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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2006-11-01

[law][book]ダニエル・H・フット「裁判と社会」

質の高い研究の成果は、名作のミステリに似ているといえるでしょう。というのも、読み手の頭の中にある固定観念、あるいは不自由な想像が鮮やかに裏切られ、しかもかく裏切られたことに爽快感すら覚えるからです。本書は、そうした読書の快楽を味わえる一冊です。

本書が挑む「謎」は次のとおりです。

日本法や日本人の法意識に関する固定観念は山ほどある。(略)典型的な例として、「日本人は訴訟嫌いである」とか「立法活動や行政指導にみられるように、日本の官僚は特に強力である」、「日本の裁判所は消極的である」等が挙げられる。これらの見方は完全に間違っているとまでは言えないにしても、これまでの日本の実情とはかなりずれていたように思われる。そして、過渡期にある今般の日本社会において、そういった「常識」がますます現状とずれてきているようである。本書では、そういった「日本法の常識」を再検討してみたい。

p5

この課題に取り組むに、次のような経歴を持つ筆者ほど「探偵」にふさわしい人はなかなかいないでしょう。

東京大学大学院法学政治学研究科教授。ハーバード・ロー・スクールを卒業後、連邦地方裁判所ロー・クラーク、連邦最高裁判所ロー・クラーク、日産自動車法規部、オメルベニー&マイヤーズ法律事務所(弁護士)、ワシントン大学ロー・スクール冠教授を経て現職。

奥付

日米両国を股にかけた実務・研究経験から得られた豊富な知識を縦横に活かしての「謎解き」は、日本が特殊だということの意味が外国の事例に照らして、というものである以上、同時に外国についての日本人(の多く)の固定観念を正すものでもあります。まともな研究の常として多くの先行研究に支えられ、言い換えれば誰かが既に指摘していることも多いのですが、このような形でまとめられたことの意義は大きいでしょう。それがどのようなものであるのか、ネタばらしは褒められたことではないと思いつつも、一例だけ具体的な紹介をしてみましょう。俎上に上るは日米最高裁の違いです。

一般に、違憲立法審査に代表される司法による政策判断について、アメリカ司法の積極性に対して日本司法の消極性と捉えられ、その制度的背景としても、任期(アメリカの方が長い)や手足として働く人数(アメリカの方が多い)といったアメリカが良しとされる部分もあるわけですが、判断に迷う、あるいは日本の方が良いと考えられる部分も次のようにあります。

アメリカ日本摘要
政治的党派性(人事)大統領が党派的に任命する。固定的・自治的に候補者が選定(判事、弁護士、官僚、学者)され、内閣は事実上追認するのみ。行政府とある意味で方向性を同じくして政治的な判断を下すアメリカに対して、政治的中立≒公正・公平という姿勢で臨む日本。
立法における合憲性確保事前において気にかけないのみならず、事後においてもしかり(違憲判決の対象となった条項を、判決後10年間に250以上、立法に盛り込んだ(第5章注26))。事前にほとんどの法律が内閣法制局の審査に服し、合憲性をチェックされる。違憲だという判例があっても気にしない議会に対して違憲だとさらに判決を重ねざるを得ないアメリカに対して、事前に判例との整合性がチェックされ、違憲判決が出れば以後はそれも織り込まれる日本。
最高裁の処理件数毎年9,000件程度が上訴されるが、実際に審査されるのは80から100件程度(残りはおざなりな対応)。毎年8,000〜10,000件の上告の多くを審査。限られた案件の政治的判断に要する時間を確保するため多くの上訴を事実上切り捨てているアメリカに対して、三審制の大義を墨守する日本。

webmasterに関して申し上げるならば、前2つについてはある程度予想はしていましたが、最後のものは考え付きもしませんでした。一概に日本の方がいいということでもありませんが、アメリカ司法の積極的な違憲判断のコストではありましょう。アメリカ型の司法判断を是とする場合に見逃されがちな点だとwebmasterは思いますし、なればこそこの指摘は重要であるはずです。

こうした部分は本書においてはあくまで前座で、その後、個別事例を挙げつつ、日本の司法がどのような、そしてどのように政策形成を行ってきたのかが論じられます。題材は交通事故の賠償金など身近なもので、法学部卒としては譲渡担保や相殺の担保的機能など、いかにも法律学といったものが取り上げられていないのは残念な気もしますが、一般読者のとっつきやすさでいえばこちらの方がいいのでしょう。ネタばらしは避けますが、野心と能力のある判事にとって東京地裁はやっぱり魅力的な職場なんだろうなぁ、というのが素直な感想です。

ちなみに、webmasterがもっともうなってしまった「謎解き」は、p245の3段落目、「ひとつの可能性は」以下です。それが何かは、ぜひともお買い求めの上、あるいは店頭で手にとってご確認いただければ(p239からお読みいただければ、独立した部分としてお楽しみになれるでしょう)。

[economy]「真の失業率」推計最新版(2006-09現在)

年月   完全  真の  高齢化等 15歳以上 就業者数 完全   真の   高齢化等
     失業率 失業率 補正後  人口        失業者数 失業者数 補正後

1990   2.1%  3.2%       10,089   6,249   134   204

1991   2.1%  2.4%       10,199   6,369   136   155
1992   2.2%  2.2%       10,283   6,436   142   142
1993   2.5%  2.8%       10,370   6,450   166   183
1994   2.9%  3.4%       10,444   6,453   192   228
1995   3.2%  4.0%       10,510   6,457   210   266

1996   3.4%  4.1%       10,571   6,486   225   276
1997   3.4%  3.8%       10,661   6,557   230   262
1998   4.1%  5.1%       10,728   6,514   279   348
1999   4.7%  6.3%       10,783   6,462   317   435
2000   4.7%  7.0%       10,836   6,446   320   485

2001   5.0%  7.9%       10,886   6,412   340   551
2002   5.4%  9.4%       10,927   6,330   359   660
2003   5.3%  10.0%       10,962   6,316   350   700
2004   4.7%  10.0%       10,990   6,329   313   705
2005   4.4%  9.8%       11,007   6,356   294   688

2005/Q3  4.3%  8.9%       11,008   6,417   286   628
2005/Q4  4.3%  9.8%       11,015   6,356   287   694
2006/Q1  4.4%  10.9%       11,014   6,283   286   766
2006/Q2  4.2%  9.0%       11,014   6,418   280   631
2006/Q3  4.1%  8.9%       11,021   6,426   273   627

年月   完全  真の  高齢化等 15歳以上 就業者数 完全   真の   高齢化等
     失業率 失業率 補正後  人口        失業者数 失業者数 補正後

2005/10  4.5%  9.1%       11,016   6,409   304   641
2005/11  4.4%  10.0%       11,016   6,344   292   706
2005/12  4.0%  10.4%       11,012   6,315   265   733
2006/1  4.5%  11.1%       11,013   6,269   292   779
2006/2  4.2%  11.0%       11,006   6,272   277   772
2006/3  4.4%  10.6%       11,021   6,308   289   745
2006/4  4.3%  9.6%       11,002   6,368   284   673
2006/5  4.1%  8.5%       11,015   6,448   277   602
2006/6  4.1%  8.8%  6.5%   11,025   6,438   278   618   449
2006/7  4.0%  9.0%  6.6%   11,020   6,421   288   632   454
2006/8  4.1%  8.9%  6.4%   11,019   6,427   272   625   443
2006/9  4.2%  8.8%  6.5%   11,024   6,431   280   624   446

2005/9  4.2%  8.7%       11,014   6,437   285   612
2004/9  4.6%  9.5%       10,994   6,369   309   667
2003/9  5.2%  9.7%       10,975   6,346   346   678
2002/9  5.4%  9.3%       10,944   6,353   365   651
2001/9  5.3%  8.3%       10,898   6,396   357   579
2000/9  4.7%  6.6%       10,846   6,480   320   461

    C/(B+C) D/(B+D)       A     B     C  D=Ax0.64-B

(直近月次ボトム)
     5.8%  11.6%        --    6,193   385   818
    (03/3,4)(04/2,05/2)           (03/2)  (03/4)  (05/2)

(注)
・単位は、%を付したものを除き、万人。
・ソースは総務省統計局の「労働力調査」(http://www.stat.go.jp/data/roudou/2.htm)。
・月次データは原数値を用いている(季節未調整)。
・「真の」値は労働力人口比率が0.64(直近ピーク(1992年))であると仮定した場合の値。
・「高齢化等補正」についてはhttp://bewaad.com/20060729.html#p02を参照のこと。

#過去の計数は以下のとおりです。

2005
03040506070809101112
2006
0102030405060708

[comic]現在官僚系もふ・第71話

舞台が霞が関に戻ってくるまで、コメントは控えることといたします。もし楽しみにされている方がいらっしゃいましたら、申し訳なく思います。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

cloudy [失業率、4%の壁がなかなか破れないですね。真の失業率を見ても、昨年同月から改善されているように見えない。 コアCPI..]

水上清一 [許認可制度が有る限り公務員の腐敗は止まらない 全て自己責任性にし許認可の廃止、公務員の排除をし地方は補助金を当てに..]


2006-11-02

[economy]経済成長は必要だ!

なぜ指標で見れば経済は拡大しているのに、景気はむしろ萎縮しているのか?

答えは簡単で、「明日が不安」だからだ。宵越しの金を持たないとのたれ死にするのではないかと不安な人が多いからだ。

と書くと、「日本の貯蓄率は下がっているではないか」いう反論があるだろう。確かにそのとおり。ぐぐるまでもない。しかし、これは「もう宵越しの金は必要ないから」下がっているのではない。「そうでもないと食えない」人、特に引退世代が増えたからこうなっているのだ。「いざなぎ景気以来の景気拡大」といっても大多数の人が「うちとは関係ない」と思っているのはそういうことなのだ。

だから、最高の景「気」拡大策は「刺激」とは正反対にある。不安を取り除くこと、すなわち「癒し」である。面白いことに、一番「癒し」を必要としているはずの人々がそれを分かっていない。それは前回の衆議院議員選挙を見ればわかる。もちろん選挙で惨敗した民主党はもっと分かっていない。

「もう景気はいいから」(@404 Blog Not Found11/1付)

「最高の景『気』拡大策は『刺激』とは正反対にある。不安を取り除くこと、すなわち『癒し』である」というのは、言葉の意味を無視した言葉遊びみたいなもの‐例えば、java言語になじめないなら、まずはコーヒーを好きになれ、のような‐と考えて苦笑しつつ見逃せばいいのかもしれません。しかし、その趣旨をみれば、憤らざるを得ません。

大西 宏のマーケティング・エッセンス:景気が悪いという巷の声が当たっているが

日本は経済先進国であり、小平の頃の貧しい中国とはまったく状況が違います。日本にはそれなりの規模もあり、質のよい消費市場が国内にあります。それこそが国際競争力の源泉なのだということをもっと考えて欲しいものです。

というのであれば、まずは「景気中毒」の治療から取りかかってはどうだろう。むしろ景気を刺激するのは簡単なのだ。不安を煽ればいいのだから。前政権がやったのがまさにそれだ。しかしこれでそろそろ、景気の耐えられない軽さに皆も気づいたのだろうか。

景気拡大を目指す社会から、景気に左右されない社会への転換というのは、日本の規模ではまだ誰もやったことのない変革だ。そしてそれは必要なことでもある。中国とて、早かれ遅かれ経済成長が鈍化せざるを得ないのだ。その時に先例となっているのか「昔の栄光にすがっている」のとでは日本が世界に持つ意味がまるで違う。

断言しよう。経済成長を追っているうちはまだ日本は中二病なのだと。

「もう景気はいいから」(@404 Blog Not Found11/1付)

結局、成長しなくちゃと思うから低成長にあせるのであり、成長しなくて当然だという前提に立てば安らかでいられると。根本的な誤りは、(おそらくは)成長しない=現状維持だという認識で、成長しない=退歩というのが正確なところです。

潜在成長率というものがあり、政府や日銀の公式見解はそれをもっとも低く見積もっているものですが、それでも1%台半ば〜後半はあります(webmasterは2%台半ばないしそれ以上だと思っていますが)。この潜在成長率というもの、意味するところは毎年そのぐらいの割合で効率化が進むということで、同じリソースを使ってできるアウトプットがその程度ずつ増えていくということになります。

#他方で、実際にどれだけアウトプットが増えたか、というのが(顕在化した)経済成長ということになります。景気が悪い=アウトプットがあまり増えなかった、景気が良い=アウトプットが大いに増えた、ということです。

裏返せば、アウトプットが同じであれば、投入するリソースがそれだけ少なくて済むということになります。それだけを聞けば結構なこと、という印象を持たれる方も多いかもしれませんが、投入するリソースとは、お金であり、技術であり、そして何よりも人ということ。経済成長をしない=投入するリソースを減らすということは、失業者がどんどん増えていくということにつながるわけです。全体として経済成長しないとはゼロサムの世界であるということになりますが、その中で現状維持すらできない失業者が増えていくということは、就労者の取り分が増えていくということでもあり、それらを通算すれば現状維持というのが実態なのです。

確かに悟りに至れば煩悩に苦しむことはなくなるわけですから、「癒し」により失業してもケ・セラ・セラという境地に達するならば、その人にとっては救済ではありましょう。もしDanさんが原始仏教の修行者のように職業も資産も何もかもを捨て去り、自ら「癒し」を実践して働かず収入も貯蓄もなく人の情けにより生かされる日々を送られた上で、こうした人生も悪くはないよ、とおっしゃるのであれば、それを社会全体に広めるべきとのご主張の是非はさておき、誠実であるとwebmasterは思います。

しかし、少なからぬ他人に対してそれを事実上強いるようなご主張をされる一方で、ご自身にはその自覚がないままであるというのは、極めて問題があるのではないかとwebmasterは思います。知らなかったということであれば仕方がありません。しかし、これをご覧になったのであれば(trackbackは送らせていただきます)、ご主張を改められるべきではないでしょうか。

もし改められないということであれば、こうしたからくりを知ってなお、ということなのですから、ご真意は次のいずれかであるということになります。それを明らかにされることが、読者に対する誠実さというものでしょう。

  • 景気拡大を目指さないとは、潜在成長率分だけリソースを減らす、すなわちどんどん路頭に迷う人間を増やそうということです。路頭に迷って苦しむのは高望みで、地獄も住処とそこに安住する境地に至ることのできない凡人であるがゆえの悩みなのです。みなさん、食うに困っても「癒し」に包まれながら安らかにのたれ死んで下さい。
  • 景気拡大を目指さないとは、潜在成長率をゼロにする、すなわち効率化のためのあらゆる努力をやめましょうということです。向上心なんてものは中二病の症状で、「景気中毒」に侵されている証拠です。まず私自身は、今後は一切の知識習得はやめ、サイトでハックを公開するのも中止します、というかそもそもハックなんて考えません。Jcode.pmを開発したことも、若さゆえの過ちだったと認めます。近しい人々にも、例えばハードメーカには現状のスペックのマシンをいつまでも作り続けるよう、ソフトウェアハウスにはあらゆるバージョンアップや新ソフト開発を止めるよう、勧めていきます。

「景気拡大を目指す社会から、景気に左右されない社会への転換というのは、日本の規模ではまだ誰もやったことのない変革だ」って、それはそうでしょう。上記のいずれかが好ましいと考えられる社会へ転換したいとそのマジョリティが願う姿など、webmasterには想像できません。

断言します。経済成長をしなくてもいいと考えているうちは、まだ日本は小二病なのだと。

本日のツッコミ(全59件) [ツッコミを入れる]

Before...

通報厨w [経済学の線引き http://d.hatena.ne.jp/osakaeco/20061120/p1 >弾さん周辺..]

bewaad [>通報厨wさん 情報提供ありがとうございました。]

オメガ クォーツ [オメガ アンティーク [url=http://www.uotgetiyou.com/omegaオメガ-pd-1.h..]


2006-11-03

[economy]経済学1.0のススメ

昨日のエントリに対してDan Kogaiさんからご批判をいただきました。早速リジョインダーをと思うのですが、正直申し上げるならwebmasterはDanさんがお使いのバズワーズをどこまで正確に理解しているか、自身不安でなりませんので、誤解に基づく不当な主張がある可能性が多分にあるとの前提でお読みいただければと思います。そうしたwebmasterの主張をご指摘いただいた際には、謝罪の上訂正させていただきます(今回だけそうだ、というわけではないのですが、為念)。

bewaad institute@kasumigaseki(2006-11-02)

裏返せば、アウトプットが同じであれば、投入するリソースがそれだけ少なくて済むということになります。それだけを聞けば結構なこと、という印象を持たれる方も多いかもしれませんが、投入するリソースとは、お金であり、技術であり、そして何よりも人ということ。

現在の経済学の問題が、まさにそこにある。金も技術も人も「リソース」名の下に十把一絡げなのだ。文字通り、糞も味噌も、「銭化」して一緒に扱ってしまうのだ。

現在の経済学では、必要なものを、必要な時、必要なだけ手配するということをあまり評価しない。残飯が出るほど用意し、その残飯をゴミとして処理する方が「経済成長」の観点から行けばいいことになってしまう。裏庭で燃やしていたゴミを、清掃センターに持って行って処分するのが、経済成長するということなのだ。

実際、中国の宴席では、食べ残すのが礼儀だし、合州国では"Food Fight"というのがある。パイ投げとかのアレのことだ。実のところ「中二病的経済心理」が今もって「グローバルスタンダード」なのである。

「経済2.0=複素経済学への道程」(@404 Blog Not Found11/2付)

「必要なものを、必要な時、必要なだけ手配する」というフレーズからwebmasterが真っ先に連想するのはトヨタのカンバン方式ですが、あれを評価しない経済学者というのは寡聞にして知りません(ミクロは専門外だから取り上げない、という方はいらっしゃるかもしれませんが)。一定の前提の下で理想状態とされる完全競争市場においては、効率性に劣る経済主体は競争に敗れ淘汰され市場から退出する、というのが経済学の描く世界です。「必要なものを、必要な時、必要なだけ手配する」とは無駄が一切ない状態、つまりは極めて効率的な状態なのですから、「あまり評価しない」どころか、大いに評価しているというのが現実です。

「残飯が出るほど用意し、その残飯をゴミとして処理する方が『経済成長』の観点から行けばいいことになってしまう」というのも不当な非難です。適正な量の食事を用意し残飯を出さず、余計な食材を買い込んだりゴミ処理に費やしていたりしていたであろうお金をもっと生産的なことに使う方が、「経済成長」の観点からは評価されます。

こうした考えは機会費用といいますが、例えばリスクその他がまったく同じでリターンのみが違うAとBという機会に直面した際、Aのリターンが2万円、Bのリターンが1万円の場合にBを選んだならば、1万円儲かったと考えるのではなく、1万円損した(=1万円の儲け−2万円の機会費用)と考えるのが経済学です。ここで1万円儲かったと考えてしまうが如く、目に見える計数にのみとらわれて「『経済成長』の観点から行けばいい」と書いてしまえるDanさんの方が、どちらかといえば「銭化」してしまっているのではないかとwebmasterは思います。

#なお、Aを選んだ場合には1万円の利益を得た(=2万円の儲け−1万円の機会費用)ことになります。

「裏庭で燃やしていたゴミを、清掃センターに持って行って処分するのが、経済成長するということなのだ」というのは、

  • 統計上把握されないサービスの自家供給について、それが外部化された方が大きくなる計数
  • 何もしないより「穴を掘って埋める」ことの方がましだという「ケインズ経済学」

のいずれかが誤解されたものではないかとwebmasterは察します。

前者については、考える手がかりとして帰属家賃を取り上げてみましょう。住居費を考えた場合、持ち家に住んでいる場合には家賃は支払いませんが、借家住まいならば支払うわけです。となれば、みなが自宅を持っている世界よりも、みなが借家住まいの方が見かけの経済規模が大きくなってしまうので、それを是正するため、持ち家についても家賃を支払っているものと観念して、それを住居費としてカウントしてGDPの要素とする際、この仮想的な家賃を帰属家賃といいます。

帰属家賃については推計方法がある程度整理されているのでこのような対応がなされているわけですが、確かにゴミ捨てについては、裏庭で燃やす場合の「帰属ゴミ処理費」がカウントされるわけではないので、その限りにおいてはDanさんのご指摘は当たっています。しかし、経済学者が経済成長を語る際、統計上把握されないそうしたものが外部化されたことにより計数が高めに出ることをもって経済成長をしたとする人は、皆無と保証できるわけではありませんが、まずいないでしょう。そんなものは成長の名に値しないとの常識は、経済学者だって持ち合わせているのです。

後者については、「穴を掘って埋める」のが無駄であることはそのとおりですが、それが正当化されるのは、失業者が遊休化しているというもっと大きな無駄を解消できるからです。といいますか、「穴を掘って埋める」ことが無駄であることはあまりにも明らかであり、それを対照事例として失業のさらに大いなる無駄さを説いた、というのがケインズの趣旨です。いつ何時でも「穴を掘って埋める」ことが常に望ましい、なんてことを主張している経済学者は、またもや皆無と保証できるわけではありませんが、これもいないと考えて差し支えないでしょう。

Food Fight云々は、伝統的経済学からすれば無駄としかいいようのないことで、野蛮な因習のなせる不合理な活動と理解されているのですけれども、そうではないだろうというポランニーらの主張もあったりするのが、その評価を巡る見取り図です。よってそうした活動は、少なくともオーソドックスな経済学が想定する合理的経済人の姿ではありませんし、「中二病的経済心理」がそうした合理的経済人の行動原理を指しているとするなら、的外れといわざるを得ないでしょう。

「経済成長は必要である」というのは、その意味ではわざわざいじめられに行くのと同じではないか。レッドオーシャン戦略もいいところである。それをやっても勝ち目がないのは前世紀に文字通り海を真っ赤に染めて学んだのではないのか?

必要な成長はもはや経済ではない。経済学の方なのだ。

「経済2.0=複素経済学への道程」(@404 Blog Not Found11/2付)

「いじめられに行く」というのは、頑張りすぎがいじめに由来する自殺を招く、とのDanさんのエントリの冒頭のテキストの紹介を受けてのことですが、どの意味で経済成長がそれと同じであるのか、webmasterにはさっぱり理解できません。それをやっても勝ち目がないというのは、何が何に負けるというのでしょう? 世界経済における各国経済は、貿易や資本移動の自由の下ではポジティヴサムの関係にあり、端的にはアメリカと中国の好景気のおかげで、内需が冷え込んでいるにもかかわらずそれらへの輸出で潤っている今の日本を見ればおわかりいただけるかと存じます。

先行するテキストから推察するに、無理に無駄を重ねた経済成長というご理解に基づき、無理も限界に来ているということなのかな、とは思いますが、そもそも無理に無駄を重ねているわけではない、とは既述のとおりです。繰り返しましょう、経済学とは効率化の追及を是とする学問、言い換えれば無駄を省くことを解明する学問なのです。

そしてそのことは、学者よりも市井の人々の方がよく知っているのではないか。その一つの明かしが、こちらだ。

図録▽1人1日当たり供給カロリーの推移(主要国)

(グラフ略)

見ての通り、今や日本人一人が一日に消費する食料は、韓国にも中国にも抜かれている。しかしこのグラフだけを見て日本人の食事が彼らより祖末(ママ)だという人がいるだろうか。

ここまでは間違っていない。間違っているのはこうした「質」の変化を、経済成長という「量」でしか推し量る術をもたず、そして別の指標を開発しようともしない我々の怠慢にある。

少なくとも、人々の営みという複雑で豊穣な世界を、「経済成長」の一言でくくるのは傲慢以外の何者でもない。

「経済2.0=複素経済学への道程」(@404 Blog Not Found11/2付)

カロリーはエネルギの単位なのですから、それで比較した結果において「質」が表されていないとしても、経済学とはまったく関係がないのではないでしょうか。経済学とは「銭化」とおっしゃるのであれば、それこそ「銭」で量った単位で比較してもらわねば整合的でありません。日本人一人が一日に消費する食費は、言うまでもなく韓国人一人当たりのそれや中国人一人当たりのそれを凌駕しています。

食の比較で言うなら、カロリーすなわちエネルギの他、重量ですとか、使用する食材の数ですとか、いくらでも基準を作ることができます。そんな中で、「質」をもっとも近似して表すことが可能なのが、「銭」、すなわち価格なのです。マクドナルドの店頭にて、ハンバーガーなら80円出すのも惜しいけれど、ビッグマックなら600円出してもいいなぁ、とある人が考える場合、他のどの指標を用いて比較するよりも、その人にとってビッグマックの「質」が高いことは、この出してもよいと考える価格に表れるわけです。

他方、価格が全てである、とも経済学は語りません。ヴィトゲンシュタインの名文句ではありませんが、経済学の手法で語り得る価格形成を通じた情報伝達等を語ることに注力し、それでは語り得ない価格で表示不可能なものについては、哲学その他の専門に譲って脇に控える、というのが(まっとうな)経済学者の姿勢です(ゲーム理論に代表される例外がないとは言いませんが)。昨日のwebmasterのエントリにしても、景気拡大を目指さないことの問題点を指摘したのであって、景気拡大があれば他には何もいらない、などということを書いたものではありません。

少なくとも、もう一本の軸がいる。私はそれを「虚の経済」と呼んでいる。

404 Blog Not Found:複素業

その意味で、「実業」と「虚業」を分けて貴賤を語るというのは、実に卑小な行為であり、この事に気がついていない人がいわゆる「エコノミスト」にも多いということは、「エコノミックス」の世界はひょっとするとまだEuler以前ということなのだろうか?

そう。実から虚へ。この流れはもう止められない。少なくとも地球で経済が閉じている間は。そして「経済成長」という言葉からは、この流れがほとんど見えない。

もちろん、虚も実の器がないと成り立たない以上、実をないがしろにするわけには行かない。しかし同じ大きさの器により多くの虚を盛ることができれば、それは立派に「成長」の名に値しないだろうか?

この「複素経済学」の観点から見れば、日本は実に先進的ではないか。今やフロンティアは海でも陸でも空でもない。我々の心の中にあるのである。

「経済2.0=複素経済学への道程」(@404 Blog Not Found11/2付)

これだけでは「虚の経済」なるものが何を指すのかわからないので、引用中のリンク先をさらに引きます。

いわゆる「価値創造」という過程において、「手を使う」のが「実」、「頭を使う」のが「虚」だとしたら、100%実業も100%虚業もありえない。お百姓さんとて、どこにどんな作物を植え,いつどんな作業をするか知恵を絞るのだし、「ハゲタカファンド」とて理想の案件を見つけるため足を棒にするのだ。

数学の世界にも虚数というものがある。「虚数」というよりは英語のImaginary Numberの方がしっくり来る。「自乗してマイナスになる数なんてありえねー」と拒絶するのではなく、それをImagineしてRealとの関係がどうなっているかを構想したとき、数学の世界は一気に大きくなった。そして現在では「虚数」は「マイナス」と同じく「数学的実存」であるにとどまらず、「物理的実存」であることも判明している。例えば量子力学の世界には、iがないと成り立たないのだ。

数学の世界では、実数と虚数の双方を含んだ数を複素数と呼んでいる。「虚数」が実は宇宙に織り込まれているように、全ての業にも「虚」が織り込まれていると言えなくはないだろうか?全ての業は「複素業」である。

その意味で、「実業」と「虚業」を分けて貴賤を語るというのは、実に卑小な行為であり、この事に気がついていない人がいわゆる「エコノミスト」にも多いということは、「エコノミックス」の世界はひょっとするとまだEuler以前ということなのだろうか?

「複素業」(@404 Blog Not Found2005/4/6付)

マスメディアで「実業」「虚業」を語る「エコノミスト」から経済学を論じるとは、テレビや雑誌で志賀貢先生のおっぱい性格判断を見て医学を論じるようなものです(志賀先生のエンターテイナーっぷりがwebmasterは大好きでして、先生を貶める意図は全くありません。為念)。まともな経済学者の発言、あるいはまともな経済学の教科書の中に、「『手を使う』のが『実』、『頭を使う』のが『虚』だとし」て、「『実業』と『虚業』を分けて貴賤を語る」ものがあるとでもいうのでしょうか? また、お金、技術、労働力の3要素について「銭化」(=過度の単純化?)としておきながら、「手を使う」「頭を使う」の2要素はそれよりも現実を正しく描写できるというのでしょうか?

それこそ、投資ファンドの経済活動のみならず、知的財産権の価値評価といったものまで研究対象としているのが経済学です。2001年のノーベル経済学賞は、アカロフ、スペンス、スティグリッツが情報の経済学に対する貢献により受賞しました。そもそもDanさんは、「頭を使う」ことについての既存の経済学の成果のどこまでをご存知の上で、このような発言をされているのでしょうか。「実から虚へ。この流れはもう止められない」というのは、ペティ=クラークの法則(経済発展に伴い、GNPに占める産業シェアは第一次から第二次、さらには第三次産業にシフトする)として1941年にコーリン・クラークが考案した内容と軌を一にするものだと思いますが、「『経済成長』という言葉からは、この流れがほとんど見えない」のでしょうか?

そういえば、以前Danさんは次のようなことを語っていらっしゃいました。

「理系」は、全順序に対して忠実だ。全順序があるからこそ、先人の肩に乗ることができる。理系にとって全順序というのは、先人の肩にのり、そして後人を肩に乗せる、歴史を超えた壮大な肩車の一環なのだ。

そしてそれがため、理系というのはどうしても謙虚になりがちだ。彼らは自分の業績が自分だけの業績でないことをあまりに知っているのだ。

これに対して、「文系」というのは、あまり先人の肩をあてに出来ない。全順序をあてに出来ないからだ。肩かと思って乗っかると、そこはみぞおちで先人のうめき声が聞こえたりというのがむしろ普通なのではないか。

当然その裏返しとして、業績に対する姿勢も傲慢になりがちだ。なにしろ先人はあまりあてにならないのだから、業績に占める自分の分け前は、心の中で大きくならざるを得ない。同じ10の貢献を上げた場合でも、理系は90あったところに10を加えて100にしたという感慨を持つのに対し、文系は1だったものを10にしたという感慨を持つことが多いように思う。

「聞系と履系」(@404 Blog Not Found10/22付)

Danさんは根っからの文系だったのですね。既存の経済学を経済学1.0と呼ぶとして、その業績に対する姿勢を、また、「経済2.0=複素経済学」なる業績に占めるご自身の分け前についての感慨を拝見する限りにおいては。

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cesiss.com [「東京オートサロン2015」で毎回生徒がつくった改造車を披露している日本自動車大学校。今回も12車種を展示、なかには..]

ま恥???愬?鏃ョ??????腑?ゃ?態?┿???????ぶ??13F?????ぇ笙??013?淬??JP)(鏃ユ????)員OUR AD GT-7(S????冦???????★激???э即??紬?斥?19? [ヴォルフスブルクでプレーしていたMFジュニオール・マランダが、交通事故で亡くなった。20歳だった。ドイツ『ビルト』な..]

??儖?併????儷???ぶ??冦儔PE 1??16Lb 150m / ???と???? ???い??婚??掣??http://ubg9.com/xiasports-jan4961704808308.html [【AFP=時事】ケニアの村で8日、呪術師が死者の蘇生に失敗し、その理由として「疲れたから」と言ったことから待ちわびて..]


