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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2005-11-23

[economy]構造改革の王道

昨日申し上げたように、馬車馬さんのwebmasterについての言及を受けて考え方を述べさせていただきます。テーマは構造改革。

ただし、これについては批判もある。Bewaad氏はここ数ヶ月小泉内閣の構造改革に痛烈な批判を加えているのだが、その理由として「改革なくして景気回復なし」は誤りであること、構造改革は不景気を悪化させてしまうので今行うべきではないこと、景気回復によって「構造問題」の一部は解決されてしまうこと等が挙げられている。

これらの主張には理解できるものもある。上で書いたとおり、潜在生産量は景気変動を無視した、「頑張れば達成できる生産量」に過ぎないのだから、これが増えたところで実際の生産量が増えるわけではない。その意味では、「改革なくして景気回復なし」というフレーズは確かに間違っている。ただし、「不景気だから構造改革は先送りすべし」という主張には納得するわけには行かない。もし構造改革の結果不景気が長引いたというのなら、その分だけ景気対策を行えばよいのだ。つまり、構造改革の結果不景気になったとしても、それは構造改革が悪いのではなく、景気対策を行わないのがいけないのだ。この2つは明確に分けて考えなければならない(注4)。

小泉内閣が景気対策を軽視しているのは明らかな事実であり、その点は大いに批判されて良いと思う。しかし、景気対策と構造改革は単純な二択問題ではないのだから、これをもって構造改革批判に用いるのは筋が違うのではないだろうか。構造改革が批判されるのは、それが生産性の向上に結びつかない「構造改悪」であった場合だけであり、それは結局個々の構造改革の案件について地道に議論していくより他に方法がない。大上段に振りかぶって「不景気なのだから構造改革は良くない」という十把一絡げな議論は粗っぽ過ぎるように思われるのだが。

注4:この二分法にはひとつ問題がある。構造改革の中には財政改革があり、その中には財政赤字の削減というテーマがあるため、これを実行すると景気対策は実行できなくなってしまう。筆者はとりあえず財政赤字の削減だけは当面あきらめる、という方法でこの矛盾を回避すべきだと思っているが、Bewaad氏はもともと政府支出の拡大(ないしは減税)に消極的な立場なので、この点は問題にならないはずだ。

「日本の「潜在力」と構造改革」(@マーケットの馬車馬11/13付)

「不景気だから構造改革は先送りすべし」とは主張していません、以上、というのがもっとも簡単なお答えになってしまうのですが、それだけではなんなのでもう少し丁寧に論じてみます。

まず「ここ数ヶ月小泉内閣の構造改革に痛烈な批判を加えている」(のはここ数ヶ月に限った話ではないと思うのですが(笑))理由の最大のものは、馬車馬さんのお言葉を借りるなら「構造改革が批判されるのは、それが生産性の向上に結びつかない「構造改悪」であった場合」だからで、例えば郵政民営化についても、「個々の構造改革の案件について地道に議論」させていただいたつもりです。

そうは言っても先送り云々と解される可能性のあることは繰り返し申し上げていて、それは「景気回復を最優先させよ」ということです。政治リソースの有限性故に景気回復を最優先させれば構造改革に手が回らなくなるというなら、結果として先送りになっても仕方がないでしょう。そこはプライオリティの問題で、可能であるなら両方やることに何ら異存はありません。

#ここ数十年、とりわけ最近の10年ほどで着々と政府のコミットメントは相対的に減少しているわけで、その路線を粛々と進めていくことには何の問題もないでしょう。

ただ、構造改革=潜在成長力を引上げる施策といっても、具体的に何をどうするかは決して簡単には見出せません。というのも、生産性がなぜ停滞したの? どうすれば回復するの? 答えはどっちも同じで、「わっかりませーん」なのだ(クルーグマン「クルーグマン教授の経済入門」p34)ということに尽きるのですが、これを丁寧に論じた稲葉先生のテキストをご自身がサルヴェージされました(当サイトの読者層とはかぶっているでしょうから皆様お読みかと察しますが、もしリンク先の「論争」をまだご覧になっていないというならぜひ)ので引用させていただきます。

生産性のメカニズムは実のところ経済学にとっては解明の対象と言うよりは議論の前提である、という印象はかつて労働問題を学んできた私自身がかねてから抱いていたものである。

