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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2005-11-05

[economy][book]伊藤隆敏、H・パトリック、D・ワインシュタイン(編)、祝迫得夫(訳)「ポスト平成不況の日本経済」

先日第2章のみ紹介した本書ですが、読み通してみるとなんだかなぁという感が無きにしも非ずというのが正直な感想になります。第2章と第3章(90年代日本の金融政策分析ですが、この論文(に代表される知見)によりITバブル崩壊後のFRBの金融政策が失敗を免れたと噂されるいわくつきの逸品)は必読といえますが、その他において微妙なものとどうかと思うものの比率が結構高いです。

まずまず無難なのは次の各論文でしょうか。

第7章 深尾「生命保険会社の経営健全化」
いつもの深尾節ですので、同種の論文を既読であれば改めて精読する必要はそれほどないかと存じます。
第9章 藤井「社債市場と信用リスク評価」
丁寧な実証分析で、もちろん改善すべき点があるとはいえ、日本の債券市場がまんざらでもないことがよく分かります。
第11章 浦田「自由貿易協定:日本経済再生の触媒機能として」
経済学の歴史においては、その多くの活躍が自由貿易の護持という形で現れたのですが、その系譜に連なるものです。

続いて微妙なグループ。

第4章 伊藤・ミシュキン「日本の金融政策:問題点とその解決策」
リフレ政策提言としてスタンダードなものですが、クルーグマンの4%インフレを「高インフレ」というあたりに代表される、理想はゼロインフレだけどデフレとインフレは非対称なのでボスキンバイアスや金利非不制約との関係で安全をみてちょっとインフレ側がいいかな、といった消去法的マイルドインフレ肯定スタンスには違和感があり、もっと率直に言えば日銀とは技術論における違いしかないような雰囲気がします。アカロフの積極的マイルドインフレ肯定論などに鑑みれば、先月の竹森先生の「世界デフレは三度来たる」で描写された失業率をNAIRU(これ以上低くするとインフレになるよ、という失業率)以下に下げるための無理なインフレ率の引上げでなければ、それほどインフレに神経質になる必要はないのではと思います。
第8章 祝迫「投資と企業再生」
ミクロ的な分析の是非についてwebmasterがあれこれ申し上げられるはずもないのですが、本章のメインのテーマは、なぜ90年代以降の日本において実物投資の配分メカニズムが極端に非効率になってしまったのかを、よりミクロ的・制度的なレベルで分析することである(p257)という問題設定はメタ的には疑問です。もちろんそうした研究の意義を否定するものではありませんが、ミクロ的な資源配分メカニズムにこそ日本低迷の根源的理由があり、そこを改革すればよろずめでたしと言わんばかりのトーンが気になります。明示的にマクロなんぞどうでもよいと書いてあれば反論もできるのですが(笑)。
第10章 樋口・ハシモト「日本の労働市場:これからの課題」
マクロ経済の低迷から問題を紐解き始めるのはよいのですが、景気さえ回復すれば、すべて問題は解決するとはいえない(p322)という辺りから徐々に怪しげに。誰も「景気さえ回復すればすべての問題は解決する」とは言っていないわけで、どの程度が景気回復の領分かを書かずに以下ひたすらミクロ政策を説くのはどうでしょうか。その政策提言も、生涯を通じての労働を正しく評価する姿勢を若者に身に付けさせることも必要(p327)というのが混ざっていたり、生産性の高い産業に労働者をシフトさせるべきと言ってみたり(アメリカでの同種の主張に対してはかつてクルーグマンが、それならシフト先は皆が思うような情報産業ではなくタバコ産業になるよ、といっていたことを思い出します)、景気云々が添え物らしく感じられなくもなく・・・。

最後にどうかと思うものたち。

第5章 星・カシャップ「銀行問題の解決法:効くかもしれない処方箋と効くはずのない処方箋」

そもそも4つの問題設定からして疑問です。4つの問題とは過小資本、追い貸し、オーバーバンキング、時代遅れのビジネスモデルですが、まず過小資本は景気回復でカバー可能と考えられます。そうした指摘を意識してか「景気回復は問題解決の十分条件か?」と一節を設けて十分条件でないと結論付けていますが、その理由は2003年以降の景気回復水準が5年間継続するという「楽観的」シナリオなら十分条件たり得るもののそれは楽観的過ぎるからというものと、出ました国債のキャピタルロス。星先生は一般にリフレ派として分類されていて、確かにインフレターゲット導入提言に名を連ねていたりもするのですが、どうも昔から疑いを持ってみてしまうwebmasterではあります。