2006-11-04

[economy][book]ティム・ハーフォード「まっとうな経済学」

原題は本書で何度となく表れるフレーズ、「覆面経済学者」(The Undercover Economist)ですが、このような訳題としたのもうなずけるまっとうな経済学っぷり、さらに言えばまっとうな経済学啓蒙書っぷりです。スターバックスのコーヒーなどの身近な話題をきっかけとして、その背後に隠された枠組みについての経済学の知見を紹介する、というのはこの手の本によくあるスタイルですが、その完成度は非常に高いといえます。

とりわけ、価格設定の持つ意味についての丁寧な記述は、類書に例を見ないようにwebmasterは思います。経済学は役に立たない机上の空論だ、といった評価も多いわけですが、価格という数字の持つ意味、その背後にいかほどの情報が詰まっているのかについてをご覧いただければ、そうした見方は容易に覆されるでしょう。企業経営者にとって、世間にあふれる経済指南の書のほとんどよりも、本書を読んだ方が得るものが多いのではないでしょうか。

他方で訳については若干の不満なしとしません。例えば先にあげた"undercover"については、覆面、つまり正体を隠すことより、表面をなでるのではなく奥に立ち入っての潜入調査(もっとわかりやすい類例を挙げればスパイ)というニュアンスでしょう。経済学者は警戒されるからできるだけそれとわからぬよう振舞え、なんて話ではないはずです。

また、固有名詞もしかりです。

ここでひとつの例をとりあげて考えてみたい。アメリカの政治心理学者、ロバート・ノジックは、「公平性としての正義」という発想に異議を唱えたことで知られる。ある特定の富の配分を「最適」あるいは「公平」な配分とみなすことができるという考え方に反駁したのである。ノジックは、論文を執筆していた1960年代から70年代にかけて活躍したバスケットボールのスター選手、ウィルト・チャンバーレインを引き合いに出している。チャンバーレインはその才能をいかんなく発揮して巨額の富を得たが、ノジックはこれを「公正」としている。チャンバーレインの富は、ファンがそのプレーを観ることに対して入場料を支払ってもよいという合理的な決定をくだした結果、得られたものだからだ。(後略)

pp113,114

「政治心理学者」というのも原典ではどのような表記か気になるところですが、それよりも、この手の文脈でギヴンネイムが「ロバート」なのはおそらくはノージックのことでしょうし、NBAのスター選手でギヴンネイムが「ウィルト」とくればチェンバレンのことでしょう。たまたまこれらについてはwebmasterが知っているものでしたから、ああ、あの人のことね、と推測は可能ですが、そうでない部分について一般の用法と異なっていた場合、本書を手がかりに次に進もうにも困ってしまいます。

原語の発音に忠実に、といった考えはありだと思いますが、であるならば、せめて初出において、一般には○○というカナが当てられているが、本書ではより原音に近い××と当てた、とかなんとか注記をつけておくなどするのが、読者に対する配慮というものではないでしょうか。

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bewaad [>望月衛さん では、重版になったら日比谷図書館を探してみます(笑)。]

strongaxe [とてもいい本でした。なので、あえて細かい(細かすぎる)突っ込みを。 p78「漏れ穴」に対応する原語は何だったのでしょ..]

bewaad [>strongaxeさん かく指摘を受けると、案外私も飛ばし読みしているなぁと思います。「殺生与奪」、私もはじめて知..]


2006-11-05

[economy]価格への信頼=市場への信頼

今月2日3日とDan Kogaiさんのエントリを取り上げてまいりましたが、ふまさんのご示唆でwebmasterにもポイントがつかめたような気がします。

#これも誤解だったら、というおそれはありますが、とりあえず申し訳なく思っています。

例えば、弾さんは次のようなことを書いています。

実際、開発者の生産性が勤務時間の多寡とは関係ないことは、デキル人ほど知っている。むしろ、この時に「状況」の命ずるまま超過勤務してしまう人は、開発者としてもあまり伸びない。休むのも遊ぶのも仕事、いや人生のうちなのだ。それがわからない人はいつまでたっても追いつかないどころかますます引き離されてしまう。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50674431.html

ここでは「無理に頑張らないほうが成長する」と言っています。多分、弾さんは成長を否定していない。本当は彼が否定しているのは「無理に頑張ること」を強いたり、美徳とすることだけでしょう。

「経済学1.0のススメ」(11/3付)へのふまさんのコメント

山形浩生さんとのやりとりに関するエントリでも、同様のことをおっしゃっています。

しかし、ここでは「いくら買うか」ということは問われても、「何を買うか」ということは全く問われていない。「一兆円モノを買いなさい」と言われて、中国から製品を買うのか、インドからソフトウェアを買うのか、合州国から飛行機を買うのか、はたまた日本国内でアクアラインを買うのか(この場合 5000億円ほど足りないけど)。

私が問題にしているのは、そこなのだ。

(略)

要はその「成長」を計る指標として「経済」、というより「お金」というのはどの程度適切か、ということだ。腕を上げた結果残業時間が減って給料が減ったなんていうの今ではざらだし、その逆に腕が上がらないあまりそれを勤務時間でカバーし、その結果残業手当が上がるなんてこともままある。(後略)

「群盲成長をなでる」(@404 Blog Not Found11/4付)

#このエントリ全般については、そのきっかけとなった山形さんのエントリ、及びDanさんへのお答えや、当サイトにご縁のある方々のものですと英-Ranさんのエントリすなふきんさんのエントリなどと同じようにwebmasterは考えています。

一言で申し上げるなら、価格と価値のずれということになりましょうか。本来高い価値があるはずのものに対して低い価格がついていたり、あるいはその逆だったりという事例を見て、価格という物差しは歪んでいるのではないかと。

もちろん歪みはあるわけですが、多くの場合において、この歪みは市場におい(ての競争を通じ)ておおざっぱには自動的に修正されていくので、概ね信頼してかまわないというのが経験則です(修正されざる場合が、いわゆる市場の失敗、ということになります)。この修正もまた、価格の変動という形をとります。

例えばDanさんがお示しの、有能な開発者の手取りと無能な開発者の手取りにおいて、能力に応じた差がついていない、あるいは逆に無能な開発者が生産性の悪さゆえに手取りが増える、というケースを取り上げてみましょう。実は経済学においては、そうした事例について、有能な者はその分だけ余暇を得ているので効用が増える、という枠組みから分析に入るわけですが、とりあえずそれは脇に置いておきます。このような事態が長く続けばどういうことになるでしょうか?

有能な開発者が他の企業から引き抜かれて手取りが増えるとか、昇進して基本給が上がって減った残業代以上に手取りが増えるとか、そのような形での調整が考えられます。そうしたことがなされなければ、有能な開発者が馬鹿馬鹿しくなって仕事の質を下げたり、だらだら残業して残業代を求めコストが増えたり、といった結果として業績が悪化、ひいては倒産したりするわけです。

それには納得がいかない、という声もあるでしょう。プロやハイアマチュアに高い評価を受けている商品が、そうでないものに競争上負けていくという例は事欠きません‐VHSに対するベータ、Windowsに対するMac OSといったところが有名でしょうか。しかしこれは、多数にとってそれらの商品が十分に価値あるものだ、という事実を見落とした、価値観の押付けであるという側面があるのです。

経済学などよく知らない、という人でも、右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線が×状に交わった図というのは見たことがあると思います(X軸が量、Y軸が価格)。通常は、需要は価格が安ければ安いほど増える(よく買われるようになる)し、逆に供給は価格が高ければ高いほど増える(よく売られるようになる)、という含意が取り上げられますが、その他にも重要なことがこの図おいては表されています。

需要曲線は交点から左上に向かって延びていますが、これはつまりもっと価格が高くても買う人がいた、ということを示します。逆方向にも、すなわち右下に向かっても伸びていますが、これはもっと価格が安くないと買わない人がいた、ということを示します。本来この商品には価格に見合うだけの価値がないとする場合、それは逆に価値を認めている人の判断が間違っていると指摘するに等しいこととも言えます。納得してお金を支払っている人からすれば、大きなお世話とも受け止められるでしょう。

これは供給側にとっても、逆の意味で同じこと。市場での競争を通じて実現されている価格というのは、需要側・供給側の双方を考えた場合、この価格以上の価値から得られる満足度(需要側)と価値以上の価格から得られる満足度(供給側)の総和が最大になる価格と量の組み合わせの反映に他なりません。ある商品が市場から淘汰されずに売られ・買われ続けているのは、それによって関係者の満足が、社会的に見てもっとも大きくなっていることの別の表現でもあります。

さらに申し上げるなら、Danさんの問題意識はこの図に集約されているとも言えましょう。ある商品についての需要曲線を想定すれば、多くの人がその商品に対して(主観的に)見出す価値と釣り合う価格というものが、いかに広範囲に分布しているか。あなたにとって高すぎる価格は、他の誰かにとっては適正な価格であり、さらには安すぎるとまで思う人も少なからずいる‐まさしく、価格と価値は多くの人にとってずれていると経済学は教えているのです。

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暇人 [少し話が戻り(かつミクロになり)ますが、弾さんの「優秀な人」「有能な人」の基準はこれだと思います。 http://i..]

bewaad [>ふまさん ノイマンのような大天才に歯向かう気は毛頭ないので、ははぁっと恐れ入るばかりです(笑)。]

bewaad [>暇人さん 実は、無能な人間が頑張ると有害なので、有能な人間が成長する分だけ無能な人間は活動するな、ということだった..]


2006-11-06

[politics][economy][pension][book]権丈善一「医療年金問題の考え方/再分配の政治経済学III」

当サイトでもこれまで「I」「II」と取り上げてきたこのシリーズ、ようやく最新刊に到達です。相変わらずの権丈節で内容の濃さは保証いたしますが、「I」「II」と読み進めてくる場合には大きな問題がひとつ。

というのも、前半の5論文にせよ、後半の「勿凝学問」シリーズにせよ、その論旨の多くをこれら両書(とりわけ「I」)に負っており、他方で600ページを超える分量というのは、冗長の感なしとはしません。webmasterが思うに、公刊順とは逆に本書は権丈理論の入門として読むというのが格好の役割です。本書をまずは手にとっていただき、ご関心に応じて「I」や「II」の関係論文に進んでもらう、というのがお薦めの読み方でしょう。既に「I」「II」を読んでしまった方‐webmasterもそうですが‐は、復習といったところでしょうか。

この分量については、「勿凝学問」が過去の引用部分のほとんどを再録していることも大いに手伝っています。もともとのサイト上での公開ではその方が読みやすさにつながりますが、書籍という形式では、少なくとも本書掲載部分の採録については、単に参照先を示すという形の方がよかったのではないかと思います。「勿凝学問」は、「II」について取り上げた際にも書きましたが、時事問題への応用編といった趣で、しかもエッセイですから、「権丈入門」としては格好なだけに惜しいところです。

ちなみに権丈節と申し上げましたが、本書でもっともwebmasterが気に入ったのは次のパラグラフです。

どうして、日本の年金論議は、こうもおかしくなってしまったのか。この問いに対して、アメリカでは決して主流でない学説が実に狭いチャネルを通って日本に輸入されたのであるが、この学説を輸入した日本の論者が、たまたま旺盛な活動家であったために、日本は公的年金の世代間格差論議が活発な、世界でも珍しい国になってしまったのではないかという作業仮説をわたくしは立てている。この仮説のキーワードは<日本経済新聞社><阪大財政学グループ><一橋年金研究グループ>である。その内容を紹介しよう。

p178

紹介される内容についてはぜひ本書を紐解いていただきたいのですが、ここまではっきりと言い切るのは痛快です。この背後にある公的セクターへの不信感を募らせた風潮の立役者としては、慶應義塾大学経済学グループも忘れるわけにはいかないような気がするわけで、その代表格である加藤寛先生への接しよう(「勿凝学問35」)は若干身びいき、あるいはらしくない舌鋒の鈍り方では、という気もしないではないですが(笑)。

とまれ、そうした論者、さらにはそのような風潮に乗り年金不信をあおって「政争の具」としている民主党への批判にはwebmasterは大いに共感するのですが、その延長として来年7月の参議院選挙に当たって民主党が被用者年金一元化を再度「政争の具」とするであろうとの予言(「勿凝学問45」)には暗澹としてしまいます。ぜひともその予言は外れてほしいのですが、外れるとすればよりお手軽な「政争の具」の材料が出てきたとき(例えば金銭スキャンダル)でしょうから、それはそれで不幸な話ではあります。

#仮に自民党が野党になったならば、同じような行動をするでしょうから、民主党だけに問題があるという議論でもないのでしょうけれど。

蛇足ながら、「コンスタビリティ理論」「コンスタブル市場」(pp547,548)は、「コンテスタビリティ理論」「コンテスタブル市場」の誤りであると愚考いたします。重箱の隅ではありますが、気になりましたもので・・・。

[misc]ピンガ初体験

西原理恵子「鳥頭紀行/ジャングル編」を読んだ多くの人に強烈な印象を残すであろうお酒、それがピンガですが、某所で発見し、痛飲。高いアルコール度数(約40度)にかかわらず非常に口当たりが柔らかで、「鳥頭紀行」で描かれているとおり(笑)危険極まりないお酒といえましょう。ストレートであおったのがまずかったのかもしれませんが、後になって結構きました。

#最後に飲んだグラッパが余計だったのかも(笑)。

ちなみにそのお店のマスターによれば、ライムを搾って砂糖を入れカクテルにすると、いっそう口当たりが柔らかになるとのこと。いっそう危険な飲み物、ってことになりますねぇ・・・。

本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>通りすがり2さん 私が文脈を汲み取れない形で部分的に引用してしまったということで恐縮です。 権丈先生の問題意識は..]

通りすがり2 [遅くなりましたが、ありがとうございました。 こんな通りすがりのいちゃもんに対しても、丁寧なレスポンスをつけてくださり..]

bewaad [>通りすがり2さん 補足説明はダメダメではなかったということでほっとしています。引き続きよろしくお願いいたします。]


2006-11-07

[economy][law]言い得て妙なり「水戸黄門的世界観」

#これまでの関連エントリについては、グレーゾーン金利撤廃(出資法上限金利引下げ)問題indexをご覧ください。

「水戸黄門的世界観」とはすなふきんさんの命名ですが、その言を引き出したのはnight_in_tunisiaさんのエントリでした。

出資法の上限金利を利息制限法と同水準にするのみならず, 年収の一定割合を借入の上限とする案も含まれているらしいが, バブル絶頂の1990年頃からに相次いでとられた政策と, そのヒステリックな反応も含めて酷似しているのが笑うに笑えない.

(略)

多くの人がバブル経済の山の高さ故にその後の不況の谷も深かったのだと自虐的に考えているようだ. しかし, その当時取られた政策を見ると金融政策では1990年の約1年余りで2.75ポイント(3.25→6.00)の金利の急速な引き上げ, 土地関連では土地取引の総量規制, 土地譲渡益課税, 地価税の創設など一気に引き締めに走ったことが分かる. 山が高かったから谷が深かったのではなく, 落ちなくてもよい谷に突き落とされた格好で日本経済は減速していったのだった.

現在の上限金利を巡る議論も同様の構図が見て取れることが, リアルでは全く無関係なこの問題への関心を引き付ける理由なのかも知れない. 上限金利を規制することは金融政策における誘導金利の引き上げと一見, 逆の行為に見えるかも知れないが, 市場を収縮させるという点で同じ効果を持つ. 土地取引の総量規制は土地向けの融資を金融機関の貸出額の一定割合以下に抑えるというものであったが, 今度は利用者, すなわち需要者側の借入額の総量を規制しようと云うものであるから若干の違いはあるがやはり貸し出しの減少になることは間違いない.

(略)

消費者金融市場において同じことが繰り返されようとしている. 同じ失敗が目の前で繰り返される不安をなんと言い表せばよいのか言葉がない. 多くの人が上限金利引き下げに賛成である. 慈悲深い自分への自己満足は消費者金融市場から無縁であるから得られるもので, そのコストは結局救ったつもりの人々が支払うことになるであろう. まさにバブル以降我々が経験してきたように.

「貸金業法改正とバブル崩壊に見る相似」(@night_in_tunisiaの徒然なる数学な日々11/5付)

この「慈悲深い自分への自己満足」の典型例が、ちょうどメディアによって公開されました。その発言者は、今般の法改正の流れを作った最高裁判決にかかわった滝井前判事です。

最高裁判事として貸金業者の高金利受領を厳しく制限する意見を述べ、10月末に定年退官した滝井繁男さん(70)が毎日新聞のインタビューに応じた。「消費者金融が空前の利益を上げる一方で、高利のために自殺者まで次々と出ているのは、どこかおかしいと考えていた」と当時の心境を初めて明かした。裁判官が、関与した判決に言及するのは珍しく「時代の状況をにらんで、法律をなるべくまともな方向に生かしていくのが法律家の役割」とも語った。【木戸哲】

毎日「滝井元最高裁判事:空前の利益…高利で自殺者、疑問に」

法改正を待たずして、最高裁判決の影響で消費者金融会社はこの中間決算で次々に赤字に陥りましたが、「空前の利益」(金融庁の資料(pdfファイルでp7)を見る限り、上限金利が40.004%から29.2%に引き下げられる前(平成12年6月)の話にしか見えませんが)を理由にするのであれば、それを吹き飛ばして余りある結果が出た現在、やり過ぎであったとお認めになるのでしょうか。でしたら、再度「なるべくまともな方向」に転換すべきということになるのですが。

そもそも論として、「空前の利益」とやらが不公正な取引手法等によるものでなければ、それをたたき出した企業経営の努力が認められこそすれ、貶されるべき話ではありません。その論証を欠くというのは、単に儲けている奴らは胡散臭いことをしているに違いない、というステレオタイプな見方を無批判に受け入れただけではないでしょうか。

83年に成立した貸金業規制法は、業者が一定の書面を交付し、借り手が「任意」に支払った利息は、利息制限法の上限(15〜20%)を超えても有効とみなすと規定。上限を超えた利息を支払っても返還を求めることが出来るという判例を「骨抜き」にする立法だったとされる。

業者はこの法律を根拠に高金利を受領していたが、滝井さんは「利息制限法があるのに、あくまでその例外に過ぎない貸金業規制法が幅を利かせているのはおかしい」と感じた。裁判長として04年2月、超過利息を受領するための書面の要件を厳しく解釈する判決を言い渡した。

毎日「滝井元最高裁判事:空前の利益…高利で自殺者、疑問に」

利息制限法が「時代の状況」に合わず、大きな借入需要を阻害していたとはお考えになれませんか? 少々金利が高くても借りたいという人のニーズを満たすため、「法律をなるべくまともな方向に生かし」たのが例外規定だったわけです。利息制限法という一般法に対する貸金業規制法という特例法、という枠組みにとらわれてそのような「時代の状況」を無視しておいて、何が「まともな方向」なのやら(笑)。

むしろ、悪い意味での法律家の法律至上主義でしかないでしょう。この路線で行けば、40km/h制限の道路で50km/hで走行していた自動車が事故を起こして裁判になったとき、運転手の責任とは別に、「40km/h制限があるのに、それを超過したスピードでの走行が常態化しているのはおかしい」とでも言って、全国でネズミ捕りの強化を警察に求める判決を書きかねませんねぇ(笑)。

だが、業者が要件をクリアする書面を作れば、超過利息の支払いは有効となり「いたちごっこ」が続いてしまう。このため、滝井さんは貸金契約にある「分割弁済の支払いが遅れた場合は全額を一括弁済し、損害金も払わなければならない」との特約に注目。このような特約がある限り、任意の支払いとは認めないとする補足意見を述べた。「一括弁済を逃れようと借金を重ね、仕方なく高利を払う。これでは『任意』とは言えないと判断した」と振り返る。

滝井さんも関与した今年1月の判決は、この意見を踏まえ「特約は超過利息の支払いを事実上強制している」と判断し、超過利息の受領を認めなかった。「天と地がひっくり返るほど画期的」と評価され、法改正の動きも加速した。

業界側は低所得者への「貸し渋り」につながると主張し、金利引き下げに反対してきた。だが、滝井さんは「高金利でお金を借りたために、かえってその負担で状況が悪化し、自殺に追い込まれた人もいるはずだ。お金を借りられなくなって本当に困る人がどれだけいるのか」と指摘。「金利が入るからという理由で十分な審査もせずに融資し、生命保険にまで入れというのは正常な発想ではない」と、業界の姿勢にくぎを刺した。

毎日「滝井元最高裁判事:空前の利益…高利で自殺者、疑問に」

「いたちごっこ」というのが滝井前判事の言なのか木戸記者の言なのかはわかりませんが、つまりは結論先にありきで法的論理構成は後付だと。厳しい要件を課すべきとしたなら、その要件を債権者側が努力して満たした場合には是認してしかるべきでしょう。とにかくダメなものはダメだ、という自らの見解に固執し前言を翻して恥じないというのは、法匪と難じられるに足る振る舞いです。

まして、高金利がどれだけ多重債務問題を引き起こす要因として機能しているかについては、単に「自殺に追い込まれた人もいるはずだ」というだけで検証として合格点を与え(そりゃゼロってことはないでしょう)、他方で「お金を借りられなくなって本当に困る人がどれだけいるのか」と疑問の余地があるというだけで全否定するのは、どう考えても不公平なダブルスタンダードでしょう。業界の主張、あるいは当サイトでおなじみの吉行誠さんが予測するように、実際に困る人が出てきた場合、滝井前判事はどう責任を取るつもりなのでしょうか(って、取るつもりなんかこれっぽっちもないことぐらいわかっていますが)。

「十分な審査もせずに融資」って、滝井前判事はどこまで消費者金融業界の審査実務に通暁しているのですか? 審査を問題にするなら、あくまで個別事例において十分な審査が行われたかどうかを問うべきであって、審査が不十分であると十把一絡げに括ることこそ「十分な審査もせずに判決」でしょう。「生命保険にまで入れというのは正常な発想ではない」というなら、住宅ローンその他の生命保険はどうお考えなのでしょうか。

結局、night_in_tunisiaさんが「慈悲深い自分への自己満足は消費者金融市場から無縁であるから得られる」と喝破されているように、他人事だからこそ絵に描いた餅を堂々と主張できるのでしょう。借りられなくなった人が出てきたところで、借金に頼ろうとするのは間違いだ、とかなんとかご高説を垂れて悦に入るのが関の山、むしろ将来の多重債務を未然に防止してやったとでも思う可能性は相当に高いはずです。ニート論者などもそうですが、一見同情的な立場から温情ある意見を述べているようで、その根底には抜きがたい蔑視があるのではないか、とwebmasterは思います。

すなふきんさんは、庶民が苦しんでいるのは既得権者や官僚など含め誰か悪い奴らが暴利を貪っているからで、そいつらを退治することで正義は実現されるという水戸黄門的世界観がここにもあるという文脈で「水戸黄門的世界観」という命名をされていますが、その場の解決でよろずめでたしとし、その後のアフターケアを語らないという点でも、鋭く本質を射抜いているといえましょう。

[economy][government]民間から学ぶ気のない行革論者

行政改革と口にするのは簡単でも、世にはびこるのは近視眼的現状否定めいたものばかりで、本当に改革につながるような現場が納得するようなもの、現場に花を持たせるようなものなどほとんどみない(成功させたいならそうでなくてはならないはずだ)、といった趣旨のことを当サイトではたびたび書いてきました。実際に結果を出しているコンサルタントのやり方だってそうだ、と。

そんなwebmasterの主張を裏付けるような報道です。

先月、産業再生機構が「事業再生の実践」(1〜3の全3巻、商事法務)という本を出版した。2003年4月の発足後、3年余りに手がけた41社の事業再生で蓄えたノウハウを社会に伝えるための実務書だ。

支援を決定し、債権放棄などの金融支援をまとめて事業再生計画を策定し、実行に移していく――。こうした一連の作業について、企業の実名こそ出さないものの、豊富な具体例を交えて紹介しており、実務家の貴重な参考書となるに違いない。

(略)

今も支援中の企業はダイエーを含め4社。機構の役職員はピーク時の220人から70人に減り、来春にも1年前倒しで活動を終える見通し。今回の出版は機構の“卒業論文”でもある。

卒論の目的はノウハウの伝授だけではない。編纂(へんさん)委員長の冨山和彦専務は「企業で価値を創造しているのは、そこで働いている人間だということをしっかり理解したうえで、彼らのやる気を最大限に引き出すことが重要だ」と、事業再生の“極意”を話す。逆に、経営者や株主、債権者が、安全な場所から厳しい注文をつけるだけでは現場はシラけて面従腹背し、再生はうまくいかないという。

読売「一筆経上/事業再生の極意とは」

産業再生機構の存在そのものには批判的なwebmasterではありますが‐一言で表すなら、それこそ純粋な民間に委ねるべき‐、ここでの冨山専務の発言には心から納得です。何らかの運営上の問題を抱える行政機関について、それを公的部門として維持するのか民営化するのかはさておき、その問題を解消するために「事業再生」を行う際、「そこで働いている人間」の「やる気を最大限に引き出すことが重要」でしょうし、政治家や学者、マスメディアが、「安全な場所から厳しい注文をつけるだけでは現場はシラけて面従腹背し、再生はうまくいかない」ということになってしまいます。

翻ってよくある改革論議は、まさにこの「うまくいかない」パターンをなぞっているものがほとんどでしょう。政府はダメだ、民間でないと、といいつつも、自らの為すことはまったく民間のベストプラクティスを無視し、さらにはかつての共産圏諸国の政府のように、命令さえすれば、インセンティヴ構造も何も無関係にそのとおりに組織が動くと考えているかのようです。

他人にえらそうな講釈を垂れる前に、まずはご自身の発想について「官から民へ」の転換を図るべきではないのでしょうか。

[economy][book]とある宇沢先生のご発言@権丈本

田中秀臣先生が宇沢弘文先生の規制緩和等への批判について取り上げていらっしゃいますが、その文脈ですと、昨日紹介した権丈本に極めて興味深い一節が。コメントはあえて控えます(笑)。

(「新春特別インタビュー 日本医師会会長 植松治雄氏」『Medical QOL』 Jan. 2006, p.38より)

植松 ……先日、東大の宇沢弘文先生と話す機会があったのですが、「経済学上は医療というのは教育とともに社会の一番大きな公共財で、官が指導するべきものではなく、医師が自立性をもって取り組むものだ」ということでした。また、経済財政諮問会議のある議員について、「若い時には期待していたけれども、今では学説的にも変節してしまって、日本を潰れる方向に導きつつある」と評していました。「権力に組みして、権力を得た学者の堕落と、その恐ろしさをみせている。学者としてあるまじきことだ」とまでおっしゃっていましたね。

p448

本日のツッコミ(全32件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>mさん ご趣旨には基本的に賛成で、上(http://bewaad.com/20061107.html#c15)で、..]

 [誤解なきように ご存知と思いますが、司法書士にも1000人くらいですが、一ヶ月の研修、資格認定試験合格者に、簡裁代理..]

bewaad [>mさん 恥ずかしながら、司法書士の簡裁代理権資格については知りませんでした。ご教示いただきありがとうございます。]


2006-11-08

[economy][book]飯田泰之「ダメな議論」

著者自身による発売予告があったので早速入手してみましたが、たいへん読むのが楽しくあっという間に読了してしまいました。一言で本書の性格を表すなら、著者のデビュー作「経済学思考の技術」への格好の橋渡し、ではないでしょうか。「おわりに」にて、「本書を読まれて次のステップを、とお考えの方がいらっしゃいましたら、ぜひ拙著『経済学思考の技術』を一度手にとっていただければと存じます」とかなんとか書かれていないのがまことに惜しいです(注記で触れられてはいますが)。飯田先生、商売っ気なさすぎでは(笑)。

本書の枠組みは、ロジカルシンキング、クリティカルシンキングの説明から入って具体的に適用してみる、というもので、これだけを見るならば類書の構成を踏襲しているといえます。他方で実際の説明については、

  • タイトルが示すようにダメなものは何か、というネガティヴチェックに重点を置き、
  • 具体例として経済ネタを取り上げている、

点においてオリジナリティあふれるものとなっています。といいますか、最近当サイトで取り上げていた経済成長の意義等については、先に本書を読んでいたなら恥ずかしくって書けませんでしたね(笑)。

その他のテーマとしては、ニート・フリーター等を含む若者論、食糧安保論、バブル悪玉論、国際競争力論等々の「常識」が俎上に載せられ、何がダメかを徹底的に論証しています。その論証の仕方も、丁寧に議論が積み重ねられているのは無論ですが、加えて読む楽しみを増す点として、文章の端々にさりげなく、説得技法の例として韓非子が取り上げられていたり(pp23-25)、三重野元日銀総裁の二つ名「平成の鬼平」が実は長谷川平蔵の事跡に照らして当を得ている可能性の指摘があったり(p163)と、著者の博覧強記さがうかがえて思わずうなってしまいます。

かくも読者にとって得ることの多い本書ですが、それにとどまらず正の外部効果があるのでは、という気すらします。最近著書を紹介させていただいた権丈先生いわく、国民は合理的無知の状態にあり、つまりは政策選択にかかわる話題については、多くの人にとってそれなりの知識を身につけるコストが効用に見合わない(=よくわかるようになっても、個人的に何か見返りがあるわけではない)ので、合理的選択の結果そのようなコストを費やさず無知の状態にあるのだということですが、本書はそのコストを大いに引き下げるものです。混迷せる経済論壇の渦中の民主政下において待望の書、とまで評するなら過言でしょうか?

[BOJ]利上げの時期に予断はなくとも、利上げそのものに予断あり

最近手薄になっていた日銀関係者の見解のフォローですが(ドラめもんさんにお任せしておけば十分すぎるぐらいですし)、またまたきな臭さが漂ってまいりましたので。

日銀の福井俊彦総裁は7日講演し、今後の金融政策運営について「インフレになる前にきめ細かく手を打つことによって景気の波を小さくする。金利を上げることによって(景気拡大の)シナリオをさらに維持できる」と述べ、息の長い景気拡大を実現するためには徐々に金利を引き上げていく必要があるとの見解を強調した。

具体的な次の利上げ時期をめぐっては「予断を持っていない」とし、経済・物価情勢を点検しながら慎重に判断する姿勢を改めて示した。

足元の景気については「企業部門の好調が家計部門にも緩やかだか着実に波及してきている。雇用者数は着実に伸びている」と指摘。賃金の上昇が緩やかなものにとどまっていることに関しては「いずれ賃金の上昇圧力は徐々に高まっていく」との見通しを示した。

日経「日銀総裁「インフレの前に細かく手を打つ」・金融政策」

日銀のやりたいようにやらせていてはデフレ脱却など不可能だ、とは当サイトで何度となく申し上げてきたことですが、webmasterとは違い親日銀であるbank.of.japanさんからも次のような懸念が呈されています。

実際の利上げ判断については、6年前のゼロ金利解除の失敗を教訓に、相当に慎重に行うのではないかと思う。市場関係者の間では、来年1−3月期に利上げする、との見方が多いが、これとて経済統計データや株価・為替市場などの動向が追い風にならないと、利上げには踏み切らないと考えている。

ただ、実際に判断するのは日銀である。いくら私が日銀は慎重に政策を運営すると思っても、最後は政策委員会メンバーの判断にかかっている。ここで心配なのは、錦の御旗の正当性を証明するために利上げに突っ走る行動であろう。このリスクは小さくない。

「景気がシナリオ通りでも利上げが必要」と断じてしまったため、例えば年明けになって利上げしないと景気がシナリオ通りになっていない、という見方が強まる恐れがある。こういうとき日銀は『信任』にこだわりやすい。景気シナリオへの信任、そして政策運営への信任を確保するため、データや市場が追い風でないのに、利上げを強行するリスクはないではない。

この場合、日銀はフォワードルッキングを強調するだろう。ただし、これは「やりたいようにやる」との方便であり、EURO SELLERさんは「実効性の無い発言で狼おじさんと言われてしまいそう」と指摘されたが、日銀はまさに狼おじさんではないことを証明するための利上げをやってしまうわけだ。将来の景気過熱論は、利上げしたいための方便と化す。

「フォワードルッキングは「やりたいようにやる」の方便=利上げのための景気過熱論」(@本石町日記11/7付)

webmasterの主観的予測では、このリスクは「ないではない」どころではなく多いにあり、それが外れるとしたら量的緩和解除・ゼロ金利解除の引締め効果で明らかに景気が本格的に腰折れたときしかないのではないかと(笑・・・いごとじゃありませんが)。水中に突き落とされて溺れれば無罪と認定されるけど死亡、溺れなければ有罪と認定されて死刑って、日銀は魔女裁判の判事さながらですねぇ。

ちなみにbank.of.japanさんは、webmasterとは違う方向に光明を見出されています。

利上げしないと景気が過熱すると日銀が本気で思っていたら? 成長重視の安倍政権は「だったら景気を過熱させてらどうか」と詰め寄るべきであろう。ダム論は滅茶苦茶効き始め、国民の多くが景気拡大を実感するに違いない。そして日銀には景気過熱のソフトランディングを新たな任務として課すのがいい。みなさん、低金利を続けると景気が過熱すると思いますか。

「フォワードルッキングは「やりたいようにやる」の方便=利上げのための景気過熱論」(@本石町日記11/7付)

もちろんwebmasterは「低金利を続けると景気が過熱するとは思」わないのですが、その根拠はいろいろあるものの、最大のものは潜在成長率の見積りです。それが1%台だと思っている日銀からすれば既に過熱状態だということでしょうけれど、2%台半ばだと思っているwebmasterからすればようやく収支トントン、繰越欠損(=過去のデフレギャップの累積)を解消するにはまだまだ足りない、という現状認識だからです。

#潜在成長率見積りと軌を一にして、最近では現状の失業率がNAIRU(インフレを招かない失業率)に達している(=これ以上失業率を減らそうとすればインフレを招くおそれが高い)、といった観測すら出てきています(roumuyaさんのエントリを参照)。

安倍政権が成長重視とはいえ、潜在成長率の見積もりにおいては日銀と大差ありません(イノヴェーション推進で2.2%まで引き上げると言っているのですから)。だとすれば、日銀と理屈の勝負になれば政府には勝ち目はないので、bank.of.japanさんのご提言は、webmasterは極めてまっとうなものだと思うものの、実現は期待し難いといわざるを得ません。

したがって、もしbank.of.japanさんの案が実現するならば、昨今の実質成長率はほぼ潜在成長率に等しく、イノヴェーションの必要性などありませんという大胆な路線転換が前提、ということになるわけですが、これだけ大風呂敷を広げてしまった現在、あまりにもハードルが高すぎるのではないでしょうか。潜在成長率は1%台だけれども現状インフレギャップは生じていない、という摩訶不思議な論理構成は、さすがに内閣府の事務方が身を挺して止める、と信じたいなぁ・・・。

[history]独ソ戦理解のオルタナティヴ

第二次世界大戦におけるバルバロッサ作戦(ドイツによるソヴィエト侵攻)については、序盤はソヴィエト側の大失策でモスクワ近郊まで進出を許したものの、ドイツには勝ち目はなかったというのが一般的な見解だと思います。

【質問】
独ソ戦は序盤はドイツ圧倒的有利なのですが,なぜ負けたか不思議です.

