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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2005-07-01

[government][politics]松井孝治議員といえば・・・

昨日のエントリで触れた松井議員ですが、以前のwebmasterの縦割り行政についての主張を発展させていただいたgalaxykikiさんのエントリにて、彼の通産官僚時代の論説が紹介されています。引用させていただきますと次のとおりです。

「霞ヶ関の意思決定は‥基本的にボトムアップのコンセンサス方式によって行われている」「原案作成者が第一案を作ってから最終決定に至るにはひとつの省庁だけでも十段階近くの『クリア』と呼ばれるステップが必要であり、他省庁協議や与党審査も加えれば、およそ原案の跡形もなくなってしまうケースも決して珍しくは無い」「調整はその決定に極めて長時間を要するだけでなく、政策の内容を玉虫色の曖昧なものとしてしまいがち」であり、「若手官僚の作成した先鋭な問題意識が省庁内部の決裁のプロセスにあって、また、利害の異なる省庁間の調整により、どんどん「洗練された霞ヶ関文学」に磨き上げられ、結果として彼らに残るのは徹夜の連続と自らの原案の意図せざる変貌による疲弊感、虚無感のみというのが決して例外的とは言い切れない状況」と。

(略)

注意したいのは、「官僚が私益に走ったり悪意で政策運営を行っているわけでは」なく、システムに問題があるのである、と。ピラミッド型の「ヒエラルキー組織・ムラの論理」により、「多くの優秀の官僚のマインドを国益から省益へ、省益から局益へと導いていく」。「私利私欲ではなく、累々と受け継がれてきた土地を勝手に譲り渡してはご先祖様に申し訳が立たないと言うような感覚で、場合によってはより多きな国益に反してでもその権限を墨守しようとする」のだ、と。こうしたピラミッド組織から個人を解放するために必要なのは、ネットワーク型の政策提言システム、政官民学を問わない開放的人事制度(「優れた政治的リーダーの下に、大所高所の視点と専門知識を持った官僚や民間人、研究者などが改革チームを組織し、トップダウンでダイナミックな意思決定を行うことが極めて有効である」)と。

でwebmasterが違和感を持つのは、アプリオリに「国益」「省益」「局益」が定義されるのでしょうか、という点です。「若手官僚の作成した先鋭な問題意識」なるものが「国益」基準で100点のものであれば、その変更は「省益」なり「局益」なりに対する妥協に他ならず、許すまじという松井議員の感情にも共感できます。しかしそれが単に独りよがりの思いこみである場合においては、その欠点が強制される過程でもあるわけです。

本論説はwebmasterの手元にないので松井議員のサイト上の別のテキストを引っ張ってきますと、例えば次のようなものがあります。

その後、行革は意外な展開を迎えることになります。橋本総理の影響力が低下するや、族議員の猛烈な巻き返しが始まり、行革チームは政治の力に連戦連敗を繰り返します。結論から申せば、私たちが精魂込めて作り上げてきた改革案もほとんど水の泡に帰することになるのです。

(略)

どういう理由でひっくり返ったのかという理屈は一切なし。省庁の数を半分にする、官邸主導の内閣を作るという案を出したのも政治ならば、その案をその会議の委員に十分説明もできずにひっくり返すのも政治。

webmasterの当時の記憶で言えば、そもそも行政改革会議は反対論をすべて「族議員」等のエゴとして聞く耳を持たず、耳障りの良い意見だけを求めて原案を作っていたきらいがあったのではないかと。反対論にも謙虚に耳を傾け、虚心坦懐にその是非を考えた上で会議自身が理屈を示して取捨選択していればどうだったのでしょうか。自分たちが「族議員」たちには判で押したような通り一遍の理屈を押し付けておいて、そのしっぺ返しをされたときに自分たちだけが被害者面するのはおかしな話です。

どんなものが「国益」と松井議員がお考えなのかはともかく、他方でこのようなビヘイビアもあったとのこと。

私に示された、通産省での配属は、大臣官房総務課課長補佐(法令審査委員)でした。やるからには、自分の良心に照らして恥ずかしくないように懸命にやろうと心に誓いました。

(略)

ありていに言えば、通産省の権益を守り、拡張するその門番のようなポジションです。通産省という役所は霞が関の中ではもっともリベラルな役所ですが、それでも、権限折衝の際などは、官房総務課が筆頭となって、省益を追及する立場になります。

私は、着任後3ヶ月で、国益というものの価値を知ってしまった人間が、省益追及を任務とする職についたときのむなしさを、いやというほど味わうことになります。

これを見るに、松井議員はまだ官僚であるころ、それが彼の考える「国益」でないと承知で「省益」を追及したことがあったということなのでしょう。自分が正しくないと思えばそれをまず止めるべきだったのではないかとwebmasterは思います。自分が「国益」を枉げて「省益」に奉仕した経験があるからといって、官僚が皆そうするとお考えになられては困ります(笑)。

webmasterの経験では、具体的な案件・プロセスを出すと正体がばれかねないので抽象化させていただきますが、合理的な施策を説得のスキルを尽くして推進すればなんとかならないでもありません。むしろ、他省庁等が認めざるを得なかったという結果をもって、その施策が「国益」に沿ったものであろうという自信につながることの方が自然ではないかと思います。

ちなみにトップダウン・ボトムアップですが、松井議員が思うあるべき姿よりはボトムアップなのかもしれませんが、大臣は各省庁内においては絶対的存在ですから、相当程度トップダウンで物事が運ぶことも霞が関においては少なくありません。あの田中真紀子議員ですら、科学技術庁長官時代(当時)には無事任期をまっとうできたぐらいですから(笑)。

[government]次官=統幕議長?

roi_dantonさんが役所の官職を軍隊のそれに擬えているのを拝見して、実際のところはどうなのか気になって調べてみました。自衛隊の内部はあまり詳しくないので(特に一佐(一)〜(三)に対応する官職についてはほとんど当てずっぽうです)、誤りあらばご教示いただければ幸いです。

中央省庁の俸給表中央省庁の官職左記と同等の自衛隊の官職階級
指定職11号俸事務次官統幕議長
指定職10号俸次官級審議官(内閣府審議官等)陸海空各幕僚長、防衛大学校長
指定職9号俸外局の長官(防衛施設庁長官等)n.a.
指定職8号俸局長級各方面総監、自衛艦隊司令官、航空総隊司令官等
指定職7号俸佐世保・呉地方総監、航空教育集団司令官等
指定職6号俸局次長級陸海空各幕副長等
指定職5号俸護衛艦隊司令官、航空集団司令官等
指定職4号俸師団長等
指定職3〜1号俸〃(実際にはn.a.)旅団長等将補(一)
行政職(一)11級課長級副師団長等将補(二)/一佐(一)
10級課長級/室長級連隊長等一佐(二)
9級室長級副連隊長等一佐(三)
8級課長補佐級副連隊長/大隊長等二佐
7級大隊長/中隊長等三佐
6級係長級
5級中隊長等一尉
4級係長級/主任級中隊長/小隊長等二尉
3級主任級/事務官小隊長等三尉
2級事務官下士官
1級

予想していたよりも階級が軽かったというのが正直な感想です。尉官で補佐級に届かないとは思いませんでした。さらに言えば、先任の曹なら十分課長補佐級、個人の資質によっては課室長級で遇しても過大だとは決して思えません。

ちなみに戦前との比較として東條英機の履歴を見てみますと、二佐と同等とされる中佐で課長(陸軍省整備局動員課長)、将補と同等とされる少将で部長(局次長級、陸軍省軍事調査部長)、中将で次官となっていますから、相対的に役所の官職が軽く、階級が重かったようです。

本日のツッコミ(全23件) [ツッコミを入れる]

Before...

passer-by [いつも熟読させていただいております。頭の良さと論理の鋭さに唸らされます。 ところでbewaadさんともあろう方が「耳..]

bewaad [「手触り」「肌触り」などの語感に引きずられて誤用してしまったようです。ご指摘ありがとうございました。]

ナイキ [Hi there! This is kind of off topic but I need some help f..]


2005-07-02

[law]人権擁護法反対論批判 リジョインダー編(その16)

今回は、Rhapsodyさんからいただいた次のメールについて考えてみます。

(前略)4月19日のブログでApes!NotMonkey様のご見解に対してBewaad様が述べていらっしゃるご見解に、少々疑問を感じましたので、メールを致しました次第です。

該当の箇所を以下に引用させて頂きます。

第3条において、この法案が対象とする人権侵害の範囲が限定されているの部分については、第3条第1項で「次に掲げる行為その他の人権侵害をしてはならない」とされていて、これまた何度か触れたとおり「その他の」は例示ですから、結局第3条第1項が対象とする人権侵害とは、同項各号に掲げる行為に代表されるところの第2条第1項で定義される人権侵害だという点に留意いただきたいと思います(これが、「次に掲げる人権侵害をしてはならない」という規定であればご指摘のとおりになります)。

「その他の」が例示であることは、法文の解釈として当然だと思うのですが、問題は何を例示しているのか、という点にあります。

Bewaad様が述べていらっしゃる事を別の方法で表現するなら、「次に掲げる行為」を例としたその他の人権侵害をしてはならない、ということになると思います(だから掲げられた項目以外の項目も、禁止すべき人権侵害の対象足りうるというご意見と理解いたしました)。しかしながら、素人判断で恐縮ではありますが、この部分は、次に掲げる「行為その他の」人権侵害をしてはならないという「人権侵害」についての例示ではないかと考えております。

その論拠ですが、まず、第3条の項目で掲げられている、人権侵害には、取扱い・言動など、行為だけでは括れない項目があるということ。

現在制定されている別の法文を例に出しますと

【刑法第175条】
わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処する。販売の目的でこれらの物を所持した者も、同様とする。

これを「」で括るとしたら、わいせつな「文書」、「図画」「その他」の物であって、「わいせつな」という形容詞は例示されているいずれの項目にも付くと思います。

また、

【投資信託及び投資法人に関する法律第5条6】
6.受託者及び委託者の受ける信託報酬その他の手数料の計算方法並びにその支払の方法及び時期。

これを同じように「」で括るとしたら、受託者及び委託者の受ける「信託報酬」「その他」の手数料となると思います。

これらから類推すると、人権擁護法第3条1項が対象とする人権侵害とは、同項各号に掲げる行為など(=取扱いや言動)に限定された第2条第1項で定義されている人権侵害であると考えますが如何でしょうか?

しかし、こういった形容動詞+名詞にその他の例示が付いている場合、形容動詞まで含めた例示と取るべきなのか、名詞部分だけの例示ととるべきなのか、法文の場合には、明確な規定があるのでしょうか?

人権擁護法案第3条の下の項目が例示であっても、確かにそれほど拡大解釈は出来ないのかも知れませんが、項目に限定されていれば、拡大解釈の余地はかなり少なくなると思っております。

(後略)

まず、刑法第175条について申し上げれば、「わいせつな文書、図画その他の物」を法令用語の用法に依存しなくとも意味が明確になるよう書き直してみますと、「わいせつな物(例えば文書や図画)」ということになります。「頒布し、販売し、又は公然と陳列」してはいけないものは「わいせつな物」であって、文書や図画はその「物」という名詞の具体例です。投資信託及び投資法人に関する法律第5条第6項第6号についても同様に、「受託者の受ける手数料(例えば信託報酬)」ということになります。

#この投資信託及び投資法人に関する法律第5条第6項第6号、本来であれば「受託者並びに受託者の・・・」と規定すべきだったのではないかと(いわゆるチョンボ)。現行規定では、「受託者の支払いの方法及び時期」というわけのわからないものが求められることになってしまいます・・・。

ということで、「形容動詞+名詞にその他の例示が付いている場合、形容動詞まで含めた例示と取るべきなのか、名詞部分だけの例示ととるべきなのか」という場合、名詞部分だけの例示ととるのが原則です(古い法律を含め、全てがそうである保証はできませんが、最近の内閣提出法案であれば内閣法制局でそのように添削(笑)されます)。というのも、例に挙げられるものが名詞であれば、例は(相対的な)抽象名詞と置き換え可能であるべきですが、抽象名詞自体に形容詞や形容動詞の趣旨が含意されていない場合、それらを置き換えれば意味するものが大幅に変わってしまうからです。

逆に言えば、形容詞等を含む句が例示であれば、例示される句もまた形容詞等を含むものとして規定することとなります。刑法第175条を仮にそうした形で書き直すなら、「性交の状況を描写した文書、学術の目的等の正当な目的を有することなく性器を表示した図画その他のわいせつな物」といった具合でしょう。この場合、「物」ではなく「わいせつな物」の例示として、「性交・・・文書」、「学術・・・図画」という2つの句が挙げられていることとなります。

人権擁護法案に関して申し上げるなら、仮に第3条第1項について「・・・その他の人権侵害」が第2条で定義される人権侵害よりも狭い範囲を意味することとしても、実はそれだけでは反対派の懸念を拭うことはできません。というのも、一般救済はあくまで何の形容詞等もつかない裸の人権侵害(例えば「第3条第1項各号に掲げる人権侵害」といったものではありません)による被害等をそのトリガーとしていますから、結局は第2条の定義に当てはまるかどうかが問題となります。

第3条第1項柱書をどれだけ限定的に解することとしても、第3条第1項違反に対する規定が何も置かれていない人権擁護法案においては、法的な効果はほとんどないといっても過言ではないというのがwebmasterの理解です。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

本編
前編(3/13)後編上(3/14)後編下(3/15)趣旨説明編(3/29)faq編(4/9)
リジョインダー編
1(3/17)2(3/18)3(3/19)4(3/20)5(3/21)6(3/22)7(3/27)8(3/30)9(3/31)10(4/2)11(4/4)12(4/5)13(4/8)14(6/11)15(6/30)
法案分析編
1(3/24)2(3/26)3(4/1)4(4/10)5(4/11)6(4/14)7(5/21)
正誤訂正編
1(3/25)2(4/6)
百地教授編
1(4/20)2(4/21)
マスメディア編
1(6/10)2(6/14)

[economy]「真の失業率」推計最新版(2005-05現在)

恒例の今月分です。「15歳以上人口」の値が入手できず(本来それが掲載されているはずのエクセルファイルへのリンクをクリックしても、ダウンロードしたファイルは先月分のまま・・・)、代わりに労働力人口と非労働力人口の和を用いましたので、それぞれの四捨五入によっては若干の誤差があり得ます。

年月   完全   真の   15歳以上  就業者数 完全   真の
     失業率  失業率  人口         失業者数 失業者数

1990   2.1%   3.2%   10,089   6,249   134   204
1991   2.1%   2.4%   10,199   6,369   136   155
1992   2.2%   2.2%   10,283   6,436   142   142
1993   2.5%   2.8%   10,370   6,450   166   183
1994   2.9%   3.4%   10,444   6,453   192   228
1995   3.2%   4.0%   10,510   6,457   210   266
1996   3.4%   4.1%   10,571   6,486   225   276
1997   3.4%   3.8%   10,661   6,557   230   262
1998   4.1%   5.1%   10,728   6,514   279   348
1999   4.7%   6.3%   10,783   6,462   317   435
2000   4.7%   7.0%   10,836   6,446   320   485
2001   5.0%   7.9%   10,886   6,412   340   551
2002   5.4%   9.4%   10,927   6,330   359   660
2003   5.3%   10.0%   10,962   6,316   350   700
2004   4.7%   10.0%   10,990   6,329   313   705

2004/Q1  5.0%   11.3%   10,983   6,236   329   793
2004/Q2  4.8%   9.4%   10,992   6,372   321   663
2004/Q3  4.7%   9.3%   10,988   6,379   314   653
2004/Q4  4.4%   10.1%   10,998   6,326   290   713
2005/Q1  4.7%   11.3%   10,982   6,236   305   792

2004/5  4.8%   9.2%   10,995   6,389   319   644
2004/6  4.6%   9.3%   10,982   6,374   309   654
2004/7  4.8%   9.3%   10,984   6,373   318   657
2004/8  4.7%   9.0%   10,985   6,395   314   635
2004/9  4.6%   9.5%   10,994   6,369   309   667
2004/10  4.7%   9.7%   10,997   6,352   311   686
2004/11  4.4%   10.2%   11,003   6,322   290   720
2004/12  4.1%   10.4%   10,995   6,306   270   731
2005/1  4.5%   11.1%   11,004   6,261   296   782
2005/2  4.7%   11.6%   11,003   6,224   308   818
2005/3  4.8%   11.1%   11,003   6,260   313   782
2005/4  4.7%   9.7%   10,994   6,352   310   684
2005/5  4.7%   8.6%   11,000   6,435   307   605

     C/(B+C)  D/(B+D)   A     B     C  D=Ax0.64-B

(直近月次ボトム)
     5.8%   11.6%    --    6,193   384   818
    (03/3,4)  (05/2)         (03/2)  (03/3)  (05/2)

(注)
・ソースは総務省統計局の「労働力調査」(http://www.stat.go.jp/data/roudou/2.htm)。
・月次データは原数値を用いている(季節未調整)。
・「真の」値は、1992年の労働力人口比率0.64(直近ピーク)を15歳以上人口に乗じた数を労働力人口として算出。
・少子高齢化の進展による労働力人口比率のあり得べき低下は考慮していない。

就業者数が6,400万人台を回復したのには要注目かもしれません。

#過去の計数は以下のとおりです。

2005
03,、04

[government]公文書アーカイヴス

公文書アーカイヴスに関する意義深い日経の連載をgachapinfanさんがご紹介です。webmasterも個人的にはアーカイヴスの整備は大賛成ですし、多くの霞が関の住人もそうだと信じているのですが、アーカイヴスに転ずる前段階での文書管理に実は重大な問題があります。多くの部局においては日常業務で手一杯で、丁寧なインデックス作成や整理・保存が滞りがちです。本来、各課に1人文書管理専担者がいてしかるべきだと思うのですが、実際は皆兼任ばかりで・・・。

[government][economy]採用担当者の質問

官庁訪問中の学生のページをbank.of.japanさんがご紹介ですが、その中で標記の出題が。具体的には次のとおりです。

まず財務省。

今日は財務省に行ってきました

(略)

さて面接

  • 銀行の抱える本質的な問題点は何か?
  • 金利低下の本質的な原因は何か?
  • 理系のどんな能力が行政に生きるか?
  • 等々、考えさせる質問多数

「官庁訪問 第2日目」(@naoya1981の日記6/23付)

3問目への回答は割愛しますが(webmasterは理系でないですし)、webmasterが回答するなら、1問目は「1つには資産のリターンは全体の傾向としては名目成長率に同調する一方、負債のリターンにおいては元本保証を求められるので、マイナス名目成長率が継続するような状況においては、事業継続が困難となること。2つには決済ネットワークでつながっているので、その機能維持が求められるにもかかわらず、思わぬ同調的行動による機能停止の自己組織化があり得(最近スティーヴン・ストロガッツ「SYNC」を読んでいて、それに思いっきり影響されてます(笑))、それは個別の銀行をどれだけきちんと監督しても防止できない」、2問目は「実質金利が仮に低下するとすれば、それは潜在成長率の低下によるもの。名目金利の低下は、実質金利の低下によっても起こりえるし、実質金利が低下しなくてもインフレ率が低下すれば低下する」といったところでしょうか。

続いて金融庁。

その後色々話が進み、銀行はリスクマネーの供給を求められる反面、健全な経営も求められる
この矛盾を行政はどうすべきかとの質問

「官庁訪問 第4日目」(@naoya1981の日記6/27付)

先の財務省担当者への回答にも相通ずるものがありますが、「銀行はその負債特性から自ずと負担できるリスクには限度があるので、リスクマネー供給には異なるビークル(各種の投信やファンドなど)の整備をもって対応し、あまり銀行にその役割を求めない」といったものがwebmasterには思い浮かびます。

さて、両省庁にはこれで採用してもらえるのかな?(笑)

[comic]機動戦士ガンダム CDA 若き彗星の肖像(@ガンダムエース8月号)

予想どおり、ハマーン様が髪を切りました。次のステップとして、鰻谷さんご指摘の目の変化が起こるのがいつか、要注目でしょう(笑)。

[misc]平山あや

ドラマで見たのは初めてですが、いいタレントになりましたねぇ・・・。

本日のツッコミ(全12件) [ツッコミを入れる]

Before...

本石町日記 [エントリーへのTBありがとうございます。金融庁の面接官の質問に対するbewaadさんの回答に賛同いたします。特に「銀..]

bewaad [だからといって金融庁のようにポートフォリオ構成にかかわらず一律に株式保有にキャップをはめるのもどうかというのがあり、..]

鰻谷 [いや、ハマーンの話ではなくw リスクテイクが出来るかどうかは、一義的にはバッファ(自己資本)の水準によりますし、メ..]


2005-07-03

[law][history][book]長尾龍一「思想としての日本憲法史」

危険な魅力にあふれた一冊です。例えば最近議論されている天皇の継承については次のような指摘があります。

皇室典範の起草過程において、具体的に問題になったのは、先帝の後継者指名権、譲位の認否、女帝の可能性、庶子の扱い、それに憲法と皇室典範の関係などであった。(略)

立法過程の研究は、立法後に当然のことのようになってしまった事項が、立法前には少しも当然でなかったことを意識させ、人々を既成事実の呪縛から解放する機能をもっている。実際皇室典範成立の直前まで、起草者たちの間では、先帝の指名権や譲位や女帝の可能性などが真剣に議論されていたのである。

(略)

その点で注目すべきは、井上こそが起草関係者の中で、天皇制の一義的法制化に反対した人物であることである。彼は指名権や譲位の慣行の存置を主張し、また明治15年の「憲法試草」(『梧陰文庫影印・明治皇室典範制定前史』220頁)において「内閣ハ天皇臨御シテ万機ヲ親裁スルノ所トス」と、内閣における天皇親臨を定めようとした。これは制度の技術者・法制官僚という井上イメージの修正を迫るものをもっている。それなら、井上案を排して天皇制の完全な制度化を実現した人物は誰かというならば、明治19年6月11日の「帝室典則」の責任者三条実美らの意見も無視できないにせよ、やはり20年3月20日の(伊藤、柳原、井上、伊東)四者会談(高輪会談)において決定を下した伊藤博文こそ、その決断者であろう。

「井上毅と明治皇室典範」(pp51,52)

他方で「護憲派」には次のような辛辣な評価も。

戦後憲法学は「マッカーサー信仰」の聖職者団、聖典解釈者カーストである。それは信仰告白をした職業的聖職者の集団であって、信仰は平信徒より遙かに熱烈で、全国民が憲法に叛逆しても、最後に殉教するといった人々の集団である。

「聖典としての日本国憲法」(p238)

とまあ毒にも薬にもなる刺激的なテキストが満載です。護憲にせよ改憲にせよ、憲法を語るのであればまず本書を読んでから、とお薦めしたいと思います。

しかし、本書には20年以上昔のテキストも含まれていますが、その古びていないことといったら感服するしかありません。遠く及ばないのは仕方がありませんが、そうでありたいという気持ちだけは失わないようにしないと・・・。

[law]「憲法改正論議の現在」@ジュリストNo.1289(2005.5.1/15)

上記を受けて、カーストの内輪の論理に終始しているか、外部の存在を前提にした緊張感を持っているかという観点から寸評をば。まずは「I 憲法改正の理論的課題」から。

愛敬浩二「憲法によるプリコミットメント」(pp2-8)
プリコミットメント論への違和感を示しておきながら、それがいわゆる改憲派への反論としての有効性が認められるからといって外部にはそれを用いようとするのは、悪い意味で外部を意識しているものでしょう。
渡辺康行「憲法の解釈と改正」(pp9-17)
論証の方法という形式的な問題を、現代日本の憲法学説を素材に用いつつ検討したもの(p17)というだけあって、基本的には内輪の議論であることを自覚しつつ謙抑的に議論を展開しています。1点気になったのが、原意主義について制憲者意思とはフィクションに過ぎないという長谷部先生の所説を紹介し、好意的に受け止めているようですが、条文案を作成した者、それに対して積極的に賛成した者、消極的に賛成した者、等々とある程度類型化して整理することは可能で、フィクションと言い切るのはどうかなと思います。参考資料にとどまるといいつつ、参考にすべき客体があるとすればフィクションではないということで、おそらくは作成者の意思を参考とし、他方でそれは制定主体の意思ではないのでその程度のものとして受け止めるべき、という整理なのでしょうか?
赤坂正浩「憲法改正の限界」(pp18-25)
憲法改正における限界を想定するのは典型的な内輪の論理だなぁ、と思って読んでいたところ、最後の最後に・・・法理論的な説明のレベルを超えた現実の世界では、憲法改正限界論には改正提案への警鐘という役割だけが期待されることになるのだろう(p25)というところで、わかった上での(深く掘り下げるための)範囲を限定しての議論だったと納得しました。
長谷部恭男「冷戦の終結と憲法の変動」(pp26-34)
これまでも当サイトで何度か触れたBobbittの議論を紹介しているテキストです。憲法の改正そのものより、その前提となる各課題についての国民合意形成の方が重要であるとの指摘はなるほどと思う一方、その合意形成とはいかなるものであるか、また、憲法の(形式的)改正がなくてもその合意により相当程度のことがなし得るとして、それは憲法の守備範囲を狭くしてその分だけ硬性性を高めるものだと思いますが、そうしたマイクロカーネル的考えの妥当性については、さらにつっこんだ議論が聞いてみたい気がします(ジュリストの紙幅はそれほどないですから)。
阪口正二郎「立憲主義のグローバル化とアメリカ」(pp35-41)
アメリカ(特に現ブッシュ政権)の単独行動主義について、立憲主義と民主主義の対立という視点を提供しているのはとても興味深いです。「立憲主義」「民主主義」自体に多様性があるので(特に死刑廃止を「立憲主義」の構成要素と整理するのはいかがかと思います)、これだけに囚われるべきではないのは無論ですが。

つづいて、「II 憲法改正の必要性と妥当性:個別論点の考察」です。

西原博史「憲法裁判所制度の導入?」(pp42-50)
違憲判決がドイツやアメリカに比べて少ないことのみをもって日本における違憲審査制の実際は、機能不全というに近い状況だろう(p42)とするのは安直に過ぎるのではないでしょうか。特に内閣法制局の働きに注目して内閣提出法案の憲法不適合が‐皆無か否かにはもちろん争いが大きいが‐それなりの範囲に収められてきたという事情がある(p46)なら、皆無かどうかで争いが起きるぐらいなのですから、現憲法下で6例しかないこと=機能不全ではないでしょう。それとも内閣法制局がなく十分な検討がないまま法律案が提出され、最高裁が毎年数件も違憲判決を出さなければならないような状況が望ましいのでしょうか? というわけで、galaxykikiさん、一度お目通しされてはいかがでしょう?
岡田信弘「首相公選制」(pp51-58)
政治家をはじめとする非憲法学者の議論も丹念に取り上げうまく整理している点はよいのですが、憲法との観点でこれを論じるのであれば天皇制から逃げるべきではないでしょう。
大橋洋一「地方分権と道州制」(pp59-66)
道州制という関心事項先にありきのような気がします。憲法上の論点がないとは言いませんが、他のテーマに比べればこの特集に入っていることの必然性が感じられません。
元山健「両院制」(pp67-73)
イギリスの貴族院の歴史を丁寧になぞっている一方で、参議院の議論がいかにも通り一遍であるように思います。自民党の事前審査と党議拘束の問題は、そもそも事実関係に誤りがありますし(どちらも自民党が参議院で過半数割れとなった1989年以前から存在します)、衆参の機能分化は憲法以前にまず習律、ついで法律・議員規則からというのであれば、参院の決算審査重視という最近の試みをまずは分析する必要があるでしょう。
蟻川恒正「立憲主義のゲーム」(pp74-79)
タイトルからはわかりづらいですが、憲法機関としての天皇と自然人として当該機関を担う一個人との関係についての挑戦的な議論です。内輪のオタク話ではありますが(笑)、知的興奮を十分満喫させていただきました。webmasterとしては今回の特集中の一押しとしたいテキストです。
井上典之「平和主義」(pp80-87)、藤田久一「平和主義と国際貢献‐国際法からみた9条改正論議」(pp88-94)
憲法学界の問題を個人に帰するのもなんですが、憲法学界の主流がかつて第9条第2項を準則と解して自衛隊違憲論を唱えていたことの総括なくして第9条を語っても、外部からは説得力を感じません。新旧憲法の変更に当たって、多くの憲法学者が恥ずかしげもなくご神体を取り替えたとは上記著作で長尾先生が指摘しているところで、その意味では第9条以前からの話なのかもしれませんが、自民党に代表されるいわゆる保守勢力が事実をなしくずしにしていると論難し、その事実に抗し得なくなると何のけじめもつけずに転向し、それを恥じて黙するならまだましですが、理想を追求しつづけていたからいわゆる保守勢力をある程度抑制できたのだと過去を正当化することは、傍から見て信頼に足るはずもないのですから。
小山剛「新しい人権」(pp95-103)
各人権をどうするかという議論よりも、憲法の人権規定の性質そのものをより掘り下げる方向性はいいと思います。さらにその中で、憲法改正論では、新しい人権条項を加えることに目が向いているが、反対に現行の人権条項をどこまで簡素化できるかと考えた場合、若干の包括的規定さえ用意すれば、表現の自由や生存権といった重要な条項を削除しても、憲法改正の限界に抵触することにはならない(p102)と内輪においても思考の枠組みを問い、他方でドイツでの州憲法制定時の実態から、新しい人権を規定する場合に現実には、個別利益の政治力によって決まることも免れないのであろうが(p103)とさらりと触れるあたりに、優れたバランス感覚を見る思いです。
小泉良幸「国民の義務と,愛国心」(pp104-110)
冒頭に、憲法での義務付けへの伝統的な学界の反論を紹介しつつ、このような応答は、おそらく説得力をもちそうにない(p105)として議論を展開していく姿勢に好感を持ちます。その結果が思想の自由の再検討の必要性の認識というのは、今の憲法学が直面する課題の深刻さを端無くもあらわしているのでしょう。
本秀紀「政党条項‐『憲法的編入』の意味と無意味」(pp111-120)
現憲法に政党条項がない理由として、条項を設けないことにより積極的に自由を保障したのだということは納得ですが、戦前の政党政治の衰退がドイツとは異なり「上から」の政治的抑圧(p119)だったからそれでよかったのだというのはあまりに表面的ではないでしょうか。例えば統帥権干犯問題は、当初は単なる軍部のみの特殊な意見で省みられていなかったものを、犬養毅率いる政友会が時の与党を攻撃するというまったくの党利党略で憲法秩序に組み入れてしまったわけです。むしろ反省の対象として軍部、とりわけ陸軍に責任を押し付けた政党人の都合ともいえますし、(憲法事項ではないでしょうが)ガバナンスについての法的枠組みまでなおざりになってしまったことを考えれば、それほど肯定的にのみ語りえるものでもないでしょう。
山元一「憲法改正問題としての国際機関への権限委譲‐『国家主権』における≪実質的思考≫と≪形式的思考≫」(pp121-129)
フランスでの議論はwebmasterの理解が及ぶところでなく、したがって議論の中心部分についてコメントはできませんが、その日本への適用として語られる、アジアにEU的な国際機関が成立したと仮定した際にそこでの立憲主義が民主主義と素朴に接続し得るとの想定は、楽観的に過ぎるように思います。

[misc]バジルポテト復活@First Kitchen

たまたまFirst Kitchenに行ったらうれしいものを見つけました。

これ以外に復活してほしいのは、マックのチキンタツタです。チキンタツタそのものも良かったのですが、せめてあのバンズを使ったメニューを出してくれないかなぁ・・・。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

an_accused [ 小山論文と小泉論文は面白そうですね。  就職して依頼、職務に直接関連しない雑誌論文を読むことなどなかったのですが、..]

bewaad [私も就職後ジュリストを買ったのは初めてです、って学生時代にも片手で足りるほどしか買ってませんでしたが(笑)。 小山..]