続いて追い貸しですが、経営不振あるいは債務超過の企業のうちどの程度が、正常なマクロ経済環境下で生き残れるかということである。景気回復によってほとんどの企業が黒字化し、不良債権が正常化するなら(略)追い貸しは長期的に合理的な戦略であり、無理にやめさせる必要はない。/景気が回復しても存続不可能な企業がある場合、再生する企業と最終的に清算・売却する企業に借り手を峻別することが必要になる(p153)といいつつ(この指摘には100%同意します)、その後の議論は追い貸しはすべてダメなものばかりというのみ。この引用部の前段は単なる飾りですか? 偉い人ではありませんがwebmasterにはそれがわからんのです。

オーバーバンキングになると支離滅裂としか言いようがありませんで、銀行の低収益性は、銀行部門の規模が過剰であることにも起因している。日本は他国と比較して間接金融の規模がはるかに大きい。その結果、貸出スプレッドが押し下げられるのは当然(p146)って、規模が過剰=貯蓄投資バランスにおいて貯蓄が過剰ということなら銀行のミクロ問題ではないでしょうし、規模が過剰=金融機関数が過剰ということなら、(そもそもアメリカの方が金融機関数は多いのですが、経済学的な含意を考えれば)オーバーバンキングの解消とは政策的に金融市場を競争制限的なものに作り変えて銀行部門にレント収益=貸出スプレッド増を享受させるということになります。処方箋を見るとオーバー・バンキング解消のためにはいくつかのやり方が考えられる。一方の極端には、銀行業界の自発的なM&Aによる自力再編を待つやり方がある。(略)/もう一方の極端としては、存続不能な銀行を閉鎖し、オーバー・バンキングを速やかに解消するやり方がある(p153)とあり、後者であるとしか解釈不能なのですが、webmasterのようなアマチュアが申し上げるのもなんですけれど経済学者として恥ずかしくありませんか?

最後にビジネスモデルについては、政府は民間市場の働きを妨げないようにする(一歩進んで後押しする)べきだという一般原則以外は、この点に関しての政策論議は考え難い(p154)とあって、少しはほっとはするのですが(でも括弧書きは気になりますよ(笑))。

第6章 土居「公的金融改革の方向性」

第1の問題は、アプリオリに公的金融機関の存在を悪としてしまっていることです。公的部門に資金循環がシフトしたというデータを持ち出した上で公的部門が資金配分を効率的にできれば問題ないが、これまでのマクロ経済のパフォーマンスからも推察できるように、十分に効率的に行えてきたとはいい難い。すなわち、資金の流れの公的部門への集中が日本経済の成長を阻害した可能性があるといえる(pp180,181)って、じゃあまず因果関係が低調なマクロパフォーマンス故に公的部門に資金が集中したのではなく、公的部門に資金が集中した故にマクロパフォーマンスが低調だったことを証明してほしいものです。ちなみにwebmasterは前者だと考えていますが、その理由は近年において金利が低迷していることで、公的部門が資金配分を誤っているなら真に資金を必要とする成長部門の資金需要が満たされず金利が上昇するはずだからです。

#同種の問題意識として、現在、日本の国債の残高は500兆円を超え、未曾有の規模に達している。もはや、これ以上の無節操な財政赤字拡大は許されない状況にある(p185)とあり、第2章との整合はどうなっているのと思うわけですが(笑)。

第2の問題は、第1の問題の帰結として一般論と個別論が矛盾してしまっていることです。例えば土井先生は現在、公的金融機関が営んでいる業務のなかで市場の失敗を補完する部分は、公的関与が必要だが国が厳しくその業務を監視・抑制する必要がある。他方、民間企業でも営める業務は、国の関与を減らす必要がある(p211)と指摘し、この部分には何の異論もないのですが、では同じページで農林漁業金融公庫について国の補助を多く必要とする業務は地方自治体に移譲して、地方自治体から直接貸付し、補助金が必要ならば国が当該自治体に交付するかたちで行い、農林漁業金融公庫自体は廃止することが望ましいと書いてあるのは何なのでしょうか? 組織のトップの任免に代表されるように農林漁業金融公庫は相当程度政府の監視・抑制が効く一方、地方自治体は地方分権の流れもあり国があれこれ口出しすべきでないということになっているわけですが、いったい政府(国)のコントロールを強くしたいのか弱くしたいのか。これは一例ですが、結局は公的金融機関はつぶすべしという結論先にありきなのでしょう。素朴に考えて、地方自治体に農林漁業金融公庫以上の審査・回収能力があるとは思えませんし、だからといってそうした能力を強化するため地方自治体が組織・人員を増加させることが合理的だとも思えないのですが。