【回答】
元々独ソ戦は,ドイツにとっては,秋が来るまでの間にモスクワを陥として終わらせられる短期決戦の筈だった.
秋までどころか冬になっても戦争が終わらず,それどころか翌年になっても,その翌年になっても,ソビエトを負かせられなかった時点で敗北必至.

序盤で圧倒的に有利だったのは,
*開戦初日,ドイツの兆発と誤解(誤認)したスターリンが反撃禁止の指令を出した
*スターリンが粛清で実戦経験のある有能な将校をほとんど始末してしまっていた
*ドイツと違い,ソビエトは戦時体制に入っていなかったので,人員や資源の動員が遅れた
為.
それらが全て覆され,さらに米英の援助まで受けるようになっては,ドイツの敗北は必然.

そもそも,当時のドイツが準備できた軍需物資(例えばトラックとか,予備部品とか),鉄道建設部隊の質と量とかからすりゃ,ヒトラーが超天才だろうと,中央軍集団がクーデター起こそうと,あと二ヶ月早く対ソ開戦しようと,冬の到来が一ヶ月遅れようと,絶対モスクワまではいけなかった(参考:クレヴェルト「補給戦」).

軍事板常見問題/第二次大戦およびその前後欧州方面FAQ/陸戦関連/戦史/独ソ戦

しかしながら、守屋純「独ソ開戦、極秘の図上演習」(歴史群像12月号pp102-109)によると、ソヴィエト側は大失策の結果として戦略的な縦深防御になったのではなく、事前に戦略的な縦深防御を図ることをスターリン及び軍中枢は固めており、モスクワ寸前にまで達せられたのはせいぜいが中失策か小失策の結果だ、という見方が可能だとのことです。

ご関心の向きには直接当たっていただきたいのですが、上記引用の大失策については、スターリンの粛清の部分は当たっているものの、

  • 反撃については、国境近辺の部隊については、戦術的に負けることは織り込みつつ、できるだけ時間稼ぎをさせる予定だった、
  • 動員については、縦深防御を徹底できなかったのは事実であっても、例えばT34やKV1は国境近辺ではなくドニェプル川西岸に集中配備されており、これは当該地域での反攻を念頭に置いたもの、

であり、誤算はベラルーシ方面が(ウクライナ方面とは異なり)あまりにあっけなく壊滅してしまったことと、スモレンスク周辺でも食い止められなかったことであると。

ドイツの侵略の犠牲者という立場を守るためこうした事実は秘匿され、ソヴィエト崩壊によってようやく明らかになってきた、という背景説明を含め、なかなか説得的な立論であるとwebmasterは思うのですが。今後の関連研究に期待したいです。

本日のツッコミ(全20件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>飯田先生 わざわざおこしいただきありがとうございます。キモを外していなくてほっとしています(笑)。]

う-ま [ こちらのエントリより「補給戦」が中公文庫より復刊されている 事に気がつきまして、先ほど購入してまいりました。  こ..]

bewaad [>う-まさん 私は、たまたま本屋で物色中に見つけて買いました(が、まだ積読中です)。中公のあのシリーズは、例えばシュ..]


2006-11-09

[misc]秒速→時速換算

佐呂間町の竜巻を受け、Fスケールは風速毎秒○メートルだ、などという話が出ているわけですが、気象に関してwebmasterが常々思っているのは、そもそも通常用いられる時速表示でないのがわかりづらいということです。なぜ秒速表示かについては、例えば次のような説明がなされています。

Q.森田さん、こんにちは。いつも楽しく拝見しております。
早速ですが、台風とかの風速は秒速で表示しますが、なぜ時速ではないのですか?移動速度は時速で表示するし、秒速よりは時速の方がわかりやすく感じると思います。
東京都 石塚 義浩さん (2003.10.3)

A.アメリカなどは便宜的に時速を使ったりしますが、国際的にはメートル法を使用し、風速は秒速で表示することが決まっています。
風速はそもそも瞬間値で大きく速度が変わりますので、時速であらわすより秒速であらわす方が理にかなっています。
例えば100メートル走の記録で10秒0を、時速36キロと表したらへんではありませんか?それと同じです。

森田さんのお天気ですかァ?/お天気Q&A

しかしよく読みますと、結構ひどい答えです。時速の方がわかりやすいのに、という指摘そのものについては、アメリカでは便宜的に使われている=時速の方がわかりやすい(ただし、あちらではkm/hではなくmph(miles per hour)ですが)とはお認めなわけです。質問者の意図にしても、研究分野等において時速を使えという話ではなく、一般向けには時速を使ってくれた方が便利だからそうしてくれということでしょう。国際的にメートル法が使われているからといって、例えば不動産の面積について畳や坪を使うのが問題だということにはなっていません。

瞬間値で大きく速度が変わるから、というのはますますもって意味がよくわかりません。定義上、速度なんてすべて瞬間値に決まっているではありませんか(笑。平均時速の算出に当たり平均化する時間をどの程度の長さにするか、という議論ではありません)。秒速だろうと時速だろうと表している速度に変わりはなく(変わりがあったら困ります(笑))、秒単位で速度が大きく変わるものの他の例、自動車のスピードや野球の球の速さであっても日常でよく時速表示がなされていて、それとの比較でわかりやすいからこそ、気象に関しても時速表示が望まれているわけです。

最後の例などめちゃくちゃで、時間と速度を混同して変ではありませんかって、変に決まっているでしょう(笑)。100メートル走の記録はお示しのとおり秒で表されているのであって秒速で表されているのではありません。100メートル10秒フラットの記録を10m/sと表したって十分変です。

と愚痴っても現状は変わらないので、webmasterはよく4倍して1割引く、あるいは逆に1割引いてから4倍するという形で秒速を時速に変換しています。秒速50メートルの非常に強い台風です、なんて台風情報があれば、時速180kmか、確かにすごいなぁ、と。

#蛇足ながら、台風の風力は、強い=33〜44m/s(119〜156km/h)、非常に強い=44〜54m/s(157〜192km/h)、猛烈な=54m/s〜(193km/h〜)、で表されます。

やっていることは小学校の算数と理科ですから、えらそうに種明かしと構える話ではありませんが、秒を時間に直すために3,600を乗じて、メートルをキロメートルに直すために1,000で除せば3.6倍ということで、それを4×0.9にしているだけのことです。しかしながら、例えば竜巻のFスケールごとの風速を次のように表すと、今般のF2以上というのがどれほど強いものか、なんとなく身近に感じられるのではないでしょうか?

速度単位|FスケールF0F1F2F3F4F5F6
m/s-3233-4950-6970-9293-116117-141142-169
km/h-116116-180181-250251-330331-415416-510511-609

F2であっても200km/h前後、もしF3だったなら300km/h前後ですよ!

[misc][music]のだめドラマでの指揮

(略)3回目の放映分、
 収録当初は音が合っていた「千秋様」の指揮が、編集の関係で、音がずれて、千秋様いたくお怒り
とかいう話も聞こえてくるし(DVDでは直すそうだが)。見てないからアレだけど、
 指揮が裏打ちになってた
ってほんとか? 見てたら悶絶してたかも。

「のだめカンタービレ フジテレビ 月曜 21:00-21:54→加筆あり」(@天漢日乗11/6付)

第3話は見ていたのですが、iori3さんが取り上げられている部分は気付きませんでした。といいますか、指揮のシーンでは他にもっと気になることがあって、それどころではないのです。

それが何かといえば、あまりに力を入れて指揮棒を振っていること(千秋であれ、シュトレーゼマンであれ)。あんな振り方をしていたら、数分で疲れて振るのがつらくなり、翌日には筋肉痛になってしまいますってば。

世の中の指揮者が筋骨隆々でないのは、そんなに力を入れないのが正しい振り方だからです。どれほど見かけは激しい振り方をしていても‐例えば故バーンスタインのように‐、実際には次の2点がドラマでの指揮シーンとは異なっているので、よぼよぼの老人(失礼)であっても1時間以上指揮棒を振っていられるのです。

  • 振り上げる瞬間だけ力を入れて、その後は放物線運動、つまりは重力にまかせてしまうというのが基本。振り下ろすときは、「下ろす」のではなく、力を抜いて「落とす」ことになります。
  • (スポーツでもよく言われますが)脇を締めるのが基本。そうでなくては、あっという間に僧帽筋や三角筋が疲弊してしまいます。

webmaster自身重箱の隅だなぁとは思うのですが、いったん気になりだすとどうしても目がそこに行ってしまいます。総じて出来がいいだけに、残念だなぁと。

本日のツッコミ(全33件) [ツッコミを入れる]

Before...

電算機専門官 [>数時間だとわかりませんが、1時間での歩行距離は、個人的には5kmを目安にしてます。 私も徒歩は時速5kmですね。 ..]

bewaad [>kumakuma1967さん だからこそ、○○m、徒歩×分と分解して伝え、あくまで速度表示ではない体裁にしているの..]

bewaad [>電算機専門官さん 私の場合、実際に1時間歩くとだいたいそのぐらいという、極めて原始的な手法で計測しました(笑)。]


2006-11-10

[economy][sports]プロ野球の経済学IV:選手の資産価値

#会計が経済学か、という疑問はとりあえず忘れてください(笑)。

ライオンズ松坂選手のポスティング移籍に関連して、ろじゃあさんが面白い指摘をなさっています。

でも、これ、従来の移籍金はチームの補強に使うって意味で同じ業態を維持するために回ってたという基本的な資金使途以外の形でお金が流れるってモデルが今後も出てくるかもってことなんだろうかねえ。

イチローのとことかどうだったんだろうか。

ろじゃあが読んでてちょっとわからなかったのが、グループの赤字補填に利用されるってくだり。

ポスティングによる移籍金・落札金とかって、そもそも会計処理どうやってんだろうかねえ?

そもそも西武ライオンズの

バランスシートの資産のところに松坂選手を資産として計上しているわけではないだろうから(してるのかなあ)、

移籍金・落札金とか入ってきたらどうやって処理するんだろうか。

それに、その移籍金・落札金ってあくまでも西武ライオンズに入ってくるお金だろうから、西武ホールディングズにどうやって流すことになるんだろうか。

それぞれの過程で税務上の問題ってどうするんだろうなあ・・・・。

一応、これクロスボーダー取引だよなあ・・・・とか。

そもそもオリックスはイチローの分についての会計処理と税務上の処理をどうやってたんだろうか・・・・。

考え始めたら、結構頭が整理つかなくなってきますねえ。

「これ益出し?孝行息子松坂選手と西武グループの赤字補填?・・・スポーツ法学の問題かなあ」(@法務の国のろじゃあ11/9付)

オリックスの2000年度の連結財務諸表を見ても関連する記述はなかったので、まったくのあてずっぽうということになりますが、結論から申し上げれば次のような枠組みではないかとwebmasterは予想します。

  • プロ野球球団の所属選手に係る潜在的価値はのれん代相当の無形固定資産
  • したがって、ポスティング収入は固定資産売却益=特別利益計上

このような予想の手がかりとなったのは、ゴールデンイーグルスに係る次のお話です。

【増永】 初年度の黒字化に成功された要因として、どのようなことが考えられますか。

何度も申し上げているように、6事業の最大化に注力したこと。そして初年度なので、私たちにかぎっては償却金が少なかったというのが黒字化の大きな要因です。

(略)

償却金のひとつとして、選手を獲得する際に支払う契約金があります。年俸とかインセンティブとは別のものです。契約金は日本人選手でいうと3年。球団によっても異なりますが、外国人選手であれば楽天の場合1年半で償却されます。

ですから、年間で約9億円の契約金を使って日本人選手を獲得したら、毎年3億、3億、3億と償却が発生します。翌年も補強のために9億円の契約金が発生したら、さらに毎年3億円が積み重なっていきます。また同じことをやればその分上積みされる。

初年度は3億、2年目には6億、3年目には3人分が重なり9億円へと積み上がるのです。もちろん補強をやめれば、その翌年から階段のようにさがっていきますが。よって、初年度は償却が1年分で収まるということです。ところが2年目以降はどんどん積み上がっていくわけです。

他球団さんに比べて、この分が少なかったというのが黒字化の大きな要因のひとつとなります。

プレジデントビジョン 株式会社楽天野球団 代表取締役社長 島田亨氏 『初年度黒字化』インタビュー

年俸などの人件費とは異なり、契約金は償却性資産として計上されているとのことです。つまりは実際に選手としての活躍の対価の他に、球団に所属してもらうことの対価は別途計上し、所属の対価ですからすなわち当該対価を支払った年度の費用ではなく、所属が見込まれる期間(=所属の効果が発現する期間)にわたって償却(=費用認識)すべきものとされているということでしょう。

#このことから、日本人選手の1球団への所属期間は平均すれば3年程度だということがわかります。

この前提で松坂選手のライオンズにとっての価値を考えてみましょう。当然ながら契約金の償却はとっくに終わってます(1999年入団)。一般に企業会計においては、この手の価値を自ら認識して資産に計上することは認められていませんので(のれん代はあくまで買収等の取得時にのみ計上可能)、おそらくは契約金償却後の現時点においては、資産計上なしに効果のみが発生して毎年度の営業利益を押し上げている状態にあるものと考えられます。

ポスティングにより収入が得られるということは、この現在は資産計上されていない「選手を所属させている権利(状態)」について、MLB球団に売却した、と観念することが可能です。現在はこの資産の簿価はゼロですから、収入はまるまる利益となり、費目でいえば通常の資産売却時の利益と同様に特別利益に計上されるものと予想されるのです。

#なお、この理屈が正しければ、契約金のほか、金銭トレードの対価なども同様な処理がなされていると想像されるのですが、以上を含め実態をご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただければ幸いです。

ですから、

松坂選手という「資産」の「益出し」ってことかい?

「これ益出し?孝行息子松坂選手と西武グループの赤字補填?・・・スポーツ法学の問題かなあ」(@法務の国のろじゃあ11/9付)

というろじゃあさんの見立てについては、webmasterはそのとおりだと思うわけです。

ちなみに、ライオンズに生じる利益のホールディングスへの移転については、財務基盤の強化等の一般的な反映については連結決算で即座に、ということになるでしょう。しかし、実際にキャッシュアウトを伴うような事態への対応ということであれば、配当支払いを噛ませることが必要なのではないでしょうか。

[economy][science][book]「ダメな議論」フォローアップ

一昨日に「ダメな議論」を取り上げたことを受けて、

  1. Dan Kogaiさんから同書の書評が公にされ、
  2. それに対して、47thさんが先般の経済成長論も視野に入れた論考を書かれました。

Danさんのエントリにおける飯田先生ご自身によるコメント、及び47thさんのエントリは一読の価値があると思います。

本日のツッコミ(全17件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>無業者さん 言われてみればおっしゃるとおりで、契約で実額を決めていますから当然ですね。エントリと混同した議論をして..]

HMD [いつも興味深く拝読しております。 会計面については、bewaadさんのご説明でほぼ理解できました。 あとは税務面です..]

bewaad [>HMDさん 税務の実務は私も詳しくないのですが、おそらくそのような整理になるのだろうと思います。連結納税は選択しな..]


2006-11-11

[WWW]不人気なはてなダイアリーとwebmasterの嗜好

ちょっと前に徳保さん経由個人ブロガーの活動実態調査(前編)(1/4)を見た際、非常に違和感を覚えました。というのも、webmasterの巡回先で圧倒的多数を占めるはてなダイアリーが、アンケート調査(回答数312)によると利用率1.3%(14/20位。Movable Type等をサーバにインストールして利用するものを除く。次において同じ)、もっとも注力しているものとしての利用率0.3%(17/20位)だったからです。

ちなみに同アンケートでトップ5につけたblogサービスにつき、webmasterの巡回状況を見ますと、

楽天(利用率26.9%(1位)、注力率17.6%(1位))
かみぽこさんのところ書評日記 パペッティア通信のみ
yahoo(利用率20.2%(2位)、注力率13.1%(2位))
なし
livedoor(利用率16.3%(3位)、注力率8.3%(4位))
Dan Kogaiさんのところワラタ2ッキカリーさんのところのみ
FC2(利用率15.1%(4位)、注力率10.3%(3位))
最近tockriさんnight_in_tunisiaさんが引っ越してきたので倍増です! ・・・つまり、それ以前は2つ(cloudyさんのところbutterfly fishさんのところ)だけ
Ameba(利用率12.8%(5位)、注力率7.1%(5位))
山田優オフィシャルブログのみ

とまあ非常に限られたものとなっています。利用率・注力率いずれも6位のnifty(cocolog)ははてなダイアリーの次に多いのですが、これは例外的で7位(goo)以下はてなダイアリーにいたるまで、いずれもサービス当たりあっても1つか2つ、といった状況であるわけです。

webmasterの巡回先の増やし方は、trackbackをいただいたところや、巡回先での言及/へのtrackback元等を見て面白いなと思ったところを加えていく、というものですから、webmasterにとって関心の高いテーマ‐経済、法律、行政といったところが主要なものでしょうか‐を取り上げる者は、はてなダイアリーかniftyを使う傾向にある、ということが言えるのでしょうか。裏を返せば、それらのテーマは日本のblog界ではマイナーである、と。

そんなことをつらつら考えているに、極めて示唆に富むエントリが。

「実は僕、はてなで日記書いているんですよ」

告白したい気持ちを抑えつつ詳しく話を聞いてみると、はてなには3つの「近寄りがたい特徴」があるとのことだった。

1. 濃い

  • はてなの中の人だけで盛り上がっているような感じ。検索から記事に飛んでも、その記事だけでは理解できない内容のものが多い。
  • いわば「一見さんお断り」のような空気を感じる。

2. 融通が利かない

  • 記事を書いた後に文字に勝手に張られるリンク、あれが鬱陶しい。
  • 他の大手ブログサービスは写真をばんばん貼れるのに、はてなは画像の容量制限が厳しくて使えない。

3. 理屈っぽい

  • はてなで人気の日記を読んでいても、いつも小難しい議論をしているような感じで、はてなユーザじゃない人にはなぜ人気なのかよくわからない。
  • 他のブログサービスでは気軽にできていたコメントが、軽軽しくできないような、殺伐とした雰囲気を感じる。

知人は「はてな」への違和感を、

  • はてなの中にいる人
  • はてなの提供するサービス

の二つの側面に見出しているようだった。

「はてなが敬遠される3つの特徴〜つながりやすさの行き着く先」(@忘却防止。11/10付)

webmaster自身が「理屈っぽい」ってことなんでしょうねぇ・・・orz。

#いまさら何を、というツッコミはご容赦を(泣)。

[economy][sports]プロ野球の経済学IV(続):ライオンズ経営陣から見た松坂選手の資産価値

昨日の続きですが、ポスティングに応ずるかどうか、ライオンズ経営陣が迷っているという報道があります。

西武、大ショック!? ポスティングシステム(入札制度)での大リーグ移籍を目指している西武・松坂大輔投手(26)の入札が米東部時間8日午後5時(日本時間9日午前7時)に締め切られ、最高額が大リーグ機構から日本のコミッショナー事務局を通じて西武に通達された。最高入札額は当初、3000万ドル(約36億円)に到達するのではと思われたが、米紙ニューズデーは「イチローと同等の1300万ドル(約15億6000万円)くらいだったのでは」と報道。額を明かさなかった西武も歯切れは悪く、すご腕代理人のスコット・ボラス氏が入札の背後で動いたのではという憶測も出始めた。

(略)

これまで太田社長は「正当に評価していただければ、できるだけ早く(受諾の)手続きをしたい」と語っており、その場合は取締役の開催も「すぐに指示できる」と、9日中の実施を示唆していた。だが、この日はそんな気配すらなし。報道陣に理由を問われても、なぜか無言だった。

ある職員は「社長は社内にいた2時間弱の間、ほとんどオフィス奥の部屋に閉じこもっていた」と証言する。何かが受諾への障害となっていることを示唆するように、この日の米紙ニューズデーは入札額が予想以上に低かったことを報じた。同紙は、6年前にイチローを射止めた時のマリナーズの入札額が1312万5000ドルだったことを例に出して「それと同等だったのでは」と伝えている。

これが事実なら「最大限の評価をもらえると思う」と、3000万ドル(約36億円)以上の入札もあると踏んでいた西武側は大ショック。西武は「移籍金」として落札額全額を得ることができるが、期待していた額の半分以下だったことになるからだ。

西武の受諾回答期限は15日午前7時だが、実質は14日まで。昨年の森慎二投手(デビルレイズ)の移籍時は、期限いっぱいまで協議して受諾を伝えた。日本を世界制覇に導いたエースの「価値」を、球団、グループ内で昨年以上に慎重に検討することになりそうだ。

中日スポーツ「安すぎ松坂 入札最高額は16億円/西武ショック 受諾先延ばし」

約35億円、あるいは約50億円での応札があったとの報道もあるので、実際のところはどうだかわかりません。しかし、上記引用のとおりであるとすれば、15億円という数字とそれに対するライオンズの対応は、ちょうどライオンズにとっての松坂選手の評価を物語っていて興味深いです。選手を所属させる権利を無形固定資産と観念することについて、これを題材に説明を加えてみたいと思います。

基本的に、野球選手としての価値については、毎年の年俸が評価として見合っているはずです(正確には、球団にとってはそれ以上の、松坂選手にとってはそれ以下の、ということになりますが)。それを超えるのれん代的な無形固定資産は、選手としての働き以外の部分のキャッシュフロー源に見合っている、ということになります。観客動員への貢献、球団イメージの向上、等々。

#契約更改に際しては、リーダーとしての役割に期待、といったような理由で年俸に上乗せがなされることがありますが、これはこのような価値の対価を支払っているということになるので、支払いが費用として認識される(=年俸)か資産購入として認識されるかが截然と分かたれているわけではありません。あくまで概念上の整理、ということになります。

ライオンズ(ないし西武グループ)経営陣が15億円では思案のしどころだと捉えているのならば、基本的には主観的な無形固定資産価値はそれを超えるものであるはずです(この手の価値は自ら資産計上できないので、あくまでこうした行動から推察するしか手がないのです)。自らの評価以上の価格が提示されたのであれば、その価格で売却した方が得なのは言うまでもありません。

#交渉上値段のつりあげを図るということは一般論としては考えられますが、ポスティングのシステム(受諾するかどうかだけの選択権があり、受諾しなければ(今回は)取引不成立)に照らせば、本件についてはそうした要素は考える必要はないでしょう。

にもかかわらず応じかねるとすれば、主観的な評価価値がそれを上回るからで、例えば20億円相当と考えているにもかかわらず、15億円なら買おうというオファーが来ても、普通ならば応じないでしょう。そんな値段で売るぐらいなら、所属させたまま資産として自ら活用し、20億円分の価値を徐々に実現化していけばいいからです。

ん? それならば断ればいいだけの話で、何を迷うというのでしょう。考えられる理由としては、次のようなものがあるでしょう。

お金が必要な場合の換金効果
資産計上も不可能な無形固定資産では、担保提供してお金を借りるわけにもいきません。どうしてもある程度のまとまったお金が必要な場合、手っ取り早い現金化手段として目減りを承知で売却、という選択は合理的です(20億円の資産価値が10年間・割引率3%のキャッシュフローの現在価値だとすれば、毎年2億3,000万円強に相当ということなので、10億円以上当座のお金は増えます)。
売却しない場合の毀損効果
これまでMLB行きを容認する姿勢でいながら、対価が安いからやっぱりダメ、とするのでは、かえって球団のイメージを悪化させてしまいます(昨年は球団側の事情で松坂選手に我慢してもらったわけですから)。所属させることによって生じるはずのキャッシュフローが、所属させ続けることで減ってしまい例えば現在価値が15億円を下回るようになるなら、15億円で売却する方が合理的ということになります。

さて、ライオンズの場合はいずれ(あるいは双方)なのでしょうか・・・。

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Before...

bewaad [>宮嶋陽人さん アメリカ人に理解できないというのは、ちょっと疑問です。トレードの際になぜ交換要員を出さなければならな..]

宮嶋陽人 [>bewaadさま イチローのポスティングの時に、単に交渉権を得るためだけに14億払うとは、とマリナーズが叩かれたと..]

bewaad [>宮嶋陽人さん 今回のレッドソックスも同じことを言われそうな雰囲気ですね。なんとなく、通奏低音としての高額報酬批判が..]


2006-11-12

[economy][law]情報(知的財産)と経済学

それでもなお、経済学者たちは一つ大事なことを見落としているのではないかと感じざるを得ないのだ。それは、「売っても減らないものをどう扱うか」という問題に、「売って減るようにしてから売る」という答しか今のところ用意されていない--ように見える--ことだ。

それは何かというと、ずばり「人々の知恵」、あるいは経済学者が「知的財産」と呼ぶものだ。「情報」でもいい。これらの特徴は、「複製が移転よりも簡単かつ本質的」ということだ。プログラマーなら皆知っていてしかるべきことだが、情報を「移転」するには、まず「コピー」した上で「オリジナル」を「消去」しなければならない。財産 (property)というのは、誰かに譲ったら自分の手元からなくなる故properだったのだが、情報はこれに当たらない。

現在のところ、このproperでないpropertyを我々がどう扱っているかというと、いったん「モノ」に「転写」することで、ある意味強引に properにしている。例えばこのアイディアを適用すると、これだけ「費用」が節約できるから、そのうちの一部を「代金」とみなすべきとするわけだ。特許はそれを法律として実装したものと見なすことができる。あるいは人々が自分でも見てみたい絵があれば、それを「媒体」に「転写」して媒体に対して値段をつけ、あとは「市場」に載せるわけだ。著作権がこれに相当するだろう。

しかし本質的に、これらの「モノ」は物ではなく、properでもない。

その矛盾が顕在化したのが、今の我々がおかれている状況なのではないか。

(略)

これを扱うのに、今までの「モノの経済学」だけでしのげるのですか?というのが私の抱いている疑問なのだ。少なくとも、私が関わってる open source の世界は「モノの経済学」ではうまく切れない。

私はなにも「だから今までの経済学は Fashionable Nonsense だ」と言っているつもりは毛頭ない。今までの経済学の知見は必ずそこでも活かせるはずだし、そうしなければならないはずだ。

「いや、今までの経済学でそれは充分説明が付く」というのであれば、そのポインターを示して欲しい。

それともその説明を経済学に求めるのは、単なるお門違いなのだろうか?

「経済学からの伝言」(@404 Blog Not Found11/11付)

情報のコピーしても減らないという性質は、既存の経済学においては、

非競合性
同時に複数の者(理念的には無限の者)が利用できること
非排除性
他の者の利用を排除できない(11/13訂正)こと

という2つの要素で分析されています。同じことの言い換えでは、というようにお考えの向きもあるかもしれませんが、同じことではありません。例えば道路を考えた場合、有料道路は料金を払っていない者は利用から排除されるので、非競合性は維持しつつも排除的です。しかし、道路の非競合性は限定的で、多くの者が利用するあまり大渋滞となってしまえばそれ以上の者は利用できなくなりますから、一般道の渋滞というのは非排除性を維持しつつも競合的になってしまっている状態であると言えます。

#非競合性・非排除性の話は、ミクロ経済学の教科書の公共財を取り扱っている部分においては必ず出てくる話ですが、手軽な解説としては、例えば内閣府のページが有用でしょう。

これを頭の片隅にとどめつつ、次を読んでください。

Information as a public good

純公共財は非競合的であり、かつ非排除的である。情報財は本質的に非競合性を有する。しかし、非排除性を有するかどうかは法制度に依存する。

Economics of intellectual property
知的財産法は、何も非排除性を認められなければ知的財産を生産するインセンティブが弱くなってしまうと考えている。が同時に、永久に続く知的所有権を認めてしまうと独占による死荷重が生じる。適切な期間とは。とくに著作権の及ぶ期間は経済的に見てあまりにも長い。

(略)

Other ways to deal with exclusion

所有権を割り当てることだけが知的財産をうまく取り扱う唯一の方法ではない。コンテンツを排除性のある財とバンドルするというのもひとつの方法である。伝統的なメディアである、本、レコード、ビデオ、CDなどもバンドリングの例である。しかし、純粋なデジタル財の場合、メディアに焼き付けるというわけにはいかない。しかし、暗号技術などがその代替の役割を演じることがありうる。

あとは、監査や統計的追跡、あるいは広告などとの抱き合わせ提供などがありうる。

Terms and conditions

ライセンスなどのように期間と条件をより柔軟に設定し、共同使用や再販売などを認めることができれば、潜在的ユーザにとっての情報財の価値は増加する。しかし、一方で販売数量は減るだろう。両者のトレードオフのバランスの中に最適な選択はある。

(略)

Business Models

(略)

知識は本質的にコピーすることと分かち合うことが容易である。シェアすることにコストがかからないのであるから、社会的にはそうやって知識を分かち合うことが効率的である。しかし、その場合に知識生産のインセンティブ設計の問題が発生する。知的所有権で取り扱うことには限界がある。なぜなら考えや思想(idea)には特許権は与えられない。また、著作権では思想の表現方法が保護されるのみであって、思想そのものは保護の対象ではない。

アカデミック世界が持つ特色に解決のヒントがあるかもしれない(出版か消滅か、終身在職権、盗作のタブー、仲間間批評、引用など)。これらはよい考えや思想を生産するためのインセンティブを提供している。

Varian, Hal R., "Markets for Information Goods," Draft, 1998.の森田正隆による要旨

ヴァリアン(説明不要という方も多いでしょうが、現役バリバリの経済学者です)自身のサイトに原文がありますのでご関心の向きにおかれてはそちらも参照いただきたいのですが、これがDanさんの問題意識に対して、現在の経済学が提供できる最良の分析結果でしょう(原論文は1998年なので、その後の進展があり得ます。webmasterの無知ゆえにそうした進展を取りこぼしているとすれば、まことに申し訳ないです)。非常に良くまとまっているのですが、さらに骨子のみをあえて抽出するなら、

  1. 情報は本質的には非競合性・非排除性を有するので、そのままでは供給過少になってしまう。
  2. 知的財産権等は、情報に人工的に排除性を付加して、需給バランスの最適化を目指す手法である。
  3. しかし、それにより満たされるべき需要が満たされていない面もあるし、法的技術等の限界もあり、最善であるわけではない。
  4. 排除性を付加せずに供給を維持してきたアカデミズムの世界の慣行は、別解の手がかりとなるかもしれない。

ということになるでしょう。

#言わずもがなのことを付け加えるなら、ヴァリアンが検討するまでもなく非効率として捨てた他の別解を経済学から導くことができます。すなわち、非競合性・非排除性を有する財=公共財の供給過少を解決する伝統的手法である政府による供給です。知的財産の分野においてこれがなぜ非効率かは、webmasterは学術的に問題のない形できちんと論証する自信はありませんが(笑)、直感的に多くの人に理解してもらえるのではないでしょうか。

確かに、既存の経済学は現在の経済における情報の取扱いに係る問題に答えを与えてくれてはいません。しかし、その問題がどういうメカニズムで生じているのかについては十分な説明を与えていますし、現状を改善するあり得べき道の必要条件も提示しています。こうした現状について、肝腎な部分に手が届いていないとするか、それともそれなりに役に立つとするか、いずれの評を採るかは究極的にはeye of the beholder次第ということにならざるを得ないのだろう、とwebmasterは考えています。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>小僧さん おっしゃるとおりです。お恥ずかしい。さっそく訂正いたします。]

一国民 [「明示性」みたいなファクターは考慮されていないのでしょうか。 高速道路の場合は、使ったら早く着ける、ということが明ら..]

bewaad [>一国民さん どちらかというと、供給過少になるのに時間がかかるのは、技術の担い手がそれなりの期間にわたって活躍し続け..]


