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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2006-01-13

[notice]エントリ更新ミスのリカバリ

空行を入れてしまい下のエントリが見かけは本日最初なのに2番目になってしまっているので、エントリのアンカーと見かけのズレをなくすため、このエントリを挿入させていただきます。(1/14追記)

[politics]政治学関係は支援対象から外せばぁ?

10日付けの日経・経済教室にて、佐々木毅先生が理系だけでなく文系学問にも政府は支援すべきという議論をなさっています。一般論としての是非はさておくとして、佐々木先生がそのようにおっしゃる理由は次のようなものです。

ところで日本が長年の経済的・社会的閉塞感から一息つくことができた要因は何であろうか。先の議論の続きで言えば、政府が多額の予算を費やした何か特定の科学技術の成果のおかげであろうか、という問いが出てもおかしくない。(略)

筆者の認識では、周囲のさまざまな環境条件に恵まれたことのほか、公平に見て社会システムを直接間接に変えることに踏み切ったことが決定的であったと思われる。権力構造の広範な流動化はその当然の帰結であり、この数年頻繁に使われるようになった「ガバナンス」という言葉やうんざりするほど流布した「改革」というシンボルはそれを指している。平たく言えば、人間や社会についてわれわれが持っている知識をそれこそパッチワーク的に総動員して事態を「どうにか」切り抜けてきたのである。その基礎にあったのは、政策的にも社会的にもほとんど重要視されていなかった人文・社会科学的知識であった。

こうした指摘を嫌味と皮肉に終わらせることなく、将来に向かって活用していくためには次のような視点が大切である。

第一に、十年前と比べ、権力構造とその担い手のあり方が大きく変化したことを率直に認め、ガバナンスのより高度な運営のために必要な知識とその深化に対する真摯な態度を社会的に培養することが必要である。端的に言えば、「分かりきったこと」や「解決済みのこと」といった既成の観念で物事を処理するのではなく、社会の自己改革能力を着実に高めていくための高度な専門的能力に対して正当な評価を行う週刊を定着させることが必要である。

(略)

第二に、公共性のある活動に直接間接に関与した経験を持つ人材やそれに将来的に関心を持つ人材のネットワークの構築が必要である。このネットワークの一方の極は大学などの高等教育機関であり、他方の極は政党や官庁、自治体である。大学では法科大学院のみならず公共政策大学院などの整備が進みつつあり、そこでは外部の人材との生きた交流が重要になると考えられる。また、政府や政治セクターがこうした人材をさまざまな形で必要とし、人材の交流と循環の環境が整うことによって人材の質の向上も進むであろう。(略)

他方、人文・社会科学はこうした社会の大きな構造変化をその一部なりとも自らの糧とし、自らの活力に転化する知恵を持たなければならない。また、政府がこれらの諸学の振興のために大きなプログラムを推進することも考えられないわけではないが、何よりもまず必要なのは高等教育への公的投資の水準を他の先進国並みに高めることではなかろうか。

日経「日本復活の進路5 文科系知識の重要性増す」(経済教室1/10付)

ずいぶんと長々引用させていただきましたが、というのも、この文章のわけのわからなさを味わっていただきたかったからです。といいますか、下手に抜粋して抜粋の仕方が悪いからわけがわからないのだと思われたくありませんし、まとめようにもどうまとめてよいのか見当もつきません(笑)。

単に字面をまとめるだけなら、「近年の社会的経済的閉塞感は人文・社会科学を総動員しての改革により解消されたのであり、そのように役立つ人文・社会科学を一層活用するため関係者がそれぞれの立場で支援・促進を図るべき」ということになります。しかしこれは国語の教科書に掲載される例文と同じようなもので、日本語として意味のある文章ではあるものの、現実のどのような部分を説明するものかと考えれば、その意味では何も語っていないに等しい文章です。

例えば閉塞感とはどのようなもので、それに対してどのような対応が図られ、どのようなメカニズムでそれが解消につながったのか、一切佐々木先生は語っていません。素人が自らの経験を一般化して語るほうがはるかにましで、それならまだそうした原因・対応・結果がどのようなものであるかを理解可能ですし、その是非を論じることもできます。佐々木先生の文章は、自らの思い込みを何の裏づけもなく垂れ流すだけの代物で、小難しいことを書いて肝心なところを煙に巻いているに過ぎません。

