるはずの金利上昇が起こっていないことです。

続いて、そのような現状に対する評価です。

こうした資金循環からは、萎縮する民間部門と拡張する政府部門という失われた10年の構図が裏付けられる。この資金の流れを大きく変えることが日本経済の活性化にとってきわめて重要なことは明らかである。「民にゆだねられるものは民に」という小泉内閣の方針は正鵠を射ている。

中央・地方政府や政策金融、特殊法人でも資金需要がふくれあがってきているが、収益性が低いかまったく生まないところに流れるお金が拡大し、収益、付加価値を生み出す民間部門へのお金の流れが縮小するという構造を政策的に変更することは、官主導ではなく民間主導経済をつくることにほかならない。

p34(強調はwebmasterによります)

先に著者たちがいみじくも触れたように、政府部門の資金需要を民間金融機関もまた支えています。民間金融機関がわざわざ経済的に不合理な行動をしているというのであればともかく、そうでない以上、国債等への投資が収益を生むはずの民間部門への投資よりもリスクリターンバランスが優れているからこそ、政府部門にお金が流れているわけです。

そもそも著者たちのモデルには海外部門が含まれていないわけですが、仮に民間部門の収益性が低いまま政府部門の資金需要の抑制に成功したシナリオを考えてみれば、国内の余剰資金は海外に流れるだけです。まだしも民間部門の収益性を上げよと言う構造改革主義は論理的には一貫していますが、本論文はあくまで金融仲介部門を民営化すべきとの立場ですから、論理的一貫性すら欠けています。

本論文の論旨が妥当するためには、民間金融機関がまったく国債等への投資をしておらず、かつ、公的金融仲介部門が民間金融機関に行くべきお金を奪い取っており、さらに公的金融仲介部門が民間金融機関とは異なりリスクリターンバランスではない投資基準で投資先を決定しているという3つの条件が必要です。

これらの条件がそろってはじめて、公的金融仲介部門が縮小したときに、その分が民間金融機関へ移ってリスクリターンバランスを投資基準として投資されるようになり、リスクリターンバランスにおいて国債等よりも民間部門が優れていることを理由に民間部門にお金が流れることになります。そうでない現状においては、最終的な投資先が国債等になるであろうことは、公的金融仲介部門を維持しようが民営化しようが変わらないはずです。

続いて、従来の郵貯の問題点及び財投改革による改善点の指摘です。

この財投改革における預託制度の廃止は、財務省が財投債を発行してそれを郵貯が買うわけだから資金の流れだけをみれば従来の預託制度と変わらない。しかし、金利については劇的な変化があり、それが「財投改革の肝」だった。

従来の預託制度において、郵貯からの預託金利は、たとえば7年預託金利であれば「10年国債クーポンレート+0.2%」に決められるなど、資金運用部が国債(財投債)を直接発行して資金調達するよりも調達コストは0.2%も割高であった。財投システムの中で、これらの割高な調達コストは特殊法人に転嫁され、その負担を可能にするように特殊法人に対して追加的な補給金が支給され、結果として郵貯がその分の利益補填を受けていた。

また、郵貯は当然、政府内金利である預託金利の変更時期を知っていた。これは、いわば金利の動きがわかっていて資金調達しているようなもので、預託のleads and lags(金利の変動が予想されるとき、預託する時期を早めたり遅らせたりすること)により利益をあげられる立場であった。さらに、郵貯は国庫内にいる各種メリット(たとえば預託金利子の概算払いを受けること。これにより0.1%弱の運用利回りアップになる)を受けていた。

しかしながら、財投改革後は、郵貯は自主運用となって、市場から国債を購入するので、0.2%の預託金利の上乗せの利益補填その他国庫内にいたために得られた運用上のメリットはすべて断たれる。

p36(強調はwebmasterによります)

まず、財投改革後であっても郵貯(や公的年金)以外の預託は残っていますが、その預託金利には20べーシスのスプレッドは存在していません。財投改革前は大蔵省と郵政省(双方とも当時)が示し合わせて財投の融資先から郵貯に利益移転をしていただけで、市場運用にしたから解消できたというものではありません。

次のleads and lagsも半分しか妥当しません。金利の変更時期を知っていることと金利の動きがわかることをさも同じことのように著者たちは述べていますが、これらは本質的に別物です。著者たちがいみじくも触れているように預託金利は国債クーポンレートに連動して定められてきましたが、ではプライマリーマーケットの国債でしか運用しない投資家は、金利の変更時期(=国債の入札日)がわかるわけですから、セカンダリーでも運用する投資家よりも利益を上げられるとでもいうのでしょうか?

結局、セカンダリーで金利が下落しているにもかかわらず、金利変更時期が未到来であるがために依然として高い金利で預託できるという局面においてのみ、郵貯に特殊な利益が生じるわけです。これにしても、大蔵省が預託金利を毎日セカンダリーで形成される金利に預託金利を連動させていれば十分対応可能だったわけです。

利子の概算払いにしても同じことで、従来の預託制度を市場運用なくしては変えられなかったと考えているからこそ、市場運用でないが故の特殊なメリットと位置づけられるに過ぎません。著者たちが強調部において「財投改革の肝」と称する財投システムにおける金利設定ルールは、既述の現行の預託金利のように、預託制度を維持しつつも改善が可能であったもので、「肝」というに値するものではないとwebmasterは考えます。

では何が真に「財投改革の肝」たり得るのでしょうか。webmasterの見るところ、財投側において郵貯を受け入れる義務がなくなったことです。財投が財政投融資の略であることに端的に表れていますが、あくまでも財投は財政政策の一手法ですから、まず財政需要があり、それに応じて資金調達額が決まってくるべきものです。一般会計で考えればわかりやすいですが、歳出と税収等の差分で国債発行額が決まるわけで、まず国債発行額先にありきで、調達してしまったからには全額使わなければと歳出規模を決めるのは明らかに間違っています。

財投改革前の財投においては、郵貯から見れば全額を大蔵省に拠出させられる制度だったわけですが、大蔵省から見れば、郵貯が集めた全額を受け入れなければならない制度だったと言えます。現に財政需要以上の資金が郵貯から押し付けられていたのかどうかを計量的に確かめるスキルをwebmasterは持ちませんが、財投改革により財政需要額から財投債発行額を決定できるようになったことで、現に財投に資金余剰が生じていたなら無駄な運用をするインセンティブを減じたことになりますし、仮に生じていなかったとしても、将来の金融環境の変化によりそのような事態を未然に防止する意味があったということになります。

続いて、郵政民営化をすべき理由です。

01年の財投改革により、郵貯は「100年の悲願」である自主運用が行えるようになったわけだが、一方で市場原理に組み込まれ、運用利回りをあげるためには信用リスクをとらざるをえず、必然的に「民営化」を強いられることになった。この意味で、中央省庁等改革基本法33条6号「民営化等の見直しは行わないものとすること」について、公社化後の民営化までを否定するものではないという政府解釈は、経済理論的にも妥当である。むしろ、経済理論的には、郵貯がいまのままでは経営は長期的にじり貧となり、小泉内閣ではなくてもどんな内閣でも、いつかは民営化などの改革をせざるをえなくなるとの結論が導き出される(注1)。

(注)1 郵貯の場合、主力商品である定額貯金の商品性が個人国債と類似しているので、公社ではなく国の債務管理の一部として再構成することは理論的にはありうる。ただし、国債販売のために、現在の郵政公社の郵便貯金部門が負担している年間1兆円のコストをかけて国の一部門とすることは非現実的な議論である。

p37(強調はwebmasterによります)

運用利回りについて信用リスクをとらず国債イールドカーブとほぼ同様のものとならざるを得ず、それによってスプレッドが縮小し経営が継続できなくなる場合、確かに著者たちの主張するように信用リスクをとってリターンを上げ、スプレッドを確保するというのは一つの選択肢です。しかし、もう一つある選択肢をなぜ著者たちは無視するのでしょうか。

その選択肢とは他でもありません。郵貯の調達コストを下げる、つまりは郵貯の金利を下げることです。民営化により信用リスクをとることを可能としなくとも、制度的に国債等によるローリスク・ローリターン運用と、その利回りに対する十分なスプレッド確保義務を課せば、郵貯としても金利を下げざるを得ませんし、そうなれば民営化などしなくとも規模の縮小を図ることが可能です。

こうした制度の見直しもまた強調部の「民営化などの改革」に含むのであれば強調部は妥当しますが、金利設定については郵便貯金法第12条で「郵便貯金には、公社の定める貯金の利率の決定方針に基づき公社が定める利率によつて、利子を付ける。」と定められており、現に公社が自らの判断で行うことができます。この「利率の決定方針」についての見直しで足りることを民営化と同等の改革というのは羊頭狗肉もいいところですし、何より中央省庁等改革基本法第33条第1項第6号の規定の解釈が経済理論的に妥当とは到底言い得ません。

#法的に妥当でないというものではありません。為念。

若干脱線ですが、注1の記述もいただけません。個人向け国債には元本の0.5%の販売手数料を支払っていますが、0.5%で1兆円となる元本を計算すれば200兆円で、ほぼ郵貯の残高に匹敵します(正確には、定額の残高よりは多いですが郵貯全体よりは少なくなります)。郵貯であろうが個人向け国債であろうが政府債務であることに変わりはなく、ほぼ同額の資金調達をほぼ同額のコストで行うことについて、非現実的とは誹謗中傷でしょう。

#銀行や証券会社でできることをわざわざ国営企業でやることは無意味ではないかという指摘はもちろん傾聴に値しますが、ここでは著者たちが行っている論証はそのロジックに則ったものではありませんから、webmasterの著者たちへの批判への反批判としては当たりません。

#200兆円はストックですから、(満期までの)10年間均等に販売されるとすれば年20兆円、手数料1,000億円となりますので、上記は不適切な指摘です。謝罪して訂正いたします(6/11付)。

最後に、郵政民営化などの公的金融改革を行わなかった場合の問題です。

一方、特殊法人改革・政策金融改革を行わなかったらどうなるか(注2)。その場合、03年度と17年度が同じ残高規模であると、財投債(または財投機関債)は90兆円増加することになる。これは民間金融機関のポートフォリオを変更させ、政府の資金需要等他の条件が同じであれば、民間企業への貸出が90兆円減額することになる。

(注)2 ISバランスからみれば、家計の貯蓄超過=企業の資金不足+政府の資金不足になり、資金仲介が官であるか民であるかによっても関係式は変わらず、仲介ルートが異なるだけである。ただし、公的金融仲介ルートでは収益分野への資金供給は期待できない。

p37

まず本文から取り上げます。著者たちのモデル(p35に「第2図」として掲載)では、政策金融は最終的に企業部門か家計部門へ資金を供給することとなりますから、そこで資金が最終的に費消されるものではなく、単なる導管としての役割を担うものとなります。

#しかし、第2図では、なぜか政策金融の調達残高(2003年で120兆円、2017年で60兆円)が運用残高(2003年で100兆円、2017年で40兆円)を20兆円上回っており(なお、1990年度と2001年度を示す第1図(p34に掲載)ではバランスしています)、自ら非金融事業を営むという変な形になっています。

となると、財投債等での調達増加分90兆円は非金融事業を営む特殊法人がその分だけ費消するために増加させたと解さざるを得なくなりますが、これは広義の財政需要(中央・地方政府+事業系特殊法人)が増加した故に民間企業向け貸付が減少したのであって(つまりはクラウディングアウト)、資金仲介ルートの問題ではなくなります。

他方で注2はISバランス一定を前提に、公的金融仲介ルートは民間企業部門への資金供給を行えない(この前提自体、政策金融の存在を考えれば疑わしいですが)ために政府部門への資金供給へ偏るというロジックになっています。これが成立するためには、政府部門の資金調達額よりも公的金融仲介部門の資金調達額が多く、公的金融仲介部門において資金余剰が生じる(=本来民間企業部門へ流れるべき資金が滞留(し、結局は制度的制約により政府部門へ供給)する)という前提が必要です。

改革を行わなかった場合についてのあり得べき「第3図」が示されていないので憶測になりますが、仮に第1図の2001年度末と同じ比率で家計が民間金融機関と公的金融仲介部門に資金を供給すると仮定しますと、その比率は58対42となります。第2図での2017年度末における家計の資金供給残高は1,400兆円ですので、公的金融仲介部門への資金供給残高は588兆円となります。

注2は政府の資金不足は一定とおいていますから、第2図からその額を拾うと1,030兆円です(狭義の政府部門のみで事業系特殊法人を含みません)。公的金融仲介部門が全額を政府部門に供給してなお不足するわけですから、公的金融仲介ルートでは収益分野への資金供給は期待できないことなどまったくもってどうでもいい話です。そんな余裕はこれっぽっちもありません。

本当に、こんなものしか郵政民営化をすべき理由は見つからないのでしょうか?

[law][comic]とある法案に反対するマンガ

たまたま軍板FAQを見ていたところ、有事法制に反対する懐かしいマンガを見つけました。最近の某法案に反対するflashなどと相通じるものがあると思うのはwebmasterだけでしょうか、若隠居さん?

[game]ギレンの野望‐ジオンの系譜‐

pogemutaさんApemanさんが相次いでZ劇場版ではギャプランがよかったとおっしゃっているのを目にして思い出したゲームです。結構な長期間にわたり、睡眠時間を削るほどはまっていたゲームなのですが、このゲーム中のギャプランは極めて強力だったもので。

限界220%、運動68、そしてなんといってもMA形態での移動力12・・・といってもゲームをやっていないと意味不明なのは間違いないのですが、限界というのはキャラクタを乗せたときにどこまで能力ボーナスがつくかという数値で、この220%というのはZガンダム(250%)、キュベレイ、百式、プロトタイプMk-2(230%)に次ぎますし(ジ・オと同じ(サイコミュ非搭載なのでニュータイプが乗ると差が開きますが。以下同じ))、運動68はキュベレイ(82)、Zガンダム(76)、ジ・オ(70)に次ぎますし、移動力12はアッシマー(MA形態)の8の1.5倍、Z(ウェイブライダー形態)の11にも勝るという、もうハンブラビの存在価値がない使い勝手の良さです。

最大の欠点は、スローペースで攻略しないと開発する前に終わってしまうこと(笑)。結局こき使う兵器は、ジオン系ならガルマ専用ドップ、マゼラアタック、ズゴック、ジッコといったあたりですし、連邦系ならフライマンタ、トリアーエズ、コアファイターなどなど。この手の弱くて地味な兵器が攻略の鍵を握るあたり、歩兵が単なる占領部隊になりがちな大戦略シリーズよりもよほどウォーゲームとしての完成度が高いとwebmasterは思います。

#このゲームを極めた壊れた人々(笑)の境地は、はたひらさんのところに詳しいです。

その次としては、このシステムの大枠を維持したままブラッシュアップし、さらにシナリオをCCA(逆襲のシャア)までのばすというものであるべきだったのに、なんでジオン独立戦争記になっちゃったのかなぁ・・・。Zで止まっていてもいいけど、アーガマやアレクサンドリアを追加するとか、ジ・オの隠し腕を実装するとか、登場キャラクタにカツを加えるとか(笑)、工夫の余地はあるんですけれどもねぇ。

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2005-06-09

[politics]野田発言は嘘?

先日取り上げた野田議員による呉儀副首相はドタキャンではなかった発言について、町村外務大臣がそれを否定したことを受けて、野田議員は中国に阿って嘘をついたのではないかという批判が見られます。例えば次のようなものです。

これらの論旨は、中国のしでかしたドタキャンという不名誉を雪ぐためにドタキャンでなかったことにしているというものですが、webmasterが疑問に思いますのは、先日は安直に考えてしまい(中国側は既にキャンセルの理由を靖国だとしているわけですから、この野田発言のダメージは少ないなんて書いてしまいました)気がつかなかったのですが、それが真実であれ嘘であれ、ドタキャンでなかったという共通理解が形成されることが中国政府にとって得ではないのでは、という点です。不名誉が雪げるのに何の悪いことがあろうか、と受け止められる方も多いと思いますが、そもそも不名誉を被ったことの理由を問われれば、中国政府は窮するように思えます。

つまり、実はドタキャンではなかったということとなれば、にもかかわらず当初においてドタキャンであると認めたのは何故だという話になります。ドタキャンしていないにもかかわらずドタキャンしたという不名誉を甘受した現執行部は漢奸扱いされても反論のしようがありません。わざわざ「小日本」に花を持たせたようなものなのですから。

したがって、野田議員が「中国の犬」であるとは、少なくともこの件に関しては、考えづらいのではないでしょうか。中国の犬と言うからには、中国にとってプラスになることを(日本を裏切ってまで)するのでしょうけれども、既述のとおり中国にとってプラスになるとも思えませんし、現にこの野田発言に便乗する動きはまるで見られません。

あまりにも頭が悪くて、「小さな親切大きなお世話」となってしまったということも考えられないではないですが、goriさんがちょっと調べればすぐ白黒ハッキリするような事なのに、一体野田毅衆議院議員はどういう意図で「ドタキャンでなかった」なんて言ったんだ?といみじくもご指摘のように、嘘の分野の選択としても稚拙すぎるわけですから、いくらなんでもそこまで頭が悪くはないでしょう(笑)。

webmasterが前回この件を取り上げた際、あり得る事実の推測として、野田議員が軽率にも口を滑らせたか、共同通信がオフレコ破りをしたか、という2つの仮説を提示した上、後者ではないかと書きました。このエントリについて、次のようなコメントをいただきました。

野田先生の発言は、日中協会会長として訪中した際に邦人記者に対する記者会見でのものですので、共同の記者さんがオフレコ破りをしたわけではないです。

(略)「呉儀副総理のドタキャンの件は話さなかったのか」とつっこまれ、なかった。それは世間で言われているほどの問題じゃない・・・と問題を沈静化させるため過小評価しようとして、つい口をすべらしたのでしょう。(略)

「それを言っちゃあお仕舞いよ」(6/4付)にいただいたコメント

野田議員が親中派であることはwebmasterも疑いを持っていませんが、そのバックグラウンドから考えても、ドタキャン問題は双方示し合わせてのなあなあなんだから騒ぐ必要はないよ、とつい言ってしまったというシナリオはいかにもありそうです。

というわけで軽率にも口を滑らせてしまった仮説が有力ではないかと思われますが、この立場から、町村外相に「ドタキャンじゃない」説を完全否定された事については何のコメントもしなかったんで野田議員が中国の犬となって嘘をデッチ上げてゴマすってたんだと昨日のエントリーでは結論付けたというgoriさんのロジックに代案を提示すると次のようなものになるでしょう。

「野田議員は日中双方から、せっかくお互い一番ダメージの少ない方法で沈静化を図っている問題を蒸し返すようなことをしでかしたのだと責められ、もちろん自らの軽率さへの後悔もあり、ドタキャンではなかった発言は少しでも早く忘れ去られてほしいので、町村外務大臣の完全否定には全く触れませんでした。他方で町村外務大臣も(更に言えば中国外交当局も)、本当に野田議員が嘘をついたのであれば本人からも謝罪なりを引き出すべきところ、本当のことを言った彼にそれを強いることもできない上、とにかくこの発言のことを蒸し返すことは避けたいので、一度公式に否定だけはするものの、それ以上は取り上げるつもりはないはずです」

以上から、webmasterがもっとも蓋然性の高いと主観的に考えるシナリオでは、嘘つきは日中外交当局ということになります。しかし、既述の中国と同様、政府が嘘(=ドタキャンではなかったのにドタキャンとした)を言ったことを隠しておきたい日本政府にとっても、野田議員の発言が極めて好ましからざるものであることは前回述べたとおりですので、あれはドタキャンだったという定まった公式見解を覆すことは決してないでしょう。

まあ結局真相は、佐藤優さんではありませんが、将来の公文書公開まで藪の中ではあります。

#ちなみに野田議員にとっても、自分のケアレスミスが忘却されることが一番の望みであり、名誉回復などどうでもいいことなのではないでしょうか。

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2005-06-10

[law]人権擁護法反対論批判 マスメディア編(その1)

このテーマについては多くの方々によるご活躍がなされていますので、殊更にわかりづらいことで知られるwebmasterは特にご指名がない限りもう出る幕はないかと思っていたのですが、皆様の活動に刺激されて久しぶりに取り上げてみます。題材は、SAPIO2005.6.22号に掲載された櫻井よしこ「緊急レポート/自由と民主主義を破壊し真の人権を弾圧する『人権擁護法案』を断じて許すな」(pp75-78)です。