たとえばこのことは、現代マクロ経済学の主潮流となった内生的成長理論には明確に当てはまる。内生的成長理論はかつての経済成長の理論モデルでは外生変数、モデルを作る際に前提として与えられていた技術進歩、生産性上昇を、モデルの中で決定されてくる内生変数として取り扱うところにポイントがあるわけだが、それにしたって、やれ、規模の経済がはたらいて(要するに、たくさん作れば作るほど単価が安くなって)だとか、人的資本の蓄積によって(仕事に慣れたり訓練を受けたりして労働者の練度が上がって)とか、知識資本の蓄積によって(新技術の開発がうまくいって)とか、いった常識の範囲に属することを、きちんと数理モデルにできるようになった、というだけのことだ。数理モデルにできるということの意義はもちろん存外に大きいが、過大評価も慎まなければいけない。

重要なのは、それがその名前が素人に与えかねない印象ほどには、技術進歩、生産性上昇の具体的メカニズムを十分に理論化した、とは決して言えないということである。教育訓練投資や研究開発投資が生産性の向上をもたらすメカニズムについての数理的な記述をそれは与える。しかし実は肝心なことはほとんど何も解明されていない。いくらの金をかけた投資が、ではなく、具体的に、その金を使ってどのような研究開発とか教育訓練とか組織設計とかをすれば生産性が上がったり新製品ができたりするのか、についてはそのモデルはほとんど何も語らないのだ。

(略)

クルーグマンは本書[『クルーグマン教授の経済入門』]では内生的成長理論について特に何も言っていないが、生産性についての経済学者のおしゃべり一般を「宴会の雑談に毛の生えたような」「しろうと社会学の爆発」と片付けている。こう言われてカッとなる経済学者は多いだろうし、それ以上に経営学者、産業社会学者は頭にくるに違いない。生産性のメカニズムこそは、マルクス経済学、(旧)制度学派経済学残党(具体的にはフランスのレギュラシオニストやアメリカのラディカルズ)、そして経営戦略論、生産管理論、労働過程論のまさに中心課題であるのだから。しかしながら「しろうと社会学」ならぬ「くろうと社会学」による生産性研究においてもなお、「生産性が上がった場合にはこのようなことが起きている」とは言えても「こうすれば生産性が上がる」とはとても言えないのが現状ではないか。

「いいかげんスレが延びたので」(@インタラクティヴ読書ノート別館の別館11/22付)

#以上の文脈では潜在成長率≒生産性向上とお考えいただいて結構です。

じゃあ結局は各論に入れば構造改革には何でも反対ということかとのご指摘もあるでしょうから、これぞなすべき構造改革と言える例を挙げてみましょう。それは食のドメスティック・バイアスの解消です。典型的には食料安全保障論で、主として一定の自給率を確保しなければという量的な観点とBSE問題に当たって顕在化した質的な観点がありますが、つまりは国内で食料生産を行うことには意義があるという考えのことです。

先日紹介した伊藤・パトリック・ワインシュタイン「ポスト平成不況の日本経済」中の浦田論文にもあるように、FTAの締結を通じた自由貿易の拡大は確実に経済成長に寄与し、かつ、その障害になっているのが農業問題であるのは明らかです。ここでいう農業問題とは、一見農業者団体に代表される生産者側のエゴと見られがちですがその背景にあるのは上記のドメスティック・バイアスで、農業保護のやり方についての批判は多々あれど、一定の農業保護ないし産業政策的コミットメントを行うことそのものは一般には是認されています。

単に農業者団体等を抵抗勢力扱いするのではなく、ドメスティック・バイアスの解消を通じてFTAの積極的活用を図ることができれば、郵政民営化やら政府系金融機関の民営化やら三位一体改革やら財政赤字削減などよりもよほど日本経済にとって効果において高いと推測され、しかも効果が実際に発現するであろう蓋然性も極めて高いのは間違いありません。直ちに実現すべし!