タンク ソロ ウォッチ、sm [1980年代のオーデマピゲ 回りがダイヤ 金 文字盤ブラック メンズ [url=http://www.blacke..]


2005-07-04

[WWW][government]落合弁護士への反論

先だって取り上げた総務省・情報フロンティア研究会報告書について、ITmediaニュースにて総務省の担当者が報道はミスリードであるとの説明をしていますが、それは論点のすり替えであると落合弁護士が指摘しています

落合弁護士の論拠は共同通信記事で、その内容が正しいことが条件となりますが、その条件が満たされている証拠として、落合弁護士はもし、本当に総務省が「ネットに匿名性は不可欠」と考えているのであれば、上記の共同通信の記事は、明らかに「誤報」であり、当然、厳重に抗議するなどして謝罪、訂正を求めるべきですが、そういった動きがあった形跡は何らありません。そういった動きがないこと自体が、総務省の真の意図が匿名性の排除にあることを示していると言えるでしょうとしています。

まず、共同通信記事のすべてが正しいわけでなく、少なくとも一部に誤報が含まれている可能性が極めて高いことを見てみます。当該記事には、総務省は27日、自殺サイトなど「有害情報の温床」ともいわれるインターネットを健全に利用するために、ネットが持つ匿名性を排除し、実名でのネット利用を促す取り組みに着手する方針を固めた。という記述があります。ところで、この記事が最初に配信されたのはこのyahooのページを信じるなら6月27日の午前8時39分、それが同9時36分に更新されたとのことです。

まず、8時39分という定時前に、こんな緊急対応案件でもない話について総務省という組織としての決定(実質的には大臣の了解、形式的には決裁の完了。この記事がいずれを指しているのかは知りませんが)をすることは、あり得ないといってかまいません。最初の配信内容が確認できないので、8時39分には「固める予定」で9時36分に「固めた」というものだったのかもしれませんが、にしても取材と配信との間にはタイムラグがあるはずで、このような決定がそのような時間に行われた可能性はきわめて低いものです。

#webmasterの勝手な推測では、出勤途中の総務省関係者か研究会構成員に取材をした結果を配信したのではないかと思います。

さらに、総務省が抗議したかどうか、例の朝日対NHKのような事例ですらメディアは誤報を認めやしないというのに、この程度の「誤報」をそれと認めて謝罪・訂正することなどあり得ないので(特に相手が叩いても怖くない霞が関なら(笑))、少なくとも謝罪や訂正がないことは抗議がなかったことの証拠にはなり得ません。というか、決めてもいないことを決めたと報道されることなど霞が関では日常茶飯事ですから、いちいち抗議しなかった可能性もありますが、その場合抗議がなかったとしても内容が正しい保証にはなりません。

#毎週月曜日は次官の定例会見日ですから、27日にこれについてのやりとりがあればよいのですが、まだ会見の模様がサイトに掲載されていないので確認できません(会見は行われなかったのかもしれませんが)。

もちろんこのような研究会が自主的に立ち上がったわけではなく、総務省としてもそれなりの思惑があったであろうことはwebmasterも否定しません。しかしこと本件について言えば、前回考察したように総務省の思惑を外れた部分があったことをうかがわせる事情はあります。そうした情報の検証なくして、一方的にITmediaの記事(こちらは記名記事、ソースも顕名です)は信頼できないとし、他方で共同通信記事に100%の信頼を寄せるのはいかがなものでしょうか。

ITmediaの記者(岡田有花・・・どこかで聞いたような名前ですね)も含め、上記のような巧妙な論点のすり替えに幻惑された方が少なくないようですが、落ち着いてよく考えてみたほうが良いと思いますとのことですが、webmaster以外にも、例えばITmediaの記事で紹介されている(なぜかサイト名等は伏せられているので、知る人ぞ知るものにとどまっていますが)徳保さんのページのように、ITmediaの記事に先立って報道に疑義を評しているものはあるわけで、落ち着いてよく考えるべきなのはいずれかと感じざるを得ません。

落合弁護士は裁判に携わる身で、しかも検事からの転身です。そのような経歴の方が、一次ソースに当たる人間を「論点のすり替えに幻惑された」と決め付け、他方でご自身は報告書に当たられた形跡もないというのは、落合弁護士のおっしゃる一つの見方の説得力を減じさせるに過ぎないものだとwebmasterは思います。

[comic]現在官僚系もふ・第15話

今回はそんなに悪くないと思います。予算の1次ヒアリングでああいう対応はないでしょうけれど、許される脚色の範囲内かと。

むしろここまで「全面戦争」(たかがリークで大げさな話ですが)をあおっておいて、どうやって治めるかの方が気になります。何か妙な解決手段が出てくるような不安が・・・。

[comic]現在官僚系もふ・第1巻

pogemutaさんから指令が出たので買ってきました。財務省潜入レポートの様なものは全2ページ、建物の印象と、サンダルはいてジャージ着て、エアコンが切れた後用に自腹で扇風機等を買ってます、というもののみで、確かにこれで525円は高いといわざるを得ないでしょう(笑)。

ちなみに最後の広告ページに27歳会社員の意見として、「現役官僚こそ読め!!」とありますが、ネットをやっている連中はご案内のとおり読んでます、はい。ある意味皆様より熱心に(笑)。

本日のツッコミ(全1131件) [ツッコミを入れる]

Before...

RobertPt [fyft3o porrgs 3c7vg6 obsb6l 53euc7 7l8r33pau3m5p6n tvei72f..]

JoshuaCORS [vfr5sf g1kevg ambz4l 1 6df44 sljc5g 7j d6eoaklkiixay v2h0u..]

&#48;&#48;&#32;&#24499;&#27704;&#39881;&#12398;&#12412;&#12426;&#91; [<a href="http://varshaeng.com/wp-wank.php?do11=10399">)602..]


2005-07-05

[law]人権擁護法反対論批判 マスメディア編(その3)

今回は、城内実「『人権擁護法案』ナチスも真っ青の危険性‐新聞・テレビはなぜ報じないのか」(月刊現代2005年8月号、pp200-205)を取り上げます。

  • 「人権擁護法案」の最大の問題点であり、最大の欠陥は、「人権擁護」の根幹である「人権侵害の定義」がきわめて曖昧なことだろう。/たとえば、「人権擁護法案」の第2条には「人権侵害とは不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為をいう」とある。曖昧な表現でしかない。また「その他の」以外にも「準ずる」「等」と具体性に欠けている。(p200)
    人権擁護法案が成立しなければ人権擁護行政は現行のままということになりますが、であれば「人権侵犯事件に係る調査並びに被害の救済及び予防に関すること」という法務省設置法第4条第26号のみが根拠規定となり、よほど曖昧な現状が維持されることになります。一切人権擁護行政をすべきでないという前提で、人権擁護法案への反対と同時に当該号の削除を提案しない限り、主張が矛盾しています。現行人権擁護委員法についても、「人権擁護委員は、国民の基本約人権が侵犯されることのないように監視し、若し、これが侵犯された場合には、その救済のため、すみやかに適切な処置を採るとともに、常に自由人権思想の普及高揚に努めることをもつてその使命とする」とか規定されている(第2条、強調はwebmasterによります)のを改正しなくてよいのでしょうか(笑)。
  • さらに具体的な人権侵害のみならず、「人権侵害を助長し、もしくは誘発する行為」というのも対象になっている。どういう場合に救済できるかというと人権侵害の「おそれがある時」「その予防を図るため」でもできる、という。このような杜撰な法案が、なぜ内閣法制局を通ったのか不思議でならない。(p201)
    他人をずさんだと非難するなら、通常そのままの引用を示すかぎ括弧つきでの引用をもっと正確にしてもらいたいものです(霞が関出身のくせに)。「人権侵害を助長し、若しくは誘発する行為」は第41条第1項第2号の規定、「おそれがあるとき」は第38条第1項、「その予防を図るため」に至ってはそのような文言は存在していません。百歩譲って一般救済ないし差別助長行為等に対する特別救済を念頭に置いているものと想像を働かせても、一般救済は現行人権擁護委員法なみですし、差別助長行為等は部落地名総監等の出版か、今後差別的取扱いを行う旨の意思表示ですから、どういう場合に救済できるかは明らかです。
  • 例えばCという人物がDさんという人物の言動をあげつらい、「Dは私の人権を侵害している」と、地域にいる人権擁護委員に申し立てをすれば、その主張が客観性を著しく欠いたものであったとしても、Dさんは司法の手続きもないまま人権委員会から出頭命令を受けることになる。裁判所の許可すら必要ない。日本国民である以上、だれもがDさんのように、身に覚えのない「人権侵害」のために、人権委員会から出頭命令を受ける立場に立たされるかもしれない。(p201)(この部分を含む「法の下の平等に反する」と題されたパートのほとんどに以下の指摘は妥当しますので、この部分で代表しました)
    出頭は第44条第1項第1号に規定されていますが、現状から比べれば、勧告に意見聴取が前置されている分だけデュープロセスとしては改善されています。出頭して質問された際なのか別途の機会なのかにかかわらず(任意で意見を聴きたいから来てくれといっても来なければ、出頭を命じるか出向く(=立入検査)かをしなければならないわけで、この両者に大差はありません)、意見聴取されなければ勧告は出されないことが法律上明らかですが(第60条第2項(第64条第2項で準用する場合を含みます))、現行の人権擁護行政においては、出頭命令どころか身に覚えのない人権侵犯のために勧告までなされることが制度的にはあり得るわけで、よほど濫用のおそれがあると言えます。
  • 人権委員会ができれば、現在の法務省人権擁護局は発展的に解消され、人権委員会事務局という巨大な組織ができるはずである。さらに法案には、現在、全国に1万4000人いる人権擁護委員を2万人にすることが盛り込まれている。(pp201,202)
    人権擁護法案の本則・附則のどこにも総定員法の適用除外規定など存在しませんが、どうやったら巨大な組織になるというのでしょう。人権擁護委員については、「人権擁護委員の定数は、全国を通じて2万人越えないものとする。」(人権擁護委員法第4条第1項)と「人権擁護委員の定数は、全国を通じて2万人を超えないものとする。」(人権擁護法案第24条第1項)で何か変わりましたか?
  • この巨大組織の頂点に立つ人権委員会は、各地域に配属された2万人もの人権擁護委員に寄せられた事案を精査し、「人権侵害に当たるかどうか」を自ら判断する権限を持っている。人権問題というものは、司法的な手続きによって慎重に判断し解決するべきなのに、人権擁護法案では5人の人権委員の判断によって対応しおうという。(p202)
    現在の法務省内規では、法務局長や地方法務局長が1人で判断する権限を持っているので、改善にしかならないのではないでしょうか。
  • 人権擁護委員の選任基準も、きわめて不透明である。人権擁護委員の政治的中立性を担保するための規定もないし、人権委員会は、市町村長の推薦がなくても、人権擁護委員を委嘱することができるとされている。/これでは、ナチスのような政党が政権を取ったら、人権擁護委員全員を党員にするということにもなりかねない。(p202)
    現行の人権擁護委員とは異なり人権擁護法案に規定する人権擁護委員は非常勤の国家公務員になるので、国家公務員法に基づき政治的中立性が担保されます。委嘱権限については、現行の人権擁護委員法においても法務大臣が市町村長の推薦がなくてもすることができます(第6条第5項)。ナチスのような政党が政権を取るようなら、現行制度でも同じことです。
  • 左右いずれかは別にして、また日本が、全体主義の波に飲み込まれるような時代がくれば、時の政権に対して批判的な言動をする人物を、全国に散らばっている人権擁護委員が”摘発”するような恐ろしい事態になるかもしれない。(p202)
    人権擁護法案はたかだか勧告の公表までです。それが軽いというつもりはありませんが、全体主義政権による弾圧を警戒するなら、オウムのような別件逮捕・微罪逮捕による”摘発”をこそよほど防止すべきでしょう。
  • しかし、「パリ原則」の真意は、民主主義が発達していない途上国などにおいて、政府が国民の人権を侵害しないように独立した人権救済機関を設置しなさい、ということなのである。/(略)/民主主義が高度に発達した日本は、そもそも「パリ原則」が想定しているような国々には当てはまらない。(p202)
    現行の人権擁護行政の下でも、刑務所での人権侵犯に対して勧告が行われていますが、いつ刑務所まで民営化しました?(笑)
  • アメリカには人権委員会のような組織はない。/(略)/イギリスも同様である。/(略)/ドイツにはこうした機関はまったくない。/(略)/いま日本政府がつくろうとしている包括的な機構を持ち、かつ司法手続きを経ずに国家権力である行政府が人権侵害があったか否かを判断するような機関を持つ国は世界中のどこにもない。(pp202,203)
    城内議員の先の指摘を受け入れて先進国に比較対象を限るとしても、カナダやオーストラリア、ニュージーランドにはあるようですが。
  • 人権侵害の問題を解決するためには、本来なら国内の人権侵害の実態はどうなっているのかをもっと具体的に調査・検討してから、その救済方法を考えていくべきだろう。(p203)
    1年8ヶ月以上の時間をかけて35回の会合を開催し、パブリックコメントを募集してさらに公聴会まで開催した人権擁護推進審議会の実績をご存じの上でのご主張ですか?
  • そして法務省に対して、私たちの手でまとめた法案のイメージを提出してみたところ、回答は、一番問題にしている「人権侵害の定義の明確化」と「人権委員会の権限の縮小化」について、原則対応不可能というものだった。/(略)/そもそも、「人権擁護法案」は平成14年(2002年)の臨時国会で実質審議入りしたものの、「人権委員会の独立性が確保できない」と野党が修正を求めたため、一度は廃案になった。/ところが、連立与党内では、「与党人権問題等懇話会」(座長古賀誠・元自民党幹事長)メンバーが「人権擁護法案」の成立に異常なまでの情熱を傾け、再び同法案の今国会での提出と成立を目指し、党執行部に働きかけており、予断を許さない。(pp203,204)
    省略後の部分を素直に読めば、人権委員会の独立性の低さ故に廃案になったものを、そのまま再提出するのはおかしい、つまり人権委員会の独立性を高めよという意味にしか解せません。他方で省略前の部分では、人権委員会の権限の縮小化を主張しています。論理的には独立性は高いけど大した権限を持たないという存在があり得ないわけではありませんが、人権委員会が三条委員会であることについて城内議員は法務大臣の指揮監督を一切受けない、”独立機関”として強い権限を持つ(p201)と書いてらっしゃいますので、常識的に独立性=強大な権限と理解されていて、それに反対しているはずです。敵の敵は味方というのも一つの考えですけど・・・。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

本編
前編(3/13)後編上(3/14)後編下(3/15)趣旨説明編(3/29)faq編(4/9)
リジョインダー編
1(3/17)2(3/18)3(3/19)4(3/20)5(3/21)6(3/22)7(3/27)8(3/30)9(3/31)10(4/2)11(4/4)12(4/5)13(4/8)14(6/11)15(6/30)16(7/2)
法案分析編
1(3/24)2(3/26)3(4/1)4(4/10)5(4/11)6(4/14)7(5/21)
正誤訂正編
1(3/25)2(4/6)
百地教授編
1(4/20)2(4/21)
マスメディア編
1(6/10)2(6/14)

[BOJ][government]桜井慶二「内幕ドキュメント/谷垣財務相への直訴はにべもなく却下された/日銀激震福井総裁『恥辱の大敗北』‐独立性はいまや風前の灯火‐」

引き続いて月刊現代8月号からですが(pp126-132)、あくまで内幕ものですのでその真偽はわかりません。しかし、次の記述は嘘であってほしいです。

慎重な言い回しながら、要するに、金融経済情勢が改善しているので、もはや「量にはこだわらない」という姿勢を伝えている。とくに「市場機能を殺す」というくだりに、総裁のタカ派への変身を感じ取った市場関係者が多かった。

それだけにとどまらない。別の関係者は「実は、福井総裁は”隠れ超タカ派”なのです」と内幕を語った。

「表に出る講演や記者会見では、総裁が極端なタカ派だとわかるような言葉は出てきていません。ところが一歩、日銀の建物に入ると、総裁の口からは周囲に対して『早く、金利を復活したい』といった言葉がポンポンと飛び出している」

(pp127,128)

#この期に及んで「国を売るのか、円安介入/円は基軸通貨になれる」(Voice 2005年7月号)と題した対談を脳天気にしている前任者と同類ってことですからねぇ。リフレ派の中でもwebmasterは福井総裁に点が辛い方でしたが、それでも前任者よりはましだと思ってたのですが。

この記事を信じるなら、日銀を押さえ込んで逆レジーム転換を防止した財務省はよくやったということになるのですけれども・・・。

[government][game]財務大臣になって予算を作ろう!

やっぱりダメなところはダメなままです、財務省。

防衛予算費を50%アップ

地方交付税、ODA予算、公共事業を半減

税制改革で大増税

という、無茶苦茶な予算を作ったら、剰余金が出たと褒められました。

というpre-juristさん

増減幅が5段階の10〜50%ってでかすぎじゃないですか。20段階の1〜20%くらいにしましょうよ。ためしに公共事業を40%減らしてみたら、町から橋が消えました。

どうも大幅増税をするといい結果が出るようです。さすが財務省

というどろっぷさん

もうちょっとシムシティ臭いと(増税でブーイング、かなりの増税で暴動とか。イメージは2000の月ごとの新聞です。おもしろいのですが。

というt9930211さん、みんなまだ財務省を甘く見すぎです!

全歳出50%カット、増税50%の組み合わせでもgood endですよ!!

#財政政策と金融政策の車の両輪がそろって本田透さんのいう「期待を裏切り予想を裏切らない」いいコンビですね(泣)。

[government]お役人様頑張って!さんのご質問への回答

#本エントリは施設整備費の理解の誤り等がありますので、翌日のエントリもお手数ですがご覧いただきたく存じます。(7/6追記)

霞が関を代表する立場にもないので、すべて私見です。

(Q1)マスコミの報道では「福利厚生費」ではなく、「事務費」からの支出だと報じています。これは誤りでしょうか?(webmasterが「給料や福利厚生費等を保険料からまかなうことは法律上認められています」と書いたことについてのご質問です。Q2において同じです)

まず、webmasterが出した「給料や福利厚生費等」という例は、厚生保険特別会計業務勘定の歳出がいかなる名目で行われているかについて裏を取って書いたものではなく、そのような性質の支出が認められているという趣旨だったことをお断りし、ミスリードな記述であったことをお詫びいたします。

続いて回答ですが、メディアの報道において、ぐぐって最も詳しく歳出科目を書いていたのは週刊ポストの記事でしたが(webmaster注:リンク先はGoogleのキャッシュです)、そこには最も多いのが研修にやってくる職員たちの旅費、つまり慰安旅行の交通費の約2億4000万円。教材費(研修費)9700万円、体育教師など外部講師への謝礼が2280万円などとなっている。/研修生(職員)には給料の他に1日2000円の手当がつくが、それも国民の年金保険料から支払われる。3か月間の総合実務研修を受ければ手当は約18万円になり、ゴルフのプレー代にすれば10回分ほどになる仕組みだ。研修期間中、ほぼ毎週、ゴルフ場に行くことができる手当となっている。これこそ年金丸抱えのゴルフ旅行ではないか。/教材費の中身を知ってもっと驚いた。秘密のゴルフ練習場のボールはもちろん、なんとゴルフクラブの購入費まで年金のカネが流用されていた。ゴルフ場のネットの補修や体育館、グラウンド、テニスコートのメンテナンス費用も、もちろん年金のカネだとあります。

これらの支出は特別会計予算書上「業務取扱費」の内訳(正式名称では「研修旅費」「研修庁費」「諸謝金」等に該当すると察します)となっていますので、それを「事務費」と呼ぶのであれば、誤りではありません。

なお補足として、1つにはwebmasterが書いた給料(「職員基本給」「職員諸手当」等)は同じく「業務取扱費」の内訳ですが、他方でお役人様頑張って!さんが以前に指摘された社宅については、別の科目「施設整備費」の内訳ですので、これはメディアが言う「事務費」には該当しないと解すべきではないかと思いますし、2つには橋本内閣時代の財政構造改革以降、それ以前は一般会計で負担していた部分について厚生保険特別会計等の負担に移管された部分があるとのことです。

(Q2)「福利厚生費」という勘定はありますか?

Q1の回答に書きましたように、そのような名称の科目はありません。支出の性質に応じて、Q1への回答中の各科目や庁費等の内訳になっていると思います。

(Q3)私人ではなく官僚と言う立場から見ても「不適切」なのでしょうか?(webmasterが「それらの支出として不適切な内容も含まれていたと思いますが」と書いたことについてのご質問です。以下Q13(最終問)までにおいて同じです)

webmasterのいう「それらの支出」とは、お役人様頑張って!さんの挙げたゴルフボールとミュージカルチケットですが、実はそれがどのようなものかきちんと調べもせずに「不適切な内容も含まれていたと思います」と書いていました。その点をまずお詫びいたします。

で、調べた結果ですが、まずゴルフボールは、社会保険大学校の施設であるゴルフ練習場の備品ということで、同大学校における研修に用いられているのであればカリキュラム等を見て、純粋なレクリエーション施設であれば適正な対価を徴収しているかどうか等を踏まえ、その是非を判断すべきことだと思います(ちなみに同大学校を視察した市村浩一郎衆議院議員広中和歌子参議院議員(いずれも民主党)は、一部マスコミで話題になったゴルフ施設も見てまいりましたが、さほど問題にするようなものでもなく、簡易な作りのものでした。現在は使用を止めていました。むしろ問題なのは広大なグラウンドと体育館なのではないでしょうか。社会保険大学校では、研修中の体育の授業もあるようですが、使用頻度は低いようです(使用を止められるぐらいですから必須ではなかった蓋然性は高いですが)、社会保険大学校には研修施設以外に300の宿泊室、それに体育館、テニスコート、ゴルフの練習場がある。批判の的になっているゴルフ練習場は家庭用に毛が生えた大きさ。現在はネットを外してベンチを置き、小さな憩いの場になっていたと評しています)。

またミュージカルチケットは、多くの周辺情報はあれどこれぞというものがなかったのできちんとしたソースは示せないのですが、国家公務員共済組合法第98条第1項に規定する福祉事業として行われているようです。同法第99条第2項第4号において、福祉事業については共済組合と国で費用を折半することとされていますので、他の費用の不正支出(最近の例で言えば国土交通省の出先機関の事例(これは報道を見る限り、共済ではなく正面からの福利厚生の対象のようですが)など)でなければ、法律上は合法のようです。

以上から、「官僚と言う立場」を制度的にどうかというご質問と解した上で、必ずしも不適切とは断言できないと思います。

(Q4) 「不適切」というのは、(倫理的にではなく)法律的にでしょうか?

Q3への回答のとおり、法律的に不適切である可能性もありますが(不正使用の場合等)、そうでない可能性もあります。

(Q5)「不適切」であるなら、誰かが処分される可能性はありますか?

法律的に不適切な場合であれば処分の対象となります。

(Q6)社保庁の勘定の規定と、他の省庁のそれとは違うのでしょうか

細目の違いはあるでしょうけれど、概ね同じだと思います。

(Q7)他の省庁の事務費も同様な使い方をしているのですか?

Q3やQ9への回答のとおり、全てかどうかはともかく、他省庁にも同様の事例は存在します。

(Q8)社保庁はこの様な使い方が法律の規定に即していると考えていたと思われますか?

不正支出等がなかったのであれば、既述のように規定に則していると考えていたと思います。

(Q9)社保庁はこの様な使い方が法律の趣旨に即していると考えていたと思われますか?

ゴルフボールについては、先ほどのように研修カリキュラム等と総合的に評価して有効であるなら趣旨に則しているでしょうし、そうでないなら則していないということになります。

ミュージカルチケットについては、福祉事業が組合活動の結果充実してきたという経緯があり(例えば全農林は2000年春闘要求まで、公務員のレクリエーション等は、使用者、共済組合等がそれぞれ主催し、または共催しア.運動会・文化祭等の開催、イ.演劇・映画等の観賞、各種講習会の開催、ウ.サークル等による各種競技大会、展覧会、囲碁・将棋大会等を実施している。しかし現状では、近年の公務員に対する国民世論の動向や、これら行事を実施するための施設・予算が不十分なことから、十分な活用がはかられているとはいえない。このため、必要な予算の増額や施設の改善及び情報提供等、レクリエーション実施のための条件整備を求めているといった要求をしていましたが、2001年以降はそのような要求はしていません)、趣旨そのものの是非をとりあえず脇に置けば、趣旨に則してはいたのでしょう。

(Q10)社保庁はこの様な使い方が国益に即していると考えていたと思われますか?

Q8及びQ9への回答のとおり、(不正支出等がなかった前提で)法律に基づく支出ですから、その法律が立法府で適当と判断されて成立していることに基本的に疑問は持っていなかったと思います(個人として疑問を持っていた職員がいたであろうことは否定しません)。

(Q11)これらについては長官辺りがダメ出しをして取り止めたと聞いていますが、人権委員会は独立性が高いそうですが、ダメ出し出来る人はいるのでしょうか?(早急にかつ恒久的に改められるかどうかなので、裁判以外の方法でです。裁判は個別の案件についてだけですよね?)

ものによります。例えば独立性が高いと言っても国会の予算統制には服しますので、ここまで論じたような話であれば国会がダメだし可能です。他方で人権侵害に係る判断については、近い将来an_accusedさんのエントリへのリジョインダーを書く予定ですので、それをお待ちいただければと思います。

(Q12)以前にbewaadさまに「社保庁は保険料(事務費)でゴルフボールを買うでしょうか?」と質問していたら「あり得る」と答えていたと思いますか?