#櫻井さんご自身の立論のほか、櫻井さんが肯定的に紹介しているとwebmasterが判断する櫻井さん以外の人々の発言も対象とします。

  • また、人権委員会の委員長及び委員、その下の人権擁護委員に関しては、国籍条項がないため、日本国籍を有する者でなくとも就任出来る。(p76)
    人権委員長・委員はいわゆる当然の法理の対象となるので、国籍条項がなくとも外国人は就任できません。当然の法理なんていう解釈論などいつ覆るかわからず問題だというなら、なぜ今まで、よほど国籍が問題になるであろう国家公安委員長や防衛庁長官(たる国務大臣)への国籍条項導入運動をしてこなかったのでしょうか。
  • また「侮辱」や「嫌がらせその他の不当な差別的言動」をしてはならない(第3条第2項イ)とも書かれています。そうした行為を「助長し、または誘発する目的」の言動も禁ずるとなっています。(p76(古屋圭司議員の発言))
    前段は第3条第1項第2号イの間違いです。後段は「そうした行為」とは第3条第1項第2号イでしょうけれども、差別助長行為等において「助長し、または誘発する目的」の対象となるのは第3条第1項第1号に掲げる行為で、表現行為は含まれません。なお、差別助長行為等として禁止される表現行為は、部落地名総鑑等の頒布等と差別的取扱いの予告に限られていて、一般の言論活動は含まれません。ちなみに日本は人種差別撤廃条約に加入した結果、人種的優越や憎悪に基づくあらゆる思想の流布を禁止することは、意見や表現の自由の権利と整合するものである国連から指摘される状態にあります。そのようなご主張であれば、まずは条約締約国にそのようなことを求める条約そのものの脱退を目指すべきでしょう。
  • 第2条第1項には、人権侵害とは不当な差別を指すと書かれている。「不当な差別」と書くからには、何を以て不当とするのかを定義しなければならない。(p76)
    もともと「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」(憲法第14条第1項)のですから、禁止される不当な差別と許容される正当な差別があるのではなく、およそ全ての差別は禁止されると解すべきでしょう(いわゆる「差別と区別は違う」という議論です。許容されるものは「正当な差別」ではなく「区別」である、ということです)。
  • 第2条第1項から、中間の文言を取り去れば、「人権侵害とは人権を侵害する行為をいう」という定義に行きつく。人権侵害とは人権侵害だというような曖昧さがそのまま法律になるのは考えるだけで恐怖である。(p76)
    考えるより先に、「国民の基本約人権が侵犯されることのないように監視し、若し、これが侵犯された場合には、その救済のため、すみやかに適切な処置を採る」(人権擁護委員法第2条)現在の人権擁護委員や、「人権侵犯事件に係る調査並びに被害の救済及び予防に関すること」(法務省設置法第4条第26号)を所掌する現在の法務省をご覧いただいた上で恐怖かどうかをご判断いただきたいものです。これらの法律において、人権侵犯は定義されていませんが? というか、人権擁護法案を成立させなければ、同法案よりもよほど曖昧な現行法が残ってしまうのですけれど・・・。
  • 加えて法案によると侮辱や嫌がらせも人権侵害と見倣される。だがこれらは人間の心、感情の領域の問題だ。そうした事柄を法律によって人権侵害だと断じることは出来るのか。心の問題を明確に切り出して法の前で断ずることなど神ならぬ身の人間が行ってはならないことだ。(p76)
    「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する」(刑法第231条)という法律の規定は現にあるのですが、寡聞にして櫻井さんが刑法第231条廃止運動をしていたという事実をwebmasterは知りません。
  • 米、英、仏、豪、カナダ、スウェーデン、ニュージーランド、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国など広範に調べてみました。いずれも、人種、性別、宗教などを理由とした雇用、教育、不動産取引、賃貸、商品・サービスの提供、広告等の差別を禁ずる内容です。いずれの国にも侮られたと感じた、或いは嫌がらせを受けたと感じたなど、心の中に立ち入って、各個人の感情を基準にしている法律は見当たりません。(中略)このような曖昧な法律を作ることは、国際的にも異常です。(p76(渡辺周議員の発言))
    人種差別撤廃条約に関連して国連が示したモデル法においては、It shall be an offence to threaten, insult, ridicule or otherwise abuse a person or group of persons by words or behaviour which cause or may reasonably be interpreted as an attempt to cause racial discrimination or racial hatred, or to incite a person or group of persons to do so.(paragraph 23)という規定があります。強調部その1、"an offence"とはこの文脈では通常「違反」「犯罪」と訳します。強調部その2、"insult"とはこの文脈では通常「侮辱」と訳します。まずは国連に対して、あなたたちは国際的に異常であると教えてあげたらいかがでしょう。ちなみに日本は人種差別撤廃条約に加入する際にこの手の取締は行わないとの留保をつけていまして、人権擁護法案においてもモデル法とは異なり、差別は犯罪行為とはされていません。
  • 3条委員会は準司法組織で、公正取引委員会、国税庁などがそれに当たります。(p76(古屋圭司議員の発言))
    3条委員会に準司法機関が散見されるのは事実ですが、両者はイコールではありません(3条委員会ではないけれども準司法機関である例としては国税不服審判所、3条委員会だけれども準司法機関でない例としては国家公安委員会などがあります)。揚げ足を取れば、国税庁は3条機関(外局)ではあっても「委員会」ではありません(笑)。
  • 公正取引委員会が立ち入り調査をしただけで、メディアで報道される。たとえ、調査結果がシロであっても、立ち入り調査をされた側の名誉回復は難しい。人権委員会の立ち入り調査も同様だろう。そのようなことが、人権の定義も曖昧なまま、判断の難しい心の問題や思想信条の問題などに関しておこるとすれば、それらは間違いなく、言論統制に結びつく。同法案が人権擁護の美名の下で逆に人権を弾圧する悪法と言われるゆえんだ。(p77)
    それはフォローアップをきちんとしないメディア側の問題でしょう。メディアの尻を政府に持ち込んでおきながら表現の自由の重視とは矛盾ではないですか?
  • 北朝鮮による拉致問題の解決を訴え続けてきた立場からも、人権擁護法案は受け容れ難いのです。(p77(平沼赳夫議員の発言))
    人権擁護法案の前回の閣議決定は平成14年3月ですが、平沼議員は平成15年10月の拉致議連会長就任時に、昨年の四月にみなさま方の議連ができました時は、私は閣内におりまして、直接参加することができなかったものであります発言されています。さて、平成14年3月には拉致問題に無関心だったのが、同年4月には急に関心が湧いたとでもおっしゃるのでしょうか?
  • 拉致に関しての我々の北朝鮮批判が、在日の人々の心情を害することも或いはあるかもしれません。そしてこの法案には、国籍条項がありませんから日本人以外の人も人権擁護委員に就任するかもしれません。となれば、拉致被害者の立場に立っての北朝鮮批判を抑圧される事態も生じてきはしないでしょうか(p77(平沼赳夫議員の発言))
    北朝鮮批判が人権擁護法案の規定のどこにひっかかって抑圧されるというのでしょうか? 単に心情を害しただけで人権擁護法案上の人権侵害に該当するロジックをご提示いただきたいものです。できるなら、ですが。さらに申し上げるなら、日本人なら誰でも拉致議連の活動に賛成とでもお考えなのでしょうか。次は「非国民も排除すべきだ」とでもおっしゃるつもりだったりして(笑)。
  • (人権擁護委員の選任は)市町村長にとっては重い責任です。彼ら首長がどう考えているのか、私たちは知る必要がありますが、まだ一度も聴いていないのです。当事者の意見も聴かずに、こんな重い責任を負わせる法律を作るわけにはいきません。(p77(古屋圭司議員の発言))
    現に市町村長は人権擁護委員を選任していて、人権擁護委員の権限については現行の人権擁護委員法と人権擁護法案にはほとんど差がありませんが、人権擁護委員の選任など国に返上したいという意見など見たことがありません。ちなみに、人権擁護法案のもととなる答申をとりまとめた人権擁護推進審議会のメンバーには前長野市長が入っています
  • 2年前に廃案になったこの法案が、ゾンビのように、突然、今年2月3日の与党人権問題等に関する懇話会で浮上してきたのです。(p77(平沢勝栄議員の発言))
    1回ならず2回も廃案になった法案として祝日法改正案(「昭和の日」の制定)がありますが、櫻井さんは昭和の日推進ネットの代表委員なのですから、廃案になったからといって再提出がさもおかしいかのように語る平沢議員を批判すべきではないでしょうか。でないとダブルスタンダードになってしまいます。
  • 第一、どんな人権侵害の具体例があるのか、法務当局の報告もない。(p77(平沢勝栄議員の発言))
    昨年11月30日に、法務部会では最近の人権擁護行政について法務省から説明を受けています平沢議員が法務部会長に就任したのは昨年11月6日ではなかったのでしょうか。
  • この法案は真の人権擁護のためというより、むしろ、幾人かの政治家や公明党の思惑によって国会に提出されようとしているのがわかる。(p78)
    人権擁護法案が策定された経緯に照らすと、櫻井さんの主張が真実を述べているのであれば「幾人かの政治家や公明党の思惑」により次のような数々の偉業(笑)が成し遂げられたことになるのですが、本気で信じているのであれば誇大妄想ですし(以下を実現できるだけの力があるなら、なんで前回提出時に成立させられなかったのか不思議でなりません(笑))、為にする議論であれば関係者に対する誹謗中傷と言わざるを得ません。
  • 「この法案は動機が不純なんです」と平沢氏は語ったが、まさにその通りである。(p78)
    上記の全ての出来事に関係した人々の動機が不純であるとは、あからさまな侮辱ではないかと思うのですが・・・あっ、だから侮辱を違法とするのに反対なんですね(笑)。
  • 平沼氏が語った。/「真の人権を守るためにこそ、我々も原則を譲るつもりはありません。人権や人権侵害の定義を明確にし、人権委員会は強い権限をもつ3条委員会でよいのかを吟味し、国籍条項を書き込むことなしには、法案の提出には応じません」(p78)
    平沼議員につきましては、発言内容以前の問題として、法案の提出に応じるどころか、既述のとおりかつては閣僚として提出に賛成したのですから、まず自らの転向なり変節なりの説明が求められるでしょう。内容については、曖昧問題と国籍条項問題は既に論じましたので残る3条委員会問題ですが、人権委員会程度の権限であれば8条委員会としてでも法律上は規定可能(例えば証券取引等監視委員会)な一方で、先に触れた国家公安委員会のように対国民で行使し得る権限は少ないものもあります。3条委員会かどうかにそういう観点からこだわることに合理性はありません。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

本編
前編(3/13)後編上(3/14)後編下(3/15)趣旨説明編(3/29)faq編(4/9)
リジョインダー編
1(3/17)2(3/18)3(3/19)4(3/20)5(3/21)6(3/22)7(3/27)8(3/30)9(3/31)10(4/2)11(4/4)12(4/5)13(4/8)
法案分析編
1(3/24)2(3/26)3(4/1)4(4/10)5(4/11)6(4/14)7(5/21)
正誤訂正編
1(3/25)2(4/6)
百地教授編
1(4/20)2(4/21)

[politics]東京一区の選挙民は誰を選ぶべきか

コメント欄の情報によると、自民党政調会長与謝野馨さんを落選させようという運動があるらしい。もちろん人権擁護法案がらみ。東京一区の与謝野さんは、前回選挙では小選挙区で落選、比例で復活当選している。与謝野さんに勝ったのは海江田万里議員。愛・蔵太さんによると、日中協会の理事を海江田万里はやっているらしい。大変だ、人権擁護法案推進派の与謝野さんを落とし、「反日」「親中派」海江田さんも落選、となると次は共産党の佐藤文則さんだ(参照)

「ちょっといけずヲチ」(@若隠居の徒然日記6/10付)

さて、ここは唯一ネ申の出番ですよ!

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2005-06-11

[law]人権擁護法反対論批判 リジョインダー編(その14)

昨日のエントリに対して  さん(全角スペース2字です)から次のコメントをいただきました

現在の人権擁護委員も曖昧だ云々の所で言いたいのですが、現在が曖昧だろうと無かろうと今回の法案は人権擁護委員の権力が強すぎる、それほどの権力を持たせるのに曖昧なのは問題があるんじゃないか?現在は相談とかそれぐらいの事をするだけだから曖昧でもいいんじゃないか?という事ではないでしょうか。

つまり現行の人権擁護委員は加害者(加害者にされた)に干渉できない、被害者の一方的な言い分を聞くだけでいい。だから曖昧でもいいのでは無いのでしょうか?

ここに書いてる事はこれ以外のことも正直説得力や公平性に欠けることばかりで失笑してしまいましたがw

人権擁護委員の権力が強すぎるかどうか、具体的に人権擁護委員法と人権擁護法案に定める人権擁護委員の職務を掲げると次のようになります。

 人権擁護委員法第11条人権擁護法案第28条
啓蒙活動自由人権思想に関する啓もう及び宣伝をなすこと。(第1号)人権尊重の理念を普及させ、及びそれに関する理解を深めるための啓発活動を行うこと。(第1号)
民間活動の支援民間における人権擁護運動の助長に努めること。(第2号)民間における人権擁護運動の推進に努めること。(第2号)
調査・救済人権侵犯事件につき、その救済のため、調査及び情報の収集をなし、法務大臣への報告、関係機関への勧告等適切な処置を講ずること。(第3号)
貧困者に対し訴訟援助その他その人権擁護のため適切な救済方法を講ずること。(第4号)
人権に関する相談に応ずること。(第3号)
人権侵害に関する情報を収集し、人権委員会に報告すること。(第4号)
第39条及び第41条の定めるところにより、人権侵害に関する調査及び人権侵害による被害の救済又は予防を図るための活動を行うこと。(第5号)
包括条項その他人権の擁護に努めること。(第5号)その他人権の擁護に努めること。(第6号)

まず、人権擁護委員の権限そのものについては、ほとんど同じ内容であることをご確認いただけますでしょうか。

続いて、人権擁護委員から報告を受けた者の行動がより強権的となるので、形式的には同じ権限でも実質的には強くなるかどうかを検証してみたいと思います。まず、人権擁護法案による改正のうち組織・体制に着目すると、次のような変更が行われることとなります。

 現行改正後
権限を有する者法務大臣人権委員会
実務担当法務省人権擁護局事務局
末端の窓口人権擁護委員人権擁護委員

では、法務大臣が現行法(人権擁護委員法+法務省設置法)に基づいてやっていることと、人権委員会が人権擁護法案に基づき行使可能な権限について比較すると、ADRや訴訟支援等を除いた行政組織・行為の側面に限った場合、実は立入検査についての次の違いしかありません。

 現行改正後
根拠なし(被調査対象の同意に基づく任意調査)人権擁護法案第44条
拒否可能事由不同意不同意(ただし、正当事由なき場合には過料(最高30万円))

その他の人権擁護法案に基づく行為、例えば勧告やその公表についても、行政法学上のそれらは処分ではないとの整理に従い、現行制度においてもそれをやってよいと明示する法律の規定なくして既に行われているのです(例としては、昨年度行われたJR東海に対する勧告とその公表があります)。

ですから、人権擁護法案が成立すれば北朝鮮批判が人権侵害とされて抑圧されかねない、との主張が正しくあるためには、次の条件が満たされる必要があります。

  1. 「人権侵犯事件に係る調査並びに被害の救済及び予防に関すること」(法務省設置法第4条第26号)の規定よりも人権擁護法案の方が解釈の余地が広く、かつ、
  2. 独任制の法務大臣より合議制の人権委員会の方が法を濫用する。

単純化した例を示せば、よく引き合いに出される北朝鮮問題を考えた場合において、「在日朝鮮人の法務大臣が独断で、北朝鮮批判を人権侵犯であるとして取り上げることにより、北朝鮮批判が行いづらくなる」可能性よりも、「在日朝鮮人の人権委員がメンバーの1人である人権委員会が合議の結果、北朝鮮批判を人権擁護法案に定める人権侵害であるとして取り上げることにより、北朝鮮批判が行いづらくなる」可能性の方が高いことを証明しなければ、説得力がないと言わざるを得ません。

現行制度において、北朝鮮批判が人権侵犯でないとされていること、いわゆる確認・糾弾は人権侵犯に対する救済として不当であること、各都道府県弁護士会の一部が取り上げる「人権侵害」が政府にとって対応すべき人権侵犯でないこと、等々は法律的にはすべて「人権侵犯事件に係る調査並びに被害の救済及び予防に関すること」の29文字をそのように法務省が解釈した結果に過ぎません。曖昧な規定を政府が濫用して人権擁護の名の下に不当な言論弾圧等を行う危険性は、現行制度の方がよほど高いのです。

よく、人権擁護法案でできることは現行法制と大差ないから人権擁護法案はいらない、という主張がありますが(ADR等の司法・準司法周りの規定には十分意味があるのでwebmasterは大差ないとは思いませんが)、仮にできることが同じであっても、従来慣行として行われていたことを法律上きちんと規定し、行政の「暴走」リスクを減少させることには十分意味があるとwebmasterは思います(行政に広く裁量を認めてよいというのであれば、霞が関の住人としては楽でよいのですが(笑))。

以上、具体的にご不明の点をご指摘いただいたものにwebmasterの見解を示しましたが、下記に正誤訂正編とございますように、誤りを改めるにためらわないよう努めております。「説得力や公平性に欠けることばかり」とのことですが、もしよろしければこの余の点についてもお示しいただければ幸いです。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

本編
前編(3/13)後編上(3/14)後編下(3/15)趣旨説明編(3/29)faq編(4/9)
リジョインダー編
1(3/17)2(3/18)3(3/19)4(3/20)5(3/21)6(3/22)7(3/27)8(3/30)9(3/31)10(4/2)11(4/4)12(4/5)13(4/8)
法案分析編
1(3/24)2(3/26)3(4/1)4(4/10)5(4/11)6(4/14)7(5/21)
正誤訂正編
1(3/25)2(4/6)
百地教授編
1(4/20)2(4/21)
マスメディア編
1(6/10)

[government]コイズミズム

これも以前どっかに書いたけど、霞ヶ関関係の知り合いによると、小泉内閣になってから、経済財政諮問会議の民間委員数名でぺラッとペーパーを書いて首相に渡したら、それがなんの調整もなく内閣の方針になっちゃったりするので、霞ヶ関の官庁はやる気をなくしてすっかり白けちゃっていると。。。

若手のお役人さんは、留学でもしたら後は民主党から政界に出るかお給料のいい民間に移りたいとかばっかり考えちゃったりして。。。

そういうので、官庁の政策立案能力に問題が生じてるってことは大いに考えられるわけで、こういうのはどうするのかきちんと議論しとかないと、後で大変なことになると思うのだ。

「政治家のメルマガ・HPを読んでみよう。」(@かみぽこぽこ。6/9付)

webmasterの実感としても、この記述には頷いてしまいます。今話題の郵政民営化はもちろんですが、例えばその後に控える政策金融改革についても、現状維持は不可能というのが霞が関の最大公約数的な見方であるように思います。

他方で、世論調査により透けて見える世間の受け止め方においては、今の日本において最も政治力が強いのは官僚だということになっています。

これらからwebmasterが思うのは、コイズミズムをボナパルティズムと比較してみると、おもしろい分析結果が得られるのではないかということです(全体主義に擬える見方は既に多いですが)。王政復古派=官僚その他抵抗勢力、ブレビシット=世論調査、中央集権的官僚制=諮問会議民間委員に近い一部の構造改革主義的官僚、という類似のガジェットに対外強硬路線という共通項があると思うのですが、いかがなものでしょう?

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2005-06-12

[economy][WWW]ガチンコ!?

先日webmasterがした郵政民営化に関する跡田・高橋論文批判について、そのコメント欄にて田中秀臣先生に概ねご賛同いただいたのですが、改めて田中先生自身がEconomics Lovers Liveにて起こしたエントリにて、共著者の一である高橋洋一さんがコメントをよせられています。

今後の展開が非常に楽しみです。是非とも大人げない論争を(笑)。

[government]経済産業省が年金を所掌するのは何故?

経済産業省が厚生年金のサステナビリティを試算したことについて、branchさんが次の指摘を。

ええと、経済産業省設置法第4条に定める所掌事務のどこで読むのでしょうか。「経済構造改革の推進に関すること」?「業種に普遍的な産業政策に関すること」?小職にはさっぱり理解できませんが、さすが経産、と感心。('A`)

多分、「経済構造改革の推進に関すること」ではないかと。

しかしこのあたり、前回のもふのレビューでも触れましたが、経済産業省を「経済省」と考える当の本人たちと、「経産省」と考えるその余の省庁の人間との温度差が如実に表れているのでしょう。後者の99%は、中央省庁等改革に当たって「通産省」が「経産省」になったことに合理的理由を見いだしていないわけです。通産省ファンだった橋本総理(当時。元通産大臣)とその「森蘭丸」こと江田秘書官(通産省出身)のごり押しの結果に過ぎないと(笑)。

経産省には「通産省」が「経産省」に変わったことについての想定問答が山のように積まれていて彼らなりに理由付けはしているのでしょうけれど、経済財政諮問会議が設置され、その事務局として旧経企庁が内閣府となり拡大強化されたのですから、屋上屋を重ねていると考えるのが自然でしょう。

「小さな政府とかいうなら、まず自ら廃省を申し出るぐらいすればどうだ、経産省。自分たちの仕事がなくなったのに人減らしもせず、他省庁の仕事に口を挟むことにより延命を図るのは行革に反するだろう、このダブルスタンダードめ」と考えている人間は経産省以外の省庁には数多くいて、他方で経産省は、他省庁は抵抗勢力だから改革推進派である「経済省」に反感を持っている、と考えているわけです。

ま、中央省庁等改革を経たところで、霞が関の内輪もめの種は尽きないということです(笑)。

[economy][government]骨太2005

他方で、経済財政諮問会議がきちんとしているんだから経産省がしゃしゃり出てくる必要などない、と言えないのが悲しいところです。

#経産省は、ある意味経済財政諮問会議以上に構造改革原理主義者の巣窟なので、しゃしゃり出てくると余計たちが悪かったりしますが(笑)。

例えば現在策定中の「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005」(骨太の方針2005)においては、かつてwebmasterが批判的に取り上げた人間力や資金の流れ論が取り上げられているわけです。

昨日取り上げたような声が出てくるのもむべなるかな、はぁ・・・。

[law][politics]福島党首の人気獲得のために

これはあれだ、福島党首には、「人権派」弁護士として、原告代理人になるくらいの言行一致ぶりを見せて頂きたいですNe!

「社民党元職員が解雇無効の訴え 東京地裁」(@ダメオタ官僚日記6/9付)

  1. 福島党首が「人権派」弁護士として原告代理人に立候補
  2. 原告が利益相反を理由に拒否
  3. 党首を辞任して誠意を見せた結果、原告代理人として採用

という展開になったら神。あり得るとはこれっぽっちも思いませんが(笑)。

[politics]次期中国指導部

さて、またぞろ胡錦涛と温家宝が失脚の危機に立つことになるのかな。

「ニュース」(@当代江北日記6/11付)

素朴に考えて、胡錦涛国家主席が失脚するとすれば「小日本」に対して軟弱であるという理由で党内基盤を失うからでしょうけれども、そうしたらより対日強硬派から後継者は出てくるわけで・・・。

本日のツッコミ(全31件) [ツッコミを入れる]

Before...

Baatarism [>発展しかない問題 「発展しかねない問題」の間違いです。どうもすいません。]

bewaad [靖国や教科書でとどまっている間は、まだ胡錦濤政権が算盤はじいていると考えてよいでしょう。東シナ海での軍事衝突は日vs..]

パネライ ベルト [323.30.40.40.06.001  ベルト調整の仕方 [url=http://www.blackest-wa..]


2005-06-13

[comic]現在官僚系もふ・第12話

まずは浅川議員により実際に作中質問された内容ですが、思ったよりまともでした・・・って当たり前で、実際に行われたものなので。

○尾立源幸君 (略)
それでもう一点、これは大変残念なことなわけでございますけれども、私も財政金融委員会に所属しておりまして、財務省の皆様が必死にこの予算の無駄遣いをなくすために頑張っていらっしゃるというのは私も感じておるところなんですけれども、実は財務省所管の財政融資資金特別会計におきましても、これまた平成十四年から十七年までの財政投融資問題研究会という、こういう研究会をやるという名目で一億九百九十九万計上しておりますが、この研究会は存在しておりません。大臣、これはどうですかね。

○国務大臣(谷垣禎一君) 今朝の読売新聞の朝刊に今委員が指摘されたことが出ているわけでございますけれども、これは、先ほど申しましたように、予算の執行、決算というのはいろいろな謝金とかあるいは庁費とか科目別分類によって行っておりまして、予算積算の見積りである事項別に行われているわけでは必ずしもないわけでございまして、予算の事項別の内訳が必ずしも実際の執行と完全に一致しなければならないというものではないと思っております。
それで、委員の御指摘は、研究会というのは確かに積算のところに上がっているわけですけれども、全体としては財政投融資問題調査研究経費ということでまとめられておりまして、研究会みたいなものも持ったときもございましたし、あるいはこの財投関係について調査を委嘱したというようなこともございます。あるいは海外に行ったときの調査経費に使われたというときもございまして、従来からの調査研究の実績を踏まえた標準的な積算を踏まえて見積もられたものでございますので、これは中身がもう何にもないじゃないかと、風船だけで中は空っぽだというようなものだとは私は認識をいたしておりません。かなりこの財投等々につきましては過去相当研究を積み重ねてきた、その実質が中にあるというふうに私は考えております。

○尾立源幸君 なぜこう私が厳しく申し上げているかと申しますと、やはり予算をしっかりとコントロールしていただく財務省さんでございますから、自分のおひざ元と言うべき財政融資資金特別会計でこのようなことがあると、財務省もやっているじゃないかと、おれだっていいじゃないかと、こんな理屈になりがちなわけなんですね。私も、財務省さんは四つの特会をお持ちでございます、こんなことはないだろうなと思っておったんですけれども、そこの点は非常に残念でございます。
ですから、是非、今大臣いろいろやっているとおっしゃっておりますが、実態に合うように、今年度以降は予算編成の際に明細を作っていただけないかと、このようなまずお願いをさせていただきます。

参議院決算委員会(平成17年4月27日)

さらに質疑後の記者会見でのやりとりもあります(ただし、作中とは異なり定例会見でのことですが)。

○問) 次に、昨日の参議院決算委員会で民主党からの追及があった財務省の架空計上疑惑なんですけれども、大臣はご答弁のなかで、必ずしも予算計上項目と執行が一致する必要はないというご発言を、まあ実際に経費としてお使いになったので、必ずしも一致する必要はないというふうにご発言されたんですけれども、これまで財務省は、まあ特に地財計画などではですね、実際に予算計上されたものを執行していないではないかということで、まあ過大計上しているという観点からですね、交付税削減、強硬な姿勢を示していましたので、そういうお立場からすると、まあ自分に甘く他人に厳しいのではないかと批判されてもしようがないかなと思うんですが、この点について大臣は…。

答) 平たくお答えすると、今のご議論は、ちょっと放送禁止用語かもしれませんが、味噌もくそも一緒にするというご議論ではないかと、私は思います。昨日もご答弁申し上げましたけれども、この予算に関連しては二方向の議論があるわけですね。一つは、国会での民主的コントロールを徹底するために、出来るだけ細かく議論をせよという議論が一方でございます。他方で、あまり、やはり予算の縛りがきついので、カネの使い方が非効率に堕していると、こういう批判がございます。この二つをどこで調和させていくのかということは、実は予算の扱いのなかで一番難しい問題だというふうに思っております。ですから目のなかでですね、ある程度の、実際細かい使い方、積算の根拠としては何にもなしというわけにはいきませんから、かなり細かい積算の根拠をつくるわけですけれども、全部それで完全に縛るということになりますと、ものすごく窮屈なことになりまして、実際は、執行する者の責任でそこのところの判断をしなければですね、あまりにも硬直なものになってしまうということがあります。そして、今度の案件につきましては、ここは十分お調べをいただきたいと思っておりますが、毎年毎年財政投融資については、実質的な研究というのをずっとやってきております。そのときに研究会という名前をつけたかどうかは別として、いろんな形での研究が行われてきておりまして、なかに実体があるものだというふうに私は思っております。
で、最初にお挙げになった例はですね、今までの議論はあんまり細かいところまで入ると、自治体の自治を侵害するということでですね、決算もなかなか相当時間に開きがございましたし、あまり根拠がないままに7兆、8兆という額がですね、片っ方は過大であり、片っ方は過小であるというようなこと。地財計画全体としては辻褄が合っているかもしれませんが、やはり項目のうち7兆、8兆、多い少ないというのは、今回の問題と一緒にご議論をいただくとですね、予算執行の法的コントロール、民主的コントロールと、それから運用の弾力性のその間合いをはかるという観点からいっても、ちょっと比較の対象としては適切ではないというのが私の考え方でございます。