2006-11-13

[science]「水からの伝言」の反証がないと困るのは誰?

「水からの伝言」を信じないでくださいに関して、次のJ2さんのエントリが話題となっています。

webmasterの反射的な感想としては、一般的な傾向として、反証実験で納得する人は、「『水からの伝言』を信じないで下さい」を読めば反証実験がなくても納得するでしょうし、逆に「『水からの伝言』を信じないで下さい」を読んでも納得しない人は、反証実験があっても納得しないだろうと思うのですが、一人でもこの傾向に従わない人がいればやるべきとの議論はあるでしょうから、ここを掘り下げはいたしません。他方、コメント欄やtrackbackでも見逃されている部分があるのでは、という気がしますので、そこについて書いてみましょう。

似非科学は科学の体裁を装っているだけで「科学ではない」のだから、それが社会的にさほど害が無いのであればスルーすればよいだけだし、社会的な弊害が見過せないレベルのものであればその時はキッチリと叩くべき。それだけの話。

で、いざ「キッチリ叩く」となった時に、「新規なことを主張する側が立証責任を負う。」などと「科学者の論理」を持ち出すのはナンセンスこの上ない。相手はそもそも科学者ではないのだし、それよりも「科学者側から反証実験はしない」と言われて一番喜ぶのは似非科学を提唱する側だから。

「『「水からの伝言」を信じないでください』と言うのならやるべき事は一つだろう?」(@音極堂茶室11/11付)(webmaster注:強調は、原文ではフォントの大きさ・色で表されています)

とりあえずJ2さんの前提、つまりは反証実験により似非科学から目覚める人間がそれなりの数にのぼるということは妥当であるとしましょう。その際、反証実験が行われないとして、J2さんがおっしゃるように一番喜ぶのが似非科学を提唱する側であるとするなら、逆に一番困るのは誰でしょうか? それは科学者ではなく、普通の人々ではないかとwebmasterは思います。

例えば「水からの伝言」が大いに普及し、体調が悪くなったような場合には、皆が争ってそっち方面のカウンセラーに相談するようになったとします。そうした状況においては、多くの病院は経営が成り立たなくなってしまうでしょう。この場合、「水からの伝言」が似非科学だと知っている人‐端的には科学者‐が困るかといえば、そりゃ苦々しく思ったりすることもあるでしょうけれど、直接何か困るわけではありません。体調が悪くなれば、そのようなカウンセラーは無視して病院に行くでしょうから。

他方で「水からの伝言」を信じてしまった人は、本来ならば適切な医療サービスを受けるべきところ、効果のないカウンセリングしか受けられず、苦しみから逃れられない(あるいは逃れるにより時間がかかる)ということになってしまいます。多少はプラセボ効果もあるかもしれませんし、苦しまない境地に至ることはできるのかもしれませんが、おそらくは有意に健康状態は平均的に見て悪くなるでしょう‐例えば、平均寿命に差が生じるとか。

であるならば、J2さんのご指摘どおり似非科学に対しては反証実験をもって応ずべきということであるとしても、それを実現するには原理原則を理由にして敵を喜ばせてどうする。つくづく学者というのはケンカが下手だと科学者を難ずることではないようにwebmasterは思います。非科学者の有志を募りお金を集めた上で、科学者に対して反証実験をさせるようにする、という議論につなげるべきではないでしょうか?

[economy][media]銀行へのいちゃもん

「3メガ」と呼ばれる巨大銀行グループの三菱UFJ、みずほ、三井住友が公的資金を完済した。不良債権に端を発した金融危機のなかで、国から銀行に注入された公的資金は総額で12・4兆円にもなった。そのうち8・1兆円が返済された。

(略)

大銀行の経営者たちは、長い間の呪縛だった公的資金を返し終え、胸をなで下ろしていることだろう。では、この間に経営や仕事ぶりはどれほど変わっただろうか。

統合を決めた大手行の首脳は再生委に「たすきがけ人事はしません」と誓っていたが、出身行ごとのバランス人事は続いている。古い体質を見限った優秀な人材が外資に流れ、投資銀行など新しい専門分野はなかなか育たない。

他行に出し抜かれるのを気にするあまり、相変わらずの横並び融資が幅を利かせている。国際業務、法人、個人など特定の分野で強みを発揮するという理想は色あせた。

店舗や人員を減らし、機械化を急いだことで、窓口や現金自動出入機(ATM)の待ち時間が長くなったという不満を持つ利用者は少なくない。午後3時で閉まる店舗が、今も大半を占める。

ゼロに近い金利や、不良債権の処理にともなう法人税免除のおかげで、過去最高水準の利益を計上したが、本業での収益力はまだまだ低い。それなのに政治献金を復活する話まで出ている。

朝日「巨大銀行 公的資金は生きたのか」(11/12付社説)

「この間に経営や仕事ぶりはどれほど変わっただろうか」って、この社説でも変わった部分はきちんと描かれています。「店舗や人員を減らし、機械化を急いだ」、と。変わったことを変わったと評価せずそれ以外にのみ目を向けるなら、どれだけ変わったって変わっていないと批判することになってしまいます。

他方で、「過去最高水準の利益を計上したが、本業での収益力はまだまだ低い」との指摘ですが、それに先立つ「窓口や現金自動出入機(ATM)の待ち時間が長くなったという不満を持つ利用者は少なくない。午後3時で閉まる店舗が、今も大半を占める」との部分は、窓口やATMをもっと増やせand/or開けている時間を延ばせと言いたいのでしょう。そうすれば収益性は下がると予想されますが、銀行に対して収益性をもっと上げろといいたいのか、顧客利便の向上のために収益性をもう少し下げろといいたいのか、いったいどちらなのでしょう?

日本の銀行の経営に批判されるべき点がないという気、また、そうした点に目を向けて批判すべきでないという気はwebmasterにはありません。しかし、批判するならばもっとまともな批判を行うべきでしょう。

[book]売ってません。

渋谷のブックファーストに行き、その後八重洲ブックセンター、丸善丸の内本店と回ったわけですが。

日経グローカル

当サイトでも取り上げた地方公共団体の行政サービス比較の詳細を知りたいと探したのですが・・・。公式サイトにはニューズレター式の年間契約・直送と確かに書いてあるものの、大型書店ですら売っていないのですねぇ。そんなものに掲載すると本紙で予告してもらっても・・・。

法解釈の言語哲学

大屋先生からは版元は11月9日発売予定としていますとの予告があったので探したのですが・・・。で、帰ってきてから版元の金柑情報(×金柑→○近刊(11/14追記))を確認してみると、11月13日刊との記載が。出かける前に見ておけばよかったなぁ(泣)。

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Before...

EmersonSt [<a href="http://www.marjazomer.nl/js/2015331-17-47-50.asp"..]

EmersonSt [<a href="http://www.dental-it-project.nl/images/201544-22-..]

what size cheap love bracelet white gold [ワンダフルブログ!ヤフーニュースでの周りサーフィンブラウジング間、私はそれを見つけました。ヤフーニュースに記載されて..]


2006-11-14

[economy]非経済学者の怠慢

英-Ranさん経由で。

経済学者は以下の問いにきちんと答えてきたのだろうか?

1.なぜバブルが発生したのか?(バブル発生のメカニズム)

2.1990年代の日本の不況の原因
これはたぶん以下の問いに分割できると思う。

(a)1990年代のケインズ的政策が巨大な財政赤字だけを残して失敗した理由

(b)1990年代の末〜2000年代初めのゼロ金利政策でも景気が回復しなかった理由

(c)2000年代初めの構造改革で景気が回復しなかった理由

3.個人(企業も含む)の成長とGDPの成長がどのような関連があるのか

4.個人(企業も含む)の成長がGDPの拡大に常に寄与するのか
これはたぶん以下の問いに分割できると思う。

(a)個人(企業も含む)の成長がGDPの拡大に対して正の働きをするときのメカニズム

(a)(ママ)個人(企業も含む)の成長がGDPの拡大に対して負の働きをするときのメカニズム

↑のことがらは私たちの生活に密接に関わってきたもしくは関わっている。

だからそのメカニズムをわかりやすく説明してくれることを、一般人は経済学者に望んでいるのではないだろうか?

正直、エコノミストがテレビで株や円相場の話をすることなんかどうでもいいと思っている人はたくさんいると思うよ?

一連のエントリーを見るに、弾さんは"私たちの生活に密接に関わっている部分"が経済学の理論でどこまで解明されているのか、あるいは解明されていないのかを教えてほしいと思っているんじゃないだろうか?

「経済学者の怠慢?」(@enchanting an air of joyous bliss11/11付)

各部分については、いずれも経済学者からは書籍等で方向性は打ち出されているとwebmasterは認識しています。その上で、経済学者から全体像をお示しいただけるのであれば、webmasterのような素人がしゃしゃりでる出番はゼロなのですが、そこは比較優位ということで、ネット上でこのご質問に即した形での取りまとめがなされていないということでしたら、先生方の業績を編集する程度のことならば非経済学者にも貢献できる部分があろうというものです。

以下、webmasterなりのお答えを。英-Ranさんとは異なる部分もありますが、経済の多様な側面を前にしてどこに重点を置くかということで、どちらかが間違っている、ということではないとwebmaster自身は考えています。

#経済学者の方々その他の有識者からの訂正は大歓迎ですので、お気づきの点があらばコメントをいただければ幸いです。

1.なぜバブルが発生したのか?(バブル発生のメカニズム)

名目で年10%弱、実質で年5〜6%成長が達成できていれば、バブルではなく単に将来を正しく予測していたということになっていました。ではこの予測が楽観的過ぎだったかといえば、80年代であれば潜在成長率は年3〜4%といったところでしょうから、若干強気であったとはいえますが、当時の合理的予測としてはバブルというほど根拠がなかったとはいえません。当時は皆根拠なき熱狂に酔っていたと難ずるのは、後世の傲慢というものでしょう。

#とはいえ強気だったのは事実なわけで、その源はといえば、オイルショック以降の他の先進国と比較して相対的に高かった成長率による「自信」と、それに基づく強気の設備投資を可能にした高いマネーサプライの伸び(を許容した日銀の金融緩和)でしょう。

強引なバブル潰しにより、バブル崩壊後の成長率は低くとどまらざるを得ませんでした。その実現された成長率からすればバブル期はあまりに楽観的だったとはいえますが、バブル潰しのような政策変更を予測できないことに無理はなく、さらには成長率が低くなったがゆえに結果的・事後的に過大投資となってしまい、反動としての設備投資の冷え込みが低成長化をさらに後押ししました。一般にバブルとその崩壊を評するに、山高ければ谷深し、なんてことが言われていますが、むしろ、谷深ければ山高し、というのが実態です。

したがって、誤解を恐れず簡潔にまとめるなら、なぜバブルが発生したのかといえば、それを潰したから、ということになります。

2.(a)1990年代のケインズ的政策が巨大な財政赤字だけを残して失敗した理由

失敗していない、というのが答えだったりします。バブル崩壊後92年から94年にかけて、GDP統計の寄与度でみれば民間設備投資+在庫投資が概ね▲2%ポイント程度で推移する中、政府最終消費支出+公的資本形成は1.5%ポイント程度で推移し(いずれも名目)、あえて申し上げるならばバブル潰しによる設備投資の落ち込み(既述のとおり、潰した後の適正水準への減少に加え、潰す前が結果的に過大になったことの反動減により二重に効きました)があまりに大きかったため、その影響を緩和することで手一杯だった、ということになります。

#それでも、当時の景気回復(平成景気)は、いざなぎ超えなどと呼ばれる現在の景気回復よりも期間中に達成した経済成長は大きかったというのが実態です。

また、90年代後半については、公的資本形成が寄与度でプラスだったのは99年のみで(それでも0.2%ポイントに過ぎません)、97年以降現在に至るまでマイナスが続いています(これまた名目)。仮に民間需要の落ち込みを公的需要でカヴァーすることを「ケインズ的政策」と呼ぶなら、90年代後半は「ケインズ的政策」は採用されていなかったのです。

なお、巨大な財政赤字は歳出増よりも歳入減が原因で、歳入減をもたらしたのは名目GDP成長率の低下で、なぜ名目GDP成長率が低下したかといえばバブル潰しから今に至るまで連綿と金融引締めを続けたから、ということになります。

2.(b)1990年代の末〜2000年代初めのゼロ金利政策でも景気が回復しなかった理由

この点については英-Ranさんと全く違いはなく、それ以前の金融緩和が"too little, too late"であったので、ゼロ金利政策であっても実質金利(=名目金利−インフレ率)が高かったからです。90年代末にはデフレが悪化していたので、名目金利がゼロであっても実質金利が高止まってしまい、民間消費・投資を促進する効果が出なかったのです。

2.(c)2000年代初めの構造改革で景気が回復しなかった理由

英-Ranさんご指摘のように需要不足に対する供給力強化という処方箋の違いはあるでしょうけれど、それは構造改革が真にそうであるとしても、ということでしょう。では、小泉政権下で採用された諸政策は真の構造改革と呼ぶに値するものだったのでしょうか?

規制緩和はここ2〜30年継続的に進められてきており、小泉政権において何らかのエポックメイキングな事態が生じたわけではありません。財政赤字縮減の取組みは、少なくとも短期的には景気に対してはマイナスです。道路公団の民営化で景気が回復するなんて、どうしてそんなことが実現するとお考えなのかはこちらが聞きたいぐらいです(笑)。不良債権処理? 不良債権処理を進める際には、不良債権があるからまともな貸出しができないのであって、不良債権処理が進めば貸出しが増えて景気がよくなるとの能書きでしたが、今貸出しがどれだけ伸びているというのでしょう?

結局のところ、小泉政権下の構造改革とは、長きに渡る景気低迷に対する鬱憤晴らしに過ぎなかったのです(詳細については、かつて論じたのでそれちらをごらんいただければ)。改革せず景気が先だと言って、景気が回復したら、改革する意欲がなくなってしまうとの小泉総理自身の発言は、何にもまして小泉構造改革の本質を表していたのです。

3.個人(企業も含む)の成長とGDPの成長がどのような関連があるのか/4.(a)個人(企業も含む)の成長がGDPの拡大に対して正の働きをするときのメカニズム

本来、GDPとは経済全体の成長を適切に表す指標として発展してきたものですから、各経済主体の成長(≒経験を積んだり工夫をしたりすることにより、同じことを以前よりもうまくできるようになる)がGDPに反映してしかるべき、というのが原則です。学力にとっての偏差値、各種スポーツにおけるランキングや番付のようなものが、(全体としての)経済成長にとってのGDP成長率だとお考えいただければいいでしょう。

4.(b)個人(企業も含む)の成長がGDPの拡大に対して負の働きをするときのメカニズム

上記からして、この話は以下の2つの場合があり得ます。

  1. 各経済主体の成長が、他の経済主体の成長の足を引っ張る場合
  2. 各経済主体の成長が全体としての成長につながっているのに、GDPという指標に正しくそれが反映されていない場合

1については、順調な経済成長が見込まれる結果、皆が経済成長のためにリソースを取り合えば、リソースは有限ですからその分だけお互いに足を引っ張り合う、という面があります。わかりやすい徴候としてはおカネを取り合った結果の金利の上昇、ヒトを取り合った結果の賃金の上昇がありますが、金利が上がったり賃金が上がったりすれば、その分だけ経済活動を手控える人が出てくるのは自然なことでしょう。

また、市場の失敗もこれに該当するでしょう。合理的に考えれば割に合わない取引‐外部性や情報の非対称性を考慮しない価格設定‐を、非合理であるがゆえに行っているとしたら、そのおかげで潤う部分が出てきます。そうした経済主体が成長して合理的に振る舞うようになれば、コモンズは蕩尽し中古市場はレモンであふれてしまうわけです。

2については、例えば自家供給や闇経済の成長はGDP成長率の増加につながらないということです。料理の腕が上がり、外食よりも自分で作るようにして今まで以上に美味しい料理を食べるようになった場合、外食での代金から原材料費をさっぴいた分だけGDPは(理念的には)下がります。それが評判となって友人からお金を取って食べさせるようになっても同じことになるのです。

その他、あくまでGDPは経済成長の一断面を切り取るに過ぎないものですから、統計作成上の技術的限界等により経済成長を取りこぼす、あるいは逆にマイナスと評価してしまうような部分があることは否定できません。その点において、先に例示した偏差値やランキングと変わるところはありません。

GDP統計(厳密にはSNA統計)に関するこのような限界、あるいは問題は、当然ながら経済学者も認識しています。それがゆえに統計手法の改善は今なお続けられているのであって、限界・問題はないとする人がいれば、その認識の方がよほど問題でしょう。しかしながら、GDPの計数そのものをこうした理由により使い物にならないとするのは同様に問題です。限界等がどの程度あるのか、どのように影響しているのかを見極めた上で道具として賢く使うべきですし、現状の使われ方に関しては概ね問題はないと言ってよいのではないでしょうか。

[joke]もうひとつの「お水からの伝言」

「お酒を作る時ね、金払いがいいように金払いがいいように、って念じながら作るとどんどん金払いが良くなるのよ。」

「お水からの伝言」(@量産型ブログ11/13付)

を見て、思い出した替え歌。

ホステス信じちゃいけないよ あたしの笑顔は嘘なのさ
いつでも優しいフリをして お客だますの仕事なの

今夜も同伴電話して ○時に××待ち合わせ
それからお店に連れ込んで 高いボトルを入れさせる

ああ金になる ああ銭になる
恋したフリはお金次第なの
ああ奢らせて ああ貢がせて
もうホステス辞められない

ホステス信じちゃいけないよ 今夜は酔ったの送ってと
タクシー飛ばしてお家まで 着いたとたんに生理なの

明日は私の誕生日 なんにもいらないあなただけ
手ぶらで顔だけ見せてよと それがホステステクなのよ

さあ乾杯よ さあお祝いよ
ピンクのお酒がかわいいね
ああなぜかしら さあわからずに
いつのまにやら10万よ

ああ奢らせて ああ貢がせて
もうホステス辞められない

出所:某ホステス(笑)

#待ち合わせの部分は、それぞれの盛り場においてご当地の同伴によく使われる時と場所が当てられているようです。

「ホステス信じちゃいけないよ」でぐぐった上で、webmasterが聞いたときの記憶に基づき若干修正しました。元歌は、多くの方々にご賢察いただけるでしょうけれど、山本リンダ「狙いうちどうにもとまらない(11/14訂正)」です。

[misc]堀北真希には同情できない気が。

あれじゃあ彼女がかわいそうだ――。

連続ドラマ「鉄板少女アカネ!!」(TBS)の主演女優、堀北真希(18)に同情論がわき上がっている。「アカネ」の初回視聴率は11.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)、第2回7.3%、第3回8.7%と低調で、早くも打ち切りがウワサされる惨状である。

そんな名門枠で、「アカネ」の平均視聴率は現時点では歴代最低だ。

「堀北は好演していますが、脚本や演出がお粗末。ドラマの不調は堀北の責任ではありませんよ」(ドラマウオッチャー)

livedoorニュース(日刊ゲンダイ)「堀北真希に集まる同情論」

脚本や演出がお粗末であることに異論はありませんが、堀北真希の演技を好演と呼ぶのはいかがなものでしょうか。マンガのキャラを演じるに吹っ切れておらず、それが作中世界のリアリティのなさを目立たせてしまっているように見えてなりません。それこそ、のだめの上野樹里を見習えと。

「野ブタ。をプロデュース」でのそれこそ好演を考えれば、この程度で褒めてしまう=ポテンシャルを見切ってしまうのはむしろ批判にしかならないでしょう。彼女ならもっとうまくできるはずとの期待を込めて、あえて同情できないとしたいです。

#しかし、「クロサギ」での演技も今ひとつでしたし、実は「野ブタ。」が例外的に良かっただけ、だったりして・・・。

本日のツッコミ(全32件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>hogehogeさん 最近の堀江貴文被告人らに通じる評判というものもありました。俗にバブル紳士と言われた者に対して..]

bewaad [>Baatarismさん あまり三重野元総裁に俗人的なことではなく、日銀という組織そのものの性格であるような気はしま..]

bewaad [>カリーさん 補足ありがとうございます。 っていいますか、本当に10代ですか(笑)?]


2006-11-15

[economy]経済学者の伝言

昨日のエントリ(非経済学者の怠慢)においては、具体的な問題についてあれこれ申し述べたわけですが、それを抽象化するとどうなるかについては、実は格好の経済学者によるまとめがあります。オリヴィエ・ブランシャール「マクロ経済学(下)」の「マクロ経済学のコア」と題されたものがそれです。非常に短いものですので、暗記すると吉(笑)。

  • 短期において、総需要のシフトは産出量に影響を及ぼす。消費者信頼感の上昇、財政赤字の拡大、そして貨幣成長の加速は、すべて産出量と雇用を増加させ、したがって失業を減少させるものと考えられる。
  • 期待は、経済の動向を決定づけるのに重要な役割を果たす。政策の変更の期待に対して人々や企業がどのように反応するかによって、その変更が経済全体に及ぼす効果の規模が決定づけられるばかりでなく、ときには効果の方向までが決定される。
  • 長期において、産出量はその自然水準 (自然産出量) に立ち返る。自然産出量は、自然失業率 (この自然失業率の水準と労働力の規模の2つから、雇用水準が決定される)、資本ストックおよび技術水準に依存する。
  • 金融政策は、短期と中期において産出量に影響を及ぼすことができるが、長期においてはできない。貨幣成長率が高くなると、その結果、まったく同じだけインフレ率が上昇する。
  • 財政政策は、短期においても、長期においても産出量に影響を及ぼす。短期においては、財政赤字の拡大は経済活動を増加させると考えられる。しかし、そうした赤字の拡大は、長期においては、資本蓄積を減少させ、したがって産出量を減少させるものと考えられる。

pp504,505

当サイトでよく使う言葉と違う言葉遣いが若干あります(意味は同じと考えていただいて結構です)ので、それを示せば以下のとおりです。

ブランシャール本当サイト
産出量GDP
貨幣成長マネーサプライ(の増加)
自然産出量潜在GDP
技術水準TFP(Total Factor Productivity)

なぜこのようなことが言えるかについては、上下巻をお買い求めいただくなり図書館で借りるなりしていただいてじっくりお読みください、ということになるのですが(お薦めの教科書であることは保証いたします(保証人の方がハイリスクなのに意味があるのでしょうか(笑))、これだけを押さえておくだけでずいぶんと経済を見る目がクリアになるはずです。マスメディアの経済記事に毎日目を通すよりも、この5点を覚えた方が絶対に役立ちます。

なお、これが経済学者の共通見解というならば、なぜ経済政策論議が(経済学者の間でも)一致を見ないかといえば、ひとつには事実認識の問題(当サイトで何度か取り上げている潜在GDP成長率がどれだけか、といったようなもの)がありますが、それ以上に大きな話は、ブランシャール自身がこの引用の後で指摘している、どこまでが短期でどこからが長期という議論です。定性的には、何らかの不変のものがある場合が短期で、すべてが可変となるのが長期ということになります。企業で言えば、生産量を変えるために既存の工場の稼働率を操作するのが短期の観点(工場数は不変)、工場の新設・廃止を行うのが長期の観点、というのがわかりやすい例でしょう。

ブランシャールの例示でいえば、RBC(Real Business Cycle)理論ではあっという間に調整が終わるので短期はほとんどなく、他方で失業の履歴効果(以前取り上げた第二次ベビーブーマーが未だに労働市場で不利に扱われている、なんてものが典型でしょう)は短期といっても調整が終わる(=長期で語り得るようになる)までには相当の時間が必要、という見解の相違があります。

調整があっという間に終わり長期の問題として認識すべき状態になるのなら、金融政策は無意味ですし、財政政策はGDPを低下させます。逆に調整がなかなか終わらず短期がかなりの長さにわたり継続するなら、金融緩和はGDPを増加させ、失業を減らしますし、財政出動についても同じことです。現在の日本経済への処方箋として、リフレ政策を採るべきかそれとも構造改革を採るべきかも、世に主張される構造改革が真に構造改革と呼ぶに値するかどうかはさておき、その違いはこの短期・長期観の差に由来しています。

「失われた10(15)年」とは短期の問題で、金融緩和等により「産出量と雇用を増加させ、したがって失業を減少させる」ことが必要だと認識すれば、処方箋はリフレ政策等となります。他方、それは長期の問題で、構造改革により「技術水準」を上げ、ひいては「自然産出量」を増加させることが必要だと認識すれば、処方箋は構造改革となるのです。

ではそのいずれがより妥当するのか、という疑問があるでしょう。webmasterは前者なわけですが、これについて銅鑼衣紋さん(本職は存じ上げませんが、いちごでのご活躍をご存知の方ならば異論はないでしょうけれど、経済学者ないしそれに相当する方と考えて差し支えないでしょう)の見解を引けば次のとおりです。

22: 名無しの夏  2001/08/14(Tue) 04:29

つーか、今、日本でマクロの研究者志望の人は必然的にケインジアンになるよな(w

(略)

25: ドラエモン  2001/08/14(Tue) 22:03

まず、「マクロ」という言葉の含意をキチンと詰めておかないとね(w)

単に財や家計を集計して、少数の変数からなる体系を作って、モデルの動きを具体的に理解可能なものにするとか、(多かれ少なかれ集計されてるデータを用いて)実証できるものを作るという意味での「マクロ」には新古典派もケインズもないでしょうね。だってヘクシャー&オリーンモデルだって「マクロモデル」だもんね。もちろん、景気循環を貫いて観察される(と想定されている)経済成長モデルも、その定義故に供給側だけ(貯蓄行動=資本蓄積と技術進歩)が問題だから新古典派で当たり前といえば当たりまえでしょうね。

そういう研究自体にケチ付ける気なんかありません、私。

問題は「早晩解消される」はずの市場機構の機能不全がある程度以上の期間続いたり、そもそもそういう機能不全局面を含んだ形での景気循環が「必然」だと考えると、新古典派とは違うフレームワークの必要性が痛感されるわけです。もちろん、ケインズ自身も言ってるように、みんな死んでしまうほど時間が掛かっても長期的な推移だけに興味があるなら、新古典派だけでOKなんでしょうけど。

で>>22氏が言うのは、10年も不完全雇用・不完全稼働・名目金利とインフレ率の低下を伴う財政赤字拡大が続く日本経済を経験すると、なかなか新古典派だけでマクロはOKと言い切ってしまえる人は少ないだろうと言う意味でしょう。だって、サージェント先生だって匙を投げてるそうですから(藁)

ただね、体系としての経済学の勉強という意味では新古典派やってる方が良いだろうね。ケインズ派は依然として明確な体系ではなく、パッチワークみたいなもんだから。

いちご経済/経済学板「ここが変だよ「ケインズ派マクロ」」スレ・レス22、25

[BOJ]福井総裁はありがたい存在?

景気の先行きに不透明感が漂い始めたにもかかわらず、日銀の福井俊彦総裁が利上げに前向きな発言を繰り返している。背後には市場でしぼみつつある年内の再利上げ観測を、なんとかつなぎ止めておきたいという苦しい思いも見え隠れする。

「我々の判断は粘着性があるんです」。霞が関の経済官庁の幹部が先週「これだけ弱い指標が続いているのに総裁の強気発言は大丈夫か」と日銀の担当者に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「粘着性のある判断」とは「単月の指標の振れには左右されず、経済トレンドの変化が確認できるまで判断を変えない」ことを指すという。

(略)

日銀関係者によると、景気判断でこうした姿勢を求めているのは福井総裁自身だ。(略)

しかし、日銀内からは総裁の真意を測りかねる声も漏れる。「景気の先行きに悲観的になる必要はないが、あえて利上げに積極的な発言を前面に出す必要もないのに……」。政策委員らの声を集約すると、最大公約数はこんなところだろう。

総裁の発言の狙いは、市場で消えかかっている年内利上げ観測をギリギリまで残しておくことにあるのかもしれない。日銀内には「年内に利上げできなかった場合、年明け以降に次のチャンスが訪れる保証はない」との懸念がくすぶる。

(略)

ある与党関係者は「利上げするのならむしろ年内の方がいい。年末の予算編成などに紛れて世間の関心も一時的なものに終わる」と指摘する。こうした声は日銀にも届いている可能性がある。

だが、利上げ時期を決めるのはあくまで経済指標の詳細な点検を通じて見えてくる経済・物価情勢の動向だ。総裁の強気発言に、市場は冷めた反応を示す。長期金利は先週から下げ足を速め、13日には1カ月半ぶりの低水準となる1.655%まで落ち込んだ。

低利の円を調達して高金利通貨建ての資産に投資する「円キャリー取引」の膨張など、日銀の超低金利政策がもたらすゆがみは小さくない。一刻も早い金利の正常化を目指す大義名分はある。だとしても、「粘着性ある判断」にこだわりすぎて市場と日銀のギャップが広がり続けるとすれば、不幸な事態と言える。(高橋哲史)

日経金融「ポジション/日銀、利上げに「粘着」/強気の総裁、市場と隔たり」

粘着性ってことはそれが市場の機能を害してるという含意ですかとか、そもそもチャンスなんていう考えをやめろとか、円キャリートレードを懸念して金融政策を考えるなんていうのは本末転倒だとか、いいたいことはいろいろあるわけですが、それらを所与として考えた場合、実は福井総裁の「地均し」はありがたい話なのでは、とwebmasterは思います。少なくとも彼/女らの考えは明らかとなり、それを批判することもできるからです。

「景気の先行きに悲観的になる必要はないが、あえて利上げに積極的な発言を前面に出す必要もない」というのは、表面上は何もないかのように振る舞いつつ利上げのチャンスを狙うとも解釈可能で、そうであるならばだまし討ち的な利上げは事後的にしか批判できず、事前に押し止める機会はなくなってしまいます。うがった考えをするならば止めて欲しいからこそわざわざ明らかにしているようでもありますが、これまでの実績をみれば、それが真である可能性はないでしょう。

#彼/女らの政策運営に信頼がおけるなら、こんなことに救いを見出す必要もないのですが。

[government][politics][media]官僚差別のダブルスタンダード:日本版NSCの巻

首相官邸主導で外交・安全保障の国家戦略を練る日本版NSC(国家安全保障会議)創設に向け、政府は月内に有識者会議を発足させる。(略)

(略)

日本版NSCは首相を議長とし、国家安全保障担当補佐官や官房長官、外相、防衛庁長官らが参加するが、外務省や防衛庁との役割分担のあり方はなお不透明。縦割り行政の弊害を排除できる利点の反面「二重外交に陥る」との指摘もある。

日経「外交・安保立案 日本版NSC/有識者会議月内に発足/政府創設へ新法も視野」

役割分担が不透明で、「二重外交に陥る」との指摘もあるのに、なぜ「縦割り行政の弊害を排除できる」と言い切れるのでしょうか? 同じことを官僚がやった場合にのみ「縦割り」の蔑称が冠せられる理由をお伺いしたいものです。まして、NSCを巡る実態については、次のような報道もあるわけですし。

安倍晋三首相が首相官邸の外交機能を強化しようと打ち上げた「日本版NSC(国家安全保障会議)」構想が難航している。旗振り役の小池百合子首相補佐官(安全保障担当)は米英仏を視察するなど実現に動くが、孤軍奮闘の状態。官邸の「外交・安保の司令塔」を自負する塩崎恭久官房長官との主導権争いが始まっているとの指摘も出ている。

小池氏は、米国のハドリー大統領補佐官や英国のシャインワルド首相補佐官ら、自分と肩書が同じ外交・安全保障担当の補佐官のもとを次々と訪ね、首相や大統領を直接支える組織について研究。(略)

(略)

特に塩崎官房長官との関係は微妙だ。政府関係者によると9月27日、安倍首相がブッシュ米大統領と電話で協議した際、小池氏がハドリー補佐官のカウンターパート(対応相手)と紹介されたことに塩崎氏が憤慨。数日後、自分でハドリー氏に電話し「私があなたのカウンターパートの塩崎だ」と「訂正」したという。

「NSC設立には官房長官の協力が不可欠だが、塩崎、小池両氏は冷戦状態」(政府関係者)。構想は掛け声倒れになりかねない。【古本陽荘】

毎日「日本版NSC:構想が難航 小池首相補佐官と塩崎官房長官、「主導権争い」の見方も」

[government][media]官僚差別のダブルスタンダード:規制改革の巻

──規制改革の次の課題は

「小泉内閣では、いろんな人に自由にやってもらおうということはかなり進んだ。次は不正な事業者の参入を防ぐ事後規制のルールの確立が問われている。生み出されるサービスを消費者が安心して利用でき、対価が支払われないと経済は回らない」

──規制の導入は規制緩和に逆行しないか

「事前規制はなくすが、消費者のために守るべきものについては、事後規制のルールをセットで作らないと制度としておかしい。情報開示規定や罰則強化、さらにその点検作業も規制改革に含まれる。官民に共通していえることだが、日本はプロに対する規律づけが甘い」

産経「政策を問う/大前孝太郎・慶応大助教授/規制改革 株式会社で公共サービスを」

セットでないとおかしいものを、セットにせずに導入したことは問題ではないのでしょうか。一般的な傾向として、事前規制を廃止するなら代替的な弊害防止措置が必要と霞が関が主張すると、「抵抗勢力」だの「骨抜きを図った」だの言われてしまうのですが、その風潮についての苦言はどこにあるのでしょう?