まがりなりにも政治学界にてそれなりの地位を占めている人間の書く文章がこの程度‐良く言って時事雑感、悪く言えばチラシの裏にふさわしい思いつき‐では、政治学なる学問は社会科学に含めるに値するものとはまったく思えないと評されても仕方がないでしょう。このような文章を書くための素養養成のために公的投資を行うことなど無駄以外の何物でもありません。

なんで佐々木先生個人に対する評価を日本の政治学全般に一般化できるのかという疑問もあるでしょうが、外部からは佐々木先生クラスであれば日本の政治学界を代表すると見られても致し方ないでしょう。異議ある政治学徒におかれては、webmaster以上の痛烈な批判をもって、この文章は政治学の問題ではなく佐々木先生の問題であると証明していただければ(笑)。

本日のツッコミ(全51件) [ツッコミを入れる]
kumakuma1967 (2006-01-13 09:22)

>その基礎にあったのは、政策的にも社会的にもほとんど重要視されていなかった人文・社会科学的知識であった。

総動員されて出てきたのが、「B層をターゲットにしろ」とかなのかなぁ.....

tockri (2006-01-13 11:27)

> というのも、この文章のわけのわからなさを味わっていただきたかったからです
しまった、味わう前に1/3ぐらいで「何言ってんだこれ」と思って飛び越しちゃいました。

Scott (2006-01-13 12:33)

>佐々木先生の文章は、自らの思い込みを何の裏づけもなく垂れ流すだけの代物で、小難しいことを書いて肝心なところを煙に巻いているに過ぎません。

それが人文・社会科学だから、と言ったら怒られるでしょうかw


>その基礎にあったのは、政策的にも社会的にもほとんど重要視されていなかった人文・社会科学的知識であった。
>こうした指摘を嫌味と皮肉に終わらせることなく、将来に向かって活用していくためには次のような視点が大切である。

それにしてもこの部分は見事としか言いようがないですねぇ・・・・・・。
根拠無く断定し、次の行でそれを即前提としますか。

というか、「社会的閉塞感っていつ解消済ということになったんだ?」というところで既に疑問ですが。

一国民 (2006-01-13 15:44)

文系って、本とPCくらいしかお金かかんないんじゃないかと思うんですが。後は交際費?視察?心理学実験?
予算が付かないことを、軽く見られているみたいで嫌だ、と言っているだけなのかもしれないと思いました。

anon. (2006-01-13 17:05)

佐々木先生は学者というより高級官僚に近いですから、ああいう文章になるのはしょうがないです(苦笑)
 
> 一国民さま
資料を集めたりデータセットを作るためにはかなりの人件費がかかります。資料を集めるためには一ヶ月かけて数都市の資料館を回る必要があったりしますし、まともな計量分析をするためには自分で数人バイトを雇って各種データセットを作成する必要もあります。それに、体系的な研究をしようと思うなら研究スタッフをそろえる必要がありますし、国際会議を開こうと思えば会場設営ほか諸々の費用が発生します。文学の先生なら本とPCだけくらいかもしれませんが、それ以外の分野ではなかなかそうもいかないのです。

anon. (2006-01-13 17:15)

ついでにいえば、現在は科学技術系への「競争的」資金配分(「投機的」といったほうが正確なようにも思いますが)は増額されていますが、大学の定常的経費への支出は毎年削られ続けており、そのあおりで必要な図書購入もままならない状態です(有力な研究室が買い込むばかりで、大学図書館の共通の資産にならないのです)。
毎年世界で参照すべき学術書が何冊刊行されているか、あるいは図書館がいかなる役割を果たすべきかを考えれば暗鬱たる気分になります。

鍋象 (2006-01-13 23:27)

わけのわからない文章といえば、経済評論家系のやつも結構酷いのがありますよね。理系の方でも啓蒙書の類に手を染めると、意味不明文章が増えていくような気が。中には某有名先生のように新聞記者にゴーストライターさせておいて、前書きに謝辞を書くようなつわものもいますが。

