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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2006-03-01

[economy]続・経済学・科学論争 その1

#「その1」としているのは、明日に中村正三郎さんのその後のエントリを取り上げる予定だからです(webmasterに対するものとして明示されたものはありませんが)。

2/24に取り上げた中村さんの議論に関連して、半日庵さんが「経済学は科学か?」というエントリを書かれていらっしゃいます。以下は本来コメントで対応することが適当であるのでしょうけれど、trackbackの受付のみされているので、こちらもエントリを立ててtrackbackさせていただくこととします。お手すきのときにでもご回答いただければ幸いです>半日庵さん(相手にする価値なしとご認識であれば、無視されても何の問題もないのは当然です)。

現状では、日本の経済学者はトランク学者が多い。それは、経済学で世界的に評価を受けている研究をしている経済学者が日本にどのくらいいるのかを見てみれば分かることだと思う。工学や理学では数え切れないほどいるけど、経済学ではあんまり知らない。まあ、報道されていないというのが正しいのだが、数が少ないので報道されないと考えて間違いないだろう。そんな貧弱な日本の経済学者達をみて、経済学は科学とはいえないと中村氏が主張するのも理解できる。私は科学ではないというのは言い過ぎとしても、まだまだ発展途上で物理学などに比べれば何百年も遅れているのは間違いないと思う。当の経済学者たちがそういう自覚があればいいのだが、ないような気がする。遅れていると言っても、経済学の歴史がそれほど長くない(200年くらいではないか)と思うので、当然だ。これから発展していくのだから、それほど悲観する必要もないと思っている。

「経済学は科学か?」(@半日庵のつぶやき2/27付)

日本の経済学者のレヴェルが世界のトップに伍すとの前提であれば、「貧弱な日本の経済学者達をみて、経済学は科学とはいえないと中村氏が主張するのも理解できる」のは論理的だと思いますが、ここで書かれている「貧弱な日本の経済学者達」というのは、世界的に見て第一線の経済学者のレヴェルと比べてということですよね?

であるなら、仮に日本の経済学者達が「貧弱」であるとの前提が正しいとしても‐むしろ正しいとするなら‐、そこから経済学が科学とはいえないとの見解は論理的には導かれないのではないでしょうか? この仮定に基づけば、あくまで科学とはいえないのは日本の経済学者の業績に過ぎないのであって、経済学の水準はその上をいっているということになるのですから。

経済学擁護派の反論が、あまり科学的な反論になっていないというのが面白い。つまり中村氏の上げた理由に対して、具体的または論理的な反証をあげて反論できていないのだ。まあ、具体的な反証を探すのは大変なので、ブログの議論でそこまでやる人は少ないとは思うけど、その行動が中村氏の主張を補強しているのも事実だと思う。このあたりの理論展開は中村氏に一日の長があるようで、反論者たちは中村氏の術中にはまっているいるようだ。

「経済学は科学か?」(@半日庵のつぶやき2/27付)

webmasterの反論はなるべく「具体的または論理的な反証」に基づくものとするよう努めたのですが、どのあたりが具体的でなくかつ論理的でないか、後学のためにご教示いただければ幸いです。

さて、中村氏は科学の定義として「数学を使って精密な議論をしている」というものをあげている。この議論には賛成といえば賛成なのだが、「論理的な議論をしている」なら数学を使わなくてもいいと私は思う。しかし、厳密に論理的に議論するには数学を使った方が楽なので、多くの場合数学を使うだけだろう。

論理的な考えを鍛えるには、数学を勉強するより、コンピュータのプログラミングを勉強した方が良いという人もいる。今の数学の表現は自然言語を使っているのでどうしても論理的に曖昧な部分や、論理的な飛躍を許してしまう部分があるというのだ。その点、コンピュータを動かすには、論理的に曖昧な部分があればバグになるし、論理的な飛躍をしてしまうと動かないという目にあう。中村氏はプログラマとしても有名なわけで自身は数学という言葉が読み書きできないと述べているけど、コンピュータで論理的な議論は十分に鍛えられていると感じる。

「経済学は科学か?」(@半日庵のつぶやき2/27付)

例えば一橋大学の阿部修人助教授による応用マクロ経済学 Winter 2005 講義ノート(RBC)には次のような記述があります(ちなみにこれは中村さんが比較的科学っぽいものとして挙げているゲーム理論に関するものでもなければ金融工学に関するものでもありません)。引用させていただいた部分の定義に照らせば経済学も「論理的な議論をしている」とお認めいただけると思うのですが、いかがでしょう。プログラミングしているわけですから。

自分でプログラムを書くときでも、実際には他人の書いたコードを参考にする、あるいはそのコードの一部をそのまま使うことが多い。微分や数値積分については、すでに多くのコードが書かれており、数学パッケージとしてCやFortranのために提供されているし、一部はMatlab やGauss でも利用可能である。古典的なものではPress, Teukolsky, Vetterling, and Flannery による一連のNumerical Recipesシリーズがある。便利な数値手法の解説とコードをC, C++, Fortran90 やFortran77で提供しており、古本屋で安く見つけられたら購入しておくことをお勧めする。ただ、最近はIMSL 等の市販の数値解析パッケージでかなりカバーされてしまうようであるが。。

応用マクロ経済学 Winter 2005 講義ノート(RBC)

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2006-03-02

[economy]続・経済学・科学論争 その2

先日の「中村正三郎さんの経済学観について」に対して、中村さんからのお答えと思しきものは次のとおりです。

あと、長文のコメントかトラックバックかついてたけど、科学というなら、大学の学部初年度でやってることは、理系に比べて遅れているという話で、もういいでしょ?

ということで、この話題は、これでおしまいにします。

「従量税と従量税率」(@中村正三郎のHOT CORNER2/26付)

拙文をご覧いただいたものと思いますが、このようなご認識であるならwebmasterも異論はありません。ただ、ここで引用のエントリの前のエントリにおいて、webmaster宛ではありませんが、いくつかまだ事実誤認があるように見受けられます。批判するにせよ、以下を踏まえていただければと思い、再度取り上げることといたしました。

#先般の失敗に懲りて現在手元で参照できないスティグリッツ本に関してはコメントは差し控えます。

科学の定義というと人文系の科学もあるから広いけれど、ぼくの中では、「飽くなき真理の探究」が一番広い意味の科学ですね。

今回の文脈でいえば、数学を使って精密な議論をし、精密な観測や精密な実験で検証し、その結果からまた数学を使って精密な議論をするということを繰り返して、上昇スパイラルで真理を探究し続ける行為くらいでしょうか。

(略)

経済全体をシミュレートするのは、まだできないにしても、線形計画法って、膨大な計算をするはずでしょ。ぼくは線形計画法の中身はわからないけど、カーマーカー特許が線形計画法の特許だったことから、膨大な計算をすることくらいはわかるんです。

「なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;」(@中村正三郎のHOT CORNER2/25付)

前回のご批判に「経済文学」という言葉が用いられていたように、経済学においては数学がろくに使われていないという点を問題視されていると受け止めていたのですが、線形計画法=応用数学を用いていることはご認識いただいているという理解でいいのでしょうか?

たとえば、ぼくがずっと昔から不思議なのは、なぜ、重要な経済指標がリアルタイムで発表されないのか。

経済がそんなに重要なら、天気予報くらい、朝、昼、晩、テレビでやってもいいでしょう? でも、リアルタイムでやってるのは株価と為替の情報ですよね。GDP、消費者物価指数、鉱工業生産指数などというものが、なぜ、リアルタイムで取れないのか。取ろうとしないのか。取れないとしたら、なぜ?

物理学でも天文学でも生物学でも工学でも、必死で観測してデータを取ります。

これまで観測できないとか、無理だといわれてきたものを技術革新と工夫と、なんとかして取って、さらに精度を高めてといったことをやってきた歴史があります。

そのために何百億円、何千億円と使って、税金の無駄遣いだとか叩かれても社会の理解を求めて、加速器を作ったり、望遠鏡を作ったり、探査機を打ち上げたりするのに、経済学って、そういう必死さが伝わってこない。やってますか?

たとえば、e-Japanなんていってるくせに、どうして、経済指標リアルタイム化計画なんてプロジェクトがないんですか?

たとえば、法律を作ってでも、上場小売業は、販売データをオンラインリアルタイムで政府に提出させるくらいのことを言い出す経済学者って、います?

いないとしたらなぜ? 最初から、あきらめてる? それともそういう発想すらない? いずれも科学者の態度じゃないでしょ?

「なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;」(@中村正三郎のHOT CORNER2/25付)

リアルタイムでデータを取れない部分が多いのは、物理学や天文学や生物学や工学とは違ってデータを取るために相手の同意が必要だからです。法律を作ってでも販売のリアルタイムデータを出させるなんて統計職員は喜ぶでしょうけれど、そんな企業秘密のコアを入手する(しかも1社からのみでなく統計的に有意なサンプル数となるだけの数の会社から)のに必要な対価だけで何千億円/年は必要でしょう。

もちろん個別の指標についてさまざまな改善の努力は継続されていますが、それに加えて代替的手法も数多く講じられています。伝統的なものとしては景気に先行して変動することが経験的に確認されている先行指標の把握ですとか、最近の例で言うなら景気ウォッチャー調査(これのタイムラグは1週間程度です)なんてものもそうです。

当時の世界最速のコンピュータ、地球シミュレータが日本で完成して、ぼくはしばらくどういう研究に使われるか、調べていたことがあったんです。経済学はないんです。なぜ?

「なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;」(@中村正三郎のHOT CORNER2/25付)

次のとおり、あります。

一橋大学経済研究所と独立行政法人海洋研究開発機構(神奈川県横須賀市、加藤康宏理事長)は25日(月)、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使った、地球規模の経済分析研究を共同で始めると発表した。両者は26日(火)に共同研究契約を締結する。

研究では、米国のノーベル経済学賞受賞者、ローレンス・クライン氏が開発したマクロ経済モデルを利用。個人・世帯などのミクロ経済と、国家や地域などのマクロ経済を結びつけた、地球規模の経済シミュレーション手法の開発を目指す。

膨大な計算を要する経済シミュレーションの世界ではこれまで、精度がコンピュータの演算能力に制約され、十分な成果が得られていなかった。「地球シミュレータ」を使うことで、要素変数を大幅に増やしたより複雑な計算に対応でき、高精度の将来予測や過去の経済現象分析が可能になる。

「地球シミュレータ」は、現在世界第2位の演算性能(実効35.86Tflops=毎秒約36兆回)を誇る、同機構保有の超高速スーパーコンピュータ。これまで気候や太洋の変動予測などに利用されてきたが、社会科学系の研究で用いられるのは初めてだ。

「超高速スパコンで"地球まるごと経済分析"/経済研究所、海洋研究開発機構と共同研究へ」(webmaster注:日にちは2004年10月のもの)

遅いとか少ないといったご指摘であればごもっともです。

素人考えですが、景気の動向なんてのも、もっと精密に調べると東京で景気がよくなってそれが地方に波及していく過程は、熱の拡散方程式で予想外にきれいに記述できるなんてことはないんですか? 単に、景気、熱という連想でしかないけど(爆笑)。

そういうのをコンピュータによるビジュアル化で、日本地図にマップして、東京が赤くなったら、なぜか地理的な近くじゃなくて、情報的に近い地域が、たとえば東京の支店経済といわれる札幌や福岡がけっこう早く赤くなったりするのがみてたしてね。なるほど、情報ベースで経済現象が波及するんだとわかるとかね。経済学には、早くそういうレベルに達してほしいですね。

「なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;」(@中村正三郎のHOT CORNER2/25付)

【空間経済学】

#景気の動向よりももう少し長いスパンの現象が主たる研究対象ではありますが。

でも、ゲーム理論や金融工学は、伝統的な経済学から、特に日本では異端扱いされてきたでしょ? それでどうして科学なの?と思うんですけど、どうですか?

そうやって異端、冷遇扱いしてたのに、ノーベル経済学賞がその分野で出ると、掌を返したりしてません?

「なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;」(@中村正三郎のHOT CORNER2/25付)

「特に日本では」と断りがある以上、日本以外においても少なからずという含意があるはずですが、ではノーベル経済学賞の選考委員は経済学者でないとでも? 異端・冷遇扱いされていればノーベル経済学賞に選考されるはずもないわけで。

なお、中村さんはよく「数理経済学」と「伝統的経済学」を対置するのですが、これまでも繰り返し申し上げてきたように現在ではほぼすべての経済学は数理経済学で、ゲーム理論や金融工学のみが数学を用いているわけではありません。何をもって「伝統的経済学」とおっしゃっているのか、日本の経済学界においてかつてマルクス経済学がそれなりのプレゼンスを有していたという歴史的事実はありますが、今の経済学を対象としてそれを念頭に置かれているのであれば、それはここ何十年かの進歩を見落としていることに他なりません。

本屋でも経済学の数学といっても、微積分や統計の教科書が大学生向けにあって、中身はぼくらは高校生でやったことが書いてあるんです。これじゃ、理系から相当遅れてるじゃん。経済学って、大丈夫なの?

「なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;」(@中村正三郎のHOT CORNER2/25付)

GREでも理系大学院入試の数学といっても、微積分や統計以前の設問が大学院志望者向けにあって、中身はぼくらは中学生でやったことが書いてあるんです。これじゃ、日本から相当遅れてるじゃん。アメリカの理系って、大丈夫なの?

なぜ?と思って、以前、大学の入試科目を調べたことがあったんです。

ぼくらの時代でいう、数3。微積分や統計やら高校で習う一番難しい数学まで入試科目に入っているかどうかを。

東大、京大の経済学部はさすがに入っている。早稲田、慶応も入ってました。でも、母校、九大には入ってないの。バカーと思いましたね。\(^O^)/

私立が入試科目を軽くするのはわからんでもないんです。学生取らないと、定員割れでもしたら経営難ですからね。でも、国立大学の経済学部で、国立のくせに、旧七帝大なんていわれてるくせに、なんだ、これは。\(^O^)/

理系よりやさしい数学しかやってない学生集めてどうするんだ。文学をやる気はあっても、科学をやる気はないのかと思いましたね。\(^O^)/

これから、国公立大学も民営化されるし、少子化で、こういう傾向は強まるんだろうな。それじゃ、経済学のコミュニティが科学的に強くなるチャンスはどんどん失われていくんじゃないかなと思いましたね。

結局、いままでやってきたように、応用数学などから教員や学生を引っ張ってきて、科学の灯が消えないようにしないといけませんよね。でも、フレッシュないい学生を取れずに、経済学のコミュニティが強くなっていくと思いますか?

ぼくは経済学の科学性の将来にとっては大きな問題だろうなと感じています。

「なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;」(@中村正三郎のHOT CORNER2/25付)

まず残念な事実を申し上げるなら、東大、京大、早稲田、慶應の経済学部・政経学部においても今でいう数学IIIは入試科目に入っていません。

で、ここは記憶頼りなので間違っていたら取り消しますが、以前中村さんと同様の問題意識をもったある私大の経済学部がそれまで入試に数学を課していなかったのを改めたところ、合格者の多くが経済学に関心があるわけでもなく入試科目の関係上数学で点を稼げるから滑り止めにしたという者となり、かえって教育効果が下がったので、入試では数学を課さず大学に入ってから鍛えた方がよいと元に戻したそうです。

先にアメリカのGREをパロディにしましたが、入ってくる段階で数学により親しんでいることは望ましくはあれど、それだけで判断できるものではありません。それこそ「実験」によって、入試に数学を含まない方がよいケースもあることが確認されたわけです。全てのケースにおいてそれが妥当するわけではないでしょうけれど、ご指摘のようにすればフレッシュないい学生が取れるとは限らないのです。

英-Ranさんのメールもらってウェブを観て、経済学は実験ができないなんて書いてありましたよね。ぼく、そういうのを天下りに受け入れてしまう人は、学者や研究者をやめたほうがいいと思う。

物理学だって理工学だって、実験不可能だといわれてきたことを、なんとか実験できるようにしたり、直接は実験できなくても別のモデルに対応させて実験可能にしたり、コンピュータシミュレーションができるような形に問題を変形して解いてきたわけでしょ。

文系の世界だって、心理学は実験できないといわれていたけど、ハブロフの犬によって(笑)、実験心理学や行動心理学の世界ができましたよね。それが科学ってことでしょう?

経済学はなぜやらないの?と思って調べたら、ノーベル経済学賞には、ちゃんと実験経済学などの業績で取ってる人がいるじゃないですか。

じゃあ、なぜ、経済学は実験できないということを言い訳のようにしているんですか? 科学をやることを最初から放棄しているように思えてならないんですけどね。

「なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;」(@中村正三郎のHOT CORNER2/25付)

「経済学だって、実験不可能だといわれてきたことを、なんとか実験できるようにした」からこそ実験経済学の業績が評価されているわけです。コンピュータシミュレーションにしても、中村さんご自身が線形計画法云々と既に触れていらっしゃるわけで、ちょっと考えれば経済学(の多くの分野)では実験ができないというのは言い訳ではなく現状の記述であることは明らかです。その「実験」にしても、文脈上コンピュータシミュレーションを含まないものとして英-Ranさんが用いているのはわかるはずではないでしょうか。

それは、いままで縷々述べてきたように、経済学の科学性ということへの大いなる疑問から発するもので、藪下史郎は、いままで一度も単位の次元など気にしたことがないんじゃないか。読者も、あるいはこの教科書を使って教育している人も、一度も単位の次元など気にしない人が多いじゃないかと。そう思ったほうが自然だろうと。

「なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;」(@中村正三郎のHOT CORNER2/25付)

例えば単位の次元を気にしなくてコンピュータシミュレーションが可能とお考えなのでしょうか? あまり権威主義的な物言いをしたくはありませんが、査読雑誌がいくつもあり(中村さんもお認めのように)理系からの転進も多い経済学において、一度も単位の次元など気にしたことがない者が多いと考える方がよほど不自然でしょう。

正直に申し上げるなら、経済学部の学生に不真面目な人間がそれなりに(理系の学生より多く)いるのは事実でしょう。また、テレビに出てくるエコノミストという肩書きの人間に幻滅する場合がほとんどであることも否めません。しかし専門分野を経済学と定めて取り組んでいる人をそれらと混同して十把一絡げに貶めるのはいかがなものでしょうか。

結局webmasterは、そしておそらく中村さんのエントリに同様の趣旨でコメントされている人々も、経済学や経済学に携わる人々に問題がないなどといいたいわけではありません。きちんと裏の取れた事実に基づき、対象を明確にして批判が行われているのであれば、同意もしましょうし、それがわが身に降りかかるのであれば改めたいと思います。ビル・ゲイツの行状をもって中村さんに「同じコンピュータ関係者でしょ」との批判があれば、中村さんだって納得いかないはずです。それに似た納得のいかなさをwebmasterは抱えているのだとご理解いただければ幸甚です。

と締めの雰囲気漂うところですが、最後にもう1つ。

英-Ranさんは、それはおかしいというので、アインシュタインが原爆を作るよう提言したのにあとで悔やんだりしたことを、主張の一貫性がないことの比較にあげていたけど、これは比較すべき次元の話じゃありません。

ユダヤ人として同胞がナチスに虐殺されまくっていた人間の決断の重みと、日本のテレビ芸人みたいな経済学者やエコノミストが、主張を変えるお手軽さは、人間として比較不能なレベルの違いでしょう。不適切です。説得力がありません。

「なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;」(@中村正三郎のHOT CORNER2/25付)

宇宙項はユダヤ人問題に関係ないですよね?

とまれ、「テレビ芸人みたいな経済学者やエコノミスト」とアインシュタインを主張を変えたという一点で同一視するのが問題であるなら、すべての経済学者を「テレビ芸人みたいな経済学者やエコノミスト」であると経済学の一語で同一視するのも問題なのです。

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2006-03-03

[WWW]トラフィック増加問題の先達

J2さんが「日本のインターネット、マジやばくね?」と題して、GyaOやSkypeによるトラフィック増加とそれを支える通信インフラのインバランスをご紹介です。非常におもしろいエントリですので直接ご覧いただければと思うのですが、あえて大胆に概要を示すなら、

  1. 定額での接続が標準となった昨今、プロバイダのリテイル収入は1次関数(固定料金×接続者数)でしか増えない。
  2. プロバイダ等が負担するネットワークの維持・増強コストはトラフィックに応じて必要となるが、トラフィックは指数関数で増えている。
  3. したがって、早晩コストが収入を上回りネットワークは維持不可能となる。

ということではないでしょうか。

これを見ると、webmasterの頭にはマルサスの人口論が浮かんできます。その骨子は、

  1. 食料供給は耕地面積等に依存するので1次関数でしか増えない。
  2. 人口の増加は頭数に依存するので指数関数で増える。
  3. したがって、早晩人口は食料供給能力を上回り維持不可能となる。

というものですから。

#順序が逆でこれを念頭にJ2さんのエントリをまとめたのだろうとお考えの方、そのとおりです(笑)。

結局食料供給量が制約となっての大量死は幸いにして発生しなかったのですが、その理由は次のとおりです。

  • 人口の増加は頭数によってのみ決まるものではなく、指数関数での増加は永続的なものでなかったこと。
  • 食料供給能力は技術進歩によっても向上し指数関数で増えたこと(少なくとも人口増加が指数関数による期間中は)。

この伝でいくなら、技術進歩によりネットワークの維持・増強コストが引き下げられ、トラフィックが指数関数で増えてもコストは(時間の経過による)1次関数でしか増えないという枠組みが維持できるのであれば、トラフィック増加問題も対応不可能ではないと言えるでしょう。事実、これまでのトラフィック増加はそのようにして捌かれてきました。

となると問題は、トラフィック増加のペースが落ちるのが先か、ネットワーク関連技術が枯れてきてその進歩のペースが落ちるのが先か、という点に帰着することになります。J2さんが予言する従量制料金の復活、すなわちユーザのインセンティヴ構造を変えてトラフィック増加ペースを落とそうとの試みは、暗黙のうちに技術進歩のペースが限界に来ていることを前提にしていると解すべきでしょう。

[misc]一日○○

注目していた某一日署長ですが、その良さは想像を超えてました。

一日大臣とか一日局長っていうのはないのでしょうか。一日係員で部下についてくれるのもいいですね(笑。ずっと視野に入るわけですし)。

本日のツッコミ(全14件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>easyさん 総務省(旧郵政省)の立場を考えるに、郵政民営化に絡んでの更迭の記憶も新しいでしょうから、小泉・竹中ラ..]

bewaad [>kumakuma1967さん 「人口論」の議論を敷衍すれば、全体としての食料供給量は十分であっても地域的な食料危機..]

bewaad [>規制業種さん エントリの趣旨からは外れますが、昔からネットをやっている身としては、画像ファイルですら必要でもないの..]


2006-03-04

[economy]「真の失業率」推計最新版(2006-01現在)

#2005(CY)及び2005/Q4は先月発表でしたがその反映を忘れていたことをお詫びいたします。

年月   完全   真の   15歳以上  就業者数 完全   真の
     失業率  失業率  人口         失業者数 失業者数

1990   2.1%   3.2%   10,089   6,249   134   204
1991   2.1%   2.4%   10,199   6,369   136   155
1992   2.2%   2.2%   10,283   6,436   142   142
1993   2.5%   2.8%   10,370   6,450   166   183
1994   2.9%   3.4%   10,444   6,453   192   228
1995   3.2%   4.0%   10,510   6,457   210   266
1996   3.4%   4.1%   10,571   6,486   225   276
1997   3.4%   3.8%   10,661   6,557   230   262
1998   4.1%   5.1%   10,728   6,514   279   348
1999   4.7%   6.3%   10,783   6,462   317   435
2000   4.7%   7.0%   10,836   6,446   320   485
2001   5.0%   7.9%   10,886   6,412   340   551
2002   5.4%   9.4%   10,927   6,330   359   660
2003   5.3%   10.0%   10,962   6,316   350   700
2004   4.7%   10.0%   10,990   6,329   313   705
2005   4.4%   9.8%   11,007   6,356   294   688

2004/Q4  4.4%   10.1%   10,998   6,326   290   713
2005/Q1  4.7%   11.3%   10,982   6,236   305   792
2005/Q2  4.5%   9.1%   11,002   6,402   299   639
2005/Q3  4.3%   8.9%   11,008   6,417   286   628
2005/Q4  4.3%   9.8%   11,015   6,356   287   694

年月   完全   真の   15歳以上  就業者数 完全   真の
     失業率  失業率  人口         失業者数 失業者数

2005/2  4.7%   11.6%   11,003   6,224   308   818
2005/3  4.8%   11.1%   11,003   6,260   313   782
2005/4  4.7%   9.7%   10,994   6,352   310   684
2005/5  4.6%   8.7%   11,008   6,435   307   610
2005/6  4.2%   8.9%   11,003   6,418   280   624
2005/7  4.3%   9.0%   11,005   6,410   289   633
2005/8  4.2%   9.1%   11,006   6,405   284   639
2005/9  4.2%   8.7%   11,014   6,437   285   612
2005/10  4.5%   9.1%   11,016   6,409   304   641
2005/11  4.4%   10.0%   11,016   6,344   292   706
2005/12  4.0%   10.4%   11,012   6,315   265   733
2006/1  4.5%   11.1%   11,013   6,269   292   779

2005/1  4.5%   11.1%   11,004   6,261   296   782
2004/1  4.9%   11.5%   10,983   6,221   323   808
2003/1  5.4%   11.4%   10,941   6,203   357   799
2002/1  5.2%   10.3%   10,917   6,267   344   720
2001/1  4.7%   8.6%   10,867   6,360   317   595
2000/1  4.6%   8.2%   10,815   6,355   309   567

     C/(B+C)  D/(B+D)   A     B     C  D=Ax0.64-B

(直近月次ボトム)
     5.8%   11.6%    --    6,193   384   818
    (03/3,4)  (05/2)         (03/2)  (03/3)  (05/2)

(注)
・ソースは総務省統計局の「労働力調査」(http://www.stat.go.jp/data/roudou/2.htm)。
・月次データは原数値を用いている(季節未調整)。
・「真の」値は労働力人口比率が0.64(直近ピーク(1992年))であると仮定した場合の値。
・少子高齢化の進展による労働力人口比率のあり得べき低下は考慮していない。

#過去の計数は以下のとおりです。

2005
03040506070809101112

[economy][BOJ]「CPIが上がった」と認められたから3月9日は解除記念日?

