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2005-08-30

[economy][politics]4度財投機関債について

これまで郵政民営化に関連して、次のように財投機関債についての議論を重ねてきました。

  1. 「財投機関債廃止のために郵政民営化をすべきなのか?」(8/24付)
  2. 「昨日の補足(財投機関債などについて)」(8/25付)
  3. 「それでも暗黙の政府保証は存在する、ほか」(8/27付)

これらにおいてwebmasterは一貫して財投機関債不要論を唱えてきたわけですが、そのロジックを改めて示せば次のとおりです。

  • ある財投機関の要不要は、それが実施している施策の要不要を民主的プロセスにおいて判断した結果により定めるべきです。施策として必要なら事業として赤字であっても実施すべきですし、施策として不要なら黒字であっても廃止なり民営化すべきです。
  • 施策として必要なものを実施している財投機関の存続は、したがって政府がきちんと面倒をみる必要があります。具体的には政府が財投債で調達した資金を回すか、政府保証債を発行させるべきです(さらに必要であれば補助金などを交付)。
  • 財投機関債を発行した場合、政府が面倒をみるべきであるにもかかわらず建前としては面倒をみないかのように整理されるので、政府・財投機関に対する民主的統制のあり方として問題であることに加え、政府がどのように面倒をみるのかが事後的・個別的に決定される(しかも(一部は)面倒をみないという結論もあり得ます)こととなるので、その決定過程において不公正な収益機会が生じるおそれがあります。

これまでの議論は主としてfinalventさんにお付き合いいただいたのですが、以上の財投機関債の問題については、以前もご紹介させていただきましたが、次のようにfinalventさんもご指摘で、ほぼ一致しているとwebmasterは考えていました。

私は無意味に特殊法人の仕事を減らすべきではないと思うし、改革は緩やかに行うべきだと考えている。だから、財投債(事実上の国債)については、それが国に必要なら国がやるべきだし、基本的にそれは損得の問題ではない。利益なんかでないでよろしい。赤字でよい。しかし、利潤の出るものなら、民間でやればいい。その峻別点を曖昧にするもの(財投機関債)からまずお掃除お掃除。

「だから郵政民営化が必要という結論が妥当なのでは」(@finalventの日記8/20付)

しかし、次の記述を拝見すると、一致していなかったのでは、という気がしてきます。

財投機関債関連で気になっていたもう一つのことは、本来なら特殊法人は財投機関債によって経営されるはずなのに、そうじゃない財投債への依存が依然高い。なぜなのか。また、今後本来あるべき財投機関債へ移行する道筋がないようにも見える。そういった財投債との関連の問題だ。

「財投機関債を巡って」(@極東ブログ8/27付)

財投機関債を本来あるべき財投機関の資金調達手段だと位置づけるのが(財投改革以来の)構造改革路線の誤りの1つで、finalventさんの言葉をお借りすれば、政府がやるべきことと民間でやればいいことの峻別点を曖昧にするものである財投機関債はお掃除すべきものです。そこへ移行する道筋がないことは消極的に評価すべきことでこそあれ(廃止への道筋ではないので積極的に評価できるものではありませんが)、なぜそれを問題であるとされるのか、以前のご指摘と整合的でないようにwebmasterには見えます。

このほか、同エントリでは次のようなご指摘もありますので、webmasterなりのお答えをしてみたいと思います。

  • ただ、なぜそこまでして彼らが入口改革論を避けるのかは不思議に思う。入口改革論ではだめという理由は議論されてないように思える。
  • 基本に戻って、なぜ財投改革にこだわるかというと、特殊法人の役人の天下りや無駄遣いというのがあるのだが、その結果といえば、当然、まいどおなじみの不良債権がある。それがさらにどうなるかは説明は不用だろう。/ウォルフレンはその存在を想定しつつも額の想定はしてなかった。さて昨今どのくらいだろうか。財投残高三百三十三兆円のうち百兆円くらいは不良債権化しているだろう。実態はわからない。建前上は不良債権はないとされている。

前者については、最終的な資金需要の構造を考えればいわゆる入口改革など大した話でないと思いますが、それがまっとうなものであれば避ける必要はないでしょう。しかし今般の郵政民営化においては、郵貯・簡保は法的にはユニバーサルサービス提供義務を免れ通常の銀行や生保会社になるとされる一方で、制度の運用においてはユニバーサルサービスの事実上の提供を予定しているようでもあり、国と民間の峻別点を曖昧にするという意味で財投機関債と同じ問題を抱えているので、そのような入口改革は問題ではないかと考えています。

特に郵貯については、額としては小さなものですが、郵便為替・振替に関して郵便為替に関する約定により条約上その制度維持が求められ、民営化された郵貯がそれを担うことになるので、郵貯が破綻し業務を廃止すれば条約違反になるという意味において絶対に政府の他の銀行とは違った特別な関与が不可避です。これによってもさらに峻別点は曖昧になることでしょう。

後者については、1つの試算として財投機関の政策コスト分析において、追加的な財政負担や機会費用の合計が5兆円強(平成17年度)という数字が示されています。そんな少額であるはずがない、という議論はもちろんあり得るのですけれども。

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⇒■ [economy][politics]4度財投機関債について 財投機関債に暗黙の政府保証がついているといえるなら、だったら、ここをきちんと整理すべきだ。つまり、廃棄して財投債だけでいいでしょ。 ところが、財投機関債に政府保証がないという前提なら(馬車馬さんの議論ですが..


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