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2006-07-12
■ [government]財政投融資の「問題点」の検証
昨日のエントリにおいて、新藤宗幸「財政投融資」を取り上げた際、同書において財政投融資は次のような問題があるとされていると書きました。
- 財政投融資はシステムが複雑で監視の目が行き届きにくい。
- そのため、不要不急な事業が財政投融資を活用して多く行われた。
- また、郵貯・公的年金の存在による巨額の余剰資金が存在した。
- そのため、それら資金を用いて用意に国債が消化された。
- 以上が、厖大な累積政府債務が積み上がった一因である。
昨日のエントリのロジックは、5(=財政投融資の「問題点」の帰結)が成立しないので筋違いの批判としたのですが、それについて次のようなコメントをいただきました。
これ(webmaster注:上記の1、2)だけで、財政投融資が問題だといえると思います。3−5のマクロ経済まで手を広げる必要はないのでしょう。構造改革もので共通しているのは、マクロ経済にはあまり関係ないということでしょう。
では1や2は現実に妥当するのかどうかを考えてみます。といっても総量としての事業量(=政府による投資)は概ね現状程度は必要であったとは昨日論じたところですので、それは前提として織り込みます。よって、1はそれだけの事業を行うとしたらより簡単なシステムがあり得るのか(事業量そのものが縮小するならシステムが簡明になるのは当然ですが、それは扱いません)、2はより必要性の高い事業が後回しにしてまで不要不急の事業が行われたのか(不要不急の事業が行われたため総量が増えた、との議論は扱いません)、を題材とします。
1については、特別会計や特殊法人等に分かたれていることが問題視されており、となると代替案はすべて一般会計で行うということになるでしょう。さて、特別会計や特殊法人等の財務情報、例えばバランスシートが民間準拠でなくわかりづらいという批判がありますが、では一般会計で経理される政府事業においてはバランスシートがそもそも存在しないことはどう考えるのでしょう。ばらばらで全体像がわからないとは言われますが、一般会計だってストックベースで全体像がわからないのは同じこと、特別会計や特殊法人等があれば部分的にでもわかるだけましでしょう。
さらには、新藤本においても財政投融資とは別に一般会計から利子補給金が入っていることがわかりづらさの例として挙げられていますが、一般会計において建設国債対象経費と赤字国債対象経費の違いが何かをきちんと理解してのコメントであるようには見えません。現状は融資そのものと利子補給金は別会計から出ているので会計単位で分かれていますが、すべて一般会計で経理すればもっと小さな単位でしか区分されません。しかもそれが建設国債対象経費か赤字国債対象経費のいずれでファイナンスされているか、どこを読めばわかるかなんてものは現状以上に込み入った話になってしまいます(財政投融資の場合、融資部分は財投債でファイナンスされていることは明らかです)。
もちろん企業会計に個別企業の単体決算とは別に連結決算があるように、分かたれたものを分かたれたまま示すだけで全体像を表すものがなければわかりづらいのは否めません。そうした現状を解決する試みとして、例えば国のバランスシートの試算が作成されているわけですが、そのように全体像がわかるのであれば、個別についても情報があった方がよいのは当然のこと。企業のディスクローズにおいて連結決算とは別に単体決算やセグメント情報等が記載されているように、特別会計や特殊法人等の単位で個々に情報を開示することの方が望ましいとwebmasterは考えます。
2については、不要不急だと考えられている事業のお金を必要性が高いと考えられている事業に回したところで、一般論としては後者の事業が早く進むわけではありません。すべて公有地で行うといった条件が整っているのであればともかく、用地買収に始まって詳細設計、業者選定といった各ステップが同時に進むというのは非現実的です。極端な例としては、成田の滑走路延長ができなかったり、外環道and/or圏央道の全線開通の目途が未だ立たないのは、お金がないからではなく用地買収に関する訴訟等があるから、ということになります。
当然ながら、財政投融資が完全無欠だなどというわけでは全くなく、改善すべき点が多々あるのは事実です。だからといって、あたかも財政投融資がなければはるかにいい状態であったというように考えるのは、あまりに想像力が乏しいと批判すべきであろうとwebmasterは考えています。
>>成田や圏央道
逆にこれをスムーズにできるような体制が整えられていれば「使わなくてすんだ無駄金」はかなり大きいものになるんでしょうね。もっとも、そこまでいくと政府の責任ではなく国民の責任でしょうが。
成田は「まとまった国有地がある」ってだけの理由で空港になったわけで、投資効果二の次で事業してこじれた典型でもありますね。