[economy][government]構造改革の邪道 その1

奥田経団連会長、値下がり防止策「業界で検討を」(NIKKEI NET)

日本経団連の奥田碩会長は21日の記者会見で、三洋電機やパイオニアの経営が悪化していることに関連して「値引きをしないような方策を業界全体で考えないとマージンを取れない」と述べ、デジタル家電などの値下がり防止策を家電業界として検討する必要があるとの認識を示した。

奥田氏は「販売価格を大手の小売業者にコントロールされており、新しい製品を出してもあっという間に値段が下がる」と指摘。家電メーカーが製品の価格政策を協議すれば談合と受け取られかねないが、奥田氏は「構造的な問題を皆が意識をしないといけない。(価格に関する)具体的な話をしなかったらよいのではないか」と述べた・・・

・・・さて、「(価格に関する)具体的な話をしなかったらよいのではないか」・・・というのは、もちろん、そんなことはありません。価格を維持するためには、何らかの形でアウトプットを制限しないといけないわけですが、販売数量の制限や地域分割も典型的なカルテルですし、川下業者に対して共同で取引拒絶するのもアウト・・・というよりも、「業界としての値下がり防止策」をさせないのが、独占禁止法の最大の目的といっても過言ではないので、この取組を許してしまうのは、独占禁止法の自己否定みたいなもの。

「「値下がり防止策」の「業界としての検討」の先にあるもの」(@ふぉーりん・あとにーの憂鬱11/21付)

さて、先日取り上げた成田空港談合や道路公団談合などをさんざん指弾したメディアその他の方々におかれては、同様にこのカルテル必要論を難じていただきたいもので。というかここでは市場競争が「構造的な問題」とされ、カルテルにより構造改革すべしと言っているに等しいわけで、そういう人間が経済財政諮問会議で構造改革を論じているのは喜劇ですか、悲劇ですか?

ちなみに紹介したエントリにおいて、47thさんは次のようにお書きです。

結局、アメリカを見ていても、競争を激しくやった後で企業が淘汰されても、他の産業への資源の分配が促されるわけではなくて、債務だけ整理されてすぐに再生されて、同じ産業に資源が再投入されているだけのようにも見えます。それでも、長期的にみれば、資源分配の調整はなされているのかも知れませんが、果たして市場に頼った調整が他の調整に比べて常に優れているのかは、一概に言えないような気もします・・・

これについて申し上げるなら、基本はよりよい倒産法制とはどのようなものかという議論の深化が求められるのであって、言い換えれば市場を通じた調整そのものの是非ではなくその手法についての議論が求められるのではないでしょうか。市場を通じた調整が他の調整に比べて常に優れているとは言えなくても平均的には優れているわけで、そのあり方を漸進的にでも改善していくべきなのではないかとwebmasterは考えます。

[economy][government]構造改革の邪道 その2

上記エントリで紹介の47thさん引用記事には続きがあります。

また、千葉県の建築設計事務所がマンションなどの構造計算書を偽造していた問題について「規制は無くせばよいというものではない。規制緩和だけでなく、必要なら新しい規制もつくるべきだ」と述べた。建築物の安全性に関する規制の緩和をめぐっては、慎重な対応が必要との見解を示した。

日経「奥田経団連会長、値下がり防止策「業界で検討を」」

この発言そのものについては何ら異存はないわけですが、事故が起きたらこの手の言説が世を覆い、起きない限りは同趣旨のことを(とりわけ官僚が)言えば抵抗勢力扱いされる風潮こそ構造改革が必要ではないかと思うのはwebmasterだけでしょうか(笑)? 逆に言えば、普段は政府は小さければ小さいほどよいとしているような人々は、こういう時にこそ安易な行政責任の追及は責任を裏打ちする権限拡大になるから止めろと主張すべきではないでしょう。先のドメスティック・バイアスではありませんが、権限のみを叩いてそれを生み出す原因を何でもかんでも利権と信じて疑わない姿勢を自問していただきたいと切に願うわけでして。

その点、建築基準法改正時から緩和すべきでないといい、今回改めて民間への事務委託を「建築基準法改悪」と言い切っている共産党は、少なくとも一貫性については凡百の構造改革論者よりよほど見上げたものです。なお、確認を政府がやっていたら見逃さなかったとは言い切れない、ないし見逃さなかったとしてもそのコストが適正かどうかという議論はあるので、事務委託などすべきでなかったというその結論に素直に同意できるものではありませんが。

といいますか、kanryoさんがご紹介のように建築確認について自治体に賠償責任を認める裁判所の判断は既に出ているわけで(それが今回のケースに妥当するかどうかは話は別ですが)、早く裁判所を抵抗勢力扱いしてみろと。さらに悪質なのは、早々に「純然たる民・民の問題とはいえない」と権限確保に走った北側大臣ではないでしょうか。ほら、「官から民へ」の大合唱により包囲網を固め、怪しからん策動を封じないと!