Q1で書いたように不勉強でしたから、その質問を受けた際に今回のように裏取りをせずに予断を垂れ流したとすれば、あり得ないと答えていたと思います。

(Q13)bewaadさまが法律を検討していれば、社保庁がこの様な事をする『可能性』について予見できたと思いますか?

ゴルフボールについては、法律事項というよりはむしろ予算事項(念のため申し上げておきますと、いずれも立法府の判断を行政府が遂行するもので、行政府への拘束力に優劣はありません)ですから、ゴルフ練習場が整備されたらしい平成6年の社会保険大学校移転時に予算を担当していれば(=大蔵省主計局の厚生係や厚生省の会計課(いずれも名称は当時)等に所属していれば)予見できたと思います。

ミュージカルチケットについては、昭和33年の国家公務員共済組合法制定時(先に紹介した第98条第1項はそれ以降改正されていません)には予見できたと思いますし、労使交渉を担当していても同様だったと思います。

P.S. 厚かましいのですが、どうしていればこの様な事が防げたのかについてコメントを頂けると、嬉しいです。

まず簡単な方から、ミュージカルチケットについてはどうやっていても防げなかったのではないかと思います。先に紹介したとおり組合が主導する部分があったわけですが、いわゆる55年体制下で社会党(当時)が当然ながら後押しし、自民党でもそれぐらいならいいんじゃないという判断があって始まったことと思われます。それが労働運動の退潮、不祥事や民間の労働条件が相対的に悪くなることによる「近年の公務員に対する国民世論の動向」等により許容されざるものとなったのだと思われます。もちろん制度成立時においてもけしからんという人がいたであろうことは否定しませんが、昭和30年代においてはそうした人々が多数派になり得た可能性はそれほど高くないのではないでしょうか。

ゴルフ練習場(備品であるゴルフボール等も含む)については、民主党議員の「簡易な作り」「家庭用に毛が生えた大きさ」という評価がどれほど適切なのかはわかりませんが、かえって体育館等の別の施設の方が問題ではないか、という意見もあるわけです。民間準拠なのか体を動かすことに教育的効果を認めているのか定かではありませんが、例えば人事院の(一般用)公務員研修所にも体育館やグラウンド、テニスコートが設けられており、およそ認められるべき合理性がゼロというわけではないのではないのでしょう。その合理性へのハードル(省内での要求案審査、大蔵省(当時)の査定、与党の部会審査、国会審議等)がもう少し高ければ、別の施設が作られなかったのかゴルフ練習場が作られなかったのかはともかくとして、支出がより少ないものとなっていたのではないかと思います。

[misc]クリステル姉さまのシャツ

くりろぐに見る先週金曜日のシャツですが、デザインが非常にツボにはまりまして、メンズで同じようなものがあればクールビズで是非着てみたいです(webmasterが着て似合うのか、という根本的な問題がありますが(笑))。ブランドが何かをご存じだとか、似たようなものを(もちろんメンズでですが)見かけた、といった情報がありましたら、お寄せいただけますと大変ありがたいです。

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2005-07-06

[government]再びお役人様頑張って!さんへの回答

昨日のエントリに対して、下記のように再度ご質問をいただきましたので(改行には手を入れ、また前回とは異なり問いが分かれていませんでしたので、webmasterの判断で分けました)、以下のとおり回答させていただきます。なお、前回はご質問の趣旨をきちんと理解しておらず再度のご質問の労をおかけし、また、裏取りが不十分であったことによる事実誤認もあり、まずこれらについてお詫びいたします。

1つ目のご質問

「福利厚生費」(相当)を年金から支出するのは、認められているのですね。それなら、社会保険庁の行動は『法律上は』問題が無いのかもしれません。(社宅を除けば?;後述)

しかしながら、法律(国民年金事業の事務費に係る国庫負担の特例)の作成者は社会保険庁のこの様な行為を想定していたのでしょうか?少なくとも私には「事務費」という名目で、社宅やゴルフボールやチケットを買う事は、想定出来ませんし、国民の多くはそれを許容していない(国益には適っていない)ように感じます。

ご指摘の法律を検索したところ、いわゆる財政構造改革法(財政構造改革の推進に関する特別措置法)附則第4条により追加された国民年金法附則第9条の3の3のように思われますので、その前提で以下検討を進めます。もし間違っていたらご指摘下さい。なお、同条は次のとおりです。

(国民年金事業の事務費に係る国庫負担の特例)<br >第9条の3の3 平成10年度から平成15年度までの各年度における第85条第1項の規定の適用については、同項中「国民年金事業に要する費用(次項に規定する費用を除く。以下同じ。)」とあるのは、「国民年金事業に要する費用(次項に規定する費用を除く。)」とする。

条の見出し、ここでいえばお役人様頑張って!さんが引用されている「国民年金事業の事務費に係る国庫負担の特例」ですが、これは条の概要を示すものです。ではこの条文、つまり単に「以下同じ。」があるかないかでそのような効果が生じるかを説明しますと、この条が対象とする第85条第1項の後で「国民年金事業に要する費用」という用語が出てくるのは第87条第1項で、その規定は次のとおりです(以下、条文の引用については見出しは略します)。

第87条 政府は、国民年金事業に要する費用に充てるため、保険料を徴収する。

つまり、この附則第9条の3の3がなければ、第85条第1項でいう「次項に規定する費用」に充当するためには保険料を徴収できませんが、本条により「次項に規定する費用」に充当するためにも徴収してよいということになります。第85条第1項から見ての「次項」、つまり第85条第2項に規定する費用こそが「事務費」、同項の文言を用いれば「国民年金事業の事務の執行に要する費用」なのです。

昨日webmasterは特別会計予算をベースに回答しましたが、ちなみにこの国民年金法の改正にともなって特別会計法が併せて改正されています(財政構造改革法附則第5条)。昨日は厚生保険特別会計を念頭に回答しましたが、意味するところに変わりはないので国民年金特別会計法を見ます。同法の付則第7項として次の規定を加える改正が財政構造改革法においてなされました。

7 平成10年度から平成15年度までの各年度における第4条第1項及び第6条の規定の適用については、同項中「国民年金事業の福祉施設に要する経費」とあるのは「国民年金事業の業務取扱いに関する諸費若しくは同事業の福祉施設に要する経費」と、同条中「国民年金事業の福祉施設に要する経費又は」とあるのは「国民年金事業の業務取扱いに関する諸費若しくは同事業の福祉施設に要する経費又は」とする。

第4条第1項は国民年金勘定の歳入歳出、第6条は業務勘定の歳入歳出を規定しています。平成10年度から平成15年度までの期間に限り、第4条第1項の規定を変更することにより「国民年金事業の業務取扱いに関する諸費」を国民年金勘定の歳出(業務勘定への繰入金)とすることとし、第6条の規定を変更することにより「国民年金事業の業務取扱いに関する諸費」を業務勘定の歳入(国民年金勘定からの受入金)とする規定ということになります。

#補足しておきますと、国民年金勘定は受け取った保険料を積み立てて運用し年金の支払いに回す部分の経理をする勘定、業務勘定はそれを含む国民年金特別会計の他勘定で経理される業務の運営のための人件費・物件費等を経理する勘定です。

したがって、これらを併せ読めば「事務費」=「国民年金事業の事務の執行に要する費用」=「国民年金事業の業務取扱いに関する諸費」ということになり、さらに毎年度の予算を見れば、=「業務取扱費」+「施設整備費」ということになります。(3つ目の質問への回答で詳述しますが)昨日はここまできちんと裏を取っていなかったので、施設整備費は事務費でないという前提でwebmaster自身書いていたぐらいですから、想定できないとのご指摘はそのとおりかと存じます。ただ、法案作成者は知っていたでしょう(知らなければ国民年金特別会計法の改正をし忘れていたでしょうから)。

#国民が許容するかどうか、国益に合致するかどうかについての回答は4つ目の質問へのそれにまとめさせていただきます。

2つ目の質問

最も多いのが研修にやってくる職員たちの旅費、つまり慰安旅行の交通費の(bewaadさまが挙げられた「週間ポスト」の記述です)って、もしかして社会保険庁では「研修」と「慰安旅行」は同義語なのでしょうか?(日本語にも自信が無くなってきました。。。)ゴルフボールより施設の方がより問題だと言われますが、問題にしているのは金額の大小ではなく、「事務費」で良いのかと言う事です。(例として不適切であったとの主張なら、謝罪し訂正します。グランドや体育館を「事務費」で作ったかどうか分からなかったので。)

社会保険庁がゴルフボールを使う研修をすると言うのも、考えにくいと思います。手当までもらって「パットの入れ方」の研修などがあるのでしょうか?(「体育教師など外部講師への謝礼」って、もしかして。。。)ちなみに「社会保険大学校」は、社会保険庁の職員しか使えませんので、年金加入者向けの研修と言う事は、無いはずです。

しかし「施設整備費」(社宅の建設)、「交通費」(慰安旅行の交通費)を「事務費」とするのは、どうなのでしょう。民間企業であれば、きっと税務署に怒られるでしょうね。(なぜ役所は(税務署が指導するような)一般的な会計をしないのでしょう?)

おそらく問題は2つに分けることができて、1つは何でもかんでも「事務費」と呼ぶことで内容がわかりづらいという問題、もう1つは名称よりは中身としてそのような支出が許されるのかどうかという問題だと思います。

前者については、もちろん不適切ではありますが、一応は政府もその問題を認識し、アカウンタビリティ向上に向けて様々な努力をしております。例えば国のバランスシート作成がそれです。21世紀になるまでそんなものもなかったのかといわれれば返す言葉もないのですが(個人的には。結構前には、国にはそんなものは不要だというのが公式見解だったのは残念ながら事実です)・・・。

一応言い訳をしておきますと、会計はその目的等に応じて異なっていることは不思議な話ではなく、例えば民間企業に適用される会計であっても、証取法会計と商法会計と税会計には様々な差異があります。公会計にも固有の目的や経緯があり、その結果が現状です。

とはいってもあまりに差異が大きければ、ご指摘のとおりせっかく会計書類を作ってもその意味するところが不明確となり、ただしく会計情報を伝達できません(財務省・厚生労働省に言わせれば予算を見ればわかるということでしょうが、予算を見なくてもわかる方がベターなのは言うまでもありません)。今さらながら、しかも遅々としたものではありますが、改善に向けた努力はなされていて、今後ともそれを継続(更にいえば加速)していかなければならないと思います。

というわけで公会計のおかしさは否定しませんが、社宅の建設費について申し上げれば、建設業者への支払いはその期に、資産計上分は減価償却費として翌期以降に費用計上されるわけで、この点についてのおかしさは現金主義であり減価償却という概念がなく、すべてを現金支出時に歳出計上することがおかしいのだ、ということだけ補足しておきます。

後者については、慰安旅行旅費への公費の支出が研修旅費として認められるはずもありません。社会保険大学校の実態がお遊びだというなら、そこへの旅費を研修旅費とすることは決して許されるものではありません。ただ、研修を慰安旅行だといっているのはあくまで週刊ポストで、それが真実であるとは限りません。webmasterが昨日カリキュラム等を踏まえて云々と書いたのは、その真実を見極める必要があるということです。

#ちなみに、グラウンドや体育館の建設費用も施設整備費から出ているでしょうから、「事務費」だと思います。

その点についてwebmasterはまったく素人ですから、判断は保留させていただき、内容としては昨日の繰り返しですが、

  • 民間の研修所の多くにもスポーツ施設があり研修の一環として活用されているとか、教育学の研究においてその手の活動を挟んだカリキュラムの方が研修効率が良いという結果が出ているとか、そのようなケースであれば許容されるでしょうし、
  • 民間の研修においてはそのようなことは行われておらず、研修効率の上昇も認められないというケースなら、週刊ポストの慰安旅行であるとの批判は正当で許容されるべきではない、

と申し上げておきます。

3つ目の質問

私には「施設整備費」である社宅を保険料で建てても構わないと言う趣旨なのか「施設整備費」は「事務費」にはあたらないと言う趣旨なのか難しくて分かりません。マスコミは「事務費(年金)」で社宅(職員宿舎)を作ったと言っているようです。前者なら問題ないが、後者なら問題があると言う事だと思いますが、どちらでしょう。他にも報道は誤りで、年金(事務費)ではなく特別会計からの支出だとも取れますね。

まず、「事務費」をきちんと調べずにイコール「業務取扱費」と解釈して、お役人様頑張って!さんの分類でいえば前者の議論をしておりましたが、これは間違いですので、この点お詫びの上訂正いたします。法律と予算を対照すれば既述のとおりですが、質問主意書への答弁(=政府公式見解)で厚生年金保険事業及び国民年金事業の事務費に相当する厚生保険特別会計及び国民年金特別会計の業務取扱費及び施設整備費との文言が使われておりますので、今度こそ間違いないはずです。

#先ほど申し上げたとおり他勘定で経理される事業に係る業務取費・施設整備費もそれらに含まれていますので、それらの全額が厚生年金保険事業・国民年金事業の事務費というわけではありません。

その上でwebmasterのスタンスは前者なのですが、というのも、これは企業でいえば独立採算とするかどうかの問題で、受益者負担である年金という事業が独立採算(年金支給に対しては国庫補助(=一般会計負担)がありますので、それを収入とみなして、というのが正確なところですが)に親しむ事業であるのは事実です。

同様の例としては今話題の郵政三事業があり、今は公社で当然に独立採算ですが、昔の国営時代(郵政事業庁や、それ以前の郵政省時代も)も独立採算でした。つまり、郵便料金や郵便貯金の利ざや等で給与が支払われ、社宅も建設され、等々の支出がなされてきました(郵政三事業は年金と違っていかなる名目でも国庫補助はなされていませんでしたが(大昔は知りませんが、近年では))。

とりあえずある額の支出が正しいと仮定すれば、その財源を国庫=一般会計=税収に求めるか、それとも国民年金特別会計国民年金勘定=保険料に求めるかは、国民負担率を計算するときに租税負担と社会保障負担を合算するように、国民に依存していることには変わりはありません。あくまで年金事業に従事している者のために用いられるわけですから、およそ性質として税金負担がただしく保険料負担にはそぐわないというものではなく、政策判断によりいずれにもなり得ます(年金事業に従事していない者のために使うのではないのですから)。

問題があるとすれば、平成9年に税金負担を保険料負担とするとの政策判断が行われた際に、どれだけの理解を得て行われたものであったかということかと思います。

4つ目の質問

bewaadさまの主張を要約すると、社会保険庁には現時点において何も悪い所はなく(マスコミに騒がれたから変えたと言うだけで)、「国民年金事業の事務費に係る国庫負担の特例」(年金から事務費を出しても良いと言う法律らしい)の『趣旨』(「年金が余りすぎているから減らそう!」と言うものではなく、「予算が足りないから(特例として)年金からも使う」と理解しています。)に照らしても何等問題が無いという事なのですね?

しかしながら、私には『趣旨』(もしくは国益)に沿って使われたとは思えません。どうも、お役人様と一般人(私だけ?)の間にはギャップがあると思うのです。適切であるかの判断には「法律に照らして」と「趣旨に照らして」があり、お役人様が気にされているのは「法律に照らして」であろうと思います。

しかしながら、法案を検討する場合に重要なのは「趣旨に照らしてその法律が正しく機能するか」ではないでしょうか?そしてその『趣旨』は、国益(国民の満足)に適ったものでなければなりません。いくら法文が素敵であっても、実際に(国民が)期待しているように運用されなければ、そんな法律ではダメです。法律用語と言うのは、上の例のように一般的な意味と違っていても構わないのです。

そのため「人権がどんな物か位、『常識で』分かるだろ!」と言うのは通用しません。(法律は法文内での『定義』が絶対ですから、『常識』は通じません。)反対派が『人権の定義』に拘るのは、このためです。

国民が満足するかどうかは、これは行政府にとっては立法府、すなわち国会の判断=国民の判断だということになります。先の平成9年改正にしても、国会が保険料を「事務費」に使ってよいとしたわけですから、行政府はそれに従って使うわけです。行政府が勝手に国民の意思を持ち出して法律(=立法府の意思決定)を無視する方が問題ですよね? 法律の趣旨は、行政府にとってはあくまで法律の文言から、他法令の用法や判例を見つつ酌み取っていくものであって、そこから離れて行政府が勝手に想像するものでもありません。

ですから、仮に現時点において真の国民の判断からずれていたとしても、もちろん行政府に許された裁量の範囲内でそれにあわせる努力を否定するものではありませんが、その裁量を超えてでなくてはその判断にあわせることができない場合には、それが選挙等を経由し新たな立法につながるまでは、真の国民の判断からずれたままでいるべきだ、というのが議会制民主主義の制度の帰結になります。このずれが生じるデメリットは、国民の代表である議会を無視して「真の国民の判断」なるものを行政府がでっちあげることを防止するメリットに比べれば相対的に小さいと経験則上考えられるから、そのような制度が広く世界的に普及しているわけです。

ご指摘の人権擁護法案についても、例えばwebmasterが北朝鮮批判をしたら人権侵害に該当することはあり得ない、というのは他法令の用法や判例(これは司法による法解釈の確定ですから、行政府を拘束します)を見て申し上げているのであって、常識を持ち出しているのではありません。むしろ反対派の方が自らの常識(過去の解同の活動や弁護士会の活動など)を根拠に判断されているわけです。

過去に解同が様々な事件を起こしたことは否定しませんし、都道府県弁護士会の「人権」の用法の中におかしなものがあるのも否定しません。しかし、行政府がそれらの見解を是としたことがないのは、法務省人権擁護局の活動を見れば明らかです。昨日取り上げた城内議員は全体主義体制になったら行政だって運用を変えるといいますが、そんな事態になったら現行法のままでも法務大臣が人権擁護局に命令して同様の活動をするまでの話で、人権擁護法案だから危険なわけではなく全体主義体制だから危険なのです。

曖昧さを減じるために規定を追加したいというなら別に反対するつもりはないのですが、例えば「正当な言論活動を人権侵害と解してはならない」という規定を設けたところで、今度は「正当な言論活動」が曖昧だ、という話になってきりがありません(現に今の案でも、第82条に「この法律の適用に当たっては、救済の対象となる者の人権と他の者の人権との関係に十分に配慮しなければならない。」という規定がありますが、それで安心だという反対派はいないわけで)。反対派の意見に誠実に修正案を考えるなら、そのような曖昧さを排除するために、過去の判例を網羅した単行本にも相当しかねない分量の定義が必要になってしまいます。

#多分法務省も、反対派が対案を出してくればあっさり同意すると思うのですが。

webmasterは反対論批判と題してエントリを重ねていますが、例えば現行の人権擁護行政は曖昧な根拠に基づく行政権の濫用であるから反対で、人権擁護法案での曖昧さの減り方は不十分であるからなお反対だ、というのであればそれを批判はしません。曖昧さに関して申し上げるなら、人権擁護法案に反対するのであれば現行制度にそれ以上に反対しないのはダブルスタンダードではないか、といった形での批判を申し上げているわけなのです。

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2005-07-07

[law]行政法学に目指してほしい方向

先月書いた「カネになっていた行政法」の続編のようなものです。きっかけは、当該エントリとは無関係にplummetさんのところで出されたan_accusedさんの次のコメントです。

法曹のなかで行政法に強い方はごく少数です。たしかに「読み方」は一般人より習熟しているかもしれませんが、官僚に敵うものではありません。例えば商売に影響する規制法が改正されるとして、それに合わせるために法律案を弁護士に依頼しても大した助言は得られず、お上(法律案を作成した原課)に問い合わせたり業界向けの説明会に参加して情報を得るしかありませんし、施行後はお上(法律案を作成した原課)の出す逐条解説や通達、通知、事務連絡などをひたすら読まされることになります(私もホント苦労させられています。ネットではなくリアルで。)。

webmasterはan_accusedさんのコメント中の「法律案を作成した原課」側に身を置いているわけですが、ほぼ同様の現状認識でして、どちらの側から見てもそうなのだなぁと。同種の問題として、上記「カネになっていた行政法」を受けて六角さんが次のような状況をご紹介です。

学界が個別法の解釈論を展開しない結果、自治体の現場で参照できる文献は全て中央省庁の手になる解説書・解説論文だけである。仮に学者の成果があったとしても、一地方公務員が気軽に参照できることはまずない。専門的な雑誌や大学の紀要は、大学図書館や都道府県図書館に行かなければ読めないのである。(略)

自治法解釈権の行使の必要性・重要性が叫ばれるようになって久しい。そして、地方自治法にとどまらず都市計画法や生活保護法といった各論の個別法のレベルで法解釈論の積み重ねが未だに進まない現状を振り返り、前途程遠しの感を深くする。

こうした状況に対する行政法学者側のご尽力については、まず「カネになっていた行政法」を書くきっかけを与えていただいたdpiさんがそれを受けてご紹介の次のような取組みがあります。

しかし、行政法における総論と各論の関係という論点は、実は30年前から議論されてきたことでもあります。かつては総論を手続法に純化させて実体法は各論・個別法の枠組みで議論しようという提案もありましたが(兼子先生)、現在ではこれは克服されて、個別法の研究を進めることで実体法としての総論の内容を豊かにし、それをまた個別法の解釈にも反映させていこうというあたりが到達点だと思います。

これと関連して、個人的に面白い体験をしたことがあります。ある省庁の知人から、ある法律に基づく営業許可取消しの法的性質について質問を受けたことがあります。僕はまさにその省庁の立案担当者が書いたその法律の逐条解説を参照して、「釈迦に説法とは思いますが」と前置きして、「これは講学上行政処分の撤回に当たるので、制裁目的で発動するものではない」という行政法の教科書には必ず書いてあることを指摘したら、内部ではあまりそういう議論がなかった(制裁目的でやったことも結構あった)と言われてだいぶ感謝(?)されました。僕はこのときはじめて「ああ、行政法総論も役に立つんだ」と感じました。

個別の法律の立法趣旨や具体的な事例判断については、立案担当者や実際に運用担当者より詳しい人はいないわけですが、行政法総論の知識をもってすればそうした「専門家」の解釈をオーバーライドすることも十分可能なわけです。もちろんそれでも運用が変わらなければ、おなじみの「実務と理論の乖離」が言われて終わってしまうのでしょうが、このたびの行政訴訟改革で裁判上のサンクションの可能性が増したと考えれば、この溝を埋めていくことも十分期待できそうです。ここにおいて学者の役割は、陳腐な指摘に属しますが、こういった個別事例をできるだけ多く収集して他事例へも応用可能な一般理論へと抽象すること、学生に一般理論と個別法との関わりを理解させること、にあるのではないでしょうか。

#ちなみに許可取消については、こちら側が制裁目的ではないと認識して発動しても、処分の相手方は制裁されたと受け止めることがほとんどで、また、メディアが天誅が下ったといわんばかりにはしゃいでいるところに「いえ、制裁じゃないんです」と説明したところで聞く耳があるはずもなく・・・。

他方、現時点ではなぜかnot foundなのですが、dpiさんのエントリを受けて田中孝男先生が書かれたエントリでは、阿部泰隆先生をご紹介の上、そのような実態に見えるのは霞が関や東大等の狭い世界の話ではないかとのご指摘もありました(意図があって閉鎖されたのかもしれないので、URIの紹介や直接の引用は控えさせていただきます)。

ではこれらの取組みが実際に効を奏すのだろうかと考えますと、webmasterは難しいのではないかと思います。dpiさんのアプローチについて申し上げるなら、個別法の数が多すぎるので、一般理論へと抽象することができても、その個別事例への当てはめの部分までカバーするものでなければ、弁護士や地方公務員、企業の法務担当者等の実務家は結局、それを頼りにすることが事実上困難です。

学者数が十分に多ければ人海戦術で対応することも可能でしょうけれども、大屋先生が国立大学の独立行政法人化に伴う学内の「法化」に関連してご紹介の次のような実態を見れば、特に地方においては可能となるにしても遠い将来でしかあり得ないように思えます。

まあ名大は良い。旧帝大最小とはいえ一応フルラインナップの法学部を自前で持っているので、それを駆使すれば(いや駆使される方の心理的肉体的な健康状態はさておいて)きちんと「法化」を進めることはできそうだ。しかし目の前で進んでいる事態を見るにつけ、いったい法学部のない大学はどうしてるんだろうという疑問は募る。うそかまことか、某国立大学に就職した先輩は「県内唯一の行政法学者」だという(しかも先輩ほんとうは環境法学者じゃないすか)。「地方分権」とか「民営化」「法人化」という言葉は美しいが、本当にそれを実現できる人的リソースがあるのか、それを整備するためのコストを社会的に負担する覚悟があるのか、とは問いたいところなのである。

阿部先生の業績については、webmasterは不勉強故に不案内なのですが、実務家が必要としているのは学問的に優れた業績なのではなく通説、つまりはそれに依拠すれば結果の予測可能性が高まるものだということにかんがみれば、それが優れた学説であればあるほど、行政法学にとっては有益であっても・・・ということになってしまいます。

#2ちゃんの法学板を見る限り、強烈な先生のようですが。

可能性を見いだすとすれば、dpiさんのご紹介では時代遅れと学界においては整理されているようですが、webmasterは兼子先生のアプローチではないかという気がします。というのも、霞が関において影響力のある行政学者を思い浮かべてみますと、塩野宏先生や藤田宙靖最高裁判事という大御所に伍して、宇賀克也先生がいらっしゃいます。何故宇賀先生にそのような影響力があるかといえば、行政手続法や情報公開法の立法に携わり、それらの法律の解釈においては霞が関の担当者(総務省)ですら頼りにせざるを得ないオーソリティとなっているからです。

霞が関の住人が、本来知識やセンスにおいて適うはずもない行政法学者に対して法解釈において優位に立ち得るのは、ひとえに条文を書くので、その趣旨や関連条文の存在を熟知しているからに過ぎません。そのポジションに行政法学者が入り優位をはぎ取ってしまえば、その結果は自ずと明らかでしょう。

行政手続法や情報公開法のような可能性がある分野としてwebmasterが思いつくのは、roi_dantonさんが先日お取り上げの行政手続オンライン化とノーアクションレターです。このあたりが行政法学者主導で法制化され、霞が関が学界に従属するようになると、実務家にとっては相当程度負担が軽減されるのではないでしょうか。

究極的には、かつて妄想めいた構想としてwebmasterが書いたリーガルパターンに行き着くわけですが。お寄せいただいたtockriさんやMartinさんのコメントを見る限り、ソフトウェア工学側には対応できるだけの可能性が十分ありそうなので、行政学者とのコラボレイトが確立できるなら、決して夢物語というわけではない、といいなぁ・・・。

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Leoneeds [阿部泰隆先生は、「政策法務」を唱えられていて、著名な方ですよね。借地借家法の改正(定期借地権・定期借家権制度の創設)..]

bewaad [>an_accusedさん あと、逆恨みをされるリスクとか(笑)。]

bewaad [>のびたさん、Leoneedsさん いろいろとありがとうございます。本屋で覗いてみるところからはじめます。]


2005-07-08

[politics]郵政民営化反対派の心情を想像してみたら

若隠居さんの郵政民営化に関するエントリにて、Baatarismさんが賛成派、反対派のどちらも、あのエネルギーはどこから出てるんでしょうね?というご質問(2005-07-06 11:04:29のコメント)をされていたので、個人的な考えを書いてみます。といっても党派的な話はマスメディアにあふれているので、それ以外について。

以前の道路公団に関するテキスト(未完orz...)の焼き直しではあります。

賛成派は民営化ならなんでもよいということでしょう。webmasterが以前書いたように、あるいは田中秀臣先生がご指摘のように、今の政府案が十分に理屈があるかどうかは疑問ですが、そのような疑問を自覚的にか無自覚的にかはともかく共有せず、民営化した方がよいのだという判断があるのだと思います。

他方で反対派ですが、これについては同じく若隠居さんのエントリ中のScottさんのNTTとJRの前例があるので、民営化で日本がダメになるという危機感を持ちようが無いというご指摘(2005-07-06 17:35:30のコメント)が手がかりになると思います。日本がどうかはともかく、自らの生活がダメになるという危機感を持っている人は相当いるわけです。

例えばNTTについては、かつてのエントリに次のコメントをいただいたことがあります(改行に一部手を入れています)。

◆ ベタ記事マニヤ (2005-01-24 00:07)

初めまして。デジタルディバイドということについて一言述べさせてください。

現在、ブロードバンドサービスには、とある法則が存在するようです。「役所・役場の住所をサービスがカバーすればその市町村全域が開通したとして地図が(開通)に塗りかわる」というものです。もちろん、後で基地局別に断られるわけですが、おそらく実際には政府調査の数字よりもパーセンテージは下がるものと思われます。

つい2年前まで携帯電話の電波すら届かず常時接続永久放置地域と自嘲しておりました(一昨年ようやくフレッツISDNサービスイン)ので、この問題には敏感になっていました。