[government][media]官僚差別のダブルスタンダード:財界の巻

ガソリン税などの税収で賄われる「道路特定財源」の見直し問題を巡って御手洗冨士夫・日本経団連会長(キヤノン会長)の腰が定まらない。御手洗氏は経済財政諮問会議の民間議員として、道路以外にも使えるようにする「一般財源化」の政府方針を支持した。ところが自ら率いる経団連は「財源が余るなら、税率を下げて納税者に還元するのが筋だ」と一般財源化に反対しており、矛盾する主張を使い分けている。

(略)

さらに、経団連の評議員会議長である西室泰三・東京証券取引所社長も近く御手洗氏と同じ状態に陥りそうだ。西室氏が会長を努める財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が政府支持の「一般財源化」の意見書をまとめる予定だからだ。

(略)

御手洗氏らの「二枚舌」がこの問題を一層混迷させそうだ。

朝日「道路財源 御手洗氏板挟み/諮問会議と財界、主張が矛盾/西室東証社長も同じ状況?」

記事の最後には、よく事実関係の記述に加えての解釈なり意見なりが付されるわけですが、単に「一層混迷させそうだ」というだけです。もし官僚がこんなことをしようものなら、「国民の理解は得られない」だの「このような姿勢が問題なのだ」といったもっと厳しい言葉が並ぶことでしょう。

御手洗会長や西室社長が純粋な民間人というならばそうした使い分けにも理由はあると思いますが、ここでは公職に就く身としての矛盾が問題になっているのですから、官僚と扱いを違える理由はないはずです。広告主には筆が鈍るというなら事情はわからないでもないですが(笑)。

[sports][media]「レ軍」?

松坂選手のポスティングに関し、レッドソックスが最高入札額を提示したとの報道がなされていますが、少なからぬ記事においてレッドソックスは「レ軍」と表記されています。最初の文字が「レ」である関係球団がレッドソックスだけならばそれでもかまいませんが、レンジャーズが最高入札額を提示したとの報道も少し前にはあったわけですから、「レ軍」ではどちらかわかりません。「レッドソックス」ではヘッドラインには長いというなら、散見される「Rソックス」のほか、日本球団を呼ぶときのように「ボストン」でもいいじゃないですか。

#そもそも「レ軍」と略すセンス自体いかがなものか、という気がしますが。日本球界に関しては、いまどき「軍」をつけて呼ばれるのはジャイアンツぐらいでしょうに。ちなみにこのセンス、どうも外務省臭さを感じてなりません。外務省の公電だと、例えばバーナンキは「バ氏」(あるいは「バ議長」)ですから(笑)。

本日のツッコミ(全28件) [ツッコミを入れる]

Before...

ふま [bewaad様 bewaadさんの言うように確かに背理法の成り立ちを言えば 「すべての財を」でいいのですが、実際に..]

ふま [捕捉です。政府が新たにお札を刷って社会保障として 国民に渡してもインフレになります。だから正確には 『新たに刷った貨..]

bewaad [>ふまさん 本日(11/20)のエントリで取り上げてみました。お目通しいただければ幸いです。]


2006-11-16

[history][book]黒田基樹「百姓から見た戦国大名」

戦国時代といえば、司馬遼太郎らの小説や大河ドラマにみられるように英雄浪漫譚として語られがちなのではありますが、しょせんはヒトのやること、もっと下世話で泥臭くて、でも現代から見ても等身大の世界だ、というのが本書の趣旨でしょう。改めて提示されてみれば、本書の描く戦国時代の姿は、古今東西の様々な事象と相通じるものです。

天変地異による飢饉等を理由とした当主交代
フレイザー「金枝篇」が描く「王殺し」
刈田狼藉による収入を目的とした侵略
遊牧騎馬民族の活動や身代金目的の中世ヨーロッパの戦争
支配層・被支配層の双務関係
鎌倉時代の「御恩と奉公」や中世ヨーロッパの封建社会
支配層による紛争処理の制度化と私闘の禁止
穂積陳重「復讐と法律」が描く私的制裁から公的制裁への移行

#本書では、刈田狼藉による収入を目的とした侵略の延長線上に豊臣秀吉の朝鮮出兵を位置づけていますが(p58)、そうした観点にご関心の向きは、現在発売中の歴史群像12月号所収、橋場日月「"想定外"に終わった天下分け目の戦い【誤算と失策の関ヶ原】」(pp50-65)もご覧いただくことをお薦めいたします。

したがって、本書は極めて説得的な戦国時代の一面を示しているといえます。逆になぜそうした見方が今までは広まらなかったかを考えると、一つには「三国志」と「三国志演義」のように人口に膾炙する物語は往々にして史実から離れたフィクションであるということがあるでしょうけれど、より大きく影響したのは織豊政権が天下を統一したことでしょう。織豊政権は史料不足により領国支配の実態がほとんどわからないのですが、それがために勝手なことをあれこれ言う余地が大きかったわけです。

他方で後北条氏は豊富な史料が利用可能で、明治期以降研究が積み重ねられてきているわけですが、仮に後北条氏が天下を統一していれば、その実態に夢物語を仮託する余地が少なく、夢のない話(笑)が多くなっていたのかもしれません。webmasterの個人的関心をいえば、本書で描かれる後北条氏の領国支配体制は相当程度が江戸時代に受け継がれていると思うのですが、それはもともと徳川氏(さらには戦国時代のナショナルスタンダードとして他の大名)もそのような領国支配体制を布いていたのか、それともその関東移封により後北条氏のそれを摂取したのか、後者で(あり、かつ関東移封前の徳川氏の領国支配体制が織豊政権のそれに類似していたので)あるとすれば、後北条氏のそれは当時の最先端のものだったといえるのでしょうけれど、その辺りが知りたいものです。

#上記2パラグラフで触れた領国支配研究の実態については、pp141,142を参照ください。

とまあ手放しで褒めてきた本書ではありますが、ひとつ大きな疑問があります。本書によれば、戦国時代とは次のような時代だったとされます。

実際、当時の史料をみてみると、旱魃、洪水、大風などの災害をはじめ、疫病の流行、さらに飢饉を伝える記事は、際限ないほどに出てくる。そうした史料に出てくる情報に限ってみても、中世といわれる12世紀から16世紀のなかで、戦国時代といわれる15世紀後半から16世紀にかけてに、最も多くみられている(藤木久志『飢餓と戦争の戦国を行く』)。

p36

それは三代将軍家光の代のことであったが、ちょうどその頃まで、村々への実力行使の規制が繰り返し表明されているのは、このように社会が抱えていた戦争状況を反映したものとみることができる。むしろ村々の実力行使が続いていたから、社会の戦争状況が続いていた、というべきであろうか。翻って考えれば、村々が戦争するのは、慢性的飢饉のなかでの、自村の存続のためであった。そのため村々の戦争は、慢性的飢饉の克服にあわせて終息を迎えていく。人々はようやく、毎年訪れる飢餓から解放され、多くの人々が安定的に生存できる社会を創り出した。それこそが、17世紀後半の社会の歴史的段階とみることができる。

pp215,216

ところが、当時の人口についての推計からは、次のような時代であったともいえます。

16〜17世紀は、農耕の開始に次ぐ人口革命の時期である。戦国大名の規模の大きな領内開発、小農民の自立に伴う「皆婚社会」化による出生率の上昇などが主たる要因と考えられる。18世紀に入るとこうした動きは限界に達する。江戸、大坂といった新たに誕生した巨大都市は、高い未婚率と衛生状態の悪さから人口のマイナス要因となっていた(都市蟻地獄説)。

人口の超長期推移(縄文時代から2100年まで)

#「戦国大名の規模の大きな領内開発」については、pp132-135に興味深い記述があります。

素朴に考えれば、慢性的飢饉=供給減であるとするなら、そのような状態で人口が増えるとは理解しがたいでしょう。むしろ、人口増をもたらす要因が先に生じ(例えば上記引用中の出生率上昇)、対する相対関係として供給力がそれほどは伸びなかったからこその飢饉ではないか、という仮説の方が直観には合います。史料に様々な災害等の記録が残っているとして、それを文字通り解すべきかどうかには議論があり得るでしょう。

また、同じく人口推計より、地域別推計をみると、比較の時点が平安時代末期と関が原合戦当時でしか取れないのが残念ではありますが、戦国時代(及びそれに先立つ時代?)には畿内及びその周辺への人口集中が進んだことがわかります。農業生産力は全国一様にしか進歩しなかったと仮定すれば、このような人口移動は農業生産力要因では説明できません。

#奈良時代から平安時代にかけての変化を見れば、多少の差はあるにせよ、基本的には一様に人口が増加してきています。

室町時代といえば、商工業が盛んになり、さらには永楽通宝等の明銭の輸入により貨幣の浸透が進んだ時代です。「マネーサプライ」の増加により商工業の生産性は農業のそれを上回る伸びを見せ、さらには産品の取引も広域化したことでしょう。そうした高成長部門の集積は、当然ながら畿内その他において相対的に多く見られたと予想されます。

畿内の人口増を支えたのはおそらくはこうした勃興せる商工業がもたらす富による農産物の「輸入」ということになるでしょうけれど、であるならば、飢饉の原因は豊かな機内がその他の地域から農産物を買い集めたこと、すなわち配分の問題であったのかもしれません‐それっぽい言い方をするなら、「搾取」ということになりましょうか。あるいは旧ソ連において行われた飢餓輸出のように、度重なる戦争の費用の調達に充当されたのかもしれません(pp81,82にあるように、戦費調達は当時の惣村においても大いなる負担でした)。

さらには、18世紀には日本の人口は3,000万人強で横ばいとなるわけですが、飢餓からの解放という「17世紀後半の社会の歴史的段階」はこれとどのような関係があるのでしょうか。素人としては、ちょうど先の仮説とは逆に、人口増が止まったからこその飢餓からの解放、というマルサスの人口論的な歴史の流れが見えるようにも思えます。

以上のような議論を乗り越え、歴史人口学の知見と本書で示された戦国時代の実像が重ね合わせられたときに何が見えてくるのか、webmasterは楽しみでならないのです。

#webmasterが思いつく程度のこと、とっくに研究がなされているよ、ということでしたら、ぜひご教示いただければ幸いです。

本日のツッコミ(全10件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>kiyoさん 情報提供ありがとうございます。自らの語学力を省みれば、しり込みしないわけではありませんが(笑)。]

bewaad [>中山さん 人口増減については本書で直接触れられていないので、その辺りの解明を待ち望む気分です。ポイントはおそらく1..]

bewaad [>MURAJIさん ご指摘を受けて考え直してみると、次のような可能性もあるのかな、というように思えてきます。あれこれ..]


2006-11-17

[economy][sports]プロ野球の経済学IV(続々):西武グループの儲けは150億円!

これまで当サイトで重ねてきた松坂選手のポスティングによる応札額に係る会計的考察について、次のような監査意見(笑)をいただきました。

この移籍金の会計上の扱いについて、ろじゃあさんのところbewaadさんのところでいろいろと議論があったようです。すっかり見逃していました。リアルで参加できなかったのが残念。

で、大方の結論として、松坂選手の資産価値は当然簿外資産でしょうから(契約金は償却しきっているという前提)、60億円まるまる何らかの利益として計上するというところに落ち着いているかと思います。私も同意見です。

「松坂選手の移籍金は臨時報告書提出事由か?」(@ある米国公認会計士(USCPA)の鎌倉からロンドンへの道11/15付)

というわけで、図に乗って(笑)さらに本件を取り上げてみたいと思います。今回の対象は、なぜライオンズは当初言明していたように9日ないし10日に応諾しなかったのか、という点です。

前回では、最高入札額は15億円程度ではないかという報道を前提として、主観的資産評価を下回る額だったため迷わざるを得なかったのではないかという議論をしたわけですが、60億円という結果を見ればこの議論はリアリティがありません。さすがにこれを上回るような主観的評価だったとは、想像し難いとしか言いようがありません。

では他にどのような理由があり得るかを考えてみれば、よくいわれる報道等の広告効果が思い当たります。報道等で取り上げられることによりテレビ等での露出が増えるならば、それは無料でCMを流してもらっているに等しい、という話です。過熱する報道を見て、これは引っ張れば引っ張るほど露出が増えるな、と西武グループのトップが考えれば、できるだけ応諾を後ろ倒ししようとするのは自然なことです。

ではその効果はいかほどのものであったのか、簡単な試算をしてみます。

  1. 人口加重平均で民放局数は4であると仮定します。
  2. 民放各局とも月曜日未明に約2.5時間の放送休止時間を設けているので、週当たりのべ放送時間は4局×(24×6+21.5)=662時間ということになります。
  3. 年52週計算で、年当たりのべ放送時間は34,424時間となります。
  4. 放送時間に対するCMの割合は約20%とのことですので、3にこれを乗じますと年当たりのべCM放送時間約6,885時間が得られます。
  5. 年間のテレビ広告費は約2兆円(2005年)とのことですので、これを4で除しますとCM1時間当たりの広告費2.9億円が得られます。
  6. TBS「ブロードキャスター」の「お父さんのためのワイドショー講座」の11/4放送分(webmaster注:そのうち新しいものに入れ替わってしまうと考えられます)では、松坂選手のポスティング関係の39分49秒(8位)でした。先週・今週にはより多くなることが予想されるところ、11/11放送は見ていないのでまったくのあてずっぽうですが、11/4放送分の1、2位は3時間台ですので、先週・今週はそれと同等だったとの推測のもと、全部ひっくるめてワイドショーでの放送時間は7時間と仮定します。
  7. この他、ニュースでも取り上げられ、これもあてずっぽうですがワイドショーよりは短くしか取り上げられないだろうとの推測のもと、NHKも含め本件についての放送時間は3時間と仮定します。つまり合計10時間。
  8. したがって、松坂選手のテレビ露出が西武グループのCMと同等の効果を有すると仮定すれば、その広告価値は29億円相当ということになります。
  9. 総広告費に占めるテレビ広告費の割合は34.2%(2005年)とのことですので、他媒体についてもテレビにおける広告に相当する効果と同じ効果が生じていたと仮定すれば、全体で本件の広告相当価値は29÷0.342≒85億円。
  10. もし9日ないし10日に応諾していれば媒体露出は半減していたとすれば、応諾を引き伸ばしたことによる利益は40億円強ということになります。

仮定に仮定を重ねた議論ですので、額の数字そのものには大した意味はないでしょうけれど、少なくとも本件による媒体露出と同じだけの広告枠を金で買うとすれば数十億円の費用を要していたといえるでしょう。応諾をなるべく後ろ倒しすることには、1日当たり数億〜十数億円の広告費を投じてキャンペーンを張るのと同様の効果があったわけで、それを最大限引き出した西武グループ経営陣の判断は、利潤追求を旨とする私企業経営者としてまことにあっぱれではないか、とwebmasterは思ってしまうのです。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

通りすがり [一方で、テレビCMならまだしも、テレビに露出するだけで、実際それだけの価値があるのかという問題もあるわけで。こういう..]

bewaad [>通りすがりさん 一般論としてはおっしゃるとおりかと存じますが、なにせ西武HDは非上場なので、株価が観測できないのが..]


2006-11-18

[economy]ミルトン・フリードマン死去

一番詳しい関連エントリは田中秀臣先生のところでしょうか。リフレ政策の源は彼の大恐慌研究にあるといってよいでしょう。今年のフェルプスのノーベル経済学賞受賞が間に合ってよかったという気もします。ご冥福をお祈りいたします。

で、これを機にFriedman, Milton and Schwartz, Anna J., 1963, The Monetary History of the United States 1867-1960, Princeton, NJ, Princeton University Pressの邦訳出版、てな運びにならないかなぁ・・・。

[economy][book]阿部真大「搾取される若者たち」

バイク便業界の(ライダーから見た)内幕は興味深いといえますが、逆に言えばそこにしか価値がないのが本書です。読むべきところはそれだけ、100ページあまりで、しかも文字は大きく行間は広く、20分ばかり立ち読みすれば十分でしょう。1年間の参与観察の結果とのことですが、それだけの期間をかけて中身はこれっぽっち? 640円もとるの?

最大の問題は、タイトルにも「若者」と冠しているように、無理やり世代論に還元しているところでしょう。バイク便業界の労務慣行に問題があるとして、それは主として実態に反して請負契約になっているからこそ、という面がほとんどを占め、つまりは年齢には無関係な話です。ワーカホリックになりやすいのが著者の世代(第二次ベビーブーマー)に特有の傾向だなんてまともな分析に基づきもせず言われても、ねぇ。

そうした著者の見解部分を剥ぎ取った後に残るものは、最近議論した経済成長論へつながる人間行動の実際、ということではないでしょうか。少しでも早い配送を目指してさまざまな工夫がなされ、より早く配送できる者が他者の尊敬を集めるという構図は、潜在成長率という数字がどういう現場の積み重ねであるかを雄弁に物語っています。

それは歩合制のライダーにのみ当てはまる話であり、時給制のライダーは違うのではないか、という向きもあるかもしれません。しかし、より多いアウトプットを目指して労働力の投入を増やしていくことと、同じアウトプットをより少ない労働量の投入で達成しようという2つの姿勢は、メタ的には同じものの異なる表れでしかないでしょう。けだし、効率的な経済活動の指向であるのです。

本日のツッコミ(全8件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>すなふきんさん 例えばAlex Tabarrokは次のように書いていて、その手の話は無視していたりします(笑)。 ..]

一国民 [朝日とか、市場原理主義のおかげで格差が広がったことには批判も多い、みたいな論調でしたよ。 どういう責任の負わせ方だと..]

bewaad [>一国民さん 負の所得税の話も知らずによくもまあそんなことが書けるもので(笑)。知っていてなお書いた、ということもな..]


2006-11-19

[economy][pseudos]トンデモ#18:名称より「経済」の語を外すべし

昨日取り上げたようにフリードマンがこの世を去ったわけですが、それを受けて信じられないようなテキストが。

小泉政権は緊縮財政、規制緩和、郵政民営化と新自由主義的な政策をとり、一部とはいえ成功した。

バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長はフリードマン氏を尊敬しているが、まだその考え方を採用していない。同氏は本丸の金融政策理論の正否を完全には検証できぬまま鬼籍に入ったが、皮肉にもその他の分野で大きく貢献した。安倍政権への良い“教科書”ともなろう。

日経「耳が痛いフリードマン氏の言」(11/18付社説)

#フリードマンに関する他の日経の記事についても、kumakuma1967さんがツッコミを入れていらっしゃいます

小泉前総理の方がバーナンキ議長よりもフリードマンの衣鉢を継いでいるだなんて、そんな世迷言を吐くのは世界広しと言えどもこの世に日本経済新聞社説ただひとつでしょう。Bryan Caplanのエントリを引きます。

Here's what my teacher Ben Bernanke told Milton Friedman on his 90th birthday:

Let me end my talk by abusing slightly my status as an official representative of the Federal Reserve. I would like to say to Milton and Anna: Regarding the Great Depression. You're right, we did it. We're very sorry. But thanks to you, we won't do it again.

(webmaster試訳:連銀を代表してここにいる立場を若干濫用させていただいて、私の話の結びといたします。ミルトンとアンナに次のように申し上げたい。大恐慌に関して、あなた方が正しく、我々は過ちを犯してしまいました。大変申し訳なく思います。しかしあなた方のおかげで、我々は二度と過ちを犯さないでしょう。)

"Bernanke to Friedman"(@EconLog11/17付)

90歳記念に招待され講演するぐらいですから、両者の関係の深さは察せられます。フリードマンの死を受けてバーナンキが何を言っているか(次エントリ参照)、どうせ読んでもいないのでしょう。フリードマンにもバーナンキにも大変失礼な社説を恥ずかしげもなく掲載する日経が最大の経済紙でございと大きな顔をしてのさばっていられる社会だからこそ、アメリカと違って日本では二度目の過ちが繰り返され、さらに今後も繰り返してしまうに違いありません。

[economy][BOJ]フリードマンと中央銀行

さて、トンデモな輩の妄言はさておき、この偉大な学者の死に対して、その業績をこの世でもっとも重く受け止めるべき存在たちはどのような発言をしているか、見てみましょう。

Among economic scholars, Milton Friedman had no peer. The direct and indirect influences of his thinking on contemporary monetary economics would be difficult to overstate. Just as important, in his humane and engaging way, Milton conveyed to millions an understanding of the economic benefits of free, competitive markets, as well as the close connection that economic freedoms bear to other types of liberty. He will be sorely missed.

FRB: Press Release--Statement by Chairman Bernanke on the passing of Milton Friedman

日銀の福井俊彦総裁は17日、フリードマン氏の死去について「市場経済の原点のようなところを理論づけした偉大な学者。すべての人々に恩恵をもたらした」と功績をたたえた。訪問先のオーストラリア・メルボルンで記者団に語った。

フリードマン氏は1982年から86年まで日銀の金融研究所の初代顧問に就いていた。福井総裁は「私自身も非常に尊敬していたし、(顧問として)特別の指導を頂いた。改めてお礼を申し上げないといけない」と話し、哀悼の意を表した。(メルボルン=飯山順)

日経「「すべての人に恩恵」・フリードマン氏の功績で日銀総裁」

報道がすべてかどうかはわからないので飯山記者のバイアスかもしれませんが、バーナンキ議長が真っ先に言及している金融経済について福井総裁が何ら触れていないのは、フリードマンの業績をないがしろにしているとしか表現しようのない金融政策運営をしている後ろめたさゆえでしょうか(笑)。彼が金融研究所の顧問であった時代は、日銀は世界でもっとも優秀な中央銀行との評価を受けており、さぞかし指導のし甲斐もあったというものでしょう。

それが今となっては(以前紹介しましたが)次のようなことを言われる始末。お礼を言われたところで、「君らは破門だ。もう私とは無関係ということで」とでも草葉の陰から返されてしまうんじゃないでしょうかねぇ(笑)。

(インタビュアー)私たちは今日もまだ大恐慌という戦争と戦っているのですか。

(フリードマン)そうです。ある意味で私たちは未だに大恐慌という戦争と戦っているのです。新たな大恐慌が起きること、これは誰もが一番心配していることです。さらに私たちは歴史から学んでいます。ただ、日本で今日起きていることを考えると、これはちょっと疑わしいですが(笑)。

R.E.パーカー「大恐慌を見た経済学者11人はどう生きたか」

本日のツッコミ(全1519件) [ツッコミを入れる]

Before...

&#12463;&#12510;&#12288;&#12362;&#39135;&#20107;&#12475;&#12483;&#12488; [<a href="http://dinalpbear.eu/">()プラス(1個単位</a> &#12463;&#..]

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スーパーコピー時計 [<a href="http://www.tokei-n.net/">スーパーコピーブランド</a> <a href..]


2006-11-20

[notice]はてなブックマークカウンタープラグイン導入しました

まちゅさんのところからいただいてきたので、適宜ご活用ください・・・って、エントリごとの表示がなされてません(泣)。一応、ページ最下部のカウンターは生きているようですので、まずはそちらから・・・。

#原因究明・事態改善に鋭意努めます。

[economy]バーナンキの背理法・改

15日のエントリに係るふまさんとの議論で、バーナンキの背理法についてwebmaster自身の考えがかなりすっきりしてきたようなので、備忘的に。書いてあることの含意としては、昨年12/1317のエントリの延長線上で、その時点で気付けよ自分、というものではありますが・・・。

さて、あらためてバーナンキの背理法を掲げれば次のとおりです。

「中央銀行が国債を含む資産を買ってもインフレが起きない」と仮定しよう。この場合、すべての市中国債を買い取っても、さらには政府が発行する新発国債をすべて引き受けても、さらにはあらゆる資産を購入してもインフレにならないとなるため、たとえば財政支出をすべて中央銀行による国債購入代金でまかない無税での国家運営が可能となる。

しかし、この結論は誤り。従って「中央銀行がどれだけ国債や資産を買ってもインフレが起きない」というそもそもの仮定が間違っていることになり、中央銀行が市中の国債流通高をネットで減少させる規模で国債購入を継続する限り必ずインフレが発生することが証明される。

田中秀臣、野口旭、若田部正澄編「エコノミスト・ミシュラン」(via 「「バーナンキの背理法」のweak form、あるいはプライマリーバランスが赤字の国においては中央銀行が単独でインフレーションを起こすことが確実に可能である件について」(@svnseeds’ ghoti!2005/12/11付))

これについては、無税国家というステップに言及していることから、金融政策単独ではインフレを生じ得ず、必ず財政拡張政策を伴う必要があるとの主張がありました。(狭義の)政府と中央銀行を連結で考え、シニョレッジ(通貨発行益)のばらまきに努めるべしとのリフレ政策のコアからすれば、当該主張の是非はある意味どうでもよいことですし、そうした実際に採用されるべき施策を念頭に置いていたことから、その反論についてもどこか舌を噛む部分がありました(少なくともwebmasterについては)‐財政拡張はその限りにおいて推しているわけですから。

しかしながら、上記を次のように書き換えたところで、背理法の妥当性は維持されます。

「中央銀行が国債を含むどれだけ資産を買ってもインフレが起きない」と仮定しよう。この場合、すべての市中国債を買い取っても、さらには政府が発行する新発国債をすべて引き受けても、さらにはあらゆる資産を購入してもインフレにならないとなるため、たとえば財政支出をすべて中央銀行による国債購入代金でまかない無税での国家運営中央銀行は紙幣を印刷して購入原資を調達し世界中のすべての資産を買い占めることが可能となる。

しかし、この結論は誤り。従って「中央銀行がどれだけ国債や資産を買ってもインフレが起きない」というそもそもの仮定が間違っていることになり、中央銀行が市中の国債流通高をネットで減少させる規模で国債何らかの資産の購入を継続する限り必ずインフレが発生することが証明される。

#今になって改めて文章を見てみれば、無税国家のくだりの冒頭は「たとえば」なんだよなぁ・・・なんでこの表現にピンとこなかったのか、webmasterの感度の鈍さを物語って余りあります。

この世界においては、財政政策がいかなるものであるかはまったく関係がありません。財政政策が引締めであろうと拡張であろうと、とにかく特定の中央銀行が印刷した紙幣で世界中のあらゆる資産を買い占めることが可能か否かのみが問われます。日本政府が今と変わらず財政赤字撲滅に血道を上げて財政引締めに走る一方で、日銀の財産目録には世界中の不動産や有価証券、各種知的財産に金銀財宝がずらりと並んでいる姿というのは、なかなか想定しづらくはありますが(笑)。

webmasterごときであるからこそ今更このようなことを書いているわけですが、ルーカスやバーナンキその他の諸賢は、とっくにこのことに気付き、その発言に反映させていました。例えば日銀の買いオペの対象について、ポテトや銃(byルーカス)、トマトケチャップ(byバーナンキ)といった言及があったわけですが、ポテトで年金を支払ったり、ケチャップで道路を作ったりできるはずもありません(笑)。当然ながら、これらの買いオペで日銀が取得したポテト等は財政政策とは無関係に日銀の資産に積み上がり、でもインフレは起こるのだ、という趣旨の発言だったわけです。

もちろん実際にそうすべきかどうかは話は別で、購入したポテトやケチャップを日銀所有のままその相当程度を腐らせてしまうのは(腐る前にデフレを脱却して売りオペにまわせればよいのですが(笑))、国債を買い入れるよりもずいぶんと無駄の多い話です。ポテトやトマトを生産する農家や、ケチャップを生産する業者のみが儲かるというのも、誰が考えたところで変な話でしょう。

しかしながら、議論の本質はそうした部分ではなく、あくまで中央銀行が紙幣を印刷してこの世のすべての資産を買い占めることができるかどうか、という部分なわけです。ことインフレを起こせるかどうかについていえば、それが不可能である以上、必ず中央銀行は単独でインフレを起こすことができると証明されています。資産購入が実際のインフレにつながるメカニズムについては、中央銀行がそうした行動を断固たる決意で推進し、中央銀行は本気だとの理解が世の中に広まれば、目端の利く人間から随時将来のインフレを見越して消費や投資を活発化させる、ということで十分でしょう。

[government]社会人経験者I種中途採用

branchさん経由で。

国土交通省は2007年春、将来の幹部候補となる国家公務員1種職員を中途採用する。対象は大学卒業後、民間企業などで5年以上勤務した経験を持つ人で、専門性は問わない。これまで中央官庁では法務や語学など特定分野の人材を中途採用する例はあったが、「ゼネラリスト」を募るのは今回が初めてという。民間の発想を採り入れ、組織を活性化させる。

本省で交通や運輸、観光分野の企画・立案を担当する「係長」級ポストで処遇する。入省後の昇進などの処遇も新卒で入省した職員と平等に扱い、幹部候補として育てる。

日経「国交省、幹部候補を中途採用・民間発想で活性化」

既にbranchさんが指摘されていることですが、「交通や運輸、観光分野」とは旧運輸省の所掌です。国土交通省は建設省・運輸省としての最後の採用を合同で行うなど、例えば総務省に比べれば積極的に融和を図ってきた役所ではありますが、にしてもこのような部分が残るとは、やはり組織統合は難しい面があるなぁと。

それよりも気になるのは、「入省後の昇進などの処遇も新卒で入省した職員と平等に扱」うとの点です。

  • 国土交通省の新卒I種採用は旧省の区分なしで処遇されていますが、対するにこの中途採用は旧運輸省の所掌のみで昇進していくとするなら、両者の扱いは異なることになってしまいます。異なること≠不平等なので、平等なれど同じではなく、ということなのかもしれませんが。
  • 従来のI種は、(学部)新卒であろうと院卒であろうと他業種経験者であろうと「平等」に係員からスタートでしたが、今般の中途採用のみ係長からスタートというのは、果たして「平等」と言い得るのかどうか悩むところです。院卒や他業種経験者はすべて今般の枠で採用することとして押しなべて係長スタート(ゼロ種?)、新卒は従来どおりで係員スタートというのならばひとつの割り切りではありますが・・・。

この程度のことを担当が詰めていないはずもなく、実際はどうなのか興味引かれるところです。単に誤報だった、というオチだったりして(笑)。

本日のツッコミ(全99件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>ふまさん 最初にお断りしますと、当サイトで使っているtDiaryは仕様上1日当たりのコメント数の上限が100ですの..]

ふま [bewaad様 事務連絡、どうもありがとうございます。ま、一通りの論点は 出ていると思いますのでこの辺りで、とは思..]

ふま [すみません。一応、まとめということで 1: インフレ率の『長期』的な水準は主に、「シニョレッジ」で 決まります。 ..]