本日のツッコミ(全26件) [ツッコミを入れる]
銅鑼衣紋 (2005-11-23 08:55)

建築基準法にしろ金融監督にしろ、明示的・暗黙的で裁量的な事前
規制を廃止し、専門家をそろえた事後規制機関に監督を移すのこそ
構造改革なわけですが、これは必然的に大きな政府を必要としま
す。

SECなみに監督するなら(それでもエンロン・ワールドコム事件
は起こったわけですが)金融監督庁は今の10倍オーダーで人員を
拡する必要があるでしょうし、ただでさえ希少な専門知識を持った
人員を民間と奪い合いあるようにしてでも確保する必要がある。

小さな政府・歳出削減・規制改革が無条件に無矛盾だと信じている
脳内お花畑のメディアや評論家がゾロソロいる(というかほぼ全員)
なわけですが、「自分が何言ってるかわからないのに果敢に実行」
な人が多いですな。

銅鑼衣紋 (2005-11-23 09:00)

ついでですが、奥田さんの正直な感想を聞くと、「改革無くして
回復無し」の真意は、供給能力削減による独占利潤の回復ではないか
という僕たちのゲスな勘ぐりが、まったくもって正統な推論だった事
を証明していて、感慨無量ですね(笑)

bewaad (2005-11-23 09:13)

>人員
ついでに言うなら、民間とエキスパティーズが競合する人間を取り合うなら、まともに行くなら人件費は上がりますし、それがいやなら天下りならざるリボルビングドアを許容しなければならないわけで、いずれにせよ給与引下げとか天下り禁止といった他の行革の要請とぶつかることになりますし、とにかく部分均衡でなく一般均衡的な政策パッケージを出して欲しいと思うわけです。

>財界にとっての改革
昨日とりあげた同友会もその路線ですよね(笑)。

すなふきん (2005-11-23 09:24)

テレビで言ってましたが、行政責任の追求をやりだすと自動車免許の所持者が事故を起こしたら許可を与えた行政が悪いということになるので、きりがなくなると。くだんの建築士のおっさんも言ってましたが、コスト削減圧力に抗し切れなかったという単純な見方でいいんじゃないですかね。割安(だったかどうか確認はしてないので確信もっていえませんが)な物件に飛びついた客の自己責任ということにはさすがにならないでしょうけど、そもそも不況という要因がなければどうだったかということを考えてみる必要もあるかもしれません。もちろん規制緩和との関係も慎重な検討が必要ではありますが。

bewaad (2005-11-23 09:32)

エントリでリンクを張ったkanryoさんのところのコメント欄にある意見ですが、本当に自由にしたらコネがはびこるとか、そういった話になるわけです。銅鑼さま流の事後規制を含め、建築物のような情報の非対称性が明らかに存在する市場では何らかの政府介入が必要なわけで。

ゆーき (2005-11-23 09:40)

奥田さんのような、言動に基本的な自己矛盾を抱えているような人は、まず第一に、信用ができませんね。(意図してやっているのならそれはそれで問題だし、気づかないでやっているのなら能力的な問題とか扇動屋ではないか、と思います)
そして、これらの言動を無批判に報道する各マスコミも同罪ですし、それに気づかない人にも唖然とさせられますが・・・

すなふきん (2005-11-23 10:06)

>建築物のような情報の非対称性が明らかに存在する市場では何らかの政府介入が必要

おっと、それを忘れてました。このケースはその要素が濃厚ですね。あと、個人や企業や行政の倫理的問題に帰するマスコミなどの姿勢は相変わらずで、フリーターやニート、少年犯罪を扱う姿勢と軌を一にしてるように思えるんですが。インセンティブという観点が欠落してるように思えてしょうがないです。

miyau (2005-11-23 11:56)

みなさまこんにちは

やはり、「規制緩和」「構造改革」「民営化」と聞くと思考停止してしまうことに問題の本質があるように思われます。
その「規制緩和」なり「構造改革」「民営化」(それに「公務員削減」も含めたほうがいいかと思いますが)の具体的内容を示さず喧伝する側と、それを受容する側の思考停止が今日的な歪みの中心をなしているような。
具体的内容を示さないのは詐欺師の常套手段ですね。
数年前に規制緩和論者の友人に「じゃぁあなたはゴミをあちこちに捨ててもいいと思っているのか」と問うたことがありました。
みんなもう少し考えてくれよーと切実に思う今日この頃。