#タイトル、元ネタが古くてごめんなさい。本来9日の読みは「ここのか」ですが、それだと字余りなので「くにち」で。

「CPIが上がった」というのは生鮮食品を除く総合で4ヶ月連続でゼロないしプラス、1月がプラス0.5だということですが(いずれも前年同月比)、参考計数として発表されている食料・エネルギー抜きのものまで含めた一覧は次のとおりです。丸々転載で手抜きです(笑)。

 総合CPI(指数)同左(前年同月比)除く生鮮食品(指数)同左(前年同月比)除く酒類以外の食品・エネルギー(指数)同左(前年同月比)
2004/0197.7▲0.397.5▲0.197.1▲0.5
/0297.70.097.50.096.9▲0.4
/0397.9▲0.197.7▲0.197.3▲0.4
/0497.9▲0.497.9▲0.297.5▲0.5
/0598.0▲0.597.9▲0.397.5▲0.8
/0698.20.098.0▲0.197.5▲0.6
/0797.9▲0.197.9▲0.297.4▲0.7
/0898.0▲0.298.0▲0.297.6▲0.7
/0998.30.098.20.097.6▲0.6
/1098.80.598.2▲0.197.7▲0.6
/1198.60.897.9▲0.297.3▲0.6
/1298.10.298.0▲0.297.3▲0.6
2005/0197.6▲0.197.2▲0.396.4▲0.7
/0297.4▲0.397.1▲0.496.2▲0.7
/0397.7▲0.297.4▲0.396.6▲0.7
/0497.90.097.7▲0.297.0▲0.5
/0598.20.297.90.097.3▲0.2
/0697.7▲0.597.8▲0.297.1▲0.4
/0797.6▲0.397.7▲0.297.0▲0.4
/0897.7▲0.397.9▲0.197.1▲0.5
/0998.0▲0.398.1▲0.197.4▲0.2
/1098.1▲0.798.20.097.4▲0.3
/1197.8▲0.898.00.197.1▲0.2
/1298.0▲0.198.10.197.40.1
2006/0198.10.597.70.596.50.1

以上を踏まえて次のような動きがあるとのこと。

日銀は三日、三月八、九日に開く政策委員会・金融政策決定会合で量的緩和政策の解除を決定する方向で調整に入った。総務省が三日発表した一月の全国消費者物価指数(二○○○年=一○○、生鮮食品を除く)は九七・七で前年同月比0・5%上昇と、一九九八年三月以来七年十カ月ぶりの高水準。昨年十月以降、四カ月連続して0%以上の伸びを記録し、日銀が掲げる量的緩和の解除条件をほぼ満たす状況となった。

(略)

日銀は「物価が安定的に0%以上」などを量的緩和の解除条件としてきた。決定会合では初日八日の議論を踏まえ、九日に解除を決定、直ちに実施する方向で検討しているが、今後の株式市場や景気動向次第では、四月の決定会合に持ち越される可能性もある。

「日銀、3月量的金融緩和解除へ調整」

なぜ生鮮食品を除く総合で考えるかといえば、生鮮食品は農業の豊凶などによる値動きが激しい場合があり、それをもって物価の動向の指標とするには適当でないとの認識に基づきます。生鮮食品をを除いたものでこそ一般物価の動向を正確に測ることができると。しかし、エネルギー関係だって昨今の原油価格の変動を見れば、ねぇ(笑)。

とまれ、皆様先刻ご承知でしょうけれど当サイトとしては改めて量的緩和解除への反対を表明しておきます。その理由としては、望ましいインフレ率はゼロでなく低い正の値(webmasterは3から5ぐらいでも何ら問題ないと思いますが、世間的には2%といったところでしょうか)であるからで、なぜかは2/27に書いたことを再掲します。

  • ボスキンバイアスの存在によりCPIは少し高めに出る(ので、CPIを政策指標とするならゼロCPI=デフレとなり高めにしておく方が安全だ)から
  • マイルドインフレの方が価格調整がやりやすい(=価格の下方硬直性がある財についても価格調整が可能)から
  • デフレになりそうなら十分に金利を引き下げなければならないので、その余裕を確保する必要があるから

日銀に言わせれば量的緩和を止めたってゼロ金利で十分緩和しているということなのでしょうけれど、絶対水準で引締めか緩和かは語れず、相対水準で考える必要があります。端的には公定歩合10%と言えば現状が前提なら強烈な引締めですが、インフレ率20%の世界では強烈な緩和です。CPIで見るなら最低1%、できれば2%ぐらいが政策転換のタイミングとして適切であるとwebmasterは考えています。

#絶対水準・相対水準について言えば、実は今の量的緩和だってどちらかといえば引締め気味なのですが(当預残高を横ばいにしているだけで伸ばしているわけではないので)。

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bewaad [>無業者さん さらに言えば、量的緩和にはそれだけの効果(いわゆる時間軸効果)しかないのですが、それを実現するための買..]

無業者 [>bewaadさん 低レベルな質問にお答えいただき、ありがとうございました。]

bewaad [>無業者さん ご質問を受けてどう説明するかを考えるのもとても勉強になります。今後ともよろしくお願いいたします。]


2006-03-05

[WWW][book]梅田望夫「ウェブ進化論」

本書はご自身のblogでも有名な著者によるものですが、時代の的確な見通しに触れることには知的興奮が伴います。何がそれかと語るに先立って、3つほど引用を。

文章を書く、写真を撮る、語り・対話・議論を録音する、音楽を作る、絵を描く、ホームビデオで録画する、映像を作る。そして、その結果を皆がインターネット上に置く。ではそれで何が起こるのか。

確かにこんなことはインターネットが登場してまもない10年前から盛んに議論され、たくさんのビジネスが試されては消えていった。バブル崩壊と共に終了した第一次インターネット・ブーム時の結論は「何も起こらない」だった。「普通の人が何かを表現したって誰にも届かない」が当時の結論。でもそれは、玉石混交の厖大なコンテンツから「玉」を瞬時に選び出す技術が、当時はまだほとんど存在していなかったからである。

そこに圧倒的な技術革新が起きたために、局面は一気に動いた。「何かを表現したって誰にも届かない」という諦観は、「何かを表現すれば、それを必要とする誰かにきっと届くはず」という希望に変わろうとしている。

では、グーグルのアドセンスは何が違うのか。アドセンスのロングテール部分には「負け犬」が並んでいるのではなく、未知の可能性を持った存在が並んでいる。しかもロングテール部分に並びたければ誰でも並ぶことができる。そんな底抜けのオープンさを持つゆえ、ロングテールはさらにずっと長い。

昔であれば、そうだったかもしれない。自分の情報が届く人の範囲はたかが知れていただろう。普通の人なら、せいぜいが自費出版に、雑誌の文通欄くらいだろうか。そしてその範囲で反応がなければ、あきらめるしかなかった。もちろん、あきらめない人はいたけれど、そういう人たちもそれ以上にうつ手はほとんどなかった。

しかしインターネットという環境では、必ずしもそういう必要はない。いまアクセスしている連中には無視されたり、批判的なことを言われるかもしれない。でも否定的な意見には耳を貸さなければいい。それは聴く側がわかっていないのだ。この世のどこかには、自分のメッセージに全面的に賛成してくれる人が一人でもいるかもしれない。「ありのままの自分」を受け入れてくれる人がいるのかもしれない。そしてこれまではたぶん届くことはあり得なかった「その人」にも、潜在的にはそのメッセージが届く可能性が出ていているのだ。いかにその可能性が低くても。いまはダメでも、数パケット向こうには、まだ見ぬその人からのメッセージがやってきつつあるのかもしれない。その可能性はすごく低いけれど、決してゼロだとは断言できないのだ。

本書を既に読まれた方なら、あれっ? と感じられるかもしれません。それも当然、最初の2つは本書からの引用ですが(それぞれpp13,14、p106)、最後のもののソースは別です。何からの引用かといえば、山形浩生さんの「ネットワークのオプション価値」からです。その初出は1999年1月発刊の別冊宝島「ネット社会は心の魔窟」とのこと、実に7年前になりますが、その時点で既に本書の重要なコンセプトを喝破しています。

ではその先に何があるのか。山形さんは次のように続けています。

いつか世界の人間についてあらゆる情報がわかるようになれば、そういう期待の入り込む余地はない。自分の情報と、世界的なニーズとを照らし合わせて、ニーズがなければそれでおしまいだ。しかしながら、情報が不完全なところでは、とりあえず様子を見るというのは有効な戦略となる。そしてベースとなるアセットが不確実であればあるほと、オプションの価値はあがる。

インターネットの場合でも、可能性がゼロではない以上、そこにはオプション価値がある。その可能性をかれらがどのように判定しているのかはわからない。でもそれは、どこかでけじめをつけて検証する必要のない期待である。企業なら、どこかで「アレは成果がなくて無駄だからやめよう」という判断が下される。しかし個人ではその必要はない。いつまでもいつまでも、その期待を先送りにしていい。そしてもちろん、一部の人のように、テレビや電波経由でそうした期待に反応がかえってきてしまう人もいるのだ。したがってそのオプション価値は、いつまでも(定額で)残り続けるのだ。そしてそれは、いまのプロバイダに払う毎月数千円程度の金額に充分見合う価値なのだろう。いまのままの自分に対していずれだれかが関心をもってくれるかもしれないという期待が、そこで価値を生んでいる。満たされない(であろう)期待だけが、そこではどこまでもふくれあがり、価値として存続し続けているのだ。

人間についてすべてが知られることは(当分)ない。したがってそうしたオプション価値が、最終的にきちんと評価されることもない。ある意味でいまのネット社会と称するものは、その不確実性が産むオプション価値によって成立している。情報の伝達効率を上げるとともに、まだ自分に届いていない情報や、情報化されていない部分への期待を拡大したことでネット社会の価値が生まれている。ネガティブなフィードバックは無視すればいい。自分のほしい、都合のいいフィードバックにだけは反応すればいい。

ネットワークのオプション価値

この観察が正しいなら‐そしてwebmasterは正しいと考えています‐、本書の未来予測のうち1つは正しく当たっていて、もう1つはまったく外れています。

正しく当たっている未来予測とは、Web2.0、あるいは「あちら側」の産業としての興隆です。ウェブで表現をする者にとっての最大のニーズが可能性ないし希望、夢であるなら、Web2.0とはそのニーズを現状において最大限満たすものであるからです。ロングテイルに連なることにより見出されるかも、という欲望を糧にますます栄えていくことでしょう。

外れている未来予測とは、総表現社会の到来です。本書においても、ウェブ上の表現行為が注目を集める点に関しては甲子園出場をかけた争いに例えられたり(p15)、100人に1人という目安が示されたり(p136)しているわけで、決して「総」などではないことがわかります。都道府県予選で敗退する4,000以上の高校や、残る99人がいるのですから、それをもって「総表現社会」とは羊頭狗肉もいいところです。

人に見出されていなくても表現しているから「総表現社会」なのかと言えば、それは本書の文脈から外れるでしょう。便所の落書きやガード下の飲み屋の愚痴だって表現であることには違いなく、単に表現していることを指すのであれば、現在はおろか、ヒトが言語を使い出したときから(ラスコーやアルタミラがそれに先立つなら、その前から)「総表現社会」ということになります。

結局何が「総」かと言えば、あくまで可能性に過ぎません。それも表現者が主観的に観測する限りにおいて。主観的可能性を言い換えるなら願望ということになりましょうか。つまり未来に待つのは「総表現社会」ならぬ「総表現願望社会」、単なる表現でなくそれが他人に受け入れられることに意味があるとの点をきちんと表すなら「総受容願望社会」とでも言いましょうか。

遍在するのは願望のみであり、実際に表現が他人に見出されたという結果は偏在しているのが現実です‐そしてその現実は、時制を未来にしたところで変わるはずもありません。なぜなら表現行為のボトルネックはメディアにあるのではなく表現能力にあるからで、これだけ少年スポーツが盛んであってもプロやオリンピック選手になれる人間がほんの一握りであるように、他人の目に触れ得る表現手段を手に入れたところで、能力以上の表現ができるわけではないのです。

著者のこの読み違いはどこから来るのでしょうか。穿った見方をするなら、コンサルタントという著者の職業上の利害関係を反映して、身もふたもない事実を知らしめるより可能性を喧伝した方が儲かるからと考えられます。既述のとおりWeb2.0の利益の源泉は夢を売ることであって、現実を知らせることにはないからです。

しかしこの見方は外れているようにwebmasterは思います。それがクリアになったのは終章の次の記述を目にしたときでした。それに先立つ記述は、著者が34歳の際に社内ヴェンチャーの責任者としてアメリカに赴き様々な壁にぶち当たったというもの。

でも環境変化の中でゴチャゴチャと精一杯努力していると何とかなるのも事実だった。「捨てる神あれば拾う神あり」で、いろいろな新しい発見や予期せぬ出会いが私に新しい機会をもたらしたからだ。

三四歳のとき、もっとモノをよく知っていて、もっと客観的で、それゆえ「もう少し力をつけてからでも遅くない・・・」なんて考えて、冒険しなかったらと思うと、ぞっとする。モノが見えてなくて良かった。今、心からそう思うのだ。

p238

自分がモノが見えてなくてよかったと心からそう思うからこそ、可能性が実現する方に賭けることに高い評価を与え、他人にも薦めているのだと解すべきでしょう。先に書いたとおりそううまくはいかないということが著者だって頭ではわかっているのでしょうけれど、実感としてピンとこないからこそ得てしてそれが問題だということに意識が至らないのではないかと思われます。いみじくも本書が「こちら側」の企業の「あちら側」への理解のあり方として描いているように。

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2006-03-06

[movie]機動戦士Z GUNDAM III A New Translation ‐星の鼓動は愛‐ その1

封切り翌日だというのに上映10分前に行っても観ることができました。一作ごとに人気が落ちてきているようで。ネタバレありの感想は本日の最後に書くとして、井上遥の声を聞かせてくれたのは心憎い演出でした。恒例の新画モビルスーツでは、バイアランが一番よかったように思います。

[science][media]産経新聞とインテリジェントデザイン

以前にも取り上げたのですが、apemanさんによると「産經新聞がまたしてもやってくれました!」とのことだそうで。こんな説で2回も紙面を飾る新聞が父系天皇には伝統の価値があるだなんて何の冗談でしょう(笑)。

[sports]WBCアジアラウンド・韓国に敗れ2位通過

何といいますか、王監督であることが思いっきり裏目に出た試合でしょう。後知恵ではないですよとの言い訳としてかつて野球ネタを扱っていた頃のしろはたのアーカイヴを引いておきますが、選手の実績や格を重視して臨機応変の采配ができないのが王監督ですから‐松中と心中したここ2年のプレイオフで明らかなように。

#ところで、しろはたと並んでプロ野球解説で有名だったサイトで、確かサイト名がeclipseでIMASYにあったサイト、どなたかご記憶ではないでしょうか。ウェブアーカイヴで見ようにも、URIを忘れていて・・・。

8回表の逆転は致し方ないとして、その後の8回裏、9回裏で監督らしいことと言えば里崎に代打を出したことと川崎のセイフティバント(これは川崎の独自判断かも)ぐらい。岩村や小笠原の調子を考えれば、今江や宮本を代打に出してかき回すべきでしょう(多村に期待するのはわかりますし、青木を8回表に守備固めに出してしまったのは不運でしたが)。そもそも一時期のジャイアンツのようにクリーンナップ型のバッターが多すぎという選手選考が問題なのですが。

[comic]現在官僚系もふ・第43話

ついに対中ODAには不正があると言い切ってしまいましたか。鈴木宗男議員の名前が実名で引かれたこともあり、フィクションだとの言い訳が通用しないところまで踏み込んでいるような。webmasterが心配する筋合いではありませんが(笑)。

あと重箱の隅ですが、葛西局長の肩書きが「外務省・アジア大洋州局局長」となっているのは誤りで、「アジア大洋州局長」が正式名称です。ひょっとしたら今までも同種の誤りがあったかもしれませんが、今回気付いたものですから、一応指摘しておきます。

[movie]機動戦士Z GUNDAM III A New Translation ‐星の鼓動は愛‐ その2

TV版との大きな違いとしては、

  1. ダカール演説がない。
  2. カミーユが壊れない。

が注目すべきでしょう。

#細かいものではいろいろありますが、中でもバスクを倒す役がヤザンに回ってきたのはヤザンファンとしてはうれしい誤算でした。

1だけなら映画版ターンA同様省略しただけで設定としてはあったという考えも成り立ちますが(稲葉先生、映画版は見ました!)、2はTV版と明らかに違う物語を描いているわけですから、ダカール演説もなかったのかもしれないということになります。ダカール演説の何が重要かといえば、あれがCCAにおけるシャアの行動を相当程度支えているわけです。人類が変わらないことへの絶望しかり、スペースノイドから集めている人気しかり。

ところがダカール演説がないとすれば、とりあえずZZの時代において雲隠れしたままとの設定が変わらないとして、単にハマーンやシロッコ(ところで、シロッコだけですよね、UC世界でファミリーネイムで呼ばれるのって。木星帰りであることと関係があるのかしらん)にかなわなかったからいじけて(笑)テロに走ったということになってしまいます。

シャアは富野監督自身の作中投影であるわけですから、A New Translationとはシャアのダメっぷりを明らかにして若き日の自らにけじめをつけたかったということだったのかな、と。結局のところZ映画版三部作はシャアがどんどん活躍しなくなっていく過程を描いたもので、TV版ではパイロットとしてはダメでも政治家として、という変化があったわけですが、それすら映画版は消し去ってしまったのですから。

ちなみにカミーユが壊れなかったこと自体は、かえって救いのない結末だとも言えます。TV版ならさまざまな人の命の重みに耐えかねたカミーユでしたが、ファといちゃつきたいという気持ちがそれより大切だったというのが映画版なのですから(笑)。

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2006-03-07

[book]岩田規久男先生・飯田泰之先生の強力タッグによる近刊

「ゼミナール経済政策入門」というタイトルで3/23発売予定だそうです。野口旭先生も「エコノミストたちの歪んだ水晶玉」を出版されたばかりですし(ちょうど読み始めたところです)、竹森先生の世界デフレも待っているということで、ちょっとした新刊ラッシュですね。このところ田中秀臣先生の孤軍奮闘(笑)が続いていたところですが、皆様お疲れ様です。成果だけいただきます(笑)。

[economy]経済学と数学

またあの話題、と受け止められる向きも多いかもしれませんが、違います(笑)。飯田先生つながりということで。

つづいて,経済学に関する紋切り型の批判が行われています.「経済学は世の中の法則を数式で解き明かしている」,またはそれが前提となるお約束のように欠かれていますが,これは誤解です.不運にも,そう感じざるを得ないできの悪いテキスト,講義に出会われたのかも知れませんが,経済学者100人に「経済学は経済学は世の中の法則を数式で解き明かす学問ですか?」と聞いたならば99人が「それは違うよ」と答えるでしょう(へんてこりんなことを言う人はどの業界にもいます^^).経済学が数学を使うのは「その方が楽だから」に他なりません.日常言語は多義的な部分が多いため,それをつかって厳密な議論を使用とすると各タームの定義を下すのに膨大な紙幅を費やしてしまう上,書き手の方もうっかり混乱してしまったりする……それを防ぐために数学という言語を使う人が多いのです.

「それはいかんよパオロさん!」(@こら!たまには研究しろ!!3/6付)

経済学者という稼業も大変です。方や数式で世の中を解き明かそうとしていると貶され、方や数学を使えぬ輩による文学だと謗られ・・・って、あの話題につながってしまいました(笑)。

[economy][glossary]モラルハザード

またまた飯田先生つながり、というわけではありませんが、英-Ranさんのエントリを受けてのそのコメント欄での議論で、わかりやすい説明が飯田先生からありました。それを整理したRhythm_Nationさんのエントリから備忘としてお借りさせていただきます。

定義はIida先生のコメントの通りで、

  • 情報の非対称性があるために、
  • AgentはHidden Actionが可能で、
  • それが原因で経済に非効率が発生する

こと。

「モラルハザード」(@One Nation under The Groove.3/5付)

これだけではわかりづらいかもしれませんので、若干の補足を。そもそもこれがモラルハザードと呼ばれる所以となったのは損害保険の事例によります。火災保険でも自動車保険でもいいのですが、保険者(保険会社)は保険事故(例えば火災や自動車事故)が発生する確率とその際の支払額を見極め、それにより将来生じ得る支払額を賄うに足る保険料率を設定します。

ところが被保険者から見ると、保険をかけたことにより保険事故が生じた場合における損害額が変わります。例えば5,000万円の自宅に火災保険を掛けることを考えた場合、保険なしでは損害は5,000万円ですが、保険があれば損害はゼロ(正確には支払った保険料の額)になります。ゼロ円の損害を避けるために払われる注意の量は、常識的に言って5,000万円の損害を避けるためのそれによりも少なくなり、結果として火災=保険事故が発生する確率が上がります。もっとひどいケースを想定すれば、自分で放火して保険金を詐取するなんてことすら。

さあ困りました。保険者から見ると、5,000万円の損害を避けるための注意深さを前提に保険料率を設定していたのに、ゼロ円の損害を避けるための注意深さしか実現しないなら、支払う保険金額は事前に想定していた額を超えて赤字になってしまいます。まして保険金詐欺に至ってはなおさら。もしものための備えである保険が、もしもの事態を避けるための努力を減らしたり、かえってもしもの事態を引き起こそうとさせるインセンティヴになってしまうので、この現象をモラルハザードと呼び始めたわけです。

#じゃあ最初からゼロ円相当の保険料率を設定すればいいのでは、という感想を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。ところが損害ゼロ円に見合う保険料率は高くつくので、それなら保険に入らず5,000万円の損害を前提に注意深くある方が合理的選択になってしまい、保険が成立しないのです。

さて、この例を上記の定義に当てはめてみましょう。

  • 保険者からは、保険の成立により被保険者がどの程度保険事故の発生を防ぐための努力を行うかは見通せませんが、被保険者は自分がどれだけ努力をするかはわかります。したがって保険者と被保険者との間に被保険者の努力量について情報の非対称性が存在します。
  • 上記から、被保険者は保険事故防止のための努力において手を抜くことが可能となります。この手抜きが"hidden action"になります。
  • その結果、保険が成立しなくなることにより保険事故のリスクをヘッジすることができなくなるという非効率が発生します。保険が成立したときの「お金をもらってうれしい保険者」「リスクをヘッジできてうれしい被保険者」の組み合わせに比べて、「お金がもらえない潜在的保険者」「リスクをヘッジできない潜在的被保険者」というよりお互いにとって望ましくない組み合わせに落ち着いてしまいます。(3/8改訂)

とはいっても損害保険は成立しているじゃないか、モラルハザードなんて存在するのか、という疑問があると思います。モラルハザードは生じ得るのですが、例えば下記のような仕組みによりその発生が抑制され、保険は成立しているのです。

保険金額に係る上下限の設定
損害が少額であれば保険金が支払われませんし、あまりに高額であれば保険会社が保険金の支払いを免責されることとなれば(損害の一定割合のみのカバーとしても同様です)、被保険者も損害を避けるよう努力することになります。
保険調査
ちょっと前の人気マンガMASTERキートンの主人公平賀・キートン・太一の職業はオプ=保険調査員でしたが、保険事故が生じた場合に保険金を支払うべきかどうかの調査を行うのがその役割です。一般に保険契約においては既述の額以外にも一定の免責条項が定められており、典型的には火災保険は自ら放火した場合には支払われません。保険金支払いに先立ってこのような調査を行い、手抜きを見抜いたときには保険金額の一部または全部を減額することとすれば、手抜きは行われにくくなります。
リスク評価の違い
一般に保険者はリスクニュートラル、つまり期待値をそのまま評価します。例えば保険者にとって、100%の1万円とフィフティ・フィフティの0円と2万円の組み合わせの評価は同じになります。ところが世の中にはリスクアヴァーター(リスク回避者)やリスクラヴァー(リスク愛好者)が存在し、リスクアヴァーターは100%の1万円を、リスクラヴァーはフィフティ・フィフティの0円と2万円の組合せをより好ましいと評価します。保険は保険料の支払いという定額の損害と保険事故が生じた場合の損害額にその発生確率を乗じた不確定な損害を交換する行為ですから、リスクアヴァーターから見た保険者が設定する保険料は割安であり、手抜きの程度も少なく抑えられます。
本日のツッコミ(全20件) [ツッコミを入れる]

Before...

政治学者の卵 [損害保険に関してですが、リスクラバーの存在を想定しなくても、保険会社がリスクを確率論的に管理できるという点もあるので..]

政治学者の卵 [なんだか最後の部分の日本語がおかしいですね。すみません。]

bewaad [>政治学者の卵さん 厳密な意味でのリスクラヴァー(効用曲線が下に凸)がいなくても、相対的なリスク選好の違いがあればそ..]


