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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2006-06-27

[BOJ]福井総裁に関していただいたコメントについて・その4(中央銀行の信認と個人的利殖行為(2))

#これまでの関連エントリにどのようなものがあるかについては、福井総裁村上ファンド問題関連エントリindexをご覧下さい。

さて、「その3」とは変わって本件に関する議論です。本件について信認が問題となるとすれば、職務に関して個人的利殖行為をするようでは信認を得ることはできないというものでしょうけれど、どういった意味での信認かについて厳密に考えるなら、2種類に区分できます。

  1. 個人的利殖行為のために金融政策を枉げていると見られることにより害される信認
  2. 金融政策は枉げられていないものの、それに関する秘密情報を個人的利殖行為に流用していると見られることにより害される信認

#実際にはこの両者が渾然一体となって現出することがほとんどでしょうけれど、理屈を整理するに当たっては、これら二極をまず検討することが有益でしょう。ちなみに、この他にも想像力豊かに考えるなら、虫のいい話にひっかかって、そんなものに簡単に騙されるようでは能力が疑われる、なんてものもあるのでしょうけれど(笑)。

「その3」で論じたように、金融政策の担い手としての中央銀行にとって致命的に重要な信認とは、金融政策の内容についてのものです。簡単に振り返れば、インフレにせよデフレにせよ、それを断固として防止するのだという姿勢に対する信認が得られなければ、各経済主体はそれが覆されることを念頭に振る舞うので、金融政策の効果が著しく減殺されてしまいます。

この意味で重要な信認の喪失とは、先の2つでいえば前者であって後者ではありません。例えば本来インフレを警戒すべき状況において、インフレ率に連動してリターンが上昇する傾向にある資産の価値増大を図るため、今はインフレを警戒すべき状態にはないなどといいながら引き締めをしない/緩和をするような事態があったならば、金融政策の運営に疑惑が付きまとうのも当然です。

他方で後者は、世間からは金融政策は適切に行われている(不適切だとしても個人的利殖行為に利するよう枉げられてはいない)と見られつつも、その関連情報を私利私欲のために用いることが問題であるという職業倫理上の信認、言い換えれば個人の資質に関するものです。理念的には、金融政策にとって重要な信認は傷つけられているわけではありません。

webmasterが目にするものにおいては、という限定付きではありますが、本件に関して中央銀行の信認が害されたとする議論においては、上記の2分法でいえば2の信認が問題になっているのではないでしょうか。そのような信認の毀損を問題として辞任すべしとする議論があり得ないと主張する気はwebmasterにはありませんが、その理屈付けとして金融政策の効力に関する中央銀行の信認を持ち出すのは、一貫性に欠けるように見えるといわざるを得ません。言い換えれば、複数の意味を含意し得る「信認」の語の取扱いに当たっては、より慎重さをもって対する方が無難でしょう。

#どうやら皮肉なことに、本件によってもインフレファイターとしての日銀の信認は揺らいでいないようですし。

以下は半ば余談ですが、信認の有無の判定とはどのように行うべきかというのは、本件とは独立して精緻化するに値する問題であるように思われます。まさか国民投票というわけにもいかないでしょうから(笑)、既存の制度においては、信認を損なうような行為を行ったことをもってアウトとしています。信認の計測が困難であるがゆえに信認が失われても責任を追及できないという事態を想定すれば、問題がより起こりづらいよう安全を担保するため、損なわれ得る行為が行われたならば実際に損なわれなくとも非難可能性を認めるとの判断は合理的でしょう。

例えば判例において公務員の職務の公正の確保及びそれ(=公正の確保)に対する一般の信頼が保護法益とされている涜職罪(賄賂罪)においては、収賄した公務員が実際に法の運用等を枉げたかどうかは、罰の加重要件でしかありません(刑法第197条の3第1項・第2項)。実際に法の運用等を枉げるという不公正な運用がなされていない段階であっても、収賄は一般の信頼を害することに容易につながるものであり、罪となるべき行為とされています(同法第197条等)。

#刑事法上の問題でない本件に刑法学の議論を援用することにご異見があることは承知しておりますが、それについては別途エントリを立てて議論させていただきます。ちなみに、例の「日本銀行員の心得」で言うなら、7.(1)が行為に理由の如何を問わず、また利益が出る出ないにかかわらず直接禁止をかけているのは、これと同様の考え方に基づくものといえます。7.(2)についても趣旨は同じでしょう。定義が曖昧であるため当てはめにおいて頭を抱えるだけで(笑)。

こうしたやり方以外にどのような手段があるのか、webmasterは現時点では腹案を持ち合わせていませんが、金融政策の実効性の文脈における中央銀行の信認が重要であることは疑いないわけで、それが真に損なわれたのであれば何らかの責任追及をする枠組みというのは大いに存在意義があるでしょう。類例として、日銀法改正の際には、中央銀行の独立性を指標化し、独立性が高ければ高いほどインフレ率が低くなる傾向にあるとの実証研究が紹介され、法改正の議論に大いに影響を与えました。

#具体的な論文は失念しております。ごめんなさい。

同様に信認の程度を指標化し、それによる金融政策の実効性の変化を定性的でなく定量的に示すことができれば、制度に信認を強化する枠組みを導入することにつながるかもしれません。一つの方向性としては、「世界デフレは三度来る」でグリーンスパンの神業の証拠として示された政策金利の感応度(インフレ率の上下動に対する政策金利の上下動の割合)や政策金利の変動性(pp246, 247)への着目があるのかな、とwebmasterは思います。