一読して頭の中に定理や式が思い浮かんでくるような文章を書けとは言いませんので、せめて論理関係くらいはしっかりして欲しかったりします。前に課題図書で読んだ本はかなり苦痛だった。

おおや (2006-01-13 23:42)

本だって高いですよ。こないだ買おうと思った哲学事典(英語)は1セットで12万円くらいしたし(図書館がeBookで入れたのでこちらでは買いませんでしたが)、「哲学者と法」とかいうアンソロジーのシリーズ(やはり英語)は1冊2〜3万円、揃いで30万円くらいする予定ですか。自分が使うかというと疑問なのですが、一応地域の基幹大学だと思うと誰かが使う可能性のある基本書は揃えないといけないわけで。
こういうのとか、学術雑誌の購入・保管費用とか、新しく何かをするためというよりは蓄積を形成・維持するためにお金がかかるのが文系っぽいですかね。

ねずみ王様 (2006-01-14 00:29)

ええと理系の一部は60年代以降潤沢な予算でもって、例外的に贅沢三昧でしたが、それ以外は、まあ率直に言って中進国でしたので、一部の大学を除いて、それに見合った水準の教育研究環境でして、ええと、所与の条件で相対的に善を尽くしたのであろうとは信じますが、とりわけ地方や新興の大学ですと、つい最近まで先進国のスタンダードの教育を提供できていない可能性があるのでして、努力をしたが、物資が足らないというか、まあ教員のほうも、見聞の広い人ばかりではありませんから、そういうものだと思ってしまっていたというか、つまり、物事というか教育のようなものは一足飛びにはよくなりませんので、まあええと文系=本とコンピュータで、金はいらないだろうみたいな話も、まあなんというかそういう歴史的かつ地域的に特殊な条件が反映した結果かもしれないという可能性を考えていただけると幸いです。ええまあ損をしたなあという気はしますが、しょうがないですよね。まあ戦争に負けた後、急激に豊かになってよかったなあと思います。

sweetfish (2006-01-14 00:32)

 これに対しては、自分も唐突な印象を持っておりました。
 政治学というのは、集団同士の思想や利害の対立を止揚していく学問かと思っている者としては、日本ではもはやこの学問の存在意義が薄れてしまったのかなと。
 丸山や吉本のような大家が一世風靡したのは60年代ですから、切実に考えるべきテーマがなくなってしまったことが、今回のような単なる嫉妬と受け取られない文章を書いてしまった理由かと。
 学問の自由は、WW2のファシズムを意識したと思っているので、政治学(の補助金)が時代に左右されるべきでないのでしょうが、現状以上に支援する必要もないですね。

 書籍やデータセット等でも言いたいこともありますが、テーマから外れますので、この辺で。

ねずみ王様 (2006-01-14 01:31)

しかしすこしだけ切実に考えると何千万も人口のあるような国で、デモクラシーをほんとにエイヤッって実行しちゃってからまだ半世紀ちょいなんですよね。まあまだ二世代目ぐらいで、そろそろ三世代目ですか。うまくいくんでしょうかねこの制度、ってまるっきり場違いな話題ですね。(これだから文系は・・・。)

銅鑼衣紋 (2006-01-14 02:50)

>ねずみ王様

そうかなぁ。大正デモクラシーから昭和恐慌頃までは、当時の世界
的水準からすれば、それなりのレベルの民主主義国家だったように
思うんですけど。

あなたみたいに戦前は民主主義なしの暗黒時代みたいに考える方が
戦後社会の安定性を過大評価する結果になるんじゃないでしょうか。
むしろ、戦前それなりだったのに、恐慌勃発からわずか5、6年で
民主主義があっさり消滅したことを重視したほうが良いように思う
んですけどねぇ。

bewaad (2006-01-14 10:21)

>kumakuma1967さん
なるほど(笑)。しかし彼のようなスタンスだと、マーケティングなんてものは正統な学問でないと決め付けそうな気も(笑)。

bewaad (2006-01-14 10:21)

>tockriさん
味わうは大げさだったかもしれません。わけがわからないことをご理解いただければ十分です(笑)。

bewaad (2006-01-14 10:22)