2006-03-08

[economy]半日庵さんへのリジョインダー

先日のエントリに対して半日庵さんから反論をいただきましたので、それについて論じます。

ずいぶんと話が行き違ってしまっているので、webmasterと半日庵さんとでの本件の捉え方の違いを改めて整理してみます。

webmaster
中村正三郎さんの経済学に対する根拠のない侮蔑・誹謗・言いがかりが本質的問題で、経済学が科学でないというのはいわばそうした経済学観の1つの表れでしかありません。中村さんの経済学観が改まるのであればそれで反論の目的は達せられ(できれば撤回していただきたいとは思いますが)、経済学が科学であるかどうかは枝葉に過ぎないと考えています。
半日庵さん
経済学が科学であるかどうかが本質的問題で、中村さんの挙げる事象にいくら反論しても、それは経済学が科学であることの論証にならない的外れな議論であると考えていらっしゃいます。

これで話は終わったようなものですが、以下はあえて半日庵さんの土俵に乗ってみます。

具体的または論理的な反証をあげて反論できていないという私の主張に対してbewaadさんは具体的な反論はしているととのことですが、私の文章能力がないために、何に対する反証なのかが、十分に伝わっていないようです。つまり、「経済学は科学ではない」という中村氏の主張に対する「具体的または論理的な反証」は、私の読んだ範囲では目ぼしいものは有りませんでした。その後出てきているかもしれませんけどね。

残念ながら、具体的な反証とよべるものは、中村氏があげた人や著作に関するものばかりです。(略)

「経済学は科学か?への反論をもらいました」(@半日庵のつぶやき3/6付)

前の半日庵さんのエントリでは次のように記載されていたので反論をしたと申し上げたまでですので、文章能力のなさと逃げていただくのはいかがなものでしょう。

経済学擁護派の反論が、あまり科学的な反論になっていないというのが面白い。つまり中村氏の上げた理由に対して、具体的または論理的な反証をあげて反論できていないのだ。(略)

「経済学は科学か?」(@半日庵のつぶやき2/27付)(webmaster注:強調はwebmasterによります)

文章構造がよく整理されておらず複数の解釈を許容する場合に異なる解釈をされたのであれば文章能力の問題と自認されても結構ですが、ご覧のとおりそうではありません。「理由」への反論の有無を問うておきながら、それが有ると示したら「主張」への反論がなく有るのは「理由」へのものばかり、と言われても困ります。

#なぜ「理由」に反論したかは冒頭で整理したとおりです。

残念ながら、具体的な反証とよべるものは、中村氏があげた人や著作に関するものばかりです。そのような反論の仕方をするのは、ブログやそのコメント欄では比較的一般的です。でもそれでは、「経済学は科学ではない」という中村氏の主張に対する反論にはならないのです。ただ、氏の上げた証拠をつぶしているだけです。証拠を全部つぶしても、結論は「中村氏の主張には根拠がない」です。それでは、「経済学は科学である」という主張にはなりません。このあたり、中村氏の術中にはまっていると感じるわけです。

科学的な論証の方法として、ガリレオが打ち立てたとされる方法論が、「仮説をたてて、その仮説が正しいとする証拠を、観測や実験からそろえる」というものです。中村氏は、「経済学は科学ではない」という仮説をたてて、その証拠と考えるものを述べています。もちろんその証拠が全て否定されれば、中村氏の主張は根拠無しです。しかし、ここで勘違いしてはいけないのは仮説はそのまま残るということです。「経済学は科学ではない=根拠なし」となっても「経済学は科学である」ということにはなりません。

「経済学は科学である」という仮説を主張するには、その仮説を証明するための根拠を挙げなくてはいけません。残念ながらそのような考えに基づいて中村氏に反論していると思われるものを、私は読んでいません。

「経済学は科学か?への反論をもらいました」(@半日庵のつぶやき3/6付)

仮に「経済学は科学である」という仮説と「経済学は科学ではない」という仮説の確からしさが同程度であれば、あるいはいずれにもそれなりの「観測や実験」の積み重ねがない状態であれば、半日庵さんのおっしゃるとおり「経済学は科学ではない」を否定できたからといって「経済学は科学である」とはいえないでしょう。問題は実際にそうなのか、ということです。

経済学は通常社会科学の一分野として認識されているわけですから、つまりは科学の範疇に入るというのが通説になります。social sciencesという呼称があるように、これは日本に限った話ではありません。次のwikipedia(英語版)の記述が示すように、中村さんがなさったような指摘を受けての議論を経て、科学性は一般に認められているわけで、つまりは「経済学は科学である」仮説にはそれなりの「観測や実験」の積み重ねがあります。

The social sciences are sometimes criticized as being "less scientific" than the natural sciences, in that they are seen as being less rigorous or empirical in their methods. This claim is most commonly made when comparing social sciences to fields such as physics, chemistry or biology in which direct experimentation and falsification of results is generally carried out in a more direct fashion. Social scientists refute such claims by pointing to the use of a rich variety of scientific processes, mathematical proofs, and other methods in their professional literature. Others, however argue that the social world is much too complex to be studied as one would study static molecules. The actions or reactions of a molecule or chemical substance are always the same when placed in certain situations. Humans, on the other hand, are much too complex for these traditional scientific methodologies. Humans and society do not have certain rules that always have the same outcome and they cannot guarantee to react the same way to certain situations.

(webmaster試訳:社会科学は、より厳密でないとか実証的でないと見られる点において、時として自然科学に比べ「より科学的でない」と批判されます。こうした主張はほとんどの場合、一般により直接的な方法で真偽の検証が可能な物理学、化学、生物学等と社会科学とを比較する際に見られる。社会科学者はこうした主張に対して、専門レヴェルでの多様な科学的プロセス、数学的検証その他の手法の実例を示して反論している。他にも、社会は複雑であり安定した分子と同様には検証できないという議論がある。分子その他の化学物質の動き・反応は一定の状況においては常に同じものとなる。他方でヒトは、そのような伝統的な科学的方法論で扱うには複雑すぎる。ヒトや社会は常に同一の結果をもたらす確たる法則を持たず、一定の状況で同一の反応を示すと保証はできない。)

"Social sciences"(@Wikipedia

#ちなみにWikipediaの同じ項目においては、The social sciences are a group of academic disciplines that study the human aspects of the world. They diverge from the arts and humanities in that the social sciences emphasize the use of the scientific method and rigorous standards of evidence in the study of humanity, including quantitative and qualitative methods.(webmaster試訳:社会科学とはこの世のヒトに関する事柄を研究する学問分野である。社会科学はヒトの研究において定量的・定性的手法を含む科学的手法や厳密な実証基準を用いることを強調する点で、人文教養とは区分される。)とされています。

別に通説だから正しいと言いたい訳ではありませんが、「経済学は科学ではない」仮説を支える論拠が否定されれば「経済学は科学である」仮説はそれなりに確からしいと考えることには十分に合理性があるということになります。両仮説があたかも同等であるとの見方は、夜郎自大であるといわざるを得ないでしょう。

で、以上が一般論になるわけですが、科学の定義というと人文系の科学もあるから広いけれど、ぼくの中では、「飽くなき真理の探究」が一番広い意味の科学ですね。/今回の文脈でいえば、数学を使って精密な議論をし、精密な観測や精密な実験で検証し、その結果からまた数学を使って精密な議論をするということを繰り返して、上昇スパイラルで真理を探究し続ける行為中村さんはおっしゃっているわけですから、本件固有の文脈においては、webmasterが示したような数学を用いた議論及びその実証という形で研究がなされた実例を挙げれば「経済学は科学である」仮説は成り立つということになります。一例としてブランチャード、フィッシャーを紹介しましたが、買えというのもなんですので(webmaster自身買ってませんし(笑))、ネット上のリソースとして一夢庵さんによるその覚書を改めて紹介しておきます。

経済学者でも文学者でも、論理的な主張をできる人はいます。そのことは否定しません。問題は、経済学者ではそのような人が少ないということです。そのような状態をみると、経済学のコミュニティでは論理的な主張ができなくても学者として通用しているのではないかという疑念を払拭できないことです。そのことを中村氏は経済学は科学ではない論拠の一つにしているように私には感じられます。

「経済学は科学か?への反論をもらいました」(@半日庵のつぶやき3/6付)

「科学的な論証の方法として、ガリレオが打ち立てたとされる方法論が、『仮説をたてて、その仮説が正しいとする証拠を、観測や実験からそろえる』というものです。『経済学者では論理的な主張をできる人が少ない』という仮説を主張するには、その仮説を証明するための根拠を挙げなくてはいけません。残念ながらそのような考えに基づいて実証的根拠を示しつつ建設的な批判をしていると思われるものを、こと本件においてはwebmasterは読んでいません。」

中村氏が、コンピュータ業界の人ということで、コンピュータ業界、後、物理学の分野などで、中村氏の上げた経済学が科学ではない例と似たものを探してきて、どうだと言っている例が多く見受けられます。これなどまさに中村氏の術中にはまった例ですね。そんな例をいくらあげても、経済学が科学であるという論拠にはなりません。その上に議論としても建設的なものにならないのです。このような基本的なことは、建設的かつ論理的な議論を十分にしたことのある人は、知っています。つまり、反論者自体が、中村氏の主張の証拠になってしまっているのです。

「経済学は科学か?への反論をもらいました」(@半日庵のつぶやき3/6付)

ちょっと前の民主党と同じですねぇ。メールはガセかもしれないけれど、それと疑惑の真偽は別だと。メールがガセかどうかの議論はちっとも建設的でないことには間違いありませんが、議論がそうなってしまうのもガセを持ち出した側の責任でしょう。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

  1. 中村正三郎さんの経済学観について
  2. 従量税率に関する誤りの訂正
  3. 続・経済学・科学論争 その1
  4. 続・経済学・科学論争 その2
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2006-03-09

[economy]クルーグマンによるケインズ「一般理論」紹介

#あの山形浩生さんによる完訳ができましたので、以後ご関心の方はそちらをご覧ください。もはやこのエントリには物事の時系列を示すぐらいしか価値がありませんから(笑)。(3/27追記)

Delongによる引用を訳しました(大部となるので原文は併記していません。ソースをご覧下さい)。誤訳のご指摘大歓迎です。

#最初は単なる紹介で手を抜くつもりだったのですが、hicksianさんに先を越されたので奮起してみました(笑)。

2005年の春に開催された「保守系学者・政治指導者」評議会には、19世紀・20世紀におけるもっとも危険な本についての諮問がなされた。チャールズ・ダーウィンやベティ・フリーダンがリストの高位にランクされた。しかし、「雇用、利子及び貨幣の一般理論」もまたそうであった。実際には、ジョン・メイナード・ケインズはレーニンやフランツ・ファノンを打ちのめしたのだが。「一般理論」のよく引用される結論で「遅かれ早かれ、善悪の判断にとって危険なのは思想であって、既得権ではない」と言い切ったケインズは、多分喜ぶのではないか。

訳注

  1. 「保守系学者・政治指導者」評議会で有害書指定をされた本については、「アメリカ保守思想家が選ぶ有害図書ベストテン」(@大日本正則英語学習法跡地2005/6/3付)にて紹介されています。ちなみに「一般理論」は10位。ただし、ダーウィン(もちろん「種の起源」でしょう)はトップ10には入っていません。11位以下だったのでしょうか。
  2. ベティ・フリーダン(Betty Friedan):1921-2006、フェミニスト運動指導者。60年代から70年代にかけてのアメリカでのフェミニスト運動(当時の言い方でいえばウーマンリブ)を代表する人物の一人です。
  3. フランツ・ファノン(Frantz Fanon):1925-61、精神科医・革命家。西インド諸島仏領マルチニック島に生まれ、長じて精神科医として任じたアルジェリアにて独立戦争に接し、民族解放戦線(FLN)に身を投じてその幹部の一人となりました。クルーグマンがここで触れているのは、彼のマルコムXに与えた影響に鑑みてのことでしょう(つまり、アメリカにおいてそれなりに知名度があるということかと)。
  4. 「一般理論」から引用されている部分について、山形浩生さんの要約から該当部分を抜き出すと、知的影響から自由なつもりの実務屋は、たいがいどっかのトンデモ経済学者の奴隷だ。虚空からお告げを聞き取るような、権力の座にいるキチガイたちは、数年前の駄文書き殴り学者からその狂信的な発想を得ている。こうした発想がだんだん浸透するのに比べれば、既存利害の力はかなり誇張されていると思う。もちろん発想はすぐには影響しないけれど、しばらく時間をおいて効いてくるのだというものだとのことです。

過去70年以上にわたり「一般理論」はその名を聞いたこともない人々や、それに賛成できないとする人々のものの見方をも形作ってきた。自信の喪失は経済にとってリスクだと心配するビジネスマンはケインジアンである‐本人が自覚しようとしていまいと。減税を提案しそれにより人々の懐に使えるお金が残り職が創出されると公約する政治家はケインジアンである‐ケインズ主義は嫌いだと公言していてさえ。サプライサイドであると自称する経済学者ですら、ケインズに反論しているのだと主張すれども、ある年において景気が悪くなった理由を説明する際には明らかにケインジアンの筋書きに立ち返っている。

「一般理論」を過去2世紀においてもっとも危険な書籍の一つと宣言した「保守系学者・政治指導者」たちは、「一般理論」を読んでいないと考えてもおそらく問題ないだろう。なのに、彼らは「一般理論」が大きな政府や重税を引き起こす、左翼の系譜に連なるものだと確信しているのだ・・・ケインジアン経済学がアメリカの大学へたどり着いてほどなく、暴虐のマッカーシズムがやってきた。ケインジアンの考え方を示す最初の入門書はカナダ人経済学者のロリー・ターシスの筆によるもので、大学の理事会を狙った右派からの圧力の標的とされた。この圧力により、この本をコースで採用しようとしていた多くの大学では発注をキャンセルすることとなり、当初は大いなる成功が見込まれていたこの本の売り上げは滞った。イェール大学の教授陣は、その信用にかけて採択を続けた。その見返りはといえば、若きウィリアム・バックリーによる「邪悪な思想」と決め付けての攻撃であった。

訳注

  1. マッカーシズム:ウィスコンシン州選出の上院議員ジョセフ・マッカーシー(共和党)により主導された1950年代前半の赤狩り。本来は共産主義への攻撃のはずが、それとは何ら関係のない多くの自由主義者らをも糾弾の対象とし、現代の魔女狩りにも例えられます。
  2. ロリー・ターシス(Lorie Tarshis):1911-93、経済学者。スタンフォード大学経済学部教授、トロント大学スカボローカレッジ教授などを歴任。1932年から39年までケンブリッジ大学トリニティカレッジに留学し、ケインズに師事しました。文中の「最初の入門書」とは、The Elements of Economics, 1947, Boston, Houghton Mifflinのことですが、その売り上げ低迷についてスタンフォード大学の記念文章ではサミュエルソンの「経済学」が1948年に出版されたことも影響している、なんてことも書いてあります。
  3. ウィリアム・バックリー(William F. Buckley):1925-、ジャーナリスト、コラムニスト。1955年に「ナショナル・レヴュー」誌を創刊、同誌を舞台に活躍し、共産主義やリベラリズムへの攻撃的論調で知られています。最近ではイラク戦争を失敗と断じて話題となりました。イェール大学出身、CIA勤務歴あり。

しかし、ケインズは社会主義者ではなかった‐彼は資本主義を救うために登場したのであって、葬るためではなかった。そして「一般理論」という保守的な本の意義はそこにある。ケインズは大量失業の時代、信じられない規模で人々が遊休化し傷ついた時代にこれを書いた。当時の道理がわかった人間であれば、資本主義は失敗し、唯一生産手段の国有化が経済を正常化させられると結論付けたことだろう。ケインズはこうした失敗が驚くほど狭く技術的な理由によるものだと説いた。というのもケインズには大量失業の原因が狭く技術的なものであることが見えていたからで、その解決法もまた狭く技術的なものであると論じた‐システムには新たな動力が必要であろうが、自動車全体を取り替える必要などなかったと。とりわけ、「社会主義のシステムで共同体の経済生活のほとんどが面倒をみられると示す事例など何ら見当たらない」・・・ケインズはよりでしゃばりでない政府の政策で十分な有効需要を確保し、それにより市場経済が以前のようにうまくいくと主張したのだ。

訳注

  1. 「社会主義のシステム」の訳語を充てたのは原文では"a system of State Socialism"ですが、"State"をどう解すればよいかがwebmasterにはわかっていません。直訳すれば「国家社会主義」でしょうけれど、それは通常は"National Socialism"(ナチスの社会思想)ですし・・・。単に国有化に代表される国家主導の、というニュアンスなのでしょうか。

依然として、自由市場の原理主義者たちがケインズを嫌うことには理屈がある。もし自らの信条が、自由市場はその内在する機能によりあらゆる可能性の中で最善の世界を実現するのだと告げるのであれば、政府の介入は経済を常に悪化させ、ケインズは敵だということになる。それも危険極まりない敵で、というのも経験が彼の思想の正しさを徹底的に裏付けてきているからだ。

枝葉を払うと、「一般理論」の結論は次の4点で表すことができよう。

  1. 経済は全体としての需要不足により悪くなり得、そしてしばしばそうなり、非自発的失業が生まれる。
  2. 経済において需要不足を補う自立的傾向があるとしても、ゆっくりと痛みを伴ってしか働かない。
  3. 政府による需要増加政策は、それとは対照的に失業を速やかに減少させることができる。
  4. 時としてマネーサプライの増加は民間セクターの支出を十分に喚起せず、政府の支出が前面に出なければならない。

現代の経済政策担当者にとって、これらは何ら驚くべきことではないし、議論の材料にすらならない‐おそらくは最後の点を除いて。しかしこれらの考えはケインズが提示した際には過激なんてものではなかった。まったく考えが及ぶものではなかったのだ。「一般理論」の大いなる業績は、まさしくこれらを考える対象へと変えたことである。

さて、この本の中核について話そう‐ケインズ自身の書いた言葉によって。書中で最初に与えられる、ケインズが何をしようとしているかの手がかりのように、直観で需要不足が生じ得ると見抜き、しかしモデルを構築することはなかったマルサスについての記述から始めよう。「マルサスはどのように、そしてなぜ有効需要が足りなかったり多すぎたりするのかを明確に説明できなかったので(一般に観察される事実の提示以外には)、彼はもう一つの理論の構築に失敗した。そして異端審問がスペインを支配したように、リカードがイングランドを支配した。」70年経った現在からすれば、「もう一つの理論の構築」の必要性から「一般理論」の文章の多さを納得しようとしても、あまりに歩みが遅いようであり、誇張のようですらある。長らく確立された通説に挑もうというなら、細部にわたるまで正確を期さなければ全体が受け入れられないのだ。

訳注

  1. マルサスとリカードとの論争(ただし、私生活では非常に親しかったそうです)とは、いくつもあるのですが(笑)、ここでは供給の需要に対する過剰を不況の原因としたマルサスに対して、セイの法則を擁護し供給はそれに見合う需要を自ら作り出す(ので供給過剰はありえない)とするリカードというものを指すと考えられます。
  2. 「もう一つの理論」とは、「一般理論」の出版年(1936)から逆算するに、ワルラスの一般均衡理論ではないかと思われます。他方で「長らく確立された通説」とはセイの法則のことで、一般均衡理論を突き詰めればセイの法則の否定に行き当たらざるを得ないにもかかわらず、それが明確にされたのは「一般理論」が初めてだったということかなと思うのですが、全く自信はないのでどなたか解説いただけると大変ありがたいです。最後から2文め、「文章の多さ」とはセイの法則を批判し「もう一つの理論」を主張する文章の多さ、「もう一つの理論」とは有効需要の理論を指します。
  3. 最後から2文めは3/10に訂正しました。

ケインズの古典派経済学との闘いは、今日において我々がたやすく想像するものよりもはるかに難しいものだった。現代の経済学入門の教科書‐クルーグマン、ウェルズによる新刊を含む‐は、物価の「古典的モデル」と呼ばれるものに関する議論を通常は収録している。しかし、このモデルはケインズが脱却しようとした古典派経済学の姿をあまりに美化して表現している。我々が今日古典的モデルと呼ぶものは、ケインズ以前の考え方をケインズ以後の学者が仕立て直したものである。真の古典的モデルとは、本質的には物々交換経済のモデルであり、通貨や名目価格はどうでもよく、物価に関する貨幣理論はテーブルの表面を飾る化粧板のように本質的な問題ではないとされていた。セイの法則が妥当するモデルである。ケインズがセイの法則を捨て去るのにどれだけ大変だったかの尺度の1つとしては、この「法則」はよく言って個人が財やサービスを購入するよりもお金を蓄える選択肢がある場合には使い物にならないトートロジーであるとケインズが示したことについて、今日にいたるまで否定されることがあるというものがある。

現代のマクロ経済学においては、良かれ悪しかれ我々はケインズを置き去りにしてきているという広く共有されている印象がある。しかし、私は問題提起したいのだが、その印象は誤って読んだか読んでいないかが原因である。もしあなたがケインズそのものを読んだことがなく、彼の著作をいろいろな通訳を経由して歪められたもののみを読んでいるなら、「一般理論」がはるかに生々しいことを想像するのは簡単だろう。特に1つの例を検討してみよう。1948年の教科書にて乗数効果を説明するため有名な45度線分析を導入したポール・サミュエルソンは、ケインズのことをまったく誤った形で書いてしまったのだろうか? 彼は師匠の考察を汚してしまったと情熱的に主張する批判者たちがいる。私は均衡雇用についてのサミュエルソンの公式‐第3章にある‐とケインズ自身の方程式に大した違いは見出せない。図示するなら、ケインズのものはサミュエルソンの図とは似ていないように見える。量が価格でなく労働単位で表され、しゃれた45度線はないけれども、論理は全く同じものだ。

結論を言うなら、今や我々は皆本当はケインジアンである。現代のマクロ経済学の非常に多くは「一般理論」から直接派生している。ケインズが導入した枠組みは今日においても十分に通用する。

もちろん、ケインズが見落としたり間違えたりした重要なものはある。「一般理論」に対して可能な最も強力な批判は、ケインズは時代の先行きについての見通しを誤ったというものである。彼はゼロに近い金利が完全雇用を回復するには十分に低くはない時代に執筆し、事実‐とりわけ、イングランド銀行と連邦準備銀行がとらわれた、どれだけマネーサプライを増やしても雇用を創出できないという罠‐の含意を見事に解明した。彼は物事がいつもそうではなかったと知っていた。しかし、間違ったことに、1930年代の金融環境がその後の基準となると信じていた。アメリカにおいては、超低金利の時代は1950年代に終わった。一般論としては、アメリカもそうだったのだが、十分な水準の有効需要を満たすことに成功したのだ。イギリスの経験も同様だった。大陸ヨーロッパでは深刻な失業があるものの、失業は単なる需要不足というよりサプライサイドによるところが大きいように見える。ケインズは成熟した経済の生産力低下を食い止める能力を過小評価したのだ。ケインズの「金利生活者の安楽死」は資本が蓄積し、民間での収益性のある投資案件が見当たらなくなるという前提に基づいていた。金利生活者の安楽死は到来しそうには見えない。しかし、より金利が比較的高水準にとどまっていることがより重要な要素で、金融政策は有効である。継続的インフレは期待に織り込まれているのだ。インフレが低水準と考えられている今でさえ、20年ものの金利のほとんどは期待実質生産よりもむしろ期待インフレ率を反映している。

継続的インフレが良かれ悪しかれケインズの影響によるものであることは、「一般理論」とは表面的には直接の関係がそれなりに薄いように見えるが、皮肉なことだ。悪しかれとは、1970年代のインフレ悪化はある程度拡張的な金融財政政策によって引き起こされたということ。良かれとは、ケインズが解き明かした罠をまさしく回避するために、イングランド銀行は明示的に、連邦準備銀行は暗黙に、継続的な低い、しかし正の値のインフレ率を維持するための戦略を採っていること。

何によって「一般理論」が真に独創的だったかというと、世界的経済危機への即効性のある現実的対応について知的な業績を打ち立てたことにある。社会科学の年代記において、ケインズのような業績は他に類を見ない。おそらく不可能だろう。ケインズは彼の時代の課題において正しかった。世界経済はそのつながりにおいて問題を抱えていて、経済を再び驚くほど狭く技術的な回復に導いた。しかし、ほとんどの経済問題は絡み合った原因を持ち、それへの容易な対策などないのだ。

"Krugman's Intro to Keynes's General Theory"(@Brad DeLong's Semi-Daily Journal3/7付)

#関連エントリ

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2006-03-10

[notice]訳文訂正の報告

昨日のエントリにつき、「さて、この本の中核について話そう・・・」のパラグラフの最後から2文めをいただいたコメントを元に訂正いたしました。Stock&flowさん、hicksianさんのご両名に感謝いたします。

[economy][BOJ]怨・デフレターゲット設定

今回の金融政策決定会合での決定の含意は、デフレターゲットを設定したと解すべきでしょう。というのも、今般の決定にこれまでの経緯を重ね合わせると、

  1. 許容されるインフレ率の上限をCPIベースで2%と明示する一方(他国なら普通は下限ですけどね)、
  2. その下限をCPIベースで0%とも明示し(CPIでゼロってことはまだデフレ)、
  3. その運用としては下限をほんの少し上回った段階で引締めを始め(ゼロ金利維持で緩和しているだなんて悪い冗談です。ヴェクトルとして引締め方向に動いておいてよくもまあ)、
  4. 他方で仮に下限を割っても政策手段は何もないとして事実上放置を宣言しているので(量的緩和はプルーデンスだそうですから、金融危機の兆しがなければ物価が下がったところで発動されないでしょう。また長期国債買い切りについても、日銀券発行残高というシーリングを破る気は全くないでしょう。もちろんマイナス金利は不可能です)、
  5. 以上から予想される金融政策は、
    1. CPIが0%以下:事実上何もしない
    2. CPIが0%超1%以下:引締め気味
    3. CPIが1%超2%以下:2%を上回ることのないよう厳しく引締め
    4. CPIが2%超:なりふりかまわぬ引締め

ということになるからです。勝手な推測ではというご意見もあるでしょうけれど、次をご覧下さい。

わが国の場合、もともと、海外主要国に比べて過去数十年の平均的な物価上昇率が低いほか、90年代以降長期間にわたって低い物価上昇率を経験してきた。このため、物価が安定していると家計や企業が考える物価上昇率は低くなっており、そうした低い物価上昇率を前提として経済活動にかかる意思決定が行われている可能性がある。金融政策運営に当たっては、そうした点にも留意する必要がある。

新たな金融政策運営の枠組みの導入について

デフレ期待を考慮して、その期待を壊さぬようデフレ維持ですか。デフレ期待をマイルドインフレ期待に転換することが中央銀行の責務であるというのに、そうした可能性が出てきたからこそ期待が転換しないようにレジームを転換した、と。

・・・日銀は存在自体が日本経済にとって害悪ですねぇ、まったく。

[joke][BOJ]昔のネタを使いまわしてみる。

我が忠勇なるセントラルバンカー達よ、今やインフレ期待の半数が我が量的緩和解除によって本石町に消えた。この輝きこそ我等日銀の正義の証である。決定的打撃を受けたリフレ派に如何ほどの戦力が残っていようとも、それは既に形骸である。

あえて言おう、カスであると!

それら軟弱の集団が、このデフレターゲットを抜くことはできないと私は断言する。

デフレーションは、我等選ばれた優良種たる日銀職員に管理運営されて、初めて永久に生き延びることが出来る。これ以上戦いつづけては、通貨そのものの存亡に関わるのだ。

リフレ派の無能なる者どもに思い知らせ、明日の未来の為に、我らセントラルバンカーは立たねばならんのである!