(略)

問) 先程の財政融資資金特別会計の問題についてなんですけれども、先程の大臣の説明、まあ実務に照らしてですね、わかる…われわれも理解出来るところがある一方で、納税者からみるとですね、やはり予算上計上されている研究会というものが全く存在しないというところは、「えっ?」というところがあると思うんですね。それで、まあ積み上げ方式の予算編成という制度上の問題も絡むかとは思うんですが、少なくとも4年間ですか、研究会という名目でですね、予算を確保していたというところはやや、やっぱり惰性に流れていたというか、易きに流れていたというか、そういう面はありますでしょうか。

答) そうですね、今おっしゃったことは、外から、中身の実質がどうあれね、外からみたときにやはりすっきりした姿にしておかないと、信用といいますかね、そういうものが保てないぞというご指摘だろうと思います。確かに、私、先程申しましたように、この問題は研究会という名前はとっていなくてもずっと財投に関しては大きな改革もございましたし、私どもとしては、研究も積み重ねてきたという、そういう自信はあるわけですけれども、やはり命名の仕方とかですね、出来るだけ実態に近いものに改めていくと、こういうことはやはり不断に心がけておきませんといけないなあということはご指摘のとおりだろうと思います。その点は今後、少し私どもも点検をしてみたいと思っているところでございます。

問) そうするとこれ、財政融資資金特会のみならずですね、まあ一般会計はじめ、他のケースでもかなりあるのかなという気もするんですけれども、そのあたりチェックをされるお考えはありますでしょうか。

答) これは、やはり予算を要求するときですね、あらゆる項目にわたって実態に相ふさわしいものにやっていくと。特に今のお話のようにですね、中身とパッケージの包装をですね、違う包装にして、外からみたら違うようなことは、これは改める必要があると思いますので、予算の要求の際にも、査定の際にも、そこのところは心してあたるようにしてもらいたいと。また、私からもそれを指示しなきゃいかんと思っております。

谷垣財務大臣繰上げ閣議後記者会見の概要(平成17年4月28日)

しかし、以上の実際に谷垣財務大臣がした答弁と、作中での記者会見用のシナリオは実質的に大きな違いがあります。作中ではまず「財投研究会経費」として計上されていた予算を別の名目に使っていたことを認めて謝罪。(略)「予算に縛られて硬直的になるよりもむしろ弾力的・効率的な金の使い方ではないか」と私見を述べるとされていますが、これでは予算の定めとは違った使い方をした上で開き直ったことになってしまいます。

他方で実際の答弁では、予算の定めの対象でない積算ベースの話であったことを説明した上で、今後の改善に向けた検討を約束しているわけですから、そのようなひどい話ではありません。意図的に問題をより重大にして財務省を悪役にした・・・なんてことはないのでしょうねぇ(笑)。

それ以外の話は、もふ作成の質問のレベルがあまりに低いとか、浅川議員が質問の際座ったままとか、作中官房長が指摘するとおり総務課がでてくるような話でないとか(そもそも官房長に説明にいくような重大案件ではないのですが、っていうかお咎めなしでしょう)、最後のシーンで秘書の取次ぎもなくいきなり議員には会えないとか(バッヂを付けていないのは、さすがに職場に議員のところに行くとは言わないでしょうから、通常の面会手続をしたということにしておきましょう・・・でもそれだとなおさら、秘書経由でないのがおかしいのですが)、これらの程度の間違いはいつもどおりですね(笑)。


2005-06-14

[law]人権擁護法反対論批判 マスメディア編(その2)

正論7月号の時沢和男「人権擁護法案に蠢く面々と果てなき日本の悲劇」を取り上げてほしいとのご要望がありましたので、取り上げることといたします。

何より申し上げたいのは、ある政策について議論がある際、何らかの意図を有する推進派がいることと、その政策が実現した際にその意図どおりに運営されるかどうかはまったく別問題であるということです。これが別問題でなくイコールであるとするためには、当該意図が政府の公式見解であるか、または当該推進派が当該意図の実現を政府に強いることができるだけの影響力を有することを論証する必要があります。

例えば憲法第9条を巡る議論で護憲派は、第9条改正を認めれば将来の徴兵制につながるおそれがあると主張しています。もちろん改憲派(のほとんど)はそのような主張をしておらず、またその合理性も認められないのですが、鳩山由紀夫民主党代表(当時)が徴兵制導入を唱えていたことを理由に改憲=徴兵制の入り口だと言われても、多くの改憲派は納得できないでしょう。それと同じことです。

#しかし、鳩山発言も香ばしいですなぁ。徴兵制はとらないことを原則としながら、万が一それで足りないときには、緊急事態法制の中で(徴兵制を)考えるべきって、緊急事態になってから徴兵して間に合うとでも思っているのでしょうか(これを泥縄と言わずしてなにを泥縄と言えるのでしょう(笑)。ちなみに、いわゆる赤紙は予備役招集であって新規徴集ではありません)。

さらに言えば、その意図なるものが時沢さんの主張するような全体主義的監視体制の構築であったとし、かつ、その実現の可能性が否定できないとして、その実現を防止するにはむしろ人権擁護法案が成立した方がベターです。というのも、その意図を実現するためには、少なくとも以下の点において現行制度の方が有利ですが、他方で人権擁護法案の方が有利なもの(行政府内で完結するものを見た場合)は前回述べたように正当事由なき検査忌避等への過料ぐらいなものです。

  • 現行制度であれば、法務大臣ただ一人を送り込めば各種の措置を講ずることができますが、人権委員会では過半数を占めなければ人権擁護法案に規定する諸措置を講ずることができません。
  • 現行制度であれば、行政に幅広い裁量が認められているため、
    • 例えばヘイトスピーチも人権侵犯であるとする余地がありますが、人権擁護法案に規定される人権侵害・差別助長行為等はどう解釈してもヘイトスピーチをその中に含む余地はないように、行政が動き得る対象が限定されます。
    • 例えば勧告やその公表をする際に対象となる者から意見を聴く義務はありませんが、人権擁護法案に基づく勧告やその公表においては人権委員会に当該義務が課せられているように、手続面において行政への制約を加える措置が講じられています。

#現行制度として人権関係以外まで視野に入れれば、人権委員会を乗っ取ることができるだけの政治力があるなら、国家公安委員会を乗っ取った方がよほど乗っ取り甲斐があるでしょうし。

結局のところ、時沢さんもいろいろな思惑がある可能性を指摘はできても、それらなくして政府が法案成立を目指さないとの論証もできなければ、現に法案が成立した暁には彼(女)らの思うがままに制度が濫用される蓋然性も論証できず、ドライビングフォースとしての国連に行き着いています。

意識的にか無意識的にか頬被りした櫻井さんとは異なり、国連の日本政府に対する圧力に触れた知的誠実さはすばらしいと思います。しかし、明らかなように、「差別」を国家権力が取り締まるべきだという「解放原理」が国連でも展開されている(p95)との記述はいただけません。時沢さんはいろいろと近年の動き、例えば人種差別撤廃委員会の最終見解を取り上げてその根拠とされていますが、この時沢さんの文脈に同調するとしても、別にこうした動きは日本に対してのみ適用されているわけではありません。

例えば人種差別撤廃委員会は日本と同様に人種差別撤廃条約のarticle 4に留保を付しているアメリカに対しても留保の撤回と立法措置を勧告していますが、同委員会は解同の圧力なり教唆なりによってアメリカにそのような勧告をしているとでも言うのでしょうか?

時沢さんの土俵の外に出れば、これらの人種差別撤廃委員会の動きは人種差別撤廃条約の規定にその正統性を依存していますから、近年の動きを取り上げるだけでは不十分で、そもそも人種差別撤廃条約が時沢さんの言う「解放原理」を部落解放運動から摂取したことを論証しなければいけませんが、まさか1966年にそれだけの政治力を解同が有していたなんておっしゃるわけではありますまい。

#国連を人権擁護法案推進派が操っているという陰謀論は、櫻井さんに対してはあくまで当てこすり(櫻井さんの言うことを突き詰めればそうなりますよ、という趣旨)として書いたものだったのですが・・・。

最後に極めつけの事実誤認を。

「過去を反省」しているはずのドイツで、毎日毎日、40件以上の「外国人排斥」事件が発生しているというのだ。中にはトルコ人を焼き殺すといった事件も発生している。「反省していない日本」では「マイノリティの中のマイノリティ」が国家元首を誹謗中傷しても、右翼に襲われたという話は聞いたことがない。全くふざけた話ではないだろうか。

こうした強力な法律が差別をなくすのか、より激しい憎悪を拡大させてしまうのか、われわれはドイツの外国人排斥事件の多さに学ばなければならない。「ワイマールの理想」がナチスを生み出したという歴史を想起すべきであろう。

(p97)

その1。ドイツにおける外国人比率は日本におけるそれ(在日韓国・朝鮮人を含む)の6倍以上ですので、民族間の摩擦が大きなものとなっても何ら不思議ではありません。加えて高い失業率や旧東ドイツ併合に伴う社会的軋轢など、民族対立を悪化させる他の要因もあります。それらに触れることなく過去の反省の有無のみに結びつけて論ずる方がよほど「全くふざけた話」です。

#ちなみに、webmasterは、この点においては時沢さんと見解は同じかと思いますが、「ドイツは反省していているが日本は反省していない」という見解は不正確だと考えています。

その2。ワイマール憲法体制下においてナチスが政権を獲得したのは何故かについては今もなおホットなテーマで諸説が闘わされていますが、少なくとも「ワイマールの理想」に人権擁護法案的な法制を含める見解は(まともな主張として一般に通用しているものの中には)存在しません。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

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法案分析編
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1(4/20)2(4/21)
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1(6/10)

[law][government]カネになっていた行政法

「カネになる行政法」(@フランス公法学研究日誌6/11付)を拝読しての思ったのですが、日本では行政とのつきあい方(講学上は行政法各論になるのかな?)こそが一番カネになる分野ではないかと。要すればコンプライアンスとその周辺なのですが、最近一部業界(笑)を騒がせている木村剛さんのようなコンプライアンス系コンサルタント(その手の話に強い弁護士を含んでもよいでしょう)に対しては、少なくとも近年においては、結構なフィーが支払われているはずです。

手続については、結局実際に何かしようと思えば結局は個別法を参照せざるを得ないことが多いのですが、個別法の解釈において行政法学者はそこにほとんど存在していません。訴訟については、そもそも訴訟をしなくてすむ方法を企業は知りたいのでしょうけれども、その答えを行政法学者は持ち合わせていません。

まったくの思いつきとして、行政と民間との間には一定のコミュニケーションギャップがあり得るのですが、そのギャップを埋める主役はフランスであれば行政法学者、アメリカであれば弁護士、日本であれば天下りや企業側の対官庁部局ということではないでしょうか。鶏と卵の順序は定かではありませんが、つまり天下り等があるから行政法学者にとって参入が困難だったのか、それとも行政法学者がその分野を放置していたので天下り等が幅を利かせるようになったのかはわかりませんが、そんな気がします。

これが正しいとすれば、天下り等が排斥されつつある中で、冒頭のようなコンサルタント・弁護士が活躍し出すのは必然なのかもしれません。行政法学者は、まごまごしているとこのチャンス(=従来の行政と民間のチャネルが力を失いつつあり、替わりが何か定まっていないことです)においても取り残され、結局は旧態依然たる総論あって各論なしという世間的認知を自ら強化してしまうリスクに直面している、なんて見方は霞が関住人の狭い視野の産物なのかな?

#あくまでwebmasterの主観的認識ですが、そういう文脈であるが故でしょうけれども、霞が関においては学界としては行政法学者よりもむしろ商法学者のプレゼンスを感じます。

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2005-06-15

[notice]コメントスパム対策

昨日のページにコメントスパムが来ましたので、comment_key.rbプラグインを導入しました。それに伴い、speed_comment.rbプラグインを外しましたので、今後は各日のページからコメントいただくか、それともツッコミのリンクから記入欄へ移動して下さい。よろしくお願いいたします。

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2005-06-16

[law][economy]一般に公正妥当と認められる逸失利益とは

損害賠償額の算定に当たり、被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は、民事法定利率によらなければならないと判示した最高裁判決が14日に出ました。さて、この判決は妥当なのでしょうか。

まず前提となる逸失利益算定式は、現在は全年齢平均賃金に基づくいわゆるライプニッツ方式が標準とされています。これは結局はファイナンスでいうannuityと同じものですが、annuityの算式を掲げれば次のとおりです。

A = C x [{1 - 1 / (1+r)^n} / r]・・・(1)

(A:受け取るannuityの割引現在価値、C:当該annuityの毎期受取額、r:割引率、n:annuityの受取期間)

ここでCは定額であることが前提となっています。Cが増加する場合、growing annuityの算式は次のようになります。

GA = C0 x (1+g) x [{1 - (1+g)^n / (1+r)^n} / (r-g)]・・・(2)

(GA:受け取るgrowing annuityの割引現在価値、C0:当該growing annuityの初期受取額、g:Cの増加率、r:割引率、n:annuityの受取期間)

高裁が判示した(と最高裁がまとめた)ところでは、法定金利5%に対して、賃金上昇率を考慮した実質金利は3%だということで(1)式のrに3%を代入して計算すべきということになりますが、理屈を言えば、これは(2)式においてgに2%、rに5%を代入して得た結果ということになります(両者を計算すると同じものにはなりませんが、大差ないのでそれはとりあえず脇に置いておきます)。

他方でrとは別に、上記式からわかるとおり、AなりGAなりを計算するのであれば、もう一つの要素であるCやC0が必要になります。上記のとおりCとしては全年齢平均賃金、具体的には賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・男子又は女子の労働者の全年齢平均賃金が用いられていますが、具体的にどのようなものかを賃金センサスから抜き出すと次のとおりです。

#以下の数字は間違っています。正しくは訂正エントリをご覧ください。(6/19追記)

男性労働者平均年齢賞与等を含む年間総給与額(万円)
全年齢平均41.31382.3
〜17歳16.8182.2
18〜1919.1299.1
20〜2423.0577.2
25〜2927.6903.7
30〜3432.51171.0
35〜3937.41494.1
40〜4442.51699.1
45〜4947.51809.2
50〜5452.61777.2
55〜5957.21630.7
60〜6462.1977.5
65〜68.7801.7

要すれば年功序列的な要素がまだ残っていているのですが、そうした構造であるにもかかわらずCとして全年齢平均賃金を用いると、Aは過大なものとなります。というのも、高給を受け取ることができるのは高年齢になってからで、その分より多く割り引かれるべきですが、全年齢にわたって平均額を用いることにより、結果として、その一部がより少なくしか割り引かれない低年齢時に移転して計算されることになってしまうからです。

ではこの年齢による賃金給与分を考慮するとどうなるでしょうか。本来はきちんと各年齢から割り引いて計算すべきですが、上記(2)式で統一的に処理をする(というwebmasterの手抜き(笑)の)ためgで処理できるよう、近似をとることにします。原計数は47.5歳をピークとするもので2次方程式できれいに近似できますが、これまた計算の簡便上continuous compound rate(連続複利率。1年といった一定の期限でなく、限りなく短い期間で複利計算を行う際の利率)がとれるよう指数近似で、しかも20歳から60歳までと区切ると次のとおりです。

y = 406.01e^0.0291x

以上をそれぞれ計算すると以下のとおりです。

最高裁方式(全年齢平均賃金ベース、5% annuity)
A = 1382.3 x {(1 - 1 / 1.05^40) / 0.05} = 23,719.01万円
高裁方式(全年齢平均賃金ベース、3% annuity)
A = 1382.3 x {(1 - 1 / 1.03^40) / 0.03} = 31,951.55万円
(参考)修正高裁方式(全年齢平均賃金ベース、2%で増加する5% growing annuity)
GA = 1382.3 x 1.02 x {(1 - 1.02^40 / 1.05^40) / (0.05-0.02)} = 32,257.57万円
webmaster方式(各年齢層平均賃金から得られた近似式ベース、4.9%(全体の賃金上昇率2%(高裁の数字を採用)と年齢比例分2.9%の和)で増加する5% growing annuity)
GA = 726.6 x 1.049 x {(1 - 1.049^40 / 1.05^40) / (0.05 - 0.049)} = 28,503.52万円

というわけで、何らかの算式からはじき出すという簡便法で行う場合、最高裁方式では低すぎ、高裁方式では高すぎるという結果が出ました。にしても差額は高裁方式の方が少ないのでまだましだと考えられます。

ちなみに、同じく各年齢層平均賃金から、20歳から60歳までの賃金の近似式として多項式をとると次の式が得られます。

y = -1.711x^2 + 170.66x - 2488.4

このR-squaredは0.9899と非常に高いので、各年齢を放り込んで得られる賃金はかなり信頼性の高い数字といえます。その賃金額に、毎年の全体賃金上昇率2%を加味した各年齢の想定賃金額を算出し、それぞれの年につき5%で割り引いた割引現在価値を計算すると、29,593.03万円となります。

webmaster方式が一番近い数字をはじき出していて正直ホッとしているのですが(笑)、とまれ、損害賠償額の算定に当たり被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するについても、法的安定及び統一的処理が必要とされるのであるから、民法は、民事法定利率により中間利息を控除することを予定しているものと考えられる。このように考えることによって、事案ごとに、また、裁判官ごとに中間利息の控除割合についての判断が区々に分かれることを防ぎ、被害者相互間の公平の確保、損害額の予測可能性による紛争の予防も図ることができる。上記の諸点に照らすと、損害賠償額の算定に当たり、被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は、民事法定利率によらなければならないというべきであるという最高裁の判断を是とするにしても、そのベースとなる想定賃金について、賃金センサスを使うところまでは割り切っているのですから、さらに一歩進めて細かく数字を追いかけてもいいのではないか、と思います。

#蛇足ながら、おそらく高裁がwebmasterのような考え方に基づき、ライプニッツ方式の想定賃金を年ごとに変えつつ法廷割引率5%を用いて同様の数字をはじき出した場合であっても、今度はライプニッツ方式の当てはめ方が適当でないという理由で、やはり最高裁は破棄していたと思われます。

さらに、金利を法定することそのものの是非に検討を進めてみれば、もちろんファイナンス的にはまったく正当化されるものではありません。本来はイールドカーブを算定して、対応する期間ごとの利率で割り引くべきでしょう。しかしながら、例えば上記の例では40年後の金利が必要とされ、そんなものは何らかの仮定計算によらざるを得ないのですから、いずれにしても最後は清水の舞台から飛び降りて決める世界だと割り切るなら、それが社会通念上公正妥当と認められるのであれば、完全に否定されるべきものでもないのかもしれません。

・・・やっぱり公正妥当とは認めがたいですなぁ。期間を問わず5%という法定利率は、現在の経済環境に照らして高すぎるように思いますです。賃金センサスは毎年変わるわけで、金利も年一回ぐらい変わっても、それほど社会通念に反するものではないでしょう。本件のように長期にわたるものであればともかく、1年物金利でも5%(もっとも極端な例をとれば、O/N物でも5%)というのは、その方がよほど社会通念に反しているとしか思えません。

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2005-06-17

[WWW]Musical Baton

svnseedsさんBaatarismさんから。

Total volume of music files on my computer:

0 byte
てへっ(笑)。

The last CD I bought:

サンボマスター「新しき日本語ロックの道と光」
J2さんのエントリを見て。

Song playing right now:

サンボマスター「新しき日本語ロックの道と光」の中の各曲
というわけで、はまってます。

Five songs I listen to a lot, or that mean a lot to me:

Gustav Mahlar, "Symphony No.2, 'Resurrection'"(クラシック部門)
この曲からマーラーにはまりました。CDも何種類買ったことか。あのころは時間があったなぁ(笑)。
Mr. Children, "Over"(J-POP部門)
振られたときにナルシストぶって何回も(笑)。
Stevie Wonder, "Master Blaster (Jammin')"(洋楽部門)
とにかく格好いい。初めて聞いたときから好きになりました。
Theme from XANADU(ゲーム部門)
listenかhearかは疑問がありますが(笑)、webmasterの人生でもっとも"a lot"なのは間違いありません。場面が変わっても同じ曲を使いまわす昔のゲームならでは。
ささきいさお「宇宙戦艦ヤマト」(アニソン部門)
アニソンに求められるすべてを満たした名曲です。

Five people to whom I'm passing the baton:

当サイトをご覧いただいている(とwebmasterが願っている)の人々の中で、こころよくこの手のネタにのってくれそうな方といえば・・・。

[WWW]バトンの受け渡し

上記のMusical Baton、最近になって巡回先で頻繁に出てきてます。リンクをたどって巡回先を増やすというwebmasterのビヘイビアからすれば容易に予想がつくことではあるのですが。というわけで、以下バトンの受け渡しを見かけたリストです。5人にリンクするというメールでやれば間違いなくチェーンメールとしてネットリソースを食い尽くすであろうこういう遊びが気兼ねなくできるというのもblogのメリットと言ってよいのでしょうか。

エントリ記入済み

6/15付
gachapinfanさんsophia_flosさん
6/16付
SNMRさんfinalventさん
6/17付
swan_slabさん

#もちろんこの他に、webmasterにバトンを渡したお二方がいらっしゃいます。為念。

バトンを渡されたのみ

#ちなみに日本でのバトンの受け渡しの全体像が「Musical Baton の泥臭いまとめ」(@hxxk.jp6/14付)にまとめられています。労作!

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bewaad [替え歌で盛り上がっていたようですので、是非と思いまして(笑)。渡す先ですが、官僚blogはいくつかありますが、日銀職..]