名無し四等兵 (2005-11-23 12:14)

>建築物のような情報の非対称性が明らかに存在する市場では何らかの政府介入が必要

建設省がやってた時のほうがよっぽどいい加減だった気がするんですけどね
個人的には小泉なんざどうでもいいですが
そうやって何から何まで小泉批判にもっていってるあなたのほうが気持ち悪いですわ

銅鑼衣紋 (2005-11-23 12:44)

いい加減はいい加減だってでしょう。でも、そんな建物はあまり
建ってない(あとでボロボロでてきたらスマソ)。

業界詳しい人の話では、設計元請けは構造設計を下請けに出すのが
常識だそうです。で、仕事の欲しい構造設計事務所はマージン削り
コスト削減に精を出す。問題は、検査でして、そこがど素人に形式
だけの設計検査をさせて手数料かもっていることらしい。なぜそん
な話になったのかと聞くと、結局は不況で経験ある人が必要だが、
あまり儲からない仕事で、しかも大抵はちゃんとした設計図だから
素人ぶち込んで合理化してるということですな。

kumakuma1967 (2005-11-23 12:51)

 bewaad氏の話題を小泉批判とみるのか、政権党にしかできない政策への期待と見るかは読み手の勝手でしょうか...
 建築指導が今も昔もどのくらいいい加減だったかなんて事は知りませんが、建設省内部にも情報の非対称性蔓延してるでしょうねぇ、この20年くらい上手にプロパーの人たちと外部専門家を十分使えてないように見えるから。
今回の不祥事の公表はGJだと思いますし、それが民営化して審査と監督官庁が分離したおかげなら民営化を評価すべきでしょう。(監督が必要だという点ではbewaadさんと同じ結論ですけど。)

 本当に構造を改革したいなら法律から変えなきゃ駄目だし、それを通じて公務員数減らしたいなら条文だって減らさなきゃ駄目な気がする。省庁再編も今の構造改革もあまり本気で構造を変えようと思ってなさそうに見えるのはその辺かなぁ...

名無し四等兵 (2005-11-23 13:19)

>建築指導が今も昔もどのくらいいい加減だったかなんて事は知りませんが

根回しすれば無審査でOKとかそんなレベル

masashi (2005-11-23 15:44)

役所でも審査する人それぞれだったので、何とも言えないというのが実際でしょう。ただ、民間確認機関になってからの方が、確認を出す側も楽だって言うイメージが大きいことは問題だと思います。マンションや木造住宅などでは、定型的な物件が多いので、大量に安値で受注する事務所が多いように思います。まだ問題にはなっていないけど、木造2階建て住宅などは構造的チェックを一切提出しなくても確認を受けれる状態になっていますよ。今は。・・・あとの検査で提出することにはなっているけど、どうなっているのかな?

鍋象 (2005-11-23 20:17)

>miyauさま
>やはり、「規制緩和」「構造改革」「民営化」と聞くと思考停止してしまうことに問題の本質があるように思われます。

なんかズキっときました。良く考えたら批判以前に拒絶反応を示している僕も思考停止していますね。ただ、自分が拒絶反応を引き起こす根本の原因は、端的に言って「名前は格好よいけど中身がわからん」点なわけで、この単語事態が思考停止を誘引するものとして選ばれているのかも。と、ふと思った次第です。

鍋象 (2005-11-23 20:22)

構造設計の方、詳しい事は知りません。これ規制緩和された分野なんですか?とすると建設省が形だけでもチェックしていた時期には建築業者にはいい加減な設計して問題がおきたらキツイお灸が待っているという理解はあったのではないでしょうか。それが民間確認業者になった時点で、確認業者をスケープゴートにできる形ができたわけで、インセンティブ設計に失敗しているような気もします。詳しいことわからんので問題提起だけして去ります。

銅鑼衣紋 (2005-11-23 21:16)

>鍋象さん

規制緩和の悪影響というより、不況で「貧すれば鈍す」的な事が起こったのが原因みたいです。ある程度経験ある人がチェックしてれば、隣のビルに比べて鉄骨が3割しかないとか、地盤がいかにも悪そうな江東区の高層マンションなのに基礎の深さが普通だとかというのを見れば、すぐ分かるような話みたいですから。報道にあるように、耐震基準を1割2割下回っているどころじゃなく、3割くらいしかない工事があるわけですから。コスト削減、低価格まあ敢えて言えばデフレ時代に相応しいものを建てちゃったということみたいです。

bewaad (2005-11-24 00:38)