[joke][BOJ]fhvbwxさんへの反歌

諸君 私はデフレが好きだ
諸君 私はデフレが好きだ
諸君 私はデフレが大好きだ

円高が好きだ 失業が好きだ 不良債権が好きだ タンス預金が好きだ
貸し渋りが好きだ フリーキャッシュフローが好きだ 引締めが好きだ 高実質金利が好きだ 停滞が好きだ
平原で 街道で 凍土で 砂漠で 海上で 空中で 泥中で 湿原で
この地上で行われる ありとあらゆるデフレーションが大好きだ

全店舗で行う売りオペの一斉射撃が 応札と共に資金を吸収するのが好きだ
バブルで膨れ上がった株価が 政策変更で見る見るしぼんだ時など 心がおどる

担当者の操る日銀ネットの端末(クライアント)が 発注をこなしていくのが好きだ
悲鳴を上げて出し手のいない市場から頭を下げてきた銀行を 焼き鳥でなぎ倒した時など 胸がすくような気持ちだった

運用先に困った銀行の行員が 短期国債を積上げるのが好きだ
恐慌状態の支店が 既に倒産した貸し先に何度も何度も電話している様など 感動すら覚える

敗北主義のゾンビ企業達を 考査の調書に吊し上げていく様などは もうたまらない
泣き叫ぶ経営者達が 私の発した「破綻先」の声とともに
金切り声を上げる回収担当に ばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ

哀れな失業者(ニート・フリーター)達が 雑多な求人票で健気にも応募してきたのを
金融政策(マネタリー)の引締めが マクロ経済ごと木端微塵に粉砕した時など 絶頂すら覚える

政治の介入に 滅茶苦茶にされるのが好きだ
必死に守るはずだった独立性が蹂躙され 誘導金利が下げられ歪められていく様は とてもとても悲しいものだ

学者の理論に言い負かされて 論破されるのが好きだ
査読付雑誌(ジャーナル)に取り上げられ 害虫のように存在意義を否定されるのは 屈辱の極みだ

諸君 私はデフレを 地獄の様なデフレーションを望んでいる
諸君 私に付き従う日銀職員諸君
君達は 一体何を望んでいる?
更なる デフレーションを望むか?
情け容赦のない 糞の様なデフレを望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし 三千世界に鴉を殺す 嵐の様な清算を望むか?

「デフレ!! デフレ!! デフレ!!」

よろしい ならばデフレーションだ

我々は満身の力をこめて 今まさに振り下ろさんとする物価水準だ
だが この暗い金利の底で 5年間もの間堪え続けて来た我々に
ただのデフレではもはや足りない!!

大恐慌を!!
一心不乱の大恐慌を!!

我らはわずかに 1つの中央銀行 6000人に満たぬ敗残兵に過ぎない
だが諸君は 一騎当千の古強者だと 私は信仰している
ならば我らは 諸君と私で 総兵力600万と1人の一大セクターとなる

政策金利を忘却の彼方へと追いやり 眠りこけている連中を叩き起こそう
物価を引締めで引きずり下ろし 眼を開けさせ思い出させよう
連中に恐慌の味を 思い出させてやる
連中に我々の 引締めの威力を思い出させてやる
インフレとデフレとのはざまには 奴らの哲学では 思いもよらない非対称性がある事を思い出させてやる
9人のメンバーの金融政策決定会合で 世界を冷やし尽くしてやる

全売りオペレーション 発動開始 無担コール・オーバーナイト 始動

議決!! 全量的緩和 全デフレ脱却政策 解除
「最高の中央銀行 総裁より 全行員へ」
目標 CPI 前年比マイナス!!

第二次シュネルヴァッサー(速い水)作戦 状況を開始せよ

征くぞ 諸君

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bewaad [>kさん そう言っていただけると考えた甲斐があります(笑)。]

bewaad [>すなふきんさん 外部ショックの可能性などを考えれば確たることなど何もないのですが、例のハリセル効果がこれで強化され..]

bewaad [>Baatarismさん 日銀もまた官僚組織と考えると、事務方は慎重なのでは、と同類業者としては思うわけです。花道を..]


2006-03-11

[economy][BOJ]福井日銀総裁記者会見(3/9)

まあ概ね想定の範囲内でしたが、あまりにひどい言い草が。

(問) 中長期的に日本経済はどうなるかわからないと思うが、量的緩和という金融政策のオプションは、中央銀行において今後採ることがあり得るのかどうか、もう量に戻ることはないのかどうか、伺いたい。

(答) 天変地異まで予測して私がここで申し上げることは非常に危険なことであるので、申し上げない。極めて異例な政策を採り続けてきたということからお察し頂ければ、通常想定し得る範囲内で、そういうことはオプションの中に入らないのが当然で、もしそれ以上のお尋ねであれば天変地異を予測しているのかという質問になるので、そういうことには答えられない。

総裁記者会見要旨(3月9日)

量的緩和は極めて不十分なデフレ対策だったとwebmasterは思いますが、その程度のものの導入ですら天変地異が原因だとでも? 1ペタ歩譲ってバブル崩壊時の金融政策の失敗によるデフレ突入は戦前までさかのぼらないと前例がなかったとして弁護の余地があるとしても、ゼロ金利解除がデフレ深化に大いに貢献したことは、事前にも数多くの警告が発せられたにもかかわらず強行したわけで、日銀自身に弁護の余地があるはずもありません。webmasterがかねてからしつこく主張していることですが、日銀のメンタリティは速水時代と全く変わっていないことがよくわかります。昨日使った文を使いまわさせていただきましょう。

日銀は存在自体が日本経済にとって害悪ですねぇ、まったく。

#ま、デフレ下での引締めへの政策転換なんて天変地異みたいなものですが(笑)。

[economy][BOJ][media]量的緩和解除に係る主要各紙社説

ここでは、読売、朝日、毎日、日経、産経、東京の6紙をランキング形式で一通り浚ってみます。

第1位:東京新聞

正直申し上げてうれしい誤算(笑)です。社民党・共産党的なデフレ容認論、金利引上げ論が多かったような印象でしたから。

だが、肝心の物価は最近の消費者物価指数がわずかな上昇傾向を示す一方、国内総生産(GDP)デフレーターは下落幅を拡大している。原油高騰という一時的要因もあり、総じてみると、残念ながら、デフレを完全に克服したとはいえない。

目的を達成する前に、政策転換に踏み切った今回の解除は、やはり「前のめり」の印象を免れない。小泉純一郎首相はじめ、政府が繰り返し「慎重な判断」を求めていたのを振り切って解除した以上、日本経済に対する日銀の責任は、従来にも増して重くなった。

東京「量的緩和解除 市場の安定に全力を」(3/10社説)

このように現在の日本はまだデフレだとはっきり認識した上、時期尚早であると論じたのは唯一東京でした。財政再建云々と言っているのはなんですが、それは他紙も同じですし。

第2位:読売新聞

デフレについては安定してそれなりの論陣を張ってきた読売ですが、今回も比較的まともです。

2001年3月以来、続いてきた量的緩和政策が解除された。日本経済が健康体へ戻る中で、非常時に導入された金融政策が正常化へ向け、第一歩を踏み出した。消費者物価指数の伸び率がプラスに転じ、デフレ脱却のめどが立った、と判断したからだ。

政府や与党には「解除は時期尚早だ」と疑問視する向きもある。

この日の株価は上昇し、懸念されていた解除ショックを一応、乗り切った。しかし、判断が適切かどうかは、日本経済の今後の推移にかかっている。デフレに逆戻りせず、息の長い本格的な回復が続く。そうした実績が示された時、日銀の決断の正しさが証明される。

読売「ゼロ金利の継続を明確にせよ」(3/10社説)

解除そのものをめでたしめでたしとしないのは見識でしょう。「デフレに逆戻り」ってまだデフレですが、というのは気になるものの、今後下落に転ずれば判断が誤っていたということになるわけですし。

だが、日銀が決めた金融政策の新指針はわかりにくい。消費者物価指数の望ましい上昇率を「前年比で0〜2%程度」とし、政策運営の参考にしていくとした。この指標は金融政策をどの程度、拘束するのかが明確ではない。

今後の焦点は、ゼロ金利政策がいつまで続くかだ。日銀は当分、この政策を継続する意思を明確にし、景気回復を下支えしていくべきである。市場との対話を深め、金利や株式市場の混乱を招かないよう心して舵(かじ)取りに当たってほしい。

読売「ゼロ金利の継続を明確にせよ」(3/10社説)

このあたりはインフレターゲティングを念頭に置いた記述でしょう。はっきり書いてほしいなぁと思わないではないですが(笑)。

量的緩和は、主要な先進国では例のない実験的な政策だった。デフレからの脱却を目指して短期金利をゼロ%近くまで引き下げ、これ以上、利下げすることができなくなった。そこで、日銀が採用したのが、市場に出回る資金の「量」を潤沢に増やす手段だ。

預金の金利はスズメの涙と化し、年金生活者がしわ寄せを受けた。余剰資金が株式市場などに流れ、ライブドア事件などのマネーゲームを誘発する要因ともなった。そうした副作用に目をつぶりながらも、日銀はデフレ克服を達成する非常手段として、量的緩和を続けてきた。

読売「ゼロ金利の継続を明確にせよ」(3/10社説)

ただし、この記述はいただけません。預金金利は実質金利で考えれば違いますし、年金は物価スライドが行われなかったわけでしわ寄せは年金生活者ではなく現役世代に及んでいます。余剰資金ってマネーサプライはろくに伸びていませんし、ライブドアは市場監督制度のあり方の問題です。読売にしてこの程度の認識かと考えると悲しくなってくるのを禁じ得ません。

第3位:朝日新聞

予想よりましといったところでしょうか。

物価の下落が収まり、世界でも異例の政策をやめられるのは歓迎していい。ただ、デフレへの逆戻りがないよう十分な目配りが望まれる。

朝日「日銀の転換 デフレに戻らぬ目配りを」(3/10社説)

物価の下落は収まったといえる状況にはありませんが、異例の政策だからやめてよかったのではなく、物価の下落が収まったという認識から評価を導いている点は残る3紙(って半分ですが(笑))よりましです。

ただ、これを「インフレ目標」のようにとられることを、日銀は警戒している。確かに、物価の目標値ばかりが独り歩きすれば、資産価格への目配りがおろそかになる心配が出てくる。87、88年のバブル生成期に株や土地は急騰したが、一般物価の上昇率は1%以下だったことから利上げのタイミングが遅れた苦い経験がある。

朝日「日銀の転換 デフレに戻らぬ目配りを」(3/10社説)

バブル生成期において何より反省すべきは景気がよかったにもかかわらず財政がゆるかったことと、国鉄用地の売却を渋るなど政府のミクロ的対応がまずかったことでしょう。資産価格に金融政策が振り回されたからこそバブル崩壊後に「失われた15年」になってしまったわけで、資産価格への目配りなどおろそかで結構です。

政府・与党からは量的緩和の解除を牽制(けんせい)する発言も浴びせられたが、日銀はあえて踏み切ることで中央銀行としての意地をみせた。

一方で独立性には強い責任が伴う。日銀は組織の面子(メンツ)にとらわれることなく冷静な政策運営を心がけてほしい。

朝日「日銀の転換 デフレに戻らぬ目配りを」(3/10社説)

webmasterの理解では意地と面子には似通ったところがあるわけで、量的緩和の解除は面子にとらわれた冷静でない政策運営だったということですよね(笑)。

第4位:日本経済新聞

特徴的なのは中央銀行の独立性に関する記述が多いことです。

今回の日銀の決定については小泉純一郎首相も「日銀の判断を尊重する」と述べ、最終的には2000年のゼロ金利解除の時のように、政府・日銀の対立が決定的になる事態は避けられた。ただ、今回の量的緩和解除の過程では、政府・与党幹部などから日銀の金融政策への注文が相次ぎ、一部では日銀法改正までちらつかせて日銀に圧力をかけるような動きもみられた。

独立し信頼ある日銀に

中央銀行に過度な政治圧力をかけるのは望ましくない。政府は中央銀行の独立性を尊重し、中央銀行は独善に陥らないように政府との意思疎通を心がけることが重要だ。独立性が高く市場からも信頼される中央銀行の存在は、日銀だけでなく日本国民にとっても利益になることであり、その方向を目指してほしい。

日経「金融政策の正常化への一歩だ」(3/10社説)

はっきりとした書き方でないので下衆の勘繰りだったらごめんなさいですが、日銀批判は内容にかかわらずダメってことですか? ゼロ金利解除のときも今回のように政府が「日銀の判断を尊重する」とでも言った方がよかったとでも?

金融政策が世界的な転換期を迎えるなかで、急激なドル安など市場の混乱を避けるには、米国が財政赤字の削減などで貯蓄引き上げに取り組むと同時に、日欧が構造改革などを通じ潜在成長率を高め、均衡のとれた成長に移行する必要がある。日銀はこうした内外の経済・金融情勢を十分見極めながら、金融政策の正常化を進めてほしい。

日経「金融政策の正常化への一歩だ」(3/10社説)

・・・やっぱり構造改革が好きなんですねぇ(笑)。

第5位:産経新聞

論理性に大いに欠けてますが、ID論の普及に努めるような新聞ですから仕方ない(笑)。

目安については、目標とする物価上昇率を示し、それを達成するまで、日銀が資金供給を続けるべきだとする誤解を招くようなインフレ目標を求める声もあった。これを「一度火が付いたインフレは制御できない」として排除したのは正しい判断である。

産経「量的緩和解除 金融政策の正常化へ一歩」(3/10社説)

いまどき日銀だってそんな理由ではインフレターゲットに反対してませんが(笑)。

長期間の量的緩和でだぶついた資金が株式や不動産に流れている。日本は消費者物価が安定していても、土地や株など資産価格が急騰するバブルを経験した。

今後、資産価格上昇がはっきりした場合、消費者物価上昇率が0−2%内であるとして利上げに反対する声が出ることは十分予想される。一年後の見直し時も同様だ。

産経「量的緩和解除 金融政策の正常化へ一歩」(3/10社説)

バブル崩壊から何も学ばず、そんなに日本経済を痛めつけたいのですか。朝日よりよっぽど売国奴(笑)ですなぁ。

第6位:毎日新聞

鉄板(笑)。

また、金融市場は3月の解除を織り込み、解除してもショックを受けるおそれが小さかった。政府・与党の反対論も薄れた。消費者物価のプラスに加えて、昨年10〜12月の実質成長率は年率5・5%と力強い伸びを示した。これでは反対するのが難しい。4月解除の見通しが1カ月早まった。

毎日「量的緩和解除 「金利復活」へ急がず遅れず」(3/10社説)

市場は織り込んだというより織り込ませられたと表現すべきなのはご案内のとおり。政府・与党の反対論は匙を投げたというやつでしょう(笑。反対が薄れなかったら意見が違うんですかねぇ)。消費者物価指数の上方バイアスは無視した上、成長率が伸びたとして、それを下支えしようってアイデアはないのでしょうか。

焦点は「目安」だった。これまでの量的緩和政策は日銀当座預金残高を目標とし、30兆〜35兆円と数値を掲げた。これが市場に安心感を与え、長期金利が低位で安定するのに役立った。「時間軸効果」と呼ばれるものである。

毎日「量的緩和解除 「金利復活」へ急がず遅れず」(3/10社説)

わかってもいない「時間軸効果」という言葉を使わない方が身のため。残高を維持したって将来の金利引上げを臭わせれば中長期金利は上がるわけで、昨年末から時間軸効果はどんどんなくなっていきました。

望ましい物価水準を数字で示すインフレ目標論もあった。しかし、それだと土地投機などが起きたとき機動的に対応できない。

毎日「量的緩和解除 「金利復活」へ急がず遅れず」(3/10社説)

だから土地投機(を一律に悪とみなすのもどうかと思いますが)への対策に金融政策を割り当てるのは間違っているんだってば。

政策委員が今回「物価安定」と考える消費者物価上昇率は0〜2%であり、中心値は1%前後に分散していた、と発表された。数値が示された。しかし、幅があり柔軟だ。政策の自由度が高い。

それ以外のさまざまな「リスク」も考慮するという。ゼロ金利政策に伴う資産バブルを警戒する必要がある。これも妥当だ。

毎日「量的緩和解除 「金利復活」へ急がず遅れず」(3/10社説)

各国で導入されているインフレターゲットは普通幅があるものなのですが、批判対象がどういうものかも知らずに批判し、他方では特長の1つとして誉めそやすと。はぁ・・・。

で、資産バブr(略)

#資産価格の上昇がファンダメンタルズに照らして正当化できるのか、それともできない(=バブル)のかなど事前にわかるはずもないのですが、毎日新聞社はバブルに踊って痛い目にあったので羹に懲りて膾を、といったところでしょうか。

日銀は「金利復活」を急ぎ過ぎてはならない。しかし、慎重すぎても資産バブルのおそれがある。日銀は急がず遅れず経済情勢と歩調を合わせる必要がある。これからが腕の見せどころだ。

毎日「量的緩和解除 「金利復活」へ急がず遅れず」(3/10社説)

しs(ry

本日のツッコミ(全29件) [ツッコミを入れる]

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2006-03-12

[law]法律の附則における規定について

法務を長いことやってると業務に関係する特別法などの立法や改正に接する機会が増えます。

その時、何でこんな規定があるんだろう?と思う規定が結構あったりするのですが、最近の流行(はやり)はなんといっても、「○年後に見直す」規定と「○○については○年より施行する」規定かもしれません。

「げに不思議な規定・・・特別法の楽しみ方」(@法務の国のろじゃあ3/9付)

またヲタなところにご関心を(笑)。結論から申し上げれば見直し規定は確かに流行ですが、複数の施行日を有するものは昔からあります。

前者は、ここ10年ぐらいの新規立法や改正で用いられることが多くなった規定ですが、いろいろ議論があったんだけど、いずれにしろ立法・改正対応をしないといけないのでとりあえずこの枠組みで行ってみようや・・・というような空気が形成されたときに用いられるのではないかとろじゃあが勝手に想像している規定です。

たいがい3年後ぐらいですよね、見直し期間って。

これは何故なのかなあ・・・って考えたりすると結構興味深かったりします。人事異動の大体のサイクルが3年毎だとかいらぬことを連想したりもしちゃうわけですが(^^;)。

「げに不思議な規定・・・特別法の楽しみ方」(@法務の国のろじゃあ3/9付)

見直し規定は規制緩和の流れにおいて盛り込むよう求められるようになったもので、ネットで探すことができた限りでは初出は改定規制緩和推進計画(平成8年(1996年)3月29日閣議決定)です。改定前の規制緩和推進計画や、その元となった第三次行革審の最終答申で既に盛り込まれていたかどうかはちょっと調べがつきませんでした。それらより前という可能性もないわけではなく・・・。

規制の新設に当たっては、原則として当該規制を一定期間経過後に見直すこととする。法律により新たな制度を創設して規制の新設を行うものについては、各省庁は、その趣旨・目的等に照らして適当としないものを除き、当該法律に一定期間経過後、当該規制の見直しを行う旨の条項を盛り込むものとする。なお、この見直しの結果、その制度・運用を維持するものについては、その必要性、根拠等を明確にする。

規制緩和推進計画の改定について

もちろんこのときだけでなく、今に至るまで続いています。現行のものは次のとおりです。

規制の新設に当たっては、原則として当該規制を一定期間経過後に廃止を含め見直すこととする。法律により新たな制度を創設して規制の新設を行うものについては、各府省は、その趣旨・目的等に照らして適当としないものを除き、当該法律に一定期間経過後当該規制の見直しを行う旨の条項(以下「見直し条項」という。)を盛り込むものとする。(略)

規制改革・民間開放推進3か年計画(改定)

というわけで、ろじゃあさんご想像のような原則見直し規定なし・例外見直し規定ありではなく、原則見直し規定あり・例外見直し規定なしというのが実態です。法務省が所管しているような法律(民商法など)ぐらいじゃないでしょうか、見直し規定なしが認められるのは。その他省庁が所管している業法タイプのものはほぼ全てに見直し規定が入っていると思います。

もう1点の3年という期間についてですが、役所の人事異動は1年か2年ごとがほとんどなので(3年間同一ポストにいるのはかなりの例外です)、人事サイクルにあわせてということではありません。臨時国会は開催されるかどうかわからないので通常国会での改正を前提として考える場合、改正のチャンスは年1回しかないということになります。見直すとなればそれなりに時間がかかる以上、2年以内の見直しということになると実態に即したものとすることが難しくなるので、合理的な最短期間として設定されていると解すべきではないかと。

ある立法や改正が行われて施行日が決まる訳ですけど、なぜか特定の項目について施行期日が少し後ろにずれてたりする場合があります。

多くの場合はグランドファーザー条項で、激変緩和措置的な理由付けが可能な場合になるわけですね。

最近はほとんどの企業の活動がコンピューターシステムやネット関係の環境を前提に動いていますので、ある法律の即日施行だと全国的なシステム対応なぞ所詮無理な場合も多いわけです(この辺をいまだに理解したくない方々も結構おられるようですが)。

そんな施行期日関係で先後をつけることが、ことの性質上どうしても理解できない場合もあったりします。

「げに不思議な規定・・・特別法の楽しみ方」(@法務の国のろじゃあ3/9付)

計量的証拠があるわけではありませんが、ある法律が複数の施行日を持つ場合、先施行部分があるものがほとんどです。各種の準備行為に必要な規定まで本体の施行にあわせてしまうと準備行為ができないということになってしまうので、その部分だけ先に施行しておくと。

他方でご指摘のような激変緩和措置については、施行はした上で経過措置規定を置いて適用を買える方が多いというのが実感です。経過措置規定には「なお効力を有する」「なお従前の例による」「旧法の規定によりされた○○は、新法の規定によりされたものとみなす」といった定番の規定振りがありまして、でも、共通知としてこんな規定振りというのは存在するようでして。/これも「お作法」のひとつなんでしょうなとご賢察のとおりであります。

本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]

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2006-03-13

[comic]現在官僚系もふ・第44話

霞が関の描写がずれていることはもう当然(笑)として、商社の理解もいかがなものかと。自社ビル所有の大手(トップ2が念頭にあるのでしょうけれど)でありながら、中国人留学生に対して「中国語の通訳は君だのみなんだから」って、日本の商社をなめてるでしょう。そういう設定じゃないと彼女をキーパーソンにできないって、そもそも設定に問題があるということですから。

今回こうまで思わせぶりに終わるということは、次回は靖国を取り上げるのでしょうけれど、想定する読者が偏っているというか、ネットの影響を多分に受けているのではと思わずにはいられません。ひょっとしてネタ自体取材よりもネットで拾った場合が多かったりして(笑)。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

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2006-03-14

[economy][BOJ]水野審議委員挨拶@滋賀県金融経済懇談会

量的緩和解除後初めてのテキストとなった日銀幹部の見解表明です(福井総裁の国会答弁はまだ議事録化されていません)。というわけでそれ関連のものから。

量的緩和政策を維持する目的は、「時代の変遷とともに変化してきた」と思います。量的緩和政策を採用した当初の2001年3月時点では、(1)金融システムの安定化、(2)金融システム不安に起因するデフレ・スパイラルの回避、でありました。金融市場の一部からは、「デフレ克服が主目的になったのは、国債買い切りオペの増額や当座預金残高目標の引上げによって『デフレ・ファイター』の役割を果たすことを宣言してからである」とか、「日本銀行が当座預金残高目標を段階的に引き上げる際、その理論武装や情報発信をしているうちに、量的緩和政策は変質し、非常にポリティカルな金融政策の枠組みになってしまった。」とみられたこともありました。

「最近の金融経済情勢と金融政策運営」──滋賀県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨──

量的緩和が金融システムの安定化を狙ったものだとはよく言われることですが、webmasterにはさっぱり理解不能です。個別の金融機関に流動性不安があればロンバート貸付で対応すればよい話で(担保が必要ですが、それは通常の買いオペでも実質的に同じことで、無担なら特融しかありません)、量的緩和の必要性は何らありません。

前からwebmasterが申し上げているように、日本語で金融政策というと日銀ならマネタリーだけでなくプルーデンスを含むかのような誤解を招いているように思うのですが、水野委員までそう思ってやいませんか? 金融政策はあくまでマネタリーポリシーであってフィナンシャルポリシーじゃないんですけどねぇ・・・。

量的緩和政策という異例の枠組みを採用した背景は、金融システム不安に起因するデフレ・スパイラルの回避でありました。現在のように金融システムがまずまず安定し、コアCPIインフレ率がゼロ近辺にあるような金融経済情勢ならば、恐らく、2001年3月に量的緩和政策は採用されなかったのではないでしょうか。2004年1月にかけて当座預金残高目標を30〜35兆円程度まで引上げた措置は、株安等を背景とする金融システム不安を回避する上で一定の効果があったと思います。ただ、2005年4月にペイオフ全面解禁に踏み切った背景には金融システムが安定したとの判断があったわけですから、30〜35兆円程度という巨額な当座預金残高目標を維持する意味は薄れていました。私は、そのような判断から、昨年4月以降、量的緩和政策の枠組みは維持しつつ、当座預金残高目標を3〜5兆円程度引き下げることを提案してきました。

「最近の金融経済情勢と金融政策運営」──滋賀県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨──

量的緩和のおかげで金融不安が治まったって? そう思うならどのようなメカニズムで金融システム不安解消に貢献したのか説明していただきたいもので。くどいようですが、流動性不安への対応ということなら必要なかったのですから。

この半年の債券市場の動きを振り返ると、昨年9月以降、ボードメンバーの情報発信に対して、政府の一部から「量的緩和解除は時期尚早である」旨の発言があったとの報道が多くみられました。これを受けて、市場参加者の間では、政治的圧力を受けて、日本銀行は量的緩和政策をなかなか解除できないとの観測が広がり、金利先高観が後退する局面がありました。しかし、その後、昨年10〜12月期のGDP等の経済指標によって、日本銀行の経済・物価見通しが裏打ちされたこともあって、政府側から3月時点での量的緩和解除を容認する声が出始めたとの報道が多くなり、2月下旬から国債イールドカーブが大幅にベア・フラット化しました。

こうした一連の動きについて、個人的には、政府要人から金融政策に注文がついたと市場参加者が捉えたことで、無用なボラティリティーが高まり、債券運用の損失額が膨らんでしまった面があるのではないでしょうか。このことは、債券相場を展望するうえでは、経済・物価見通しに立ち返ることが重要であることを改めて示唆していると思います。

「最近の金融経済情勢と金融政策運営」──滋賀県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨──

日銀の見方が正しく政府のそれが誤りだとの前提に立つもので、そのような前提に立脚した議論の意義を否定するものではありませんが、前提を当然視するのはいかがなものかと。福井総裁以下が誘導を図ったからこそヴォラティリティが大きくなったという可能性も同様にあり、その両者を比較するのが公平な判断というものでしょう。