現在も成田に本籍地を置いている者としては、kumakuma1967 さんの発言には異論あり。常に市議会は圧倒的多数が空港建設推進派だったのです。つまり地元の強い要望があって建設された空港だった。70年安保に敗れた左翼過激派が成田を最終決戦の場に選んだ不幸はありましたが、土地の強制収用に国民の大多数が NO といったことが全てでした。本来なら、4000mと3000mの滑走路2本(+横風用1本)を擁する空港を安定した地盤の上に安価に作れたはずなのですが。東京-成田間は本来、新幹線を通すはずだったのですし。計画段階では、そう悪い空港じゃなかったと思う。
富里と霞ヶ浦で用地取得が困難になる前は候補地ですらなかったのでは?>成田
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa40/ind110303/004.html
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa41/ind110302/002.html
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa42/ind110401/003.html
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa43/ind110401/003.html
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa44/ind100401/003.html
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa45/ind100301/003.html
成田と富里は隣接しており、地形的にも連続しています(北総台地)。富里村付近が最もよい、という答申に沿って現実的に検討を重ねた結果と私は認識しています。運輸白書の記述もぜひ参照してください。大半の住人が空港建設に協力し、またそうなることが期待される地域として成田が選ばれた事実が理解されると思います。
この場合何が現実的に不可能だったかというと用地買収と地元自治体の同意ですよね。土木的検討まで済んだ後で「候補地でなかった」成田に決定したのは、千葉県が「県有地と国有地がほとんどになるような場所」として推薦したからです。
また、三里塚が近代的開墾地で、経営面積が大きく地権者数が少ない事も重視されていたかもしれません。
個人的には地権者がごくごく少数派である地元自治体が、地権者を無視して諸手を上げて賛成した事こそが、地権者の孤立感を深め、左翼過激派の介入を招き、開業までの金利負担をふくらませ、「内務省がまだあったらもっとうまくやっただろうに」なんていわれちゃった一因のような気がしますよ。
もちろん、私がその時意思決定可能な立場にあったら「より不幸でない選択」ができたなんて思うほど自信過剰ではありません。参考にすべきところはあるということです。
成田の地権者の大半は空港建設に協力的な集まりを結成して、早期に交渉妥結しています。孤立感を深めた一部地権者が過激派の介入を招いたとのことですが、過激派が最初は甘言を弄して入り込み、間もなく「裏切りは許さない」と脅迫して運動を乗っ取ったというのが実情に近い。反対闘争のトップに祭り上げられた人々は本気で過激派に共感してたそうだけど、多くの反対農家は、まさかこんな闘争になるとは思っていなかった。絶対反対は不要、条件闘争で十分だったのです。
行政に失敗はあったけれど、何より一番悪いのは過激派だと思う。そして脅迫下の反対農家が「空港建設絶対反対」というしかないことを伝えず、強制収用を非難したマスコミも許し難いです。強制収用は多くの反対農家を過激派の支配から救う手段でもあったのに。内務省云々は、そうした事情を指していった言葉でしょう。
元一坪地主の小川國彦前成田市長が、過激派から脅迫されながらも空港建設を推進していった、その過程から真実が読み取れるものと私は思っています。過激派が展開した成田闘争こそ(多くの)地権者を無視したものだったのだ、と。
http://deztec.jp/design/05/04/16_net.html
>徳保隆夫さん
>東京-成田間は本来、新幹線を通すはずだったのですし。
かつて新幹線は爆音振動を撒き散らす代物で成田新幹線計画は沿線自治体の反対により頓挫しました。建設を強行すれば恐らく訴訟となったでしょう。
>kogeさん
国民の責任というより、国民の選択といった方が個人的にはしっくりきます(選択の結果を受け入れざるを得ない、という意味ではもちろん責任なのですが)。
>成田
事実関係に詳しいわけではないので(例示が不用意だったかな、と反省してます)、ご議論の中身にコメントはできないのですが、用地買収、さらにはそれに先立つ合意形成が公共事業においては非常に重要な汚れ役であるし、関係する技官や「族議員」に公共事業削減に抵抗があるのも、もちろん事業自体に意義を認めていることもありますが、そうした汚れ役の苦労を認識せずに奇麗事を言う、といった反発もあるように思います。
結果論なら何とでもいえますが…