>ゆーきさん
首尾一貫させようとするあまり過ちを認められないという逆の困ったパターンもあるので、結局はバランスということなのでしょうけれど、ツッコミが甘いというのはおっしゃるとおりかと思います。

bewaad (2005-11-24 00:38)

>すなふきんさん
本来倫理的側面を強調するにも覚悟がいるはずで(罪なき者のみ石を投げよ、とか)、そこまで徹底して倫理を追求するのであればそれはそれでありだと思うのですが・・・。

bewaad (2005-11-24 00:39)

>miyauさん
本日(24日)、ご指摘の点に関連するエントリを書いてみました。そのような正直な「告白」を受けると、正直こちらもとまどってしまいます(笑)。

bewaad (2005-11-24 00:39)

>名無し四等兵さん
エントリに共産党の規制緩和批判が正しいとは限らないと書き、上のコメント(5番目です)で事後チェック型の規制も政府介入の一類型としてあると書いたように、旧建設省時代がよかったという主張をしているわけではありません。およそ規制緩和がけしからんというような主張に映ったのであれば書き方のまずさはお詫びしたいと思いますが、政府の責任追及と権限否定が多くの場合において矛盾するにもかかわらずそれに無自覚である発言に対する批判が主目的でした。ご賢察いただければ幸いです。

bewaad (2005-11-24 00:39)

>銅鑼さま、masashiさん
業界事情をご教示いただきありがとうございました。

bewaad (2005-11-24 01:01)

>鍋象さん
最近経済板のアノ手のスレに張られているニーチェのコピペもそういう留意をうながすものではないかと。自戒したいものです。

蛇の足 (2005-11-27 01:36)

本件については業界の体質や建築士本人の倫理感、消費者の意識と並んで、民間開放された建築確認検査を巡る法制そのものに大きな問題があります。
一方、当時(1998年)の建基法改正に関する限り、当然の事ながら、小泉には一議員としての責任はあるけれど総理としてのそれはありません。こういう法制を放置していたのが悪い、というスジ以外で本件を「小泉総理の」小さな政府指向への批判と並列するときには必ずこの点も併記しておかなくては、あらぬ方向へ印象操作されてしまう読者も少なからずおられることでしょう。

bewaad (2005-11-27 12:29)

>蛇の足さん
以後気をつけたいと思います。

一応いいわけしておきますと、本件をめぐるメジャーな言論と小さな政府指向との不整合は現在生じているわけで、その点についての問題意識を論じたつもりでした(本件についての個別規制の是非ではありませんでした)。

馬車馬 (2005-12-13 00:30)

TB頂いていながらコメントが遅れてごめんなさい。最近どうも忙しない日々を送っている上に、週末は寝込んでおりまして。

なるほど、私の勘違いでしたか。失礼しました。何となく「構造改革即トンデモ」みたいな流れがあるように感じていたので、勘違いしたようです(それと、数ヶ月前に「構造改革は供給力強化を通してデフレを進行させてしまうから問題」といったコメントを読んだ記憶もあったのですが、これも当方の勘違いかもしれません)。


とりあえず構造改革に反対される理由は政治的な理由だけと解釈しましたが、よろしいでしょうか。ただ、政治的な話も俎上に載せるとなると、「切羽詰ったときでないと改革に対する賛意が集まりにくい」という別の政治的問題をどう考えるかがややこしくなりそうな気もするのですが。

bewaad (2005-12-13 05:27)

>馬車馬さん
日々勉強ですので昔と言うことが変わってきているかもしれませんし、あと、個別の政策への批判においてそれっぽいことを言ったかもしれませんが、少なくとも最近はこのエントリのラインで固まっていると思います。

ちなみに政治的理由というなら、景気対策を罪悪視する風潮の方がよほど問題だと思ってます(が、それは馬車馬さんのエントリとはまったく別物なので取り上げませんでしたが)。いただいたご意見については、「切羽詰ったとき」ではないと思っているということで。

末筆ながら、急に冷え込みが厳しくなってきていますが、ご自愛ください。

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