Baatarism [ご回答、ありがとうございます。 サンボマスターってそんなに面白いですか。 ただいきなりCD買うのも何なので、どこかで..]

bewaad [顔の親近感と好感度が確率論的に意味を持っていたらいやだとは思いつつ聞き込んでます(笑)。]


2005-06-18

[misc]カニバリズム素人考

若隠居さんのエントリで支那における食人をめぐって議論が盛り上がっていまして、完全に乗り遅れていたのですが、同エントリのコメント欄にて次のような興味深いやりとりがあったので、今さらながら取り上げてみます。

#人類学や宗教学などの素養は全くないので、まともな内容は期待しないで下さい・・・。

まずもって区別しなければならないのは「食べるために殺す」ことと「(別の理由で亡くなった)死体を食べる」ことです。前者は食べるためだろうがなかろうがそもそも「殺す」という点で非難可能なわけですが、例の記事においてもそういうはなしではなかったわけです。

他方で、死体を「利用」するということは臓器移植を典型に“文明社会”においてばんばん行なわれているわけで、「殺してはならない」に比べると「食べてはならない」は実はそれほど自明じゃない…。もちろん、だからといって推奨する必要もないわけですが。

Apemanさんのコメント(2005-06-17 11:31:03)

死体を「利用」する例として

>臓器移植を典型に“文明社会”においてばんばん行なわれている

を挙げるのはよいとして、そこから

>「殺してはならない」に比べると「食べてはならない」は実はそれほど自明じゃない・・・。

を導き出すことには無理があると思いますが。移植がOKな社会なら「食べてはならない」も自明じゃない?そんな馬鹿な。まるで医療行為と食人が同レベル。死体の「利用」という点なら同一?「殺してはならない」や「食べてはならない」の自明性を測るのに、死体利用としての臓器移植を挙げるのは医療現場の方々に失礼な話です。

sokさんのコメント(2005-06-17 16:11:47)

sokさんを代表のように引用しましたが、他の方々の多くもカニバリズムへの生理的嫌悪感は同様に示されています。日本におけるこうした感情について論点として考えられるのは、食べるという行為が特にタブーなのか、それともおよそ死体にまつわるある種の行為は基本的にタブーで正当な理由がある場合のみ(例えば臓器移植)タブーが回避されるのかというものが1つ、そしてタブーなのは死体にとってのタブーなのか行為者にとってのタブーなのか、というのがもう1つです。

前者については、食べるという行為に限らないとwebmasterは考えます。例えば社会的に人気の高い部類に属する歴史上の人物に織田信長がいますが、彼の比叡山延暦寺攻撃や、越前・伊勢長島などにおける一向宗との虐殺までは、政教分離が必要だったとか敵対行動をとっていたのだから仕方がないと正当化する意見は見るものの、浅井久政・長政父子及び朝倉義景の首級を、薄濃を施した上で見せ物にした(異説として杯とした)ことを正当化する意見はほとんどありません。

この例など、食べてはいませんが、おそらく同様の嫌悪感を催す人は多いのではないでしょうか。となると、食べることそのものよりも、食べることが典型的に表象する何らかの性質にタブーの淵源があるように思われます。

#若干脱線しますと、現在の刑法犯としての死体等損壊罪には屍姦は含まれないというのが判例で、これを通説も是認していますが、この判例・通説の判断は社会的感情からずれているのではないか、と以上から思います。構成要件としての「損壊」には該当しないとの判断でしょうけれども。

ではその「何らかの性質」とは何かをさぐるため、後者に考察を移します。「死体にとってのタブー」とは、わかりやすい例はキリスト教やイスラムにおける死体の保存で、最後の審判の際によみがえるべき容器としての存在が必要ですから、死体を傷つけることがタブーとなり、端的には火葬はしないわけです。逆に言えば、近代まで土葬が主流だったとはいえ、火葬も受容されてきており、まして最近では明らかに火葬が主流である日本においては、同様のタブーは存在しないと言ってよいでしょう。

#特にキリスト教においては、逆に死体を食べた場合に、「食べる」ということがその他の行為に比べ特に問題であるとはされないように思われます。現に「アンデスの聖餐」事件では教皇庁は人肉食をタブー視しませんでした。そもそも、通常の聖餐におけるパンはイエス・キリストの肉の暗喩ですし。

方や「行為者にとってのタブー」ですが、日本古来の死そのものを穢れとする思想がこれで、死体に触れることは死という穢れに触れることと同じであるとしてタブーになります。葬儀に携わる人々が穢れたものであるとして被差別集団であったことは多くの人々がご存じでしょう。

ではこれが日本におけるカニバリズムタブーの原因かと思えば、これまたしっくりきません。臓器移植において移植する臓器をお祓いするという話は聞いたことがありませんし、何よりこれが原因であれば、お祓いをした屍肉食はタブーの対象外となってしまうからです。

となるとやはり「死体にとってのタブー」に戻らざるを得ません。先ほどはキリスト教やイスラムを取り上げましたが、それ以外にも理屈はあり得ます。その一つが、儒教などの支那思想における魂魄の考え方です。人を形作る精神面の魂と肉体面の魄をそれぞれ認識し、魄がまつろわぬよう祀るのは儒教葬その他の支那民族葬祭の重要な儀式です。

魄は土に還すべきものですから、本来は(=支那では)土葬があるべき姿です。しかし日本においては、魂のための存在である位牌が普及しているようにこの魂魄の考え方を受容しているのですが、同時に、仏教の影響もあり火葬であってもよしとしました。火葬であるにもかかわらず位牌を祀り魂魄の存在を仮定するのは、理屈としてはおかしな話です。

どういいつくろったところで支那から見れば東夷の蛮習ではありますが、日本人からすれば、十分に祀られなかった魄が鬼になるという部分に、日本古来の祟りと相通ずるものを見たのでしょう。清めの火により魄を祓うとともに、魂を弔うことにより祟りを封ずるという形で魂魄を従前の死の概念に統合していったと。

カニバリズムがタブーであるのは、そのような形で魄を辱めると祟るから。臓器移植で臓器そのものを祓う必要がないのは、個別の部位の穢れが問題なのではなく、提供者が祟らないよう弔いがなされるかがどうかが問題であるから。こう考えると、とりあえずいろいろなつじつまは合うのではないかとwebmasterは思います。

最後に蛇足ですが、ヨーロッパの死刑廃止論者は日本の死刑制度に対して、似たような生理的嫌悪感を覚えているのだろうなぁと思うと、理解を得ることの困難さに匙を投げたくなります。あんなものはあくまでキリスト教的な価値観であり、死刑廃止も死刑存続もお互いに尊重しあえばいいとwebmasterは思うのですが・・・。

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2005-06-19

[law][economy]一般に公正妥当と認められる逸失利益とは・改

先日の「一般に公正妥当と認められる逸失利益とは」に対して、平家さんから賃金センサスの計数は月額・千円単位であるとのご指摘をいただきました

賃金センサスをよくよく見返してみればそのとおりです。まったくもって恥ずかしいとしか言いようのないミスでした・・・o........rz

上記リンク先、及びその続編のエントリでwebmasterの思いつきを発展させていただいておりますが、自らのケアレスミスの訂正は自らの責任でやっておきます。

#平家さんのエントリやいただいたコメントのように本質的な見直しの余地も多分にありますが、とりあえず前回公表した数字の訂正ということで。

まずは平均賃金です。

男性労働者平均年齢賞与等を含む年間総給与額(万円)前回の誤った計数(万円)
全年齢平均41.3542.71382.3
〜17歳16.8188.61182.2
18〜1919.1240.67299.1
20〜2423.0310.5577.2
25〜2927.6395.62903.7
30〜3432.5477.91171.0
35〜3937.4572.691494.1
40〜4442.5629.161699.1
45〜4947.5663.931809.2
50〜5452.6661.171777.2
55〜5957.2626.941630.7
60〜6462.1443.15977.5
65〜68.7396.53801.7

#めちゃくちゃ間違ってるやん・・・orz

続いて賃金の年齢構造(20〜60歳)の指数近似です。

y = 390.79e^0.0056x

#R-squaredが0.7497から0.1015に下がってほとんど意味をなさなくなってます。

続いて多項式近似。

y = -0.6008x2 + 57.128x - 712.21

#こちらのR-squaredは0.9282と、正しいベースにおいてもまだいい線いってます。

続いて各種試算値の再計算です。

最高裁方式(全年齢平均賃金ベース、5% annuity)
A = 542.7 x {(1 - 1 / 1.05^40) / 0.05} = 9,312.24万円
高裁方式(全年齢平均賃金ベース、3% annuity)
A = 542.7 x {(1 - 1 / 1.03^40) / 0.03} = 12,544.39万円
(参考)修正高裁方式(全年齢平均賃金ベース、2%で増加する5% growing annuity)
GA = 542.7 x 1.02 x {(1 - 1.02^40 / 1.05^40) / (0.05-0.02)} = 12,664.53万円
webmaster方式(各年齢層平均賃金から得られた近似式ベース、2.6%(全体の賃金上昇率2%(高裁の数字を採用)と年齢比例分0.6%の和)で増加する5% growing annuity)
GA = 437.10 x 1.026 x {(1 - 1.026^40 / 1.05^40) / (0.05 - 0.026)} = 11,275.76万円
多項式から試算した各年齢賃金の年2%上昇・年5%割引値
11,869.96万円

[misc]魔邪

昨日のエンタの神様を見ていてふと思ったのですが、彼女の元ネタ(武藤敬司とか、永田サンとか)を知っていて笑っている人ってどのぐらいいるんでしょうか・・・。

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t9930211 [いつも拝見しております。 魔邪ネタですが、霞が関の自分の周囲で推定しようと思ったのですが、週刊プロレスが一番売れる..]

bewaad [なんでこの業界ってこんなにプロレスファンが多いんでしょうかねぇ、自分も含めて(笑)。 エンタの客席は女性が多いです..]


2005-06-20

[sports]コンフェデレーションズカップ・ギリシア戦勝利

ブラジルが負けたので、やっぱり決勝トーナメントは無理だろうなぁ・・・。

#現A代表よりもU-13の方が頼もしそう。

[comic]現在官僚系もふ・第13話

経済産業省にうらみでもあるのでしょうか、作者には(笑)。

前回書いたように元ネタがある話で、それが経産省リークである可能性もあるのでその点に留意して以下はお読みいただきたいのですが、普通はリークは意図があってするもので、このように単に個人的鬱憤晴らしでするものではありません。もし万が一このようなケースがあったとしても、経産省としてはそういう軽率なバカにけじめをつけさせておわりでしょう。そういう官僚がいないと断言できないのが経産省らしさではありますが(笑)。

#個人的には、党内の官僚OB議員のリークという展開を予想していたのですが・・・。

でも今回のリーク発覚は、残念ながら議員会館の部屋の構造上あり得ません。これまた前回書いたことですが、議員本人がいるスペースは廊下と直結していません。秘書はどこにいる設定なのでしょう(笑)。

ところで最近のスピリッツでの永田町・霞が関まわりの記述では、DAWNの方が洒落になってませんね。もふは単に取材不足という感じですが、こっちは本気で伏魔殿扱いしてます。世間的にはそんな見方が平均的なんでしょうか?

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rayban 木村拓哉 [|あなたはと考えについて考えたことがあります電子ブック他の上またはゲストオーサリングウェブサイト?あなたが議論トピッ..]

パトリック [カリフォルニアアイダホからのご挨拶!私は今退屈職場では私がすることを決めたチェックアウト昼休み私のiPhone上のサ..]

レイバン サングラス 正規代理店 [そこにこんにちはこんにちは私はそう思いワクワク私が見つけた、あなたのウェブページ| Askjeeve| | AOLの..]


2005-06-21

[notice]コメントスパム処理状況

週末に最初から見直してみたところ、1月は全ての日にスパムがあり、それらを非表示にして2月を見るとこれもまた全日にあり、その処理についていったん挫折しました。毎日の管理画面を開かないとこれらの処理ができない(もっといえばあくまで非表示にとどまり削除も)tDiaryもなんだかなぁというか、まだ半年経っていないので追々全部非表示にしようという気にもなりますが、1年後とか2年後に同様のことになったらそんな気がまったく起きそうにありません。

というわけで、まだ過去のエントリをご覧の際にスパムコメントが多くあり、処理も重いかと存じますが、そのうち全て処理しますので、それまでの間はご迷惑をおかけすることになります。申し訳ありませんが、ご寛恕いただければ幸いです。

[government]内閣強化への疑問

「 内閣官房・内閣府から見る官僚制度」(@公共政策大学院生の蹇蹇録6/19付)や、そこでご紹介のあった「個人主義/共同体主義」(@Crystal6/19付)において縦割り改善策を提案する官僚のテキストが引用されています。具体的には次のようなものです。

これからは内閣官房で働いた経験を持つ者が出身省庁の枠にとらわれず優先されるようになるだろう。そうした人材を育てていくシステムをつくることが大事であり、それによって今後縦割りの弊害は改善できるものと考える。また、若いときに内閣官房にきてオールじゃパン(ママ)の考え方ができるようになった人材がそれぞれの省庁に帰って活躍する事で、長期的には縦割りの弊害は弱まっていくと思う。

古川貞ニ郎・前官房副長官

現在の閉塞感を改めるには、何より現行の人事・キャリアアップ制度を改める必要があります。各省ごとの人事管理を存続するのであれば、少なくともその上に、各省に属さず、日本全体を考える官僚集団を設定せざるを得ないのではないか。言うなれば1種の上に、「スーパーゼロ種官僚」を置く形です。所属としては内閣官房あるいは内閣府で、各省にも配属されます。

採用後しばらくは基礎教育を施すために、各省に入省させて訓練を積み、各局総務課長くらいになったら、プロ野球選手のようにフリー・エージェント宣言をさせて、出身省庁に残るか内閣に赴くか、本人の意思とやる気に委ねるというのはどうでしょう。各省ごとに現場経験を積んだあと、出身省庁のしがらみから離れ、国家官僚として内閣で国全体の問題を議論し、国の方向性を定める。そういう精鋭集団が、必要となるのではないでしょうか。

今、総理を支えている内閣官房のスタッフも、結局は帰るべき所属省庁があります。それは出向ですから限界がある。将来にわたって国全体を考え、行動する集団を作る必要があるのです。だから、自らの意思で内閣にやってきた精鋭官僚については、退職後の処遇など内閣で引き受けるくらいの度量が必要です。そうすると後顧の憂いなく、むろん出身省庁を気にすることなく、国家全体を考えることができると思います。

岡本全勝・総務省大臣官房総務課長

根源的な疑問としては、そもそも今問題視されるような縦割りの弊害があるのか、ということです。例えば岡本課長は上記引用部の直前で次のように述べています。

思い出すのは今から二十五年前、私が入省したばかりのころ、先輩からこんな謎かけをされました。「岡本君、今の霞が関は江戸末期の幕府官僚似ているだろう」と。

当時の江戸幕府には、門閥などもありましたが、養子縁組もあり、総じて優秀な人材が集い、俊英で構成された一大組織でした。が、その俊英ぞろいが、黒船来航時にあわてふためくだけで、あるいは評定を重ねるだけで有効な対策を打てず、逆に田舎侍と侮っていた薩長に大改革を断行されたわけです。これは、頭の良い人材でもセクショナリズムに凝り固まるほど、時流に即した改革ができない、という例証です。

これを現代に置き換えると、三位一体の改革がその象徴でしょうか。中央集権から地方分権へと構造改革を進めていく過程で、補助金削減については総論賛成各論反対により議論が停滞し、結局地方に改革案の作成をお願いすることになった。とはいえ、地方にできるわけがないと多寡をくくっていたところ、思いもよらず地方が案をまとめてしまった。こういう構図が、幕末のころと不思議なほど重なり合います。

岡本全勝・総務省大臣官房総務課長

幕末のセクショナリズムに該当するのは南紀派と一橋派のことでしょうけれども、こと黒船への対応としてはその差は小さいものでしたし、桜田門外の変以降はほぼ一橋派が幕閣の主流派を独占したわけですから、そう大した対立があったわけではありません。というか、薩長ともに幕府とは比較にならないぐらいセクショナリズムが激しかったでしょうに。どちらも主流派の交代時には安政の大獄以上の流血騒ぎになっているわけで。

その後の三位一体の話も旧自治省の岡本課長らしい主張といいますか、補助金削減がマイナスになる自治体に対して、そのマイナスをどうにかし得る交付税の話を先送りしたからこそあの地方合意は成立したのであって、交付税とセットで地方案をまとめろということだったなら、到底まとまるものではなかったでしょう。

他に縦割りの弊害について、岡本課長は別ページで次のようにも論じています。

ウ 政策の統合ができない:政策の優先順位がつけられない、変更できない

(例)社会福祉より公共事業を優先していること。

道路財源が余り、一方で赤字国債や年金が破綻すると言っているのに、道路財源を回せないこと。公共事業の事業別シェアが変わらないこと。

これは、官僚制の「縦割り組織」によるものです。

行政の構造的課題

道路財源はそもそも道路建設のために徴税しているものなのですから、道路建設が必要ないというならこれをまず廃止し、社会保障財源が必要だというなら別途税金でも保険料でも徴収する手だてを講ずべきなのです。岡本課長は旧自治省出身で税制を作る立場(財務省主税局は国税担当で、地方税は旧自治省が担当しています)だから使い回したいという発想が出てくるのでしょうけれど、税制当局の都合で当初目的とは違うものに理屈も何もなく回されることがなく、むしろ縦割りであってよかったというべきでしょう。

以上のような岡本課長の縦割りを弱めた後に彼が理想とする政策運営や、昨年の某主計官の騒動、最近の経済財政諮問会議の人間力の議論、官僚ではできることに限界があるとして政界に転身する人間の主張などを見るに、出身省庁にとらわれない国全体の見地というのは、単に確たる現実基盤を持たない空理空論に流れたものがその過半を占めているようにしかwebmasterには思えません。

結局、縦割りといっても具体的にどのような問題があり、そのためにどのような対応を図るのかという部分が整理しきれないまま、漠然と縦割りが悪いといって内閣に人を集めても混乱が増すばかりです。例えば財務省主計局がやっていることを見ればわかるように、相手省庁に足りないリソースでは査定しかできず、リードしようというならあらの多いものにならざるを得ません。相手省庁と互角のリソースを備えてもいいですが、それでは政府を今の倍にすることになってしまいます(笑)。

ではどうすればいいのか。webmasterが思うに、政策形成においてあまりにマクロ経済的見地が顧みられていないというのは今の霞が関における一大欠陥です。日銀は実績があまりにもアレですが(笑)、それでもまだ金融政策というマクロ政策を考えるための組織が存在しているだけましです。

マクロ政策のもう一方の柱である財政政策については、資源配分や所得再分配をどうすべきかという全体像を考える部局がありません。財務省がそうではないかという見方もあるかもしれませんが、非常に乱暴にいえば、彼(女)らはあくまでミクロ的査定がその本分で、マクロ的な話については、全体の資金繰りがつくかどうか程度にとどまっています。財政政策のマクロ効果は、その称するところの財政の危機的状況を脱することに比べれば、まったくもって軽視ないし無視されているわけです。

ここに着目した組織的対応であれば、相手省庁と同じ土俵で戦うのではありませんから、リソースの差は問題になりません。また、ミクロ的にどのような政策対応が望ましいかは、各省庁に任せておけばよいのです。それらのチェックとしては、すでに財務省の査定、会計検査院検査、行政監察、政策評価などがあるのですから、それらの活用を図ることができます。それよりも、まさに今欠けているところをこそ早急に埋めるべきです。

本来なら経済財政諮問会議がその役目を担うべきなのでしょうけれども、ミクロの思いつきをあれこれ各省庁に押し付けるくせに、自分たち以外に汚名を回す先がないこの肝心な部分については、まったくもって頬被りなのですから、一体なんのために存在しているのやら・・・。

[sports]The World Baseball ClassicにNPB参加

昨日の実行委員会で固まったとのことですが、これでよかったと思います。気が早いと思いますが、こんなメンバーがそろえばいいなぁという勝手な思い入れをしてみました。

#ポジションの誤りがありましたので訂正しました。(6/22追記)

  1. 中・赤星(Tigers、左)
  2. 二・井端(Dragons、右)
  3. 右・イチロー(Mariners、左)
  4. 左・松井(Yankees、左)
  5. 三・今岡(Tigers、右)
  6. 指・松中(Hawks、左)
  7. 遊・宮本(Swallows、右)
  8. 一・福浦(Marines、左)
  9. 捕・城島(Hawks、右)

#指名打者制でない場合は、福浦が控えに回り松中が一塁、城島を8番に繰り上げ、ピッチャーが9番。

  • ピッチャー:杉内(Hawks、左)、渡辺(Marines、右)、松坂(Lions、右)、藤井(Swallows、左)、黒田(Carp、右)【以上先発】木塚(Bay Stars、右)、星野(Lions、左)、岩瀬(Dragons、左)、石井(Swallows、左)、大塚(Padres、右)【以上リリーバー・セットアッパー】豊田(Lions、右)【以上クローザー】
  • 野手控え:谷繁(Dragons、右)【以上捕手】井口(White Sox、右)、西岡(Marines、スイッチ)、平野(Baffaloes、左)【以上内野手】高橋(Giants、左)、平野(Baffaloes、左)、青木(Swallows、左)【以上外野手】

人数はとりあえずMLBロースターの25人という前提で組んでみました。一番悩んだのがリードオフマンをどうするか。イチローが自然ではありますが、そうすると赤星の収まりどころがなくなってしまいます。いっそ赤星を外そうかと考えもしましたが、やはりあの足を失うのは惜しく・・・とあれこれ考えた結果が上記であります。球団別人数を掲げると次のとおりですが、ちょっと偏っているかな?

球団人数
Marines32
Hawks3
Lions3
Swallows34
Dragons3
Tigers2
White Sox1
Yankees1
Padres1
Mariners1
Baffaloes1
Bay Stars1
Giants1
Carp1

#NPBで選出ゼロなのは、Fighters(小笠原がいつもの調子なら選びたかったのですが、今の調子ではちょっと・・・)とGolden Eagles(まあ1年目ですし)の2球団です。

・・・あ、監督忘れてました(笑)。短期決戦ですし、5年後や10年後ではなく来年だからまだギリギリ間に合うということで、仰木監督かな?

本日のツッコミ(全7件) [ツッコミを入れる]

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bewaad [>INOSANさん 松井5番で考えると、次のようなラインナップが思い浮かびます。 1番イチロー、2番井端、3番今岡、..]

ko-ji [>NPBで選出ゼロなのは、Fighters... じゃあ、雰囲気と守備固めで新庄、と思ったら、打率2割5分じゃ、ダ..]

bewaad [確かに考えて見ますと、道路をネタに縦割りを語るなら、農道などの例がよかったような気がしてきました。ちょっと岡本課長に..]


2005-06-22

[history][politics]続・反知性主義についてのいい加減な考察

随分前になってしまいましたが、「反知性主義についてのいい加減な考察」というエントリを書きまして、2ヶ月以上前のものですから当該エントリ中において記したまとめを再掲すると次のとおりです。

  1. 社会不安が感じられるご時世では反知性主義が顕在化します。感じられないご時世でも、潜在化しているだけで存在していないわけではありません。遍在しているのです。
  2. なぜなら、知性とは突き詰めれば、直感に反する発見ほど付加価値が高いので、発展すればするほど少数派にならざるを得ないからです。
  3. 高付加価値な知性は金や権力に直結しますが、社会不安が少なければそうした支配構造を多数派は許容します。でも、社会不安が昂じてくればひっくり返ります。
  4. 知性の最先端は時とともに直感との乖離が大きくなっていきますから、反知性主義を封じ込めるには、知性側における社会不安を押さえ込む不断の努力が必要です。

このエントリに対しては、t.ikawaさんから次のようなコメントをいただいておりました。

◆ t.ikawa (2005-04-12 10:56)

よく言われることですが(80年代なら柄谷行人とか)、知識人(文化人、評論家)の成立と、主義としての反知性(あるいは大衆化)の成立はパラレルだと思います。知識人とは、反知性を主義として掲げるような人々であるとも言えます。大衆との乖離を発見(発明)し、その乖離を埋めることを主義や運動として展開するのは、非常に近代的なんでしょう、やっぱり。

このコメントに関して、稲葉先生のところで次のようなやりとりもなされています。

ぐぬぬぬぬ。いや当然か。原理主義もそうだ。

t.ikawa 『で革命(大衆との接近)を志して破綻して挫折すると。そういう傾向の保守反動として、職人(プロフェッショナル、専門家、独立)志向があると思いますが、やはり概ね付け焼刃で、これにも「ある種の倒錯したモラリズム」を感じます。』

shinichiroinaba 『ぐぬぬぬぬぬぬ。』

「ネタ」(@インタラクティヴ読書ノート別館の別館4/12付)

何かを返したいと思いつつ、webmasterの頭では十分に消化できないまま(エドワード・W・サイード「知識人とは何か」を読んでみたりはしたのですが・・・)今に至っているのですが、昨日触れたgalaxykikiさんのCrystalにおいて、「知識人とは何か」というエントリ(6/14付)をお見かけしたのを契機に、とりとめなくこれまでに考えたことを書きたいと思います。これ以上寝かせておくより、読者の批判に晒す方が生産性が高いことは疑いようありませんので(笑)。

ほんの少しだけ脱線しますと、galaxykikiさんご紹介の次のやりとりはしびれます。こういう言葉をはける人間にそのうちなりたいものです。

こないだのゼミで扱った井上達夫の二重の基準論批判で「知識人」という言葉が出てきた。「経済的自由が精神的自由よりも内在的価値において劣るというのは、『知識人』特有の偏見ではないか」と。

これに対して長谷部恭男、反論するに、「このような『知識人の偏見』がたとえあるとしても、知識人は社会では所詮少数派である。‥立法過程に反映され、経済的自由に対する不当な差別立法を生み出す危険はさほど大きくないであろう」と。

本線に戻ります。webmasterの理解では、t.ikawaさんのご指摘を踏まえて自説を修正すべきは、反知性が他の反○○(支配階級ですとか、金持ちですとか)から独立したのが中産階級成立後ということなのかな、というように考えています。それ以前は何かのサブカテゴリに過ぎなかったのではないかと。

例えば前回のエントリで反知性の実例の一つとしてクメール・ルージュを挙げましたが、知識人階級の虐殺は知識を有することが主たる原因だったのかといえば、そうではないように思います。経済的格差などの方が(党指導者層はともかく、現に虐殺に携わった兵士たちにとっては)理由付けとしては大きかったのではないでしょうか。

であるなら、支配層のパトロネージュを受けたり支配機構の一翼に組み込まれたりする存在としての知識を有する者ではなく、知識をそれが役立つということから離れて単独で飯の種にしてこその「知識人」ということになります。そうした階級が成立するためには、知識を需要し消費する市場が必要です。つまり、それなりの所得と識字率を有する中産階級があって、はじめて「知識人」が生まれることになります。

と考えると、t.ikawaさんがいう「ある種の倒錯したモラリズム」は構造的なものなのでしょう。知識を分け与え啓蒙しているはずの「知識人」が、実際にはその受け手に依存し、彼(女)らの望むものをはき出させられているのです。そうしたある意味での被搾取階級としての「知識人」による階級闘争が職人志向であり、「知識人」の価値を理解しあがめるようであれと訴える主張なわけですが、本来の主従を逆転させようという試みなのですから倒錯せざるを得ません。

#その逆転した世界観に基づき「知識人」の特権を自己否定しようとしたかつての学生運動は、二重の意味で倒錯していたということになるのかな?