それらに期待インフレ率の変化やその寄与度をかみ合わせれば、実際のインフレ率の変化とは別に、どの程度中央銀行の行動が期待インフレ率を左右するかは計測可能でしょう。その結果、あれこれ金融政策を講じても無力であれば外部ショック等により偶然にインフレ率が安定していても改善を促す、という仕組みは検討するだけの価値があるのではないでしょうか。

まあ、インフレターゲティングでさえ導入に難儀しているこの国においては、そうした仕組みの導入など絵空事以外の何物でもありませんが(笑)。

(続く)

本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]
韓リフ (2006-06-27 12:12)

金融政策は枉げられていないものの、それに関する秘密情報を個人的利殖行為に流用していると見られることにより害される信認

という類型を前提にすれば、これが金融政策の信認を失うのであれば以前として総裁辞任は有効な手段でしょう。ただし公衆が信認するかぎりで。こう書くと循環論法的みえるでしょうが、山形さんとの論争でも書いたけれども銀行取付が発生して(その理由はこれも書いたことがあるけれどもbewaadさんのような類型分けがクルーシャルにかかわらない)それが全般的な金融危機に波及するのを妨げる手法としては銀行の休業というものが含まれていました。つまり信認できるかできないかの事実はさておき、信頼できないと理由はどうあれ公衆が取り付けにおしよせている先を一時的にポイするようなものです。今回のケースにあてはめれば総裁を一時休業(蟄居ないし謹慎)させ政策の場から遠ざけるスキームがあればそれを採用するのも手かもしれません。副総裁もふたりもいるわけですから。

西麻布 夢彦 (2006-06-27 12:45)

本稿の「信任」問題をいうなら、誰からの信任から問題になりますね。

それが「国民」の信任であるといなら、「あの総裁は"不正な手段"で蓄財したけど、政策は曲げなかったね」なんて考える人はいないというか、まれというか。

> webmasterが目にするものにおいては、という限定付きではありますが、
> 本件に関して中央銀行の信認が害されたとする議論においては、上記の
> 2分法でいえば2の信認が問題になっているのではないでしょうか。

というのも、国民のほとんどは、金融政策の中身などに興味はないので、当然の話です。
委託したのですから、当然上手にやっているだろう、「良きに計らえ」と……

その家老(日銀総裁)が、特定のあきんどと怪しい関係があれば、お殿様(主権者=国民)は怒るでしょうよ。

「金は受け取った!しかし、意思決定に反映してないのでワイロではない!」といわれても……

イギー (2006-06-27 15:31)

信認が損なわれるような行為かどうかを議論する主体と、じっさいに信認する主体が同一なのは、あまり健全ではない気がする。

ブログ等で日銀総裁辞任すべし、と発信している人が、日銀総裁を辞めるべき根拠に国民感情を挙げるとするなら、自らも一国民として根拠になってしまってるわけで、つまり、根拠を自ら作り出して、その根拠をもとに議論を進めてるような気がしないでもない。

極端にいって、なぜ辞めるべきなのかそれは辞めるべきだからだ、と言ってるかのよう・・・。

で、思うのは、信認する主体よりメタなレベルで論じる事が可能な枠組み(法律とか金融指標)が存在しないと、かえって信認というものは強化されないんじゃないだろうか、ということ。大衆を嫌悪するのもまた大衆なわけで。

出資しただけの事がいつのまにかワイロ(!?)まがいのハナシになっているような、週刊誌やテレビの論調とかみると、なんかもう、国民感情なんて、ねえ・・・。

西麻布夢彦 (2006-06-27 21:56)

>イギー様
よくご存じのことと思いますが、株券というのは「政治献金」に使われることが多いので、「誤解だ」と言っても理解は得られないと思います。
私自身は、日銀総裁なんて誰がやっても同じだと思うので、辞めようが辞めまいが、興味ないのですが「福井総裁、金融資産は2億3170万…妻名義で阪神株(読売新聞)」なんて記事が出てくるところを見ると、攻防は、辞任そのものではなくて、総裁の逮捕の有無に転じてきたかな、と考えてしまいます。
おそらく、総裁は辞め時を外したと推察します。
もっと早く辞めておけば、辞任だけですんだものを……

※上記記事では、阪神株の購入は2000年と書いていますので、まだ、インサイダーのリークではないようです。
おそらく、この記事は警告、恫喝でしょう。
「命乞いに来なければ……」という。
さて、どの辺で手打ちをするのか、見物ですね。

政治学者の卵 (2006-06-28 07:43)

>類例として、日銀法改正の際には、中央銀行の独立性を指標化し、独立性が高ければ高いほどインフレ率が低くなる傾向にあるとの実証研究が紹介され、法改正の議論に大いに影響を与えました。

以前ゼミで一度読んだことがあり,筆者がクリントン政権の高官(というか,RubinかSummersのどっちか)だったことまでは覚えていたので,なんとか検索できました.他にもいろいろあるとは思いますが,とりあえずは.

Central Bank Independence and Macroeconomic Performance: Some Comparative Evidence
Alberto Alesina; Lawrence H. Summers
Journal of Money, Credit and Banking Vol. 25, No. 2 (May, 1993), pp. 151-162


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