私のようなものは地方にだけではなく、建物や幹線道路など立地条件の関係で都会でも同じような状況にあることもあるとのことです。デジタルディバイドは地方では県庁所在地中心での整備のあまり県内特定地方放置の問題に、都会では情報インフラ整備と都市計画のぶつかりいになっているように見えます。

人材などに関しては町村のHPが「観光案内しかない」ところでは特に惨状が広がっているかと。

またJRについては、おやPさんがまとめられた国鉄・JR線廃線リスト地図の方がわかりやすいかもしれません)に示されたような廃線がなされていますし、廃線にはなっていなくても、本数が減ったり無人駅になったり天災からの復旧が遅れたり(阪神淡路大震災の際の山陽新幹線や新潟県中越地震の際の上越新幹線は早期復旧しましたが、ローカル線では1年経っても復旧の目途がたたないことなどざらです)といった扱いの差があります。

このように従来の民営化によってマイナスの影響を被った人々からすれば、郵政公社まで民営化されれば、地域の郵便局も廃止されてしまうのではないかと心配するのは自然なことでしょう。他方でNTTやJRが民営化されてサービスが向上した等、民営化の果実を受け取っているのは主として都市部住民です。地方住民からすれば、自分たちはコスト増のみでベネフィットはなく、じゃあベネフィットはどこへ行ったかといえば民営化前でも自分たちより恵まれていた人間だという、不当な資源配分に見えても不思議ではありません。

#政府案には地方の郵便局維持のための施策も盛り込まれていますから、公式見解としてはそんな心配はご無用です、ということなのでしょうが、他方で賛成派はそうした施策は妥協だ、不純だといい、現に目の前で廃線等があるわけですから、ほとぼりがさめればそうした施策が骨抜きにされるのではないかと心配しているわけです。

さらには感情的な反発もあるように思います。昨今の行革・財政再建の流れの中で、地方への資源配分は極めて評判がよくありません。そんな中で、地方の人間にとっての正当な要求が、都市の人間(多くの場合において全国メディアの論調)ではあたかも物乞いであるかのごとく見下げられるわけです。

要すればナショナルミニマムって何、ということなのでしょうが、贅沢なサービスを受ける権利があるとは言っていない、医者がいないことですら受け入れている、なのにこの上郵便局まで奪うのか、という声をエゴと斬って捨てては、そのプライドに賭けても反発するであろうことは想像に難くありません。

地方に生まれたら虐げられるのが当然なのかという訴えと、不便な地方には好んで住んでいるのであって嫌なら都市で暮らせばよいという反論。案外原因は、引っ越すことへの価値観の違いに由来しているのかもしれません。

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2005-07-09

[book][politics]柘植先生(notプリティ柘植先生)、ロンドンテロを予言す

2ちゃん軍板の「私ならこうする!by柘植久慶」シリーズをより楽しむために購入した柘植久慶「サバイバル・バイブル/全編改訂版」にこんな記述が。

ロンドンやパリ、はたまたニューヨークといった、歴史ある都市の地下鉄は、緊急事態への対処の仕方が優れている。しかしながらロンドンの地下鉄だけは、施設全体が古すぎるのが気になる。これまで何度か火事を出しそのたびに10人近くの死者を生じているので、駐在など長期滞在者を除いたらラッシュアワーは避けて利用したい。

またイギリスにはイスラム教徒過激派(原理主義者)が多数潜入しており、彼らが地下鉄を狙ってこない、という安全の保証などまったくないことも忘れてはならない。スペインのように爆発物を使用するか、オウム真理教のように化学物質を使用するか、はたまたもっと別の手段を用いてくるのか。テロリストたちは多くの死傷者を出し世の耳目を集めたいがため、朝の通勤時間帯というのはとにかく要注意と言える。

(pp67,68)

昔の版は今手元にないので、かねてからこのような記載があったかどうかは確認していませんが、今月に入って出版された本だということを考えると、そのタイミングには理屈を超えた何かをちょっとばかり感じてしまいます。

#あやかって<小心! 猛毒的印度産蛇們房内徘徊中>と書いた立て札(p177)を玄関に置かねば(笑)。

なお、これによってゆるやかなインフレーションが始まれば、日本経済にとっても福音となる(p226)との認識をお示しで、なんとマイルドインフレ肯定派だったとの衝撃の事実が! 「これによって」とあるように、この部分の前には、柘植先生の見立てではリフレ策に分類される、ちょっと前に実施された政府の施策が書かれているのですが、それが何かは是非本書をお読み下さい。

#ちなみに、インタゲ+マネタリーベース増加ですとか、財政支出の増加ではありません(笑)。

[economy][politics]パネルディスカッション「都市対地方‐財政、公共事業、一極集中の是非をめぐって」@岩本康志・橘木俊詔・二神孝一・松井彰彦(編)「現代経済学の潮流2005」

昨日ぐたぐたwebmasterが書いたことを小西砂千夫先生が次のように簡潔かつ明瞭にお話しされています。

(略)機能的にこの国をどうしたらいいかということはありましたが、日本国というもののアイデンティティと、日本国というものの求心力を現実に政治的に働かせる上で、どのように豊かな地域とそうでない地域のバランスをとるかというのが、1つの国家統治の問題であって、この点が近年の改革論では一番欠落しているのではないかと思います。

我々は統治に混乱している国に住んでいるわけではないので、国家分散の危機というものをあまり感じることはない。沖縄や北海道へ行けば独立論もなくはないわけですが、けっして大きな流れではない。そういう意味では国家統治という議論をもって国と地方、あるいは豊かな地域とそうでない地域のバランスを考えるというところがどうも欠落しているのではないか。

(略)

日本の地方財政を考えるときに、「3割自治」という言い方がされます。やるべき仕事に対して財源が3割しかないという意味ですが、本当は「3倍自治」と考えた方がいいかもしれない。つまり、自前の財源の3倍もの仕事をさせている、と考える方が、本来は普通かもしれない。そうすると、本来国がやるべき仕事までをも地方に振っているのではないかということになる。私は、3倍自治という観点で考えたほうがいいのではないかという気がしています。

(pp214-216)

あえて付け加えるなら、沖縄や北海道は金勘定でいえば独立が割に合うわけもないのですが、東京などは独立が割に合うわけで、地方分権もそのようなアングルを考えると、イタリアの北部同盟などと比較してみると違ったものが見えてくるかもしれません。

ちなみにエントリに対してお寄せいただいた鍋象さんのご意見を理論的にサポートするものとして、フロアからの質問の時間に林正義先生が次のようなご意見を出していらっしゃいました。

しばしば、「受益と負担の乖離」が非難され、「受益と負担の一致」がもてはやされていますが、政府歳出の大部分を占める再分配政策においては、受益と負担が乖離することは当然のことです。問題は、その乖離の度合いと効率性とのバランスをどうするかということであって、単に乖離してはいけないというのは論点がずれていると思います。

(略)

その他、八田先生からは、人口移動と地方分権にかかわるお話しもあったかと思います。人口が自由に移動できる中で分権化が進むと、人口が非効率的に分布するという、財政外部性の議論があります。この場合、外部性を内部化する手段として考えられるのが地域間取得移転です。これは公平性ではなく効率性のために地域間移転を行えという議論ですが、それは同時に、分権化と税源移譲を進めるのであれば地域間所得移転を削減してよいという単純な議論ではなく、その場合こそ、地域間財政移転の仕組みを適切にデザインしなければいけないという主張につながることに留意すべきと思います。

(pp225,226)

#なお、このパネルディスカッションの司会は井堀利宏先生、パネリストは既に紹介の小西先生のほか、八田達夫先生、藤田昌久先生、土居丈朗先生、岡本全勝さんです(2004年9月25日開催)。

[economy][politics]人口動態と政治的動向との関係についての一考察

これまた昨日のエントリによせられたコメント関連ですが、とおりすがり@透明とブルーは矛盾しない派さんから、non-DID人口は既に少数派ではないかとのご指摘をいただきましたので、数字をご紹介いたします。

まずDID(Densely Inhabited District)とは何かですが、人口集中地区という意味で、国勢調査上の概念です。詳しい説明は総務省統計局のページにありますが、簡単に言えば市街地ということです。non-DIDとはその逆ですから、農山村のような部分を指します。

数字の実際ですが、国勢調査結果からこの部分の統計を抜き出しますと、次のとおりです。

DID人口(万人)比率(%)non-DID人口(万人)比率(%)
19604,083.043.75,258.956.3
19654,726.148.15,101.451.9
19705,599.753.54,866.846.5
19756,382.357.04,811.743.0
19806,993.559.74,712.640.3
19857,334.460.64,770.539.4
19907,815.263.24,545.936.8
19958,125.564.74,431.635.3
20008,281.065.24,411.634.8

#1960年、1965年は沖縄を除くベースです。

で、その割に地方を非難する声が上がり始めたのは最近であることについてのwebmasterの考えですが、都市部に出てきた第一世代には地方に対しての郷愁や、自分たちが豊かになったほどには出身地が豊かになっていないことへの罪悪感があるとすれば、地方への資源配分への抵抗感は第二世代以降よりは少ないとしても不自然ではありません。

どのぐらいの人口がDIDからnon-DIDに移動してきたかですが、全体の人口伸び率を前期のDID人口に乗じた数字と当期のDID人口との差をとると次のとおりです。

年等差(万人)
1965430.1
1970613.6
1975390.6
1980317.6
1985103.1
1990326.8
1995185.2
200066.1
合計2,433.9

DIDは全国よりも少子高齢化が遅行していますので、この差分のうち幾分かは自然増のはずですが、それを差し引いてもおそらく2000万人程度は第一世代でしょうけれど、先の2000年のDID人口とnon-DID人口について2000万人を調整すれば、non-DID出身人口は今なお過半数という見方も可能です。もちろん第一世代で既に死亡された方々もいらっしゃるでしょうが(1965年の移動人口が平均年齢20歳だとすれば、現在平均年齢60歳になります)、他方で統計対象年前に移動され今なおお元気な方々もいらっしゃるでしょうから、それほど大きくは外していないと思います。

となると、人口分布を見れば1970年にDID人口が過半数となっていたにもかかわらずDID重視の政策が最近になって叫ばれるようになった要因として、人口移動の「山」から相当程度の時間が経過したという点に着目すれば次のようなものが考えられると思います。

  • 出身人口ベースでもDIDの比率が過半数程度となってきたこと。
  • DIDを重視するものの見方・考え方に転換してきたこと。
  • 「第一世代」が第一線から退きつつあり、社会的影響力が少なくなってきたこと。

#他に、最近のマクロ経済の低迷で貧すれば鈍したという要素も大きいと思いますが。

[government][politics][economy]特集「経済財政諮問会議/5年目の通信簿」@論座2005年8月号

全部で次の6本からなる特集ですが、通信簿といいながら、決定内容についての評価が1つ(後で触れます)を除いて存在せず、後はどれもこれも透明性が増したというものに代表される決定過程についてのみなのはどういうことでしょう(分析としては、牧原論文があれば事足りると思います)。

  • 牧原出「”戦後政治の総決算”が間もなく終わる‐歴史からみた経済財政諮問会議とその将来像‐」(pp53-62)
  • 岡野貞彦「『骨太の方針』からわかること」(pp63-71)
  • インタビュー「民間議員の本間正明氏に聞く『日本は、総理と党の関係があいまいです』」(pp74-79)
  • 岸本周平「変わりつつある霞が関のDNA」(pp80-85)
  • 古川貞二郎「大きなうねりは元へは戻らない」(pp86-89)
  • 堀江隆「陰の主役『特命チーム』のゆくえ」(pp90,91)

そもそも決定過程についても、確かに透明性があることは認めますが、それを評価する一方でまだまだ各省庁や族議員の抵抗に妥協する面がありそこが問題だ、といった評価ばかりで、議論される内容のレベルがどうかといったものはありませんし、議論の進め方が公平なものか(結局は都合の悪い意見は無視しているのではないか)といったものもありません。議事録や資料が公開されていることを高く評価するのは結構ですが、同時にそれを読んでその内容についても評価すべきでしょう。

そうした中で、ある程度バランスのとれた議論をしているとwebmasterが思うのは古川論文です。各省庁が省益優先で経済諮問会議にたてついているとの批判が渦巻く特集中、例えば年金についての厚生労働省(古川前官房副長官の出身省です)の、経済効率性ばかりを重視することへの「抵抗」について、次のような見方を紹介します。

なぜかというと、社会保障というのはもともと相互扶助、社会的弱者に手を差し伸べるところに基本がある。それを、制度の維持や経済効率性ばかりを追求してしまうと、本質的なところ、つまり、本当に手を差し伸べなければいけない人たちに手を差し伸べられないんじゃないかという危機感を持つ。こだわるのは、自分たちの権限が侵されるから、というだけではないのです。

(p88)

小泉政権を支えてきた身としては批判的なことを書けないと邪推し、この話や中枢機能の強化のあまり各省庁の士気が衰えるようだと、システムとしては、かえって非効率になります(p89)といったあたりは、遠回しに否定的評価をしているのではないかと思うwebmasterは多分腹黒いのでしょう(笑)。

で、唯一諮問会議の成果を論じているのが岸本論文ですが、最近官僚からスピンアウトした人間(岸本さんは2004年、財務省国庫課長を最後に退官し、トヨタ自動車に入社だそうで)にありがちな構造改革教の信者の評価ですから、結局のところ小泉政権においてはろくなマクロ経済政策がとられてこなかったことなど無視して、情報調達システムの改善などを成功事例としてあげています。それに意味がないとはいいませんが、そのコストカットによる財政状況の改善と、きちんとプラスの名目成長に復帰できていた場合の税収の改善とどちらが大きいかを考えれば、「経済財政」を名に冠する会議がどちらを優先すべきかは自ずと明らかです。

#「構造改革教の信者」という呼称に疑問を持たれる方々もいらっしゃるかもしれませんが、一般に審議官・局長以上の幹部は「そうは言っても自分の代で省利省益が侵されるのは困るし、組織や権限が縮小するのは嫌だ」との傾向に陥りやすい。むろん、局長クラスでも一途な改革派はいるし、30代の課長補佐でもビックリするような保守派もいるから、一般論は危険である(p83)って、構造改革はすべて良きことで、それへの反対はおしなべて省利省益中心主義や組織・権限縮小への抵抗だと決めつける「一般論は危険である」ことに盲目な人間はそう評するしかないでしょう。

構造改革がそれなりに世の中に受け入れられているのは、最近の経済状況が「改革なくして成長なし」の実現であるように思われているからでしょうけれど、どこまでが改革の成果でどこまでが循環的回復なのかあやしいものです。おっと、官僚ごときが総理の方針に批判的な意見をいうなら更迭だといわれかねませんから、以下省略ということで(もう手遅れだったりして。笑)。

[politics]瀬戸利春「日本の終戦工作」@歴史群像2005.8号(pp178-190)

非常にお薦めです。webmasterにとってはアメリカ国内の次のような話については不案内でしたから特にありがたかったですが、当然日本国内の話により多くページが割かれており、当時の政治情勢についてよくまとまったガイドになっていると思います。

沖縄戦が終わっても、いまだ米国は日本をいかに降伏させるか決めかねていた。戦争の最終段階になって米国はいかに戦争を終わらせるか、実は明確な行動指針がなかったのである。

「もうすこし終戦が早ければ」という意見があるが、米国の事情を考えた時、これは意外に難しいことがわかる。

(p187)

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2005-07-10

[economy][politics]煙の火元は有りや無しや

「郵政民営化ってなに?」(@若隠居の徒然日記7/8付)において、郵政民営化はハゲタカ外資のためである、アメリカの言いなりになっているに過ぎないという話の裏を取ろうとした若隠居さんに対して、JSFさんから妄想で練られた陰謀論の裏など取れるわけがないじゃないですかというコメントがあったのですが、調べたところ面白いものが引っかかりました。

安部幹事長代理の説得に応じず青票を投じて一躍全国区の知名度を得たと思われる城内実議員が、6/7の衆議院郵政民営化特別委員会において質問しているのですが、その中の次の発言がいちばんよくまとまった陰謀論ではないかと思います。

○城内委員 こういった買収防止策が進んでいると言われているアメリカですら、成功率が三五%、そして失敗率が四〇%という非常に愕然たる数字なんですが、我が国においてはまだまだこういった実例もございませんし、先般のライブドアとニッポン放送、フジテレビをめぐる争いでも、裁判をやると負けてしまう、こういう状況でございますので、私は本当に、外資がどっと入ってきて、さんざん買いたたいて、利益だけ吸い取って後去っていくというようなことが非常に心配なわけでございます。

それでは、時間も余りありませんので、次の質問に移らせていただきたいというふうに思います。

次の質問は、アメリカ政府の対日イニシアチブ、対日要求についてでありますけれども、私は、ここ数年、我が国の郵政民営化問題について、アメリカが相当高い関心を示しているんだなというふうに思っております。これは非常に日本の国民の関心が低いのに比べて、なぜかアメリカ政府、そしてまた在日米国商工会議所さらには米国生命保険協会が、累次にわたり、いろいろな形で郵政民営化についての要求をしているというふうに伺っております。

例えば、アメリカ政府は、九四年の日米保険合意で簡易保険商品の拡大についての協議開催を取りつけ、また九五年には簡易保険を廃止してくれというようなことを要求したというふうに伺っております。そしてまた、昨年来、在日米国商工会議所や米国生命保険協会は、我が国の郵政民営化について、節目節目にいろいろな形で、民営化を早くやってくれというふうに言ってきていると承知しております。

そこで、質問ですけれども、郵政民営化準備室が発足したのが昨年の四月ですから、この昨年の四月から約一年間、現在に至るまで、郵政民営化準備室に対する、米国の官民関係者との間で郵政民営化問題についての会談、協議ないし申し入れ等、こういったものが何回程度行われたのか、教えていただきたいと思います。

つまり、外資というものは買収して利益だけ吸い取ったら転売してしまう可能性が高いという外資系企業に対する評価(引用部の前には長銀という名前が出ていますから、新生銀行とリップルウッドが典型ということでしょう)と、アメリカ政府やアメリカ企業団体がいろいろと要望しているという事実が、この議論を支える二本柱ということになります。ではこの懸念は合理的なものなのか、それとも単なる陰謀論なのでしょうか。

まず外資系企業に対する評価ですが、いみじくも城内議員がライブドアの例を出しているように、日本人だからって敵対的買収をしかけないわけではありません。長銀にしたって、リップルウッドより高い値段をつける投資家がいなかったからリップルウッドが買ったまでで、そのリスクテイクの結果設けたことに対して文句をつける筋合いのものではありません。

続いてアメリカからの要望ですが、上記引用部のほか、次のやり取りも参考になります。

○竹中国務大臣 お尋ねの米国生命保険協会でございますが、昨年来、郵政民営化に関連をいたしまして、完全なイコールフッティングが確立するまでは郵便保険会社は新商品の発売を認められるべきではない等の主張をする声明等を出していると承知をしております。同協会のホームページによれば、昨年三月以降現在まで、九回の声明等を発出したものというふうに承知をしております。

内容についてということですので、もう少しお話しさせていただきますと、米国生命保険協会は、郵政民営化法案に関し、五月十七日付で、この協会は引き続き日本の郵政民営化法案に懸念と期待を表明すると題する表明を発表したというふうに承知をしております。

声明でありますけれども、郵便保険会社と民間事業者との公平な競争条件に関しまして、幾つか述べております。郵便保険会社の業務拡大の客観的基準が不透明である、業務拡大のプロセスにおいて利害関係者が意見を述べる機会が保証されるべきである、移行期において郵便保険会社の規制監督に総務省がかかわるべきではない、地域貢献基金がどのように使われるかが明確でない等の懸念を述べるとともに、小泉内閣の取り組みを支持しまして、日本政府とのさらなる対話を期待するというふうに述べていると承知をしております。

(略)

○城内委員 今、竹中大臣、だれがどうこう言ったからということでなく改革を進めていくというふうにおっしゃったわけでありますけれども、今議論している郵政民営化関連法案の中身、内容で、アメリカの要求に全く沿えなかったものというのはあるのでしょうか。そこをもしおわかりでしたら答えていただきたいと思います。

○竹中国務大臣 アメリカの要求というのを詳細に、ですから、だれがどう言ったからこうするということではないわけですから、アメリカの言っていることを詳細に、正直言って検討しておりません。

ただ、一例としてすぐに思いつくのは、今ちょっと申し上げましたけれども、完全なイコールフッティングが確保されるまで郵便保険会社は新商品の発売を認められるべきではないという主張をしているわけですが、これは我々の今の制度設計とはやはり違っているわけですね。

私たちは、経営の自由度をできるだけ持っていただこう、もちろんイコールフッティングは大事だけれども、透明性、公正性のあるプロセスを経て、段階的にやはり業務拡大をしていっていただこうというふうに考えているわけであります。そこに民営化委員会の公正なプロセスを経て、そのことをしっかりやっていこうというわけでございますから、先方がどういう趣旨で言っているのかはともかくとしまして、そこは、文面を解する限りはやはり違っているというふうに思っております。

城内議員が最初の引用部分でご紹介の94年の保険合意及び95年の要求、そして竹中大臣がご紹介のアメリカ生命保険協会の声明を整合的に整理するなら、アメリカサイドの要望は次のようなプライオリティになっているものと考えられます。

  1. 廃止
  2. 存続するというなら、業務拡大禁止
  3. 業務拡大を認めるなら、完全なイコールフッティングが確保された後
  4. 完全なイコールフッティングが確保される前に業務拡大を認めるなら、客観的基準の整備、利害関係者(外資系を含むと考えてよいでしょう)の意見表明機会が必要

もちろんアメリカだって業界エゴもあるでしょうから手放しにほめるのもなんですが、いいこと言っているじゃないですか(笑)。で、民営化して業務拡大を自由にするのですから1と2は無視、3も竹中大臣が明確に否定していますから、これまた聞き入れられていません。4まで蹴っ飛ばしているかどうかは裏を取るのが面倒なので略しますが(特に基準が曖昧かどうかといった議論は食傷気味ですので。笑)、仮に意見が受け入れられているとしても、アメリカにとって見れば最悪でもそれだけは確保しないと、といったレベルのものにとどまっています。

というわけで、やっぱり陰謀論の類である可能性が高いように思われます。

#城内議員は外務省出身なのですが、そういう職員が外交を担当していたなんて・・・orz

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bewaad [安倍幹事長代理の党内での影響力の源泉の一つは若手の圧倒的多数の支持を受けていることなのですが、いわば子飼いの城内議員..]

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2005-07-11

[science][book]スティーヴン・ストロガッツ「SYNC」

内容についてwebmasterがあれこれ語れるところは少ないのですが(下手な要約はかえっておもしろさを損なってしまいそうで)、人々のネットワークのあり方と、そのネットワークを通じた流行の広がり方に触れた第10章は、昨今の日本のネット事情を考えるにいろいろと考えさせられます。

ネットワークの接続密度が極めて高いものとなると、なかなか流行は起こりづらくはなるけれども起これば大規模なものとなるというのは、詳しい部分はとことん詳しくなり、その反射的効果として、人間の情報処理能力の限界故に詳しくない部分の知識レベルはどんどん落ちてゆくというwebmasterの従来からの認識にもしっくりきます。モデル上は、ネットワークからの情報のインプットがホワイトノイズになるまでネットワークが密になれば流行は起こらなくなるわけですが、本書でも触れられているように、実際にはいくら密になっても受け手が情報にある種の格付けをして摂取するわけですから、そのような安定状態には達しない可能性もあります。

そのあたりに惹かれた身としては、このテーマの主役の一人として本書が紹介するダンカン・ワッツの著作、例えば「スモールワールド・ネットワーク」などを読みたくなるのですが、amazonのカスタマー・レビューを見る限り、訳者が余計なことをしてクオリティを下げていそうなのが気になります。その手の失敗例としては、カーリス・ボールドウィン、キム・クラーク「デザイン・ルール」で痛い目に遭ったからなぁ・・・。

[comic]現在官僚系もふ・第16話

次官に直訴ねぇ・・・。「経産省なんて関係ないよ。私は環境税が必要だと思うのだが、君はそうは思わないのか。理由は何?」なんて返されたらどうするんでしょう。もちろん対外的にはそういう説明ということになっているのでしょうし。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

Apeman [『SYNC』について… >amazonのカスタマー・レビューを見る限り、訳者が余計なことをしてクオリティを下げてい..]

bewaad [注や参考文献は、正直あきらめている部分もあるのですが、まさに「デザイン・ルール」がそうだったのですけれども、余計な訳..]