>Scottさん
>それが人文・社会科学だから、と言ったら怒られるでしょうかw
私は怒りませんが、怒る人はいるでしょう(笑)。

>というか、「社会的閉塞感っていつ解消済ということになったんだ?」というところで既に疑問ですが。
彼の属する社会においては解消されているんでしょう。それを根拠なく一般化しているかのような文章を各時点で学者としてどうよ、とはエントリの補足になりますが。

bewaad (2006-01-14 10:22)

>一国民さん
下でもいくつか情報提供がありますが、専門書の謝辞(hogehoge財団からの支援を受けました、とかいうやつ)はアンケート調査に代表されるそれなりの頭数が必要な研究に多く見られるように思います。

bewaad (2006-01-14 10:23)

>anon.さん
>佐々木先生は学者というより高級官僚に近いですから、ああいう文章になるのはしょうがないです(苦笑)
霞が関在住者としてはひっかかりますねぇ(笑)。

>大学の定常的経費への支出は毎年削られ続けており、そのあおりで必要な図書購入もままならない状態です(有力な研究室が買い込むばかりで、大学図書館の共通の資産にならないのです)。
慶應SFCができたばかりのとき、佐藤誠三郎先生がSFCは図書館がダメで教授陣が私物を開放してようやく必要最低限のことができる、とおっしゃっていたのを思い出します。文部科学省の大学院大学集中化は、そうしたところに集中投資しようという趣旨なのでしょうが、どこまで現実が伴っているかということなのでしょう。

bewaad (2006-01-14 10:23)

>鍋象さん
だからこそきちんとした啓蒙書が書ける研究者というのは貴重なのでしょう。経済評論家は・・・ま、いうだけ野暮ではないかと(笑)。

bewaad (2006-01-14 10:24)

>大屋先生
おおやにき復旧なによりです。お疲れ様でした。

まあ実際文系だって何かとお金はかかるでしょうし、国立大学法人化等で苦しいのでしょうけれど、それならその学問的意義と窮状を真正面から訴えれば良いわけで、わけのわからない文章を公にしてもらっても困るなぁと>佐々木先生。

bewaad (2006-01-14 10:25)

>ねずみ王様さん(http://bewaad.com/20060113.html#c09
理系に関しては、前世紀の最後あたりでビーカーがなくてワンカップ大関の空き瓶を使っているとかそんな話がよく報道されていたことを記憶しています。実際のところ最近の方が貧すれば鈍すなんでしょうねぇ。

bewaad (2006-01-14 10:25)

>sweetfishさん
これだけ選挙や政治制度についていろいろな議論が錯綜している現在、政治学から客観的・中立的な見解が示されることには非常に大きな意義があると思うのです。ところが実際に聞こえてくるのは改革の旗振りに共鳴した信仰告白だったりするわけで、政治学の価値を日本の政治学者が自ら貶めているのではないかという気がします。

bewaad (2006-01-14 10:29)

>ねずみ王様さん(http://bewaad.com/20060113.html#c11)、銅鑼さま
戦前にもそれなりには根付いていたと思いますので、もう少し経験は積み重ねられてきているかと。

戦後の羹に懲りて膾を吹くさまは行き過ぎだったと思わないでもなかったのですが、だからといって羹を吹かずに呑み込もうとする者が多い昨今、あの行き過ぎにもそれなりの意義があったとちょっとやさしい目線になりがちの今日この頃です(笑)。

そういう最近の動向に戦前の全体主義体制確立の臭いを感じるようだと、恐慌ないし大不況の政治体制への影響という点において最近の経済政策運営はいかがなものか、ということになるわけですが・・・。

Baatarism (2006-01-14 12:28)

戦後政治の反省点として、まともな社会民主主義政党を作ることが出来ず、政権交代可能な体制を構築できなかったことがあるんでしょうね。そのツケが今来てるのかもしれません。
まあ、それでも極端な右派は孤立しつつあるように思うので、その意味では日本はまだ健全だと思いますよ。

大関使い (2006-01-14 16:55)