#当事者に公平性を求めるのも無粋ではありますが。

量的緩和政策は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ以上となるまで、政策の枠組みを変更しない異例な金融政策運営であったため、債券市場では、知らず知らずに、ゼロ金利が半永久的に継続することを前提とした長期金利見通しがコンセンサスになりがちであったように思います。実際、2003年6月頃に新発10年国債利回りが0.4%台まで低下した際には、「国債バブル」が発生したほか、株式市場の一部新興市場でも2005年末に局所的な「株式バブル」が発生していた可能性があるのではないかとみています。

「最近の金融経済情勢と金融政策運営」──滋賀県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨──

出ましたバブル認定。バブルと判断すべき資産価格上昇とそうでない資産価格上昇をどう区別するのかご見識をお伺いしたいもので。

日本銀行は、昨年10月末の展望レポートを公表した時点では、潜在成長率を1%程度と想定していました。しかし、このところの株価上昇や高めの実質GDP成長率は、潜在成長率の上振れを示唆している可能性があります。民間エコノミストの間でも、「潜在成長率は+2.0〜+2.5%程度あるのではないか?」という見方が出てきました。個人的には、全要素生産性の上昇等を受けて、潜在成長率が+1.5〜+2.0%程度まで上振れている可能性は否定できないと思います。潜在成長率の上振れは、均衡水準の実質金利の上振れを意味します。

景気中立的な政策金利が、「均衡水準の実質金利」と「望ましいインフレ率」の合計であるとすると、「景気中立的な均衡実質金利」が上振れしているならば、金融緩和的である政策金利の上限も上振れすることになります。ゼロ金利の継続は、期待インフレ率上昇に伴う実質金利の低下と相俟って、金融緩和効果を増幅していきます。もっとも、ゼロ金利が長期に亘って続くという期待が過度に強まってしまうと、需要刺激効果が強まりすぎて、景気の振幅が大きなものとなり、それを受けた政策金利の変動も大幅なものになってしまう可能性があります。今後の金融政策運営において、景気の持続性という観点から実質金利の低下をどこまで容認するかは重要な課題となります。

「最近の金融経済情勢と金融政策運営」──滋賀県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨──

2段落めはおっしゃるとおり。しかし前提となる潜在成長率の把握がめちゃくちゃといいますか盗人猛々しいといいますか。全要素生産性、平たく言えば技術発達やイノヴェーション、経営効率化といったものをイメージしてもらいたいのですが、半年足らずで0.5から1%ポイントも上昇したと(笑)。まだ昨年10月の想定を間違いだと認めるならともかく、それも正しければ今の潜在成長率の見積もりも正しいだなんてことを言って恥ずかしくないのでしょうか。

また、別の観点から、中央銀行の金融政策運営において、主観的な確率分布をイメージして政策を運営するのではなく、最悪の結果だけは回避するように政策を運営するという考え方があります。これは、最大損失の最小化を目指すという意味で、「ミニ・マックス・アプローチ」と呼ばれます。これは、『2つの「柱」に基づく経済・物価情勢の点検』の第2の柱の考え方に近いものです。

政府内では、「デフレに逆戻りするリスク」に十分に注意すべきで、金融政策を転換する時期は早すぎないようにすべきだ、との見解が多いように思います。しかし、個人的には、「デフレに逆戻りするリスク」と「景気の先行きに過度な期待が高まり、資産価格が急騰するリスク」は均衡していると判断しています。「景気の先行きに過度な期待が高まり、行き過ぎた資産価格上昇が発生するリスク」についても目配りしておくべきだと思います。「リスク・マネジメント」的な金融政策運営を行った場合でも、次第に超低金利政策を長期化させるリスクが高くなってくると思います。金融市場では、再び「デフレ」に戻らない「インフレ率の糊しろ」の議論が盛んであるが、将来の景気減速局面で機動的に対応できるマクロ経済政策として金融政策を位置付けるのであれば、「政策金利の糊しろ」は不可欠です。量的緩和解除後は、「透明性と機動性のバランスがとれた金融政策運営」を目指すべきだと思います。

「最近の金融経済情勢と金融政策運営」──滋賀県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨──

ミニマックスなら逆でしょうに(笑)。どこまでが行き過ぎでない資産価格上昇でどこからが行き過ぎた資産価格上昇とお考えかは知りませんが、これだけデフレが続いてなおデフレの害をそこまで見くびる人間が中央銀行のボードメンバーにいることをどう嘆いたらいいのでしょうか。

「政策金利の糊しろ」というのもふざけた話で、なぜかと言えば次のkoiti_yanoさんのまとめが的確かつ簡潔に説明しています。

著者は2001年年末に読んだ一つの論文のことが今も忘れられない。Lawrence Summers, "How Should Long-Term Monetary Policy Be Determined?"である。

(略)

これだけでは普通の人には何を言っているのか分からないと思うので少し解説しよう。

  1. 中央銀行は不況期には名目金利を下げて景気回復を助ける使命を担っている
  2. 通常、名目短期金利はインフレ率と正の関係にあり、インフレ率が極めて低い(ほとんどゼロに近い)場合、名目短期金利もほぼゼロになってしまう
  3. インフレ率が極めて低い(ほとんどゼロに近い)場合、名目金利を下げることができない(名目金利はマイナスにはできない)ため、景気回復を助けるという使命を果たせない
  4. そういう事態(the zero interest rate trapと呼ばれる)を避けるために、中央銀行は常日頃から2%から3%のインフレを目指しておくべきである

これがSummersの論じていることである。名目短期金利は中央銀行にとっての制御変数であるから、Summersの言っていることはまさに「制御変数は状態変数に応じて柔軟に変化できるようにしておかねばならない」ことを意味している。

「パン屋の寓話」(@ハリ・セルダンになりたくて3/13付)

つまりは論理が逆転しているわけで、適正なインフレ率や経済成長を達成しているからこそ金利に糊しろを確保する余裕が生まれるわけです。このロジックはゼロ金利解除のときにも使われましたが、その失敗からは何も学んでいないということで、学習能力のなさはもうなんと評してよいやら。webmasterはそれがなぜかを考える気も起きないので、「Baatarism仮説」をご紹介しておきます。

僕がゼロ金利解除失敗から得た教訓は「デフレ下で利上げするな」ということなのですが、日銀が得た教訓はそうではなく、「利上げしたいなら誰がなんと言おうと無視して利上げしろ」ということのようです。

だから、日銀は強引に量的緩和解除を早めたのだと思います。そしてここから予想されるのは、日銀は日銀当座預金残高の削減が終了して利上げの準備ができ次第、誰が何と言おうと利上げを行うということです。

「日経新聞「ドキュメント日銀−攻防 量的緩和解除」」(@Baatarismの溜息通信3/12付)

心の底から外れていて欲しいとは思いますが、救いがないのは外れていたところで真実は同様にろくでもないことだけは間違いないことです。

量的緩和政策を解除する際もそうでしたが、解除した「後」の金融政策運営においても、ひとつの物価指標だけを注視するのではなく、「総合判断」で行うことが基本となります。物価上昇圧力が抑制された状況が継続すると判断されるなか、「漸進的なアプローチ」によって「金融政策の正常化」を進められる可能性が高いと思います。また、バブル期に政策対応が遅れた日本銀行の苦い経験、そして、市場機能の活用が経済の活性化や構造改革を後押しするとの持論を忘れずに、「フォワード・ルッキングな金融政策運営」及び「透明性と機動性のバランスがとれた金融政策運営」を行っていきたいと思います。

「最近の金融経済情勢と金融政策運営」──滋賀県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨──

バブル期に政策対応が遅れたのは事実ですが、その際には著しいマネーサプライの増加があり、いわゆる過剰流動性の問題が生じていました。マネーサプライ伸び率に回復の兆しが何ら感じられない現在、バブルの苦い経験を持ち出すのは筋違いもいいところです。他方、バブルをつぶすために過剰な引締めを行ったことや、先に触れたゼロ金利解除の苦い経験は言及すらされずですか。見たいものしか見ない姿勢もここに極まれり。

ところで、CPIだけをみて量的緩和を解除したことと、「ひとつの物価指標だけを注視するのではなく、『総合判断』で行うことが基本」との見解がどう矛盾なく水野審議委員の脳内で両立しているのか、webmasterには不思議でなりません。

なお、量的緩和解除と直接の関係はありませんが。

世界経済は好調を持続するとみられますが、財政再建は、その進め方によっては、景気をオーバーキルするリスクがあります。主要国の中央銀行は、こうした先行きのリスクにも配慮する必要がありますが、現時点では、潜在的なインフレ懸念に対応するため、「金融政策の正常化」を目指していると考えられます。中央銀行の最大の目標は「物価の安定」ですので、インフレ圧力の高まりが懸念される状況が続けば、海外の中央銀行は金融引き締めを続けざるを得ないのではないかと思われます。

「最近の金融経済情勢と金融政策運営」──滋賀県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨──

他人の領分に偉そうな講釈を垂れる前に、「金融政策の正常化」とやらによる景気をオーバーキルするリスクにも目を向けていただきたいものです。

本日のツッコミ(全8件) [ツッコミを入れる]

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bewaad [>Baatarismさん、ponさん 正直なところを申し上げれば、政府与党から異論が出たからこそ、という点も無視でき..]

小僧 [ネタです。 「いちゃもんを付けられたくない」の言い替えとしての独立性と主体性について。 ``バブル''というイケイ..]

bewaad [>小僧さん ネタをネタとして見抜けないメディアの程度について(笑)。]


2006-03-15

[economy][WWW]いちごびびえす・板存続投票

webmasterが経済学の門前の小僧となるに道を開いたいちごびびえす・経済/経済学板(以下「経済板」といいます)ですが、いちごびびえすの管理充実のため板の統合・廃止が実施されることとなったので、その結果によってはなくなってしまう可能性があります。

読者の方々にはよくご存知の向きも多いと思いますが、もしいちごびびえす・経済板をご存知でない方がいらっしゃいましたら、是非一度ご覧いただきまして、ネット上の貴重なリソースとお認めいただけるのであれば、存続に一票を投じていただければ幸いです。

[law][government]電気用品安全法の特別措置

平成13年の電気用品安全法施行の際に設けられた5年間の経過措置が、本年3月31日をもって、一部の電気用品(テレビ、冷蔵庫、洗濯機、電子楽器、音響機器等)について終了することに伴い、事業者の負担を軽減するなど、新制度への移行を円滑にするため、下記の対策を実施する。

(略)

3.特別承認制度(いわゆるビンテージもの関係)

いわゆるビンテージものと呼ばれる電子楽器等については、希少価値も高く、絶縁耐力試験を含む自主検査について心配する声も存在する。また、こうした電子楽器等は取扱いに慣れた者の間で売買される蓋然性も高いという特徴を有する。このため、下記の要件を満たす場合には簡単な手続で売買ができるようにする。

i)電気楽器、電子楽器、音響機器、写真焼付器、写真引伸機、写真引伸用ランプハウス又は映写機のいずれかであること。

ii)既に生産が終了しており、他の電気用品により代替することができないものであって、かつ、希少価値が高いと認められるものであること。

iii)旧法(電気用品取締法)に基づく表示等があるものであること。

iv)当該電気用品の取扱いに慣れた者に対して国内で販売するものであること。

電気用品安全法の経過措置の一部終了に伴う対策について(webmaster注:原文のローマ数字全角キャラクタを半角英数のiとvによる表記に変更してあります。)

結論についてはwebmaster自身はあまり関心がないのですが、このやり方がどうかについては疑問が残ります。直接の問題としては、

しかし、以前からPSE法に従って「PSEマーク」を取得してきた業者の中には不満の声もある。今回の措置について同省製品安全課の角井和久課長補佐は「不公平感を感じる方もいるが、困っている方の救済なのでご理解いただきたい」と語った。

ライブドア・ニュース「PSE法、希少楽器に救いの手」

HPやら、経済産業省の言うところの「周知徹底」により中古品にも本法の適用があることが「周知されてきた」ことで、急遽事業の継続を断念したりした業者さんはその「決断」により被った損害をどのように誰に求めることになるのでしょうか。

また、「周知徹底された」ことにより急遽、一部のビンテージものについて見切り処分を行った中古屋さんが見切り処分をしなければ得ていたであろう経済的価値というものはどう取り扱われることになるのでしょうか。

さらに、買取中止や売買市場での市場価値下落によりネットオークション等の売買により「見切売り」を行った個人が見切り売りを行わなければ失わないで済んだであろう経済的価値というのはどのように取り扱われることになるのでしょう。

その一方で、かかる状況を予想したか予想しなかったかにかかわらず、かかる見切り品を購入した方々も多々いるはずでありまして、このような方々の見切り品を購入した後に「期せずして」有することになった転売した場合に得られるであろう経済的利益というものはどのように考えることになるのでしょうか。

まさか全部もとに戻せという発想はないでしょうから(^^;)。

「「ビンテージもの」除外!だがそれはそれで問題もあるような・・・電気用品安全法(PSE法)」(@法務の国のろじゃあ3/14付)

というものがあります。心裡留保(平たく言えば嘘)や錯誤(平たく言えば誤解)は成立するはずもなく売買無効にはならないでしょうし、国家賠償が可能かと言えば、それも難しそうな気がします。おそらく泣き寝入りということになってしまうのではないでしょうか。

#しかし本件において経産省の担当者の説明は拙劣を極めてます。「困っている方の救済」って、あなた方のこれまでの説明を信じて安売りしてしまった人だって「困っている方」だというのに。

この他にも、直ちに困る人が出てくるものではありませんが、中長期的にはより深刻ではないかとwebmasterが懸念する問題があります。それは行政裁量の濫用ではないか、というものです。そもそも「特別承認制度」なる語は電気用品安全法において用いられておらず、どの規定を根拠とするものなのか、上記のプレスリリースではわからず経産省にいいかげんにしろといいたくなりますが、とまれ、報道の中で(webmasterが気付いた限り)この点をきちんと報道していたのは朝日新聞のみでした。

#これは朝日以外が悪いのではなく、経産省が悪いのです。よく取材し報道した朝日に感謝するとともに、経産省の描き方の拙さに苦言を呈しておきます。

また、ビンテージ製品については、電気用品安全法の「特定用途品」に指定。旧法の電気用品取締法に基づく表示があるなど一定条件を満たし、店が販売相手を記録すればマークなしで販売できるようにする。

朝日「中古家電の販売制限、ビンテージ品除外へ」

特定用途品であれば電気用品取締法第27条に次のように規定されています。

(販売の制限)

第27条 電気用品の製造、輸入又は販売の事業を行う者は、第10条第1項の表示が付されているものでなければ、電気用品を販売し、又は販売の目的で陳列してはならない。

2 前項の規定は、同項に規定する者が次に掲げる場合に該当するときは、適用しない。
 一 特定の用途に使用される電気用品を販売し、又は販売の目的で陳列する場合において、経済産業大臣の承認を受けたとき。
 二 第8条第1項第1号の承認に係る電気用品を販売し、又は販売の目的で陳列するとき。

第27条第2項第1号に定める「特定の用途に使用される電気用品」が朝日の記事に言う「特定用途品」であると考えられます。さて、素朴な疑問なのですが、ヴィンテイジは「特定の用途」なのでしょうか? ニコイチ用に限定とでもするなら「特定の用途」という気もしますが(笑)、経産省が示す4要件(シンセサイザー等であること、希少価値の高いディスコン製品であること、旧電気用品取締法に基づく表示がなされていること、習熟者に販売すること)のいずれも「用途」に関するものではありません。

「用途」という一般にも使われる言葉を通常の用法とかけ離れた形で規定するとは考えづらいですが(明治時代の法律であればともかく)、一応特別の意味があるかもしれないという可能性をつぶしておきましょう。経産省のネット上の解説には第27条の規定の説明はないようですが、同じ言葉が使われている条文が他にもあります。

(基準適合義務等)

第8条 届出事業者は、第三条の規定による届出に係る型式(以下単に「届出に係る型式」という。)の電気用品を製造し、又は輸入する場合においては、経済産業省令で定める技術上の基準(以下「技術基準」という。)に適合するようにしなければならない。ただし、次に掲げる場合に該当するときは、この限りでない。
 一 特定の用途に使用される電気用品を製造し、又は輸入する場合において、経済産業大臣の承認を受けたとき。
 二 試験的に製造し、又は輸入するとき。

2 届出事業者は、経済産業省令で定めるところにより、その製造又は輸入に係る前項の電気用品(同項ただし書の規定の適用を受けて製造され、又は輸入されるものを除く。)について検査を行い、その検査記録を作成し、これを保存しなければならない。

(webmaster注:強調はwebmasterによります。)

法令用語に多義的に用いられるものがないとは申しませんが、同じ法律で、しかも単語でなく句として規定されているのですから、第8条第1項第1号の「特定の用途に使用される電気製品」と第27条第2項第1号の「特定の用途に使用される電気製品」は同じ意味と解すべきでしょう。そして第8条第1項第1号の「特定の用途」については、同号の承認のための申請書の記載例が経産省サイトで紹介されています。

別紙2(承認を申請する理由)

本申請に係る電気用品は、外国旅行者、外国人観光客のみやげ用モデル(ツーリスト・モデル)として、外国の規格に適合させた上で、外国で使用されることを前提に製造し、国内販売するものです。

従いまして、電気用品安全法第8条第1項で定める技術基準への適合義務について、同項第1号で定める「特定の用途に使用される電気用品を製造し、又は輸入する場合」に該当するものとして、例外承認申請を行います。

電気炊飯器(電気用品名「電気がま」)の場合の例外承認申請書記載例

別紙2(承認を申請する理由)

本申請に係る電気用品は、外国旅行者、外国人観光客のみやげ用モデル(ツーリスト・モデル)として、外国の規格に適合させた上で、外国で使用されることを前提に製造(輸入)し、国内販売するものです。

従いまして、電気用品安全法第8条第1項で定める技術基準への適合義務について、同項第1号で定める「特定の用途に使用される電気用品を製造し、又は輸入する場合」に該当するものとして、例外承認申請を行います。

DVDプレーヤー、システムステレオ(「その他の音響機器」)の場合の例外承認申請書記載例

別紙2(承認を申請する理由)

本申請に係わる電気用品は、外国旅行者及び外国人観光客のみやげ品として販売するために外国の規格・配電電圧に基づいて輸入するものであります。

そのため、当該電気用品は、外国の規格に合わせた特殊設計品であり、外国旅行者及び外国人観光客専用のもので、日本国内での使用を前提としない特定の用途のものとして輸入・販売するため、電気用品安全法第8条第1項第1号の規定に基づく承認を申請するものであります。

電源コードセット(電気用品名「差込みプラグ」、「キャブタイヤコード」、「コードコネクターボディ」)の場合の例外承認申請書記載例

というわけですから、やはり「用途」は一般的な用法に基づき使われていると解されるでしょう。

となると、今回の経産省の措置は、明らかに法文の解釈としてよく言ってグレーゾーンです。webmasterの個人的見解としては、法が本来予定していた承認による製造・販売規制の適用除外の範囲を超えて、行政府が勝手な裁量に基づき法規制の潜脱を認めたということになります。webmasterの見解が外れていることを心から願いますが、万が一的中しているなら、今般の措置を突き詰めれば三権分立や法治主義の形骸化に行き着かざるを得ないのです。

#勝手な推測ですが、内閣法制局には相談してないんでしょうねぇ・・・。

ところでこれまでこの規制に反対してきた教授その他の音楽家たちは、これでは足らぬとして中古品全体の適用除外を経産省に求めていく由。

家電などの電気用品に一定の技術基準を課し、検査を通過した製品以外の販売を禁止する電気用品安全法(PSE法)における中古楽器の適用除外を求めて、音楽家の坂本龍一氏らの音楽家団体が15日、経済産業省に要望書を提出する。PSE法に関しては、14日に経産省がビンテージ楽器の検査簡略化などの方針を示したばかりだが、団体はあくまで中古楽器の適用除外を求めていく方針だ。

(略)

発起人の1人である坂本氏は、PSE法で中古機器販売、下取り市場が閉鎖せざるを得ない状況になると指摘し、「(PSE法は)文化破壊」と批判する。坂本さんは「その機材にしか出せない音」を求めて、いわゆるビンテージと呼ばれる、すでに製造中止になっているシンセサイザーを使用しているほか、スピーカーやアンプ、ケーブル1本だけでも音はがらりと変わるとして、そうした古い製品が流通する中古市場の重要性を強調。「PSE法も早急に改正され、我々の貴重な財産が永遠に失われることのないように望んでいます」とコメントしている。

MYCOM PC WEB「中古楽器をPSE法の適用除外に - 坂本龍一氏らが要望」

法改正を求めている点は経産省よりいいセンスをしていると思いますが、であるならなんで要望書の提出先が経産省なのかなぁ、と。これも「官僚ツンデレ」の表れ?

苦情や意見が議員のところへ向かわず、官僚や役所に向かうと言うことは、日本人が議員より官僚を信頼しており、役所の権力をもって、法律の執行を停止してほしい、あるいは法改正を行ってほしいという事なんでしょうね。

権力は、(国民が選んだ)議員が持つ必要はなく、官僚に持っていてほしいと言うわけです。

以下のような構図が成り立っているんでしょうね。

  1. 官僚に権力があることを望み
  2. 自分の意見を官僚に聞き入れて貰う事を望み
  3. 官僚の権力を持って、自分の願望を実行に移す事を望む

口では官僚の悪口を言い、内心では官僚支配を望む。いわば「官僚ツンデレ」というのが日本人の実像なんですね。

「谷みどりさんのBlog炎上」におけるマッキーさんのコメント(February 21, 2006 08:00 PM)(@Matimulog2/20付)

「か、勘違いしないでよね! 悪いのはあんたなんだから何とかしなさいって言ってるだけよ! べ、別に頼りになんかしてないんだからぁっ!!」

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

本日のツッコミ(全24件) [ツッコミを入れる]

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2006-03-16

[computer][government]P2Pファイル交換ソフトによる情報漏洩防止

Winnyを介した情報漏えいについて申し上げます。

ファイル交換ソフトウェアWinny(ウィニー)を介したコンピュータウイルスによる 情報の漏えいが多発していることは、ご承知のとおりです。

政府機関の重要な情報の漏えいも明らかになっており、私(官房長官)から各省庁に対して指示を行い、政府機関としては再発防止のためのあらゆる対策を進めています。

重要インフラ事業者等に対しても、所管省庁を通じて注意喚起を行うこととしました。

しかしながら、国民の皆さん一人一人に注意していただき、対策をとっていただかなければ、情報漏えいによる被害を防ぐことはできません。

情報漏えいを防ぐ最も確実な対策は、パソコンでWinnyを使わないことです。この点について、私(官房長官)からも国民の皆さんにお願いしたいと考えております。

詳細については、会見終了後、この場所で、内閣官房情報セキュリティセンターから説明がありますので、その際にお尋ね下さい。

官房長官記者発表(3/15・午前)

一般論としての論評はiori3さんによる2ちゃんの引用はてなブックマークのコメントをご覧いただければと思うのですが、ここではwebmasterの職業に鑑み政府機関について述べたいと思います。

webmasterは「あらゆる対策」の全貌を知るわけではありませんが、もっとも有効であろう対策は明らかです。

防衛庁は、同庁および陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊の職員が職場で利用している私物パソコンの一掃に乗り出す。海上自衛隊で2月22日に確認されたファイル交換ソフト「Winny」による情報流出を受けたもの。2006年度中の実施を目標としている。

防衛庁は、職務で必要とされるパソコンを公費で支給し、自宅など外部からノート・パソコンを持ち込むことを全面的に禁止する方針だ。職員が私物パソコンに業務情報を蓄積し、その情報がWinnyやウイルスで流出してしまうことを防ぐのが目的である。

現在、防衛庁、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊には約25万人の職員が在籍している。各職員は、1台のパソコンを数人で共用しているケースが多い。パソコンを利用する必要のある職員が、職場に私物のパソコンを持ち込んで職務で利用しているのは、このためである。その数は7万台に達する。

日経コンピュータ「防衛庁が情報流出対策で7万台の私物パソコンを一掃へ」

まずは職場で私物のパソコンを使わなければいけない構造を改めるべしと。しかし、これだけで十分というわけではありません。

金銭目的で故意に、あるいは好奇心からといった理由での持ち帰りは論外だが、問題は「どうしても仕事が間に合わないからデータを持ち帰って家で作業する」というケースだ。

「『PCは持ち出すな、しかしオフィスは閉める、納期には間に合わせろ』といった矛盾したことを求めるから治外法権が生じる。持ち出すことが悪いのではなく、持ち出し方が悪い」(高橋氏)。持ち込みPCや情報の持ち出しがないと仕事にならない状況を改善するか、あるいはPCの持ち込みを前提とし、仮に紛失や盗難に遭ったとしても大丈夫なように、暗号化などの対策を考えていくのがあるべき姿ではないかという。

ITmedia エンタープライズ「相次ぐ情報流出、真の問題は「Winny」だけではない (2/2)」

持ち帰り残業が強いられるようでは、職場での私物使用を止めたところで尻抜けです。自衛隊や都道府県警の業務量がどの程度かに詳しいわけではありませんが、業務量を減らしてもらえるとは想定できませんから、光熱費・タクシー代をケチらず振る舞い、「終電で必ず帰れ」なんてことを言わずにすむようにしなければなりません(どうせほとんどはサビ残でしょうから、残業代は不要ですが)。泊り込ませれば光熱費はともかくタクシー代はいりませんが、webmasterの経験則上、泊り込みが長期に及ぶと壊れる人間の出現確率が格段に高まりますし。

とはいっても現政権のことですから、これらは後回しにされ(国・地方ともに財政支出削減の大合唱ですし)懲罰強化と精神論が主力になるような気が(笑)。本来構造改革とはそうした個人の努力等ではなんともならない「構造」をどうにかするものだと思うのですが、人間改造を図るのも見方によってはそれよりさらに遠大な「構造」に挑むものと考えられるのでしょう(笑)。

ちなみに霞が関ではこれらが確保されているので、自衛隊や各都道府県警に比べて情報漏洩問題が少ないと言えると思います。webmaster自身の経験に照らしても、家にデータを持ち帰ったということはありません・・・ただし、国会対応で上司にメールしたことはあります。原案作成ぐらいまでは残るよう義務付けることはできるかもしれませんが、とりわけ総理答弁において秘書官のチェックが終わるまで全員が、というのは現実的でないでしょう。せめて質問者のレクがまともな時間に収まるよう、「あらゆる対策」の一環として議員先生方に徹底してもらえませんでしょうかねぇ、官房長官殿。