2005-07-12

[law]人権擁護法反対論批判 リジョインダー編(その17)

今回は、リジョインダー編(その15)を受けてお示しいただいた、an_accusedさんのエントリに対するwebmasterの考えを述べたいと思います。

対象となる前々回エントリにおいてwebmasterは、内閣法制局の存在により官僚レベルでは法解釈の統一がそれなりに図られるであろう、という趣旨の主張をしましたが、それに対してan_accusedさんからは、三条委員会である人権委員会は内閣としての統一法解釈とは独立して解釈権を行使するので、内閣法制局の解釈には必ずしも縛られないのではないかというご意見をいただいた、というのが現在の構図です。

まず、webmasterが見つけられなかった公正取引委員会の解釈権と内閣法制局のそれとの関係について、an_accusedさんが国会議事録を拾っていただきまして、ありがとうございました。詳しくはan_accusedさんのエントリをご覧いただきたいのですが、もっとも重要な部分を転載させていただきますと次のとおりです。

○林(義)委員 そうしますと、内閣の法律解釈というのは最終的には内閣法制局が持っておられる、こう思うのです。それと違った解釈というものが、独立してこの職権を行うのですから、公正取引委員会にあると、こう解してよろしゅうございますか。

○味村政府委員 そのとおりでございます。

#味村政府委員は当時内閣法制局第二部長です。

an_accusedさんご指摘のように、内閣においては内閣総理大臣の閣僚任免権を通じて意思の統一が図られ、したがって内閣法制局の解釈が内閣全体を縛ることが制度的に担保されるわけですが、上記の答弁例の公正取引委員会、ないし本件の人権委員会においては、内閣総理大臣の任命権はあれど罷免権はないので、その意味では制度的担保がないのは事実です。

#ただし、官僚側の感覚としては、大臣なら総理によって罷免され得るから軽く、三条委員会ならそれがないので重い、といったものではありません(webmasterの個人的感触なので、ひょっとしたら公取事務局あたりにはそうでない考えの官僚がいるかもしれませんが)。どちらにしても官僚から見れば組織のトップであり絶対的な存在で、上記はあくまで内閣総理大臣から見ての話です。

他方で、では内閣法制局が国会で内閣法制局としての法解釈を述べないかといえば、そうではないとwebmasterは考えます。an_accusedさんが引用の同じく味村政府委員答弁(日時は異なります)においては、具体的に公取がおやりになったことの当否という問題は、これは公取は独立して職権を行使されるわけでございますので、内閣法制局としては意見を申し述べることは差し控えさせていただきたいと存じますとありますが、前々回紹介した工業再配置促進法の解釈についても、内閣法制局はあくまで一般論を述べているのであって、個別事例の適不適を述べないというのは相手が三条委員会である場合に限られるものではありません。

#その理由はもちろん、事実認定ができないからです。

となれば、内閣法制局を論破できるだけの理屈をこしらえることができなければ、一般論としての内閣法制局解釈を破るには多大な政治的リスクを伴うことになります。国会にだって罷免権はありませんが、不当な勧告等を行っていると問題になれば、それ自体が法的に権利義務を生じさせるものではないだけに、実効性が大いに損なわれることとなります。

もう1つの考慮事項として、an_accusedさんのやはり本年4月に施行された改正行政事件訴訟法、とりわけ「公法関係確認訴訟」がどの程度活用できるかを見極めることが必要となるのですが、本法案の法務省修正案にみられる「異議の要旨を併記する」ようなスタイルの「行政指導(勧告)」が、果たして「当事者間の法律関係に何らかの影響を及ぼすもの」と司法に評価されるのか、疑問を抱いていますとのご指摘について、先の週末本屋で改正行訴法の解説書をあさったのですが、いずれも行政指導が対象となり得るとしていました(今まできちんと裏取りせずに恐縮です)。

そうまで書かれるからにはと思い調べてみますと、国会質疑等でそのような答弁がなされていました。代表例として質問主意書への答弁を引いておきます。

三の3について

行政立法、行政計画、行政指導等のそれ自体としては抗告訴訟の対象とはならない行政の行為を契機として争いが生じた公法上の法律関係に関し確認の利益が認められる場合については、現行の行政事件訴訟法(昭和三十七年法律第百三十九号)においても、当事者訴訟として確認の訴えが可能であるが、その活用を図るため、「公法上の法律関係に関する確認の訴え」を当事者訴訟の一類型として明記する改正を行う法案を提出しているところである。

#原文の「三の3について」の「3」は丸付き数字です。

改正行政事件訴訟法第4条は「この法律において「当事者訴訟」とは、当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの及び公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟をいう。」との規定ですが、この条文は「当事者訴訟」=「当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの」+「公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟」と解すべきなので、本法案の法務省修正案にみられる「異議の要旨を併記する」ようなスタイルの「行政指導(勧告)」が、果たして「当事者間の法律関係に何らかの影響を及ぼすもの」と司法に評価されなくてもよいわけです。

内閣法制局の意見が行政府内において事実上の拘束力を有するのは、彼(女)ら以上に説得力ある意見を展開させられないからですが、法的に説得力があるとは結局は裁判において勝てるかどうかで、このように裁判所の判断の対象になっているケースについては、その解釈では内閣法制局が納得しません=裁判に負ける可能性が極めて高いです、ということになります。それで納得するのであれば内閣法制局による実質的統制が完徹することになりますし、納得しなければ司法判断で、いずれにせよ判例等との整合性は確保されることとなります。

あれこれ書きましたが、結局のところ、「独立行政委員会における法の遵守の担保」は内閣法制局の有権解釈に求めるのではなく、司法審査に求めていかざるを得ないと考えるのが自然ではないでしょうかというan_accusedさんのご意見に異論はなく、単に司法審査を背景に、より前の段階でも相当程度の担保が期待できそうだ、ということの補足にとどまります。

本件についてはこれで一件落着かな、とwebmasterは思いますが、いかがなものでしょう?>an_accusedさん。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

本編
前編(3/13)後編上(3/14)後編下(3/15)趣旨説明編(3/29)faq編(4/9)
リジョインダー編
1(3/17)2(3/18)3(3/19)4(3/20)5(3/21)6(3/22)7(3/27)8(3/30)9(3/31)10(4/2)11(4/4)12(4/5)13(4/8)14(6/11)15(6/30)16(7/2)
法案分析編
1(3/24)2(3/26)3(4/1)4(4/10)5(4/11)6(4/14)7(5/21)
正誤訂正編
1(3/25)2(4/6)
百地教授編
1(4/20)2(4/21)
マスメディア編
1(6/10)2(6/14)3(7/5)

[sports]橋本真也選手急死

webmasterは橋本選手のファンではありませんでしたが、バカでお人よしでおっちょこちょいでお調子者で、傍目から見れば貧乏くじを引かされた彼にとって、そのプロレスラー人生が主観的には充実したものであったことを願ってやみません。数々のドーム大会でのケロの前振りに続いて荘厳なイントロが鳴り響く様、試合の流れにきっちりメリハリをつける袈裟切りチョップや水面蹴り、90年代を代表する「プロレス的説得力」のある技だった垂直落下式DDT、それらは多くのプロレスファンの心に生き続けると思います。

心からご冥福をお祈りいたします。

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2005-07-13

[history][politics][science][book]木村哲人「テロ爆弾の系譜」

webmasterの知る限り類書のない、貴重な一冊です。実際にテロ用の爆弾を試作した経験を持つ著者が、そうした経験を有する者ならではの観点からテロ爆弾の歴史と実際を記しています。球根栽培法という言葉にピンと来る人であれば、絶対にページをめくる手が止まらないこと請け合いです。球根栽培法って実は、大逆事件の「爆弾」って実は、といった話にはかなりの説得力があります。

こうした一次史料を活用した現代史研究が進められてほしいと思います。特に大逆事件における宮下太吉製造の「爆弾」についての著者の仮説が正しければ、大逆事件の冤罪性について一段と掘り下げた解釈が可能なはずで、生前の著者の主張を黙殺した歴史学者の態度はいかがなものかと思います。

そうした小難しい話を抜きにしても、球根栽培法との出逢いから始まる著者の青春譚や、加波山事件の関係者の末裔ならではの口伝の紹介、遠くフランスで晴らされる著者の疑念など本書であかされる数々のエピソードは、その真偽をwebmasterは判断する立場にありませんが、物語としても一級品です。著者がこのような手記を残してくれたことには、ただただ謝するしかありません。

[sports]プロレスラーの「強さ」

昨日取り上げた橋本選手の死亡について、「(現在のプロレスは)受け身を取りずらい技を連発するようになった。それに歓声を上げるファン。リング上は、それに応えるようにヒートアップする。彼は殉職だと思います」古館アナが述べたとのこと。受け身を取りづらいと聞けば闘魂三銃士(橋本、武藤、蝶野)よりは(全日)四天王(三沢、川田、小橋、田上)を思い浮かべるのがプロレスファンではないかと。古館アナもプロレスからは本当に離れてしまったのですね。

他方で、それを殉職と呼ぶかどうかはさておき、plummetさんも指摘するようにプロレスラーに若くしての病死が多いのも事実。ご指摘のような体格を大きくし、それを維持することによる無理もあるのですが、案外知られていないことに、オーバーワークは免疫機能を弱めるので、その影響も大きいと思います。プロレスラーに限らず、スポーツを飯の種にしている人々は文字通り身を削っているわけです。

#アメリカのプロレスラーの場合、ドーピングの影響も大きいのですが・・・。

ちなみに、世間的にはプロレスがスポーツかどうかには議論があるところですが、webmasterは紛う方なきスポーツだと思っています。一定のルールの下で強さを競い合うのが格闘技ですが、ただそのルールの方向性が会場のお客を念頭に置いている部分が多い点で、他の格闘技とは毛色が違うわけです(ちなみに他の格闘技だって念頭に置いていないわけではありません。例えばK-1がストライカー最強を決めているかのように自らを位置づけているくせに肘を禁止しているのは、カットによる中断・ノーコンテストの確率を下げる効果があります。あくまで程度問題ということで)。

特に「会場の」というところがポイントで、例えばPRIDEで何らかの関節技がきちんと決まっているかどうかなど、会場の隅っこの席から見たってわかるはずがありません。そんなところにいれば結局は会場内ヴィジョンでしか見ることができませんから、あれはあくまで雰囲気を楽しみにいくもので試合を見に行くものではありません。他方でプロレスは、隅っこの席からでもきちんと動作がわかり、ダメージを与えたのだという印象が与えられるような試合になることをルールの目的としているわけです。

例えばプロレスと総合格闘技の双方でよく使われるスリーパーホールドにしても、グラウンドでポジションの取り合いをしつつ入っていくという総合格闘技の流れが自然ではありますが(といっても、総合格闘技にしても陰部や目、指関節への攻撃などは禁止していますから、そのルールの下では、ということではあります)、会場の多くの客からすればどんな攻防が行われているかわかったものではありません。他方で、スタンドからバックの取り合いをして技に入り、その後かけられた側がくずおれていくプロレスの流れは、遠くから見てもわかりやすいものです。

#そのような観客への訴求力が、昨日垂直落下式DDTの形容で使ったプロレス的説得力という言葉の趣旨です。

逆に言えば、プロレスラーの個性は、どのようにその強さを観客に伝えるかによって決まってきます。先に触れたアメリカのプロレスラーのドーピングに依存する傾向は、何より肉体的な見た目の強さが観客に訴えるという土壌あってのことです。全部が全部そうであるわけではもちろんありませんが、多くの場合において、同じ技をかけるならより筋骨隆々としたプロレスラーがかけた方が効いているように受け取るファンがいるわけです。

四天王が受け身を取りづらい技に走ったのも固有の文脈があり、これはジャンボ鶴田の存在なくしては考えられません。もともと全日はジャイアント馬場という類い希なる体格をもつプロレスラーがトップですから、存在自体で強さを伝えられる舞台でしたが、そこに馬場には適わないとしてもやはり体格に秀で、さらに技術・体力的にも頭抜けていた鶴田が馬場から事実上禅譲を受け、その鶴田への挑戦者としてキャリアを重ねた四天王にとっては、鶴田にダメージを与えられるかどうかによって、観客に技の強弱を判定されたわけです。また鶴田が隠しごとのできないひとで、どうでもいい技は余裕で受けてしまい誰から見ても効いていないことが明らかなので(笑)、本当に技の威力を高めるより選択肢はありませんでした。

では新日はどうでしょう。アントニオ猪木は体格において馬場に劣っていましたから、別の要素を持ち込まなければ格の差をひっくり返すことができません。もちろん個々の技を磨きはしましたが、馬場が対戦を拒否しつつけたため(常識人である馬場が、猪木のようなエゴが過大に肥大化した人間を避け続けたのは当然ではあります)、実際にそれで勝つことはできませんから、四天王式のやり方には無理がありました。

そこで猪木が選んだのは、技にメッセージを付与することです。日本プロレス独立後のゴッチ道場の権威化、卍固めや延髄斬りといった技の開発についてのプロジェクトX的エピソードの喧伝、異種格闘技戦を通じた「プロレス」=「新日プロレス」最強イデオロギーの確立等々、要すればストロングスタイル。馬場に相手にしてもらえなかったことも、猪木フィルターを通せば馬場が逃げたということになります。

ある意味逆転の発想で、強さを見栄えで表現できなければ、"Truth is in the eye of the beholder."を地でいって、観客が強いと解釈する材料を与えてやればよいと。ファンにしても、見た目に釣られる全日ファンは素人、本当の強さを知っている新日ファンにしか真のプロレスはわからないと差別化ができるわけですから、この好循環で新日は全日を凌駕していったのです。

#坂口征二にもう少しアクがあって猪木の下位に甘んじることがなければ、坂口は馬場路線を継承できるだけの体格がありますから、新日・全日ともに馬場路線となり、ひょっとしたら再統合といったこともあったかもしれません。日本のプロレス界にとってはそうならなくて幸いでしたが。

その次世代を担った藤波辰爾と長州力は本来はジュニアの体格ですから、名勝負数え唄ですとか猪木越えですとか、ますますメッセージ性・物語性に依存していったわけです(長州が鶴田と60分ドローだったときの格の差は有名な話ですし、何より長州はラリアットを一撃必殺の技として確立できませんでした)。その後新日の強さの系譜は、そうしたメッセージ性をわきまえた三銃士の流れと、猪木の掌から逃れようと「革命」をこころみ打ち出した長州のハイスパートレスリングの流れに分かれることになります。

そんなプロレスラーの「強さ」は、今袋小路に入っています。四天王流は今はノアにその舞台を移していますが、秋山準以外に同レベルに追いついてくる人間が出てきませんから、三沢、小橋、秋山らが加齢によりレベルを落とさざるを得なくなったとき、今の活況も衰退せざるを得ないでしょう。ハイスパートレスリングは、結局は長州個人の世界を超えることができず、数多いそのフォロワーは彼の劣化コピーにとどまっています。

そしてメッセージによる強さの伝達は、総合格闘技と対戦して負けた段階でその正統性を失いました。メッセージにおいても、何より日本の総合格闘技ブームの発端となったグレイシー柔術のコンデコマ以来の歴史というより印象強いものをひっくり返す新ブランドはありません。武藤や蝶野のメッセージは依然としてファンを引きつけますが、それはプロレスの強さではなく彼ら個人のキャラクタを伝えるに過ぎず、プロレスというブランドの価値を維持するものではありません・・・。

Quo Vadis, Pro-wrestling?

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

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bewaad [ご指摘のとおり大島監督が序文を著しています。昔の血が騒いだのでしょうか(笑)。 木村さんの本職は録音技師ということ..]

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2005-07-14

[law]小倉秀夫「著作権侵害の情報交換を眺めていただけで共謀罪になる?」(小倉弁護士のPC法律相談室第15回@PC JAPAN 2005.8, p185)

小倉弁護士が予告されていた共謀罪と著作権侵害についてテキストが、標記記事にて公開されました。以前の共謀罪エントリにおいて崎山さんから問題提起があり、後でお答えとさせていただいておりましたので、ここで回答させていただきたいと存じます。

#といいつつも、webmasterの刑法における知識のなさ故、独自の見解を示すというよりは教えて君になっております。その程度のレベルのテキストであることをあらかじめお断りいたします。

小倉弁護士があり得る共謀罪の濫用としてお示しの部分は次のとおりです(文の後のアルファベットは後の議論のためにwebmasterが付したものです)。

たとえば、ゲームのユーザーズグループ(以下、UG)やアイドルの非公式ファンクラブなども、ここでいう「団体」にあたる可能性があります。[a](略)また、UGに代表者なり仕切屋がいたとすれば、「指揮命令」関係が認められる可能性があります。[b](略)

仮に、ゲームのUGで、あるゲームについてセーブデータのパラメータデータの改造方法などが議論されていたとします。(略)そして、そのUGでパラメータデータの改造についての情報交換が広く行われていた場合、「そのUGはパラメータデータの改変を行うための組織であり、そのUGでの情報交換に基づいて行うパラメータデータの改造は、UGの活動として組織的に行われるもの」と判断されるおそれがあります。[c](略)

さらに、現在の判例実務では、共謀共同正犯(実行には参加しなかった者)における「共謀」は黙示によるものでもよいとされています。[d](略)「共謀」に「黙示の共謀」が含まれる場合には、具体的にパラメータデータの改造に関して議論を行っていたメンバーはもちろんのこと、UGでパラメータデータの改造についての情報交換が行われていることを知りながらこれを容認していたメンバーも、「黙示の共謀」をしていたと認定される可能性があるのです。[e]

#第1文の「ここでいう」とは、共謀罪を定める改正組織的犯罪処罰法案第6条の2第1項柱書に規定するという趣旨です。

議論の便のため、まず同法案の関係条文を掲げますと次のとおりです。

第2条 この法律において「団体」とは、共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織(指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう。以下同じ。)により反復して行われるものをいう。

2〜7 (略)

第3条 次の各号に掲げる罪に当たる行為が、団体の活動(団体の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するものをいう。以下同じ。)として、当該罪に当たる行為を実行するための組織により行われたときは、その罪を犯した者は、当該各号に定める刑に処する。
 一〜十五 (略)

2 (略)

第6条の2 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
 一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
 二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮

2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も、前項と同様とする。

webmasterが賛成の部分をお示ししますと、[a]には異論はありませんし、[d]の黙示の共謀の共謀罪への適用も、審議会の議論では共謀共同正犯の「共謀」と共謀罪の「共謀」は同じものという前提だとの説明がありましたので、小倉弁護士ご賢察のとおりかと存じます。

他方でwebmasterがにわかには肯んぜられない部分として、まず[c]ですが、2点論じたりないと思います。1点目として、小倉弁護士は[b]から[c]を導いていますが、第2条に定める組織の定義としては、一般的な指揮命令関係の存在のみではなく、その指揮命令に基いての「あらかじめ定められた任務の分担」が要件となっています。お示しのケースにおいてこの任務分担が成立しているかどうか、疑問が残ります。

2点目として、小倉弁護士は第6条の2第1項柱書中「団体」に該当することは論じられていても、「団体の活動」に該当するかどうかは論じられていません。この「(団体の)活動」は一般名詞ではなく、第3条第1項柱書において「団体の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するもの」と定義されている名詞です。お示しのケースにおいてこの団体の意思決定が成立しているかどうかについても、疑問が残ります。

これらの指揮命令に基づく任務分担や団体の意思決定の構成要件として、共謀と同様に黙示で足りるのか、それとも明示された行為を必要とするのか、もちろん団体の通常の運営で想定される行為なのか例外的な行為なのか等によって要求されるレベルは異なるとは思いますが、判例実務において後者であるなら、「UGでパラメータデータの改造についての情報交換が行われていることを知りながらこれを容認していたメンバー」は当てはまりようもありません。

これらの規定は、現行の組織的犯罪処罰法に存在しているわけですから、若隠居さんがご指摘のように、現行法の運用を見れば前者か後者かはわかるはずです。この論点に直接答えるものではありませんが、法務省のfaqでは組織的犯罪処罰法における組織的な殺人等の加重処罰の場合と同じ要件であり,実際の組織的犯罪処罰法の組織的な殺人等の適用事例も,(1)暴力団構成員等による組織的な殺傷事犯,賭博事犯,(2)悪徳商法のような組織的詐欺事犯及び(3)暴力団の縄張り獲得,維持のための業務妨害,恐喝事犯等に限られていますとしています(webmaster注:括弧付き数字は原文では丸付き数字です)。

であるならば、お示しの例にあるような有機的組織体としての体裁がそれほど整っているわけではないケースは含まれない、webmasterの整理ならば原則として明示的な指揮命令や意思決定が必要とされている(「黙示の共謀」に近いものであるためには、団体の通常の運営においてそのような指揮命令や意思決定を改めてしなくとも相当程度の徹底が可能)のではないかとの推測が成り立つのではないでしょうか。

続いて「黙示の共謀」の解釈ですが、webmasterの浅薄な理解では、判例理論としては暴力団に代表される組織犯罪において、明示的なコミットをしたわけではない暴力団幹部を黒幕として捕まえたり、準備・実行・事後処理(逃走や証拠隠滅等)といった犯罪の一連のプロセスを横の綿密な打ち合わせなくして行ったそれぞれの担当者を捕まえたり、といったケースの積み重ねで発展してきたものだと思います。それがお示しのようなケースにおいて適用され得るのかどうか疑問です。

端的には、[e]はまだ犯罪行為が実行に移される前だからこそ共謀罪の議論なわけですが、実際にセーブデータ改変が行われた際に、「UGでパラメータデータの改造についての情報交換が行われていることを知りながらこれを容認していたメンバー」が共謀共同正犯となるかどうかは現在の判例理論上の議論です。既述のとおり共謀罪の「共謀」は共謀共同正犯の「共謀」と同じものであるとの見解が示されているわけですから、お示しのようなケースにおいて共謀共同正犯が認定された事例を出さないことには説得力に欠けるのではないでしょうか。

webmasterの勝手な感想ではありますが、小倉弁護士お示しのケースや、崎山さんがお示しのファイル交換ソフト企業秘密漏洩、税関での猥褻物の取扱いといったケースについては、共謀罪云々の前に、それらを犯罪とすることの違和感があるのではないでしょうか。その違和感には同意する点も多いのですが、それを共謀罪の是非に関する議論と混在させてしまってはミスリードではないかと思います。最終的にそれらに対する共謀罪の適用が社会的副作用を伴うものであり望ましくないという結論に至るとしても、まずは分離して検討するところから始めるべきではないでしょうか。

本日のツッコミ(全20件) [ツッコミを入れる]

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小僧 [御所存の判例かはわかりませんが、組対法の下級審判決として http://courtdomino2.courts.go..]

若隠居 [>小僧さん ありがとうございます。 検索してみると9件でてきました。どこまで読み取れるか分かりませんが、チャレンジし..]

bewaad [>皆様 貴重な情報提供ありがとうございます。blog主の手を離れて議論が進歩するというのは非常にうれしいものです。い..]


2005-07-15

[misc]相武「紗」季ですよ!

中村先生&koiti_yanoさん

前からのお気に入りですのでツッコませていただきます。

相武紗季blogのご紹介ありがとうございました。このCMの声って本上まなみっぽいとwebmasterは思うのですが、いかがでしょう?

その他、中村先生(の教え子さん方)が挙げられたタレントに関して・・・

  • 蛯原友里は実はそれほど嫌いでもないのですが、AnessaのCMは昔宣言したとおりダメと断定させていただきます。彼女ですと、月9「SLOW DANCE」の演技はいい感じを出していると思います(他方、小林麻央は大失敗でしょう。素人をキャスティングする役ではありません)。
  • 鈴木えみはマシェリのCMもいいです。

[misc]今クールのドラマ

というわけで、「がんばっていきまっしょい」が当サイト界隈では評判がいいようですが、女子高生ということですと、「電車男」の堀北真希も、オタクを毛嫌いする演技が抜群です(本気で嫌っていたりして。笑)。同じ路線の白石美帆もいい感じですが、他方で佐藤江梨子はいまいちなのは、根っから嫌っていそうな堀北・白石に対して、外見だけで嫌っていそうな佐藤、という対比でしょうか。

学校つながりで「女王の教室」ですが、天海祐希の演技はいいものの、キャラ設定を間違えている気がします。第1話でも文句があるなら直接言えとする一方で、反抗に対して理屈で圧倒することなく反抗したという事実のみをもって罰していましたが、第2話も同じ路線でした。一切反抗を許さないというなら、イオナ(委員長よかったなぁ・・・)ぐらい破天荒にいくべきところ、理屈をこね回しておきながら相手が理屈を出すと理屈で返さないのは姑息さが漂い、敵役としての魅力に欠けます。

その「女王の教室」では勝ち組・負け組論が展開されていますが、「ドラゴン桜」でも同じ議論がされています。最近のはやり(小泉構造改革の成果?)でしょうか。学園もので長澤まさみをそろえていますが、堀北真希に比べるとちょっとインパクトが弱かったです。今後に期待としておきましょう。

[sports]番長と破壊王の友情

いい話ではあるのですが、それって普段は全力を出し切れていないってことではないでしょうか。いくら味方がふがいなくともそれなりに試合を組み立て続けている、同名のライオンズのエースを見習っていただきたいもので。

[misc]Mr. Children「未来」

のサビの部分って、「Any」のそれに曲調が似てません?

#今日は芸能・スポーツネタばっかり・・・。

本日のツッコミ(全8件) [ツッコミを入れる]

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bewaad [今後の展開がわからないのであくまで現時点では、という前提ですと、広末と逆のキャスティングがよかったのかな、という気が..]

cloudy [昨日はじめて「女王の教室」を見ました(昼間再放送してたので)。 「誰も助けてくれない子供時代の恐怖」という設定から、..]

bewaad [個人的な経験則としては、めちゃくちゃな頭のよさか、まったく理屈に囚われない破天荒さこそが悪魔的に怖い存在だと思います..]


2005-07-16

[government]他省庁から見た内閣法制局

galaxykikiさんのところで着々と進む内閣法制局研究ですが、おそらく内閣法制局で審査を受ける立場の人間の証言はソースにないと思いますので、ご参考にしていただければと思いつつ。

「審査事務≠、意見事務=事実上の違憲審査」について

事実上の違憲審査は審査事務か意見事務かという点ですが、webmasterの受け止めとしては前者であるケースが多いと思います。世間的に注目を浴びる憲法解釈、例えば集団的自衛権と憲法第9条の関係は意見事務(=第一部が担当)ですが、憲法そのものについて意見を求められるこのような場合以外は、法律が違憲でない限りは、憲法判断はする必要がありません。

典型的な意見事務として、法律が想定していないような事態が生じて世間的に対応が迫られる場合、類推解釈で既存の規定を当てはめてよいのか、それとも反対解釈で法改正なくしてはそのような事態には対応できないとすべきか、というケースを想定すると、むろん規定のあり方によっては適用違憲の可能性があり、その際は憲法判断が必要になるわけですが、そうでなければ単なる解釈問題です。

他方で審査事務においては、原案を作成する省庁が持ち込んだ条文が合憲か違憲かを見る必要があります。審査の過程で当該条文が違憲だと判断すればダメだしをするわけですから、まさしく事実上の違憲立法審査をしていることになります。

#野次馬的好奇心でいいますと、仮に憲法改正が実現する場合、改正案が内閣提出であるならどこが審査するのかは興味があります(第二部かな、とは思いますが)。あと、法令番号がどうなるかについても。「平成X年憲法」なのか「平成X年憲法第1号」なのか、霞が関関係者ぐらいしかそんなことに興味はないでしょうけれども・・・。

具体例として、以前取り上げた証券取引法に基づく継続開示違反に係る課徴金についての違憲判断ですが、それについて国会で質問された際には、次のように第三部長が回答しています。

○田村(謙)委員 ありがとうございました。

先ほど大臣の方からお話もございましたけれども、金融庁が断念をした、先ほど大臣が御説明した理由というのも、そもそも、法案をつくって内閣法制局に金融庁から持っていったところ、そこでそういった問題点を指摘されたというふうに聞いていますけれども、改めて法制局の方に、課徴金制度についてどういった根拠でどういった問題点を指摘なさったのかということをお伺いさせていただきます。

○山本政府参考人 御説明申し上げます。

この問題を申し上げる前に、そもそも現在の課徴金制度はどういうものかということをまず申し上げたいと思うんですけれども、現行の課徴金制度というのは、カルテルやインサイダー取引、そういった経済的利得を目的とする法令違反につきまして、違反行為によって得られる経済的利得相当額を基準とする金銭的負担を課すことによりまして、違反行為がいわばやり得になるということを防ぐとともに、違反行為の防止という行政目的を達成するというものでございます。

このようなものである限り、現行の課徴金制度は、その目的のために必要なものということで、憲法三十一条が規定する適正手続の要請にも合致しておりますし、また、その趣旨、目的、手段などを前提といたしますと、憲法三十九条後段が規定する二重処罰の禁止との関係も問題にならないというふうに理解しております。

それでは、この継続開示書類の虚偽記載についてはどうかと申しますと、まず、それによって得られる経済的利得というのはあるのかどうか、それから、あるとしてそれは一体何か、そして、それをどうやってその水準を算定するのかということが実は必ずしも明らかではないということでございまして、そもそもこの課徴金という制度が違反行為の防止という目的のために必要かつ適切な手段であって、憲法三十一条や、とりわけ憲法三十九条後段との関係で問題がないかどうか、しばらく時間をかけて慎重に検討すべきものというふうに考えた次第であります。

#「山本政府参考人」は内閣法制局第三部長です。

他に、どうでもいいような内輪話としては、将来の長官を占うには第一部長の前に総務主幹をチェックするのが通だとか、内閣法制局の無謬神話は昨年の郵便法違憲判決で崩れたとか、第一部の仕事も意見事務といいつつ質問主意書答弁のチェックという審査事務に近いものが量的には多いとか。

「内閣法制局が有する総合調整機能」について

基本的には田丸先生のご指摘のとおりなのですが、webmasterの記憶では内閣法制局が調整らしきものをしたのは、最近では中央省庁等改革関係法施行法(本則全1,344条!)立案時のみで、しかもその内実は平仄合わせとでもいうべきものにとどまっています。そこは各省庁と内閣法制局には一線が引かれているからでして、政策を考えるのはあくまでも各省庁、法制局はその内容を法文に「翻訳」するときのチェック役がそれぞれの守備範囲となっています。審査をする参事官が個人的には政策としておかしいと思ったとしても、それはあくまで個人的意見にとどまらざるを得ません。そうした立場にあって内容の調整が不可能なのは自然なことです。

唯一例外があるとすれば、審査担当参事官が2名以上いて、その意見が食い違うときです。この場合でも政策そのものを調整するわけではないのですが、従来の政策との整合性等の点からそれぞれの参事官がそれぞれの省庁に別の指示を出すと、それら省庁は自ら譲る判断を行える立場にはありませんので、内閣法制局内で参事官同士(場合によっては部長同士)で協議を行い、統一方針を固めることとなります。

[economy]国土交通省の分析に見る地域圏

郵政民営化に関連しての地域間格差等についてのwebmasterの見方を受けて、kumakuma1967さんが7/117/137/14の3回にわたり議論を展開されています。ご教示ばかりいただく形になり後ろめたさが否めません(笑)ので、新しい議論の材料を紹介したいと思います。それは、国土交通省の「二層の広域圏の形成に資する総合的な交通体系に関する検討委員会」が本年5月にとりまとめた、「新しい国のかたち「二層の広域圏」を支える総合的な交通体系最終報告」です。

この報告では、自動車交通に着目して地域間のつながりを計量化して、「二層の広域圏」というものを示しています。もちろん航空・鉄道輸送を考えたらどうなるとか、そういったさらなる発展の余地はありますが、なかなか考えさせられる姿がそこにはあります。一目瞭然の図表が概要の4ページにありますが、「二層の広域圏」とは「地域ブロック」と「生活圏域」で、前者は都道府県をまたぐ広域経済圏(全国で8ないし9ブロック)、後者は30万人程度の人口・1時間交通圏を基本とする市町村をまたぐ経済圏(全国で82都市圏)となっています。

「地域ブロック」については、この最終報告のボーダーの引き方がいいのかどうかという点と、ブロックが均等でないことをどう考えるかという点の2点に関心が向きます。前者については、そもそも最終報告において8ないし9とされているように、中国地方と四国地方を1つと考えるのか2つと考えるのかというのが最大の議論でしょう。

#中国と四国を1つのものとして考える場合、徳島は淡路島経由での京阪神圏(概要中では「V」(=5)とされているブロック)に含まれるものと観念すべきではないかという気もします。

概要中の図表を見て他に気がつくのは、北陸地方(富山、石川、福井)が京阪神圏に含まれつつも、京阪神方面とは最大流動線がつながっておらず、最大流動線のつながりをもってブロック分けの基準とするのであれば、本来独立したブロックとなるべきものではないかということです。八田先生の50万人仮説(人口50万を基準として、「下」から「上」へ人口移動が起こる)を前提として考えるなら、北陸ブロックの中心都市となるべき金沢が50万人以下の人口しか有していない以上、他に依存せざるを得ない状態(3県の人口を合計しても300万人強ですから、ブロック規模としても若干過小ではあります)と言えるのかもしれません。

後者については、端的には独立したブロックとされる北海道(「I」)や沖縄(「IX」)が現に中央政府からの資源配分についてネット受取超であるわけですから、ナショナルミニマムの設定の程度にもよりますが、トランスブロックな資源配分は依然として必要ということになります。

「生活圏域」については、そこに含まれない地域をどう考えるかという点と、将来を視野に入れてもなお成立可能と考えられるかという点と、そして圏域間格差の3点に関心が向きます(第3点は「地域ブロック」とは量的な差の話なので、繰り返しは避けます)。

第1点については、最終報告ではいずれの生活圏域にも属さない地域を「自然共生地域」と称していますが、その比率は人口カバー率で9%、面積カバー率で45%となります。各「生活圏域」を基準としてある程度のインフラが整備されるようなケースを仮定した場合、その地域格差をどう考えるかということです。

例えば概要の8ページに第三次救急医療施設の分布図があり、各施設の60分圏内がほぼ「生活圏域」に重なるわけですが(人口カバー率で90%、面積カバー率で59%)、その外(離島のほとんどがそうですし、知名度のそれなりにある都市でいえば稚内などもそうです)に住む日本国民の1割程度は同じ病気や怪我に襲われた際、生き延びる確率においてある種の差別を受けることは受忍限度の範囲内なのか外なのでしょうか。

第2点については、既述のとおり「生活圏域」は30万人という圏域内人口を想定しているわけですが、先に紹介の50万人仮説が妥当するなら、82の「生活圏域」は今後さらに淘汰が進んでいくわけです。その場合、「生活圏域」の人口カバー率が一定であっても面積カバー率は減少し、「自然共生地域」住民が「生活圏域」に存するインフラにアクセスしようとした場合、必要な時間・コストは上昇せざるを得ません。

国土交通省としてはだからもっと交通インフラ整備が必要だ、という話になるのでしょうけれど、それを是認するにせよ否定するにせよ、このような実態を踏まえて議論が行われてほしいとwebmasterは思います。やっぱり今の構造改革路線は、過度に単純化した一般論で議論が進み、こぼれ落ちる各地域は自助努力で自立すればよいし、それは可能なのだという整理になっているようにwebmasterには見えるのですが・・・。

本日のツッコミ(全16件) [ツッコミを入れる]

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ko-ji [ “中心都市を首都並みの勢いで整備”というか、各地域ブロックをアジアの中で埋没しないヨーロッパ主要国レベルの「国際競..]

bewaad [>鍋象さん、ko-jiさん 地域ブロックごとに外国へのアクセスを確保するという方針のようですが、民族・財政的に困って..]