たしかに実験にワンカップ大関は使いましたが、あれは、ペーパークロマトグラフィーの展開槽として便利だからでした。ふたできるし、落としても割れないし。別にビーカーが買えないから、ワンカップを使ったわけではありません。

確かにプリンタ用紙の予算がないとか、18切符が使えないと学会に行けないとか、まあ貧乏は貧乏でしたけどね。

BUNTEN (2006-01-14 22:02)

◆ bewaad (2006-01-14 10:25)さん
http://bewaad.com/20060113.html#c21

>実際に聞こえてくるのは改革の旗振りに共鳴した信仰告白

それは文教予算統制の効果あるいは結果かもしれんとか思わないでもないです。orz

◆ bewaad (2006-01-14 10:29)さん
http://bewaad.com/20060113.html#c22

戦前の対立…リフレ+対中強硬 vs デフレ+国際協調 の、究極の選択
現在の「二大政党」…どっちも デフレ+対中強硬 orz

ねずみ王様 (2006-01-14 22:41)

銅鑼衣紋さま
ああ、見落としてましてずいぶん遅くなってしまったなりけど、ほそくと上で言った意味でのデモクラシーはあくまで制度としての意味で、財産にも性別にもよらずに等しく政治に参加する権利を有する制度というひょっとすると特殊に狭い意味で使っていたかもしれないナリね。悪かったナリねー。
 日本とフランスは女性参政権はちょっと遅いだチューね。
女性は男子に比べて保守的だから革命政党などには投票しないだろうと期待する向きもあったらしいだチューよ。(もっとも、この前の選挙ではずいぶん革命政党に投票したみたいだけれど。)
まあほんとに誰もが(成人するまで生き延びていれば)合法的な政治過程に参加できるようになったのは、ヨーロッパいれてもまだ100年たってないなりー。だから政治学がんばれーという元経済学徒からのエールなのだった。チュター。

bewaad (2006-01-15 02:26)

>Baatarismさん
反論するとすれば、
1.自民党自体が相当社会民主主義的な要素を抱え込んでいた、
2.自民党を派閥連立政権と観念すれば、総理を出す派閥の交代はある種の政権交代ですし、コンセンサス型民主政であればそうした政権交代は自然(二大政党型の政権交代がすべてではない)、
といったところでしょうか。

bewaad (2006-01-15 02:27)

>大関使いさん
報道を鵜呑みにして申し訳ないです。

bewaad (2006-01-15 02:31)

>BUNTENさん
>1つめ
いやしくも学者がそれを言い訳にできるはずもなく。

>2つめ
犬養毅って、5.15で暗殺されたからって過大評価されている気がします。リフレはもっぱら高橋是清の業績(犬養毅は単に反民政党という観点からのみリフレ政策を評価していたように思います)ですし、統帥権干犯問題が日本を蝕んだのも彼の責任に帰せられるべき部分が多いわけですし。

bewaad (2006-01-15 02:33)

>ねずみ王様さん
女性参政権を指標に用いるのであれば、確かにおっしゃるようなタイムスパンになると思います。

BUNTEN (2006-01-15 07:41)

>いやしくも学者がそれを言い訳にできるはずもなく。

よって、反対派はただ黙り、「信仰告白」のみが目立つ結果になる、と。orz

政治学関係では例のコンセンサス論以外にも、ブックオフか何かで買った選挙制度のなんちゃらとか、たぶん学問的な評価に値するものも多くあるように思います。ですからやはりこれは政治学の問題ではなく、政治を学問の世界に持ち込む側と、それに負けて信仰告白に堕す人の問題であるように感じます。

すなふきん (2006-01-15 10:14)

>1.自民党自体が相当社会民主主義的な要素を抱え込んでいた

支持者そのものも同様で、西欧であれば社民政党へ投票するであろう人たちも日本では相当数が自民党を支持したという実態があったと思います。そうであれば、小泉政権で「保守の純化」が起こりそれらの分離が進んでいるのだから、はじき出された人たちの多くが「社民化」するのが自然なんですが、どうもそうはなりそうもないですね。

Baatarism (2006-01-15 12:18)