http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E140.0.57.4N35.47.40.6&ZM=7&CI=R&OMAP=E140.0.57.4N35.47.40.6&SMAP=E140.0.14.5N35.46.25.0&SP=1&MS=1&KN=0&CTG=&CT=&CW=&u1=kankou%2F12%2Fjmap%2Ehtml&s1=%C0%E9%CD%D5%B8%A9%C3%CF%BF%DE&u2=%2Fm%2Ecgi%3FMAP%5F%5FE140%2E0%2E14%2E5N35%2E46%2E25%2E0%7E%7Eu1%5F%5Fkankou%252F12%252Fjmap%252Ehtml%7E%7Es1%5F%5F%25C0%25E9%25CD%25D5%25B8%25A9%25C3%25CF%25BF%25DE%7E%7Es2%5F%5F%25C0%25E9%25CD%25D5%25B8%25A9%25B3%25F9%25A5%25F6%25C3%25AB%25BB%25D4%25BC%25FE%25CA%25D5&s2=%C0%E9%CD%D5%B8%A9%B3%F9%A5%F6%C3%AB%BB%D4%BC%FE%CA%D5
下総基地の拡張(+自衛隊の移転?)にしとけばよかったと思います。
理由1:東京からの距離が半分。野田線か新京成を引き込めばとりあえずなんとかなる。
理由2:戦中からずっと基地だったので騒音公害等での抵抗はやりにくいと思われる
理由3:周辺は現在千葉ニュータウンになっているので、地権者の開発への抵抗は少なかったと思われる
(地元の方から見れば突っ込みどころ満載でしょうが)
土木技術的には成田よりお金かかったかもしれませんが、正直成田には(計画完成を前提として)あれだけの苦労の割りに…という気がするんですよね。羽田くらい近いか他国のような超巨大空港ならともかく。
うーん、技術的に不適切かどうかは、成田については運輸省は未検討なわけです(全ての候補地がダメだしされて、いきなり成田で事業決定)が、成田に近い候補地が最適と判断されてるので、「最適に近い」選択を探した結果だと言う事は理解しています。
ただし、候補地でなかった分、いろいろな検討事項が網羅されず、地権者にとっても青天の霹靂かつ他の候補地に比べて三里塚でなくてはならない理由は全くなし。さらに自治体が空港誘致派で売却を躊躇する事が地域社会からの孤立を意味したり、過半が皇室用財産と県有地であるとはいえ、残る地権者が開拓入植者で「自ら開いた農地」に大変に愛着があり(一方で地域社会との紐帯は希薄)、しかも農業が成功していた事など、他の地域より買収が容易とは思えない要素も満載なんですよね。千葉県は少数だから圧力で押し切れると思っていたのでしょう。また、それは事実なのかもしれないです。
いずれにしても我が国がろくに公共投資のための土地買収もできない体制であるというbewaad氏の言説は「沁みる」ものです。また、立法司法が支持している「土地所有権の保護」も経済全体に変調をきたしたり、かえって地権者が不幸になる「過保護」なのかもしれません。
わざわざ取り上げていただき、ありがとうございます。
> 当然ながら、財政投融資が完全無欠だなどというわけでは全くなく、改善すべき点が多々あるのは事実です。
この「改善すべき点」というのは、
1.財政投融資はシステムが複雑で監視の目が行き届きにくい。
2 そのため、不要不急な事業が財政投融資を活用して多く行われた。
ではないのでしょうか?
このせいで千葉県土地収用委員会の委員長が襲撃されて、以後最近まで土地収用ができなかったという弊害は、東葉高速鉄道なんかみるとわかりますね。土地収用という不確定要素を排除しないと議論できないんでしょうけど、あんか安易だなあという気もしますね。
それよりYoutubeで「三里塚」と検索すると・・・あれ消されてるなあ。ハルヒのパロだけが残っている罠
>成田(続)
土地収用の悲哀として私が強く印象に残っているのは、フィクションでいうとマルサの女(2だったかも)で地上げ屋が地上げは誰かがやらなきゃいけないことなのに、といったような発言をしていたことです。民間ならうんと金を積むとかグレーな行為をするとかまあ腕の振るいようもあるわけですが、公共事業だと、中にはあれこれあるのでしょうが、基本はお百度踏むしかありません。予算も厳しいですし。
事業系の官庁や特殊法人にはそういう担当がいて、組織内であそこは大変だよなぁと思われつつ、多くの人は行きたがらず、ある種の賤業のように扱われていて、まして事務系職員は、ましてメディアは、ということになります。逆説ではありますが、成田は土地収用の奇麗事ではいかない面が公になり、担当からすればわれわれの苦労がわかったか、といった思いがあるのではないかな、と。部外者の勝手な想像ですが。
>ダニアンさん
例えて言うなら、財政投融資による各種事業は偏差値55ぐらいじゃないのかな、というのがエントリで書いた話です(一般会計や地方を含む全体の平均が50)。上を見ればまだまだ改善の余地があるわけですが、それをいうなら一般会計等の事業にだっていくらでも改善の余地があり、複雑でわかりづらいといっても一般会計の方がわかりづらいのではないかと思います。