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2005-07-17

[law]「行政訴訟・5つの謎」(@the other side of ”ernst”7/16付)

最近、人権擁護法案に規定する勧告を司法判断に持ち込む手法としての公法関係確認訴訟に着目していたのですが・・・。

ID:paco_q:20050715でも書きましたように,病院開設中止勧告に関して最高裁は,確認訴訟ではなく処分性を認める考え方を提示しました。これを受けて,新行政事件訴訟法に関係する疑問点を5つ挙げてみたいと思います。

(1)公法上の当事者訴訟(確認訴訟)はどのような局面で利用されることが考えられるか。抗告訴訟・民事訴訟との関係は理論的にどのように整理すればよいか。確認の利益はどのような場合に認められることになるのか。

(略)

法学バトンのように5つまとめて...とするにはあまりに重たいので,どれか気になったものだけでもお時間のあるときにお答えいただければ幸甚です(>dpiさん,Kaffeepauseさん)。僕も時間の余裕があるときに考えてみたいと思っています。

なんと本職の方々のご見解がうかがえるということで、非常に楽しみです。ちなみにwebmasterは、処分権を背景にした行政指導(従わない場合行政処分につながる蓋然性の高いもの)は抗告訴訟、従わなくとも処分につながらない(処分権のない)ものは確認訴訟かなとは思っています。

#塩野行政法II(第4版)の該当箇所で紹介されていた中川論文も得るものが多いように思うのですが、うちの業界ではどこで入手可能なんだろう・・・。

[comic]現在官僚系もふ・第17話

もふが「自白」するという、やっぱりわけのわからない対策がでてきました。

ストーリー上は、たまたま高橋補佐が財務省の人間の会話を耳にして、それをリークしたことになっています。テーマが経産省関連のもので経産省が組織的に有している情報だからリークするなら経産省だ、というたぐいのリーク元の推測はあり得ません。財務省上層部が経産省の誰かがリーク元だと判断したのは、固有名詞は言えないけれども経産省の誰かだ、という情報を何らかの手段で入手したからであるはずです。

この場合、もふが自分がやったことだと言ったところで、矛盾した情報を入手した際に誰もが行うであろう作業、つまりそれぞれの裏取りをする等の精査を通じてそれぞれの信頼性を検討し、いずれが事実により近いかを判断するはずです。そうした作業を経れば、もふの発言がうそであることは明らかになってしまいます。

#「自白」だからといって100%信じてしまうほど織田官房長は無能だ、という設定ならともかく。

他方で経産省がこれで矛を収める保証もありません。すでに経産省は環境税反対運動をスタートさせている(設定な)わけですが、「戦争」云々を抜きにしても経産省は環境税反対派ですから、これ幸いと運動を継続することでしょう。といいますか、経産省への報復だと明言して人事異動を決めたわけでもないでしょうから、それが部内の検討であった時期であればともかく、対外的にも知れ渡った今、もふの行動を契機に取りやめるなら、この人事異動は報復措置だったけれどもぬれぎぬであったからやめるとする必要がありますが、そんな説明をするわけもないですし、であれば経産省としても止める口実がありません。

いずれにしても、かわいそうなのは環境省ですねぇ。作者の描き方では、環境税はあくまで報復措置として意味があるようなもので、そのものの政策的意義は完全に無視されているわけですから・・・。

本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]

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bewaad [正直申し上げて訴訟法関係は不安だらけですので、本来お願いしてでもご見解をいただくべきところ、このような企画を拝見して..]

dpi [>bewaadさま 行訴を理解に民訴の理解が必須という点はご指摘の通りですが、公務員を目指す学生にどの程度訴訟法を教..]

bewaad [実務を申し上げますと、国が被告となる訴訟は法務省の検事様が協力してくれますので、訴訟法はほとんど知識を要求されません..]


2005-07-18

[politics][economy][government][book]岡本全勝「地方財政改革論議」

最近地域間格差の話をよく取り上げているので、あらためて基本の勉強のためにと読んでみました。メインテーマは地方交付税で、著者は(以前当サイトで触れたこともありますが)元総務省自治財政局交付税課長というその当事者中の当事者です。

p58において地方交付税に対する主な批判が列挙され、それに対する反論ないし意見が述べられていますが、やはり地方財政問題の根本はwebmasterが言うナショナルミニマム(著者の言葉ではナショナルスタンダード)の水準をどうするかではないかとの意を強くしました。著者のまとめでは次のとおりです。

(略)地方財政計画の歳出は、その多くは国が決めた教育・福祉などの実現であり、国が期待する公共投資の実現である。基準財政需要学の水準が「高い」とするならば、国家としての福祉や教育の水準を下げ(例えば先生の数を減らすとか、給与水準を下げるとか)、国家として期待する公共投資の量を下げることである。

繰り返しになるが、地方財政計画や地方交付税(基準財政需要額)の内容は「独立変数」ではなく、国の決めたあるいは国の期待する行政内容と水準の「従属変数」の部分が大きい。

(p82)

ちなみに上記の「主な批判」は相当程度網羅的で、中には厳しい反論がなされているものもありますから(そういうものに限ってありがちなのですが(笑))、財政的な面から地方分権を考えたいのなら、事実誤認の主張を避けるためにも、目を通しておいて絶対に損はないと思います。

#現在の低成長を当然視して予算制約を語るところには疑問もありますが。

[media][book]北田暁大「嗤う日本の『ナショナリズム』」

本書のキーポイントとなるのは、実はあとがきのようにwebmasterは感じました。p267において著者は自らのテレビを中心としたメディア受容史を紹介した上で、それを「凡庸」「平凡」と呼ぶわけですが、著者のような経歴の人間が凡庸なわけありません(笑)。凡庸ならざる人間が自らを凡庸と位置づけ、その枠組みの妥当性を検証しようという考えが浮かばなかったところに、webmasterが見るところの本書の問題点があるように思います。

それがもっともわかりやすく示されているのが、第三章「パロディの終焉と純粋テレビ」でしょう。上記の自分史で「夕焼けニャンニャン」にはまっていたことが紹介されますが、それや「オレたちひょうきん族」「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」(おそらくこれらの番組も著者は視聴していたことでしょう)を引いて当時のお笑い番組をアイロニカルなものと分析するわけですが、著者はこれらの番組をアイロニカルだとする言説を、おそらくは自らの実体験がそれと軌を一にするだけに、無批判に受け入れてしまいます。

その前提があって、第四章において若者たちは、マスコミが提示する価値体系を十分に咀嚼したうえで自らの記号的位置を演出していくこと、つまりマスコミが演出する《秩序》のなかで位置どりすることを求められていた80年代と、大文字の他者が制御する《秩序》からはみ出すことよりは、内輪での《繋がり》をしくじることのほうが回避されるべき事態となる90年代半ば以降という対比(p206)が描かれているわけですが、実は80年代だってそのような「若者たち」は少数派で、ただそうした少数派の言説のみがマスメディアに載ったからこそあたかも多数派であったかのように見えるだけだったとしたらどうでしょう。

90年代半ば以降というのは、Windows 95の「95」が1995年であることが典型ですが、インターネットの興隆により、マスメディアに載らなかった言説の多くの人目に触れるチャンスが拡大していった時代でもあります。著者が見るようには「夕焼けニャンニャン」を見ていなかった人々がいたところで、80年代にはそれを知る由もなかったのが、90年代半ば以降には著者の目に留まるようになります。この仮説が正しければ、著者の見る変化は実は発見だということになります。

80年代のそうした「若者たち」が少数派であったのではないかとうかがわせるのは、本書で引用されるその人たち[引用者注:都会的センスでは唾棄の対象となる、高度経済成長期の中流家庭の象徴「花柄の魔法びん」を愛用しているような人びと]が嫌なことされた時に、代わりにちょっと守ってあげる役割ができないかなっていうのが、70年代終わってからの発想なんだ。「アルミサッシ」とかってさ、クズみたいに言われるでしょ、インテリから。(略)花柄魔法びんの味方ってほどじゃないけど、その人たちの数とか、その人たちのつけてきた垢みたいなもの考えるとさ、その分量の方が、C調なこと言ってるヤツのほうより多いわけよね(p74)という糸井重里の発言です。

#1983年の対談でのものとのことです。なお、引用部分の「引用者」は著者です。

著者の2ちゃんねる等に対する見方が、「『アルミサッシ』とかってさ、クズみたいに」言う「インテリ」のそれと構造としては同じではないか、という思いがwebmasterにはしてならないわけです。であるなら、歴史なき時代において、ということは処方箋=思想が敗北すること‐スノッブ的否定の対象となること‐を宿命づけられた時代において、それでもなお絶望せずに思想を語り続けること。この本の記述が、そうした蛮勇を動機づける契機となってくれることを願っている(p250)という著者の結びは、かつては思想がスノッブ的否定の対象ではなかったという過去の理想化に基づく、ナロードニキの悲劇の繰り返しに他ならないでしょう。

#繰り返す場合は喜劇と呼ぶべきでしょうか、この文脈では。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

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bewaad [一番念頭にあったのは、何の本かは忘れたのですが、呉智英が本を読むような連中は「読書階級」なのだ、と喝破したものです。..]

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2005-07-19

[government][politics][economy]真の「敵」は誰だ?@障害者自立支援法案

「先日、衆議院で可決した障害者自立支援法案に対するさまざまなブログの反応」(@+ だ ちょう +(駝 鳥)7/17付)において、障害者自立支援法案についての反対意見がとりまとめられているのですが、多くの批判がまずは法案を作成した厚生労働省、次いで郵政や公共事業といった「既得権」(財源がないなら、障碍者向け支出よりもまず彼(女)らへの支出を削れ、というものです)に向けられていまして、それを見てちょっと切なくなってしまいました。

というのも、この法案が作られた源はなにかと見ていけば、経済財政諮問会議に行き着きます。厚生労働省からすれば、諮問会議においては、まずは支出すべき内容ありきで考えるべき(彼(女)らの言葉では「積み上げ」)であるということをねばり強く主張しているわけですが、基本的にその主張は理解を得られずに今に至っています。諮問会議の決定はそのまま閣議決定として政府全体を拘束することになるので、厚生労働省としては先日まで自分たちが発言していたようなことを障碍者たちから言われ、それに対して諮問会議の民間委員が言っていたような反論を職務上せざるを得ません。切ないなぁ。

#そういう諮問会議のやり口、すなわち改革の担い手としての名声は独占し、他方で汚れ仕事は各省庁に押し付ける手法もまた、webmasterの諮問会議への低い評価の一因ではあります。

また、自らのパイを増やそうとする際、ポジティブサムな経済状況であれば他人のパイを奪う必要はないのですが、ゼロサムであるなら他人のパイを奪わなければなりませんし、ネガティブサムであれば現状維持すらパイの奪い合いです。本来ポジティブサムを達成する責任があるはずの経済財政諮問会議が、そこに頬被りしてゼロサムを当然視し、その前提の刷り込みが行き渡った結果、程度に差はあれ政府から資源配分や所得再分配を受けるべき者同士がパイを奪い合い、結果としてものの見事な分断統治にはまっているわけです。切ないなぁ。

経緯を振り返ってみましょう。昨年度において社会保障改革が経済財政諮問会議で初めて議論されたのは第11回会議(5/19開催)ですが、その際の牛尾委員の次の発言が、既にその後の方向性を物語っていたと言えます。

(牛尾議員)(略)

財政審も書いているように、名目成長の範囲以外のことはできないとはっきり自覚することが必要。高齢化もあるし、少子化にもなる。税収は減るかもしれないが、そこで工夫しながらどうするかということが政治の決断であって、法律がこうなっているから、ということであれば法律を変えればいい。この経済財政諮問会議というのは、そういう根本的な中長期にわたる大きな決断をするために、われわれ民間人の気持ちも入って議論している。民間経営者というのは、会社の存立を最優先する。郵政の民営化のときにもあったが、初めから利益が出ないようなら民営化なんて意味がないというのと同じように、会社の存立条件、経済の範囲の中しかできないということが民間経営者の基本である。

民間経営者の立場から言うと、すべての予算が名目成長の範囲内でしか上がったり下がったりできないということは当たり前のことで、更に減らしていかなければならないことだってある。ただ、はっきり言えることは、安全と安心に関しては国際情勢、治安、防衛、サイバーテロと色々な問題が出て、費用がこれから増えてくるということ。これは残念ながら割くことができない最優先の課題、国家の基本的な責任と権利である。

そういう項目が立ったときに、本間議員や吉川議員が仰るように、厚生行政に対する時代認識にかなり我々との間に落差があり過ぎるという印象を持った。坂口臨時議員が社会保険庁の記者会見で激怒されている姿を見て、その苦悩のほどは十分共鳴している。しかし、全体として、今日の資料を見て私は愕然とした気持ちであり、もう少し時代の要請というもの、改革なくして国の存立はない、ということを我々は遵守していきたいと思う。

民間経営者の立場を振りかざすなら、売上げ(ここでいう名目成長に相当)をのばすことができなかったことの責任についても一言あってしかるべきでしょうに、そちらについては外部変数で自らの責任ではありませんと言わんばかりに黙殺する姿はいかにもアンフェアであろうとwebmasterには見えるわけですが、とまれこの発言に代表されるような雰囲気が諮問会議を支配し、基本的に厚生労働省は如何にこの注文を値切るかという守勢一方で、そもそも論などできる状況にはありませんでした。

続く第12回会議(5/28開催)において提出された、いわゆる骨太の方針の原案にて、例の「人間力」の一つとして障害者の雇用・就業、自立を支援するため、在宅就労や地域における就労の支援、精神障害者の雇用促進、地域生活支援のためのハード・ソフトを含めた基盤整備等の施策について法的整備を含め充実強化を図る。という一節がいきなり挿入されました。骨太の方針自体は、第9回会議(4/26開催)から議論されていますが、webmasterがチェックしたところ(見落としがあれば訂正します)、障碍者の自立という言葉は第11回まで何ら議論されていませんし、この第12回にはそもそも坂口厚生労働大臣(当時)は出席を求められていませんので、議論のなされるはずもありません。

さらには三位一体とのからみもあります。今回の法案の青写真となった「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」については、厚生労働省事務局(社会・援護局障害保健福祉部の村木企画課長)から次のような説明もありました。

○村木課長

三位一体との関係が一部の委員の方からありましたので、それについてお答えをしたいと思います。今回の三位一体の議論の中で、私ども障害福祉の分野がほとんどの補助金、負担金が大きな制度改革の見直しの中で検討すべきものとして地方への移譲を相当部分が外されております。そういう意味では、私どもはこれからの障害保健福祉の制度のあり方がどうなるのか。とりわけ、国と自治体との役割分担がどうなるのかということをきちんと絵をかいて、地方自治体にお示しをする必要があるのだろうと思っております。で、今回のグランドデザインは先ほどもご説明したように、私どもとしてはかなり三位一体の議論や地方分権に沿ったものとして書いてみたつもりでございます。そして、基礎的な自治体がサービス提供の主体を担い、それからまだ非常に未成熟な分野のある障害者福祉について、枠組みづくりは国がもう少しやらせていただくという形で絵をかきました。この案をここでご議論いただくとともに、地方自治体の方々、6団体の方々ともよく議論をして、自治体の方々が納得できる軽の絵にしていくという作業が必要かと思っております。

これだけ外堀を埋められているわけですから、厚生労働省の制度設計の自由度はたいしてありません。その範囲内で改善の余地はあるかもしれませんが、改善したところでたかがしれています。具体的な議論ということで昨年度の議論から追いかけてみましたが、潜在的国民負担率について。これは、過去において問題点や使われ方について、十分我々は議論してきたのではないか。しかも昨年、基本方針2003で、閣議決定もしているわけであり、それを改めてまた持ち出して、使われ方も含めての有り様について問題提起をしているというのは、如何なものか、というのが私の印象であると第11回諮問会議で本間委員が発言しているように、実際には一昨年度に勝負はついてしまったようなものです。

逆に言えば、まずは熱狂的な改革支持の中でまず総論を固めてしまい、その後いわゆるゾンビ企業、道路に代表される公共事業、郵政、社会保障などの各論において抵抗勢力を分断撃破した小泉政権の戦略は、それが意図したものか意図せざるものかは知りませんが、見事なものだったとは言わざるを得ないでしょう。それが多くの人にとってどのような結果をもたらしたのかはさておき。

[economy]「新しい公共」の存在不可能性

上記エントリの補足のようなものですが。

「労使の「新しい公共」」(@吐息の日々〜労働日誌〜7/15付)や「新しい公共理念?」(@ニート・ひきこもり・失業 ポータルネット7/16付)で取り上げられている「新しい公共」ですが、経済学的に言えばソーシャル・キャピタル理論に立脚しているようです。

信頼だの公だのというとうさんくささ爆発(笑)ですが、webmasterの理解では、ソーシャル・キャピタルとは情報の非対称性や将来の不確実性を緩和する社会的コミュニケーションと整理可能だと思います。知っている人から買う中古車は知らない人から買うそれよりも「レモン」であるリスクは低いでしょう。グラミン銀行が貧困層を対象に融資をしてもなお回収率が高いのは、隣近所同士で連帯保証をさせて夜逃げ等々のリスクをヘッジしているからです。

さて、上記エントリのような「分断統治」の結果、社会の各集団が互いをパイを奪う対象として敵視しあう状態というのは、こうした社会的コミュニケーションにとってプラスかマイナスかと言えばマイナスなわけですから、経済財政諮問会議が今後の経済成長率は低位安定にならざるを得ないということについては、自ら推進するソーシャル・キャピタルの毀損も貢献するところ大ではないかと(笑)。

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bewaad [その手の発言で幽明なのは「貧乏人は麦を食え」でしょうけれども、むしろそのようにはっきり言ってくれる方がましだと思いま..]

BUNTEN [ちなみに、"羊が鳴かないように毛をむしる"とかのたまって消費税を入れた某氏には、"羊の毛は刈るもんだ、むしってどーす..]

bewaad [刈られても痛くないでしょうから鳴かなくても当然で、やっぱり鳴かないようにむしることに意味があるのではないでしょうか(..]


2005-07-20

[sports][economy]フリーエージェントの市場構造

最近法学ネタに偏っている気がしてならない(笑)ので、経済学ネタを。「フリーエージェントとレモンの市場」(@のびたの経済学お勉強ノート7/17付)において、フリーエージェントで移籍した選手がそうでない選手に比べ欠場試合数が多いことから、フリーエージェント市場はレモン市場、つまり見ただけではわからない欠陥品が紛れ込んでいる市場ではないか、との仮説を立てつつ、なぜ選手を獲得する球団がレモン(=値段に見合わない選手)をつかんでしまうのかわからないとの問題提示をされています。それに対するwebmasterの考えは次のとおりです。

アカロフのレモン理論が予言するところによれば、レモン市場は成立しない、つまりレモンの存在故に合理的な価格よりもリスク分だけ価格が下がると、その下がった値段では見合わない優良財は売りに出されなくなるのでレモンを買ってしまう確率が上がる=リスクに対応する値引きがより大きくなり、となるとさらに優良財が売りに出されなくなり、の悪循環が生じて結局売買が成立しなくなるわけです。ところがフリーエージェント市場では逆の価格高騰が起きているわけですから、レモン市場ではそもそもないのではないか、という気がしてきます。

逆転の発想で違う仮説を立ててみましょう。フリーエージェントにより不当に多くの試合を欠場するようになるのではなく、フリーエージェントでない選手が不当に多くの試合に出場せざるを得ないとしたらどうでしょうか。つまり、相対的に不完全市場なのはフリーエージェント市場ではなく非フリーエージェント市場であると考えてみるわけです。ただし、どのようなロジックで不完全市場であるかは異なります。フリーエージェント市場=不完全市場仮説(以後「レモン仮説」と呼びます)では情報の非対称性故に不完全市場としていましたが、非フリーエージェント市場=不完全市場仮説では不完全競争故に市場となります。わかりやすく言えば「独占仮説」です。

非フリーエージェント市場では、事実上球団が買い手独占状態にあります。選手にとって球団から示された給料に納得できない場合には、移籍の自由がなく取り得る選択肢は野球をやめることしかないので(とりあえず調停は捨象します)、球団はプライステイカーとして振る舞うことが可能です。リクルートへの影響や選手がやる気を喪失して球団全体として成績が下がるといった要素を考慮する必要がありますから、最低賃金のみをオファーするということは実際にはあり得ずそれなりの給料を提示はしますが、それにしても相当程度の超過利潤を得ているはずです。

#欠場試合の話を給料に置き換えていますが、選手が提供するサービスとそれへの球団が支払う対価(給料)の相対バランスの話なので、単純化のためにそうしました。

これがフリーエージェント市場になりますと、他球団が現所属球団よりもほんの少し高い給料を提示した場合、ほんの少し超過利潤を諦めることで残りの超過利潤を得ることができますから、その高い給料がオファーされ、それよりもほんの少し高い給料を現所属球団やまた別の球団がオファーすることは同様の理由で合理的行動ですから、という繰り返しの結果、超過利潤が消滅する均衡まで給料は上昇することになります。

他方で、仮に現所属球団が超過利潤を得ていない場合はどうでしょうか。この場合、他球団はより高い給料をオファーするインセンティブがありませんから、移籍もなければ給料の引上げもありません。移籍した場合は必ず超過利潤が存在していたことになりますが、現所属球団にとどまった場合は超過利潤が存在していて、かつオークションで現所属球団が勝った場合と、超過利潤が存在していなかった場合の双方があり得るので、平均すれば移籍した選手の方が給料が高くなってしかるべきです。

球団がプライステイカーであるなら超過利潤が存在していない場合を仮定するのはおかしいとの指摘があるかもしれませんが、それは事前と事後の違いだとwebmasterは理解します。選手の提供するサービスには、怪我やスランプのリスクがありますから、事前にはそれに見合うプレミアム分が設定されているでしょうけれども、そのプレミアム分を超えて超過利潤を食いつぶすだけのサービス水準の低下もあり得るわけです。

他に考慮すべき事項としては、次のようなものもあるのかもしれません。

  • 将来のフリーエージェントがコンテスタブルマーケットのように機能していることもあるでしょう。フリーエージェント権を取得する前に複数年契約を締結するような場合が典型で、あらかじめ超過利潤を放棄することで流出防止が図られるわけです。
  • 非常に優れた選手は、逆に売り手独占を形成することもあるでしょう。他の選手では代替が困難なほど差別化された選手の場合、フリーエージェント市場で決定される給料は、その選手が現所属球団に残るにせよ移籍するにせよ、逆に選手側に超過利潤を生じさせる水準まで上がるはずです。
  • 複数年契約によるモラルハザード問題もあるでしょう。しかし、フリーエージェントとは独立して複数年契約が締結されることもありますし、他方でインセンティブ契約により問題の解消が図られる部分もありますので、本件を検討するに当たっては、あまり考慮する必要もないように思います。
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のびた [これまでのやりとりについて、大竹文雄先生に、私のブログのエントリーの方にコメントして頂きましたので、お知らせします。]

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2005-07-21

[pseudos][economy]トンデモ#9:アジア港湾戦争

決して経済報道においてレベルが高いとは言い難い我が国マスメディアの中でも、とりわけ玉石比率が石に偏しているきらいのある毎日新聞が、かつて七つの海を支配した英国経済の凋落(ちょうらく)は港湾の没落から始まった。物は市場原理という「神の手」で港を選ぶ。そのひそみに倣うなら日本経済の衰退は既に始まっているだなどとまた世迷い言です。

いちいちツッコミを入れると毎日取り上げるようになってしまうのでスルーすることが多いのですが、今回の記事については木走さんまで幻惑されてしまったようで、世迷い言が本当に世を惑わすことのないよう、あえて取り上げざるを得ないでしょう。

まず木走さんご紹介のデータソースを当たります。日本船主協会のデータページ中の「世界の港湾におけるコンテナ取扱量」がそれですが、一見すると中国や韓国に負ける日本というイメージが伝わってきて、危機感があおられるのもむべなるかな、とも言えます。

しかし、ちょっとデータを加工してみましょう。まず、G7諸国のコンテナ取扱量(世界上位40港対象、2003年)を見てみると次のとおりです。

コンテナ取扱量(千TEU)
アメリカ19,566
日本9,698
ドイツ9,330
イタリア3,149
イギリス2,482
フランス1,985
カナダゼロ

トップのアメリカですら香港1港にかなわず、イタリア以下は惨憺たる有様ということになってしまいますが、どうなのでしょう? コンテナ取扱量で国の盛衰を計るなら、カナダなどもう滅亡状態ですね(笑)。

もう少し抽象度を高めて、同じ対象で先進国(定義としてはOECD加盟国を用います)と発展途上国で足し上げますと、先進国75,188千TEUに対して発展途上国115,324千TEUとなります。日本に限らず、先進国は港湾戦争とやらでは負けているわけです。

これら発展途上国の港湾がこれほど取扱量が多くなる理由は、毎日記事の中に隠されています。具体例として紹介されるマレーシアのタンジュン・ぺラパス港の描写は次のとおりです。

そのロケーションは何と世界トップクラスの中継貿易港シンガポールの鼻の先にあるジョホールバルのそばにある。ここはマラッカ海峡に面していて欧州から来る大型船の荷物をここでトランシップ(積み替え)するというのだ。積み替えた後、アジアの諸港に配る。これでは中継港で世界的な地位を占めていたシンガポールはたまったものではないだろう。

現地ではマンゴー畑と熱帯雨林を伐採しさらに拡張工事を進めていた。2年後にはさらに6バース(岸壁)が完成し合わせて14バースに増える。これは日本のトップコンテナ港である東京港とほぼ同規模だ。

まず需要側から見ると、自国に関わる輸出入以上に、トランシップが大きいということになりますが、トランシップは現状うまみが全くない商売です。船主からすれば、お客がいるところには結局は荷を運ばなければならないわけですが、どこでトランシップするかについてはそのような縛りがありません。東アジアで言えば、例えば日本に荷を届けるに当たって、香港、シンガポール、上海、深[土川](セン)、釜山、高雄(以上が上記統計の世界トップ6です)とよりどりみどりですから、おいしい思いをすべく料金に超過利潤を含めればたちどころに商売あがったりです。

他方で供給側を見れば、マンゴー畑や熱帯雨林を伐採して造成する場合と、日本のように埋め立てたり既にある民間施設等に立ち退きを願って造成する場合とのコスト差はあきらかですし、人件費にしても同じ土俵に乗るわけがありません。

そんな市場に国策で乗り出そうというなら、無駄な公共投資で施設をつくって補助金で運営しなければなりませんが、そういうことがわかっての記事だとはとても思えません。メディアに踊らされてこのような事業をはじめようなら、将来的には本四架橋などと同じように評されること間違いなしでしょう。結局、ハブ港湾は日本にとって比較劣位であり、そんなものに振り向ける資源があったら商業施設でもなんでも民間に有効活用させた方がよほどましです。

もちろん今の日本の港湾施設に改善すべき点が多々あるのは事実でしょう。しかしその改善は、あくまで自国の用のための使い勝手の改善の観点からなされるべきで、勝ち目のないアジア港湾戦争の勝利とやらを目指して行われるべきものでは決してないのです。

[politics][media]中国の軍事費報道

関連してこれも木走さんがお取り上げですが、アメリカ国防総省のレポートで、中国の実質軍事費は公表数字の2-3倍だという推計が出されたとの報道があります。これ実は、昔からそういうレポートなのです。「初めて」とは書かれていないので誤報ではありませんが、紛らわしいことこの上ありません。該当部分を抜き出すと次のとおりです(強調はwebmasterによります)。

ページ記述
2005pp21,22(略)On March 4, 2005, a spokesperson for China's National People's Congress announced that China would increase its publicly disclosed defense budget in 2005 by 12.6 percent, to approximately $29.9 billion -- double the figure for 2000.(略)However, the officially published figures substantially underreport actual expenditures for national defense.(略)According to some estimates, the official budget does not include foreign weapons procurement (up to $3.0 billion annually from Russia alone), expenses for the paramilitary People's Armed Police, funding to support nuclear weapon stockpiles and the Second Artillery, subsidies to defense industries, some defense-related research and development, and local, provincial, or regional contributions to the armed forces. Combined, these additional monies could increase actual defense expenditures by two to three times the publicly available figure, suggesting the defense sector in China could receive up to $90.0 billion in 2005, making China the third largest defense spender in the world after the United States and Russia, and the largest in Asia.
2004pp26,27In March 2004, China announced that a real increase of 11.6 percent ($2.6 billion) to its 2004 defense budget, bringing the total to $25 billion.(略)However, the announced budget markedly understates actual defense-related spending and does not include major spending categories, such as weapons research and foreign weapon purchases. In addition, the PLA receives funding or bartered material from a multitude of sources at every level of government. It also avoids some support costs by using soldiers to grow food and produce materiel. It even subcontracts soldiers out for public and private projects. DoD estimated total defense-related expenditures for 2003, counting the large but difficult-to-calculate off-budget financing, could be between $50 billion and $70 billion, making China the third largest defense spender in the world, after the United States and Russia, and by far the largest defense spender in Asia followed by Japan.
2003p41In March 2002, Chinese Finance Minister Xiang Huaicheng announced that China is increasing military spending in 2002 by 17.5 percent -- or $3 billion -- bringing the publicly reported total to $20 billion. The publicly disclosed figures do not include major spending for weapons research and for the purchase of foreign weapons. Actual military spending, including the large but difficult-to-assess off budget financing portion, could total as much as $65 billion, making China the second largest defense spender in the world after the United States, and the largest defense spender in Asia.
2002p38In March 2002, Chinese finance minister Xiang Huaicheng announced that China is increasing military spending in 2002 by 17.6 percent, or $3 billion, bringing the publicly reported total to $20 billion. The publicly disclosed figures do not include major spending for weapons research and for the purchase of foreign weapons like two Russian-built destroyers China bought last year. Actual military spending, including the large but difficult-to-assess offbudget financing portion, could total $65 billion, making China the second largest defense spender in the world after the United States and the largest defense spender in Asia.