>bewaadさん
いや、そういう話じゃないです。
自民党内部の派閥の合従連衡が、政党間の政権交代の機能を代替してしまっていたため、自民党が「保守の純化」である意味普通の保守政党になってしまうと、政権を担当した経験がある社民政党が存在しない点が大きな欠点として出てくるのではないかということです。

vodka (2006-01-15 21:48)

えー、選挙区情報ですが、民主党の小沢さん、代表として参院選の指揮をとる気になったみたいです。実家の人がおっしゃってました。
今日、新聞報道もあったんでタカ派者たちが喜んでいると思いますが、小沢さんが代表に就任したらむしろやることは逆で、新自由主義勢力を排除すると思いますよ。
小沢-横路ラインの絆は強いですね。

ドラめもん (2006-01-16 08:26)

いまさらですが今年もよろしくお願いします。
昨日(15日)の東京新聞総合面の「時代を読む」に佐々木先生が「改革VS抵抗の図式を超えて」というお題で寄稿していたのですが、ご紹介のあった文章といい勝負でした。結論はどうも最後の一文(「何のための改革か」が話題の中心になってもらいたいものである。)らしいのですが。
佐々木毅先生の独自仕様なのか、はたまた政治学徒の特色なのか・・・(苦笑)

bewaad (2006-01-17 04:52)

>BUNTENさん
もちろん政治学には数多くの積み上げがあり、ということは悪いのは政治学でなく政治学者だと(笑)。もちろん地道に価値ある研究をなさっていらっしゃる方々はいるのですが、目立つのにろくなのがいないということなのでしょう(笑)。

bewaad (2006-01-17 04:54)

>すなふきんさん
昨年の総選挙でも得票数以上に議席差が出ているので、そういう支持層は今でも少なからずいると思います。民主党も前原代表になってから同様の純化を進めているわけで、それなりに需要はあると思うのですが、やはり何らかの改革が必要だという広く共有されている暗黙の前提がその結集を妨げているように思います。

bewaad (2006-01-17 04:55)

>Baatarismさん
自民党離党組あたりが芽としては存在しているといえるでしょう。存在感はほとんどゼロになってしまってますが(笑)。

bewaad (2006-01-17 04:56)

>vodkaさん
このままでは居場所がなくなるからというような気がします。そうした姿勢では自民党はおろか、民主党内でも主導権を握れるのか個人的には疑問です。

bewaad (2006-01-17 04:57)

>ドラめもんさん
こちらこそよろしくお願いします。

あれは改革に憑かれた政治学徒の仕様かと。特徴としては、その改革によって何がどうなるかということについて定性的な繰言を山のように積み重ねても、決して定量的な分析は出さないということが挙げられるでしょう(笑)。

Baatarism (2006-01-17 09:45)

>Bewaadさん
ただ、自民党離党組は概ね靖国参拝賛成で、国民新党には東条元首相の孫娘を担ぎ出そうという動きもあるので、社民政党化は難しいのではないでしょうか?
ナショナリズム社民政党というものが成立するのなら話は別ですが。w

ヘタレ (2006-01-17 12:22)

なんだかんだ言いながらも自民というのは、安倍さんから福田さんまでカバーが広いので「排他性」の低い党ではあるかと。ある種の「社会政党」の性質も持っていると思いますよ。Baatarismさんが仰る保守とリベラルの党内政権交代をやっているという言葉は外れではないかと。ただ、本当に「純化」しているのかというとちょっと分かりませんね。「純化」ではなく「抑制」が必要だと思っております。
前原さんは、大変でしょう。彼の代(次の代でも・・・)で政権に近づくのはちょっと厳しい感じ。英国労働党は、下野したあと4度の敗北(そのうち大敗2回)と分裂問題を経験して18年後に政権奪取ができたわけでまだまだ、時間はかかりそうな感じもします。あと1つ2つの波乱が必要ではないかと。ただ、木っ端みじんも困りますが。

ktn (2006-01-18 04:16)