本日のツッコミ(全283件) [ツッコミを入れる]

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2006-03-17

[law][government]旧電気用品取締法における中古販売の取扱い

旧法(ただし、制定時のものです)の所在地長作さんからご教示いただいたので読んでみましたが、とりあえずこれまでコメント欄でwebmasterが書いてきた予想される解釈、すなわち旧法においても中古販売は規制対象だったというものでおそらく大丈夫そうです。例えば個人輸入した旧法での安全表示がなされていない電気用品を中古販売業者が買い取って販売すれば、それは表示なき電気用品の販売ということで旧法第27条違反となり10万円の罰金(繰り返しになりますが制定時です)だったでしょう。

ではなぜ旧法時代には中古販売が問題にならなかったかといえば、

  1. 中古販売業者の取り扱う電気用品のほとんどが、製造業者が旧法第18条の認可を受け同法第25条第1項の表示を付したものだったから。
  2. (一部に既述の例示のようなケースがあったのかもしれませんが)通産省・警察が把握していなかったのでほとんどの場合取り締まられなかったから。

ということではないかと思います。結局問題は電気用品に中古を含むかどうかではなく(新法になったから解釈を変更したというわけではないと解すべきでしょう)、旧法での表示を新法でも有効とするかどうかなのです。旧電気用品取締法においては旧規則に基づく表示を新法に基づく表示とみなすことにつながる経過措置を講じていたので、おそらく制定時に今回のような騒ぎにならなかったということではないでしょうか。

以下、旧法の関係条文を引いておきます。

(登録製造事業者に係る電気用品の型式の認可)

第18条 登録製造事業者は、製造しようとする電気用品の型式について、通商産業省令で定める型式の区分(以下単に「型式の区分」という。)に従い、通商産業大臣の認可を受けなければならない。ただし、特定の用途に使用される電気用品を製造する場合において通商産業大臣の承認を受けたとき、又は試験的に製造する場合には、この限りでない。

(表示)

第25条 第18条又は第23条第1項の認可を受けた登録製造事業者又は輸入事業者は、当該認可に係る型式の電気用品(第22条第2項において準用する第18条ただし書の規定の適用を受けて製造されたものを除く。)を販売する時までに、これに通商産業省令で定める方式による表示を附さなければならない。

2 何人も、前項に規定する場合を除くほか、電気用品に同項の表示又はこれと紛らわしい表示を附してはならない。

(販売の制限)

第27条 電気用品の販売の事業(自ら製造し、又は輪入した電気用品の販売の事業を除く。)を行なう者(以下「販売事業者」という。)は、第25条第1項の表示が附されているものでなければ、電気用品を販売し、又は販売の目的で陳列してはならない。ただし、第18条ただし書(第22条第2項において準用する場合を含む。)又は第23条第1項ただし書の承認に係る電気用品については、この限りでない。

附則

(経過措置)

第2条 (略)

第3条 この法律の施行の際現に旧規則第3条又は第4条の型式承認を受けている者は、その型式の別に相当する型式の区分について第18条又は第23条第1項の認可を受けたものとみなす。この場合において、昭和33年3月31日以前に型式承認を受けたものに係る第24条第1項の規定の適用については、同年4月1日に認可を受けたものとする。

第4条 前2条に規定するものを除くほか、旧規則の規定によつてした処分、手続その他の行為は、この法律中これに相当する規定があるときは、この法律の規定によつてしたものとみなす。

第5条 (略)

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

  1. 電気用品安全法のPR
  2. 電気用品安全法反対運動の1つのあり方(マニュアル編)
  3. 電気用品安全法反対運動の1つのあり方(解説編)
  4. 電気用品安全法に関する小寺さんの提案
  5. 電気用品安全法の特別措置

[economy]経済財政諮問会議民間議員による財政再建の将来見通し

経済財政諮問会議(議長・小泉首相)が16日開かれ、本間正明・阪大教授ら民間議員が、諮問会議で6月にまとめる財政健全化計画のたたき台となる9種類の財政再建シナリオを提示した。

(略)

諮問会議はこの日示したシナリオをさらに精査して、4月上旬にまとめる歳出・歳入一体改革の中間報告に盛り込み、6月の最終案とりまとめに反映させる。基礎的財政収支の改善に向け、歳出削減と増税をどのように組み合わせるかが今後の焦点となる。

民間議員が提示したシナリオは、名目成長率が2、3、4%、長期金利が3、4、5%の各3通りを組み合わせた計9種類で、財政再建を実現するためにはどの程度の収支改善努力が必要になるかを試算した。

試算では、名目成長率が3%、長期金利が4%を前提とした中間的な想定を「基本ケース」と位置づけた。基本ケースでは、15年度以降の国と地方を合わせた債務残高の対GDP比について、基礎的財政収支が2%の黒字なら持続的に改善するものの、基礎的財政収支が均衡した場合は悪化すると試算している。

読売「財政再建シナリオ9案、経財諮問会議で民間議員が提示」

実際に会議で配布された資料を見ると、このシナリオには大いなる問題があることがわかります。正直に申し上げれば前から疑ってはいたのですが、初めて明確な証拠を見つけた思いです。

(注) この分析では、金利、成長率を財政収支と独立に設定しているが、財政赤字の下ではリスクプレミアムが増大し、金利が上昇するなど財政収支の動向は金利、成長率に影響を及ぼすことに留意が必要。

歳出・歳入一体改革について、p1(ペーパーのフッタに表示のページ番号。pdfファイルとしてはp2)

#以下で書いた財政収支とGDPとの関係は実際にはきちんと考慮されているとのことですので、批判はあたらないということです(プロボーラーさんのコメントをご覧ください)。該当部分を取り消した上、民間議員の方々にはお詫びいたしますが、しかしそれなら注をもう少しきちんと趣旨が伝わる日本語で書いてくれれば(言い訳)。なお、ついでにタイトル中「民間委員」を「民間議員」に訂正いたしました。(3/19追記)

GDPは民間消費+民間投資+政府支出(消費・投資)+輸出−輸入として計算されるのですから、民間議員が思い描くようにプライマリバランスを黒字化に向けて歳出削減なり増税なりをすれば、少なくともその年においては絶対にGDP成長率は鈍ります。政府支出が民間消費・投資をクラウディングアウトしていれば、それがなくなる分だけ補われることになりますが、マクロ的に貯蓄超過で金利が現状のとおりの日本では、クラウディングアウトが生じているとしてもごくわずかということになります。

ですから、名目金利と名目GDP成長率の関係以前の問題として、財政収支を動かすシミュレーションにおいてGDP成長率を外部変数として取り扱うのは明らかに間違っています。だいたい財政収支をいくら黒字化してもGDP成長率に影響がないというなら、歳出をゼロにした上で400兆円ほど増税すれば2年で政府債務はなくなります。さすがにそれだと間違いが誰の目にも明らかになってしまうことぐらいは、民間議員の方々もご承知なんですねぇ(笑)。

#ちなみに、上記式の政府支出分だけ減ると考えるのでは足りず、乗数効果を勘案して民間消費・投資をも減らして考える必要があります。

加えて、本来財政収支とGDP成長率との相関関係は既述のようなものであるにもかかわらず、あたかも財政収支が悪くなる(すなわち、歳出の削減幅が小さいないしマイナスand/or増税幅が小さいないしマイナス)と金利が上がるだの、直接書いてはありませんがそれによって成長率が下がるだのといった印象を与えているのが姑息です。

もちろんクラウディングアウトが存在するならそうした影響がありますが、少ないであろうことは先に書いたとおりです。また、財政赤字が発散径路にあると信じる投資家の数に比例して金利は上がりますが、確たる見通しも立たない例としか。これらのみを示して確実に見込まれる効果を隠しているのは、政治的意図のなせる業でしょう。

さて、経済財政諮問会議の民間議員とは、牛尾、奥田、本間、吉川の4名です。前2者は企業経営者ですから以上のようなことをわかっていなくても致し方ないとも言えますが(そのような人間を議員に選んだ任命権者の責任はさておき)、後2者は経済学者としてこれまで飯を食ってきた先生方です。あなた方は大学・大学院の試験や論文で学生・院生がこの資料のようなことを書いてきたら、すなわち政府支出が減ってもGDPが減らず、それどころかかえって金利低下により増えるかもしれないと書いてきたら、それを良しとするのですか? 曲学阿世もここに極まれりですねぇ・・・orz

本日のツッコミ(全32件) [ツッコミを入れる]

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ゴヤール [Snug section that will rest many safeguards, it really is ..]

ダナー ブーツ [Removed people's consideration can be upon the dog, when y..]

オロビアンコ 店舗 [left never miles away. to your shutter haven't much but st..]


2006-03-18

[law]ロースクール問題の分析

内容は、まあロースクールの先生・客員研究員・学生、他にもしかしたら他学部の先生が対象ということで、法学教育改革(具体的には法科大学院制度の創設)について、なんで改革が必要とされたかを含めて全体的に解説したあと、で、いまこんな状態になっていますという報告をするものです。一言で要約すれば「愚痴」ですな。問題は、で何故そんな状態になってしまったかという点についての明確な結論を私自身も持っていないことです。いくつか仮説は提示できるので、あとは議論に任せましょうかね。しかし"Don't be late for the bus" mentalityが原因なんて話するのも恥ずかしいなあ。

「愚痴を言う。」(@おおやにき3/9付)(webmaster注:強調は原文によります)

デブリを拝見するに狙った場所で笑いを取れたとのことですので、「バスに乗り遅れるな」という我が国の醇風美俗(笑)をきっちり紹介されたのではと思うのですが、それはさておき現場から見た「こんな状態」というのはどのようなものなのでしょうか。とりあえず端から見た「こんな状態」とは、その経緯を含めご紹介するなら次のとおりです。

  1. 現在は司法試験の敷居が高すぎ受験者が予備校に走るので、基礎的な法学教育がおろそかになると同時に、受験テクニックに走った合格者が増えている。
  2. そこでロースクール(法科大学院)制度を導入し、医学部教育のようにそこに入ればよっぽどひどい学生以外は皆法曹になれるようにすれば、ロースクールで基礎的な法学教育を仕込み、かつ、予備校に時間をとられることもなくなる、はずだった。
  3. ところがロースクール修了者に対する司法試験合格者数は相対的に限定されたまま(確か2〜3割だったように記憶しています)。
  4. したがって、ロースクール在学者はやっぱり予備校に走り、当初の狙いが果たされていない。

「こんな状態」がこれであるとするなら、なぜ「バスに乗り遅れるな」が原因であるかはお察しいただけるかと思います。つまりは当初の構想ではもっと少ししかロースクールの設置を認めないはずだったのに、そうした風潮から絞込みを十分にすることができず(あまり知られていませんが、半分超の都道府県にあるほどですから)、結果的に司法試験合格者数を相当程度上回る数の定員となるだけのロースクール設置を認めてしまったため、ということです。

#3/19に訂正しました。

しかし考えてみれば、法学部を持つ大学にとって、ロースクールの有無は大学受験者へのアピールに対してかなりの影響を及ぼすでしょうから、我も我もと設置を願うのも当然といえます。また、地元の政治家や財界が応援団としてそれを後押しするのも無理はありません。見通しの甘さには問題があるかもしれませんが、「バスに乗り遅れるな」と思うことそのものは、それほど責められるべきことではないでしょう。

問題はむしろ、大学やその応援団と、ロースクール設置を認める文科省とのパワーバランスの違いにあります。全体としてどの程度の数が適正かという意識がありながら、その数に至るまで減らせなかった相対的な文科省の力のなさ、及び政府・与党の関係者によるサポート不足が「何故そんな状態になってしまったか」という疑問に対するwebmasterの考えです。

さらには、司法試験合格者数を増やせなかったことについても問題はあると言えます。しょせんはロースクール定員と司法試験合格者数との関係に依存する問題ですから、前者を十分に少なくできなければ、後者を十分に多くすることで問題は回避可能です。こちらの担当は法務省ということになりますが、法務省は法曹を代弁して‐というより、法務省は国家公務員I種でなく司法試験出身者が主流を占める役所ですから、代弁するまでもなく半ば以上当事者として‐、司法修習所のキャパシティその他により合格者の質を維持したままの司法試験合格者数の拡大にはおのずと制約があるとの立場です。

いずれの主張にもそれなりの理があるわけですが、だからといって両立し得ないものを放置していては問題が生じるだけです。その意味でこの問題はロースクール制度の導入を決定したときから予定されていたようなもので、その決定に最終的には責任があるといえましょう。どうせ文科省に実現を迫った方々は、このような問題が生じたとしても文科省を責めはしてもその先にある現実に向きあいなどしてくれはしないでしょうし(笑)。

ちなみに派生する問題として、上記の当然の帰結ではありますが人気のないロースクールが早速出始め、将来的には潰れるものが出てくるのでは、なんてものもあります。そうして淘汰されればおのずと司法試験合格者数に見合った定員まで減るでしょうから、競争原理を通じた最適化ということになりますが、当事者には抵抗感があるでしょう。

他にもロースクールの講師に相当程度のヤメ検が入ってきていて、実はロースクール導入の隠れた目的は検察の天下り先の確保だったなんtうわなにをするやめr

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bewaad [>かめのこだわしさん 学部の新設ラッシュはよくわかりませんが、学部課程の6年化は、(薬学部ではありませんが)大学の同..]

おおや [ども。講演本体の質疑では「LSの講義で合格率の問題はプレッシャーになっているか」「学習範囲の幅を広げるという目的はど..]

bewaad [>大屋先生 度重なるご出張、それにPSEがらみのあれこれお疲れさまです。 >文科省サイドも「どうせ止めたら批判され..]


2006-03-19

[sports]WBC・日本決勝進出

試合そのものはさておき、大会として決勝が日本対キューバなんてカードで採算があうのかと不安にならないでもありません。そもそもアメリカが決勝トーナメントに出られなかったというのが大誤算でしょうけれど、大会としてペイしなかったから次はありません、なんてことにならなければいいなぁと。そういう観点から見るなら、日本と韓国とでは日本が勝ってよかったのでしょうが、キューバとドミニカとでは、逆の方がよかったのかもという気も。

しかし韓国人は悔しがっているでしょうねぇ。よりによって負けたら後がなくなる試合にだけ負けたのですから。

[misc]女王の教室・スペシャル

金曜土曜と二夜連続での放送でしたが、若干シンボルの使い方があざとい(服の色の変遷など)とはいえ、あそこまで歪んだ人格の形成を自然に描いていたように思います。神田和美らを不自然なまでに成長させるなんてことがなかったのもよかったでしょう。本編とあわせてうまくまとまっていたのではないでしょうか。

ただ不満があるとすれば、再教育センターのシーンの中でそのひどさを表すものがなかった点です。あれぐらいじゃほとんどが教師を辞めるほどおそれられているという設定に説得力がありません。どうせモデルにしたのはJR西日本の日勤教育なのでしょうから、そういういやらしさがわかるエピソードを1つでいいからきちんと入れておけば、さらに作品世界に奥行きが出たと思うのですが。

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ジェレミースコット スニーカー [as opposed to the sorts of post- education assistance had ..]

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2006-03-20

[book]田中先生のお薦め伊藤隆敏・林伴子「インフレ目標と金融政策」

林先生と言えば次のようなものを思い出してしまうのですが、宗旨替えされたのでしょうかねぇ・・・。

333: 走る名無しさん  2003/04/16(Wed) 19:00

インタゲを採用している国の中銀が実際にどんな事をやってるのか調べたいのですが、適当な資料が有りましたらご教示下さい。

334: ドラエモン  2003/04/16(Wed) 19:52

>>333

多少古いが、伊藤隆敏の「インフレーションターゲット」はコンパクトな解説書。あと、日銀のHPにも解説論文がある。

335: Thumb  2003/04/16(Wed) 19:59

経済セミナーの今月号まで連載していた林伴子さんの「マクロ経済政策の技術」がいいんでは。

(略)

338: ドラエモン  2003/04/16(Wed) 20:58

しかし、林さんのは絵に描いたような「正統インタゲ」ですなぁ。リフレ政策にインフレ目標制約付けるのは「邪道」という立場ね。

339: 走る名無しさん  2003/04/16(Wed) 21:34

>>335

あの連載評判よかったんですかね?たしか、

  • 「日本では、デフレの要因を金融政策の失敗や需要不足に帰する論調が多く、とくに、デフレは貨幣的現象であるからといって、要因と現象を混同し、貨幣的供給が過少であることがデフレの唯一の要因とみなしたりする議論も見受けられる」(2003年4月号、110頁)。デフレの要因が供給面からくるのか需要面からくるのか見分けなくてはならない、とか
  • 「単にインフレ目標を公表しただけでは、インフレーション・ターゲッティングとは呼べないのである」(2002年12月号、64頁)といったいわずもがなのこととか、
  • 円安誘導は、円高メリットを享受した企業、消費者にはデメリットが生じるから慎重であるべきだ、「仮に中国からの輸入が日本の物価に影響を与えていると主張するのであれば、ドルとの関係で円を減価させるよりも、人民元の対ドルレート切り上げを迫るほうが筋と考える」(2003年2月号、68頁)とか、
  • 日本の賃金低下について、「やはり需要の低迷が聞いているといわざるをえない」といっておきながらこの1行ですませて、それから長々とヘクシャー=オリーン定理の説明、そして「もちろん、ヘクシャー=オリーン・モデルの世界は、あくまでも資本と労働の相対価格の問題を扱っており、日本の賃金が中国の賃金水準まで下がることを意味しているわけでは全くない」といったり(2003年4月号、112頁)
  • 1990年代は失われた10年とよくいわれるが、1985年ごろのプラザ合意のころに比べると、平均的な日本人の消費生活の内容、質は格段に向上した、「成熟し、豊かになった社会」で期待されるマクロ政策は「冒険的」なそれではなく、「安定的なマクロ経済環境の維持」(2003ね年5月号、129頁)とか。

結構、あやしいと思っていたのですが。

340: ドラエモン  2003/04/16(Wed) 21:54

>>339

をを、良く読んでるねぇ(笑)
実は、そのうちの幾つかを読んだ段階で、読むの止めたのだが。
率直に言えば、誰からも批判されない、国際官僚にありがちな物言い(以下略

(略)

342: 走る名無しさん  2003/04/17(Thu) 01:44

>>340

あの、オバサン、トンデモです。

5月号を読めばわかりますが、インタゲはいいが、今は有効な手段がないので、信任を得るためにはデフレが解消してからやれですよ。

日本語として読むと、1)デフレを克服してからやるのはいい、2)長い間に徐々にインフレ目標をあげるのはいいが、問題は波及のメカニズムが心配、3)すぐインフレ目標をあげるのは波及のメカニズムがとても問題
という書き方になっている。

典型的な言葉遊びの人だ。実際にあって話をするとすぐ化けの皮がはげる。

海外事例はバーナンケ本の部分訳としてみれば訳に立つかも。

いちご経済板「「インフレターゲット」=?」スレ・レス333-342

#引用が長いのは、当サイトの読者であれば中にはこれを読むと感慨にふける人がいるだろうなぁとの予測(笑)に基づいてます。

[comic]現在官僚系もふ・第45話

単に靖国問題について何か言いたかっただけでは、という雰囲気がただよっていますが、一応流れは次回につながっているようなので、判断はそれを見てからと保留しておきましょう。

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bewaad [>sweetfishさん これまでの言説を見るに、金融は任せたくないなぁと現時点では思ってます。]

Baatarism [>bewaadさん 筆者を見たらやはり法則の人でした。w]

bewaad [>Baatarismさん 予定調和は面白くないですねぇ(笑)。]


2006-03-21

[economy]無謀にも大竹先生に異論を唱えてみる。

大竹文雄先生による「若者の所得格差拡大」での現状分析にはほとんど同意するばかりなのですが、一点だけ納得のいかないところがあります。若者の所得格差拡大の是正策として4つのご提案をなされているうちの1つです。

第三に、既存労働者が実質賃金の切り下げに応じやすい環境を作ることだ。デフレ環境では、実質賃金を引き下げるには、名目賃金の低下を受け入れる必要がある。しかし、インフレのもとでは労働者は実質賃金の切り下げを受け入れやすい。最低限名目賃金の維持さえ獲得できれば、労働組合委員長の面子も立つのではないだろうか。また、デフレでもなかなか低下しない教育費、住宅ローンについても、デフレに応じて負担を減らすことができるような制度を組み込むことが必要だ。そうすれば、既存労働者が名目賃金の引き下げに反対することで、潜在的な労働者である若者が不利な立場に立たされることもなくなり、日本企業の長期的な成長力が低下することもない。

「若者の所得格差拡大」(@大竹文雄のブログ3/20付)

住宅ローン(に限らず貸出債権)にデフレ連動減価を組み込んだ場合、デフレ下では銀行の資産は痛まざるを得ません。他方で負債である預金は元本保証商品ですから、このシステムでは銀行にデフレのリスクが集中することになります。最近の日本を振り返っても、商品として事前に組み込んだものではないにせよ、借り手の破綻等による債権カットを通じて銀行資産のデフレ連動減価は事実上事後的に実現したも同然で、その結果不良債権問題が世を賑わせ金融不安を惹起したことは記憶に新しいところです。

これを放置すれば信用収縮によりいわゆるデフレスパイラルにつながるわけですから、何らかの対策なしにデフレ連動減価貸出など導入できるはずもありません。安直な対策は政府が銀行を支えるというものですが、マクロ的に見た資源配分上、このような銀行への優遇が望ましいといえるのは緊急対応に限られるでしょう。

であるなら、銀行の資産が減価するのと同様に負債も減価させるしかありません。といっても存在するリスクは消滅することなく転嫁されるのみですから、銀行から預金者にデフレリスクが移っただけということ。とりあえず家計が主たる預金者だとして、デフレで預金が減価するなら、結局はそもそもの目的であった実質賃金の切下げを受け入れてもらえなくなってしまう、というのが単純な問題です。

単純な問題というならそうでない問題は何かといえば、預金は通貨にほぼ等しいものとして、事実上現金と同様に用いられていますが、そうした使用が妨げられることです。現金はデフレで減価しないのに預金は減価するなら、「ほぼ等しい」ものではなくなってしまい、経済活動において預金決済から現金決済へのシフトが起こってしまいます。結局起こるのは銀行要因ではなく貨幣要因での信用収縮で、また解決したはずの問題が生き返ってきます。

#おそらくマネーサプライの定義から預金通貨が外れるという形で統計上はより直截に現れるでしょうけれど。

となるとさらに先に進み、デフレの場合には現金も減価する仕組みを作ればよい・・・って、ゲゼルの消滅貨幣です。名目貨幣価値が固定され財やサービスの価格のみが変動する通常の通貨体系に比べ、名目貨幣価値と財やサービスの価格が独立に変動するこの体系の方が価値測定のコストを引上げ、経済活動を収縮させることは想像に難くありません。

とあれこれ生じ得る問題を考えてきましたが、これらよりはそもそもデフレにならないようにする、仮になってしまったらそこからの脱却に全力を尽くす方がよほど問題が少ないのではないでしょうか。大竹先生がお書きのとおり、インフレ環境ではデフレ連動減価ローンを必要とする前提が崩れ、つまりは実質賃金の引下げは容易です。デフレ環境を所与のものとしてその中での実質賃金引下げ策を模索するより、デフレ脱却策をこそ検討すべきだとwebmasterは思います。

[economy][politics][BOJ]国会における経済論戦 その5

"pseudos"カテゴリにも入れようかと思った(笑)珠玉の逸品をどうぞ(以下の全ての引用中の強調はwebmasterによります)。

○大塚耕平君 今回、ライブドア事件でいろんな物議を醸しているわけでございますが、今日はその背景について、短い時間でございますので三点、是非、皆様方、とりわけ閣僚の皆様方と議論をさせていただきたいと思ってこの時間をいただいております。

今まで二つ出ました。一つは、企業が法律さえ守ればいいという形で、もう一回だけ片仮名使いますが、コンプライアンスという言葉を誤解しているがために、法律にはやってはいけないとは書いてなくてもやってはいけないことがあるんだという点についての思いが十分に至っていない。これは倫理とか企業の価値、信用ということと言ってもいいかもしれません。

それからもう一つは、今申し上げました、活動の自由に対して被害を与えたときには一罰百戒ですよというその罰則の均衡が保たれていない。これが二点目であります。

三点目は、実は大きな経済の流れの中で金融緩和をやり過ぎると金融・証券不祥事というのは起こりやすくなるというその環境のお話をさせていただきたいと思います。(資料提示)

お手元のグラフは、プラザ合意のあった一九八五年から今日までの赤い線が株価、そしてビルのようになっております青い線が公定歩合、そしてこの折れ線グラフのように右にほとんど一直線に伸びているのが財政赤字であります。そして、この八七年から九三年まで、グレーのシャドー、失礼しました、影を掛けてございますが、この時期は、一九八八年に、先輩の議員の皆様方は御承知のとおりリクルート事件が起きまして、その後、様々な金融・証券の不祥事、それは株にまつわることもあれば、土地にまつわること、あるいは絵画にまつわること、そして九一年にはその資産にかかわる様々な大手銀行の不正融資事件が続発をして、結局、衆議院と参議院に証券金融問題特別委員会が設置をされたわけでございます。私はこのころ金融・証券の現場にいましたので、そういうことの調査もやりましたし、これは大変なことだなと思っておりました。そして、その後の白い期間、これが失われた十年とか失われた十五年とか言われているその期間であります。

総理は、在任中に不良債権の処理をして経済を立て直したと、そういうお話になっておりますが、これはどのように立て直されたかといえば、この公定歩合の階段がどんどんどんどん下がってきて、もうほとんど下に付くぐらいまで来てしまった。この金融緩和に支えられたということは、これはどなたも否定できない事実だと思います。

そして、その間にどういう金融緩和が行われたかというと、先ごろ量的緩和政策の解除で随分話題になりましたが、これも国民の皆さんには日本語で言っても分かりにくいと思いますよ。しかし、九九年にゼロ金利政策が始まり、量的緩和政策が行われ、それだけが注目されておりますが、その後、財務省が行った為替介入の非不胎化政策、介入自身は日銀がやりますけれども、しかし財務省と日銀が行って、つまり介入した資金をじゃぶじゃぶにマーケットに残した、市場に残した。そして、国債が事実上の貨幣と同じような役割を果たすという物すごく前例のない金融緩和が行われて、ようやく二〇〇三年の小泉政権のちょうど真ん中辺りで株価が七千円台を付けたところから今日上がってきているんですが、実は株価というのは絶対水準じゃないんですよ。どのぐらい上がったかという比率、その比率によってやはり不祥事が起きやすいか起きやすくないか、この私は指標があると思いますよ。

ちょうどこの八七年は、二万円からそしてピークの三万八千円に行くこの過程で、世の中の人が、あるいは株式にかかわる投資家や企業の方が、これは上がるぞということを前提にして様々な経済活動をやったことが不祥事につながっていったんですね。このときは株だけじゃないです。さっき申し上げたように、土地とか絵画とかいろいろありました。今日、小泉総理の在任中の一番ボトムのところからちょうど今二倍ぐらいに来ているんですよ。そこで起きたのがライブドア事件であります。

こういう経済環境が金融・証券不祥事に非常に大きな影響を与えているというふうに私は思いますが、その点についての総理のお考えをお伺いしたいと思います。

○内閣総理大臣(小泉純一郎君) これは随分大きな質問でね、時間をいただければゆっくりやりたいんですけども、あんまり時間を掛けちゃいけないでしょう。

財政・金融政策をこの経済の停滞を脱するために最大限活用しようということでやってきたわけであります。平時の経済政策では現在の経済状況というのはとても理解できないほど複雑であります。また、日本だけの対策では一国の経済状況を改善するには限界があると。国際情勢、国際経済にも大きく影響されます。

そういう中で、今言われた今までの過去の対策ずっとこのグラフにして示されましたけども、端的に言えば、金融政策も財政政策も今までの経済理論から理解できないほど目一杯使ってますよ。そして、目一杯使っても想像できない事態が起きています。なぜならば、普通だったら、これだけの国債を増発して財政政策やっていると、そう言われながら緊縮政策だという批判を受けている。これも理解できないでしょう、普通から考えれば。これだけのゼロ金利のみならず量的緩和、こういう財政・金融政策を打ったなら、普通だったらばインフレですよ。インフレ起きておかしくない状況ですよ。それが今デフレ。これも今までの経済理論から言えば理解できないことです。

しかし、そういう中で様々な経済・金融対策を打って、ようやく今景気回復の足取りがしっかりしてきたと。デフレ脱却の兆しが見えてきたという状況になってきているわけであります。

でありますので、現在のは、現在の対策というのは平時の対策ではないと、非常時と言ってもいい、様々な、むしろ常識外れの非常識な対策を打ってでも今の経済状況を正常なものにしていかなきゃならないと。ここがまた難しいところで、正常な財政・金融政策では経済が正常な状況に戻らないから、あえて非常識な異例な対策を打たざるを得ない。それだけ、なかなか経済というのは生き物であり難しいなと感じております。

第164回国会 参議院予算委員会 議事録第12号(2006年3月15日)

証券市場におけるスキャンダルも量的緩和の所為ですか(笑)。そのうち地球温暖化やトリノでの日本代表選手団の不振の原因にまでされるかもしれませんねぇ(笑)。

対する小泉総理も、「今までの経済理論」の使いどころが素晴らしい(笑)。どうやら小泉総理にとっての「今」とはケインズの一般理論公刊前ということのようですが、自分が知っているものが全てだとお考えなんでしょうか(笑)?