2006-11-21

[government][pension]3階年金の人事院による官民比較

人事院による官民年金一元化のための標記比較が話題となっています。

会社員と公務員の公的年金の一元化問題で、人事院は16日、退職金や年金の官民比較の実態調査の結果をまとめ、塩崎官房長官に提出した。公務員は上乗せ年金の「職域加算」と退職金を合わせて平均2960万円で、民間の企業年金と退職金の合計より20万円少なく、10年に予定される職域加算廃止後は民間の優位は242万円に広がるとの内容。人事院は、格差是正のため税金を投入して民間の企業年金に準じた制度を創設すべきだとの見解も提出した。これには新たに年間数十億円の国庫負担が必要で、官のスリム化に逆行するだけに批判の声が出るのは必至だ。

朝日「「公務員の年金に税補填を」 一元化巡り人事院が見解」

qh-nuさんkumakua1967さんがとりあげていらっしゃったこのネタ、webmasterはしばらく様子を見ておりました。何の様子かといえば、この手のネタには権丈先生が乗ってくれるのではないかと。さすがは権丈先生、期待通りにとりあげていただきましたので、いよいよ当サイトにも満を持して登場です(笑)。

最初に記者の取材に対してどう答えたかということが載っています。権丈節を味わうにはぜひとも原文をごらんいただきたいのですが、ご指摘の骨子をまとめれば次のようなものでしょう。

  • 比較対象を50人以上の企業とすることそのものに疑問なしとはできない。新卒就職市場の競合関係を考えれば、大企業とのみ比較することにも一定の合理性は認められる(その比較については、民が優遇されている官民格差が存在する)。
  • そもそも職域部分(共済年金の3階相当部分)を廃止すべき状況にあったとは思えない。
  • 天下りに係る退職金を勘案していないとの批判があるだろうが、それが不要なだけの待遇としていないことが根本的な問題。民間にだって同様の問題はある。公務員の質を下げてもよいというなら話は別だが。
  • 公務員人件費を下げる材料集めとして国際比較をしても、逆の結果しか出てこない。

こうした内容をコメントしても、そりゃ新聞には掲載はされないでしょう(笑。先生ご自身も正しく予想されていらっしゃいましたが)。では替わりにどのような論旨であったか、正しい官民比較になっていないという批判をまとめれば次のようになります(原文は権丈先生の論考に掲載されています)。

  1. 勤続20年以上の者を対象としているので、概して勤続期間が短い中小企業の実態が反映されていない。
  2. 身分保障や天下りが反映されていない。
  3. 3階がない企業もあれば、国民年金にいたっては2階すらない。(以上朝日)
  4. 民間の3階年金にはなくなるリスクがある。
  5. 職域部分には本人拠出分が加算されているが、民間の3階はほとんどが本人拠出なし。(以上日経。他に、天下りの議論あり)
  6. 2階における官の優遇を無視している。
  7. 調査対象が1割程度でしかない。(以上読売(に掲載されている自民党中川幹事長のコメント))

1については、年金の一元化とは同一報酬・同一勤続期間であれば保険料・年金額が同一になるというものなので、勤続期間が短い部分が反映されないのは仕様上の制約ということになります。一元化すべきでない、とまで主張されるのであれば話は別ですが。

2については、身分保障はあくまで現役時代の話で、年金受給者に官民格差はありません。天下りについては、民間にだって再就職はあります。

3については、企業年金において3階がない場合は平均に分子ゼロ・分母加算に形で反映されていると考えるべきでしょう(人事院の資料にはこの点についての言及がなかったので、反映されていなかったら取り下げます)。国民年金については、国民年金基金制度が2階相当ですし、それにしても報酬比例ではないのですが、朝日を筆頭にメディアの多くの方が反対される納税者番号でも導入しなければ報酬比例になどできませんってば。

4については、逆に言えば今3階を設けていない企業においてそれが創設されたならば民間の平均値は上がることになり、この手の調査を継続的に行うことで随時調整していくしかないでしょう。なお、民間側で退職給付債務見合いの信託拠出等がなされているのであれば、過去債務分については保全されます。

5については、では職域部分廃止後の新しい公務員3階年金に本人拠出を認めないとすればそれでいいのですね?

6については、(権丈先生もご指摘ですが)2階における給付額の計算については既に官民均衡が図られており、「官の優遇」なるものは存在しません。

7については、サンプル数が3,850でカバー率10%なら、誤差は最大で1%程度です(危険率5%)。

結局、官は優遇されているに違いないという前提から物事が進んでいる以上、それに反するデータは頭から否定してかかる、ということなのでしょう。qh-nuさんの嘆きもむべなるかな。

高ければ下げろ、低くても上げるな、理由は別になくて奴らが「官」だから。
ということですね。

いいけどね。慣れた。

(略)

・・・と、報道っぷりにはいじけつつも、調査対象の範囲や、様々な定義の仕方によって、この類の調査結果はがらりと変わるものなので、実態を正確に反映できているかの検証は必要だと思います。

・・・そういう検証をした上で、調査結果が実態を反映していないとの理由で批判するのではなく、とりあえず、って感じなのがなんかもういじけちゃいますな(笑

「「公務員の年金に税補填を」 一元化巡り人事院が見解」(@さよなら絶望官僚11/16付)

[economy]設備投資はまだまだ低調

これまでもストックの推移やヴィンテイジ(設備の経過年数)に着目した素人分析で、過熱といわれる設備投資も、本来行われてしかるべき水準と比較すれば低調この上ないとwebmasterは指摘してきました(7/219/20を参照してください)。この見方について、きちんとした実証分析がなされたとのことです。まずは報道から。

日銀は製造業の設備投資について「過大な投資が行われているとは考えにくい」とするリポートをまとめた。設備投資と、生産設備の総量を示す「資本ストック」の関係をみると、製造業は1―2%程度の成長率を前提に投資しており、楽観的な期待に基づいていないとの認識を示した。中小企業も含めた統計で設備投資が現金収支(キャッシュフロー)の範囲内にあることも挙げた。

日銀は、2003年度以降に製造業が設備投資を増やしている背景を分析。大企業製造業の売上高に占める輸出の比率が高まっており、海外での需要増加を見込んでいると指摘した。技術革新で生産設備が陳腐化するまでの期間が短くなっているため、投資の増加に比べ、生産能力の伸びは緩やかにとどまっている面もあるという。

日銀は10月末に公表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で、先行きのリスク要因として「企業の投資行動の一段の積極化」を挙げていた。今回のリポートは現状ではそうしたリスクが高くないことを示した形といえる。

日経「製造業の設備投資、過大でない・日銀リポート」

現物は石崎寛憲、川本卓司「近年の製造業の設備投資増加について」ですが、分析内容を端的に表しているのはp5の図表10でしょう。この図表を見るに、

  • 1993年から2004年にかけてはマイナス成長に見合った設備投資しかなされておらず(ただし、p7のBOX参照)、
  • 恒常的に実質3%成長が見込まれるようになれば、設備投資の対前年増加率はさらに10%ポイント近くの上乗せが可能、

というあたりは要注目でしょう。とりあえずwebmasterにとっては、自分がそれほど間違ったことをいっていたわけではなかったというサポートが得られてホッとしていることが最も大きいのですが(笑)。

蛇足ながら、最後のパラグラフは実に意味深です。当然ながらレポートで示された意見は執筆者に属し、必ずしも日本銀行の見解を示すものではありませんとの注記が末尾に付されているわけですが、当サイトの読者に日銀記者クラブの方がいらっしゃるなら、ぜひともこのリポートを引用しながら福井総裁に質問をしていただければ(笑)。

[misc]「ウースターライヒ」でいいじゃないですか

愛・蔵太の少し調べて書く日記経由・悠々日記経由で。

Österreich 日本語表音表記 の変更について

残念ながら、日本ではヨーロッパに位置するオーストリアと南半球のオーストラリアが混同され続けております。

この問題に対し、大使館では過去の文献などを参照し検討を行った結果、Österreichの日本語表音表記を 「オーストリー」 と変更する旨、ご連絡差し上げます。

暫くの間はオーストリアとの併記が行われますが、徐々に「オーストリー」の名前は日本の皆様の間に浸透し、定着していくことと存じます。

皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。

2006年 10月 東京

オーストリー大使館商務部(トップページ)

大学でドイツ語を第二外国語として選択した人であれば、"Österreich"を「ウースターライヒ」(正確には最初は「ウ」ではなく、「オ」の口の形で「エ」と発音した音ですが)と読むことを習ったと思います。無理やり英語風の発音をしなくても、ドイツ語発音でいいじゃないですか、とwebmasterは思います。それこそドイツだって、「ジャーマニー」とはいいません。そもそも、「オーストリー」にしたって、十分オーストラリアと混同されるおそれがあるでしょうし(笑)。

以下、知っている人は知っている話ですが、ご存じない方々のために蛇足ながら。

Österreich

ドイツ語の"Öster"(東の)+"reich"(国)が語源です。ドイツ語で東を"ost"というので、それさえ知っていれば簡単な謎解きなのですが、なかなかドイツ語で「オスト」というものを含んだ言い回しが日本では知られていないので(webmasterが思いつくものとしては、ちょっと世界史好きな高校生ならドイツの「東方への衝動」の原語が"Drang nach Osten"だと知っている、ぐらいかなぁ)、それが普及しない原因なのかもしれません。むしろロシア語のヴラジオストック=Влади(Vladi,支配せよ)+Восток(vostok,東方を)から連想してもらう方が早かったりして。

ちなみに、ナチスの「第三帝国」が「ライヒ」だった(Das Dritte Reich)ことから「ライヒ」=「帝国」との印象が強かったりしますが、「統一国家」ぐらいの意味が妥当です(例えばドイツ議会は、第二帝政期からワイマール共和国時代にかけて、政体の如何にかかわらず「ライヒスターク」でした)。だいたい、「ライヒ」が「帝国」であるなら、現在の共和制ウースターライヒの国名に含まれるはずもありません。

Australia

ラテン語の"australis"(南の)が語源です。紀元前から、当時のギリシア・ローマ文化圏に属する人間が知らない未知の大陸が南半球にもあるだろう、との予測に基づき、アリストテレスやプトレマイオスが"terra australis (incognita)"((未知の)南の大地)に言及していたことが知られています。

その後、地理上の発見期(いわゆる大航海時代)を経て17世紀にオーストラリアはヨーロッパ人の知るところとなり、さまざまな命名がなされたものの、最終的にマシュー・フリンダースの著書から普及した「オーストラリア」がイギリス海軍で正式採用され、今に至っています(詳しくは彼についてのwikipediaの記述を参照してください)。

本日のツッコミ(全25件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>ほるほるさん それにしても、例えば民間側の資金運用効率をROAなりROEなりで計るとして、公共セクターに対する顧客..]

bewaad [>通行人さん 確かに選挙結果は顧客満足度の一つのあらわれといえるでしょう。行政のツケを負わされる形となる与党の政治家..]

viagra [この間も俊太郎の詩をお http://www.stlouisbusinesslist.com/business/5..]


2006-11-22

[science][book]芳沢光雄「数学的思考法」

先般の経済成長を巡る議論の際に引用したDan Kogaiさんのエントリにて、以前紹介したという形で触れられていた本です。amazonの書評でも軒並み賛辞が並び、確かにwebmasterのような法学部出身者にもわかりやすく、楽しく読むことができました。毛色は違いますが、昨年webmasterの年間お薦め新刊書ランキング第3位とさせていただいた結城浩「プログラマの数学」同様に、数学が苦手だったとの思い出を持つ人々にもお薦めできます。

ただ惜しむらくは、条件反射的丸暗記を排し試行錯誤・論理的説明力を普及させんとする本書において、著者の専門外と思われる分野を用いた例示については、条件反射的丸暗記ないしはそれに類似する調査不足ゆえと思しき記述が散見されるところです。webmasterが特に気になったものを挙げれば、例えば次のとおりです。

現在の「二極化」による混乱の本質を一言で述べると、農耕社会に、狩猟社会のルールやモラルの上に確立したシステムだけをそのまま急激に適用させようとしていることにあると言えないだろうか。

p39

エスキモー等のルールやモラルの上に確立したシステムが日本に持ち込まれているなんて話はついぞ聞いたことがありません。まあ「狩猟社会」とはアメリカなどを想定しているのでしょうが、ネイティヴ・アメリカンはさておき、ここで著者が言うようなシステムを創り出したであろう白人は農耕社会の末裔です。なぜそう言い切れるか、答えは簡単で、そうでなくてはあんな人口養えません。

バブル経済の仕組みとゼネコンの仕組みも同型であったと考えることができる。バブル経済は、モデル化してみると次のようにして起こったのである(0.9を次々とかけていくところに注目)。10億円の土地を担保に借金をして9億円の土地を購入し、その土地を担保にして8.1億円の土地を購入し、その土地を担保にして7.29億円の土地を購入し、……。それを限りなく繰り返していくと、級数の計算によって合計100億円の土地を所有することになる。

一方、ゼネコンの親会社は10億円の仕事を受注して、それを子会社に9億円で丸投げし、それを孫会社に8.1億円で丸投げし、……。それを限りなく繰り返していくと、グループの総売上げは合計100億円にもなる。

このカラクリの脆弱性は明らかだろう。「親亀こけたら皆こける」という体質から脱却することも、日本の経済構造において改善を求められているひとつではないだろうか。

p110

バブル経済の仕組みとされるものは、バブル期に特有の話ではなく、バブル期が他の時期と一線を画していたとすれば、地価の上昇を見込んで担保の掛け目(引用文中でいえば0.9)が甘めに設定されていた点です。10億円からスタートしてどれだけ膨らませられるかは、

  • 10/(1-x)

で表すことができ(ケインズ経済学の乗数効果の算式としてご記憶の方も多いでしょう)、x=0.9なら100、0.8なら50、0.7なら33、・・・となるわけです。掛け目の大小によって数値は上下するにせよ、最初に購入した土地を元手にそれを超える額の土地を入手できることには変わりはありません。

ゼネコンの仕組みとされるものは、引用の例でグループの総売上げが100億円だなんて言おうものなら粉飾決算で捕まりますって(笑)。連結決算を組む際、グループ内取引は相殺消去されますから、この例で言えばあくまでグループの総売上げは10億円ということになります。

これらの構造が著者の言うが如く脆弱性を抱えているかといえば、極めて疑問です。前者については、あくまで掛け目が適正か、言い換えれば担保不動産売却により債権の保全が可能かどうかに依存するのであって、掛け目が適正であるならば、どれだけ土地所有の総額が大きくなろうとも問題ではありません(借金が担保処分なくして返済可能かどうか、という議論は別途ありますが)。後者については、そもそも事実認識が誤っているわけで。

なお、文脈からは外れますが、本当にこの両者は数学的に同型だと言えるのでしょうか。前者は各段階において借金という外部からのキャッシュインがあり、100億円の土地を買うために100億円(最初の10億円が自己資金であれば90億円)の資金を調達しています。一方、後者はあくまでキャッシュインは10億円にとどまり、著者流の「総売上げ」がいくらになろうと、それが増えるわけではありません。

バランスシートに見える両者の姿も、前者は資産・負債に100億円計上で、後者は当期利益(純資産)に10億円から経費を差っぴいた額が計上されるのみと全く異なっています。先の算式で単純合計が求められることのほか、同じ部分をwebmasterは見出せないのですが、有識者のご見解をいただきたいところです。

その両者の違いをはっきり示すものとして、俗に「サラ金」とも呼ばれる合法的な消費者金融と、「ヤミ金」と呼ばれる非合法な暴力金融がある。前者は元金に対して単利で利息がつき、後者は元金に対して複利で利息がつく。

pp177,178(webmaster注:「両者」とは、算術級数と幾何級数)

サラ金だって複利をとっている場合があります。以上。

1970年代から80年代末のバブル絶頂期まで、現在から見ると相当無駄な公共事業が多数行われてきたものだが、それらに基本的に共通するものとして、「GNP(GDP)の伸び率が5%とか6%の高い水準で発展し続ける」という"仮定"があった。これは、前項で述べた"複利"の考え方である。そのようなとんでもない手法を用いて将来を"予測"して、さまざまな公共施設の必要性を説き、予算を取ってきて着工させたのである。すなわち、"直線"による予測をするのが適切なのに、それではまっとうすぎて大した予算が取れないので、"複利"による予測を使ったのであろう。

p183

GDP計算は対前年で行いますから、「"複利"の考え方」が通例です。といいますか、単利の考え方(おそらくは基準年をとって、その年のGDP比で「利率」(=成長率)を固定する、というやり方になるでしょう)など見たことがありません。公共事業予算を膨らませるために邪道を用いたといわんばかりの記述は、あきらかに言いがかりです。

そもそも著者自身、発展途上国の経済成長を調べるときは、「毎年平均して7%ずつ成長している」というように「人口」と同じ幾何級数的に考えている(p177)と書いています。経済成長のカウントは複利式だとお認めではないですか(笑)。これは「前項で述べた"複利"の考え方」の説明の一部ですが、わざわざ前項と参照先を指定しておきながら、そこと矛盾した主張をされても困ってしまいます。

専門家として書かれている数学的な話には、このような誤りは含まれていないだろうと思い、あまり眉に唾をつけずに読みたいとwebmasterは考えるものの、一抹の不安は残ってしまいます。本書を薦めるにこうした留保をつけざるを得ないのが残念でなりません。

[BOJ][joke]世界一聞きたい記者会見

田中秀臣先生経由で。

日本経済の先行きは生産、所得、支出の好循環が働くもとで、景気は展望レポートで示した見通しに沿って息の長い成長を続けていく可能性が高いと判断した。しかし、いくつかの注意を要する点があることも確認した

「あれ?幻聴が聞こえる・・・・?」(@グラの相場見通し11/17付)(webmaster注:強調は、原文では下線です)

パラレルワールドでの福井総裁記者会見ですが、さてこの続きで、この世界の金融政策決定会合はどのような点を要注意だと確認してくれているのでしょうか。「全米が泣いた」となること必定です(笑)。

本日のツッコミ(全16件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>一言さん 私がよくわか(った気になれ)る部分だけにコメントいたしますと、 >ところで、線形近似、すなわち、指数関数..]

bewaad [>roi_dantonさん 私宛の部分だけお答えさせていただきますと(当然ながら、それ以外の部分はついていけている気..]

bewaad [>小僧さん 情報提供ありがとうございます。といいつつも、そっちの路線が最近安易に使われているような気がしなくもなく(..]


2006-11-23

[history][book]黒野耐「帝国陸軍の〈改革と抵抗〉」

筆者によれば、現在の日本の構造改革はその活力を維持するために必須であり、その鑑とするため戦前の陸軍改革を取り上げたとのことです。

小泉改革はその突破口を開くまでに政権発足から約四年もの歳月を費し(ママ)、その任期は本書執筆中の現在、残りわずかでしかない。したがって、日本の将来は後継政権が小泉改革の歪みを是正し、改革完成後の日本の姿とそれに至る全体的な道筋を国民にわかりやすく示し、改革をひきつづき強力に推進できるかどうかにかかっている。

p3

平成の一時期を風靡した小泉改革が、明治の改革のように成功してさらなる飛躍のステップとなるのか、それとも大正や昭和の改革のように中途半端で挫折するのかという岐路において、改革というものを考えてみることも意義があるのではないだろうか。

p7

しかし皮肉なことに、本書が描く陸軍改革の姿は、改革を掲げるからといって必ずしも正しからず、という話の肉付けとなっています。筆者にはなんとなく大正軍縮のイメージが重なって、小泉改革が大正期の改革と同じ道をたどるのでは、との心配がよぎってならない(p189)との言及がある大正期の改革を例にとって見てみましょう。

大正期の改革の引き金は、本書でも強調される第一次世界大戦のインパクトです。本書で挙げられる具体例はヴェルダン要塞攻防戦における独仏合計60万人の損害ですが(p100。一般には死傷者70万人といわれています。ちなみに、日露戦争時の旅順要塞攻防戦における日露合計死傷者数は8万人弱)、兵士数はまだしも当時の日本軍にとって相対的に豊富なリソースだったわけで、より以上の意味を持っていたのは次の要素でしょう。

梁川:「当時の技術者の悪弊として、高性能のものをつくるのと、高性能のものを大量生産するのは全く話が違うというのが分かっていなかったというのがあるよね。」

高見:「堀越技師がMK9Aエンジンを乗せたらすごい機体ができた、と回想録にかいてるようにね。」

梁川:「不思議なことに日露戦争当時はわかってたんだよ、それ。小銃も自国の工業レベルに合わせて設計されたし、火力は砲弾の数だ、ということがよくわかっていた。奉天会戦だって、ちゃんとイギリスから輸送船で砲弾が補充されるのを待って行っている。」

高見:「それは第一次世界大戦での砲弾消費量を目の当たりにしてからだと思う。なにせ独仏国境では日露戦争全期間の砲弾が1日で消費されていた。その消費を軽々と支える工業力は日本には決して真似のできないものだった。かといって、国家予算の数割以上を馬鹿食いする軍部としては勝てません・・・・とは口が裂けても言うことはできなかった。艦隊決戦による短期決戦は貧乏国が勝利するための夢想をいかにもリアルそうに味付けしただけのものだったんだ。」

技術と戦術(@歴史・軍事オタの駄文(webmaster注:強調はwebmasterによります)

日露戦争ですら国力の限界まで使い果たしてようやく勝利した日本にとって、その千倍以上の国力をバックに行われる総力戦がいかに絶望的な事態かわかろうというものです。戦前の軍部の行いは、この絶望感を抜きにしては語れません。

さて、失敗した大正期の改革とは、この絶望的状況にどのように対処しようとしていたのでしょうか。

国防方針の基礎となる彼らの戦争観は、これからの日本が直面する戦争は単一国を敵とする短期戦ではなく、米露中三国を同時に敵として長期間の消耗戦を戦うことになるというものだった。この長期間の総力戦を戦うには、国防資源の自給自足が決定的に重要となり、これを求めて満州から中国本土へ進出することが必要となった。

pp102,103(webmaster注:「彼ら」とは、田中義一と宇垣一成)

宇垣一成は大正期の改革派として本書第3章の主役を務めますが、「米露中三国を同時に敵として長期間の消耗戦を戦う」ことがいかに非現実的かを考えれば(今に至るまでアメリカ一国すら国力で凌駕したことはないのですから)、その改革はそもそもの問題意識が間違っていたとしか言いようがありません。後知恵であればなんとでも言えるわけですが、当時ですら次のような認識はありました。

彼らの思想は、自給自足能力がない日本は長期戦に耐える力がないので、開戦初頭の攻勢により敵に大打撃を与えて戦争を短期間に終結させるため、常備兵力とそれを基盤とする初期動員の即応性を重視し、兵器の質・量の劣勢を軍の編成や訓練による精兵主義と精神力などの無形的要素によって補うという、典型的な現状維持の思想であった。

p114(webmaster注:「彼ら」とは、上原勇作とその一派)

このように、現状維持派が主流を占めた参謀本部は、国防政策の基準を対一国戦、短期決戦という、「明治四十年国防方針」の思想に後戻りさせた。山梨軍縮はこの構想に基づいて、開戦初期に四十個師団を迅速に動員する常備二一個師団体制を堅持した。

p119

上原勇作は引用部では現状維持の思想の持ち主とされ、さらに何度となく抵抗勢力呼ばわりされているわけですが、こと総力戦となれば日本に勝ち目はないという点においては、宇垣よりもよほど慧眼であったといえます‐短期決戦指向がそれへの適切な対処であるかどうかについては大いに議論があり得るにせよ。まして、戦争するなら相手は一国に絞るのは定石といえましょう。

本書は、宇垣軍縮(山梨軍縮の後に行われました。為念)の狙いが常備兵力の削減を財源とする装備の近代化等に狙いがあったさまを描きます。大正期の改革とはそうした試みであり、軍縮のみで終わってしまったことがその頓挫と位置づけられています。確かに大正期の改革がより推し進められていれば、第二次大戦中の国家総動員体制は実際の歴史上のそれよりももう少し徹底したものになっていたかもしれません。そこだけを見るならば、現状維持派の抵抗なかりせばということになるのでしょう。

しかしながら、前提そのものが変わるとするならば、話は違ってくるはずです。現状維持派が史実よりも強く、対一国戦しかできないのだという事実認識が軍の主流を占め続け、来るべき総力戦を可能とするため満洲、さらには華北以南への進出を志向しなかったり、あるいは1930年代末以降、対中国戦で手一杯だから対米戦など無理だと主張したりする陸軍であったならばというifシナリオは、改革が徹底していたならばというifシナリオと比較しても、日本にとって好ましかったのではないかとwebmasterは思います。まして、両者の悪いところを集めた史実‐多正面での総力戦志向と精神主義の並存‐に比べればなおさら。

結局のところ、改革が重要であるという価値観から「改革」と「抵抗」の評価を演繹的に導いているのが本書なのでしょう。「改革」か「抵抗」かというラベルだけでことの良し悪しを判断してはならないのだ、という反面教師として有益だとの評価は、著者にとっては不本意なのでしょうけれども。

本日のツッコミ(全8件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>竹馬さん 対米開戦せず英蘭のみと戦って、というシナリオは、「ヒトラーが勝利する世界」(http://www.ama..]

bewaad [>kumakuma1967さん 個別論としてご指摘の事項についてはよく知らないものですから、コメントは難しいです。た..]

bewaad [>名も無き愚人さん もちろん軍としては、もし米露中を相手に戦わざるを得ないとすれば、というシナリオを想定してその場合..]


2006-11-24

[economy][politics]牧原秀樹議員との対論

きっかけは、当サイトにいただいた次のコメントでした。

金鉱マン (2006-11-21 00:27)

すみません、ここで聞いて良いのかわからないのですが、なんかしっくりこないので、どなたかご助言いただけると幸いです。

衆議院議員の牧原先生のコラム(国の財政は事実上破綻している」)に質問してみたんですが、次のような返答が返ってきました。↓のコメント欄。

http://www.hmacky.net/archives/2006/11/05/224537.html

私の不勉強で変なこと(あるいは分析的に聞けてない)を聞いているのであれば申し訳ないんですが、bewaadさんのところの議論と真逆?…というより、多分に精神論的要素を感じるのです。

bewaadさんとは反対方向の意見をもたれている、と理解すべきものなのでしょうか。

変なこと言ってたらすみません。

11/20のエントリによせられた金鉱マンさんのコメント

リンク先の牧原議員のエントリは、次のようなものでした。

政治家にはよくも悪くも予算をどうつけるか、というのが活動の一つの中心的課題となる。国の財政は事実上破綻しているから、昔のように何でも予算をつければよいというわけにはいかない。

(略)

この問題は実は政治家の課題ではなく、国民みんなで考えるべき問題である。たとえば、年金額を一月1万円一律に増やせばお年寄りの方々はその分何かをすることができ、最も投票率の高いお年寄りの方々のご支持を相当頂けるだろう。政治家として当選に一歩近づくことは間違いない。しかし、約2400万人の65歳以上の方々に月1万円ということは全部で月2400億、年では3兆円近い歳出増になる。

投票権がない子供やあまり投票をしない子育て世代に3兆円の財源を充てても票は増えないが、少子化や子供の教育の問題は多少よくなるかもしれない。芸術振興やスポーツ振興、自然育成、動物愛護等々、心の育成にかかる問題に充てれば、即効性はないかもしれないが、50年後の日本人の心は豊かになるかもしれない。

私はあらゆる世代の皆様のこと(選挙権のない子供たちやこれから生まれてくる子供も含め)、選挙区内外や自分の支持者であるかを問わずあらゆる国民のことを考えなくてはならないと思っている。そして、自分の当選が、国の長期的な利益よりも優先されるようなことがあってはならないとも覚悟している。正直民主党や共産党がばらまき政策を主張するのを見て、ああ言えたらどんなに楽なことか、と思う。古い自民党の人たちもそうだ。しかし、1998年度からのばらまき政策のつけの大きさを考えたら、私なら未来の世代に顔向けができない。そうした強い責任感を抱きながら毎日生きている。

(後略)

「限られた財源の中でー優先順位は?」(@牧原ひでき公式サイト11/5付)

このエントリに対する金鉱マンさんのコメント、及びそれへの牧原議員の回答は次のとおりです。

はじめまして。精力的にご活動されている様子を、コラムなどで拝見させていただいております。

さて、そのコラムです。これまでのコラムを見る限り、「国の財政は事実上破綻している」と言う主旨のご発言が何度も出てきます。これは、本当にそうなんでしょうか?。

素人があちこち読んだ感想でしかないのですが、他のブログを見る限り(bewaadさんと言う官僚の方のエントリーを参考にしています。http://bewaad.com/20061006.html〜〜のエントリーで議論があります)、財政状態は破綻している状態にはない、と思うのです。

牧原先生はご専門が法律であり経済は必ずしもご専門ではないようですが、「国の財政は事実上破綻している」と言う点について、何か根拠があってご発言になっているのでしょうか?。

経済システムは国の土台であり、ここについての認識を誤れば、すべての活動の土台が崩れるかと思いますし、国民としては大変な関心事です。客観的に破綻しているのならば、早急に対策を打たないと困りますが、そうでなければ、何を煽っているのかしら・・・とも思えてしまいます。

例えば、bewaadさんのブログとかで、現役の衆議院の方と官僚の方で議論なぞしていただけると、今後の国の方向性を知る上で、国民として大変参考になるのですが。

Posted by: 金鉱マン : 2006年11月20日 14:03

ありがとうございます。まず私は法律だけではなく、経済・金融・財政も相当熟知しています。経済と財政とは違いますので、ご質問が「経済が破綻している」ということと「財政が破綻している」とを混同されている点修正させて頂きます。「経済」は全く破綻していません。また、経済の血液たる金融はこの両者の間に挟まれて極めて難しい運営を強いられていますが、今は健全さを取り戻しております。

財政については、評価は様々でしょうが、「大丈夫」という意見はあまりに楽観主義です。もちろん、わが国の「今」の現状を見ればこれ以上借金を積み重ねても貸してくれる人がおり、借金を未来にどんどん先送りすることができている状況ですが、図体が大きいために夕張市のようにならないというだけであり、収入と借金の総額との比率でいえば夕張市と何ら変わりません。

さらにわが国を引っ張ってこられた団塊の世代の方が所得税を払う側から年金をもらう側になり、そこに少子化がまともに直撃します。こうした20年後、30年後を考えれば極めて厳しい状況にあることが分かります。その認識の下で運営をしていかなければこの国の未来は厳しいということです。

Posted by: 牧原 : 2006年11月20日 21:58

「限られた財源の中でー優先順位は?」におけるコメント(@牧原ひでき公式サイト11/5付)

これを受けてwebmasterから、詳細は忘れてしまったのですが(笑)、ドーマー条件とブロダ&ワインシュタイン論文の2つについてのお考えを問うコメントをさせていただきました。しかしながらその掲載は認められず、次のようなメイルをいただきました。

ありがとうございます。こうした議論を続けるのは大切ですが、私はエコノミストではないので、エコノミスト的な議論は避けたいですし、それ自体には意味がないと思っていますので、遠慮させて頂きます。

ドーマー条件を巡る理念的な対立があったのはご承知の通りですが、結局対立があるということが問題であって、そもそもそんなことをしている暇はないというのが私の意見です。

財政は破綻している、いないというのもそういうことです。現実的には国債を発行しても消化されているわけですし、何ら不払いがないために財政は理論的には破綻していません。しかし、どうひっくり返ってみても今の財政状況が健全ではないのは明らかですし、このままの税体系や社会保障体系、そして少子高齢化や国際競争力の衰退などの客観的状況を見れば、国民に警告を発しておく必要がありますし、財政状況をきちんと理解してもらう必要があります。

いずれにせよどちらが正しい、正しくないなどの決着をつける必要はありませんし、私は学者ではないですので、国民にとって正しい道と思える道を示すのみです。学者の方は、是非理念や学説の対立の中で、自説が正しいということを証明していただき、そうすればいずれ竹中さんのように思う存分自分の考えで腕をふるってもらえる日が来ると思います。自民党では山本幸三先生や佐藤ゆかりさんといった方が経済学にはうるさい方ですので、是非意見をぶつけて、国の政策として反映してもらうように努力をされてみてください。

牧原議員からいただいたメール(その1)

それに対して、当サイトに掲載してよいかをおうかがいしたところ、次のようにご快諾いただきました。

もちろん、結構です。南米で一番経済が健全なのはチリですが、私のチリの友人が言っていたのは、ピノシェト独裁体制になったときに、経済が分からないので当時はトップと言われたシカゴ学派の経済学者にまかせきりにしたからということでした。いったんは、古い国内産業が壊滅したのですが、その後に足腰の強い経済が立ち上がったということでした。

経済は理論と実態、両方大切です。日本ではお互いが分離して、お互いが悪口を言い合っているという面がありますので、そうしたことをなくしていきたいと思っています。

牧原議員からいただいたメール(その2)

議論されるおつもりはないとのことですので、内容について言及することはwebmasterも差し控えたいと思います。公開を了承していただいた牧原議員に感謝するとともに、このやりとりをご覧いただくことが皆様にとって何らかの形で役立つことを祈りつつ、公開させていただく次第です。

本日のツッコミ(全21件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>元学生さん エントリをご覧いただければご賢察いただけると思うのですが、牧原議員の対応を問題視するつもりはまったくあ..]

bewaad [>名無しさん 個人的には、ネットでの議論については黒木さん(今でも「先生」とお呼びすることは禁じられていらっしゃるの..]

bewaad [>irさん 個人的には、正しいか正しくないかは国民が判断すべき話で、政治的主張はおのおのが正しいと信ずるところを貫け..]