ちなみにこれらのレポート、"the National Defense Authorization Act (FY2000)"に基づき毎年議会提出義務があるとのことなのですが、2000年に最初のレポートが出た翌2001年はなぜか提出がなされず、上記2002年版に飛んでいます。で、2000年版にはこれらに相当する記述がありません。2000年の段階でどのような認識をしていたかは知るよしもありませんが、少なくとも2002年以降、アメリカ国防総省は同様の主張を継続しているのです。

以下は妄想の類ですが、「宮崎正弘の国際ニュース・早読み(2001年12月30日号)」で、丹羽春喜・松木隆「中国軍事支出動向に着いての推計と考察」(「問題と研究」2001年12月号所収)の内容が紹介されていまして、孫引きでそれを引用すると次のとおりです。

中国の「軍事支出総額は、中国政府が公式に公表している「国防費」よりもはるかに大き」いのである。

まず第一に「国防科学研究費・国防基本建設費」などといった「兵器・装備開発のための経費」は「科学研究費(国家財政支出項目の社会文化教育費に含まれる)、基本建設費(国家財政支出項目の経済建設費に含まれる)に計上される。しかしながら、それらの金額については公表されていない」のである。

つまり「科学研究費」支出の実態は国防関係の研究投資で「軍事関係R&Dに投入された」と推定される。

第二に「人民武装警察費・民兵事業費・人民防空費」なる項目だが、これらは「行政管理費から支出される。民兵事業費とは各級政府による民兵の管理、維持、運営経費であり、人民防空費とは要域防空、重要施設の対空防護、市民防空経費などである」。

第三に「軍事演習などの特別予算」だが、これらも「行政管理費に計上されていると推定される」。

第四に「軍隊予算外経費」。これは「軍の生産活動などにより創出される政府財源以外の軍事資金で」でたとえば、「自家消費用の農作物の栽培、家畜の飼育など」。これら軍内部のアルバイトに加えて「軍企業の経営による利潤、国防工業部門の民用生産による利益、兵器輸出による利益」などと類推される。

第五に「使途不明金」が多く存在する事実を丹羽教授らは指摘される。

そこで丹羽教授らは「闇」に迫るために「国家備蓄増加額」に「公表国防費」と「軍事関連R&D支出」を合算した額を計算し、中国の軍事支出総額の動向について推計を出されている。

その結果、中国の軍事費はGDPの5%前後に達しているだろう、と推論している。

どの科目を実質的な軍事費に含めるかとか、実質軍事費の対GDP比率が5%程度であることとか、妙に国防総省レポートと一致を見せるこの論文ですが、着目すべきは2001年に発表されたものであることです。まさか、国防総省がパクった、ってことはないですよね・・・。

[book]ジャンル別ビジネス本大賞 '05上半期(マクロ経済)@SPA! 2005/7/26号, p129

田中秀臣先生から告知がありましたので購入しました。回復傾向だと『偽りの』といったことはリフレ派もしがちで、自戒せねばと思いつつも・・・。

ベスト3第3位に選ばれた中島隆信「お寺の経済学」はミクロ経済本では(笑)。

#先生ご自身は「エコノミスト本」とおっしゃっていますので、「マクロ経済」は編集者が付けたのだと思います。

[law]法令における「活字」の意味

gooの国語辞典(大辞林)で「活字」を引きますと、

(1)活版印刷や和文タイプに用いる字型。活版用は鉛合金を、タイプ用は亜鉛合金を用いて方形柱状に作り、その頂面に文字類を左右逆に浮き彫りにしたもの。古くは陶土・木材などを材料としたが、1445年頃グーテンベルクが鉛合金の活字を考案し、実用化した。大きさを表すのに、日本ではポイントと号数を用いる。また、和文・欧文とも種々の書体がある。

(2)印刷した文字。また、書物。
「論文を―にする」「―に親しむ」「―離れ」

既存の政省令中の「活字」は(1)の意味でしょうけれど、お取り上げの「活字」は(2)の意味ではないでしょうか、t9930211さん。つまり、「活字その他の文字」とは、「印刷した文字その他の文字」ということでしょう。そうでないと例示たり得なくなってしまいますし。

[sports][media]7/19放送のロンドンハーツ

にて、橋本の勇姿(6/22撮影とのことでした)。放送の取りやめも検討したとのことですが、本人が生前楽しみにしていたこともあり放送に踏み切ったとのこと。いい判断をしてくれたと思います。ありがとう、テレビ朝日。

[misc][media]7/19放送のがんばっていきまっしょい

内博貴の降板の説明やつじつま合わせは一切ありませんでした。ウルトラマンコスモスのときほどきちんとやれと言う気もないのですが、転校でもなんでもいいですが、ドラマとしていきなり出てこなくなる言い訳の一つぐらいは考えてほしかったように思います。しょせん大人相手ということなら、子供相手に比べれば適当にあしらったところで問題ない、という面があるのは事実でしょうけれども。

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2005-07-22

[economy]中国人民元、変動相場制へ移行

昨日夜、中国人民銀行から標記のリリースが公表されました。今のところメディアでは見られない切り口で一くさり。

いわゆる国際金融のトリレンマは、次の3つは同時に達成できず、何か1つは諦めなければならないと説きます。

  1. 安定的な外国為替レート
  2. 自由な金融政策
  3. 自由な国際資本移動

従来中国人民元については、3を諦めて残る2つを達成してきたと言われてきました。固定相場制を維持し自由に金融政策を行う代償として、資本規制をひいていたということになります。さて、実態はどうだったのでしょうか。

まず中国人民銀行の為替介入ですが、2001年から外貨準備高が傾向的に増加基調に転じ、今年も上半期で1,000億ドル近く増加しています。

次いで金融政策を見ますと、今世紀に入って一貫して緩和基調にあったものが、昨年来若干引き締め気味にシフトしています。

これらが示す姿は、昨年までは国内経済は金融緩和を求め、元安を維持するという為替政策とも同じ方向を向いていたわけですが、今では国内経済は金融を引き締めるべき状況である一方、為替政策は元安を維持するスタンスを崩してこなかったというものです。となると、今回の変動相場制への移行は、金融政策と為替政策が逆の方向を向き、金融引き締めの効果が減殺されると同時に、為替介入額が青天井で増えかねないという状況の改善ではないかと考えられます。

このwebmasterの推測が正しいなら、今後中国人民銀行は金融引き締めを強化するでしょうし、為替レートはそれに応じて徐々に元高に向かっていくことになります(ある程度の介入は継続するでしょうから、急激な元高にはならないと思いますが)。

・・・3を諦めて1と2を達成していたはずが、今回2を達成するために1を諦めることとなり、つまりは3は諦めていなかったのでしょうか? 実は従来から、中国の国際収支統計においては誤差脱漏の特異な動きが指摘されていました。制度的には厳しい資本規制を行っていても、実際にはいろいろなところで規制の裏をかいた国際資本移動が行われているのではないかとの疑いがあったわけです。

今回の変動相場制への移行は、この疑いが正鵠を得ていた蓋然性が高いことを示唆しています。実態としては1を諦めて2と3を達成していたのですが、たまたま国内経済環境が1を諦めていなかったかのように見せかけることを許容していただけだったということです。国内経済環境が逆を向いた今となっては、3をさらに厳しくして実態としても1を諦めなくてよくするか、それとも現状追認で1を建前としても諦めるか、いずれかの選択を迫られていたことになります。その結果が今回の発表だったということなのでしょう。

[WWW]若隠居さんへ

当サイトをご覧いただいていることを願いつつ。

相手に対する「ネット右翼」「極右」「バカ」といったレッテル貼り等から勝手に察するに、ご自身の考えの方が世間的にはおかしな意見と思われているのではないかという疑念と、ご自身の中にも差別的な一面を見いだしてしまったことへのとまどいが、サイト閉鎖にいたった原因ではないでしょうか。しかし、神ならぬ人は誰しも差別的な一面を持っているものですし、にもかかわらず差別に立ち向かうことにこそ、人の知的営為の価値があるのだと思います。

若隠居さんほどの方でしたら、オンオフ問わずご活躍であろうことには疑いありませんが、それをwebmasterが再度拝見できることを願って、以前にもとりあげたヨゼフ・シュンペーターの言葉をご紹介したいと思います。

「自己の信念の妥当性が相対的であることを自覚しつつ、なおそれを断固主張することこそ、未開人に対する文明人の優位である」

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bewaad [拝読いたしました。大変興味深く、何度か読み返して消化したいと思います。]

ナイキ パーカー [Mastro Cherry grew dumb, his eyes popped out of hishead, h..]

ティファニー 財布 [[1] Cornmeal mush Geppetto had a very bad temper. Woe to t..]


2005-07-23

[WWW]若隠居さんに関連してとりとめなく

炎上の原因について

自らの言葉に忠実でなかった。
差別心を持つことが避けられないとしても、外に出すときはオブラートに包めというエントリ本来の主張に反していたのは否めないでしょう。
私憤と公憤とを混同してしまった。
奇しくも同時的にgachapinfanさんが「事態の客観的説明」と「気持ちの主観的記述」について触れていらっしゃいますが、もちろん根本においては感情に囚われていたからでしょうけれども、字面においては嫌悪ではなく不正であると、感情としてではなく語ってしまった点に嘘が入ってしまったように見えます(偉そうに評するのも気恥ずかしくはありますが、感情を感情としてそのまま語ったJSFさんはさすがだとしみじみ思いました)。
一息つけなかった。
すぐ反論しないとと思うときこそ時間をおいて、自らの主張をいじめないと・・・。

重箱の隅ですが

真の「スルー」の意味は違う。要するに「荒らしはスルーせよ」というのはダッキングしろ!ウィービングでかわせ!という事だ。相手のパンチを喰らうな、という事だ。

「「荒らしはスルー」の真意」(@音極道茶室7/23付)

荒らしは明後日の方向にパンチを打っているのですから、文字通り勝手にやらせておくこと、ダッキングやウィービングすらしないことこそがスルーではないかと。

保守主義者として如何に抗争するか

トニオさんご自身が既に一つの答えをお示しではないでしょうか。「エコノミー(経済策)がない」点を攻めるべし、と。

だから結局差別は・・・

悪だからやめるべきだなんて言っても始まりません。損だからやめるべきですし、やめさせるべきなのです。

[computer][government]キンタマ流出は処罰すべし

これまで何件かありまして、あくまで個人的過失だと思ってましたが(希望的観測のバイアス?)、ここまで重なるようですと霞が関文化の欠陥だと断ぜざるを得ないでしょう。

今回流出したファイルは、原発点検時にガイドラインの条文と照らし合わせる逐条点検用の資料。特定の個人や企業の情報は含まれておらず、自宅に持ち帰って仕事することも禁止されていなかった。また、ファイルを流出させてしまった可能性が高い職員に対しても「法に触れる行為ではないので、特に処分は行なわない」という。

「「Winnyの入ったPCでは作業しない」経産省原子力安全・保安院が規則化」(@INTERNET Watch7/22付)

国家公務員法第99条違反(信用失墜行為)で処罰してください、お願いですから。処罰しないというなら、その判断自体、信用失墜行為として認定してほしいぐらいです。

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bewaad [>BUNTENさん 左翼云々は、当事者というより、そういう話が出たときにおける社会的な感応度が下がっているのかそれに..]

BUNTEN [言うの忘れてて申し訳ないんですが、よその国うんぬんという話は遅くとも96年以前(消滅前のアスキーネットでの話なので)..]

bewaad [80年代後半には、左翼の権威は失われつつありましたから・・・。 バブル期は経済状況が今とは違っていましたので、左翼..]


2005-07-24

[misc]地震

震度5ですと既体験なので、ちょっと大きいなという受け止めにとどまりますが、6になるとこんなものではすまないでしょうし、まして7では。テレビで地震体験装置(って呼び方でいいのかな?)による震度7の姿を見たことがありますが、明らかに立っていることは不可能な状態ですから、そうなると落ち着こうと思っても完全には落ち着けないだろうなぁ。

[movie]姑獲鳥の夏

中村先生から厳しいお言葉が。webmasterの場合、冒頭で姑獲鳥に俳優をあてた画を見た瞬間に、楽しもうと思ってみたらはしごを外されると直感して一歩引いて観るべく努めたので、それほど落胆はしませんでした。一番の印象は、京極夏彦ってしばらく見ない間に随分太ったなぁと(笑)。

やっぱり実相寺監督は幽明の境を画にしてしまう人ですから、幽を人の心に潜むものとして描く京極堂シリーズの監督を彼にした時点でこうなってしまうのは必然だったのでしょう。かつての帝都物語も脱力でしたが、あれはお金と技術がなくての脱力で、十分なSFXが可能なら(それこそEPISODE IIIなみなら)実相寺路線が恰好だったわけで、かたや京極堂シリーズはその路線自体がそぐわないようにwebmasterは思うのです。

#京極夏彦は実相寺監督のファンらしいですが、そうした好みで向き不向きの判断を曇らされてしまったのかな、とも。

そもそも京極堂シリーズが映画に向いていない(とりわけ「姑獲鳥の夏」は)のは否めず、というのも京極堂シリーズのプロットを支えるギミックのうち有り余る情報は映画に詰め込むことは困難で、であるならキャラ萌えで割り切ってしまった方がよかったのでしょう。榎木津(阿部寛)や敦ちゃん(田中麗奈)は割と良かったように思いますし。

まあ原作ファンとしては、映画のできなんぞよりも、「絡新婦の理」でポテンシャルを出し切ってしまったのかどうかがよほど気になるわけですが。あれを読んだ後では、以後の各続巻では物足りないんですよね・・・。

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2005-07-25

[comic]現在官僚系もふ・第18話

「大義名分」の意味ぐらい調べてください・・・。

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2005-07-26

[politics]自民党は誰のものか?

参議院で郵政民営化関連法案が否決された際の解散の是非について、長谷部恭男先生、佐々木毅先生、奥平康弘先生というそうそうたるメンバーの見解をh_ohashiさんがまとめていらっしゃいます。それぞれ非常に考えさせられるご意見なのですが(実際のそれらがどういったものかはリンク先をご覧下さい)、ちょっとその前にある問題を忘れてはいないでしょうか、ということを書いてみます。

この問題を考えるに参考になるのは、夫婦げんかを町内会の会に持ち出すようなものだという森前首相の発言です。例えの使い方はいかにも彼らしいものですが(笑)、その意味するところはなかなかに深淵です。

一般に総理大臣の解散権は行政府と立法府との間のチェック・アンド・バランスの観点から位置づけられるわけですが、本件について行政府から衆議院の解散というカードがちらつかされる前提条件として、自民党議員のいわゆる造反があります。もともと少数与党が議会多数派と対決しているわけではなく、自民党が党としての一体性を保持したまま票決に至れば当然に賛成多数になるべきところ、自民党が割れているからこそこのような状況になっているわけです。

メディアの多く、そしてネットでこの問題を取り上げているサイトの多くにおいて誤解されていることですが、2003年の衆議院選挙の公約、そして2004年の参議院選挙の公約においても、民営化は自民党の公約ではありません。双方を一覧できる2004年公約を実際に引用すれば次のとおりです。

郵政事業を2007年4月に民営化

郵政事業改革については、「郵政事業を2007年4月から民営化するとの政府の基本方針を踏まえ、日本郵政公社の経営改革の状況を見つつ、国民的議論を行い、2004年秋頃までに結論を得る」との昨年の衆議院選挙の政権公約に基づき、党内に新設した「郵政事業改革に関する特命委員会」において関係各界から意見聴取を行うなど、本年秋頃を目途に結論を取りまとめるため、精力的に作業を進めています。政府においても、経済財政諮問会議で検討を進め、4月には論点を整理するなど、改革の動きが着々と進んでいます。

小見出しだけをみれば民営化を公約しているように見えますが、具体的記述ではあくまで「2004年秋頃までに結論を得る」ことにとどまっています。ですから、党として約束したのだから今さら反対するのはおかしい、というよく見られるロジックは、前提が誤っているのです。党としての決定は例の多数決総務会で形式的にはなされているわけですが、反対派は総務会にかける前提となる部会・政審の決定を経ていない以上無効な決議だとしているわけで(執行部は略式ではあれど決定したという立場で、反対派が正しいとは限りません。為念)、争いにケリをつけるものではありません。

にもかかわらず、あたかも選挙公約であったかのように受け止められがちなのは、小泉総理がそれら選挙で郵政民営化を率先して主張していたからで、さらに遡れば総裁選挙での彼個人の公約でもあったからです。これを政党という一組織のガバナンス問題と捉えれば、党首の選挙に当たっての公約らしき言動は、党の決定を経ていなくても党を拘束するのかどうかとか、党首候補の党首選挙公約はその候補の当選により自動的に党の公約に等しい扱いを受けるべきものなのかどうかといった問題に抽象化可能です。

簡単な方から検討してみますと、後者は明らかにそうではないと言えるでしょう。党首選挙公約はパッケージですから、その平均点が他の候補よりよいから党首に選出したとして、それは各個別公約のすべてにファーストトラック(オールオアナッシングで、全体として賛成した以上各論の反対を許さない)が認められたものではないわけですから、個別公約を実現するにあたっては、それぞれを党の機関決定に付すべきといえるからです。

では何が評価されて小泉総理が党首(自民党総裁)に選ばれたかを考えてみましょう。前回(2003年9月)自民党総裁選終了後、webmasterは次のように書きました

それもこれも青木や堀内といった面々が毒まんじゅうを食ってしまったためであるが、webmasterのいう毒まんじゅうは野中が言ったそれ、つまり人事面での優遇ではない。 それは、選挙に勝つということだ。 選挙に勝つためには小泉が必要だという足元を見透かされた段階で毒が回ってしまったのだ。

青木の意に反して今回の内閣改造では竹中が留任したが、今さらそれに文句をつけてみたとしてもどうにもならない。 今後、例えば郵政公社民営化といった個別イシューでいくら青木が反対にまわろうとしても、「じゃあ内閣総辞職だ」と言われてしまえば腰砕けになるのは目に見えている。

実際には内閣総辞職どころか解散とまで言われて腰砕けなわけですが(笑)、webmasterは基本的にこの見解を維持しています。総裁選で小泉総理に票を投じ、でも郵政民営化には反対で、実際にそれが党の機関決定とならないようにすればよいと思っていた議員は数多くいると思いますが、そういう理由で彼を選んだ場合、彼が高い支持率を維持している限りは、結局は彼の主張を最後には受け入れざるを得ません。政策で彼を選んだなら政策を同じくする他の総裁を選ぶ余地もありますが、個人のキャラクタで選んだ以上、主導権は小泉総理にあるに決まっています。

以上から、前者は実は本件については問題ではないということがわかります。各世論調査の結果を見れば、郵政民営化が国民の最大関心事で郵政民営化を主張しているから小泉総理の支持率が高いのだ、ということでは全くありません。結局は彼のキャラクタ、つまりその語り口や姿勢、雰囲気が支持基盤である以上、レファレンダム的に郵政民営化が支持されたのではなくプレビシット的に小泉総理が支持されたと考えるべきで、郵政民営化を唱えたことが政権与党との関係においてどうであるかは大した意味を持ちません。

結局、各議員の当選あっての与党で、与党であることを前提とした総裁=総理であれば、自民党の基盤は各議員に存することになるのですが、小泉政権下にあっては、小泉総裁あっての与党で、与党であることを前提とした各議員の当選という議員の比率が多く、そうした議員にとっては自ら白紙委任を小泉総裁にし、イコール小泉総理の政策には逆らいがたいということになります。標記の問いに答えるなら、少なくともこれまでの政権との比較で言えば、はるかに自民党は党首のものである状態にあるといえるでしょう。

ちなみに冒頭の三先生方の見解についてwebmasterの私見を申し上げれば、ロジックはことなれどh_ohashiさんと同様奥平先生のご意見が妥当に思えます。いくらそんな解散は違憲だと言ってみたところで、それを理由にした解散の違憲確認訴訟で勝訴などできるはずもない以上、現実的な帰結はそれ以外にあり得ません(没理論的だなぁ・・・)。

長谷部先生のご意見については、理論的には立法府よりも行政府の方が「正しい」判断をしている場合に妥当するわけですが、現実としてそのようなことがわかれば苦労はないわけで、となると解散すれば郵政民営化賛成者が憲法の参院条項を乗り越えて衆議院のみで議決できる場合、すなわち郵政民営化賛成の議員で2/3を占める蓋然性がある場合にしか認められないということになってしまうのではないでしょうか。小泉総理が仮に衆議院を解散した場合であっても、そのような選挙結果になる可能性はほとんどなく、つまりは解散は正当化され得ないということになるかと存じます(だからこそ綿貫勉強会の面々は長谷部先生を呼んだのでしょうが)。

佐々木先生のご意見については、衆議院の採決結果を見る限り小泉総理が解散したいから自分に不信任票を投じよと誘導しない限りは不信任案が可決されることはないわけですが、そうした解散を許容するなら結局は第69条の形骸化を招くだけのことですから、形式に重きを置きすぎなのではないかという気がいたします。

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2005-07-27

[notice][law][index]人権擁護法反対論批判 index

utushiさんのご要望を受けてどうすべきか考えましたが、本エントリを目次として固定し、以後関連エントリが追加されるごとに情報を足していくこととさせていただきます。本件のシリーズ全体について言及いただく際には、本エントリにリンクいただければと思います。

#「人権擁護法反対論批判」シリーズの全エントリは以下のとおりです(2005-07-29現在)。

本編
前編(3/13)後編上(3/14)後編下(3/15)趣旨説明編(3/29)faq編(4/9)index(7/27)
リジョインダー編
1(3/17)2(3/18)3(3/19)4(3/20)5(3/21)6(3/22)7(3/27)8(3/30)9(3/31)10(4/2)11(4/4)12(4/5)13(4/8)14(6/11)15(6/30)16(7/2)17(7/12)
法案分析編
1(3/24)2(3/26)3(4/1)4(4/10)5(4/11)6(4/14)7(5/21)
正誤訂正編
1(3/25)2(4/6)
百地教授編
1(4/20)2(4/21)
マスメディア編
1(6/10)2(6/14)3(7/5)4(7/27)5(7/29)

[law]人権擁護法反対論批判 マスメディア編(その4)

人権擁護法案の国会提出見送りを受け、7月25日の読売新聞社説で人権擁護法案が取り上げられました。目新しい論点もないので放置しようかとも思ったのですが、一応の区切りであることを踏まえて。すぐリンク切れになりますし、かつ、ほぼ全ての文がツッコミどころなので、全文引用の上、逐一問題点を指摘いたします。

会期末まで残り少ない今国会に、これほど問題点の多い法案を無理に提出する意味は、もうないだろう。

人権擁護法案については、自民党内でもまだ、意見集約ができていない。郵政民営化関連法案が順調に成立した場合、速やかに党内で法案了承手続きを進め、国会提出を目指す動きもあるが、取りやめるべきである。

意見集約ができていないのは郵政民営化法案も同じことですが、7月14日の社説(webmaster注:リンク先はGoogleのキャッシュです)では衆院本会議では5票差の薄氷の議決だった。残る会期は1か月だ。参院でも、与野党の対立や自民党内の反対論から、法案の成否の行方は予断を許さない。/だが、郵政民営化の本来の目的と意義を考えれば、やはり今国会で法案を成立させるべきだ。とのことでした。

以前触れましたが、自民党としては郵政民営化は選挙公約ではなかった一方、人権擁護法の成立は選挙公約だったのですから、本来的には事情変更でもない限り、自民党内で人権擁護法案に対して異論を唱える側が公約を破ってよいことの説明責任があるはずで、そこを問わずに意見集約ができていないから取りやめろというのはおかしな話です。

党内の反対派議員でつくる「真の人権擁護を考える懇談会」は、これまで法案の様々な問題点を指摘し、法務省などに条文の修正を迫ってきた。

法案の問題点の一つは、人権侵害の定義があいまいなことである。

「不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為」とされている。だが、この規定では、例えば拉致事件に関し、在日本朝鮮人総連合会の活動を批判する政治家の発言なども、「差別的言動」として「その他の人権侵害行為」に該当する、とされかねない。

現行の人権擁護行政の根拠法である法務省設置法と人権擁護委員法では単に人権侵犯としか規定されておらず、「不当な差別、虐待」といった例示すらないわけですから、とりあえず曖昧であれば朝鮮総連への批判が人権侵害とされる危険性が高いとの主張が正しいと仮定しても、人権擁護法案を成立させなければ、より曖昧=危険性が高い現状が維持されることとなります。相対的に曖昧さの少ない人権擁護法案に反対して相対的に曖昧さの多い現行法の存続を是とする理由がその曖昧さというのは、論理的に破綻しています。現行の人権擁護行政の廃止もあわせて主張するのであれば、その適否はともかく論理的一貫性はあるのですが・・・。

現に発生した人権侵害による被害だけでなく、これから発生する「おそれのある」ものまでが対象とされている。自由な言論・表現活動を委縮させる結果につながる恐れが大きい。

現行の人権擁護行政の細目を定める人権侵犯事件調査処理規程(法務省訓令)第8条第1項においては、法務局長又は地方法務局長は,被害者,その法定代理人又はその親族等の関係者(以下「被害者等」という)から,人権侵犯により被害を受け,又は受けるおそれがある旨の申告があり,人権侵犯による被害の救済又は予防を図ることを求められたときは,申告のあった事件が,法務局又は地方法務局において取り扱うことが適当でないと認められる場合を除き,遅滞なく必要な調査を行い,適切な措置を講ずるものとする。と定められています(強調はwebmasterによります)。おそれが対象であれば自由な言論・表現活動を萎縮させるおそれがあるというなら、現行制度はどうなのでしょうか? しかもこれは単なる訓令、法務大臣の裁量で改正は自由ですから、よほど危険ということになります。やっぱり現行制度廃止をまずは唱えるべきでしょう、人権擁護法案に反対する前に。

二つ目は、法務省の外局に置かれる人権委員会の権限が強大すぎることだ。

「特別救済手続」と称して、裁判所の令状なしに、関係者に出頭を求め、質問することができる。関係書類を提出させたり、関係場所に立ち入ったりすることも可能だ。

正当な理由なく拒めば、過料が科される。これも運用次第では、言論・表現活動の場に、「弾圧」にも等しい権力機関の介入を招き、調査される側の人権が不当に侵される恐れがある。

この点は現行の人権擁護行政とは確かに異なり権限強化がなされた部分です。しかし、正当な理由があれば拒めるのは記載のとおりで、であるなら正しく運用されれば何の問題が生ずるものでもありません。もちろん運用次第と書かれているように、運用によってはそのような恐れが絵空事とは言い得ない可能性はあります。では、現行の人権擁護行政においてはそのような恐れはないのでしょうか?