○大塚耕平君 国民の皆さんにテレビを通じて申し上げたいと思います。(資料提示)最大の日本経済の疲弊の原因はこの財政赤字がずっと増え続けていること、そしてこれは将来の世代にも大きな禍根を残すので、このことを削減する、まともな水準に戻すということが今の世代の政治にかかわっている人間の非常に大きな仕事であると、そのことを申し上げたいと思います。

その上で、今の総理の御発言ですと、国民の皆さんが誤解する点がございます。不良債権の処理はある程度進みました。それは認めます。しかし、これがだれのコスト負担で実現したかということについては、総理はどのように思っておられますか。

○内閣総理大臣(小泉純一郎君) (略)

○大塚耕平君 私は今批判なんかしてないですよ、総理。この不良債権の処理がだれの負担で、経済全体から見たらだれの負担で行われたかということを国民の皆さんが冷静に認識をしていただかないと経済の今進んでいることが分からないということを申し上げているので、総理の御認識をお伺いしたかったんです、先ほどの法令遵守の話と一緒で。

申し上げましょう。先ほど、ごめんなさい、与謝野大臣、私に話をさせてください。日銀から、一九九一年を基準にすると、この十五年間で金利収入が家計から、家計を中心に金融資産を持っている人から三百四兆円逸失したという答弁がありました。そして、九一年は少し基準として高過ぎるかもしれない、それは私もそう思います。そこで、ちょうど世界の平均あるいは日本の平均である金利水準であった九三年を基準にすると、テレビをごらんになっている家計の皆さんを中心に百八十兆円の金利収入が失われたという日銀答弁がありました。そして、この失われた十五年間で不良債権処理に投入された資金が実にちょうど百八十兆円ぐらいなんです。

マクロで見ますと、家計の皆さんが金利収入を失って、それが銀行を含む企業部門に言わば転嫁をしている。しかし、これは経済が破綻しては困りますからやむを得ないことだったかもしれない。しかし、この企業や銀行の立て直しのために使う財源というのは本来は政府が負担するべきもの、そのように考えますと、この十五年間で本来政府が負担すべき財源を国民の皆さんの金利収入を放棄するという形で捻出をした、そういう認識でいいんですねということを私は総理にお伺いをしたかったんです。そうかどうかということを国民の皆さんにお話しいただけませんか。

○内閣総理大臣(小泉純一郎君) 最初からそう言ってくれれば分かりますよ。漠然とした質問するから、こっちも漠然とした大きな答弁しかないでしょう。

今、金利の、これも一面だけで見ちゃいけないんですよ、家計のことばっかり言っているけども。預金が、ゼロだと、金利が。家計の負担だと言っているけれども、国民の中には預金している人もいるし住宅ローン借りている人もいるんです。金利が低いといって、預金者は損している損している、こういう人たちを犠牲にしていると言われますけれども、同時に、ローンを借りているのは低いから得しているわけですよ。全部プラスマイナスあるんです。それを一面だけ見ているのはいけないから両方見なきゃいかぬと。

そして、企業を優遇していると言うけども、企業が発展するからこそ雇用も増えていくんです。企業が業績を上げれば賃金も上がって従業員も潤うわけです。

ですから、一面だけ、金利がゼロだと、だから預金者は損している損していると言うけども、借りている人は金利が低いから得しているんですよ。で、金利がこれ上がってくればまた批判しますよ、借りている人はどうするんだどうするんだと、一方だけ批判する。

だから、両面を見なきゃいけないということを私は言いたい。大塚さん、いい指摘してくれましたよ。

第164回国会 参議院予算委員会 議事録第12号(2006年3月15日)

財政赤字がなければもっとひどいことになっていたのですが、これはまだ序の口。

預金者の逸失金利収入についての言及は多くなされていますが、ここでの大塚議員のように不要債権問題と対比するとそのおかしさがよくわかります。「失われた15年」において債権者‐預金者もこの仲間です‐が損をして債務者‐借金を返せない不良債権の貸し先はもちろん債務者です‐が得をするというなら、借り手は大いに得をするわけで借金が返せなくなる者が多数に上るはずもありません。むしろ得をするなら借金をする者が銀行に殺到するのが自然です。ところが現実には債務者は概して返済負担に苦しみ、その結果銀行の貸出債権が続々と不良化していったのは皆様ご存知のとおりです。

もちろんこれは債権者が損をして債務者が得をしたという前提が間違っているからで、債権者が得をして債務者が損をしていたからそのような事態が生じたわけです‐名づけて「大塚議員の背理法」(笑)。金利は下がったところでゼロですが物価はマイナスになり得るので債権者はただ現金を持っていればその実質価値が増し、他方で債務者は金利付の資金を借りて減価する財・サービスを仕入れているわけですから損をすると。一言でいえば実質金利(金利−物価変動)が上昇したから債権者が得をして債務者が損をしたということです。

小泉総理はうまくかわして真正面から大塚議員に賛同してはいませんが、考え方は一緒ですねぇ・・・。

○大塚耕平君 私は片方だけ見ていただきたいなんて言っていません。おっしゃるとおりで、いや、実にいい答弁をしていただきました。

過ぎたるは及ばざるがごとしなんです、金融政策も財政政策も。だから、金利も上げても下げても、損をする人もいれば得をする人もいる。だから、金利はそこそこの水準になければならないんです。それが今なぜそこそこの水準にできないかというと、それは谷垣大臣が所管しておられる国債の発行残高がこんなに増えてしまって、そのことが金利が上げられない最大の理由なんですというふうに言っていただければ非常に国民は分かりやすいわけなんですが。

そこで、今日は日銀の武藤副総裁においでいただいておりますので、財務大臣、後ほどお伺いしますので、ちょっと待っててください。

先般の量的緩和の解除で、当面ゼロ金利を維持すると、そして物価安定の目安として消費者物価上昇率がゼロから二%と、このように発表されたわけなんですが、この物価安定の目安というのが意味がよく分からないんですね。二%を超えるまではゼロ金利を続ける、つまり消費者物価が二%を超えるまではこの異常な金融政策、過ぎたるは及ばざるがごとしのその過ぎたる金融政策を続けるのかどうかというのが次の大きな課題になります。そして、いや、低いんだったら、ローンの金利も低ければ、総理のおっしゃるように双方、借りている人、預けている人、得するからいいんですよ。ところが、預金金利は〇・〇〇一%、普通預金、そして定期預金でも〇・〇三%とか、そこは据え置かれたまま既に住宅ローンの金利は上がり始めているわけですよ。企業に対するプライムレートも上がり始めているわけですよ。つまり、均衡が取れていないんです。

そこで、ここは日銀副総裁と財務大臣に両方にお伺いしたいんですが、財務大臣には質問の内容が少し変わってしまって恐縮ですが、日銀には、二%を超えなくても、場合によってはゼロ金利を解除する可能性があるのかどうかということをお伺いします。

そして、財務大臣には、やはり今財務大臣の上司であられる総理大臣が過ぎたるは及ばざるがごとしということをおっしゃったわけですから、日銀の副総裁のこれから御発言される答弁に対してどのようにお感じになるかを御答弁いただきたいと思います。

○参考人(武藤敏郎君) (略)

○国務大臣(谷垣禎一君) 先ほどから大塚さんの議論を伺っておりまして、課題は共通なんで、ぐるぐる回る輪廻からどうやって脱して解脱できるかと、その解脱の道を探ろうということですよね。

それで、大塚さんの御診断は、解脱するためには金利を正常化しなきゃいかぬと、まあこういうことだったと思うんです。その金利によって大きく国民が、失われた十年を抜け出す間に金利によって国民が大いに負担を被ったじゃないかという御議論でした。

私は、そういう面も確かにあると思います。しかし一方、これだけ国債発行残高が積み上がってきたというのは、私は財政演説で四つ目の過剰だって言いましたけれども、この日本の今の財政赤字はですね。過剰債務や過剰雇用、過剰設備、こういうものを乗り越える間に、やっぱり国の国債も、国もそれだけある意味では犠牲を被ってきたということだろうと思います。それで、これは最終的には国民負担になっていく。

今、金利が正常化できない原因は財政だとおっしゃった、赤字国債がこれだけ積み上がっているからだとおっしゃった。実は、私はちょっとそれは一面的だと思うんですね。お互いに因となり果となってこの因果の連鎖があるんですよ。それをどうやって断ち切っていくかということが問題だろうと思います。

で、私は、日銀が専門家が集まって慎重に判断されたこの結果、これは当然尊重しなければならないと思っております。今後、じゃゼロ金利がどうなっていくかと、これもまた慎重に判断されて、自然に金利の調整が行われていくでしょう。私の立場としては、その際に、やっぱりマーケットが変なふうに暴れられちゃ困るということであります。やっぱり安定的に推移して、落ち着くべきところに落ち着いていっていただきたい。そのために日銀も頑張っていただかなきゃならないし、私どももやるべきことはやらなきゃいけないと、こう思っております。

第164回国会 参議院予算委員会 議事録第12号(2006年3月15日)

今はとにかくデフレをなんとかしろ、デフレである環境においてインフレを心配するのは栄養失調で苦しんでいるときに肥満を心配するようなものだ、といった趣旨のことを繰り返し申し上げてきたwebmasterですが、こうしたやりとりを目にするとインフレが心配でなりません。というのも、政府債務残高が多いことを理由に利上げできないというのであれば、今後インフレ局面になったときでもまともな引き締めができずインフレの昂進を放置するということに他ならないというのに、野党議員がそれを当然視し、財務大臣も否定しない。ま、日銀のことだから大丈夫でしょうけれど(笑)。

#しかし、金利のみを取り出して適正な水準を観念できるというのもすごいですねぇ。

ちなみに貸出金利に比して預金金利の上昇が遅いということですが、本来預金金利はマイナスでないとペイしないところ、マイナスにはなれなかったためにゼロ近傍でとどまっているからというだけのことです。先にも書きましたが、預金者が名目金利の非負制約ゆえに得していた部分がはがれていく過程が今始まっているのです。

なお、武藤副総裁の発言を略したのは、単に日銀の公式見解を述べているだけだからです。総裁と違って不規則発言がないのは、官僚というバックグラウンドのなせる業でしょうか(笑)。

○大塚耕平君 誤りなき金融政策、財政政策の運営こそが、残された総理の在任中における総理の大きな仕事だと思います。是非在任中に、次の総理ではできないかもしれないゼロ金利の解除をされることを期待いたしまして、私の質問を終わらせていただきます。

第164回国会 参議院予算委員会 議事録第12号(2006年3月15日)

で、大塚議員は日銀出身なのですが、日銀はこんな裏切り者の存在を許してよいのでしょうか? 日銀があれほど金科玉条としている中央銀行の独立性に価値を全く認めず、金融政策運営を総理の大きな仕事と位置づけた上で、ゼロ金利解除の決定主体となることを期待しているのですよ、彼は(笑)!

本日のツッコミ(全14件) [ツッコミを入れる]

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bewaad [>ドラめもんさん そっちもありましたねぇ(笑)。 逸失金利は毎日をはじめメディアには評判が高いようですから、政治的..]

BUNTEN [>そもそもそのような適応が不要である環境がよほど望ましい (http://bewaad.com/20060321.h..]

bewaad [>BUNTENさん そちら風に名乗るなら統一戦線、ということになりますね(笑)。小異を捨てて大同につくってなかなか難..]


2006-03-22

[economy][BOJ]若田部昌澄「2%の物価目標掲げよ」@日経・経済教室3/20

著作権の問題があると困るので要約での紹介です。是非現物に当たっていただきたく(もう読まれた方も多いと思いますが)。

なぜ今なのかぬぐえぬ疑問

  • 日銀が一般の予測に先立って量的緩和を解除したが、なぜ今なのかが疑問。
  • 日銀が基準とした生鮮食品を除くCPIの上昇はわずかであり、エネルギーを除けばさらに低い。
  • 景気は回復しているがわざわざ水を差す必要はない。日銀自身、近い将来にインフレ懸念があるとはしていない。
  • バブルの発生を恐れているのかもしれないが、バブルのデメリットよりバブル潰しのデメリットの方が大きいというのはバブルの教訓。
  • 量的緩和を解除してもゼロ金利を維持すれば実質金利はマイナスというが、金融政策で重要なのは実現した実質金利でなく期待実質金利。
  • FRBの例を見ても、ヴォルカーはインフレ期待を鎮圧してインフレを抑え、グリーンスパンはデフレ回避のコミットメントでデフレ期待を未然に防いだ。

マクロ経済に2つのリスク

  • インフレ目標はこの期待に働きかける政策。
  • 量的緩和解除の評価は、この期待への影響で測るべき。
  • 高橋洋一総務省参事官の研究によると、当座預金残高の引上げと期待インフレ率の上昇は平仄があっており、量的緩和政策が期待インフレ率を引上げたことの傍証となるが、であるなら量的緩和の解除により期待インフレ率が引き下げられるリスクがある。
  • 量的緩和はゼロ金利解除失敗の汚名返上のためだったという側面が強い。
  • その量的緩和を前倒しで外した以上、早期のゼロ金利解除も念頭におく必要がある。
  • 現在の日本経済・日銀は2つのリスクがあり、第1は政策失敗のリスク。
  • 現時点での最悪の事態はデフレ継続であるが、日銀はインフレとバブルをそれと認識しているとも思える。
  • 第2のリスクは中央銀行の独立性の危機で、日銀が失敗しその責任を問うなら日銀法改正もあり得る。
  • 1998年の日銀法改正は日銀の責任追及を曖昧にした欠点があるが、デフレ脱却失敗による再改正はその反動で独立性を脅かすものとなりかねない。

政策失敗すれば日銀法再改正も

  • 量的緩和解除による期待インフレ率引上げ効果の剥落・金利引上げ予想の生成は景気にマイナスで、金融政策のラグを考えれば半年から9ヶ月後には景気悪化・デフレ深刻化があり得る。
  • これに対してインフレ目標はその有効性が明らかで、第1に将来の物価への日銀の関与を強め、その意図を明確に市場に伝えることができる。
  • 第2にインフレ目標を導入している主要先進国は良好な経済成長を遂げ、導入していない日米のうちアメリカはバーナンキ議長の誕生で遠からず導入があり得る。
  • 第3に独立性と責任明確化を両立できる。
  • 今般の物価見通しは日銀はインフレ目標でないとしており、自らその位置づけをわかりづらくしている。
  • 数値そのものもゼロ下限であり、デフレ突入の危険性が大きい。
  • ゼロ下限の理由である期待インフレ率の低下は日銀にとって他人事ではない。
  • インフレ目標と位置づけるからこそ重みを持つのであり、それと認めないのは逃げる余地を作るもの。
  • 福井総裁は政策の失敗を恐れないと発言しているが、その被害を受けるのは国民。
  • 順調に景気回復すればよいが、デフレリスクが残る以上、当面はCPIが2%を超えない限りゼロ金利を維持するとして期待インフレ率の低下を防ぎつつ、下限を他国並みの正の値とすべき。
  • 仮にデフレ不況が再発すれば、その責任を追及し日銀法再改正を検討すべきだが、政府も緊縮路線は採るべきではない。

[sports]WBC・日本優勝

おめでとう、そしてお疲れさま。しかしイチロー選手、うれしいでしょうし興奮しているのは微笑ましいのですが、メダルを首にかけてもらうときは帽子を取ろうよ、と思ったのはwebmasterだけでしょうか(笑)?

ところで実況のアナウンサー、ちょっと調べたら船越アナだったようですが、デイヴィッドソン審判のこれまでの判定に問題があるからといって、一塁での判定の際にいちいち引き合いに出したり大丈夫かなどと大げさに心配したりするのは勘弁して欲しかったです。こっちは試合を観たいのであってアナの雑談を聞くために観ていたわけでなく、せっかくの好試合だったのにずいぶんと興がそがれてしまいました。あの船越アナなんだから仕方がないというか、他のアナだったらなぁ。

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bewaad [>銅鑼さま 丁寧なご説明ありがとうございました。]

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2006-03-23

[joke][economy][politics][BOJ][government]日本人の物語

「塩野七生作品を語ろう!!3」スレ@2ちゃん世界史板にて「ローマ人の物語」のタイトルパロディが最近いくつも考え出されていますので、便乗してみます。まずはオリジナルの紹介から。

  1. ローマ人の物語I ローマは一日にして成らず
  2. ハンニバル戦記 ローマ人の物語II
  3. 勝者の混迷 ローマ人の物語III
  4. ユリウス・カエサル ルビコン以前 ローマ人の物語IV
  5. ユリウス・カエサル ルビコン以後 ローマ人の物語V
  6. パクス・ロマーナ ローマ人の物語VI
  7. 悪名高き皇帝たち ローマ人の物語VII
  8. 危機と克服 ローマ人の物語VIII
  9. 賢帝の世紀 ローマ人の物語IX
  10. すべての道はローマに通ず ローマ人の物語X
  11. 終わりの始まり ローマ人の物語XI
  12. 迷走する帝国 ローマ人の物語XII
  13. 最後の努力 ローマ人の物語XIII
  14. キリストの勝利 ローマ人の物語XIV

まずは最近の日本経済編。

  1. 日本人の物語I 経済大国は一日にして成らず
  2. オイルショック戦記 日本人の物語II
  3. 円高の混迷 日本人の物語III
  4. バブル経済 崩壊以前 日本人の物語IV
  5. バブル経済 崩壊以後 日本人の物語V
  6. パクス・ソラリウス(日の本の平和) 日本人の物語VI
  7. 悪名高き緊縮たち 日本人の物語VII
  8. 危機と克服 日本人の物語VIII
  9. ITの世紀 日本人の物語IX
  10. すべての経済政策は株価に通ず 日本人の物語X
  11. 清算主義の始まり 日本人の物語XI
  12. 迷走する金融 日本人の物語XII
  13. 最後の努力 日本人の物語XIII
  14. 小泉の勝利 日本人の物語XIV

続いて日銀編。

  1. 日本銀行の物語I 独立は一日にして成らず
  2. オイルショック戦記 日本銀行の物語II
  3. マネーサプライの混迷 日本銀行の物語III
  4. 三重野康 バブル以前 日本銀行の物語IV
  5. 三重野康 バブル以後 日本銀行の物語V
  6. パクス・デ・インフラートゥス(ディスインフレの平和) 日本銀行の物語VI
  7. 悪名高き接待たち 日本銀行の物語VII
  8. 批判と処分 日本銀行の物語VIII
  9. 新法の世紀 日本銀行の物語IX
  10. すべての金融政策は資産価格に通ず 日本銀行の物語X
  11. 金融危機の始まり 日本銀行の物語XI
  12. 迷走するゼロ金利 日本銀行の物語XII
  13. 最後の緩和 日本銀行の物語XIII
  14. インフレファイターの勝利 日本銀行の物語XIV

最後に霞が関編。

  1. 霞が関の物語I 霞が関は一日にして成らず
  2. GHQ戦記 霞が関の物語II
  3. 経済成長の混迷 霞が関の物語III
  4. 行政改革 土光臨調以前 霞が関の物語IV
  5. 行政改革 土光臨調以後 霞が関の物語V
  6. パクス・プリブス(民営化の平和) 霞が関の物語VI
  7. 悪名高き特殊法人たち 霞が関の物語VII
  8. 規制と緩和 霞が関の物語VIII
  9. 中央省庁再編の世紀 霞が関の物語IX
  10. すべての道は財政再建に通ず 霞が関の物語X
  11. 終わりの始まり 霞が関の物語XI
  12. 迷走する三位一体 霞が関の物語XII
  13. 本丸の民営化 霞が関の物語XIII
  14. 「小さな政府」の勝利 霞が関の物語XIV
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2006-03-24

[law][government]電気用品安全法の特別措置の運用

先日問題である可能性を指摘した電気用品安全法の特別措置ですが、その内容についてnakaさんが経産省に直接確認されました

まずwebmasterが気にしたヴィンテイジ要件は「特定の用途」ではないのではないかとの点ですが、次のようなやりとりだったとのことです。

「当該部分を読む限りでは「特定の用途に使用される」とありますが、「ビンテージ救済措置」では用途が条件になっていないように思うのですが。」(webmaster注:nakaさんのご質問。原文では色で区別されています)

「特定の用途とは「特定の需要」「特定の使用者」等も含みますので、不特定多数の方への販売では無く、所謂ビンテージを使用しなければならない特定の使用者の需要に答える場合救済する事ができると解釈しています。」(webmaster注:経産省担当者の回答。原文では色で区別されています)

「特定の用途」(@よっぱ、酔っぱ3/22付)

さて、ヴィンテイジ要件を改めて示せば次のとおりです。

  1. 電気楽器、電子楽器、音響機器、写真焼付器、写真引伸機、写真引伸用ランプハウス又は映写機のいずれかであること。
  2. 既に生産が終了しており、他の電気用品により代替することができないものであって、かつ、希少価値が高いと認められるものであること。
  3. 旧法(電気用品取締法)に基づく表示等があるものであること。
  4. 当該電気用品の取扱いに慣れた者に対して国内で販売するものであること。

・・・「不特定多数の方への販売では無く、所謂ビンテージを使用しなければならない特定の使用者の需要に答える場合」とはどこにも規定されていないではないですか! 好意的に解釈すれば第2要件と第4要件を重ね合わせればそうと読めなくもないですが、厳密に解釈するなら第2要件・第4要件はともに使用者の需要には触れていないわけで(第2要件はあくまで電気用品についての客観的状態、第4要件は使用者に関するものではあっても習熟の有無)、自らが作成した公表文書を拡大解釈していると批判せざるを得ません。最初からそういう狙いならそのように書けばいいのに。

なぜこのようなことが起きてしまったのか、これまた好意的に解釈するならそのように書くつもりではあったものの、おそらくは混乱の極みにあるであろう職場環境の中で詰めが甘かったからだと思われます。しかし、実は法体系をきちんと理解していないのではという疑問を抱かざるを得ません。

「ん?ちょいと待った。って事は同じビンテージ電気用品であっても使用者、使用目的が異なれば救済対象にならないのですか?」(webmaster注:nakaさんのご質問。以下「nakaさん」と表記します)

「はい。そう思って頂いて構いません。」(webmaster注:経産省担当者の回答。以下「経産省」と表記します)

「では、元々は救済措置に適合する使用目的だった方が違う目的で使用した場合、その時点で何か違法行為になるって事ですか?」(nakaさん)

「はい。「大臣特別承認制度違反」となります。」(経産省)

「そんなの実際はわからないですし、第一使用目的が何であるのか?どうやって判断するのですか?」(nakaさん)

「売買される時に、契約書、誓約書に順ずるものを締結、提出して頂く事になると思います。」(経産省)

「特定の用途」(@よっぱ、酔っぱ3/22付)

関係する電気用品安全法の規定は次のとおりです。

(販売の制限)

第27条 電気用品の製造、輸入又は販売の事業を行う者は、第10条第1項の表示が付されているものでなければ、電気用品を販売し、又は販売の目的で陳列してはならない。

2 前項の規定は、同項に規定する者が次に掲げる場合に該当するときは、適用しない。

 一 特定の用途に使用される電気用品を販売し、又は販売の目的で陳列する場合において、経済産業大臣の承認を受けたとき。

 二 第8条第1項第1号の承認に係る電気用品を販売し、又は販売の目的で陳列するとき。

(使用の制限)

第28条 電気事業法第2条第1項第10号に規定する電気事業者、同法第38条第4項に規定する自家用電気工作物を設置する者、電気工事士法(昭和35年法律第139号)第2条第4項に規定する電気工事士、同法第3条第3項に規定する特種電気工事資格者又は同条第4項に規定する認定電気工事従事者は、第10条第1項の表示が付されているものでなければ、電気用品を電気事業法第2条第1項第16号に規定する電気工作物の設置又は変更の工事に使用してはならない。

2 電気用品を部品又は附属品として使用して製造する物品であつて、政令で定めるものの製造の事業を行う者は、第10条第1項の表示が付されているものでなければ、電気用品をその製造に使用してはならない。

3 前条第2項の規定は、前2項の場合に準用する。

ご覧のとおり用途制限に反した使用は第28条で電気事業者等に限って法律違反とされるのみで、その他の者はどのような用途に電気用品を使おうと「大臣特別承認制度違反」になどなりはしません。違反と認定されるとすれば承認の名宛人である販売者ですが、販売した後に購入者が契約書なり誓約書なりで書いた用途以外の用途に電気用品を使ったからといって、販売者の責任など問えるものではありません(裏は取っていませんが、先にこの特例を取り上げた際に紹介した外国人旅行者向けの国内規格未適合品を購入した旅行者が国内で使用したって、販売者の責任を追及しているはずもないでしょう)。

#仮に販売者の責任を問うとすれば、そうした契約書なり誓約書なりを取らず用途を確認せず販売した場合に限られます。

もし経産省の担当者が、使用者が契約書・誓約書に反して用途外使用をしたことをもって電気用品安全法違反を問えると考えているとしたら・・・先に書いたような状況であろうとは察しますし、それは同業者として同情に余りありますが、世間の注目をこれだけ集め、様々な批判を浴びている事柄なのですから、もうちょっと落ち着いてきちんと詰めるべきでしょう。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

  1. 電気用品安全法のPR
  2. 電気用品安全法反対運動の1つのあり方(マニュアル編)
  3. 電気用品安全法反対運動の1つのあり方(解説編)
  4. 電気用品安全法に関する小寺さんの提案
  5. 電気用品安全法の特別措置
  6. 旧電気用品取締法における中古販売の取扱い
本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

かめのこだわし [こんばんは。 経済産業省がさらに方針転換を図った模様です。 http://headlines.yahoo.co.jp..]

bewaad [>かめのこだわしさん 本日(3/25)のエントリでも取り上げましたが、周りに流されるまま当事者能力を失っているように..]