さて、まったくの的はずれである可能性が相当あるものの、何とかwebmasterなりに消化しようとした試みが以上ですが、にしても稲葉先生の言葉はさらに謎に包まれています。牽強付会な理解すら思いつきません。原理主義はいかなるロジックにおいて近代の産物なのでしょうか・・・。

本日のツッコミ(全260件) [ツッコミを入れる]

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2005-06-23

[law]「絶対的平和主義をめぐって」について

以前の当サイトのエントリに対して大屋先生からまたご回答をいただきました。ありがとうございます。大変遅くなってしまいましたが、以下、回答いたします。

絶対的平和主義について

まず議論に争いがないと思われる点を先にまとめますと、絶対的平和主義は実効性がないものと取り扱って差し支えなく、故にその選択肢を取り得るものとするために井上先生のように第9条を削除するという案は取るべきでないということになります。大屋先生は、井上達夫は状況依存的に有効になり得る手段の中に絶対的平和主義を入れており、従ってそれを拘束する条項を硬性憲法に入れるべきでないという結論に至るわけだが、私自身はその可能性はほぼないので逆の条項を(つまり軍備を持つことを前提としてその制限条項を)入れるべきだと考えているとされていますが、つまりはシビリアンコントロールですとか、侵略の禁止ですとか、そういったものを規定すべきだというものだと思います。

となると残るのはどちらかというと枝葉末節なものになりますが、申し上げるだけ申し上げておきますと、国内の政治運動と独立運動や外敵の侵入に対する対処を分けて考えるべきか、という点についてはあまりその必要はないと思うとのご見解については異論があります。

些末な形式論ではありますが、議論の発端は第9条で、こと議論が第9条にとどまる限り、やはり外敵の侵入及び占領後における独立運動と国内の政治運動とは分けざるを得ないのではないかと思います。第9条、ないし軍隊の保持に係る明文規定と代替関係にある絶対的平和主義は、あくまで対外関係(文脈上正確を期せば、異なる憲法体系との対立を念頭に置いた規定)におけるものであるからです。

発端と経緯は脇に置いて大屋先生の議論を独立して考えますと、憲法においては自らの基本的価値観の変更を避けるために各規定が合目的的に置かれているという仮定をした場合(以前もご紹介したBobbittの議論からの発想です)、日本国憲法は民主政の維持、もう少し議論のために制度的要素に分解するとダールのポリアーキーを構成する公的な異議申立て(乱暴にいえば政府批判活動の自由)と包括的(政治)参加(乱暴にいえば普通選挙制度)の2軸を保障する各規定の存在に意味があるわけです。

#今時ダールの議論は時代遅れという指摘も見ますが、それを引っ張ってきたのはwebmasterの知識の制約故とご理解下さい。

そのような憲法体系下においては、暴力的反政府活動はロックの抵抗権的な考え方をもってしても正当化され得ません。このような制度そのものと、その安定的な運用を可能にする国民国家イデオロギーの確立(大屋先生の文中でいえば「共感」の成立可能性にあたるでしょうか)のいずれが因でいずれが果かは鶏と卵の議論かもしれませんが、既にそれら制度が機能していることを前提に議論をする現在の日本においては、やはり憲法内における主導権を巡る国内政治運動と、別の憲法体系の排除ないし創出を目的とする対外紛争やその結果もたらされた占領状態からの独立運動は分けて論じるべきものであるように思います。

#むろん国内政治運動においても憲法(の基本的枠組みの)変更を目指すものがあり得る等、「一般理論」として両者を連続的に論ずることが有益であることを否定するものではありませんが、少なくとも今回の文脈においては、ということです。

最後に、さらに些末な問題ではありますが、南ヴェトナムの焼身自殺はアメリカの対ヴェトナム政策以上にゴ政権の対仏教政策への反抗で、クーデターによるゴ政権崩壊によってその目的の一部達成につながったわけですから、非暴力抵抗が共感を得て政策変更につながったとの文脈には乗らないように思います。まあこのクーデターの裏にはアメリカの暗躍が、という話はもちろんあるのですが、アメリカの反応はゴ政権の仏教政策云々よりマダム・ヌーの「人間バーベキュー」発言ではありますし。

農地改革について

これについては、前回のエントリに対する次のよこはまさんのコメントをまず引きます。

◆ よこはま (2005-05-24 08:29)

一つ目のエントリの前半、農地改革の「憲法性」に疑念を呈するbewaadさんの話について、井上の議論を擁護するなら、第一に、農地改革は(その政治経済体制への影響はともかくも)土地所有・分配のドラスティックな転換であるため、少なくとも通常の立法過程および司法過程では賄いえないという意味で、「憲法的」であるとは言いえるのではないか。第二に、井上が安全保障政策の「状況依存」性と言った場合、そこでは単に影響関係の予測不可能性のみが考えられているのではなく、主権国家内部と主権国家の外部とでは権力の答責性を確保する原理がかなり根本的に違うことを背景に置いているのではないかと思います。後者においては、安保政策上考慮せねばならないアクターはそれほど多くなく、行動をコントロールする上ではむしろ共同体(主義)的規制、つまり村八分によるサンクションが極めて有効に機能することを、井上はしばしば指摘します。そのような問題領域で、正義原理を実現する方途および責任は、基本的に政府が法の制定・執行の権限をかなりの程度独占する国内の場合とは別様に考えられる必要があるでしょう。

第2点は異論がありませんので、第1点について論じてみたいと思います。これまで論理構造についての議論に終始して事実関係に踏み込まなかったのは自信がなかったからですが(笑)、そうも言ってられません。事実関係としてwebmasterが反論したいのは2点あり、1つはGHQに「押し付け」られるまでもなく、戦前からの動きの延長に位置づけられるのではないかというもの、もう1つは「憲法的」であったのは対価の不当性ではないかというものです。

第1点目については、歴史学界でも農地改革が、戦前からの農地調整法(昭和13年成立)等との連続性をもって語るべきものなのか断続性をもって語るべきものなのかは意見が分かれていて、よってwebmasterが何か言えるようなテーマではないのですが、井上先生の議論はある意味「恒産なくして恒心なし」的な議論で、つまりは所有権の移転そのものより零細農民(それが自作農であれ小作人であれ)の所得水準を問題視しているわけですから、その点については反論が可能です。

野口悠紀雄「1940年体制」孫引きしますと、次のような記述があります。

日本の小作料は、徳川時代から現物小作料制が続いていた。つまり、小作人は、地主に対して米で小作料を収める形態をとっていた。その額は、収穫の半分程度であった。食糧管理制度によって供出制がとられ、この形態は大きく変わった。すなわち、在村地主の飯米分をのぞいて、小作農は地主ではなく政府に米を供出し、その代金を地主に払えばよいこととされた。こうして、小作人は直接に政府から収入を得られるようになり、小作料が事実上、金納制に変わったのである。さらに政府は、生産者から直接に買い上げる場合には増産奨励金を交付して高く買い上げる一方で、地主から買い上げるときにはこれを給付しないこととした。…それまでは、小作料は収量の50%にも達していたが、43、44年産米では38%に低下し、さらに45年産米では、18%にまで下がった。…これは、戦後の農地改革、農村の状況、さらには保守政治の基盤に関して、重要な意味をもつことになる。

生産手段を所有していなければ「恒産」たり得ないということでは、今の給与所得者はみな井上先生から見れば民主政の担い手たり得ないということになってしまいますから、生産手段を所有しているかどうかではなく所得水準の問題だとwebmasterはしたわけですが、所得水準はこのようにGHQの「押し付け」を待つことなく改善を見ています。

#生産手段を所有していたとして、家財を含め担保に差し出して資金繰りを付けているオーナー経営者だっているわけですから・・・。

したがって、所有権の移転について断絶説をとり、そこにGHQの圧力があったとの前提を受け入れたとしても、その「押し付け憲法」性を第9条と同一視することはできないのではないかとwebmasterは思います。

第2点目については、「少なくとも通常の立法過程および司法過程では賄いえない」ことをいうのであれば、事実上買収というよりは没収というにふさわしい程度の価格付けになったことこそ、まさしく通常の立法過程・司法過程では実現不可能なことでしょう。農地改革と同様の所有権移転であっても、適正価格による買取りを経たものであるならば、それはまだしも通常の政策として実現するハードルが遙かに低くなります。

大日本帝國憲法はその第27条で「日本臣民ハ其ノ所有權ヲ侵サルゝコトナシ/公益ノ爲必要ナル處分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」と財産権について定めていて、手元にその解説もないので当てずっぽうではありますが、第一次農地改革(大日本帝國憲法下)についても議会で反対が強かったことに照らせば、そのような事実上の没収は新旧いずれの憲法に照らしても違憲的色彩の強いものといわざるを得ないでしょう(判例は(新憲法上)合憲としています。為念)。

#上記判例中の反対意見の1つ、真野裁判官の意見には、増額の訴求が許されることによつて、その支払のためにする国家の支出は、増大するであろうが、正当の補償まで増額すべきことは憲法上の要請であつて、それに対してツベコベいつて拒むべき理由は、毫末も存在しないという表現があり(強調はwebmasterによります)、この判例をwebmasterがまじまじと見たのは今回が初めてなのですが、思わず笑ってしまいました。判決文というお堅いイメージの文書に、普通そんなこと書かないよなぁ。

これについて、山下一仁さんの農地改革の真相−忘れられた戦後経済復興の最大の功労者、和田博雄を見てみますと、次のような記述があります。

農地改革は252万戸の地主から全農地の35%、小作地の75%に相当する177万haを強制的に買収し、財産税物納農地と合わせて194万haの農地を420万戸の農家に売却したものであった。農地買収は正当な価格、十分な補償で行わなければならないとGHQは主張し、インフレによる物価スライド条項の導入にこだわった。しかし、和田農相は徹夜の交渉によりこれを撤回させた。戦後の悪性インフレによって貨幣価値がいちじるしく減価したにもかかわらず、農地改革が終了する1950年まで買収価格は据え置かれたのである。この結果、買収価格(水田760円、畑450円)はゴム長靴一足(842円)にも満たない、事実上の無償買収となった。このため、農地を買収された地主階級から農地買収の違憲訴訟が相次いだ。

となると、やはり井上先生の、いわゆる改憲論者が押し付け憲法を問題にして押し付け農地改革を問題にしないのはダブルスタンダードだ、という主張はそれほど強い根拠に支えられたものではないといわざるを得ないのではないでしょうか。

[politics]EATO(East Asia Treaty Organization)?

大屋先生が取り上げ議論を展開されている「東アジア共同体構想」(@ララビアータ6/18付)に異論があります。その趣旨は、日米安保体制の代替として日中を含む東アジア(ということですが、行間を読む限り東南アジアは最低でも含んだものと考えられます)での多国間安保体制構想ですが、次のように始まっています。

東アジア共同体論には、いろんなヴァージョンがあり、論拠もさまざまであるが、ここでは普通あまり考慮されない安全保障という観点から考えてみたい。

私の前提とする認識は、アメリカの相対的地位が、1950年代60年代と比べて、著しく低下している事、そのためアメリカは一国で世界秩序を維持したり、それを指導したりする事が難しくなっている事、またアメリカ自身がそれを意識し、国際秩序維持の負担を他国にも部分的に肩代わりしてもらいつつも、なお自国のイニシアティヴをできる限り確保しようと努めていること、その結果アメリカの世界戦略が一国主義化しつつあり、自国の利害に他国をつき合わせる度合いが増している事、などである。私は専門化ではないので、定量的なデータを示す事はできないが、以上の判断は多くの人が共有している事と考えている。

まずwebmasterはこの前提についての判断について、田島先生とは判断を共有しません。まずアメリカの相対的地位は、1950年代や60年代(特に前半)に比べて低下しているかもしれませんが、70・80年代よりは向上しています。次にアメリカは、50年代や60年代にだって一国で世界秩序を維持していたわけではありません。それこそ何のためにNATOや日米安保があったというのでしょうか。最後にアメリカが自国の利害に他国をつきあわせるなんていうのは昔からのことで、今に限った話ではありません。スエズ動乱で英仏が涙を呑んだのはその典型でしょう。

続いて安全保障の観点からの東アジア共同体、ここでは仮にEATOと名付けておきますが、そのフィージビリティ自体が次のような理由からほとんどありません。

  • 田島先生のお考えではアメリカは歓迎しないだろうという程度ですが、アメリカ本土にICBMを向けている世界でたった2ヶ国の1である中国(もう1ヶ国はいうまでもありませんがロシアです)と日本の軍事同盟など認めるはずもありません。アメリカとも中国とも等距離で、なんていうのはかつての全方位外交と同じ轍を踏むものでしょう。
  • 中台両国が軍事同盟を締結する、なんていうのは台湾側はともかく中国側の国内事情が許しません(台湾抜きでEATOを、なんてアイデアではないですよね)。
  • 日韓の竹島、日中台の尖閣諸島、中ASEAN諸国の南沙群島といった領土問題を処理した後でなければ、仮にEATOを結成したところで円滑に機能などできません。例えば日本が竹島について韓国を事実上放置しているのは主としてかつては対ソ、今では対北朝鮮を念頭に置いて仲間割れを自制しているだけで、EATOのような枠組みができるのであれば自制する必要もなくなってしまいます。

仮にこれらを乗り越えてEATOが結成されたとしても、それが日本にとってプラスかといえば、それこそ安全保障の観点からはマイナスしか思いつきません。最大のマイナスはアメリカをわざわざ遠ざけること。日本に対して最大の軍事的有形力を行使し得る存在が潜在的敵国になるという直接的なマイナスもあれば、少数精鋭主義の日本にもっとも適した兵器を開発するアメリカからの兵器輸入・技術供与が受けられなくなり防衛力の低下と防衛費の高騰(性能が劣っているのを承知で無理して独自開発なり共同開発なりをしなければなりませんから)を招くという間接的なマイナスもあります。

大枠の異論は以上の通りですが、以下、細部について気になった点についても言及いたします。

世界各地でアメリカの力が後退しつつあるとき、これまでアメリカが担ってきた秩序維持の努力を他の諸国が共同で担う必要が増している事、またそれをアメリカ自身が求めている事は疑いないところであろう。
既述のとおりアメリカの力が現在後退しているわけではないとwebmasterは考えますが、それをとりあえず無視しても、アメリカにしても相対的に重要な地域における後退はせず、重要でない地域から後退していくはずです。パシフィックリムの西縁はヨーロッパと並ぶ最重要地域で、そこの安全保障から一歩引いて他国のイニシアティブに委ねることなど向こう数十年は想定できません。
かつてのヴェトナム戦争の場合にあった民主主義・自由主義のとりでを守るという(結局は幻想だった)大義すらもなく、アメリカはこの戦争の大義を同盟国に対して説得する自信さえ失ったまま、戦争に突入した。国連安保理決議を取りまとめる事を断念したとき、戦争のための最小限の公共性さえ断念したのである。
幻想であったもので良いなら、イラク戦争の際にもWMD問題がありましたし、民主主義をいうならイラクにおける民主的政府の確立があります。他方でヴェトナム戦争時に、国連安保理決議をとりまとめようとしたことなどありましたでしょうか?
たとえば、イラク戦争のようなことが朝鮮半島で起こる場合、アメリカが対中国政策上の考慮から、単独で朝鮮先制攻撃を仕掛ける可能性はゼロではないが、これは韓国や日本にとって極めてありがたくないオプションであろう。
とてつもなく愚かな人間がアメリカ大統領になる可能性はゼロではありませんから、その意味で日本を無視して北朝鮮に対してアメリカが単独攻撃を仕掛ける可能性もまたゼロではありませんが、としかいいようがありません。かつてのカダフィ爆撃のような単発攻撃ならばともかく、本格的な攻撃を仕掛けるには日本のロジスティックサポートが不可欠ですが、それが得られなくなるリスクを冒すデメリットに比べれば、単独で攻撃を仕掛けることのメリットなど無視できるといっても過言ではありません。
さて極東では、アメリカ軍のプレゼンスは確実に低下してゆくであろう。他方、中国の軍事的経済的比重は大きくなっていく。秩序のバランスが変わるとき、偶発的危険が高まるのは当然である。
既述のとおり、極東におけるアメリカ軍のプレゼンスの低下は想定されません。駐屯兵力が見かけ上減ったとしても、即応展開力の増強を考慮に入れた有事において発揮可能な軍事力は維持か、ひょっとすれば強化すらされます(韓国のように自らプレゼンスを減らそうとするなら別ですが(笑))。他方で、中国の軍事的経済的比重など大きくなったところでたかがしれています。アメリカが大陸に侵攻するというならともかく、空海戦力の圧倒的格差は予想し得る限りの遠い将来においても存在し続けるでしょう。経済についてはかつて論じたので繰り返しませんが、一言で言えば中国が「先進国」にふさわしい経済水準に到達できる可能性はほとんどありません。
二国間安保の場合だと、アメリカの圧倒的軍事力のもとでは、結局アメリカの世界戦略に組み込まれた従属的な役割しか与えられない。
その圧倒的軍事力を敵に回して可能な独自外交の幅がどの程度あるのでしょうか。イラク戦争時の独仏露が念頭にあるのでしょうけれども、仏露は独自の核兵器を所有し安保理の拒否権を持っているわけです(さらにいえば、ロシアはもちろんのことフランスだってNATOの軍事面からは手を引いており、つまりは両国ともアメリカの軍事同盟国ではありません)。それらを持っている中国に頼るのでしょうか? 中国がアメリカより日本にとって頼りがいがありかつ親身であるとはwebmasterには到底思えません。
だからこそ我々は、ますます強大化する中国を東アジアの多国間安保の枠組みの中へと受け入れ、この地域の軍縮と安定を作り出す必要があるのである。それは、一方ではアメリカの覇権を押さえ込むために必要な枠組みという事で、中国にも受け入れやすい提案であろうし、他方で、中国の無制限の軍事的増大を抑えたいアメリカやアジア周辺諸国にとっても歓迎される提案となる可能性がある。
アジア周辺諸国にとってはともかく、アメリカにとって中国が無制限に軍拡に走ってほしくない理由は、おそらくは田島先生がご想像のそれとは違います。これまで繰り返し述べてきたような米中の軍事力・経済力格差を考えれば、中国の無制限の軍拡は、旧ソ連がそうであったようにその自滅につながるのみです。その際の混乱を考えれば軍事的増大を抑えたくもなるでしょうが・・・。

あえて乱暴な例えで締めくくるなら、ナチスドイツの成功に幻惑された戦前の過ちを繰り返すべきではない、ということです。

[government]官庁訪問開始特集その1:違います

国家一種合格かぁ。所詮司法試験すらドロップアウトした私には一生かかっても無理だろうなぁ。すごいなぁ。

「合格おめでとう!!」(@棺桶に六法を6/21付)

司法試験の方が間違いなく格段に難しいです。webmasterは学生時代、司法試験に受かると思ったことなど一瞬たりともありません(だから受験もしてません)。もしよろしければ一度受験されては(笑)。

[government]官庁訪問開始特集その2:人事は汚れています

米国に留学していたキャリア官僚の友人(かれは優秀で切れ者の部類に入ると思いますが)によれば、まるでドメスティックで無能な人間も、いったん海外に出すことによって、国際的な仕事の足を引っ張らなくなるという効用が望めるそうです。

「留学の効用」(@フランス公法学研究日誌6/21付)

「海外経験ないから国際部門は無理ですぅ」とかいって人事異動に注文を付ける理屈を封じるためという、人事の理屈優先な気が。

[government]官庁訪問開始特集その3:身分の取扱い

起訴段階で懲戒免職にしないのか…。刑が確定するまで休職のままでいくつもりなのだろうか??

続・航海日誌6/22付)

推定無罪を墨守しているのでは、と裏も取らずに適当なことを。

[government]官庁訪問開始特集その4:さぼっていいの?

約1ヶ月音信不通だった方(笑)にお聞き下さい。

#復活おめ。

[government]官庁訪問開始特集その5:まじめな話はないんかい!

当サイトなどよりbranchさんの的確なアドバイスをご覧いただければ。

#当サイトにこだわるという奇特なありがたい方のために、一応昔そのテーマで書いたページがあることだけはご紹介をしておきます。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

かえる [国際情勢って、戦国時代の秀吉VS家康または中国の諸子百家が活躍した横断や縦断戦略と相似していて面白い気がします。]

bewaad [最近読んだ本なのですが、第二次世界大戦中のフィンランドを描いた「雪中の奇跡」「流血の夏」では、本当に外交が国の存亡を..]

ブルガリ レディース [タグホイヤー カレラ ベルト調整 [url=http://www.blackest-watcheliminatej..]