現在でも任意調査はなされていますが、任意だから安心だというのは誤りです。森達也監督のAで一躍有名になった転び公妨にひっかかれば、代用監獄で最長23日間拘禁、その後悪くすれば有罪判決です。運用次第での「弾圧」の危険性でいえば、30万円以下の過料など転び公妨とは比較になりません。念のため申し上げれば、転び公妨は現行犯逮捕、すなわち令状不要です。拘禁されている間は裁判所はノーチェック。

三つ目は、地域社会の人権問題に携わる人権擁護委員の選任資格の問題だ。法案には、現行の人権擁護委員法にある国籍条項がなく、外国人も委員になることができる。

懸念されるのは、朝鮮総連など特定の団体の関係者が人権擁護委員になり、自分たちに批判的な政治家や報道内容について調査し、人権委員会に“告発”するようなケースだ。

懇談会は、人権侵害の定義の明確化、人権委員会の権限抑制、国籍条項の導入などを求めた。法務省は一部を除き、根本的修正にはほとんど応じなかった。

おめでたいなぁ(笑)。まず、「朝鮮総連など特定の団体の関係者が人権擁護委員になり、自分たちに批判的な政治家や報道内容について調査」って、朝鮮総連の関係者に日本国籍保有者がいないとでもいいたいのでしょうか。さらには朝鮮総連の後についている「など」、さすがに朝鮮総連のみを名指しするのは良心がとがめたのでしょうけれど、「自分たちに批判的な政治家や報道内容」をねらい打ちするような日本人国籍保有者のみからなる団体は存在しないとでも? 加えて、人権擁護委員による調査は任意調査のみですから、「自分たちに批判的な政治家や報道内容について調査」することにおいて、一般人と人権擁護委員との間に強制力の差はありません。

次に、「人権委員会に”告発”するようなケース」って、人権擁護法案第38条第1項の規定は「何人も、人権侵害による被害を受け、又は受けるおそれがあるときは、人権委員会に対し、その旨を申し出て、当該人権侵害による被害の救済又は予防を図るため適当な措置を講ずべきことを求めることができる。」というものですから、外国人による”告発”=救済等の申し出をパージしたいなら、ここの「何人も」にも国籍条項を導入しなければ意味がないのですが。

真に、かつ迅速に救済が図られるべき人権を守り、一方で、新たな人権侵害を生む余地のない法案を目指すべきだ。

そのためには、一から作り直すしかないだろう。拙速な国会提出に、これ以上こだわるべきではない。

そもそも人権擁護法案については、例えば3年前に塩野宏先生その他の人権擁護推進審議会元委員の方々から日本ペンクラブの公開質問状への回答がなされている(本回答は2ちゃん法学板の人権擁護法スレにて猫 ◆u0ZYnEjMF6さんからご紹介のあったものです。ありがとうございました)ように、少なくともマスメディアにとっては、それなりの情報が入手できる状態に継続してあったわけです。そうしたものを踏まえて論理を精緻化するのであればともかく、それらに相対することなく拙速だとは、自らのそうした姿勢の帰結に他なりません。

まあ、実効性があるけれども弊害のおそれのない制度、つまりは副作用のない薬という有限時間ではなし得ないお花畑な夢想をゴールとすることへの疑問に目をつぶるなら、拙速であることは否定しませんが(笑)。

#関連エントリについては、「人権擁護法反対論批判 index」をご覧下さい。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

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2005-07-28

[WWW]スルーの積極的意義

先日の「荒らしはスルー」についてのテキストに関して、Scottさんから多くの場合スルーより交通整理が必要ではないかとの問題提起をいただきました。それを踏まえ、議論を掘り下げてみます。

#この手の話題は、bloggerにとって潜在的に自分に関わる話ですから、ついつい考え込んでしまうもので。

ちょうど軍事に擬えると議論がしやすいので概念を借りますと、bloggerとそれに対するコメント(コメンター)の関係は、次のような整理が可能だと考えられます。

  1. bloggerは正規軍、コメンターはゲリラ。
  2. bloggerは防御側、コメンターは攻撃側。

第1点はどういうことかといいますと、bloggerは拠点(blog)があり、傍目にも他との区別が明らかですが、コメンターは(特に匿名ですと)誰がbloggerと対立して誰が中立でということがわかりづらく、対象としてのアイデンティファイが困難です(自らもbloggerであるコメンターを相手にするのであれば、blog同士の議論=正規軍同士の戦闘という形にもなり得ますが)。

さて、チェ・ゲバラ「ゲリラ戦争」にて提示されたゲリラ戦成功のための三要素は(軍板faqから孫引きしますと)次のとおりです。

  1. 地元住民の積極的な支持と献身的協力
  2. 逃亡、休養、訓練、再編成などを安全に行う後背地(聖域)
  3. 兵器や物資の安定供給を約束してくれる支援国家

この例えからすると、くだんの実名匿名論争は、匿名という聖域(第2点)を巡る攻防だったとも考えられるなぁと思うわけですが、とまれ、炎上なりコメントスクラムなりと称される状況に対応するためには、普段からのコメント欄の適切な運用により第三者の信頼を勝ち得ておくこと(第1点)や、妥当性の高いソースに依拠して論を進めること(第3点)の重要性が導かれます。

コメント削除やコメント欄閉鎖は第2点への攻勢ではありますが、ヴェトナム戦争における北爆やラオス・カンボジア侵攻がかえって国際的な非難の的となり戦略的劣勢をもたらしたように、それ自体が新たな燃料と化して全体の趨勢を危うくしかねないわけですから、素人にはお勧めできないと。

第2点はどういうことかといいますと、bloggerはエントリにて自らの立場を鮮明にしているわけですから、コメントはその弱点をつく形で行われることになります。防御側は総体として強力であろうとなかろうと、攻撃側はタイミングや攻撃箇所の選択においてイニシアティブを有していますから、一般に局所的劣勢は不可避とされます。

ましてbloggerは通常は1人でコメンターは潜在的には非常に多く、総体としてもbloggerは劣勢にあります(とりあえずblogger側に立ってコメントする人々の存在は捨象します)。bloggerは1日あたり最大で24人時間しか確保できませんが、コメンターはそれよりはるかに多い人時間を潜在的に用意可能です。そのようなリソース格差があるにもかかわらず、コメンター側の提示するすべての論点に対応していくのは賢明な対応ではあり得ません。

さらには、先ほどのゲリラ要素を考慮すれば、blogger側は過去のエントリとの整合性や将来の主張の制約といった守るべきものが存在する一方で、特に匿名のコメンターにとっては、他の主張と矛盾しているのではないかといった逆撃を顧慮する必要がないという非対称性もありますから、リソース格差は実際にはさらに大きなものと言えます。

となると、blogger側はプライオリティを明確にし、より優先順位の高いものから順次対応していく必要があります。そもそもエントリにおいて何が主張したかったのかを改めて捉え直し、その主張を正しく表現するという目的により貢献するところの大きい事項と、目的とは相対的に無関係な事項を区別し、前者に注力しなければなりません。

つまりスルーとは、目的を達成するための合理的選択として、優先順位の低い項目にはリソースを投入しない(投入するにしても最小限度にとどめる)行為であると考えられます。コメンターが少数である場合にはリソースにそれほど差がなく、そもそもエントリを書くに当たってbloggerが調べたことなりもともと知っていたことなりでリソースにおいてかえって優勢である(防御施設を有している場合にたとえられるでしょう)なら、交通整理は確かに有益でしょうけれど、いったん炎上状態になったのであれば、交通整理もまた新たな戦線拡大となり、ただでさえ貴重なリソースの浪費になりかねません。

とはいっても、実際の各ケースへの対応としてどのようなものがよいのかはその時々の状況に依存しますから、もっとも一般化した議論としては、そうした状況を判断するための能力・状況観察が重要であるということになるのでしょう。J2さんがおっしゃったような冷静な冷静な心構えというのも、当然それらと不可避の前提として心すべき話なのだと思います。

本日のツッコミ(全190件) [ツッコミを入れる]

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2005-07-29

[law]人権擁護法反対論批判 マスメディア編(その5)

先日取り上げた読売新聞社説に続き、一昨日の毎日新聞社説昨日の朝日新聞社説でも人権擁護法案の提出見送りが取り上げられました。

いずれも、前編にて論じたメディア規制と法務省の外局であることを問題視していますが、その後の展開に違いがあり、毎日は立入検査や曖昧さ、そして国籍条項にも一理を認めて立法すべきでないと結論づけ、他方で朝日はそうした懸念に対して「心配のしすぎではないか」「短絡的にすぎるのではないか」として、立法そのものは求めると結論づけています。

これら共通事項について論じようかと思ったのですが、これまで主として本シリーズで取り上げてきた側の反対論とは異なり、当該共通事項は発展もバリエーションもなく同じことを繰り返している(しかも3年前から)ので、前編やfaq編でカバーしていない部分がないという、なんとも物足りないもの(笑)ではあります。そこで、少しばかり斜め位置からのコメントを2点したいと思います。

第1点ですが、毎日・朝日ともに法務省の人権侵害(刑務所や入管でのそれ)を身内意識で見逃すのでは、という問題意識で法務省の外局にすることに反対していますが、ではどうすべきかには触れられていません。両紙が憲法改正をして会計検査院に並ぶ組織を作れというとも思えませんので、おそらく念頭にある代替案は内閣府の外局にするというものでしょう。

#条約が根っこにあるから外務省の外局だ等、法務省以外の省の外局にするとの選択肢もないわけではないと思いもしますが。

これに対する、前回も紹介した日本ペンクラブの公開質問状への回答における堀野紀弁護士(元人権擁護推進審議会委員)の記載が傑作ですので紹介したいと思います(強調はwebmasterによります)。

内閣府は、他の省庁とは性格が違うものの時の内閣に最も近く、人権機関が時の政治情勢と直接連動して影響を受ける可能性を否定できないばかりでなく、同じ論法でいけば、警察を抱える国家公安委員会を所轄していることなどをどう考えれればいいのでしょうか。

条件反射であれこれ言うからこういう点を見落とすのでしょう(笑)。

第2点ですが、先に触れたとおり朝日は圧力団体による権力の濫用の危険性について「心配のしすぎではないか」「短絡的にすぎるのではないか」としているわけですが、その言葉を自らが主張するメディア規制による報道への圧力や、身内意識での見逃しの危険性の指摘に当てはめたらどうなるか、同じ社説の中で整合性を取ろうとは考えなかったのでしょうか。おそらくこの社説を目にした多くの人が思ったことでしょう、軍クツ系の朝日の主張だって「心配のしすぎではないか」「短絡的にすぎるのではないか」と(笑)。

#関連エントリについては、「人権擁護法反対論批判 index」をご覧下さい。

[politics]民主党の郵政民営化へのスタンス

民主党の肩を持つのは不本意ではあるのですが(笑)、カリーさんがご自身のエントリに係るコメントにおいて、民主党は、小さな政府よりのマニフェストにしつつ郵政民営化に反対するという姿勢が謎とされているので、謎解きを試んでみたいと思います。

#エントリそのものの趣旨である、岡田代表発言への疑問はもっともなものだと思います。

今年の3月29日にまとめられた「郵政改革に関する考え方」(郵政民営化の政府案に反対するものです。為念)を見てみますと、マニフェストとの関係は次のように整理されています。

こうした中、民主党は、先の衆院選、参院選において、マニフェストに「『民営化』の掛け声や見せかけの改革ではなく、現実に国民生活の向上・地域経済の活性化に資する郵政改革をすすめる」と明記し、現実的、段階的な郵政事業の改革プランを提示するとともに、抜本的な出口改革の必要性を主張し続けている。民主党の基本的立場は一貫して変わっていない。

裏を取ってみましょう。まず一昨年の衆議院選挙における民主党マニフェストにおける記述は次のとおりです。

本年4月に郵政公社が発足しましたが、郵便事業の実質的独占、郵貯資金等の特殊法人によるムダづかいなどの弊害は除去されていません。「民営化」の掛け声や見せかけの改革ではなく、現実に国民生活の向上・地域経済の活性化に資する郵政改革をすすめます。民主党は、現在の郵便ポスト10万カ所設置などの高すぎる郵便事業への参入要件や、経営に対する過剰な行政の関与を排除し、2年以内に、ユニバーサルサービス(全国どこでも一律料金で配達)を前提として、民間企業の参入を大胆にすすめます。また生活者の観点から、例えば郵便局でパスポートが取れるようするなど、郵便局ネットワークを行政のワンストップサービスの拠点として活用します。最終的な経営形態を考えるには、その前に膨大な郵貯・簡保資金をどうするかを決めることが先決です。まず、金融情勢を見定めつつ、郵便貯金の預入限度額及び簡易保険の加入限度額の段階的な引き下げをはじめます。さらに、郵貯・簡保資金を地域、中小企業に役立たせるシステムを市場機能を活用して構築することを検討します。

続いて昨年の参議院選挙における民主党マニフェストですが、次のような記述になっています。

昨年4月に郵政公社が発足しましたが、郵便事業の実質的独占、郵貯資金等の特殊法人による無駄づかいなどの弊害は除去されていません。「民営化」の掛け声や見せかけの改革ではなく、現実に国民生活の向上・地域経済の活性化に資する郵政改革を進めます。民主党は、現在の郵便ポスト10万カ所設置などの高すぎる郵便事業への参入要件や、経営に対する過剰な行政の関与を排除し、2年以内に、ユニバーサルサービス(全国どこでも一律料金で配達)を前提とし、民間企業の参入を大胆に進めます。また生活者の視点から、例えば郵便局でパスポートが取れるようにするなど、郵便局ネットワークを行政のワンストップサービスの拠点として活用します。その前に膨大な郵貯・簡保資金を日本経済と国民生活のために循環させる方策を決めることが先決です。まず、金融情勢を見定めつつ、郵便貯金の預入限度額及び簡易保険の加入限度額の段階的な引き下げをはじめます。さらに、郵貯・簡保資金を地域、中小企業に役立たせるシステムを市場機能を活用して構築することを検討します。

「すすめます」が「進めます」に、「前提として」が「前提とし」に変わっているだけで、内容としては衆議院選挙時と同じものです。

以上を見るに、民主党案のコンセプト(彼(女)らの言葉でいえば「正常化」)は、公社の行っている業務を引き続き継続すべき政策ニーズの有無で分類し、政策ニーズが認められるものはその運営を効率化しつつ存続させ、認められないものは順次廃止を図っていくというものであると考えられ、後者の部分において小さな政府論と共存可能です。

もちろん内容については議論があるでしょうし、労組との関係があるではないかとか、野党として反射的に政府与党に反対しているだけではないかとか、そういった背景もあれこれ考えられるわけではありますが、とりあえず対案をオープンにしている以上、それを読んでから議論すべきではないかと思う次第です。

[BOJ]公的部門はリストラしる!

福井総裁がありがたいご託宣を垂れたとのこと。これを既に取り上げたbank.of.japanさん曰く、この発言、突っ込みを入れようと思えばいくらでも可能なのですが、それも野暮なのでママ掲載する形としましたということですが、野暮は承知で、一つだけ言わせていただきたいと思います。

そういうことは、例えば(金融庁)検査との重複が指摘される考査を廃止するなど、日銀自身リストラした後で言えよ!

評論家然と偉そうな論評をする立場ではあるまいに、いったい何様のつもりなんでしょう?

本日のツッコミ(全220件) [ツッコミを入れる]

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2005-07-30

[economy]「真の失業率」推計最新版(2005-06現在)

前回お断りしたとおり未入手故に推計値を用いていた5月分の「15歳以上人口」の値を正しいものに変更(11,000→11,008)し、それに伴い同月の「真の失業率」(8.6%→8.7%)と「真の失業者数」(605→610)も訂正いたしました。また、完全失業率も数字が変更(4.7%→4.6%)されていましたので、あわせて変更しております。

年月   完全   真の   15歳以上  就業者数 完全   真の
     失業率  失業率  人口         失業者数 失業者数

1990   2.1%   3.2%   10,089   6,249   134   204
1991   2.1%   2.4%   10,199   6,369   136   155
1992   2.2%   2.2%   10,283   6,436   142   142
1993   2.5%   2.8%   10,370   6,450   166   183
1994   2.9%   3.4%   10,444   6,453   192   228
1995   3.2%   4.0%   10,510   6,457   210   266
1996   3.4%   4.1%   10,571   6,486   225   276
1997   3.4%   3.8%   10,661   6,557   230   262
1998   4.1%   5.1%   10,728   6,514   279   348
1999   4.7%   6.3%   10,783   6,462   317   435
2000   4.7%   7.0%   10,836   6,446   320   485
2001   5.0%   7.9%   10,886   6,412   340   551
2002   5.4%   9.4%   10,927   6,330   359   660
2003   5.3%   10.0%   10,962   6,316   350   700
2004   4.7%   10.0%   10,990   6,329   313   705

2004/Q2  4.8%   9.4%   10,992   6,372   321   663
2004/Q3  4.7%   9.3%   10,988   6,379   314   653
2004/Q4  4.4%   10.1%   10,998   6,326   290   713
2005/Q1  4.7%   11.3%   10,982   6,236   305   792
2005/Q2  4.5%   9.1%   11,002   6,402   299   639

2004/6  4.6%   9.3%   10,982   6,374   309   654
2004/7  4.8%   9.3%   10,984   6,373   318   657
2004/8  4.7%   9.0%   10,985   6,395   314   635
2004/9  4.6%   9.5%   10,994   6,369   309   667
2004/10  4.7%   9.7%   10,997   6,352   311   686
2004/11  4.4%   10.2%   11,003   6,322   290   720
2004/12  4.1%   10.4%   10,995   6,306   270   731
2005/1  4.5%   11.1%   11,004   6,261   296   782
2005/2  4.7%   11.6%   11,003   6,224   308   818
2005/3  4.8%   11.1%   11,003   6,260   313   782
2005/4  4.7%   9.7%   10,994   6,352   310   684
2005/5  4.6%   8.7%   11,008   6,435   307   610
2005/6  4.2%   8.9%   11,003   6,418   280   624

     C/(B+C)  D/(B+D)   A     B     C  D=Ax0.64-B

(直近月次ボトム)
     5.8%   11.6%    --    6,193   384   818
    (03/3,4)  (05/2)         (03/2)  (03/3)  (05/2)

(注)
・ソースは総務省統計局の「労働力調査」(http://www.stat.go.jp/data/roudou/2.htm)。
・月次データは原数値を用いている(季節未調整)。
・「真の」値は、1992年の労働力人口比率0.64(直近ピーク)を15歳以上人口に乗じた数を労働力人口として算出。
・少子高齢化の進展による労働力人口比率のあり得べき低下は考慮していない。

#過去の計数は以下のとおりです。

2005
030405

[computer]文字コードのロンド

Windows Vistaが漢字フォントとして新JISの表外漢字字体を用いることについて、AKITさんがご自身の名前を例に取り批判され「正字」のフォントを作ることは構わないが、「正字」に対して新しいコードを付与した上で、両方の字の間の選択を認めるべきであると考えるとのご提案をなされています。

コンピュータにそれなりに長い間触ってきた身として、この問題を考えていただくにあたり、実はこの手の問題は昔から存在していて、別コード付与をしないことにもそれなりの理屈があることを紹介させていただこうと思います。

昔からと申し上げましたが、近年においてもっともこの話題が盛り上がったのは、webmasterの記憶では90年代後半のUnicodeを巡る議論です。日本、中国、台湾、韓国で用いられている漢字について、似て非なるものに同じコードを割り振るとの方針を受けて非常に多くの立論がなされました。

#ご関心の向きは、「unicode han unification」あたりでぐぐってみてください。

それぞれの立論にはそれぞれなされた理由が部分があるわけですが、その大枠はwebmasterが見るに、次の故・石原潔さんの意見(1998/4/18付の「パソコンと日本語」)に尽きると思います。

異体字を包摂してしまえば、見た目の表記を変えたいときに困ります。しかし、別の文字コードを割り当てられてしまえば、認識や検索のときには困るわけです。

#「包摂」とは上記のunificationの訳で、異体字に同じ文字コードを割り当てることを意味します。

具体例を見てみましょう。渡邉利和さんがご自身の名前で調べたところでは、「渡邉」「渡辺」「渡邊」をinfoseek以外のサーチエンジンは厳密に区別します(今日現在で試したところ傾向は変わっていないようで、Googleはやはり区別しましたし、infoseekではどれでも同じ結果となりました)。

実は「わたなべ」の「なべ」はこの3種類に尽きるものではなく、例えばイースト社の「人名外字1500V3」には65種類の「なべ」が収録されているとのこと、これらすべてに別のコードが割り当てられたデータベースにおいて「渡辺」さんについての何らかの情報を検索する際、正しい検索語が何かわからなければ65回目でようやくヒットするかもしれませんし、他方で元データが誤っていれば、正しく検索語を選定したが故に必要なデータが見つからないということもあり得ます。

結局、この問題の根本は、コンピュータ(といいますかデジタルデータ)には人間にとってふさわしい程度のいい加減さがないという点に帰着します。人間同士の情報交換においては都合よく「渡邉」と「渡辺」を同じものとして扱ったり違うものとして扱ったりするわけですが、コンピュータにとっては、用いられる状況に依存して同じものだったり違うものだったりといわれても困るわけです。同じものはいつでも同じで、違うものはいつでも違うと。

このあたりはコンピュータの性能向上によって力ずくで解決していくしかないでしょう。例えば先に紹介のhan unification問題は地球上のあらゆる文字を2バイト(65,536文字)でカバーしようとしたところに一因があります。記憶媒体の容量増加や通信速度の向上によりそこまでバイト長に気を遣わなくてもよくなった現在(という理解でいいのかな?)では、CJK統合漢字としてより多くの文字に個別のコードを割り当てることにより、少なくとも異体字がコード上同じものとなってしまう事態はそれなりに解消されています。

それでも先の認識・検索問題は残るわけですが、これも力ずくでやろうとすれば、infoseek的なクエリ側の対応も可能でしょうし、Unicodeにおいても異体字タグだかセレクタだかで(ぐぐっても素人にはよくわかりませんでした・・・)、ある部分で同じ文字であることをアイデンティファイしつつ、それ以外の部分で違う文字であることをアイデンティファイすることが可能であるようです。

こうして技術的には解決策が見つかったとして、最後に残るのは経済的な問題でしょう。Unicodeでの上記のような対応が実装されても、シフトJISやEUCで処理しているレガシー部分をすべてデータ・アプリケーション・OSともに置き換えるのは莫大な費用がかかります。現に、こうした異体字をカバーし、さらに検索まで可能としている「超漢字4」が商品化されていますが、Windowsから皆乗り換えるかと言えばそうではないのが実態です。

いっそのこと政府が極めて横暴で、国内で販売されるソフトには「超漢字」シリーズなみの漢字処理能力を義務づける、といった強権発動をすれば解決する問題ではありますが、そのようなやり方が世に受け入れられるとは想像できません。ことフォント変更はやめろ、という主張に限るのであれば、そうしなければ商売に差し障るとマイクロソフトが認識すれば実現する話ではありますが、以上からお察しいただけるように、それはあくまで小手先の解決でしかないのです。

[government]霞が関におけるデフォルトのフォント

同じくWindows Vistaのフォントの話題を取り上げたpaco_qさんのエントリ注2において、ゴシック体をdefaultにしている人は珍しいと思うのですが,僕は高校時代(ワープロ時代)からずっとそうでした。もちろん正式な文章の場合にはさすがに明朝を使います。とのことですが、霞が関においては実はゴシック体の方がメジャーで、むしろ明朝体をデフォルトにしている人の方が珍しいというのがwebmasterの観測です。理由は簡単、コピーを孫、曾孫、・・・と繰り返すことを想定した場合、ゴシック体は明朝体よりも明らかに劣化しづらいからです。

#なお、上のエントリ関連で一言触れますと、このpaco_qさんのエントリでデータコンバートにより新旧フォントの共存が可能ではないかとのコメントがありますが、例えば葛飾の「葛」をすべて新フォントに変えてしまうと(地名の)葛城が不正確となり、では後に城が続くものはコンバートしないとすると、今度は人名で新フォントが実は正しいという人の名前は変換されず、とまあいろいろ乗り越えるべき壁があります。

paco_qさんも正式な文書は明朝体とのことで、多くの人にとっても公文書と言えば明朝体のイメージがあるかもしれませんが、それは対外的に発表したり交付したりするものにおいて明朝体が多く使われるからです。わざわざゴシック体と明朝体で使い分けるなんて面倒を何故するのか、という疑問もあるかと思います。その理由は、(あくまでwebmasterの推測ですが)かつては内部文書は手書きで、対外文書は和文タイプ=明朝体という棲み分けだったのが、内部文書については当初はワープロ専用機、次いでコンピュータの導入により手書き文書がゴシック体のワープロ文書に置き換わっていったということかと存じます。

ところがこの置き換えが進んだ結果、対外文書も担当者が直接卓上で作成し、わざわざ和文タイプの浄書に回すなんてことをしなくなって久しくなります。まだまだお偉いさんの常識は対外文書は明朝体で、というものですから棲み分けは依然としてなされていますが、徐々に対外文書でもゴシック体でプリントされたものが増えてきています(特に官印を捺さないもの)。中長期的には、ますますゴシック体文書が増えていくことでしょう。

#と若ぶって世代論的に処理したものの、例えば国会議員に資料を届ける際に添付する幹部名のレターなど、webmasterはまだ明朝体で作っているのですが、最近はゴシック体のものも散見したりするわけで・・・。

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2005-07-31

[notice]50万ヒットありがとうございました

昨日達成です。あまりお楽しみいただけるようなテキストは昔も今も出していないかと存じますが、せめてお目通しいただく時間が無駄にはならないよう努めていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

ちなみにカウンタを設置している同業者を見ますと、4ヶ月前に100万到達のkanryoさんが目を引きますし、つい先日pogemutaさんも50万到達されました(ただし当サイトはtDiary導入前からの通算ですが、pogemutaさんははてな開始後のみです)。勝手ながら目標にさせていただきたく、お互いにがんばっていきまっしょいということで。

[government]ある不祥事

とある読者の方からメールで次のような話をご教示いただきました。詳しく書くとどなたかわかりかねず、固有名を除いて掲載することをご了解いただきましたので、公開させていただきます。対象となる公務員がこのテキストをお読みだとは思いませんが、自戒も込めまして。

とある夜の席に、出張帰りの某省庁職員がやってきて、出張先からそのまま、書類も一緒だったとのことです。関係業界の人がいたわけでもなく、その姿を見ても仕事大変そうだね、といった話で終わり、しばらく後には職場に戻ったとのことで、別に書類を紛失したとか置き忘れたということではありませんが、そういうリスクを伴う行為であったのは間違いないことで、それってどうよと。

どうもその書類は、もし紛失なりすれば相当報道でも騒がれてしかるべき類のものであったようで、そのようなものを持っているのであれば、面倒ではあってもいったん職場に戻り、身軽になってから参加すべきだったと思います。地位あっての書類であり、裸の一個人で関わりのあるようなものではないわけですから。

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