 政治学も政治学者も随分な言われようですね(笑)ですが、「親父の居酒屋談義」や「お手軽な正義の味方」的政治評論を超えた知見を披露した人材がいないのは、政治学界が少数勢力だからだとも言えます。
 伝統的に法学部政治学科の地位に置かれてきたことも日本の政治学の特徴を表しています。政治史・思想・哲学や国家制度論偏重から、政治分析や政策分析へシフトしていく必要性は長らく認識されていますが、金も人(=ポスト)も全然足りていません。ただし、あったとしてもそれを十分に使いこなす人材を育てるシステムが脆弱なことも認めねばなりません(例:統計学や数理論)。それを整えるにはさらなる資金と時間とポストが必要でしょう。
 たとえば選挙分析では、マスコミの出口調査はかなりの説明力を持ちます。選挙前後の世論調査は、政治が熱くなる時期の民意の動向や争点をそれなりに把握します。しかし、数年あるいは数十年に渡る長期的な政治意識、政治的無関心をも政治意識のあり方とふまえた調査・分析は商業ベースのマスコミの調査にはなじみません。政・官・財・労のエリートの意識調査もしてみたい。NPOを立ち上げる人々(あるいは政治的起業家)はどういったプロフィールや政治社会意識を持っているのだろうか。アメリカで日本の問題意識と金をつぎ込んで調査してみたい。中国みたいな国で世論調査やっちゃおうか(アメリカからも散々乗り込んでは失敗しています。しかしその失敗事例そのものが中国の政治分析になる)。そういった事をするには、数百万から数千万の金が必要です(億にならないところが理系との違いだとは思いますが)。
 話は元に戻って、学問的関心を社会的な要請として高め、国家戦略の一つとして位置づけさせる説得力ある提言を学界を挙げて(佐々木氏は学界を代表して)表明できていないのは残念なことです。

bewaad (2006-01-18 05:13)

>Baatarismさん
かつての同盟国にはnational socialismを標榜した政党がありましたよ(笑)。

bewaad (2006-01-18 05:14)

↑で書き忘れたのですが、一口に社会民主政党といっても間口は広く、所得再分配への好意的態度ととりあえず定義するなら、靖国問題とは独立事象なのではと思います。

bewaad (2006-01-18 05:15)

>ヘタレさん
これまでの自民党においてご指摘のような政権交代があったことは事実だと思います。ただ、これからはどうかな、と。主として経済的問題についての議論ですから、外交姿勢や靖国問題等についての温度差はあると思いますが、広義の構造改革路線からは自民党は当面は外れることはないように思います。

民主党の地道な努力云々については、まさにブレアからまずは地方組織等の地盤固めからと菅代表(当時)がアドヴァイスを受けたと記憶していますが、それをどこまで真剣に受け止めたのやらということかと。ただ広義の構造改革路線であることにおいては自民党と変わりなく、今のままでもスキャンダル等によっては十分議席数で上回ることもあり得ると思いますが。

bewaad (2006-01-18 05:29)

>ktnさん
いや、政治学への期待の裏返しとご理解いただければ(笑)。

まじめな話、日本の政治評論における文芸評論家(吉本、柄谷が代表格かと)のプレゼンスを意識しすぎなのではという気がします。そこで違うフィールドを指向していれば現状はずいぶん違っていたのではないかな、と。

Baatarism (2006-01-18 10:28)

>bewaadさん
かつての同盟国やそれに類似した体制が戦後も存続した国の話はともかく(笑)、第二次大戦後の西側民主主義諸国の社民政党は、国を問わず概ね融和的な対外政策を指向していたような印象があるのですが。もしそうでない例があるならば、ご教授頂けないでしょうか?

bewaad (2006-01-19 06:38)

>Baatarismさん
それは東西対立という枠組みにおいては、ということではないでしょうか。例えば極であるアメリカにおいては、社民政党とは言いがたいですが、湾岸戦争までは戦争を始めるのは民主党、というジンクスもあったことですし。

雪斎 (2006-03-27 05:03)

 私も政治学者ですが…。
 佐々木毅先生の文章は、確かに難しいですね。それは認めますけれども、それを以て政治学者のイメージを作っても…という気がします。ただし、政治学というのは、社会科学の中でも「虚学」的な色彩がありますから、あまり人材も資金も集まらないのは、仕方がないかなという想いもあります。

bewaad (2006-03-28 05:56)

>雪斎さん
難しいというより客観的裏づけの存在を感じない点が問題だと思ってます。


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