2005-06-24

[law]裁判員がめんどうで何が悪い

連日の宿題消化シリーズとなりますが、「裁判員などめんどうに決まっているじゃないか」にいただいたコメントなどを踏まえての再論です。

あれこれ考えた結果を先に書いておきますと、「たいしたことのない負担だからもし指名されれば我慢して務めるけれども、それが崇高な任務であるかのように言いふらす法曹関係者はいけ好かない」という感情論です(笑)。基本線は前回と同じです。

なぜこのように思えるかといえば、法学部出身のくせに法学部的価値観を体得できなかったということなのでしょうか。裁判員制度の存在意義について、前回のコメントでご紹介いただいた大屋先生のご意見を次に掲げてみます。

「それは重いからやりたくない」という中学生の言葉は素直なものである。しかし、彼女が担いたくない当の負担が社会の中で必要とされており、かつ自分も社会の一員としてその恩恵を享受しているならば、自分はイヤだということは結局それを誰かに押しつけることに他ならない。そしてそれは社会の行使する暴力に自分もまた荷担しているのだという事実を隠蔽し、不可視のものとすることにつながるだろう。人々に裁判過程とそこで行使されている権力の暴力性を知らしめること、その自覚を持ってもらうことをこそ、裁判員制度の最大の意味と考えるならば、中学生の素直な信条を無視してあくまでも無作為に問答無用で裁判員の義務を押しつけるべきなのだ。

「自由と負担」(@おおやにき2004/2/29付)

他方で大屋先生は、ほぼ同様の趣旨で徴兵制を語る井上達夫先生に対して、次のような指摘をしています。

(前略)また、社会を維持するために誰かが引き受けなくてはならない危険は何も戦争だけでなく、消火活動や治安維持活動だってそうだが、これらは別に徴兵制のような全員の確率的負担で行なわれるわけでもない。そもそも現代の戦争を前提とする限り、徴兵制はコストが非常に高いわりに非効率であって現実的ではない(このことは前にも書いた)。であるならば我々のすべきことは、我々の必要とする危険を引き受ける存在に対してそのような存在としての正統性を保障し、かつ自発的選択によってそのような存在が供給されるように待遇面や制度面での整備を行なうことである。彼らは「殺されるくらいなら殺す(でもできれば殺したくないな)」という我々の都合のいい欲望の産物であり、我々の一部である。少なくとも私自身は、道徳より私の生命を優先する。軍隊も警察も私の一部の疎外であり、私の外部としての対象ではない。疎外した自らの欲望を憎悪する偽善を告発しようとする点において私は井上達夫を支持しており、しかしその後に我々の立場は分かれる。それは我が師が善人であり、私自身が悪人であることの帰結である。煩悩無数誓願断/法門無尽誓願学。

「pro aliis」(@おおやにき5/22付)

つまりは「裁判員制はコストがそれほと高くなく、かつ効率性もそこそこあるので現実的だ」ということかと思うのですが、制度の存立意義を考え、あわせてそのコストを考えるというこの整理は、偉そうに評する立場ではないものの、極めて正統的な考え方だと思います。

#この観点から、例えば志願制の軍隊や警察、消防のように裁判もまたプロに任せるべき分野ではないか、という議論があり得ますし、多くの裁判員制度への批判はこの観点からなされています(それ以外の批判としては、陪審まで行くべきで裁判員などごまかしだ、というものがあります)。この批判についてwebmasterの見解を述べれば、軍隊や警察、消防とは異なり、裁判はそれが社会の納得を得られるかどうかが問題なので、多くがそれを是とするならいいのではないでしょうか、というものです。

しかしながら、前世紀後半ぐらいから、「法と経済学」という学問領域が提唱されていて、これは異なる考え方をとります。例えば債務不履行、一般用語でいえば約束を守らなかった場合には損害賠償が認められるのですが(民法第415条)、その存在意義としては、伝統的な法学では本来債務は履行されるべき、という点に究極的には帰着します。よく引かれるローマ法諺に「合意は拘束する」(pacta sunt servanda)というものがあるのですが、要すれば約束を守れ、ということにつきるわけです。

#ちなみにこの法諺は、国内のようにより上位の権限を有する者のない国際法の世界では、まだまだ効力をもって語られます。

もちろん約束が信頼できないようでは約束を守らせるためのコストが高くつきますから、十分に合理的な考え方です。ところが法と経済学では、損害賠償を払ってでも債務を履行しない方が債務者にとって得であれば、債務不履行は合理的な選択であると説きます。

例えばAさんがB誌に原稿料10万円で寄稿する契約を結んだ後、その内容を察知したC誌が30万円で書いてくれという話を持ち込んだとき、伝統的な立場では合意は拘束するわけですから、Aさんは先約があるからごめんなさいとC誌に言うべきとするところ、法と経済学では、B誌との契約で違約金が20万円未満なら、先約があろうとAさんはC誌に寄稿して30万円を受取りB誌には違約金を払って債務不履行をすべきとします。この場合、Aさんの手元には10万円より多いお金が残るのでハッピー、B誌は原稿と等価値と自ら認めた金銭を受け取ることができるので少なくともアンハッピーではない、C誌は30万円払ってでも手に入れたかった原稿をとれるのでハッピー、とAさんが先約どおりB誌に寄稿した場合に比べ、関係者全員が同じかそれよりもよい状態になるからです。

裁判員に話を戻しますと、裁判員法上、裁判員候補者になっても出頭しなかった場合、最高で10万円の過料が科されます(第83条)。正統的な法学の立場からいえば、当然に裁判員としての義務を果たすべきという価値観があり、過料を科すようなことはあるべきではない不正常な状態だとの理解になりますが、法と経済学の立場からいえば、10万円払うか裁判員となるかは貴賤のない同等のオプションです。

#そもそも日本では法と経済学はメジャーではありませんし、法と経済学の立場に立っても刑罰にまでそれを援用するかどうかには(少なくともwebmasterが学部生だった頃には)議論があるのですが、過料ですから刑事罰ではないので、気にしないことにします(笑)。

こんな選択を迫られるのはありがたくもなんともありませんが(笑)、裁判員制度が適用される案件は年間3,000件程度ですから、裁判員適格者である20歳以上70歳未満人口を計算の便宜上9,000万人(安全を見て多めにしてます)とおけば、全てのケースで6人が選任されるとしても(実際には4人のケースもあります)、5,000年に1回しか回ってこないわけです。これが最初に「たいしたことない負担」と書いた最大の根拠で、しかもwebmasterは20歳になってからそれなりに年数を経ていますので、実際にはさらに低い確率でしか回ってきません。まあこのぐらいのリスクは甘受してもいいかな、と。

#そのとき担当している仕事がつまらなかったら合法的にさぼれるわけですし(笑)。

というわけで裁判員制度自体には消極的賛成といったスタンスなのですが、気にくわないのが前回触れたように裁判員の位置づけです。憲法に規定もされていないくせに、あたかも国民の義務であるかのように言ってほしくありません。民主政の基本だとか権威づけられてますが、選挙の投票だって棄権は可能だというのに。だいたい職業に貴賤があると主張しているというのと同じではないのでしょうか。裁判員は貴くその他の職業は賤しいので、指名されたら喜んで捨ててこい、と。

次の指宿信先生の文章は、裁判員の存在意義について論じたものの中で、webmasterが唯一納得できたものです(陪審員について論じたものですが、裁判員にも妥当するものだと思います)。

結局、市民による陪審裁判を受ける権利を保障する姿勢を共同体が持ち、市民が共同体の同僚による裁判を希求しないかぎり、市民参加や誤判防止といった目標(それぞれは非常に重要な課題で、いずれも軽視することの許されない問題であることは言うまでもなく、法律家の議論がそこに集中するのはむしろ自然なことだが)に収斂された改革論は、参審制との選択を迫られることになるのは必然で、なにより仮に実現したにせよ「権利性」を自覚しない陪審制度はかならず衰退の道をたどることになるだろう。そのことは、戦前の陪審の歴史が教えているとおりである。

権利としての陪審裁判

理念としてはご指摘のとおりだと思います。ただ惜しむらくは、今の日本において「市民が共同体の同僚による裁判を希求」しているとは思えないことです(同時にこれは、本来法曹にとっては喜ばしいことだと思うのですが、一体なんで裁判員制度が導入されたのか、理屈ではなく経緯としてどうも納得がいきません)。指宿先生の言が正しいのであれば、裁判員制度もまた衰退の道をたどるということになるのですが・・・。

最後になりますが、前回のエントリについて、のびたさんから次のようなご指摘をいただきました。

確かに、機会費用の負担を考慮した批判は筋の通ったものだと思います。しかし、私が不思議に思うのは、それならば、何故、アメリカ等の陪審制度の国々では、機会費用の負担を根拠にした陪審制度批判が噴出して、大きな政治的争点になっていないのか?という事です。

また、機会費用の負担を考慮した裁判員(陪審)制度批判が尤もなものだと一般に考えられているのであれば、スティグリッツ、クルーグマン、フリードマン、ランズバーグ、ラッセル・ロバーツ等の経済学の教科書・入門書の絶好のネタになるはずですが、経済学の教科書・入門書で陪審制度批判を見かけた事は一度もありません。

おそらく、機会費用の負担の影響はあるがその程度は小さいから問題視されていない、という事だと思いますが、如何でしょうか。

「裁判員制度批判についての疑問」(@のびたの経済学お勉強ノート5/22付)

アメリカの陪審員の機会費用が実際にどの程度かはわかりませんが、少なくとも裁判員であれば上記のとおりですので、ご賢察のとおりではないかと思います。ただ、下記のようなアメリカの実態(陪審制に対して賛成・反対の両者が同様の指摘をしていますので、嘘ではないと思います)を見るに、やはり機会費用に基づく行動の変化は起きているようです。

アメリカでは陪審員は裁判期間中は外部との接触を一切禁じられ、裁判所外への外出は勿論、新聞やテレビ報道を見ることも制限されます。実際にはほとんどの裁判が1日か2日で終わりますし、その日の法廷が終われば家に帰るのも自由という場合がほとんどではありますが、検察官と弁護人とが真っ向から争うような事案では、長期間にわたって陪審員は身体を拘束されることとなり、その負担は非常に大きいといえます。それだけに、アメリカでは会社などで重要な地位についていたりして時間を拘束されたくない人は、陪審員になることを拒否するようになり、得てして主婦や失業中の人などが陪審員に集中するという事態も起こっています。このような陪審制の問題点が大きくクローズアップされたのが、O.J.シンプソン事件でしょう。これは我が国でもかなり報道されましたが、彼が無罪になったのはひとえに陪審制のおかげであるという評論がされてもいます。この評価に対する是非はともかく、陪審制にも様々な弊害があるのは事実でしょう。

陪審制(陪審制賛成の久保内統弁護士のページ)

「アメリカ人はバカなのか(小林至・幻冬社文庫)」の中で、アメリカの陪審員制度の問題点が書かれている。普通に会社勤めをしている一般社会人にとって、陪審員になることは、支給される金額も低く、面倒なことである。そのため、陪審員を喜んで引き受けるのは、定職についておらず、お金に困り、時間に余裕を持っている人なのだ。つまり、時間のかかる重大事件は、年金受給者や、時間をもてあました主婦、極端に言えば、プータローが裁くのである。会社勤めをしている一般アメリカ人は、1日で終わるような簡単な事件を選んで、陪審員として参加するのだ。

司法制度改悪に反対する (裁判員制度というポピュリズム)(裁判員制度反対のカブ放浪記さんのページ)

本日のツッコミ(全18件) [ツッコミを入れる]

Before...

小倉秀夫 [手鏡というのは、女性のスカートの中をのぞき見るために専ら使うための道具ではなく、そのような意図を有しないものが持って..]

横から失礼します [小倉先生、横からの突っ込みに丁寧にご返事頂きありがとうございます。 >捜査官の証言については信用できる以前に何が手鏡..]

bewaad [>小倉先生、横から失礼しますさん 個別事例としての植草事件の当否を論ずる材料ももたない身ではありますが、むしろ検察が..]


2005-06-25

[economy]昨日のパラフレーズ:確定申告の経済学的な意義

昨日取り上げた裁判員に関連する話題として、中村宗悦先生の次のテキスト(原典は「税とは何か 別冊環(7)」)がwebmasterには気になっています。

……要するに、サラリーマンは自らの収入を得るのにかかったコストに対する感覚がまったくないか、あってもそれを補って余りある恩恵を受けているのである。それを放棄してまで「反乱」を起こそうという気が起きないのは当然であろう。

加えて、インフレによって、サラリーマン納税者の負担が高まらないように、高度成長期にはほぼ毎年度物価調整減税がおこなわれた。また、ことあるごとに控除額の引き上げなどでサラリーマンの不満はそらされていった。サラリーマンが、「サラリーマン税制」に飼い馴らされ、その甘い汁にどっぷりと浸った状態では、その根本的問題点がいつまでたっても解決されないばかりか、強化されていくばかりである。しかしサラリーマン自らが、申告納税制という主体的に税に関わっていく手段を放棄したわけではない。むしろ、歴史的経緯を見ればわかるように、戦前戦後を通じてサラリーマンはいまだその制度を一度も手に入れてさえいないのである。(62ページ。強調は引用者)

「サラリーマンも確定申告を!」(@historial amnesia6/22付)

裁判員についても、司法プロセスへの参加を通じた民主政の主権者としての主体性の確立ということが謳われていますが、確定申告についても同様に、そのような主体性確立という意義が(中村先生に限らず)よく謳われます。昨日述べたような法学のオーソドクシーからすればアプリオリに(は言い過ぎかな。定性的に、ぐらいでしょうか)主体性確立には意義があると片づけてしまってもいいのですが(???)、経済学的にはどのように意義付けができるのか、実はwebmasterにはわからないのです。

「飼い慣らされ、その甘い汁にどっぷり浸った」というのは価値判断が含まれていると思いますが(笑)、事実関係をニュートラルに記述すれば「補って余りある恩恵を受けている」=サラリーマンを平均してみれば、源泉徴収により得られる余暇の効用大なり確定申告を通じて主体性を確立した際にあり得べき減税の効用、ということかと思います。であるなら、サラリーマンが飼い慣らされ、甘い汁に浸っているのは合理的な選択になります。

もちろん合成の誤謬があり得ますから、サラリーマンが総体として源泉徴収と引き換えに負担している租税が望ましい資源配分や所得再分配を阻害している可能性はあります。しかし合成の誤謬に対すべきはマクロ的な考え方、つまりは望ましい資源配分や所得再分配はそれのみで達成すればよい話ですし、またすべきではないのでしょうか。

これが誤りである可能性としてwebmasterが思いつくのは、源泉徴収はある種の政府の失敗であり、それを前提にして国が望ましい資源配分や所得再分配につながる税制とはこれだとex anteに考えるのも政府の失敗により不可能で、確定申告にした上で各主体の自由な判断に委ねて達成されるものがex postに望ましい資源配分や所得再分配につながる税制である、というロジックです。

しかしながら、もともと税制は人工的なものですから、確定申告が「競争市場」で源泉徴収が「政府の介入」というのはあくまで比喩的なもので、実際にはどちらも政府の介入であることに違いはありません(日銀流の自然現金需要は管理通貨制度の下では妥当しない、ということと同列に論じることは可能なのかな・・・)。このwebmasterの理解が正しいなら、上記ロジックでは確定申告を正当化し得なくなります。

といったあたりでwebmasterの思考は空転してしまうのですが、何か手がかりはあるのでしょうか?

[politics]「昨日のパラフレーズ」のパラフレーズ:政府税調論点整理の受容

しかしそれはそれとしても、痛みを与えると公約して大人気になるというのは今でも解せない。昔のライオン(浜口雄幸氏)も円の旧平価解禁で同じことを言い、同じように人気沸騰だったらしいから、やっぱり日本人はマゾというか懲りないというか…。m(_@_;)m

「小泉と中曽根のウソツキ度比較」(@BUNTENのヘタレ日記6/23付)

前エントリとは政府税調論点整理つながりですが、2ちゃんのニュー速板(は最近見ていないので経済板経由ですが)では、本来痛みを与えられるべき者ではなく一般国民に痛みが降りかかってくるのは抵抗勢力の陰謀である、君側の奸を除いて国体(=構造改革)を護持せよ、と盛り上がっているそうです。

よってマゾではないようですが、何と呼んだらよいのでしょう(笑)。

本日のツッコミ(全451件) [ツッコミを入れる]

Before...

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2005-06-26

[notice]CSS変更プラグイン

笹さんのお力で無事動作するようになりました。本当にありがとうございました。必要に応じご活用ください。

[government]清谷さんへのリジョインダー

過日総務省の官僚更迭に関連して清谷さんのblogを取り上げましたが、このエントリにつきまして、下記のようなコメントを清谷さんからいただきました

◆ 清谷信一 (2005-06-24 17:34)

いかにも官僚らしいものごとの捉え方ですねえ。極端な例を挙げて、議論をねじ曲げる。基本的に軍隊においては上官の命令に服従するのが、絶対です。インパール作戦の場合というのは極度におかしな司令官に対して、部下の師団長たちが逆らったというレアケースです。特殊なケースをあたかも一般例のようにすり替えるのは官僚の得意わざですよね。逆に貴方は満州事変や2・26事件を支持するんですか?貴方に部下がいて、みんな貴方のやり方に従わず、勝手に仕事をする、あるいは、従っているフリをするといった場合それを是とするのでしょうか?

俺たち官僚は政治家より常に、優秀である、大臣ごときに従う必要はない、言外にそう言いたいようにぼくには聞こえますが。

#JSFさんがご紹介のはてなキーワード「清谷信一」では、その批判が的外れな批判であることも多いため、軍事マニアからはあまり評価が高くないとのことですけれども(笑)。

それからぼくの批判をするのはご勝手ですが、僕の書いたモノをご覧になり、具体に指摘をして欲しいものですね。他人のブログを引用することにより、自らの責任を回避しつつ、根拠のない風評を垂れ流す。今の日本の行政駄目かという証左ですね。

こういう人が税金で禄をはンでいるかと思うと悲しくなりますね。

#一部改行位置を変更いたしました。

まずお詫びから申し上げますと、清谷さんのコメント中にあるとおりwebmasterは本件を論ずるに際してインパールの三師団長についても例として引きましたが、これは不適切でした。というのも、当該エントリに次のように書いたとおり、反対意見を有しているだけで実際に命令違反をしたわけでもないのに更迭したものを正当化するのは誤りではないかという趣旨だったからです。

つまり、郵政民営化の是非ではなく、反対意見であったということのみをもって、この「更迭」は当然であり正しかったということがご指摘の趣旨かと存じます。

#インパールを引くなら稲田、小畑両氏に限定すべきでした。ちなみにこれは、三師団長の行動が不当であったというものではなく、本件において対照事例とすべきものでないということに過ぎません。為念。

さて、本件の事実関係としては、清谷さんのコメントに先立ってのwebmasterの次のコメントのように理解しています。

◆ bewaad (2005-05-27 04:54)

>山下さん

「言語道断」という表現が適切かどうかはともかく、反対しただけで排除することは適当ではないと思います(今回の件については、公式見解としては、行為において逆らったとはされていません)。

むろん公式見解どおりではない裏事情があるだろうとは思いますし、本件が不当な人事介入であると断ずるだけの材料は持ち合わせていませんが、少なくとも裏事情抜きに公式見解にのっかって、反対であるということのみを理由とする「更迭」をさもあるべき姿であるかのように見るのは間違っていると思います。

#反対したことが更迭理由の公式見解であるソースは以前紹介いたしました

改めて正確を期して整理するなら、webmasterの主張は次のようなものだとご理解いただければと思います。

  • 反対意見を有することを理由として命令違反がないにもかかわらず更迭したのであれば、それは人事権の行使として不適切だと思います。
  • 命令違反があったことを理由に更迭したにもかかわらず公式見解としては反対意見を有していたからと説明したのであれば、それはアカウンタビリティの果たし方として不適切だと思います。

清谷さんがご指摘のとおり、軍隊においては命令服従が絶対であるのは当然でしょう。またwebmasterが、部下が命令に従わなくとも是とするのかとのご質問ですが、是とするはずもありません(ちなみに国家公務員法第98条第1項においていわゆる忠実義務が課されていますので、官僚にとって命令への服従は単なる道徳的・倫理的規範ではなく法的規範です)。しかしそれらは、例えばフリードリヒ2世が「意のままに議論せよ、ただし服従せよ」と述べたことと排他的であるとは思いません。命令には従ってもらわなくては困りますが、反論するのも命令違反なのでしょうか。

インパールが第二次大戦中の数ある陸海軍の失敗の中でも極め付けの失敗例で特殊であるのは事実ですが、これはwebmasterの知識不足故かもしれませんが、抗命ではなく反対意見を有していることのみをもって更迭したようなそれこそ特殊な例は他に思い浮かびません。通常はルーチンとしての人事異動という形式をつくろってそういった更迭まがいのことが行われるのも、反対であることのみを理由とする人事権行使が不当であると一般には受け止められる傍証ではないかと思います。

#ヒトラーの人事権行使を対象として求めるなら、多くの例が思い浮かびますが(笑)。

というわけなので、残るご質問ですが、満洲事変や2・26事件を支持するものではありません。

最後に、実は松井・清水両名は政治家である大臣に忠実に仕えていたということを紹介したいと思います。

問:松井さんと清水さんのご意見が、郵政民営化についてですね、大臣ご自身の意見と違うところは何かあったのでしょうか。考え方として。

答:清水、麻生と清水、松井とその三角関係を含めて大きな相違は無かったと思います。

麻生総務大臣閣議後記者会見の概要(平成17年5月17日(火))

[economy][WWW]経済学がこの世から消えたら…

いちご経済板でご紹介のあったものです。webmasterが見た中では、今年1番の良スレといえます。面白(ある意味悲し)過ぎます。

鍋象さんが作者ではないかとcloudyさんが推理していますが、いかがでしょう?

[sports]PRIDE GP 2005 2nd ROUND 勝敗予想

1st ROUNDの予想は50%とダイスとタメを張る的中率(涙)でしたが、今回は・・・。

マウリシオ・ショーグンvsアントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ

2nd ROUND屈指の好カード。勢いを考えるとショーグンといいたいところですが、シウバがこれだけ長い間言ってみればChute Boxe Academyスタイルを続け、ショーグンも同様のスタイルで戦っているにもかかわらず、Brazilian Top Teamがその対策をとっていないわけはないでしょうし、かつ、ノゲイラはその対策をマットで出せるだけの能力があるはずだとwebmasterは見ています。

というわけでノゲイラ勝利を予想します。で、そのBTTの対策を今度はCBAが分析し返して、シウバの仇討ちに活用すると(笑)。

イゴール・ボブチャンチンvsアリスター・オーフレイム

これまた予想の難しいカードです。打撃戦になるでしょうからリーチの差でオーフレイムとしたいところですが、ボブチャンチンには身長で5cmしか差がないヴァレンタイン・オーフレイム(アリスター(弟)195cmに対してヴァレンタイン(兄)190cm)に勝った実績もあるので、リーチ差を克服した経験はあるわけです。

・・・ボブチャンチン勝利を予想します。理由は好きだから(笑)。

桜庭和志vsヒカルド・アローナ

桜庭はもう十分PRIDEのために尽くしたのですから、体を壊さないうちに負けるべきです。ここで勝ったら次は絶対シウバと当てられるのでしょうけれど、KOは当たりどころが悪ければ危ないですよ・・・。

アローナ、勝ってください。タップアウトなら安全ですし、負けたからって誰も責めやしませんから・・・。

中村和裕vsヴァンダレイ・シウバ

順当に勝者シウバ。以上。

本日のツッコミ(全19件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [あとは教科書ですかねぇ(むしろ社会科教師?)。貿易立国だとか、国際競争力だとか、そういったあたりが刷り込まれるとやっ..]

鍋象 [やられたorz http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20050704i401..]

bewaad [やってみたら今日(7/5)のエントリのとおりで(笑)。ふぁいなんすたうんは以前kanryoさんが紹介されていて、脱力..]


2005-06-27

[sports]PRIDE GP 2005 2nd ROUND 結果

 予想結果寸評
ショーグンvsノゲイラノゲイラショーグンカットされた放送を見た限りの印象ですが、予想通りの好勝負でした。結果は外しましたが、Chute Boxe Academyスタイルには打撃ですねぇ。
ボブチャンチンvsオーフレイムボブチャンチンオーフレイム好みで予想してはいけません(笑)。あそこでつかまらなければ面白い展開もあったのでしょうけれど、オーフレイムの瞬発力をほめるべきかと。
桜庭vsアローナアローナアローナCXも放送時間変更は勘弁してほしいものです。ビデオ、途中で切れてました(泣)。ネットで確認したところ2R終了まで粘ったようですが、とくに重大な怪我もなかったようでなによりです。今後は体調を整えて田村戦実現に向けがんばっていただければ。
中村vsシウバシウバシウバやっぱり順当でした。

[comic]現在官僚系もふ・第14話

リークの原因として電源開発特会が出てきました。きっとkanryoさんpogemutaさんがアドバイザーに就任したのでしょう(笑)。

で経済産業省(くどいようですが、「経産省」はあくまで他省庁の呼び方で、彼(女)らの自称は「経済省」です。取材が足りません(笑))ですが、非常にいい味を出している描写であるものの、いくらなんでも一課長補佐(それも財務省が「金融政策に失敗」という程度のレベル)ごときのアジ演説で省の方針が決まるほど低レベルではありません。アジ演説で決まらないことを嘆く若手もあそこには多いのは事実ですけれども(笑)、その手の人々は政治家になったり転職したりで、あまり残らないようです。

あと報復を仮にするなら、税は党に主導権があるのでその手段は選ばないのではないかと。党でひっくり返されれば下も子もありません。もっと確実な手段を使うでしょう。それこそ電源開発特会がらみの新たなネタをリークするとか(笑)。

#それ以前に、一個人のスタンドプレイと省全体の行動の区別がついていない時点で、財務省の情報収集能力もたいしたことないわけですが。


2005-06-28

[law]共謀罪

isuzukiさんApemanさんからのご要望がありましたのでちょっと論じてみます。といっても、共謀罪(組織的犯罪処罰法等の一部改正法案)は広義の刑法に該当し、他方で人権擁護法案は行政法に属するものという違いがあり、つまりこのテーマについてはwebmasterは学部レベルの知識を超える何かを持っているわけではないので、その程度の信頼性しかないものという前提でお読みいただきたく存じます(そんなレベルものは不要という方には、とりあえず法務省のfaqをお薦めする次第です)。

#というわけですので、刑法バカップル(笑)を夢見るsophia_flosさんにtrackbackして、もし時間や興味において問題がないなら論じてほしいなぁという勝手な希望だけお伝えさせていただきます(どうでもよかったり面倒だったりするなら無視して下さい)。あと独立した質問なのですが、可罰的違法性や被害者の同意はwebmasterの理解では違法性阻却事由なのですが、暴行罪に限っては構成要件として捉えるべきなのでしょうか?