2006-11-25

[government][joke]官僚の士気低下in・・・

【東京=白畑克比呂】(略)

旭新聞は最近、特集記事(18日付)で官僚たちの匿名インタビューを掲載し、官僚世界の現状を「不満・不動・不安」と伝えるとともに、その原因として「政権を握った(市場原理主義的な若手の)アマチュアたちの未熟な政策実験による"改革"の強要」を挙げている。

その結果、小泉・安倍政権下では官僚たちが「すべて上(総理官邸)で決定される政策に合わせるだけで、異見や所信を述べる雰囲気ではなくなった」という。

また経済官僚などの場合、これまで政策上、必要だった民間企業との接触が"改革ムード"でできなくなり、外部との接触や現場視察より庁内で座ってコンピューターばかり見ている例が多く、積極的なことは何もしないのが無難という「不動の姿勢」が蔓延しているという。

改革の名で組織秩序が揺らいでいるのもその例で、政府機関の要職に「公募」によって外部のアマチュアが政治的に起用されるなど官僚社会の不満や士気低下の原因になっている。以前、主要閣僚人事で官邸の懇談会メンバーから抜擢された竹中平蔵・経財相の場合も、内閣府では部下だった河野昭・江利川毅両事務次官より後輩だった。

官僚社会の"政権離れ"について、糸田川政権で総理秘書官を務めた羽田糊比古・駿河台大教授は爺通信(23日付)とのインタビューで「要職や昇進拒否、海外勤務や研修希望が増えるなど、現政権が終わるまで閑職に静香にいる方が得との考えが広がっている」としながら「ただ、一方では依然、要職を得ようと権力周辺に群がる連中がいるため、政権中枢は"士気低下現象は起きていない"と誤解しがちだ」と分析している。

任期5年超でもレームダック現象を招かなかった小泉政権の評価について、荘獅子枝・東大教授は与党の民自党での講演で、反田中派闘争経歴と改革推進という"道徳的優越主義"への自己陶酔を指摘。加えて、過去の政権時代の歴史否定などイデオロギー的偏重を含め「国民に奉仕するといいながら国民に対し傲慢ではあるが、輸出の大幅な増加により、特に政権後半に必要な国民に現実的利益となる経済的成果が挙がったことが大きい」としている。

産経「小泉・安倍政権"非レームダック"論/「改革」強要…官僚の士気低下」

あれっ、おかしいなぁ・・・記事のとおりに打ち込んだはずなのに、読み返してみるとところどころ違うなぁ・・・もう一度、今度こそ間違えないようにしないと。

#上の記事は、下の記事を題材としてwebmasterが書いたパロディで、実際にそのような報道が産経新聞にてなされたわけではありません。その旨を明言せず、ミスリードであったようでごめんなさい。カテゴリにも"joke"を付記いたします。(11/26追記)

【ソウル=黒田勝弘】(略)

東亜日報は最近、特集記事(18日付)で官僚たちの匿名インタビューを掲載し、官僚世界の現状を「不満・不動・不安」と伝えるとともに、その原因として「政権を握った(左派的な若手の)アマチュアたちの未熟な政策実験による"革新"の強要」を挙げている。

その結果、盧政権下では官僚たちが「すべて上(大統領官邸)で決定される政策に合わせるだけで、異見や所信を述べる雰囲気ではなくなった」という。

また経済官僚などの場合、これまで政策上、必要だった民間企業との接触が"改革ムード"でできなくなり、外部との接触や現場視察より庁内で座ってコンピューターばかり見ている例が多く、積極的なことは何もしないのが無難という「不動の姿勢」が蔓延しているという。

改革の名で組織秩序が揺らいでいるのもその例で、政府機関の要職に「公募」によって外部のアマチュアが政治的に起用されるなど官僚社会の不満や士気低下の原因になっている。最近、主要閣僚人事で大統領側近の補佐官役から抜擢された宋旻淳・外交通商相の場合も、外交通商省では部下になる柳明桓次官より後輩だ。

官僚社会の"政権離れ"について、金大中前政権で大統領秘書官を務めた高在邦・光州大教授は中央日報(23日付)とのインタビューで「要職や昇進拒否、海外勤務や研修希望が増えるなど、現政権が終わるまで閑職に静香にいる方が得との考えが広がっている」としながら「ただ、一方では依然、要職を得ようと権力周辺に群がる連中がいるため、政権中枢は"レームダック現象は起きていない"と誤解しがちだ」と分析している。

任期1年余を残しレームダック現象を招いている盧政権の問題点について、宋虎根ソウル大教授は与党のウリ党での講演で、民主化闘争経歴と改革推進という"道徳的優越主義"への自己陶酔を指摘。過去の政権時代の歴史否定などイデオロギー的偏重を含め「国民に奉仕するといいながら国民に対し傲慢で、特に政権後半に必要な国民に現実的利益となる経済的成果を挙げられないでいる」としている。

産経「盧武鉉政権"レームダック"論/「革新」強要…官僚の士気低下」

[economy]デフレと、元本・金利の大小関係と

#これまでの関連エントリについては、グレーゾーン金利撤廃(出資法上限金利引下げ)問題indexをご覧ください。

大手クレジット会社と加盟店契約を結ぶデパートのショッピングカードを利用した北海道の無職の女性(54)が、リボルビング払い(リボ払い)契約で、50万円の買い物をしたところ、約24年間で125万円以上支払わなければならない状態に陥った。リボ払いは借金漬けをうみやすいとの批判があり、消費者金融大手は今年7月から返済期限を5年以内とする自主規制を始めたが、クレジット業界ではほとんど対策が講じられていないのが現状だ。【多重債務取材班】

女性は1人暮らし。22年前、デパート勤務の親族に頼まれカードを作った。当初の利用限度額は30万円で、毎月の支払額のコースから5000円を選んだ。途中で限度額が50万円に上がった。洋服などを購入し、12年前、限度額に達したためカードの利用をやめた。

女性の銀行口座からは自動引き落としで毎月5000円がクレジット会社に支払われ続けた。今年2月に会社をリストラされたことをきっかけに、請求書を改めて見ると、12年間で約70万円払ったのに元本は10万円も減っていなかった。返済のほとんどが手数料(元本の年約10%)に回されていたからだ。

「いつまで払えばいいのか」。クレジット会社に電話したが、「契約の変更はできない。残金を一括で払うか、これまで通り月5000円を支払うしかない」と言われた。今年8月、弁護士に相談。支払総額を試算すると、50万円を完済するにはあと12年間払い続け、計約125万円超を支払わなければならないと判明した。手数料の総額は75万円、買い物した50万円の1・5倍にもなる。

クレジット会社とデパートは契約時、支払総額や返済回数を女性に示していなかった。女性は「こんなに長い期間払わなくてはいけないなんて、全く知らなかった」と言葉を詰まらせる。

Yahoo!ニュース(毎日)「<リボ払い>買い物50万円、返済総額125万円超に」

とうとう10%程度の金利までとがめだてですか、というのがwebmasterの正直な感想です。EXCELのPMT関数を用いて元本50万円の288回(=毎月(=年12回)×24年)5,000円元利均等払いの場合の金利を求めると約11.2%となりますが、当然ながらこれは利息制限法以下です(同法が定める上限金利は、元本50万円の場合年18%)。

クレジット会社の対応も愚かしいとは思いますが‐限度額を引き上げた段階で毎月の支払額も約8,333円に引き上げる(この場合、30万円・年11.2%・毎月5,000円元利均等払いの場合と同じく88ヶ月で完済になります)か、それとも5,000円を維持するかを確認すればよかったわけですし、それをしなかったことは与件としても、今からでも割引現在価値が同額であるキャッシュフローに変更すればいいだけの話で、なぜそれを拒むのか理解不能です‐、考えようによっては債務者にとって得な話でもあります。というのも、借りている期間が長くなっているにもかかわらず、金利は同じだからです。

手軽な比較対象として、国債のイールドカーヴを考えてみます(以下、現時点での計数であり、借りた時点で考える場合には結論が違ってくるのですが、その点は捨象させていただきます)。ブルームバーグの公表データをみると、88ヶ月を7年と8年の2/3・1/3加重平均、288ヶ月を20年と30年の3/5・2/5加重平均で代替した場合、次のような長短スプレッドが得られます。

  • 78bps=(2.14×3/5)×(2.35×2/5)−(1.42×2/3)×(1.49×1/3)

極めて乱暴な考え方ではありますが、国債の長短スプレッドと同等の嵩上げが行われた場合、24年払いになった段階で0.8%ポイントほど金利が高くなってもおかしくありません(おそらく個人の債務者の信用状況を考えれば、合理的に設定される長短スプレッドはそれ以上でしょう)。逆からいえば、期間の延長にかかわらず同じ金利が適用されるとは、金利減免と同じ意味があると考えられることになります。

にもかかわらず不当であるとの見方のみがなされるのはなぜなのでしょうか。限度額引き上げの際の説明の有無といったどちらかといえば法的な話は脇に置くとして、経済的にどうかということのみを考えるとすれば、webmasterは2つの可能性に思い至ります。

1つめはデフレの影響です。デフレの害を唱えている身としては恥ずかしい限りですが、大石英司さんの次の言及を見て思いついた話ではあります。

※ <リ ボ 払い>買い物50万円、返済総額125万円超に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061122-00000029-mai-soci

行政がきちんと監督指導すべき問題だと思うけどなぁ。ただね、デフレだからこういう問題がクローズアップされるんですよね。好景気に付き物の緩やかなインフレが10年20年続けば、お得感は出てくる。

「1万5千円高いか安いか」(@大石英司の代替空港11/23付)

これだけで終わっては他人の褌で相撲をとっているに過ぎないので、どの程度のインフレであれば「お得感」が出てくるかを計算してみましょう。考え方としては、まずは名目金利で割り引いた場合において、8,333円・88回払いと5,000円・288回払いの割引現在価値が等値になる利率はいくらかを求めてみます。

まず終期のあるキャッシュフロー(ファイナンスでいうannuity)の割引現在価値の計算式は次のとおりです。

  • PV=C×[{1−1/(1+r)^p}/r]

#PV:現在価値、C:毎期のキャッシュフロー、r:割引率、p:期間

それぞれの現在価値が等しくなるrを求めるわけですから、

  • 8,333×[{1−1/(1+r)^88}/r]=5,000×[{1−1/(1+r)^288}/r]
  • {1−1/(1+r)^88}/{1−1/(1+r)^288}=5,000/8,333
  • r≒0.00934

これが月次の利率ということになりますから、12乗して年率を求めれば約11.8%で釣り合うことになります。すなわち、これより名目金利がが低ければ88回払いに、高ければ288回払いに「お得感」が出てくるということです。名目金利=実質金利+インフレ率ですから、日本の中長期の均衡実質金利がだいたい3%だとすれば、インフレ率ではだいたい8〜9%で両者の「お得感」が分かれることになるでしょう。

さすがにそれだけのインフレというのはなかなか想定しがたいですが、それにしてもこのインフレ率に比べて実際のインフレ率が低ければ低いほど88回払いの「お得感」が増す、裏返せば288回払いの「お損感(?)」が増すことになります。具体的に「お損感」がどの程度かを試算すれば、月利0.17%(≒年利2.06%)が過去12年間の長期金利平均だったと仮定するなら、

  • 680,553≒8,333×{(1−1/1.0017^88)/0.0017}
  • 1,137,864≒5,000×{(1−1/1.0017^288)/0.0017}

となるので、1.7倍ほど損をしているというのが実感ではないでしょうか。ちなみにインフレ率が年2.06%だったとして月利0.34%で計算してみますと、1.4倍強にまで「お損感」は縮小していたということになります。当サイト推奨インフレ率4%(名目月利0.51%)にまで上がった場合を計算してみれば、1.3倍を割り込んできます。

続いて2つめですが、あんまり経済合理的ではないものの、利払いの合計額が元本を超えると不当であるとの印象が強くなるのが一般的な感覚であるようにwebmasterには見えます。当初の30万円の場合であれば、支払い総額は5,000円×88回=44万円で、元本30万円に対して利払い14万円となり、この債務者も納得していたのでしょう。50万円元本に対して毎回の支払い8,333円の組み合わせでも、73.3万円の総支払額=50万円元本+23.3万円利払いとなるので、やはりこのように問題視される報道にはならなかったのではないでしょうか。

しかし、本当にこれが世間的な相場観であるとすると、なかなか困った事態が生じてきます。利払いは利率と期間に依存するので、利率が高かったり期間が長かったりすると、相当程度市場が縮小してしまうのです。高金利の方は消費者金融への反感のように多くの人は問題視しないとしても、長期間の借金をもこの相場観が支配するなら、ちょっとした利率でも不当であると思われてしまうでしょう。

例えば住宅ローンを考えた場合、35年固定金利・元利均等支払いだとすると、元本と利払いが等しくなる利率は5%弱です。今はまだデフレですから35年物でも3%台半ばで出ていますが、マイルドインフレ下では5%を超えざるを得ないでしょう。

元本以上に利払いが嵩むローンに対して「銀行は不当に利益を貪っている!」なんて声が上がるようでは、銀行はそうしたローンの提供をやめてしまうでしょうから(損をしてまで低金利で貸してくれるはずもありません)、結局困るのはそれより短い償還期間では返済ができない=住宅ローンを借りられない人々、ということになってしまいます。債務者が納得してのことであれば、別に利払いが元本を上回ってもいいじゃないですか、とwebmasterは思ってしまうのですが・・・。

蛇足ながら。

女性の相談を受けた今瞭美(こんあけみ)弁護士は「50万円の買い物に75万円もの手数料がかかる契約は常識外れ。消費者が支払い計画を理解しにくいリボ払いそのものに問題がある」と指摘する。

Yahoo!ニュース(毎日)「<リボ払い>買い物50万円、返済総額125万円超に」

この発言が既述の元本を超える利払いに対する反射的嫌悪感の表明であれば、賢愚の判断はさておき、(主観的には)良心的な発言ではあるのでしょう。しかしながら、手数料といっても金利に他ならないことを知っていながら、金利としておかしいとすると利息制限法の範囲内であって何が悪いの、と反論されるからあえて金利とはいわずに手数料であると形式的な部分を強調しているのであれば、ずいぶんと卑怯な論法です。

例えばアメリカの銀行は日本の銀行とは違って手数料で稼いでいるといわれる中身はこのクレジット関連の手数料、つまりは金利収入に他ならないのですが、これをもってして邦銀を批判するがごとく、手数料という名目につられて本質を見誤っているとすれば、専門家としてはお粗末といわざるを得ないでしょう。まして法律上は、「前2条の規定の適用については、金銭を目的とする消費貸借に関し債権者の受ける元本以外の金銭は、礼金、割引金、手数料、調査料その他何らの名義をもつてするを問わず、利息とみなす。」(利息制限法第3条本文)と規定されていて、それをこの手の話題を取り扱う弁護士が知らぬはずもないのですから。

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Before...

bewaad [>けんじろうさん おっしゃることはそのとおりかと存じますが、一点だけ、あれが深読みだとすると、その方がむしろ問題では..]

x [常識を超えた不当な取引には、規制をかけることもやむを得ないのでしょう。金利にしてもそうですが、社会的評価の伴う問題で..]

bewaad [>xさん 説明義務の内容としては、償還期間と支払総額はきちんと示すようにすべきだと思います。その他どのような事項が必..]


2006-11-26

[economy]お粗末な銀行アナリスト

金融新聞を読んでいたら、「預金金利の上昇に対して、思うように貸出金利の上乗せが進まないとの失望感が広がったことが、アナリストが(銀行の)株価動向を見誤った最大の理由だ。(銀行の)決算はそれを裏付けた」と書いてあった。ここで言われるアナリストとは、「銀行アナリスト」である。私が普段接触するアナリストは、マクロ経済や債券動向を分析するアナリスト(エコノミスト)で、エクィティ方面の銀行アナリストはまあ遠い存在である。

(略)

地銀関係者と話をしていると、不思議なことを聞く。「貸出が振るわないので市場運用に力を入れる、との経営方針はウケが悪い」のだという。私が「誰のウケが悪いのか」と聞くと、「市場です」と言う。「市場とは具体的に何ですか」とさらに聞くと、「アナリスト説明会でのウケが悪い」のだそうだ。つまり「貸出増強路線は評価されるが、市場運用の強化はそうではない」という。私は大変驚いた。

なぜなら、需要なき貸出の競争をやる銀行はむしろ「売り」であるからだ。以前のエントリーでも紹介したが、みずほ証券のチーフストラテジスト、高田創さんは邦銀融資行動を「南極の氷売り」と絶妙の表現をしている。氷(貸出)が既にたくさんあるところ、または氷の需要がないところで、氷を売ろうと努力するからだ。氷を売るとジリ貧になるから市場運用に傾斜するのは合理的な判断であり、それがなぜ評価されないのかちょっと分かりにくい。

「銀行アナリストが銀行株動向を読み誤ったのは…」(@本石町日記11/24付)

邦銀の金利リスクの取り方は上昇で損、下降で益というのが標準形ですから、金利が上がったのに利益(厳密にはインカムゲイン)が上がらないというのは当たり前の話であるようにwebmasterは思います。預金を主とする負債側のデュレーションが短く(=金利の変動に相対的にキャピタルゲイン/ロスが出にくい(一方で、インカムゲインについては敏感に反応)、貸出しを主とする資産側のデュレーションが長い(=金利の変動に相対的にキャピタルゲイン/ロスが出やすい(一方で、インカムゲインについては鈍感に反応(以上、11/29追記)のですから、金利が上がるときには資産の利回りの改善より速く負債の利回りが上昇し、収支が悪化するわけです。

#金融緩和は銀行救済だ、なんて批判はマスメディアでもよくなされていると思うのですが・・・。

その傾向がデフレ下で維持されたのかどうかについては、次のような分析があります。

まず国債のデュレーションから検討してみよう.(略)低金利政策以前のデュレーションは5年から6年程度の狭いレンジの中で比較的安定した動きとなっているが,低金利政策の開始によって国債デュレーションは一旦1年程度長期化した後,1998年3月期以降は極端に短縮化して2001年度には3年強にまで急落する.

他方,貸出のデュレーションには低金利政策による大きな変化を見いだすことはできず,傾向的なデュレーションの長期化が観察できる.

(略)

(略)通常低金利政策下において預金は定期性預金から流動性預金へシフトし,その結果預金のデュレーションは低下したと予想される(ゼロ金利であるため期間中のキャッシュ・フローは無視できることに注意されたい).その意味では銀行は金利リスクを低減するためには資産のデュレーションも低下させる調整が必要であったはずである.この推論が正しいとすれば,銀行は外生的に発生した貸出のデュレーションの長期化を,国債にデュレーションの短期化によって調整したと考えるのが妥当であろう.実際この時期,銀行は不況と不良債権処理のために短期貸出を圧縮する必要があり,他方,預金のデュレーションが短期化したために金利リスクが増大していた可能性が強い.むろん,これは推論の域を出ないものであり,低金利政策化における,国債,貸出のデュレーションの非対称性については今後のより詳細な分析が必要とされる.

井澤裕司、片山育広「都市銀行の資産選択行動──1992年〜2001年──」

2001年までの期間分析ですから、その後の変化があり得ることに留保は必要ですが、少なくとも貸出しのデュレーションは伸びていると考えることに合理性はあると言ってよいでしょう。つまり、1990年代前半以前の貸出しポートフォリオと比べ、現在のそれはより金利に反応しづらくなっているわけです。

そういう状況において、「預金金利の上昇に対して、思うように貸出金利の上乗せが進まないとの失望感」とは、銀行アナリストとはずいぶんお気楽な商売であるといわざるを得ないでしょう。bank.of.japanさんの引く地銀関係者の言によれば、貸出増強努力を評価するアナリストが多いとのことですが、いくら新規の貸出しを積み上げようとも、ストックの金利感応度が低いわけですから、その影響は限られてきて当然です。その程度のことも見抜けないアナリストに対しては、こちらこそ「失望感」を抱こうというもの。

マクロの状況として貸出しが増加しやすいかどうかの分析は専門外として的外れであっても止むなしとしても(だからといって外れる可能性の高い分析を読まされる顧客の救いにはならないでしょうが)、銀行の収益構造の分析は本業のはずです。そこに手を抜いて、頑張って貸出しを増やせば収益が改善するはずだとして強気の株価動向を見込むとは、彼/女らの飯の種はいったい何なのでしょうか。株を売らんかなととにかく強気の方向性を打ち出しておいて、それに合う材料を探し出す眼力がそれだとすれば、その言説に金を払う顧客も浮かばれないでしょう。

どなたか、銀行アナリストのアナリストをご存知ありませんか? 収益構造がどのようなものか知りたいので(笑)。

[misc]香里奈や山田優はマダ〜? チンチン(AAry

189 名前:無名モデル[sage] 投稿日:2006/11/24(金) 07:12:07 ID:???

朝まで生テレビ!
11/24(金) 深01:20 >> 深04:20  テレビ朝日
緊急討論“いじめ・自殺”と日本の教育
出演者/寺脇研 喜入克 中嶋博行 長谷川潤 宮崎哲弥 森越康雄 八木秀次 蓮舫 葉梨康弘 福島みずほ

潤ちゃんクル!

190 名前:無名モデル[sage] 投稿日:2006/11/24(金) 07:44:25 ID:???

前後の出演者を見るに…別なおっさんかと…

(略)

192 名前:無名モデル[sage] 投稿日:2006/11/24(金) 11:02:32 ID:???

>>189
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E6%BD%A4_%28%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E5%B8%AB%29
多分、この人だろうね?

予想外でエロ潤が出てきたら、笑えるのに

「〜早耳娘総合スレッドVol.14〜」・レス189-192(@2ちゃんねるモデル板)

webmasterは24日深夜の朝生は見ていないのですが、もし本当にモデルの長谷川潤が出演していたなら、ぜひともその模様を教えてください(笑)>ご覧になった方々。

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Before...

通りすがり [まあ、あそこで銀行トップの言動を持ち出すのはアナリストとしてどうかな、とは私も思いますがね(汗) 一応、銀行アナリス..]

通りすがり [念のための追記。 >というか昨年の今頃、海外投資家筋が「景気拡大により銀行バラ色」モードな銀行株強気論を出して来たと..]

bewaad [>通りすがりさん これ以上は何かとお困りになりかねないようで(笑)、どうもありがとうございました。引き続き、差し支え..]


2006-11-27

[misc]「味わい深いグラフ」をさらに味わってみる

「味わい深いグラフ」とは2006年の年齢別人口グラフ(俗に「人口ピラミッド」などといわれるアレです)のtockriさんによる紹介ですが、その勘所は次のとおりでしょう。

2006年現在の人口統計グラフをじーっと見ていると、第一次ベビーブームのちょうど28年後ぐらいが子どもたちが第二次ベビーブームなんだけど、そのまた30年後ぐらいのところに人口の山ができる兆しすらないっていうのにびっくりする。ちょっとぐらい盛り上がってても良さそうなものなのにね!

そしてここ10年ぐらいは生まれてくる赤ちゃんの数が減ってないけど、今のままだと、つまり夫婦にとって3人以上の子どもを作る経済的、社会的な動機がなにもないままなら、あと10年もして第二次ベビーブーム世代が出産できなくなるとともにまた赤ちゃんの数は減っていくんだろう。あとは減る一方か。

「味わい深いグラフ」(@とっくりばー11/25付)

実際に第二次ベビーブーマーの出産傾向がどのようなものかを見るには、(出生)コーホート合計特殊出生率(ある年に生まれた人間が歳をとるに従いどれだけ子を産むかの統計)を見るのが一番でしょう。出生数が第一次・第二次のそれぞれでもっとも多かった1949年・1973年で代表させると、次のような違いがあります(2004年時点)。

24歳29歳34歳39歳44歳49歳
1949年生まれ0.551.501.861.951.961.96
1973年生まれ0.220.70

これだけではよくわかりませんねぇ(笑)。というわけで、49歳までの累積出生率が判明しているもっとも若い世代、1955年生まれを表に足してみます。

24歳29歳34歳39歳44歳49歳
1949年生まれ0.551.501.861.951.961.96
1955年生まれ0.451.391.851.961.981.98
1973年生まれ0.220.70

1949年生まれと1955年生まれでは、後者は29歳までは出生率が低かったのですが、34歳時点では追いついていることがわかります。出産年齢が高齢化する過程では、毎年の出生率は下がっていくわけですが、このように最終的には追いつく(一人の女性が生涯で約2名出産する)のであれば、やがて合計特殊出生率は下げ止まり、少子化にも歯止めがかかることになります。では、1973年生まれは今後高齢出産をして1949年生まれに追いつくことができるのでしょうか。

49歳まで累積出生率が判明している各コーホート(=1955年以前生まれ)において、もっとも49歳時点での累積出生率が低いのは1947年生まれです。それと、各年齢の累積出生率が判明しているもっとも若い世代をこの表にさらに加えてみますと、次のようになります。

24歳29歳34歳39歳44歳49歳
1947年生まれ0.501.411.731.801.811.81
1949年生まれ0.551.501.861.951.961.96
1955年生まれ0.451.391.851.961.981.98
1960年生まれ0.371.201.681.821.84
1965年生まれ0.280.941.411.57
1970年生まれ0.230.781.23
1973年生まれ0.220.70

1960年生まれであれば1947年生まれよりも最終的には高い累積出生率を記録していますので、少子化問題とはそれ以降の世代の問題といえましょう。少なくともこれまでの少子化は、第二次ベビーブーマーに特有の話ではなく、1965年生まれにおいてすでに鮮明となっているわけです。しかしながら、例えば1965年生まれが40〜44歳の間に0.25程度出生率を上積みできるならば、それ以前の世代と比較しても生涯通算では見劣りしないということになります。では、それは可能なのでしょうか。

考える材料として、各年齢間でどれだけの出生率だったかを示すため、年齢間の差分をとってみます(先のリンク先の図11の劣化版ですので、そちらを合わせてご覧いただくことをお薦めいたします)。

24歳29歳34歳39歳44歳49歳
1947年生まれ0.500.910.320.070.010.00
1949年生まれ0.550.950.360.090.010.00
1955年生まれ0.450.940.460.090.020.00
1960年生まれ0.370.830.480.140.02
1965年生まれ0.280.660.470.16
1970年生まれ0.230.550.45
1973年生まれ0.220.48

1965年生まれが40〜44歳の間に1960生まれの2倍、すなわち0.04産んだとしても、累積出生率は1.61までしか上がりません。1970年生まれが35〜39歳の間に1965年生まれの2倍、すなわち0.32産み、40〜44歳の間に1960年の4倍(=前述の仮定1965年生まれの同期間出生率の2倍)、すなわち0.08産んだとしても、累積出生率は1.63までしか上がりません。どうやら、高齢出産の増加による生涯累積出生率の回復は、実現しそうにありません。

では、この出生率の低下はどのような原因によるものなのでしょうか。再び先のリンク先に頼りますと、最後に「出生力」と題された部分があります。そこから手がかりを抜き出すと、次のようなことが書いてあります。

イ 次子出生割合

昭和28年生まれ以降の母の出生年別に次子出生割合をみた。

(略)

40歳までの次子出生割合をみると、昭和28年生まれでは、第1子を生んでいる母のうち、86.7%が第2子を生んでおり、第2子を生んでいる母のうち、36.0%が第3子を生んでいるが、昭和39年生まれでは、それぞれ79.7%、33.6%に減少している。

同様に第3子、第4子を生んでいる母の次子出生割合をみると、それぞれ14.0%が15.1%に、22.9%が23.5%に増加している。

また、30歳までの次子出生割合をみると、昭和28年生まれでは第1子を生んでいる母のうち、74.8%が第2子を生んでおり、第2子を生んでいる母のうち、23.5%が第3子を生んでいるが、昭和49年生まれでは、それぞれ52.5%、19.7%に減少している。

同様に第3子、第4子を生んでいる母の次子出生割合をみると、それぞれ8.7%が11.5%、14.8%が18.6%に増加している。

平成17年度「出生に関する統計」の概況/2  晩婚化・晩産化の状況

次子出生割合を見る限り、40歳でのそれは第3子までは昭和39(1964)年生まれでも下がってはきていますが、その程度は小さなものといえます。30歳でのそれは昭和49(1974)年生まれでの低下は顕著ですが、高齢出産の増加を考えれば、40歳までにはそれなりの回復が見込まれるのではないでしょうか。となると、一人っ子が増えた、兄弟の数が減った、といった類の事象の影響は限定的であるように思われます。となれば原因は、そもそも一人も子供を産まない女性の増加でしょう。

ウ 子を生んでいない女子の割合

昭和28年生まれ以降の女子の出生年別に子を生んでいない割合をみた。

(略)

40歳において子を生んでいない女子の割合をみると、昭和28年生まれでは10.2%であったが、世代を追うごとに増加傾向にあり、昭和39年生まれでは22.3%となっている。

30歳において子を生んでいない女子の割合をみると、昭和28年生まれでは18.0%であったが、世代を追うごとに増加傾向にあり、昭和46年生まれでは48.9%、昭和47年生まれでは49.8%、昭和48年生まれでは51.0%、昭和49年生まれでは51.5%となっており、「第2次ベビーブーム」期に生まれた女子の約半数が30歳の時点で子を生んでいない。

平成17年度「出生に関する統計」の概況/2  晩婚化・晩産化の状況

先の次子出生割合が示すように、子供を産んでいる女性の過半は第2子以降を産んでいるわけですが、そもそも第1子を産んでいない女性の割合がこれだけ増えたならば、全体としての出生率が下がるのも無理ありません。これらの者の多くが30歳以降で子を産むのであれば、先の35歳以上の高齢出産の推計はさらに増えるということなのかもしれません。しかし、女性についても生涯未婚率が上昇し始めている現実は、そうではない未来を感じさせるものがあります。1964年生まれでさえ40歳で子供を産まない者の割合が20%を超えているわけですが、1974年生まれにおいてはどのようなことになるのでしょうか。

30歳と40歳の「子を生んでいない女子の割合」について、1953年生まれ〜1964年生まれで関係を求めてみると、次のようになります。

世代30歳 (a)40歳 (b)b/a
1953年生まれ18.010.20.567
1954年生まれ18.310.00.546
1955年生まれ21.112.50.592
1956年生まれ21.212.10.571
1957年生まれ22.112.30.557
1958年生まれ25.615.40.602
1959年生まれ26.115.20.582
1960年生まれ28.416.60.585
1961年生まれ30.417.70.582
1962年生まれ32.418.90.583
1963年生まれ34.920.50.587
1964年生まれ37.222.30.599
平均0.579

この平均値を用いて1974年生まれの40歳での「子を生んでいない女子の割合」を試算すれば、51.5×0.579=29.8%の女性がほぼ生涯子供を産まないと考えられます(前掲のコーホート合計特殊出生率を見れば、40歳以上での出産は極めてまれと言ってかまわないでしょう)。さらに悲観的に、b/aが増加している傾向を捉えて当該期間における出生年とb/aの関係の近似式を求めれば、

  • y=0.0028x−4.8148
  • R-squared=0.3581

となり、xに1974を代入すればy=0.7124となるのですが、これで1974年生まれの40歳での「子を生んでいない女子の割合」を試算すれば36.7%の女性は生涯子供を産まないということに。

実際にはb/aが年とともに増加していくかどうかはわからず、これは半分お遊びではありますが(R-squaredも小さいですし)、にしても少子化対策として何が必要かを示唆して余りあるでしょう。いわく、第2子・第3子の出産を促進するのではなく、そもそも第1子を産むよう誘導することです。個人的には、経済的事情から1人たりとも子供が産めないという者が、バブル崩壊後今に至るまで増加しているのではないかと思いますが、これについては、世帯収入別コーホート合計特殊出生率がわからないことには確たることは言えないので、あくまでそんな気がする、というものだとお断りしておきます。

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bewaad [>kumakuma1967さん 子供の数が増えるというのは、家計への経済的影響をファイナンス的に表現するなら、レバレ..]

neko [> bewaadさん > 子育ての負担を社会化しないことには、そうしたものは難しいのだろうな、とは思います。 「歓..]

bewaad [>nekoさん そのあたり、おそらくは月曜日にネットでも公開されるであろう今年度版少子化社会白書の記述を見てみたい気..]