第3の問題は、法的概念に触れているのですがその使い方が間違っているところです。例えば土居先生は「国有株式会社」という概念を公的金融機関のあるべき姿として導入してそれは特別な設置根拠法を持たない等の点で現に存する「特殊会社」と異なるとし、その代表例としてJR北海道・四国・九州を挙げているのですが、これらJR諸会社は「旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律」という設置根拠法を持つ特殊会社なのですけれども(笑)。

また、公的金融機関には法律上「破産」の定義がないとしていますが、民間会社にだって「破産」の定義はありませんし、善意に解釈して破産手続に入ることができる要件を「破産」の定義だとするなら、破産法上破産手続の対象たり得るには単に「債務者」が「支払不能」であればよく(第15条第1項)、申立権者は「債権者又は債務者」なので(第18条第1項)、法形式的には公的金融機関には「破産」の定義はあるということになります。主要な倒産法制では他に民事再生法が同様の構成で、株式会社に限定される破綻処理手続は会社更生法と(会社法上の)特別清算手続なのですが、いずれにしても単に「破綻」「倒産」と書けばよいところ、無理して「破産」という法律用語を不用意に使っているのは感心しません。

第4の問題は、日本はオーバーバンキング状態にあるとか財投機関債が善であるといったステレオタイプを受け入れていることです。オーバーバンキングについては既述のとおりですし、財投機関債についてはかつて詳細に論じました(webmaster注:リンク先のエントリで冒頭紹介の他エントリもご参照いただければ幸いです)ので繰り返しませんが。

#以上、第1章は全体の概観なので省略しています。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]
libero (2005-11-05 10:28)

初めまして。
破産の話ですが、公的金融機関でまず問題になるのは「破産能力」の有無だと思います。これについては余り論じられていないようで、実際に公的金融機関について破産手続開始申立がなされてみないと分からないのでは。
破産能力が認められると、次に「支払不能」と認められるかが問題になります(上で挙げられていた文章はここを問題にしているものと思われます)。ここで公的金融機関であることが支払不能となりにくい方向で考慮されることになるのでしょうが、これもケースバイケースで判断するしかなく、「定義がない」という問題の立て方自体が無意味と思われます。

法学徒の細かいツッコミですいません。

bewaad (2005-11-05 11:14)

確かに申し立てられてみないとわからないのは事実ですが、通説では国・地方公共団体のみが破産能力を否定されているのではなかったでしょうか。

ちょっと言及・引用が足りませんで、「別に法律で定める」とされているのがおかしいという前置きがありまして、だから別にきちんと定めろという流れになっているのですが、それなら(特別清算を除けば)株式会社も一緒であって、法解釈上破産能力が認められればそれで足りる話ということになります。

ただ、仮に別に定めるにしても、政策的に法人を解散するのでなければ、支払不能(ないしそれ類似)状態において申し立てがあった場合というものにならざるを得ないでしょうし(支払可能なら破綻とするのがナンセンスでしょうから)、それに加えて、財投機関債の議論で書いたのですが、政策的に必要ならビークルが破綻しても政策執行すべきで、政策的に不要ならそもそも公的機関として維持する必要がないわけで、破綻手続の有無が重要だというのは議論のための議論だと正直考えています。

libero (2005-11-05 22:02)

手元にある破産法の本がちょっと古いので、現在は違うのかもしれませんが、公庫・公団・基金等の公共企業体についても破産能力を否定するのが通説(国の行政権行使の特殊形態であることが理由)のようです(国または地方公共団体以外は全て破産能力を認めるべきという説もありますが)。

まあ、政策的に必要であれば破綻(私法人であればそう評価される状態)しても政策執行すべきであるというのはまさにその通りだと思いますし、そういう法人の債務の処理については一般的な倒産処理法によるのではなく、政策目的に応じて処理方法を定めるべきだろうという気がします。

bewaad (2005-11-06 04:45)

実際問題として、あれこれ議論が盛り上がっていて、とりわけ政府の支援策がそれなりに蓋然性をもって語られているのであれば、裁判所としても大いに判断に迷ってしまうのかもしれません(地方公共団体の公社には特定調停の適用例がありますが)。


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