刑法と共謀

もともと共謀罪(conspiracy)は英米法の概念で、大陸法の影響下にある我が国刑法には明文の規定が置かれていない(=したがって、厳密に文言に従えば違法ではない)ものです。他方で刑法には教唆犯(第61条第1項)という別の概念があります。これらがどう異なるのかは山のように刑法学者の議論が積み重なっていて、それを正しく紹介するような素養はwebmasterにはないのですが、乱暴に言えば「黒幕」を逃しちゃならないという何らかの規定は多くの国において設けられており、それをどう理屈づけるかに2つの潮流があるわけです。

#似て非なるものとして、他に間接正犯という考えもあります。ご関心の向きは刑法の概説書を読むなりぐぐるなりしていただければ。

既述のとおり我が国刑法においては共謀罪は設けられておらず、他方で教唆犯は規定されていますが、判例上は大審院の昔から共謀共同正犯という概念が確立していました。これに対しては長らく学説上批判がありました。代表的なものは例えば次のとおりです。

おもうに、共謀共同正犯を認める立場が本来企図するところは、いわゆる共謀者中には、現に実行行為を担当した者よりもその背後にひそむ大物的存在がありうることに着眼し、これに対して、正犯者としての可罰性を与えようとすることにあるのであろう。その趣旨は適当だとおもう。しかし、そのような者も、単なる共謀者にとどまっている限り、「共同して犯罪を実行した者」と解することはできない。それは、明らかに刑法60条の文理に反するのである。刑法の解釈としては、実行行為に出ることのない単なる共謀者には、その共謀の性質に応じて、教唆犯または従犯としての責任を問うのほかないであろう。そして、刑法61条が、教唆者には、「正犯の刑を科する」と規定している以上、教唆者である共謀者は、正犯と同様に処罰しうるのであるから、その取扱いに格別の不都合は来されないとおもう。こうして、わたくしは、共謀共同正犯の観念を認める立場には賛成することができないのである。

大塚仁「刑法概説(総論)〔第3版〕」pp290,291

webmasterはこの反対説に理があると思うのですが、判例は学説を無視して一貫して共謀共同正犯の概念を採用し続けました。その理由はよく知りませんが、多分「教唆」という言葉が軽かったからでしょう。上記の大塚先生のテキストで言えば「現に実行行為を担当した者よりもその背後にひそむ大物的存在」の部分ですが、要すればヤクザの親分が「タマ取ってこいや」と言って鉄砲玉が殺人を犯した場合、あくまで殺人罪の正犯は鉄砲玉で親分はその教唆犯にとどまるというのは一般に受けが悪く、「真犯人」は親分でしょ、という素朴な道徳感情を重視したということだと思います。

現在のドイツ刑法やフランス刑法に共謀罪が規定されているか、またそれら法体系においてどのような学説の争いがあるのかは不案内ですので、判例が法体系にそぐわないものを無理矢理認定しているのか、単に選択の問題に過ぎないのかについてはわかりませんが、英米法の立場からすれば、共謀罪がおよそ不合理な犯罪類型であるとの主張は理解に苦しむでしょうし、これもある種のグローバライゼーションの姿なのかもしれません。

本件共謀罪についてのwebmasterの見方

では具体的に改正組織的犯罪処罰法の条文を見てみます。第6条の2(組織的な犯罪の共謀)がそれにあたります。

第6条の2 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
 一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
 二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮

2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も、前項と同様とする。

webmasterの考えでは、この条文が従来の刑法体系とは大きく異なり得るのは、従来限定的にしか犯罪とされていなかった実行前の意思決定段階でひろく犯罪の成立を認める部分だと思います。先に紹介した共謀共同正犯であっても、実際に犯罪行為(未遂犯を含む)がなされてはじめて実行犯(狭義の正犯)以外の共謀共同正犯の成立が認められるわけですが、この条文では「遂行を共謀」すれば足りることになります。

#この点は教唆犯として構成しても同じことです。

この犯罪行為の実行なくして共謀犯の成立を認める部分については、法制審議会で議論がなされています。かなり長くなりますが、うまく抜粋するだけの素養もないので延々引用させていただきます。

では,前段の当該合意を促進する行為の要件はどのような検討を経たのかということについて御説明申し上げますと,条約は原則としてはこれは重大な犯罪についての合意だけで犯罪を成立するということにしながら,その後段で一定の行為を要件とすることができるとしたわけでございますけれども,これは端的に言いますとアメリカなどの国におきましてはコンスピラシーの罪に合意に加えた要件として,いわゆるオーバート・アクトと言っておる何らかの行為,外的な行為とか言われますけれども,そのような行為を要件としている国がある,そのような国に配慮したために選択的に要件にすることができるという,このような規定が付けられたものでございます。

アメリカのオーバート・アクトというものはどのようなものかといいますと,これはお配りいたしました外国法制の資料の中にもございますが,アメリカ合衆国の共謀罪,371条というところでございまして,アメリカの共謀罪の構成要件は二人又はそれ以上の者が一定の犯罪を共謀すること,かつ,そのうちの一以上の者が「共謀の目的を果たすために何らかの行為を行ったとき」という要件がついていまして,これがオーバート・アクトと言われているものでございます。

ただ,このオーバート・アクトというものは,共謀罪には必ず付いて回るものかというと,必ずしもそういうものではございません。同じコンスピラシーの罪を持っておるイギリスでは,制定法上の共謀罪でもオーバート・アクトは付いておりませんし,コモン・ロー上の共謀罪でもオーバート・アクトは不要だと解されておるところでございます。

また,アメリカにおきましても,今の外国法の資料の(注2)のところにいろいろな共謀罪の特則があると書いてございますが,この中の例えばRICO法の共謀罪,組織犯に関するものですが,その共謀罪でありますとか,薬物犯罪に関する共謀罪につきましては,このオーバート・アクトはつけられていない。つまり,そのように共謀罪には必ず付いて回る要件ではないということがございます。

では,そのオーバート・アクトはどのようなものと位置付けられているかということになります,これは非常にわずかな行為でも足りると,それ自体は違法な行為でもなくてもよいし,しかし逆に,実行行為でもあってもよいという,非常に幅広いものとして理解されております。アメリカにおきまして,このような要件が付いております。

これを我が国で必要とするかということについて考えますと,共謀だけで犯罪を成立させるということにつきまして,こういうオーバート・アクト,その共謀に基づいた何らかの行為を要求いたしますと,成立が他の共謀以外の事情によって確認できるという意味で明確になるということはそのとおりでございますが,それはある意味で共謀の存在を立証するための法定証拠みたいな位置付けになってしまうのではないかなと考えまして,そういう意味でオーバート・アクトの要件を入れるということになりますと,なかなか我が国の法制にはそぐわないのだろうと,自由心証主義の中で十分な立証を行うことによってそこは確保していくということが我が国のやり方なのだろうというのが,この要件を要綱(骨子)で採用しなかった理由の一点目でございます。

そのほか,我が国の現行法上,共謀罪,陰謀罪,かなりの数規定がございますが,いずれもこのようなオーバート・アクトの要件を入れたものはございません。それらの犯罪との整合性がどのようになるのかということがございます。

そして,一つ特に問題になり得るかなというのは,立証上の問題の意義が大きいということにいたしますと,共謀自体は証拠上非常に明白であると,例えばたった今し方までやくざ者の大幹部が共謀しておりまして,あと3時間後に相手の組に突入しようと共謀を遂げた直後に,一人の者が警察に通報してきたとしましょう。そういたしますと,共謀の立証はその者の供述で完璧にできますけれども,外的行為は何もない,そういう事態が生ずるわけでありまして,そのようなある種極端な例かもしれませんが,そのような場合にはオーバート・アクトはちょっと余計な要件だという位置付けになってしまうのではないかなと思っておるところでございます。大体そんなようなことを考慮いたしまして,この要綱(骨子)では外的な行為の要件ではなくて,組織的な犯罪集団の関与の要件を採用しておるということでございます。

また,組織的な犯罪集団の関与の要件を採用した結果,団体の活動として当該行為を実行するための組織により実行するということの共謀が遂げられるということは,相当具体的な犯罪計画ができておるということと表裏でございます。したがいまして,それが立証できるということは証拠上の合意の存在が確実に認められる場合であるということで,濫用防止といいますか,そういう観点からも十分な歯止めになっているだろうと思っております。

今の御説明ですと,オーバート・アクトを要件とすることは余り適当ではないのだという印象を受けましたが,こちらの方で処罰の範囲を限定することも,選択の一つではあり得ると思われます。

問題は,オーバート・アクトの要件で縛るか,組織性の要件で限定するかですが,どちらかを選択しなければならない場合には,組織性で限定する方が妥当だと私は考えます。ところで,条約の読み方ですが,TOC条約5条1(a)(i)のただし書の二つの要件は「又は」で結ばれており,英文も「or」という文言になっています。これは両方の限定を加えた立法をした場合には,TOC条約5条の要請にかなっていないということになるのでしょうか。

まず一点,質問の前段の方に関して先ほどの答えを補足いたしますと,オーバート・アクトの要件は,我が国に持ち込むのが適当ではないと聞こえたといたしますと,私の説明がうまくなかったのでございまして,要綱(骨子)のように組織的犯罪の関与の要件を入れた以上は屋上屋を重ねるというようなことになるだろうという趣旨でございまして,もし仮に一般的に共謀の罪を作るとかいうことになれば,これはまた十分に検討の必要がある事柄だろうと,外的な行為のいろいろな意味での意義というものは,決して否定しているわけではございません。

それから,質問の後段の方の二つの要件を両方付けることができると読めるのかということでございますが,この点につきましてはそれぞれの要件の趣旨が異なりますので,一方をとると他方が排斥されるという関係にはないと,そういう意味では論理的には両方付けることはできるとは考えます。ただ,この条約の基本的な趣旨というものが共謀罪の実行着手前の適切な犯罪化,実行着手前の共謀を広く処罰可能にするということにあるということから考えますと,片や組織的な犯罪集団の関与の要件を更にオーバート・アクトでより限定していくということになりますと,これは条約の本来求めている趣旨からいって適当かというと,必ずしも適当ではないだろうとは思います。

解釈としては,両方をとったら条約違反になるかといったら,必ずしもならないのではないかとは考えておりますが,それは条約が好ましいものとして考えているかといったら,きっと違うのじゃないかなと思っております。

法制審議会刑事法(国連国際組織犯罪条約関係)部会第2回会議(平成14年10月9日開催)議事録より抜粋

#発言者名が伏せられているので推測ですが、最初と最後の部分が法務省の説明、中間が委員の質問かと思われます。

webmasterにはアメリカ刑法の知識はまったくないのですが、上記を読む限り、オーバート・アクトは単なる実行の着手(この段階で未遂に該当)にとどまらず、予備行為、さらにはその手前の行為まで含む概念のようなので、仮にオーバート・アクトを導入したとしても従来の共謀共同正犯よりは範囲が拡がるように思われます。

で、以下はまったく根拠がないのですが、刑法という基本的には自然人の行為を念頭に置いた法体系と、法人の活動についても刑法を及ぼしていく必要性が認知されている現状の乖離がここに現れているのだと思います。それが何かといえば、どの段階で犯罪の成立を認めるかという構成要件の問題です。

通常刑法が犯罪を行おうとする意思決定段階では犯罪としないのは、そもそも思想犯を罰して良いのかという哲学的な問題もありますが、他方でフィージビリティとして個人の意思が犯罪の実行につながる蓋然性の検証が困難であることが考えられます。くだけて言えば、「○○を殺してやりてえ」とつぶやいた際、それが本当に殺人罪につながり得るほどの殺意なのか、単なる悪態なのかは判別しがたいわけです。

ところが法人においては、本当にその行為を行おうとしているのかそれとも単なる雑談なのかについては、それなりに判別のやりようがあります。当該法人の意思決定手続に沿って情報の共有や指示などが行われていれば行為を実現しようとする蓋然性が高いわけですし、逆であれば低いというのは極めて合理的な判断でしょう。

例えば殺人罪が置かれている趣旨は、殺人という行為が望ましくないからで、保護法益(殺人罪を犯罪として罰することで守ろうとする利益)は人の命です。ですから、人が殺されようとしているときに、わざわざ殺されるのを待ってから殺人罪でしょっ引くよりは、事前に防止できた方がベターなのは当然です。他方で闇雲に事前防止を図ろうとすれば警察がどんどん出しゃばってきますし、それこそ安心して悪態もつけないという弊害が予想されます。

そのバランスを考えて各犯罪において構成要件が定められています。殺人は予備まで罰しますので実行に着手していなくても準備段階で逮捕されることがあるわけですが、これは保護法益が重要なので弊害のおそれは若干大きくなってもやむを得まいという立法判断です。次いで未遂犯を罰する犯罪があり、原則は既遂犯のみを罰するという順序が形成されています。

このことから演繹すれば、単に悪態ではなく実際に犯罪を行おうとする意思が確認できる組織犯罪の共謀については、弊害がそれほど大きくない一方で保護法益の確保にはより有効であるとの立法判断はあり得るのではないかとwebmasterは思います。既述のとおり組織的な意思決定がなされているとすれば、その証拠が明らかであるときにオーバート・アクトが必要かといえば、必ずしもそうではないでしょう。

法務省(の担当者とおぼしき人間)が一般的な共謀罪を考えるならオーバート・アクトも検討対象だといい、組織要件とトレードオフ的に考えているのはおそらくそうした考えに沿ってのことで、複数人が集まれば意思疎通が必要ですから、単独犯とは異なり厳密な予備行為の手前でもオーバート・アクトで犯罪を認定することはあり得て、他方で組織的な意思決定手続がないのであればオーバート・アクトなくして単に共謀だけで犯罪を認定するのは弊害が予想されるということではないでしょうか。

更に言えば、自然人と違って法人においては犯意が実行につながるかどうかがデジタルに判定できます。犯罪を行うとの意思決定の後においてそれを撤回する意思決定が行われていればつながりませんし、行われていなければつながります。自然人であればカッとなって犯意を抱いても冷静になったら思い返すということがありますが、法人にはそのような外形から判断不可能な意思の揺らぎはありません。

伝統的な刑法の考え方で言えば、法人として意思決定をしたところで法人自体が犯罪行為を実現することは不可能で、実現に当たる個人の行為に着目して犯罪を構成してきたわけですが、法人として意思決定していることが明らかである段階においてなお、実行犯である個人の実行着手を待つ必要があるのかという判断があるのでしょう。個人が実行まで逡巡して結局はやめる可能性及びその外形的判断の難しさに比べ、法人のそれがより容易であるのは否定できません。

以上あれこれ書いてきましたが、要すれば共謀罪は法人の意思決定は自然人の外形的行為で判定できるという点に立脚しているのではないか、というのがwebmasterの理解ですし、それには一定の合理性が認められると思います。その是非については、国際組織犯罪条約を批准すべきと考えるなら導入すべきといえるでしょうし、そうでないなら導入しなくてもよいでしょう(G8でも批准が勧告されていることを考えると、批准しない選択肢が賢明だとは思えないのも事実ですが)。改善を考えるなら、構成要件を変えるより手続保障、つまり捜査の令状主義につき、裁判所の令状発行の要件を共謀罪に限って厳格化する方が実効的ではないかと思います。

というのも、このロジックでいえば構成要件の厳格化の方向としては法人としての意思決定手続を経ているかどうかについて、何らかの外形的構成要件を設けるというものになります。しかし実際には、先に例示したように暴力団幹部の逮捕に共謀共同正犯を警察が使い、それを裁判所は認めているのですが、それを受けて今時の親分は当該例示のように「タマ取ってこいや」などと直接的なことは言わず、もっと曖昧に、ほのめかすようなことを言うようになっているわけです(おお、ルーカス批判が妥当しています(笑))。

つまりは外形的構成要件を設ければ脱法行為がはびこるのは目に見えているわけで、弊害のおそれは対して減らない一方で実効性が上がらないというろくでもない結果にしかなりそうにありません。裁判所が令状を出す判断を信頼できるのであれば、本件についてはそもそも弊害の心配はいらないわけで、条約と整合的な弊害防止策はいかに違法な捜査活動のリスクを減らすかという観点から検討すべきものとwebmasterは考えます。

他の論点

Apemanさんご自身のエントリでご紹介のあった横浜弁護士会会長の声明について触れておきます。

第1点として意思を罰することを批判していますが、上記のとおり自然人と法人の性質の違いに着目すれば、従来の刑法体系と矛盾するとは言い得ないとwebmasterは考えます。

第2点として対象団体を国際的な犯罪集団に限定していないことを批判していますが、条約の第5条を読む限り対象団体を限定する場合は組織への参加自体を犯罪とすることを求めており、それについては法制審議会刑事法(国連国際組織犯罪条約関係)部会第1回会議(平成14年9月18日開催)において示された次の委員の見解同様、webmasterは結社の自由を広く制限しかねない参加罪(破防法を代替するより広範な団体規制法になりかねません)よりは共謀罪を導入すべきかと考えます。条約の第3条を持ってくるのは筋違いではないかと。

今回の立法は,条約の担保法の立法というところから始まっているわけですが,条約の担保法の立法ということになると,処罰の範囲等は条約の要求しているところにどうしても制約されるというか,それとの関係で考えなければならないというところがあるわけで,その点,今回の諮問が共謀罪か参加罪のどちらを立法するかという選択について共謀罪を選択したということは,その二つの選択の中では妥当な選択だと思いますし,かつ,組織性において限定していることも妥当だと思うのですが,それでもこのような担保法の立法でなくてこの問題について立法するときには,実質的な立法の根拠がより前面に出てくることになると思われます。そして我が国においてもトランスナショナルな組織犯罪の脅威にさらされている,そのためにそれに対応する立法を行うということの意味はあると思うのですが,ただ共謀罪の立法という形でそれに対応するということが果たしてどこまで立法政策として実質的根拠があるのか,あるいはそのような側面から見た場合にどのように考えたらよいかということについて伺いたいと思います。

第3点として犯罪行為の無目的性を批判していますが、「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるもの」(第1項)「第3条第2項に規定する目的で行われるもの」(第2項)で目的には縛りがかけられているとwebmasterは考えます。

[government]規制緩和と公務員の数

Baatarismさんからご質問をいただいたので、すでにisuzukiさんからwebmasterのテキストのご紹介等をいただいていますが、当人としてもお答えをば。といいつつ、関連するテーマを次のエントリで取り上げることもあり、ご質問への直接のお答えとしては、とりあえず以前書いたものをご紹介させていただき、ご不明な点をご指摘いただければ詳述したいと思います。

おそらく、一般に受けが良いのは総人件費ないし退職金・年金の総支給額を維持して人を減らし、行革で仕事も減らすという選択肢だろうが、実際のところこれは大変難しい。 何も権限を維持したいから、というわけではない。 行革の中身として、現業部門の減量(独立行政法人への移管や郵政民営化など)は、仕事量と頭数が一緒に減るので、残った人間の一人あたり仕事量には中立である。 また、事前規制から事後チェックへの転換は、とりあえずさせない(これは極論を言えば担当者一人の判断に委ね得る)、ということができず、自由にさせておいて何か起こった場合に事態の収拾を図らなければならなくなる(当然これは相当程度の仕事量(実態把握、メディア・国会対応、対応の検討等)を伴う)ので、仕事量は増える。 さらに、行政の透明化も行革の重要な構成要素であるが、これも対外説明をはじめとする仕事量の増加を伴う。 こと仕事を減らすことのみを目的とするならば、行革を逆行させた方がよいのだ。

[government][economy]「何もしない」方がまだましでは?

金融財政事情と高橋洋一さんという2点において先日の郵政民営化論を取り上げたときと同じになりますが、田中秀臣先生にその延長の議論を任せきりにしてしまったことにつきお返しをする約束を実はしておりまして、同誌6/27号pp21-24の高橋洋一「『何もしない』小泉政権をマクロ的にどう評価すべきか」を取り上げます。

この論説はクールビズを枕に始まりますが、そもそもこの枕で引っかかってしまいます。というのも、この規制緩和によって、男性公務員で警官など制服が義務づけられている職員を除く約25万人が4万円の支出をすると100億円の経済効果があると、竹中経済財政担当大臣は試算している(p21)というのはひいきの引き倒しだからです。

この経済効果について、ロイターが皮肉っているのは以前触れましたが、グロスの支出を積み上げるのは明らかに変です。クールビズの装いをするなら、そうでなければ購入するであろう夏用スーツやネクタイなどへの支出が減りますから、経済効果はあくまでそれらを差し引いたネットで語るべきです。

#竹中大臣の言葉を紹介しただけで自分はそうは思わない、という言い訳はご勘弁願います。独立して、経済学者の肩書きを有する経済財政政策担当大臣の言葉がこれっていうのも悲しい話ですが。

このことに代表されるように、この論説には小泉政権のやることであればなんでもポジティブに評価するバイアスが存在するのではないか、という疑問がありますので、以下高橋さんが述べるところの規制緩和と自助努力という2つのキーワードについて考えてみたいと思います。

規制は何でも緩和すべきか

高橋さんによると、「何もしない」ようにみえる小泉政権は、規制緩和や小さな政府の実現を通じた民間活力による長期的な成長実現にかなりのエネルギーを割いている(p22)ということになりますが、第1点として「規制緩和や小さな政府の実現」は「民間活力による長期的な成長実現」につながるのかという疑問、第2点として「かなりのエネルギーを割いている」のかどうかという疑問があります。

まず第1点ですが、先に触れたように田中先生のEconomics Lovers Liveで田中先生と高橋さんの議論が行われていましたが、その中のエントリの1つにおいて高橋さんは、私の理解するEconomicsでは、民間がdefault だから、官の存在理由はこれこれしかじかの理由( market failure etc.)でと説明しなければいけませんとしています。

webmasterは前エントリで紹介したisuzukiさんのエントリで引用いただいたいちごでの発言にて完全競争というものが基本的にin vitroな存在である以上、あらゆる経済活動には政府介入により外部性が内部化されたり、情報の非対称性が緩和されたり、といった厚生水準改善の余地があるとしていて、そもそも高橋さんのdefaultには疑義があると思います。webmasterごときの経済学素人の言をもって高橋さんに反論するのでは力不足でしょうから、補強として高橋さんもさかんに引用されるスティグリッツのテキストを引用いたします。

私が、情報の経済学に関する一連の研究で明らかにしてきたことは、「市場の失敗」は当初考えられたよりもずっと広範に起こりうる、ということでした。私は、コロンビア大学の同僚、ブルース・グリーンワルド教授との多くの共同研究を行ってきましたが、その共同研究の成果の1つは、「見えざる手はなぜ見えないのか。それは、見えざる手など存在しないからだ」というものでした。そもそも最初から、見えざる手なんていうものはなかったのです。

この点を少し、補足しておきます。われわれが生きているこの世界では、情報はほとんどの場合、不完全です。誰もが同じ情報を持っている状態、経済学では「情報が対称であるケース」と言うのですが、そんな状態は絵空事にすぎません。つまり、ある人が他の人々が知らないことを知っている、ただそれだけで情報は対称ではなくなります。情報の非対称性が存在すると、市場が不完備となり、アダム・スミスの見えざる手は働かず、競争市場は効率的資源配分を実現できません。「見えざる手」がうまく働く環境は、実は非常に限られていたのです。逆に言いますと、市場の失敗は非常に広範に起こるのです。そして、「市場の失敗」があるところには、公的部門の果たすべき役割があるのです。

J・E・スティツグリッツ「スティグリッツ早稲田大学講義録」(pp37,38)

結局高橋さんは、規制緩和のマクロ経済効果は内閣府の試算によれば、90年代以降の規制緩和・自由化による利用者メリットの総額は、電気通信・移動通信分野などを中心に約14兆円に達し、これは1人当り約11万円の経済効果をもたらしたという(p22)との過去の実績をして語るのみですが、そもそも過去において規制の総量を減らしたことに経済効果があったからと言って、今後とも規制の総量を減らすことにより経済効果が生じることの根拠とはなりません。