2006-03-25

[law][government]電気用品安全法を巡る経済産業省の迷走

24日付けで新たな対応を決定したようですが、まずそれをすぐにサイトに掲載しないセンスのなさが信じられません。仕方がないので報道を頼りにどのような対応であるかを見てみます。

消費者がマークのない中古品を買う場合、販売業者による検査を受けてマークが付くまでの間は、販売業者側が引き続き商品の所有権を持つ形になる。

(略)

このほかPSEマークによる規制対象から業者間の中古品売買は外し、小売り段階に限定する。同法では輸出目的での売買はマーク不要とされていることから、流通段階では国内向けかどうかが確定していないとして、マークを義務づけない。

朝日「PSEなし中古家電、実質販売OKに 「後で検査」前提」

中古品販売業者が顧客に商品を一定期間レンタルした後に無償譲渡することを認める。中古品販売業者から猛反発を受けたための措置だが、安全対策そのものが骨抜きになる恐れもある。

(略)

経産省はこれまで、レンタルした後に同じ人に無償譲渡する場合は「販売と変わらない脱法的な行為」(製品安全課)として認めない方針だった。しかし、制度の周知不足で混乱が広がったことに加え、マークを取得するために絶縁性などを検査する機器が全国的に品不足で、4月までに販売業者がマークを取得しきれないことなどから、方針を転換した。

経産省は、今回の措置は検査機器が行き渡るまでの当面の措置としており、レンタル期間終了後に、自主検査でマークを取得してから無償譲渡するよう求めている。

しかし、レンタルする際に契約書を交わすことなどは義務づけず、レンタル終了後に自主検査を実施したかどうかも販売業者の善意に委ね、積極的なチェック体制は取らない方針だ。

読売「PSEなし中古家電の販売、事実上容認」

経済産業省は24日、安全性を示す「PSEマーク」がない家電製品の販売を4月から禁止する措置について、中古品は事実上マークを不要とすることを決めた。業者が中古品を販売してもレンタルしたと見なす。中古品業者の反発に折れた形だ。

(略)

経産省による措置の柱は2つ。まずレンタルする製品へのマークは不要としている法律の解釈を広げる。業者がマークのない中古の電気製品を売った場合でも、それはマーク取得に必要な漏電検査のための機器が行き渡るまでの間、貸し出したものであり、所有権は業者に残っていると見なす。

業者間の取引については、輸出用の中古品は対象外とした条文の解釈を緩める。国内向けか輸出用かが明確でない場合は、輸出向けの可能性もあると見なしてマークなしの流通を認める。

(略)

経産省は業者などの負担を軽減するため今月14日に漏電検査の機器を無料で貸し出すなどの措置を発表していた。混乱が収まらないため、土壇場で今回の追加措置をとる。新製品の販売には予定どおりPSEマークが必要となる。

日経「PSEマーク中古品は不要に・経産省が方針を転換」

電気用品安全法(電安法)によって4月からPSEマークのない古い家電製品などの販売が禁止される問題で、経済産業省は24日、当面はマークがない中古製品も「レンタル」とみなすことで販売継続を認めるなどの新たな対応策をとると発表した。

経産省は同日、リサイクル業者らの団体「PSE問題を考える会」と同省で話し合いの場を持ち、業者の多くは4月1日までに絶縁検査機器を入手することが困難と判断。マークのない未検査の製品の販売を容認する方針を伝えた。

レンタル扱いとした中古品は、検査体制が整うのを待って業者が安全性を点検、PSEマークを付与する。

同省はこのほか、PSEマークのない中古製品を海外に販売しやすくするため輸出業者にはマークがなくても販売を認める。検査機器の無償貸し出しや、PSEマーク取得の届け出方法の講習会の開催などの支援策も拡充する。

産経「経産省、PSE運用緩和 中古品の販売、当面容認」

というわけで、次のような内容であるようです。

  1. 中古販売業者の検査体制が整うまでの間、レンタルを用いた「脱法行為」を認容する。
  2. 中古販売業者間においては、取り扱う品が海外向けである可能性を汲み取ってマークが付されていない電気用品の売買を認容する。

まあひどいものです。以前けなした特別措置だってこれに比べればまだまともでした。どのような点でひどいかといいますと・・・。

  • 以前発表の特別措置は、その解釈に疑義はあれど、一応は行政府の裁量に任された事項(=政令事項)について法形式的には権限の範囲内で対応した形でした。
  • ところが今回は、法律の規定の適用を経過措置の規定によらずして行政府の判断で事実上延期しています。当然ながら、延期の期限も法律の根拠なく行政府の判断次第。
  • ついでに申し上げるなら、日経と産経が「みなす」と書いていることも気になります。法令用語としての「みなす」は、法律上の取扱いを現実のそれとは異なるものとすることを指し、例えば民法第886条第1項は「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。」と定めています。民法は基本的に人間の法律行為に関する定めですが、生まれて初めて人間として認められ胎児は人間でないというのが法の一般則です。しかし、相続を考える際には、胎児ですから当然生まれていないのですが、既に生まれたものとみなす=既に生まれたものと法律上は取り扱うこととして、相続という法律行為の成立を認めるわけです。このような性質からして、当然に法律の規定によらずして「みなす」ことなど認められるはずもないのですが、ひょっとして経産省の担当者が記者会見で「販売はレンタルとみなします」なんて発言をしていたとしたら・・・。
  • で、もう一つの対策であるマークが付されていない電気用品の販売を中古業者間売買に限って認めるというものですが、最終的には輸出に回される可能性があるというなら、新品だってそのように取り扱わなければ矛盾です。報道が間違っていて新品もそのように取り扱うというのならよいのですが、そうでなければこれまた法が認めた行政府の権限を越えた暴走です。
  • じゃあどうすればよかったのよ、という向きもあろうかと思います。先に提案した法改正が1案ですが、仮に法改正以外の道を考えるとしたら、検察が起訴便宜主義の正当な行使として、中古販売業者によるマークなし電気用品の販売については、可罰的違法性がないと推定するといったガイドラインでも定めて、常識的に商売をしている者は起訴しないこととする、という案もあると思います。これなら法形式的にはすべて正当な権限行使によって構成できますし、経産省が考えているような体制整備ができたら、環境が変わってそのような推定をする理由がなくなったとしてガイドラインを廃止すればよいのです。ま、誇り高き検察が役所の失敗の尻拭いに協力してくれる可能性はほとんどゼロですが(笑。悪い前例になるなんていって取り付く島もないんでしょうねぇ)。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

  1. 電気用品安全法のPR
  2. 電気用品安全法反対運動の1つのあり方(マニュアル編)
  3. 電気用品安全法反対運動の1つのあり方(解説編)
  4. 電気用品安全法に関する小寺さんの提案
  5. 電気用品安全法の特別措置
  6. 旧電気用品取締法における中古販売の取扱い
  7. 電気用品安全法の特別措置の運用
本日のツッコミ(全31件) [ツッコミを入れる]

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bewaad [>通りすがりさん 最初にお断りしておきますと、行政府の立場を申し上げているつもりはなくて(だからこそ経産省に対して批..]

通りすがり [この手の話になると、法学徒とは常に平行線になるんでしょうね。 >今回の問題を引き起こしているのは新法そのものではな..]

bewaad [>通りすがりさん 終了とのことでこれ以上のコメントは差し控えますが、今後ともお気づきの点がありましたら遠慮なくご指摘..]


2006-03-26

[politics][economy]アメリカ人にとっての日本と中国

中国がネットにおいて政治的にフィルタリングを求め、それに応じているGoogle等に批判があるわけですが、これってBSEを巡る日本とアメリカの関係と同じ構造であるように思えてなりません。アメリカ的価値観が相手国の意向と食い違い、ビジネスの論理で相手国の意向を受け入れ(ようとす)る者が出て、そうした者に対してその価値観に基づき弱腰の迎合であるといった批判がなされているということではないでしょうか。

つまり、BSEに関して日本が全頭検査を求め、アメリカが概して頑なに拒否し、一部で全頭検査に応じようとするアメリカの業者がいるものの黙殺されることについて、日本では顧客の都合を聞くのが当然であるのに、といった批判があるわけですが、じゃあ中国のフィルタリングを受け入れることについてはどうよ、ということです。「それも商売なんだから仕方がないさ」と言える人であればともかく、Google等の対応に不満を感じつつ同時に全頭検査をしたいというアメリカの牛肉取扱い業者の対応を嘉するのであれば、上記の構造としては整合的でないのではないか、と顧みることに一定の意義があるのではないでしょうか。

#ご賢察いただけるとは思いますが、以上はアメリカ的価値観の是非とか中国(政府)の主張は最終消費者のそれを代表しているわけではないとか全頭検査の科学的妥当性といったことについて論じているものではありませんので。

[sports][media]イチローは変わった?

イチローがWBCを契機に変わったと最近のメディアでは相場形成がなされているわけですが、webmasterにはそうは思えません。もともと熱い人間だったからこそああいった(彼から見れば勉強不足に映る)メディアに対する姿勢になってしまった、すなわちメディアを通じたコミュニケーションにも期待していたのでしょうし、それが裏切られたと思うからこそ冷淡‐クールではなく‐になったのでしょう。

かといってメディアに何らかの狙いがあって世論を誘導しているわけでもなく、そのようにイチローを解釈したい読者・視聴者中のマジョリティの欲求に忠実(平たく言えば、そういう路線が一番部数なり視聴率なりを稼げる)だということに過ぎないでしょうけれども。

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bewaad [>とおりすがりさん ヨーロッパ諸国であってもそうした傾向はあるでしょう。アメリカにおいて典型であるのは間違いありませ..]

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2006-03-27

[economy]クルーグマンによるケインズ「一般理論」紹介・山形訳

3/9に拙訳(抄訳)でご紹介したクルーグマンによるケインズ「一般理論」紹介ですが、標記のとおり、山形浩生さんによる完訳が完成・発表されました。あえて触れるまでもないでしょうけれど、山形さんと言えばプロの翻訳家であり、クルーグマンの日本への紹介でも広く知られていらっしゃいますから、webmasterごときに比べれば訳者としてまさに適任、ぜひとも皆様に味わっていただきたいと思います。

#あの山形さんのサイトに"bewaad"の6文字が載るというのも、ミーハーとしてはうれしい限りです。

なお、次の銅鑼衣紋さんのコメントをあわせ読まれると吉でしょう。

790: 銅鑼衣紋   2006/03/26(Sun) 01:40 [ va4qsJNk0c ]

>山形さん

固有名詞だから訳は好きずきなんだけど、一応定訳があるので使った方がよいかと。

  1. 動的/静的モデルってのは、制御理論では使うけど、経済学だと動学/静学(これは確信犯のようにも思うけど)
  2. タルシスは「ターシス」
  3. ハーベルラーは「ハーバラー」

791: 銅鑼衣紋   2006/03/26(Sun) 01:49 [ va4qsJNk0c ]

>山形さん

肝心なこと書くの忘れてた。ご苦労さんです。しっかし、クルッグマンてのはレイヨンフーブットが本一冊書いた内容に匹敵するような代物をこんなエッセイ一発で書いちゃうんだから、まったくもって端倪すべからざる人物ですなぁ。早死にしないことを祈る(笑)

いちご経済板「経済板ロビーvol.16」スレ・レス790、791

[comic]現在官僚系もふ・第46話

やっぱり靖国はただ触れてみたかっただけなのですね(笑)。安手のメロドラマからこれで離れてくれればよいのですが、どうせまた戻ってくるんだろうなぁ・・・離れたところで安手の社会派ミステリーですが。

ところで、「予定どうり」は恥ずかしいぞ(笑)。

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bewaad [>平家さん 広報部部室もない今、どこか接触可能な拠点を用意していただけるとうれしいですね・・・。]

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2006-03-28

[law][government]電気用品安全法の運用変更と大臣の実権

PSE法の問題に関して国会で精力的に活動を続ける民主党川内博史議員のブログによれば、24日午前の閣議後の記者会見で、二階大臣がすべての中古品を適用除外しないという方針を改めて述べた、とある。あいにくネット上のニュースではこの発言を報道しているものは見あたらなかったが、NHKなど放送メディアでは報道していたはずである。

だがこの日の夕方午後4時15分、リサイクル業者で作る「PSE問題を考える会」の代表である小川浩一郎氏が、経産省と話し合いの結果として、以下の要望が了解されたと経産省で記者会見した。

(略)

そしてその2時間半後、経産省発表として「中古品の販売 事実上容認に方針転換」と大々的に報道が始まることになる。

だが考えてみて欲しい。その日の午前中まで、大臣が方針に変更なしと強弁している事態が、約5時間後には「事実上容認」とマスコミに書かれるまでの方向転換を行なったわけである。

いくら「PSE問題を考える会」といっても、その日にこんにちはーとやってきて3〜4時間話しただけでガラリと変わるほど、政策というのはお気楽なものではないだろう。少なくとも事前に数日間かけて方針が練られていたはずだ。

この方針決定に関して、省庁の大臣が当日の午前中までまったく知らないというのは、いかに大臣というものが機能を持たないものか、呆れるばかりである。

中古販売実質容認報道の罠 (3/4)(webmaster注:強調はwebmasterによります)

電気用品安全法について良質の情報発信を行っていらっしゃる小寺信良さんですが・・・。

例えばある会社が社運を賭ける新製品について、金曜日の朝に社長のインタビューがあってそのときには「そんな話は知りませんねぇ」という受け答えで、株式市場の大引けの後に担当役員が「このたび弊社からこのような新製品を発売いたします」なんていう記者会見を行ったとき、この新製品に関して、社長が当日の午前中までまったく知らないというのは、いかに社長というものが機能を持たないものかと呆れられてしまうのでしょうか?

当然ながら物事の発表のタイミングは、あれこれの事情を考慮して決定されます。そのタイミングに先立って発表事項を口外しないことは、それを知らないこととイコールではありません。本件について二階大臣が閣議後記者会見で触れなかったからといって、それは二階大臣がそれを知らなかったことを示す証拠にはなりません。

おそらく小寺さんがお察しのとおり、数日ぐらいは使って例の対策は練られたはずですが、既に大臣が記者会見や国会で触れていることを考えれば、大臣に無断で決定することは霞が関の常識として考えづらいです。組織人の性ももちろんありますし、大臣になるような有力政治家の怒りを買って得になることはほとんどないというそろばん勘定もあります。

#経産省はかつて通産省時代に熊谷大臣の怒りを買って人事介入を招いた経験がありますからなおさらでしょう。

本当に閣議後会見の際に知らなかったとすれば大臣は当然「お前たちは俺に嘘をつかせたのか」と激怒することは必定で、そのような事態を避けるためにも、大臣に決断を仰ぐ際には「この決定の公表のタイミングですが、実は『考える会』の代表が金曜日に来るので、その際の協議で方針転換したと発表したいと考えています。ですから、その前の閣議後会見では方針転換については言及しないで下さい」とすり合わせておくのが官僚のたしなみ。大臣によってはそんなピエロはいやだという人もいるでしょうけれど、相手に花を持たせた方が収まりやすいですとかなんとかいって説得すると。

#閣議は定例として毎週火・金の朝にあり、その後の記者会見はどの大臣も行っています。

小寺さんほどの方にして、大臣は官僚のお神輿に過ぎず実権はないのだというステレオタイプにとらわれていらっしゃるとは悲しいものです・・・嘘です。いまさら嘆くほどわが業界に対する冷たい視線に慣れてないはずもなく。むしろ本件に関する対応を見るに、単に無能で上記のような気配りを欠いていて、大臣に上げたのが本当に直前だったのではとの疑いをwebmaster自身が抱いてしまうことの方がよほど悲しいのです(笑)。

#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。

  1. 電気用品安全法のPR
  2. 電気用品安全法反対運動の1つのあり方(マニュアル編)
  3. 電気用品安全法反対運動の1つのあり方(解説編)
  4. 電気用品安全法に関する小寺さんの提案
  5. 電気用品安全法の特別措置
  6. 旧電気用品取締法における中古販売の取扱い
  7. 電気用品安全法の特別措置の運用
  8. 電気用品安全法を巡る経済産業省の迷走

2006-03-29

[economy]内閣府によるデフレ脱却の定義

「デフレ脱却」の定義は「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがないこと」としている。

判断については、物価を見る指標として、消費者物価指数や総合的な物価動向を示すGDP(国内総生産)デフレーターを、物価動向の背景を考える指標として、経済全体の需要と供給の関係を表す需給ギャップや、単位当たりの労働コストをあげた。そのうえで、4指標などを踏まえ「物価の基調や背景を総合的に考慮し慎重に判断する必要がある」とした。

ただし、時期の判断については、「ある指標が一定の基準を満たせばデフレを脱却したといった一義的な基準を示すのは難しく、慎重な検討を必要とする」としている。

読売「デフレ脱却の定義と判断、内閣府が見解公表」

このような整理であれば、CPIやGDPデフレータを見て「物価が持続的に下落する状況を脱し」たかどうかを判断した上で、需給ギャップや労働コストを見て「再びそうした状況に戻る見込みがない」かどうかを判断するものと考えることが自然でしょう。

与謝野馨経済財政担当相は27日の参院予算委員会で、政府のデフレ脱却の判断について、総合的な物価動向を示すGDPデフレーターがマイナスの状況でも、デフレを脱却したとすることは「理論的にあり得る」との考えを示した。

経財相は、デフレ脱却をめぐってはGDPデフレーターの動きに加えて消費者物価指数などさまざまな指標を総合的に見るべきだと指摘。GDPデフレーターがマイナスでも、その他の指標の動向により判断できるとした。

四国「デフレーター下落でも可能/デフレ脱却判断で経財相」

デフレの定義は一般に用いられるIMFのものによるなら2年連続での物価下落ですから、一時的にマイナスであってもデフレでないことはあり得ます。また、GDPデフレータはパーシェ指数ですから下方バイアス(数字が小さめに出る)があり、理論的物価がマイナスを脱してもなおマイナスを示すこともあり得ます。

与謝野大臣の発言を何の先入観もなく受け止めるならこのような可能性を指したものということになるのでしょうが、何か別の意図があるのではとついつい思ってしまうのはwebmasterだけでしょうか(笑)?

ところで。

内閣府は28日、デフレ脱却の定義と判断についての見解を公表した。

読売「デフレ脱却の定義と判断、内閣府が見解公表」

公表というならネットで入手できるようにしろと。まったく先日の経産省といい・・・。

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sweetfish [ これこそ年始から経済財政諮問会議が最優先で検討すべきばずだたのに…。GNIの議論なんて無駄などころか逆効果。  ま..]

bewaad [>sweetfishさん 検討・判断したのは与謝野大臣をトップとする内閣府であって経済財政諮問会議ではないということ..]


2006-03-30

[WWW]WORLDMAPPER

世界各国の人口や人・モノの移動量等を面積で視覚化しているもので、それ自体はよくあるものですが、56種類を集めているのが圧巻です。Marginal Revolutionのエントリからたどったのですが、非常に面白いです。Marginal Revolutionでは1500年2050年の人口に着目していますが、その前の1年、間の1900年、さらに先の2300年を見ても、世界人口に占める中国・インドの人口の割合は減少傾向にあるというのは、なかなか得られない知識ではないでしょうか。

その他、目立った地域の特徴は次のようなものでした。

日本
輸送・交通関係で見た大きさは経済大国ならではですが、世界一といえるのはやはり食料純輸入(特に)。WTO交渉で日本に注目が集まるのも納得です。
中国
人口よりも頭抜けているのが船舶でのコンテナ輸送量で、他の世界中の国を足した量を凌駕しています。というのも、(...)at least half of all container shipping in the world appears to serve China's domestic market(...)(webmaster試訳:少なくとも世界の船舶コンテナ輸送の半分は中国の国内市場で用いられている)ということなのだそうで。
東南アジア
食料雑貨(糖類、茶、スパイス等)純輸出での存在感は大航海時代の雰囲気を今に漂わせます。
中東
難民出国の多さは、パレスチナやクルドを抱える地域柄です。よって難民入国もまた大きなものとなっています。
アフリカ
目立つのは難民出入国に移民純出国乳製品穀物の純輸入と、やはり貧困が浮き彫りに。
西ヨーロッパ
観光や輸出入全般にわたっての存在感は、やはり域内移動・貿易故なのでしょう。他の地域から/へとなると観光客純入国酒・タバコ純輸出ということで、なるほど。
アメリカ
輸送・交通関係で日本をしのぐ、さすがは世界最大の経済大国です。単に経済規模で図れないものとしては移民純入国、サラダボウル今なお健在といったところでしょうか。

[WWW][economy]ノーガード経済論戦、最終回

お疲れさまでした。

本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]

Before...

ゴヤール 財布 メンズ [In the 2nd bottom, 11 aged stepped upright proceeds workde..]

サマンサタバサ ジーンズ [It is possible to 11 people that been told all of these sa..]

スープラ 靴 通販 [Girl M cocoon associated with brightness physical structur..]


2006-03-31

[misc]allie vs anessa、その他

山田優だってトップレスになっているのにセクシー度は明らかにアネッサでしょうというのは結論先にありきだと思います。koiti_yanoさん! 去年のanessaのCMがダメだというのはwebmasterも同感なのに、何故?

ところで山田優と蛯原友里については、荒川静香も交えてessaさんが最近論じていらっしゃるわけですが、そもそも蛯原友里が身体感覚(essaさんの先立つエントリで示された具体例で言えばウォーキング)において支持を集めているという前提が違うように思います。

別に普通の人の歩き方がヘンでもおじさんは全然かまわないのだけど、モデルの歩き方に鈍感なのはまずい。いや、鈍感なのではなくてむしろあの歩き方に若い人は惹かれているのだろう。そう思った時、はじめて、絶対に越えられない世代間ギャップというものがあるのだなあと、おじさんはとうとう観念しました。

「シェアを拒否する身体感覚とmobile2.0、鍵はエビちゃんの歩き方」(@アンカテ(Uncategorizable Blog)3/27付)

もしessaさんが世代間ギャップというものを感じるのであれば、職業としてのモデルにウォーキングを求めるかどうかという点において認識すべきではないかとwebmasterには思えるのです。

[WWW][economy]hicksianさんblog休止

昨日に引き続きの残念な話ですが、お疲れさまでした。一日でも早いご回復をお祈りし復帰を願っ(4/1訂正)ております。

[WWW][game][sports]ドリームベースボール

本日からセリーグ開幕にあわせてスタートとのことですが、無料でできるのはお仕着せの選手の組合わせからの選択のみというのは残念です。一定の年俸なりBBRなりの上限の範囲内で自由に選手を選び、それ以上強化したければ有料だとか、ある程度ポイントが溜まったら無料であっても選手追加ができるとか、そういった工夫があるとうれしかったのですが。

とまれ、webmasterも登録して次のような選手の組合わせを選びました。

投手
川上(ドラゴンズ)、前田(ジャイアンツ)、小山田(カープ)
捕手
古田(スワローズ)
内野手
小坂(ジャイアンツ)、塩崎(バファローズ)、平野恵(バファローズ)、関本(タイガース)、福井(カープ)
外野手
バスクチ(マリーンズ)、高橋由(ジャイアンツ)、アレックス(ドラゴンズ)、三浦(ジャイアンツ)、林(タイガース)

無料での選択ではなかなかこれ以上望めないできばえだと思います。やっぱりチームの鍵を握るのはフルジャンプ福井でしょう(笑)。

ちなみにチーム名は"kasumigaseki mandarins"です。選手の皆様ひどい名前のチームでごめんなさい。

本日のツッコミ(全7件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>no-nameさん いや、本当に病院に入院すると勘違いしていました。こちらこそ本当に恥ずかしい限りです・・・orz]

クロムハーツ [and is particularly obvious, 6-8 folks handled this nasal ..]

レッドウイング エンジニア [. directing into the cranny with the Han empire.<br> who..]


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