2006-11-28

[notice]コメントについてのお詫び

時間の関係上、昨日来いただいたコメントへのお応えは、明日とさせていただきます。ごめんなさい。

[politics]小泉前総裁の志向を最もよく受け継ぐ者・中川幹事長‐2006年自民党総裁選・その14

#これまでの関連エントリについては、2006年自民党総裁選indexをご覧下さい。

安倍政権のキーパーソンは中川幹事長であると9/26のエントリでwebmasterは書いたわけですが、政権発足からわずか2ヶ月でその存在感をまざまざと見せつけたのが、今般の造反議員復党騒動でしょう。概要はご存知の方がほとんどだと思いますが、念のためまとめれば次のような流れでした。

  1. 小泉前総裁退任を受け、青木参院議員会長らが復党容認論を提唱。
  2. 安倍新総裁は、復党に前向きな含みを持たせつつも、調整を中川新幹事長に一任。
  3. 中川幹事長は郵政民営化への賛成を含む高いハードルを設定。
  4. それに対して青木参院議員会長や中川新政調会長らから強い反発。
  5. ハードルの高さは引き下げられぬまま復党願いの提出期限到来。
  6. 11名復党。平沼議員のみ誓約書を添えず引き続き無所属。

今般の騒動に当たっては、青木参院議員会長や片山参院幹事長、中川政調会長に森元総理といった党内実力者もさることながら、おそらくは安倍総裁の希望をも無視して意向を押し通したところに中川幹事長の強さがよく表れています。拉致問題などの安倍総裁がこだわりを持つ分野ならばさておき、そうでない分野については、安倍総裁よりも中川幹事長の意向が尊重されるとも受け止められかねない状況にあると言えます。

webmasterは霞が関の中の人であって永田町の中の人ではないので実際のところはよくわからないのですが、外から見ている限り、その強さの源泉は、小泉政権の最初から最後まで、党においてもっともよく小泉前総裁の路線を貫き通したところにあるように見えます。マスメディアではそれほど取り上げられたわけではありませんでしたが、政府における竹中前大臣といわば陰陽の関係にあったのです。

どれだけ小泉前総裁のやり方に不満があったとしても、「毒まんじゅう」を食べてしまった後においては、しょせんは愚痴に過ぎません。ソースが何か記憶は定かでないのですが、一度金で動いた人間はそれ以上のお金でないと動かないけれど、脅しで動いた人間はどんどん動きやすくなっていく、といった趣旨の警句をwebmasterは見たことがあります。一度小泉路線に対して腰砕けになってしまった以上、小泉チルドレンごときの脅しにはまだ屈しないにせよ、中川幹事長がすごめば屈せざるを得ません。なにせ彼は小泉政権を支え続け、現政権においていわば前政権を体現する身なのですから。

おそらくは本件を経て、中川幹事長の党内覇権はゆるぎないものとなったと見てよいでしょう。唯一足元をすくわれるおそれがあるとすれば、9/26に書いたようなスキャンダルということになるでしょうけれど、彼が党を牛耳ることへの反感はあるとはいえ、これだけの権力が確立した以上、刺し合いになれば優位は否めません。共倒れも辞さずとまで覚悟を決めればともかく、そのような可能性はそれほど高いとも思えません。となると、少なくとも安倍政権下では彼の権勢は続くなぁ、と予想されることになります。

#国会で追及を受けない立場(=閣僚を忌避していること)にいるから許される強みではありますが。

ちなみに、平沼議員との三塚派時代の確執が今回の厳しい対応の淵源であったとの見方がありますが、この文脈からすれば、それは全くないとは言い切れないにせよ、枝葉末節の話であるとwebmasterは考えます。官房長官の座をスキャンダルで追われた後、今のポジションへ復活したのは小泉路線に賭けたからこそ。彼の成功体験がそこにある以上、他の何にもましてそれにこだわるわけで、郵政民営化を本気で進めなければと思っているのでしょう。それへの忠誠を誓わない態度が心底許せない、という直球の理解が正しいのではないでしょうか。

本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>パオさん 反中川派としては、勝った後の展望が開けない、という(小泉前総理に最後はいつも押し切られたのと同じ)構造的..]

 [中川氏は1回目2回目の小泉氏の総裁選で選対本部長事務総長などをしていたので、スキャンダル後に小泉路線に賭けたから復活..]

bewaad [>◎さん 小泉前総理は、「自ら助けるものを助ける」という路線では一貫していまして、一度チャンスを与えられることは、そ..]


2006-11-29

[economy][law][politics][WWW][book]社会科学系の「擬似科学」対策の各種試み

山口浩さんが次のようなご指摘をなさっています。

富山大学人文学部中国言語文化コースの大野圭介助教授のブログ「朴斎雑志」の最近の記事「『トンデモ原論』――人文系の「ニセ科学」対策」に注目。

(略)上記の記事は、学習院大学理学部物理学科の田崎晴明教授が作られた「[[『水からの伝言』を信じないでください|http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fs/]]」というページを引いて、人文科学の場合はどうだろう、と論じているものだ。

(略)

自然科学、人文科学とくれば、あとは社会科学ということになるわけだ。私にはその任は重いので、少し思うところを書くにとどめる。

「社会科学系の「擬似科学」対策」(@H-Yamaguchi.net11/28付)

略した部分を含め、一度原エントリをご覧いただきたいのですが、「あとは社会科学」の部分について、これまでもそれなりの試みがなされていますよ、というご紹介を。

#この他にもご存知のものがありましたら、情報提供いただけると幸いです。必要に応じて随時追加したいと考えています。

「トンデモ経済学家元追究委員会」スレ@いちごびびえす・経済/経済学板

まずはネットでのものとして、現在vol.7を数える名門スレをご紹介いたします。

  1. 初代(2001.4.20〜2003.3.24)
  2. vol.2(2002.8.26〜2003.1.16)
  3. vol.3(2003.1.16〜2003.10.21)
  4. vol.4(2003.10.21〜2004.2.19)
  5. vol.5(2004.2.19〜2005.2.23)
  6. vol.6(2005.1.21〜2006.4.28)
  7. vol.7(現行)(2006.4.27〜)

このスレのスタンスは初代の1に明らかで、その後典型的なトンデモの類型がまとめられていますので、そこをご覧いただくのがこのスレの特徴をつかんでいただく早道ではないかと思います。

01: ドラエモン  2001/04/20(Fri) 23:39

足かけ8ヶ月ほど弐編・2chの経済板で雲霞のような数の「トンデモ経済分析」に遭遇し、そのたびに個別撃破してきましたが、いつまで経ってもきりがない。薬の売人を挙げても元締めに手を出せない麻薬取締官の気持ちが良くわかります。

そこで考えついたのは、この厨房エコノミストの背後には「家元」がいるに違いないということ。だって、変だとおもいませんか?多くの連中が経済学のイロハも知らないのは直ぐにわかるけど、そのくせ貨幣数量方程式MV=PQとか、長期金利についてのフィッシャー効果なんか知ってる。明らかに、体系的に勉強してないが、誰か知ってる奴が吹き込んでるとしか思えないんです。

そこで、各種メディアでの発言などをウォッチしながら、トンデモ経済学家元を追究しましょう。

(略)

05: すりらんか  2001/04/21(Sat) 00:22

おおお!とうとう十字軍編成ですね!トンデモはいくつかの種別に分けられると思います.

・経済知識ゼロ開き直り系
経済・経済学の知識全くナシで,経済を語ろうという有る意味ものすごい勇敢なひとびと.さすがに「エコノミスト」「経済評論家」とは名乗らない人も多い(S高は例外).必殺技は「景気回復出来ない経済学なんて無意味(だから自分が正しい)」.経済誌ではなく一般誌,テレ東以外の民放などに出没.居酒屋オヤジ感覚のライトなテイストが人気の秘密.

・正答派言論人経済なんて下賤だ系
サブカテゴリーとして,思想系と道徳系に分かれる.前者は難しい単語がたくさん出来て,インテリ君の自尊心を大いにくすぐる.どう読んでも,一片の論理も含まれていないような気がするのは私だけではあるまい.後者の特徴は「今の日本は罰が当たっている」という,ちょっと自分を反省したい中高年をくすぐる主張が売り.土日の朝番組クラスの政治評論家との親和性がたかく,容易に「開き直り系」と共同戦線を形成する.バブル期に苦言を呈していた人がこの系に多いため鼻高々.

・トレンドサーファー系
バブル→その崩壊→長期不況という日本の15年を最も上手く乗りこなした人たち.ある意味ものすごく経済学的に行動している(ただし,経済学は知らない人が多い).バブル期には日本式経営・経済を賛美し,90年代にはアメリカ賛美とIT革命.経済学に関する単語を結構知っている感じなのが特徴.経済誌からTVまで活躍のは場は広いが,主婦・高齢者受けしないのが弱点.やる気あるサラリーマンの教祖的存在.経済学者から転身するのに格好?

06: すりらんか  2001/04/21(Sat) 00:23

・ころび学者系
元正答派経済学者がある日突然何かに目覚めてしまう.このカテゴリーは主張というよりその出自が特徴.ただし,「サーファー系」への同調は少なく,「開き直り系」「言論系」への移行がメイン.ただし,日に日に転び学者弟子系という何を学んだのかさっぱりわかんない人々が生産されてきているが,こちらはむしろ電波系としての分類が妥当なことが多い.

・正統派電波系
語るも不毛,反論するのももっと不毛な人々.まじめに反論するとある日,3面記事行きの可能性もある.よって割愛.

(略)

08: すりらんか  2001/04/21(Sat) 00:45

追加

・一見社会学者風系
問題になっている対象を,いちいち分類して喜んでいる輩.分類して名前をつければとりあえず安心という人間心理をついている.あとは,具体的事項を「これは○○に分類される」とかいっとくと格好が付く.矛盾をつかれたときには「例外的事項である」「より細部の分類が要されるが,紙幅の都合で割愛する」が決めぜりふ.主な活躍場所,具体名については紙幅の都合で割愛する.

「トンデモ経済学家元追究委員会」スレ・レス1-8

faqその1‐ロッキード事件Q&A

Apemanさんによるもので、裁判編陰謀説編の2編構成になっています。その趣旨については、別サイトに記されています。

ふとしたきっかけでこの問題にまた関心を持ち、いろいろ調べていると「ロッキード事件もずいぶん昔のことなんだなぁ」という感慨をもつ。なにしろ事件から30年経つのである。資料を読んでいると「鬼頭判事補のニセ電話事件」などという珍妙な事件のことなどすっかり忘れていたことに気づく。「そういえばそんな事件があったな」とは思うものの、ではどんな事件だったのかということになるとさっぱり覚えていない。現在30歳以下の人であればそもそもロッキード事件に丸紅が絡んでいることすら知らないことが多いのではないだろうか。丸紅側の大久保被告が起訴事実の大筋を公判においても認め、その態度が血筋とあいまって話題になったことなども思い出される。「三木おろし」というのも懐かしいことばである。自民党員ですらない刑事被告人が首相のクビをすげ替え、息のかかった人物を法務大臣や運輸大臣(職務権限論とのからみで運輸官僚の首根っこを押さえる必要があった)に据えていた時代がたしかにあったのである。大げさにいうならロ裁判批判も歴史修正主義の一種であり、歴史修正主義の第一の味方は忘却なのである。忘却に逆らうささやかな試みとしてこの頁を作成した。

言論界のLiving Dead、ロッキード裁判批判論をいま一度斬る

Apemanさんご自身が関連するテキストで何度となくおっしゃっているように、立花隆「ロッキード裁判批判を斬る」((1)(2)(3))が出発点になっていますが、これらが朝日の怠慢のせいで絶版の今、その存在は極めて貴重であるといえます。専門的な話が多い上、文章量もそれなりですので敷居が高いのは否めませんが、丁寧な論述がなされているので、文章の量にひるまなければ専門外の人でも十分読みこなせると思います。

faqその2・「社会科学」か微妙なfaqその1‐軍事板常見問題

大手サイトですからご存知の方も多いかと存じますが、2ちゃんねる軍事板でのやりとりを集めたもので、管理人の消印所沢さんによると次のような趣旨に基づいています。

【質問】
なぜFAQを作るのか?

【回答】
軍事板に多数ある興味深い情報が,ただ漫然と過去ログ倉庫のあちこちに散らばっているのが勿体無いと感じたからです.情報は,「存在する」というだけでは意味がなく,分類・整理され,必要な情報がすぐに取り出せるようになって初めて価値があるのです.

それがないからこそ,初心者質問スレッドに似たような質問が何度も繰り返されたり,似たような陰謀論が何度も蒸し返されたりするのではないかと愚考いたします.

消印所沢

FAQ of FAQ/本サイトに関するFAQ

軍事全般に関するものですから、自然科学や人文科学に関するものも多く含まれていますが、同時に社会科学に関するものもまた含まれています。情報量が厖大すぎて必要なものの存否、存在する場合にどこにあるかを探すのにそれなりの手間がかかるのが欠点、というぐらい充実しています。もともとの書き込みに加え、消印所沢さんのご尽力、それにBBSを通じて内容の加除訂正を行っている多くの人々の協力の賜物でしょう。

ちなみに、昨年のwebmasterの軍事板でのやりとり(11/811/911/10)から、「【質問】 なぜ日本軍はロジスティックスが貧弱だったのか?」「【質問】 旧軍には,失敗をフィードバックして再発を防ぐ体制はあったの?」の2問が整理の上収録されていて、現在そこではwebmasterについて明記されておりません。しかしながら、収録当初は分類が「【質問】」ではなく「【珍説】」となっていて、しかも"bewaad"と名指しで、軍事板をROMっている身としてはとっても切ない思いをしたものですが、BBSでの議論を経てかく変更していただき、たいへんうれしく思ったのが記憶に残っています。

faqその3・「社会科学」か微妙なfaqその2‐ジェンダーフリーとは〜Q&Aですぐわかる〜

成城トランスカレッジ.com!(といってもドメインは"co.jp"ですが(笑))の主宰者chikiさんによる、これまた知る人ぞ知るページです。こちらも、まずはご自身による趣旨紹介から。

Q. なるほど。で、このサイトは保守論者や自民党の悪口をいうページですか?

A. ごっ、ごめんよぅ(汗)。グーグルで検索すると、世界日報系や作る会系のまとめサイトしかなくて、「ジェンダーフリーは狂人の思想!」「ジェンフリになると不幸になる!」とかそんなんばっか。デマではなく学術的、理性的な検証をしっかりしたサイトがまったくなかったので、そのデマを消火しちゃんと吟味できるようにしたかったんだ。(略)そのため、まずデマはまずいからソースを出して論証しつつ、デマを流す人は批判した。

でも、かといってフェミニズム系、「左派」系に極端に偏ってしまうのも意図するところと違うし、個人的にはそちら側に批判もたくさんある。私自身、ジェンダーフリーを推進してきたわけでも、指示(ママ)しているわけでもなければ、反対に保守的言説を封じるつもりはないし傾聴すべき批判意見もたくさんあると思う。ただ、デマをデマというため、なんか片方を擁護/批判するようになっちゃった面は否めないけど、「無害だ」「ジェンフリ論者になりませう」って主張するつもりはなくて、問題点を含めてどうすればベストかって議論が一番望ましいし、そういう状況を作りたい。だから、ソースを集めるため、web上の議論などを数千以上は見たうえで作ったんだ。

もしまとめ方がアレだと思ったら距離を取って読んでほしい。中の人が「学術的、理性的な検討をしっかりしている」という証拠もないし、保守でも左翼運動家でもフェミニストでもないため内部事情を見落とすというデメリットもあると思う(それぞれの文脈をかなり調べましたが)。「デマやまとめサイトから距離を取った上で、冷静に議論しよう」というのがこのページの趣旨で、「距離を取とう」(ママ)という対象にこのサイトにだって含まれるから。

ジェンダーフリーとは〜Q&Aですぐわかる〜

ジェンダーフリーへの賛否にかかわらず一読の価値はあるでしょう。といいますか、むしろジェンダーフリー批判派こそ、批判の説得力を増すために読むべきではないかと。議論を深めるためには、これに拮抗し得るジェンダーフリー批判派のまとめの登場も期待したいところです。

書籍あれこれ

書籍の紹介は若干趣旨が異なるかな、という気もしますので、webmasterが読んだことのある本の中から、俗説への批判を主眼に置いているものの題名だけ。経済関係ばっかりですが・・・。

手前味噌

一応、それなりにご好評をいただいている(とwebmasterが認識している)ものです。

[government][joke]失敗を指摘された官僚の返答上位20

「バグを指摘されたプログラマの返答ベスト20」をアレンジしてみました(何も変えずにそのままになっているところもあります)。本当にこのような返答が上位20を占めるわけではないでしょうが、かといってまったくの的外れでもないでしょう(笑)。

#実態に近づけることよりも、元ネタに合わせることを優先させています。念のため。

制度が正しく機能しなかったときの、官僚から質問者への返答。

20変だな。。。
19前例のない話だ。
18これまではうまくいっていた。
17何でそうなるのかな?
16現場の担当者個人の問題じゃない?
15どういう誤解で問題を発生させた?
14あなたの解釈に変な部分がある。
13そういう制度なんです。
12改正前の法令じゃない?
11針の穴を通すような偶然だよ。
10全部の事態を想定しておくなんてしてられないよ!
9これがそれの原因であるわけがない。
8施行したけど、十分な運用実績はない。
7誰かが間違った説明をしたに違いない。
6あなたの関係者が何か問題を起こしたんじゃない?
5一般論として問題がないわけではないけど、具体的に何か困ることがある?
4この制度の適用対象は他の制度の対象者に限定されている。
3何故そういうことをしたいんだ?
2あなたがやったことに問題があったんじゃない?
1他の人はうまくいっている。
本日のツッコミ(全206件) [ツッコミを入れる]

Before...

henryjwv [ 将チ召トA lot of the actual clothing is now in machine encl..]

CharlesGap [http://www.discrep.dk/script/rimowabag263.html G Shock htt..]

JoshuaCORS [1jl5ij ml5fl0 9xnbpe 5 l3g7e 3tsmdt ys jrdlo3j6qwhst d77u7..]


2006-11-30

[notice]コメントができなくなっておりご迷惑をおかけしております復旧しました(11/30追記)

tDiaryのバージョンアップ(2.0.3→2.1.4)準備の過程で、原因は不明ですが、コメントが不能となっております。ご迷惑をおかけしたいへん恐縮です。原因が判明次第、復旧したいと考えておりますが、しばし猶予をいただきたく存じます。

[politics][government][economy]ホスピタルよりホスピスを!‐夕張市の財政破綻をもたらした主因を題材に

岩田規久男「「小さな政府」を問いなおす」の書評において、webmasterは次のように書きました。

若干うがった見方ではありますが、ここで示されている著者の見解は、著者が批判する現行の地域格差是正策と、皮肉なことにある一点で共通しています。いわく、地方でも頑張ればなんとかなる、と。ただ頑張らせ方が、一方は創意工夫で何とかなるというもので、もう一方がゲタをはかせれば何とかなるというものだ、という違いにすぎません。しかしながら、多くの市町村は、いずれであっても何ともならないのではないか、とwebmasterは思います。

(略)

webmasterは、地方自治制度の改革においていわゆる西尾私案を支持するのですが、それはこの問題にはじめて真正面から取り組んだものだと考えるからです。国に頼るなとか、自主独立の精神とか、そういった奇麗事ではなく、いわゆる限界自治体のターミナルケアが、今後の地方制度における最大の問題となっていくことでしょう。それこそ、人口が50万人もいればなんとかなるのですから、極端に言えばそうしたところは放っておいてもよく、そうでないところをどうするかについてこそ、工夫が必要なはずだからです。

「岩田規久男『「小さな政府」を問いなおす』」(10/11付)

なんでこのような話を再び持ち出したかといえば、ぬれ煎餅で路線保守・修繕・維持費を捻出しようとしている銚子電鉄に関して、次のようなエントリを見かけたからです。

いい話だよね、うん。ワシはこんな話でいい気分になれるお前らがうらやましいよ。嫌味無しに。

だがこの手の話はそんなに簡単じゃあないんだ。せんべいで電車は走らないんだよ。

(略)

あのな、日本全国にどんだけこんな鉄道やバスがあると思ってんの? それを「煎餅買ってやるから頑張って!」だ? 寝言言ってんじゃないよ。署名が銚子市の人口を上回ったって、そりゃダメだろうが。乗りもしないやつから煎餅買ってもらって、この場はなんとか乗り切ったとしても、そこに住んでる銚子の奴らが何とかしないことには、問題の解決にはならない。先送りしてるだけじゃないか。

ひょっとすると5億数千万円の設備投資して延命させ、将来への負担を作るよりも、会社を解散して退職金に回したほうが社員や銚子市民にとっては幸福かもしれない。それこそぬれ煎餅屋に商売替えすればいい。でもこんな署名や金が集まっちゃったら、やめるにやめられなくなるだろうが。ちったー考えて物言えよ、この偽善者どもが。

「ぬれ煎餅でいい気分になってるお前ら、高千穂鉄道のことも知ってください。」(@TERRAZINE11/26付)

必死に頑張っている銚子電鉄職員の姿が多くの人の共感を誘ったのでしょうけれども、上記引用で略した高千穂鉄道だってきっと頑張っていたことでしょう。でも、世の中頑張ったってどうにもならないことがあるわけで、それは銚子鉄道にしても同じことです。TERRAZIさんがおっしゃるように、ひょっとしたらあのとき事業をたたんでいたほうがよかった、という結果に終わる可能性も多分にあるのは否定できません。

仮にそのような結果に終わったとしても、こと当事者で話が完結するならオウンリスクで仕方がないことでしょう。しかしながら、「頑張れば何とかなる」という命題は、対偶をとれば「何とかならないのは頑張っていないからだ」ということで、当然ながらこれらは真偽を同じくし、前者を真と考える人であれば、後者もまた真であると考えるはずです。こうした考えが多数派であるとすれば、次のような見解は数多く見られることにも納得がいきます。

「夕張で子どもを育てていけるのか」。住民説明会で小学生2人の子を持つ男性が、後藤健二市長に不安を訴えた。20年後、借金を完済できたとしても、街はどうなっているだろうか。長期にわたって住民に大きな負担を強いる結果を招いた放漫経営のツケは、あまりにも大きい。

読売「スキャナー/夕張 苦難の道/再建20年計画/市民税最高 サービス最低/高齢化率40% 人口減拍車」

ここでは、放漫経営(さらには、そのような市長や市議会議員を選んできた夕張市民の無責任さ)というものが財政再建団体という結果から遡及して当然のこととされてはいないでしょうか? 実際に資料に当たってみると、必ずしもそうとばかりは言い切れない状況が浮かんできます。

北海道による「夕張市の財政運営に関する調査 (中間報告)」には、夕張市の受け取る交付税交付金はピーク時(平成3(1991)年度)の69.9億円から平成16(2004)年度の32.7億円にかけて半分以下に削減(▲37.2億円)されていたことが記されています。税収の落ち込みはピーク時(昭和59(1984)年度)から平成16年度にかけて▲11.9億円(21.6億円→9.7億円)ですから、時期のズレを脇において収入減はこの両者のみとすれば、実に3/4は交付税交付金の影響ということになります。

単に額として大きいということだけではありません。その減少のスピードも、極めて速いものでした。交付税の減額は平成十三年度から十五年度の三ヶ年で十八億円を超える激減ということで、13年間で▲37.2億円の減額のうち、平成13(2001)〜15(2003)年度のわずか3年間に約半分(平成16年度の▲3.2億円を含めると、4年間で6割近く)が集中していたことがわかります(この間夕張市がサボっていたかというとそうでもなく、平成十三年に「行財政正常化対策」を策定し、(略)平成十四年度以降本年度まで含めると十四億円を超える経費削減を生み出したゆうばり市議会だより第47号とのことです)。

その後も交付税交付金の減少は、程度は緩やかになりながらも継続し、最終的には平成十三年から十七年までの地方交付税が約二十四億円が削減され、平成18年度当初予算においても交付税を前年度比一億五千三百万円(三・四%)の減と見込ゆうばり市議会だよりNo.52まれる事態となりました。単純に重ね合わせていけば、平成18年度予算では28億円程度にまで落ち込んでいるという計算になります。

この急激な交付税交付金減少の時期と、先の中間報告の公表されている決算資料を基に、歳出のうちの貸付金の推移をみると、急速に増え始めたのは平成14年度前後となっている(webmaster注:貸付金は、夕張市の決算粉飾に用いられた手法です)という記述を重ね合わせると、今の事態の直接の引き金になったのは交付税交付金の減少である、という推測が思い浮かぶのも自然なことでしょう。言い換えれば、交付税交付金の減少により、それまでは並みの財政悪化団体だった夕張市は、全国でも最悪の財政状況に陥った、と。

もちろん、交付税交付金は人口減少に伴って落ち込んだりもするわけで、すべてが外部要因であるわけではありません。税の落ち込みだってあるでしょう。第三セクターの中には赤字事業があったのも事実です。夕張市の財政運営に何ら問題がないはずもなく、もっとうまくやっていれば、それなりに状況は改善していたことでしょう。しかし、平成13年以降の5年間で約25億円も収入を失い、しかもあらかじめそう知らされていたわけでもない中では、所詮は焼け石に水だったのではないでしょうか。

以前電話回線収容コストを題材に考察したように、効率化を図ったところでいかんともしがたいコスト構造もあるでしょうし。

交付税交付金が減少していなかった世界を考えるのに、格好の材料があります。

歳入増のため、市民税を全国最高水準とするなど9項目にわたって市民負担を求め、年1億7100万円の増収を見込んだ。歳出削減効果と合わせると、返済期間20年の1年間あたりの返済額(18億円)を捻出できる計算だ。

歳出削減のため、職員数を人口、産業構造などが類似している市町村の最小規模にするほか、給与を一般職で3割、特別職で6割カットして全国最低水準にする。42歳モデルの年収は470万円程度で、現行の4割減。市の投資的事業は原則廃止し、年17億2000万円の削減効果を見込む。

読売「スキャナー/夕張 苦難の道/再建20年計画/市民税最高 サービス最低/高齢化率40% 人口減拍車」

交付税交付金が平成13年の水準のままであったならば、つまり今よりも年25億円多く受け取ることができるならば、これらの歳入増・歳出減なくしても財政再建は可能だ、ということになります。横ばいは余りに非現実的であるとしても、平成3〜12年度での平均削減ペース年1.8億円がその後も続いていた場合であっても、今より16億円多く受け取ることができるわけですから、財政再建ははるかに容易であったといえます。

こうした事実を踏まえれば、地方公共団体にも破綻処理スキームが必要だといったり菅総務相は28日の閣議後会見で「住民に冷たいという批判もあるが、例えば市の職員数は人口規模に比べて極めて多かった」と指摘、あらゆる面で全国最低水準まで切り詰めを求める考えを改めて強調した(読売「スキャナー/夕張 苦難の道/再建20年計画/市民税最高 サービス最低/高齢化率40% 人口減拍車」)という総務省の態度は、自らの為したことに頬かむりをして全ての責任を夕張市に押し付けているようにしか見えません。

傾向として交付税交付金を今まで以上に削るとしても、将来の見通しをきちんと示して対応に必要な猶予期間を与えるべきで、厳しい措置を迫るのはそれにもかかわらず何もできなかった場合に限られるべきでしょう。だいたい、一時借入金を用いた粉飾は見抜けなかったとしても、5年で25億円を削減すすればどのようなことになるか、ちょっと考えてみればわかるはずです。

#総務省としては、経済財政諮問会議なり財務省なりのせいだと言いたいでしょうけれど。

加えて今後は、交付税交付金の算定式を変更し、人口・面積比例によりシフトしていく方針が示されています。それが意味するのは、夕張市のように急激な交付税交付金の減少が今後とも続出するということに他なりません。それに対する処方箋として政府やメディアが示すのが「頑張れば何とかなる」というのでは、あまりに無責任ではないでしょうか。

さらなる地方分権というお題目と、分権したからには自己責任だとして破綻処理制度が待つ世界において、頑張っても何ともならない地域の住民を待つ運命は、全国で最高の負担と最低の行政サービス、そして「あいつらは頑張らなかったからああなったんだ」という侮蔑の中で生きていく暮らしということになります。そのような境遇にどんどん国民を追い込んでいくことが、果たしてあるべき政策といえるのでしょうか?

蛇足ながら、webmasterは交付税交付金をばら撒いて全部の地方公共団体を救え、などと申し上げているわけではありません。何度か書いたことではありますし、冒頭の引用の繰り返しみたいなものではありますが、

  • きちんとしたプロセスを経てナショナルミニマムを確定させ、
  • そのために必要なコストは地方交付税等で基本的にきちんと手当てすることとした上で、
  • それでもなおナショナルミニマムを提供できないような地方公共団体については、自治権を制約した上で国や都道府県が直接ナショナルミニマムを提供するようにする、

という形にすべきだと考えています。「頑張れば何とかなる」論者は、基本的に構造改革路線を支持した上で、高度経済成長・バブルの幻想から目覚めよと説くことが多いわけですが、成長幻想に浸っているのは果たしてどちらなのでしょうか? どんな地方公共団体だって、創意工夫次第ではやっていけるのだという立場こそ、形を変えた高度経済成長・バブルの幻想でしょう。いくら創意工夫をしたところで衰退が避けられない地域だってあるのだ、という現実を直視すべきです。

現実を直視すれば、答えはおのずと明らかでしょう‐必要なのは、ホスピタル(再生を目指す破綻処理制度)ではなく、ホスピス(解体を前提に住民のQOLを確保する制度)なのです。

[economy][media]金利計算ができないマスメディアたち

#これまでの関連エントリについては、グレーゾーン金利撤廃(出資法上限金利引下げ)問題indexをご覧ください。

上のエントリの読売の記事で、文脈とはまったく無関係に気になる点があります。若干範囲を変えて、改めて引用してみます。

人口1万3000人の夕張市。返済額の約360億円は、一般、観光事業など4会計分と第3セクターにかかわる市の損失補償などの総額。(略)

歳入増のため、市民税を全国最高水準とするなど9項目にわたって市民負担を求め、年1億7100万円の増収を見込んだ。歳出削減効果と合わせると、返済期間20年の1年間あたりの返済額(18億円)を捻出できる計算だ。

読売「スキャナー/夕張 苦難の道/再建20年計画/市民税最高 サービス最低/高齢化率40% 人口減拍車」(webmaster注:強調はwebmasterによります)

360億円=18億円×20年、という計算なのでしょうけれど、現時点での累積損失額なのですから、これはあくまで元本部分であるはずです。20年かけて返済していくなら、当然ながらその間の利息もまた要返済額に含まれ、総返済額は360億円にとどまるはずもありません。

#ちなみに、利率を3%と仮定すれば、元利均等で計算すれば総返済額484億円(年24億円)、元本均等で計算すれば総返済額463億円(年平均23億円)となります。2%ならそれぞれ440億円(年22億円)、428億円(年平均21億円)です。

こんな計算もできないのにグレーゾーン金利問題を扱っていたのかと落胆を感じる一方で、記者が失業でもして消費者金融に頼るようになったら多重債務まっしぐらだろうなぁと考えると笑いが込み上げてもきます。返済できるかどうかを検討するに当たり、元本分だけで要返済額を見込むようでは、資金繰りに行き詰って当然でしょう。そんなの読売だけじゃないかって? 「夕張 360億 20年 18億」でぐぐれば、どこもかしこもそんなのばっかりです。あっ、そうか、わけがわからないから必要以上におどろおどろしいものと思ってしまうのでしょう(笑)。

夕張市が間違えていて、そのように説明してしまったとおりに書いた(としても、きちんと検証ぐらいしろよとは思いますが)という可能性はあるのでしょうか? webmasterは、次から夕張市は正しく利払い込みで計算していると判断します。

  • 歳入増・歳出減を足し合わせた財政改善効果は年18.9億円で、18億円を上回っている。
  • 「夕張市財政再建の基本的枠組み案について」(夕張市作成)においては、講じる施策の中に観光施設の売却が含まれており、その分だけ総返済額は圧縮されるはず。

[economy]井堀先生に脊髄反射してみる。

──税収が予想以上に増えています。

「税収が増えているときこそ歳出を絞り、公債発行額を大きく減額すべきだ。5〜10年の期間で考えると税収が増え続けるとは限らない。名目成長率が5%以下だと、自然増収だけで財政を再建するのは難しい。自然増収を歳出に回すのではなく、景気が悪いときに備えて(財源の)余力を残すことが重要だ」

日経「財政 識者に聞く(下)/東大教授 井堀利宏氏/課税の公平性確保せよ」

5%超の名目成長を達成すればいいじゃないですか!

本日のツッコミ(全25件) [ツッコミを入れる]

Before...

bewaad [>某県庁所在地住民さん おそらくは念頭にあるイメージは大差ないのだろう、と私も思います。でもやっぱり付け加えるとすれ..]

宮嶋陽人 [http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20070109i206.htm 案の..]

bewaad [>宮嶋陽人さん 大手でもこれでは、中小は言うもさらなりという状況なんでしょうねぇ。 ちなみに某ブランド名ですが、そ..]


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