もちろんミクロ的に経済効率を低下させている規制は撤廃すべきですが、他方で新たに必要となる規制もあり得ます。スティグリッツの言うように情報の非対称性が遍在しているのであれば、その存在をもってして高橋さんの言う「官の存在理由」は説明できてしまいます。一応小泉内閣のスローガンは「民でできるものは民へ」ですから、何でも規制緩和すればよいとは言っていないと高橋さんはおっしゃるのでしょうが、現状より全体として規制の総量を少なくすべきという傾向は否定しないかと存じます。しかしその傾向はその正しさを実証されたものではありませんし、ミクロ的に見るにしても「民間がdefault」というのは乱暴に過ぎるとwebmasterは考えます。

第2点ですが、いみじくも高橋さんが90年代以降の規制緩和のご紹介されているように、規制緩和は小泉内閣の専売特許ではありません。とりあえず総量として規制緩和はした方がよいという高橋さんの前提を是としたとしても、高橋さんの記述のあるのは市場化テストや郵政民営化、特殊法人改革といったことをやっているという事例紹介のみで、従来の内閣以上に小泉内閣においてそれらが進んでいることの論証は何らなされていません。

なかなか規制緩和の程度を定量的に測るのは難しいですが、傍証として法案の数を見てみます。例えば今国会においては、郵政民営化を最優先にするあまり、多くの政策課題が先送りされたとよく言われますが、実際に内閣提出法案の数は郵政民営化関連法案を除けば83本にとどまり、通常国会としては平成6年以来の低水準となっています。

エネルギー量だけをとるなら確かに郵政民営化分だけ過去の内閣よりも上かもしれませんが、必要な政策対応を行っていないかもしれないという疑念が浮かんできます。お題目どおり郵政民営化が多大なる経済効果をもたらすのであればそれも正当化されるのでしょうけれども・・・。

ビルトインスタビライザーの効果

小泉内閣は清算主義ではないかとの借問に対して、高橋さんは次のように反論します。

しかし、実際のデータを見てみると、税収のビルトインスタビライザーが機能して、デフレに応じて税収が大きく落ち込み結果として景気の落込みをある程度防いでいることがわかる。

(p23)

つまり、小泉政権になって以降、積極的なマクロ政策は行われていないが、税収のビルトインスタビライザーが機能し受動的なマクロ政策となっているのである。歳出差額(=一般会計歳出−税収)の対GDP比率をみてみると、積極財政といわれた小泉政権以前の98〜00年度の平均が7.9%であったが、小泉政権になってからの01〜04年度の平均は7.8%とほとんど同じである。(後略)

(pp23,24)

webmasterの理解では、所得が落ち込んだ際には所得の落ち込み以上に税収が下がること等により歳出差額が増えるからこそのビルトインスタビライザーだと思うのですが、01〜04年度の名目GDP成長率を平均すると-1.5%ですから、にもかかわらず歳出差額の対GDP比率がほとんど同じ(厳密には低下)ということは、本来あるべきビルトインスタビライザーを相殺するだけの裁量的歳出差額削減を行っていたということになります。

具体的に高橋さんが比較する両期間の税収を見てみますと、98〜00年度平均の49.1兆円に対して01〜04年度平均は44.8兆円ですから(04年度のみ補正後予算、それ以前は決算ベース)、約8.9%税収は落ち込んだわけです。この間歳出が一定であれば(それでも失業保険等の歳出面でのビルトインスタビライザー増を相殺し、かつ、高齢化の進展等に伴う構造的歳出増もまた相殺していることになるのですが)、歳出差額の対GDP比率は当然上がっていたのです。

確かに「税収の」ビルトインスタビライザーは機能したわけですし、景気の落ち込みを「ある程度」は防いだでしょうから、その限りにおいて間違ったことを言っているわけではありません。しかし、本来カウンターシクリカルであるビルトインスタビライザー機能があるにもかかわらず、わずかとはいえプロシクリカルな影響を及ぼすような結果に終わっている財政運営をもってしてかなりケインズ的な景気下支え機能(p24)と言えるのでしょうか。

#他に地方財政を含めればどうなるかという話もありますが、地方財政の歳出差額についてのデータを見つけることができなかったので、統合政府ベースではさらにプロシクリカルであるかもしれないとの可能性の指摘にとどめたいと思います。

高橋さんは最後に「不十分な日銀の金融政策」と題してリフレ政策を語っていらっしゃいますが、このような「守銭奴」的財政運営では、仮に日銀が十分な金融政策運営にようやく踏み切ったとしても、バーナンキの背理法の肝である無税国家の成立期待が形成されず、レジーム転換が十分には行われ得ないリスクがあるおそれすら否定できないのではないでしょうか。

本日のツッコミ(全230件) [ツッコミを入れる]

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2005-06-29

[WWW][government]情報フロンティア研究会報告書

若隠居さんのところでScottさんからご指名を受けたので、考察してみたいと思います。といっても内容そのものではなく、例の実名についての提言が盛り込まれた経緯が対象です。

研究会の構成員の中で実名主義を主張したのは、愛・蔵太さんが検討されたように、木村忠正先生で間違いないと思われます(「木村忠正 匿名」でぐぐるとよくわかります)。愛・蔵太さんが出していない手がかりを1つwebmasterも独自に出すなら、匿名の弊害を説いた報告書の次の部分には、注として木村忠正「ネットワーク・リアリティ」が掲げられていることを指摘しておきます。

この観点からみた場合、日本社会では、ネットワークを利用する者としての自覚が社会的に十分に形成されているとは言い難い。とくに、サイバースペースが匿名性の高い空間として認識され、極端な場合、ばれなければ何をしてもいいという安易な発想すら助長する傾向を持っている。情報化社会の若者は、膨大な情報メディア環境の中で、自分にとって必要な情報のみを取り入れるフィルターを構築し、その内向きな情報環境の中に閉じこもり、自分の領域に対する他者の侵入をできる限り排除しようとするだけでなく、相手の心に踏み込んで感情や行動に影響を与えないように距離を置く強い傾向も一部観察されている。これではICTによるネットワークが産性を活かした社会的ネットワークの拡大、更にはそれによるイノベーションの創出を促すことはできない。

情報フロンティア研究会報告書(pp45,46)

問題は、総務省がそれを承知で、つまりその意向を代弁させるために彼を起用したのか、それとも総務省としてもいわば彼に押し切られたのであって不本意な結果なのかです。手がかりとして、例の部分について、第6回で出された草案と対比する形で最終的に公表された報告書を引用すると次のとおりです。(強調はwebmasterによります)。

こうした課題を克服する方策の一つは、義務教育課程である初等・中等教育の段階で高度なICTリテラシー教育を行うことである。個人のICT利用意識の向上にも関連するが、ICTにより実現されるバーチャルな環境を、現実社会と同じ感覚で活用すること、すなわち、サイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と交流することを自然の術として身につけるための教育が必要である。

情報フロンティア研究会報告書(案)(p34)

私たちは、今後の教育現場における取組に期待したい。学校とは人と人の間のコミュニケーション手法を学び、他人と交流する能力を養う場でもある。ICTを活用したコミュニケーション能力は学校で学ぶことが望ましい。いわゆる情報検索・探索技術やネットを介した互学互習のやり方の習得といったことに加え、ICTにより実現されるバーチャルな環境を、現実社会と同じ感覚で活用すること、すなわち、サイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と安全に交流することを自然の術として身につけるための教育が必要である。具体的には、ブログやSNSの仕組みを学校に導入することを提案する。学校の中でセキュアなネットワークを整備した上で、児童・生徒が自らのアカウントを持ち、実名でブログやSNSを用いて他の児童・生徒と交流することでネットワークへの親近感を養うとともに、ネット上での誹謗中傷やプライバシー侵害等に対する実地的な安全の守り方も同時並行的に学ぶことが重要である。

情報フロンティア研究会報告書(p46)

大胆に推測するなら、これはやはり木村先生の主張が色濃く出たものであって、総務省としては不本意だったのではないかとwebmasterは思います。その理由は次のとおりです。

第1に、研究会の運営を見ると毎回構成員の主な意見をとりまとめていますが、これは事務局(=総務省)がやっていたということでほぼ間違いありません。第6回の草案はこの主な意見のとりまとめをベースに、事務局が座長(國領二郎先生)と相談しつつ作成したものと考えられ、つまりは事務局が想定していた報告書は草案に近いものである確率は高いでしょう。上記の引用ページをご覧いただければおわかりかと思いますが、草案から報告書になる段階で相当程度ふくらんでいますので、この追加された部分は各構成員の意見を反映したものである可能性が高いといえます。

第2に、よく上記の2つの引用部分を比べていただければわかりますが、草案がほぼそのまま生き残った部分、「サイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と安全に交流することを自然の術として身につけるための教育が必要である」(「安全に」が追加)においては、「実名又は特定の仮名」となっていて、要すればコテハンは排除されていません。ところが追加された部分では、「児童・生徒が自らのアカウントを持ち、実名でブログやSNSを用いて他の児童・生徒と交流する」とされ、コテハンが落ちています。同一パラグラフであるにもかかわらず、「具体的には」と展開する部分の前後でこのような不整合が生じているということは、第1として指摘した、草案部分と追加部分の作成者が異なることの傍証といえます。

#深読みするなら、意見の食い違いを遠回しに表現するためこの不整合を故意に看過した可能性も考えられます。似た憶測として、実は先に触れた注記は、草案では提言部分ではそれ1つしか付されておらず、これにも「ここは人の意見の紹介ですからね」という作為を想定することも不可能ではないでしょう。

第3に、blogやSNSについて議論がなされたのは第4回ですが、そこで議論のたたき台として出された事務局作成の「個人間情報流通の本格化に向けて」においては、その最終ページに課題案が記載されていますが、そこには実名云々という話は出てきません。

以上のwebmasterの憶測が正しいかどうかは、実は結構早く裏がとれるはずです。というのも、この時期に報告書をまとめる理由は、来年度の予算・税制を見据えてのものであるからです。総務省自身が義務教育レベルでのblogやSNSを推進すべきだと思っているなら、この報告書をダシにして必ずや予算要求や税制改正要望を8月末に財務省に出すはずです。

したがって、8月末にそのような動きが見られなければ、憶測どおり木村先生個人の意見が盛り込まれただけで総務省が是としているわけではなかった可能性がさらに高まると言えます(総務省はその気だったけれども、文部科学省と調整がつかずに要求・要望できないというオチもあり得ますが(笑))。

[government]公務員の効率性

昨日書いたことに大いに関連するのですが、労務屋さんが東谷さんの記事を題材に日本の公務員の効率の悪さを論じていらっしゃいます。が、労務屋さんの指摘する効率性の悪さと、引用されている東谷さんの1人あたり人件費の高さは実は同じものを指していて(この点については、平家さんが丹念に式を分解して分析されています)、労務屋さんが企図されているような東谷さんへの反論にはなっていないように思えます。

といっても労務屋さんがご指摘のとおり、東谷さんの言うがごとく日本の公務員は効率的であるとするなら、それはいかにも国民の実感とはかけ離れているということも認めざるを得ないのではない点にwebmasterも異論はありません。その理由としては、公務員の人数や人件費以上に、マクロ経済の不調にあるのではないでしょうか。

平家さんは労務屋さんの効率指標について、一人あたりGDPが大きいほどこの指標は大きくなりますが、一人あたりGDPを決めるのは、人口に占める労働者の割合、一人あたり資本、技術でしょう。どれも公務とは関係がありません(webmaster注:平家さんは労務屋さんの指標の逆数をとっているので、「大きくなる」とは労務屋さんの指標でいえば「小さくなる」ことに等しいです)との指摘をされていますが、それらサプライサイド要因ではなく需要不足で1人あたりGDPが伸び悩んでいるとすれば(で、現在の日本はまさにそうだとwebmasterは考えますが)、それが政府のマクロ経済運営の失敗であることは否定できません。

多くの人々にとっては1人あたりGDPといっても実感はないでしょうけれども、所得の低迷や失業率の高止まりといった形で実感せざるを得ません。その実感に比べての公務員の相対的に安定した所得・雇用に対して批判的になることは、それを「効率」の良し悪しとして語ることが適切なのかはともかくとして、あるべき姿なのだとwebmasterは思います。

であるならやはり政府はその政策運営を改めるべきなのですが、需要不足解消じゃなくて公務員の人数・給与削減に向かっているのがなんとも・・・orz

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bewaad [>にせ藤沢人さん trackbackは処理しておきました。 総務省が2ヶ月後に要望・要求を出したらけなさないといけ..]

bewaad [>Scottさん もちろん興味があったから取り上げたもので、いいきっかけをいただいたと思っています。今から思えば、読..]

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2005-06-30

[law]人権擁護法反対論批判 リジョインダー編(その15)

法案分析編(その7)で次のようなことをwebmasterは書きました。

(前略)行政府における法の遵守の担保ですが、内閣法制局の存在が外部の方々が思うよりよほど霞が関には重いということが挙げられます。各省庁の法の運用について、それが条文に沿ったものかどうかを国会で聞かれますと、内閣法制局は各省庁の大人の事情(笑)などはまったく斟酌せずに答弁しますので、仮に人権委員会が過去の判例等と矛盾した勧告をし、それが国会で取り上げられ内閣法制局に質問があれば、内閣法制局は間違いなく矛盾していると平気で答えますし、そうなれば政治問題化して大騒ぎになるのは必定ですから、いくら個々の人権委員が「これは人権侵害だ」と騒いでも必死で事務方は止めようとするはずです。

本エントリは、それに対してお示しいただいた、次のan_accusedさんのご疑問への回答です。すぐお答えするはずだったのですが、1ヶ月以上経過し大変遅くなり恐縮です。

◆ an_accused (2005-05-21 23:47)

(略)

政府部内に籍を置いた経験のない私にはいま一つ実感できないのですが、内閣法制局にはおそらくかなりの「重み」があるのでしょうね。いただいたご回答につきましては、

1)立法過程においては、内閣法制局は高いハードルとなって各省庁の前に立ちはだかることになるのでしょうが、一旦成立した法令の解釈権は、ひとまずは法律所管官庁が有することになるのではないか。

2)法的に疑義の生じるような個別案件における法解釈については、内閣法制局は後々司法判断が示される可能性があるうちはその解釈の当否について積極的に述べようとはしないのではないか。

といった疑問がさしあたり浮かんできますが、過去の法制意見のありようなどを勉強することによって、私なりに理解に努めたいと思います。

なんとなく身に付いているものを改めて客観的に説明可能とする材料はなかなか見つからないものですが(笑)、あれこれ渉猟する中でようやく格好のものを探り当てました。今年の5/16の参議院決算委員会での次のやりとりです(強調はwebmasterによります)。

○松井孝治君 要するに、平成十三年以降、今何年ですか、平成十七年ですね、もう十三、十四、十五、十六、十七と足掛け五年間、工業再配置計画は策定されてない。工業再配置計画を策定して誘導する、そのこと自体がひょっとしたらもう時代からいってどうだろう、見直さなければいけないという議論があるのに、策定されてないんですね。

法制局においでいただいていますが、これ別に私、違法とかそういうことをここで言うつもりはありませんが、法律上、これ工業再配置計画が策定されてないというのは適切なのか不適切なのか、あるいは法律が想定している状態なのか。一番最後の質問に答えてください。法律は工業再配置計画が五年間策定されていない状態を想定していますか。

○政府参考人(梶田信一郎君) お答えいたします。

法制局といたしましては、お尋ねの事案につきまして、必ずしもその詳細につきましては承知しているわけではございませんので、御指摘のございました状況が工業再配置法に照らしまして問題であるかどうかという点につきまして一般論として申し上げたいと思いますけれども。工業再配置法の第三条一項では、経済産業大臣は工業再配置計画を定めなければならないと、今御指摘ございましたような趣旨の規定が定められておるところでございまして、相当の期間にわたりまして工業再配置計画が定められていない、そのことにつきまして特段の合理的な事情がないということでございますれば、そうした状況はこの三条一項の規定の趣旨に反するのではないかというふうに思います。

○松井孝治君 法制局のお立場ではそれ以上言いにくいでしょうね。要するに、合理的な事情がなければ法律にやはり反するおそれがあるということだと思うんですよ。

それで問題は、これは合理的事情があるかどうかという点なんですね、大臣。私は、正直申し上げますと、昔、お役所に勤めておったこともありますから、いろんな人に話を聞きますよ。それはやっぱりもうそろそろこういう時代ではない、そういうことは恐らく経済産業省の役所の人も気付いてはいる。気付いてはいるけれども、じゃどうしたものか。自治体の首長さんなんかの集まる、やっぱりこの補助金を出してくれという、そういうグループもあるわけですね。

(中略)

ですから、ここで私としては、役所の従来の工業再配置法を見ている部署が計画を作っていない、それを、じゃ、本当は法律義務違反じゃないかみたいなことを言うというよりは、やっぱりこれをそろそろいい機会なので見直していくべきではないか。会計検査院の検査の結果も、やはりそれは見直すべきではないか、再考を促していると思います。

ここで経済産業大臣、そして恐縮ですが、財政担当でもあり、地域としてこういう問題、肌で感じておられる財務大臣の順番で結構ですので、この問題について見直していこうじゃないかという政治的な答弁をいただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。

○国務大臣(中川昭一君) 今までは、松井委員御指摘のように、現時点で計画がないということは、形式論かもしれませんけれども、一つは全総が今ない時代に入ってきているということで、今までは全総にのっとった形でこの工業再配置という政策を取ってきたことはもう松井委員も御存じのとおりだと思います。

(中略)

松井委員も御勤務されました経済産業省は、そういう時代のニーズに的確にスピード感を持って対応できる役所だというふうに思っておりますので、そういうニーズにこたえられるような政策を今後も推進していきたいというふうに考えております。

工業再配置促進法第3条第1項においては「経済産業大臣は、関係行政機関の長に協議し、かつ、産業構造審議会の意見をきいて、工業再配置計画を定めなければならない。」と規定されていますが、以上のやりとりはこの解釈の問題です。an_accusedさんの1つ目のご指摘のとおり一義的には法令を所管する省庁がその解釈をするのですが、上記のように法制局に対して解釈を求められることはあります。そのようなケースにおいては、強調部分のように実態がどうであれ法律上はこうなるという一般論を答えることになります。

その根拠ですが、法案作成時に法案審査を行うのは第二部から第四部までですが、第一部において意見事務というものが分担されていまして(上記答弁を行っている「梶田信一郎君」は内閣法制局第一部長です)、この国会答弁はその意見事務の一環です。意見事務とはなんぞやということを内閣法制局のページから引用すると次のとおりです(根拠規定は内閣法制局設置法第3条第3号になります)。

  • 法令の解釈は、その法令を所管し、その執行に当たる各省庁において行っていますが、法令の解釈に関して各省庁において疑義がある場合や関係省庁間において争いがあるような場合に、各省庁から求めがあったときは、内閣法制局は、これに応じてその法律問題に対する意見を述べることとされております。このような事務を意見事務と呼んでいます。
  • 法令の解釈は最終的には裁判所の判決を通じて確定されることになりますが、少なくとも行政部内においては、内閣法制局の意見が出されることによって、その解釈が統一されることになります。
  • また、政府又は内閣法制局としての意見の表明に必要な法令解釈に関する問題の検討を行っています。特に国会において、憲法以下の現行法令の解釈など法律問題につき意見を求められた場合に、その答弁を行うことなども重要な業務となっています。

2つ目のご指摘についても、裏は取ってませんが工業再配置促進法第3条第1項について判例があるとは思えませんので(笑)、司法判断がないものについても解釈を述べているわけです。ご理解いただけると思いますが、行政府=法令の執行部門ですから、どのように解釈して執行しているのかと問われたときに、司法判断が出ていないので解釈できませんとは答えられません。司法判断でないので絶対ではありませんが、という留保はつくにせよ、行政府としての受け止めを答えざるを得ません。

以上のような国会での質問のほか、質問主意書への対応についても内閣法制局第一部の審査を経て政府見解となります。国会質問で行政委員会が所掌する法令についての法制局見解の例は見つけることができませんでしたが、質問主意書では独占禁止法の解釈問題について答弁した例が見つかったのでご紹介しておきます。上記のように経産省の事情を斟酌せず回答したように、この主意書についても内閣法制局はあくまで条文にそってのみ審査します。仮に公正取引委員会が独占禁止法は自分たちが所掌しているのだといって独自の解釈を主張したところで内閣法制局は解釈を枉げませんし、内閣法制局がOKしなければ主意書の答弁たり得ません。

とはいっても、国会で質問されるなり主意書を出されるなりしてはじめて内閣法制局に出番が回って来るに過ぎず、通常の業務運営においていちいち内閣法制局が関与するわけではないから、個別の事例において人権委員会が暴走するのではないかという懸念があるかもしれません。

しかし、質問や主意書の対象とはならないとは誰も保証できません。そのリスクがある以上、事務方はグレーゾーンの個別案件を処理する際には内閣法制局に相談に行きます。自分たちはこのように法令を解釈しており、その解釈をこの事実に当てはめるとこのような対応となるが、問題ないでしょうか、と。外部にそれを出してから確認に行って、そんな解釈はダメだ、受け入れられないと言われてしまっては取り返しがつきませんから、そのようなリスクヘッジをするのは官僚の性です。

結局、人権擁護法案を見れば「人権委員会は」といった規定があり、あたかも人権委員会が自由に振る舞えるかのように条文上は見えますが、先に紹介の工業再配置促進法において「経済産業大臣は」と規定されていても大臣が経済産業省という組織を背負っているのと同様に、「人権委員会は」と規定されていても、委員会は事務局という組織を背負っているのです。事務局の官僚のビヘイビアを考えたり、人権委員会と事務局の関係を考えるに当たっては、人権擁護省とその大臣を仮定して理解してもらってかまいません。その「大臣」が複数の者から構成され、独断では何も決められず過半数により意思決定をする点においてのみ異なるだけの話なのです。

これまで、中曽根総理や小沢自民党幹事長といった名だたる有力者たちが内閣法制局を押し切って集団的自衛権の合憲解釈を導くことができなかった(肩書きはいずれも当時)ように(これがトラウマになって、小沢民主党副代表は内閣法制局廃止論者になったのですが)、内閣法制局は憲法解釈において極めて保守的ですし、かつ、行政府内で内閣法制局の見解を力ずくで排除することは不可能といっても過言ではありません。

法律の文言は、これまでの解釈の積み重ねや判例によって自ずとその意味は定まりますし、行政府内においてその幅は内閣法制局が行政府内においては最終的に判断します。内閣法制局が最高裁判例に逆らうことはあり得ませんから、一般的にはいくら曖昧に見えても、判例等により隠された定義がなされているにもかかわらず、曖昧だからもっと厳密な定義をなんて言い出すと、過去の判例や内閣法制局見解の総量以上の字数が必要になりますが、それはいったい何字になるのでしょうか(笑)。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

本編
前編(3/13)後編上(3/14)後編下(3/15)趣旨説明編(3/29)faq編(4/9)
リジョインダー編
1(3/17)2(3/18)3(3/19)4(3/20)5(3/21)6(3/22)7(3/27)8(3/30)9(3/31)10(4/2)11(4/4)12(4/5)13(4/8)14(6/11)
法案分析編
1(3/24)2(3/26)3(4/1)4(4/10)5(4/11)6(4/14)7(5/21)
正誤訂正編
1(3/25)2(4/6)
百地教授編
1(4/20)2(4/21)
マスメディア編
1(6/10)2(6/14)

[comic][movie]Mr. Cromartie vs Cromartie High

7月に公開予定の映画「魁!!クロマティ高校THE☆MOVIE」に無断で名前を使われたとして、元巨人で米独立リーグ「サムライ・ベアーズ」監督のウォーレン・クロマティ氏(51)が29日、配給元のメディア・スーツ(東京)を相手に、公開差し止めの仮処分を東京地裁に申し立てた。

クロマティ氏が映画の公開差し止めを請求

名称変更自体をネタにする、に一票。

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bewaad [お恥ずかしいo.......rz 早速訂正させていただきました。ご教示ありがとうございました。]

トニオ [法学板よりです。 303 法の下の名無し sage New! 2005/07/01(金) 02:59:13 ID:..]

bewaad [当然そのスレは見てまして、そのレスも見てます。どう矛盾するか等について具体的に論理展開していただけたらと待っている状..]


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