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2006-11-22

[science][book]芳沢光雄「数学的思考法」

先般の経済成長を巡る議論の際に引用したDan Kogaiさんのエントリにて、以前紹介したという形で触れられていた本です。amazonの書評でも軒並み賛辞が並び、確かにwebmasterのような法学部出身者にもわかりやすく、楽しく読むことができました。毛色は違いますが、昨年webmasterの年間お薦め新刊書ランキング第3位とさせていただいた結城浩「プログラマの数学」同様に、数学が苦手だったとの思い出を持つ人々にもお薦めできます。

ただ惜しむらくは、条件反射的丸暗記を排し試行錯誤・論理的説明力を普及させんとする本書において、著者の専門外と思われる分野を用いた例示については、条件反射的丸暗記ないしはそれに類似する調査不足ゆえと思しき記述が散見されるところです。webmasterが特に気になったものを挙げれば、例えば次のとおりです。

現在の「二極化」による混乱の本質を一言で述べると、農耕社会に、狩猟社会のルールやモラルの上に確立したシステムだけをそのまま急激に適用させようとしていることにあると言えないだろうか。

p39

エスキモー等のルールやモラルの上に確立したシステムが日本に持ち込まれているなんて話はついぞ聞いたことがありません。まあ「狩猟社会」とはアメリカなどを想定しているのでしょうが、ネイティヴ・アメリカンはさておき、ここで著者が言うようなシステムを創り出したであろう白人は農耕社会の末裔です。なぜそう言い切れるか、答えは簡単で、そうでなくてはあんな人口養えません。

バブル経済の仕組みとゼネコンの仕組みも同型であったと考えることができる。バブル経済は、モデル化してみると次のようにして起こったのである(0.9を次々とかけていくところに注目)。10億円の土地を担保に借金をして9億円の土地を購入し、その土地を担保にして8.1億円の土地を購入し、その土地を担保にして7.29億円の土地を購入し、……。それを限りなく繰り返していくと、級数の計算によって合計100億円の土地を所有することになる。

一方、ゼネコンの親会社は10億円の仕事を受注して、それを子会社に9億円で丸投げし、それを孫会社に8.1億円で丸投げし、……。それを限りなく繰り返していくと、グループの総売上げは合計100億円にもなる。

このカラクリの脆弱性は明らかだろう。「親亀こけたら皆こける」という体質から脱却することも、日本の経済構造において改善を求められているひとつではないだろうか。

p110

バブル経済の仕組みとされるものは、バブル期に特有の話ではなく、バブル期が他の時期と一線を画していたとすれば、地価の上昇を見込んで担保の掛け目(引用文中でいえば0.9)が甘めに設定されていた点です。10億円からスタートしてどれだけ膨らませられるかは、

  • 10/(1-x)

で表すことができ(ケインズ経済学の乗数効果の算式としてご記憶の方も多いでしょう)、x=0.9なら100、0.8なら50、0.7なら33、・・・となるわけです。掛け目の大小によって数値は上下するにせよ、最初に購入した土地を元手にそれを超える額の土地を入手できることには変わりはありません。

ゼネコンの仕組みとされるものは、引用の例でグループの総売上げが100億円だなんて言おうものなら粉飾決算で捕まりますって(笑)。連結決算を組む際、グループ内取引は相殺消去されますから、この例で言えばあくまでグループの総売上げは10億円ということになります。

これらの構造が著者の言うが如く脆弱性を抱えているかといえば、極めて疑問です。前者については、あくまで掛け目が適正か、言い換えれば担保不動産売却により債権の保全が可能かどうかに依存するのであって、掛け目が適正であるならば、どれだけ土地所有の総額が大きくなろうとも問題ではありません(借金が担保処分なくして返済可能かどうか、という議論は別途ありますが)。後者については、そもそも事実認識が誤っているわけで。

なお、文脈からは外れますが、本当にこの両者は数学的に同型だと言えるのでしょうか。前者は各段階において借金という外部からのキャッシュインがあり、100億円の土地を買うために100億円(最初の10億円が自己資金であれば90億円)の資金を調達しています。一方、後者はあくまでキャッシュインは10億円にとどまり、著者流の「総売上げ」がいくらになろうと、それが増えるわけではありません。

バランスシートに見える両者の姿も、前者は資産・負債に100億円計上で、後者は当期利益(純資産)に10億円から経費を差っぴいた額が計上されるのみと全く異なっています。先の算式で単純合計が求められることのほか、同じ部分をwebmasterは見出せないのですが、有識者のご見解をいただきたいところです。

その両者の違いをはっきり示すものとして、俗に「サラ金」とも呼ばれる合法的な消費者金融と、「ヤミ金」と呼ばれる非合法な暴力金融がある。前者は元金に対して単利で利息がつき、後者は元金に対して複利で利息がつく。

pp177,178(webmaster注:「両者」とは、算術級数と幾何級数)

サラ金だって複利をとっている場合があります。以上。

1970年代から80年代末のバブル絶頂期まで、現在から見ると相当無駄な公共事業が多数行われてきたものだが、それらに基本的に共通するものとして、「GNP(GDP)の伸び率が5%とか6%の高い水準で発展し続ける」という"仮定"があった。これは、前項で述べた"複利"の考え方である。そのようなとんでもない手法を用いて将来を"予測"して、さまざまな公共施設の必要性を説き、予算を取ってきて着工させたのである。すなわち、"直線"による予測をするのが適切なのに、それではまっとうすぎて大した予算が取れないので、"複利"による予測を使ったのであろう。

p183

GDP計算は対前年で行いますから、「"複利"の考え方」が通例です。といいますか、単利の考え方(おそらくは基準年をとって、その年のGDP比で「利率」(=成長率)を固定する、というやり方になるでしょう)など見たことがありません。公共事業予算を膨らませるために邪道を用いたといわんばかりの記述は、あきらかに言いがかりです。

そもそも著者自身、発展途上国の経済成長を調べるときは、「毎年平均して7%ずつ成長している」というように「人口」と同じ幾何級数的に考えている(p177)と書いています。経済成長のカウントは複利式だとお認めではないですか(笑)。これは「前項で述べた"複利"の考え方」の説明の一部ですが、わざわざ前項と参照先を指定しておきながら、そこと矛盾した主張をされても困ってしまいます。

専門家として書かれている数学的な話には、このような誤りは含まれていないだろうと思い、あまり眉に唾をつけずに読みたいとwebmasterは考えるものの、一抹の不安は残ってしまいます。本書を薦めるにこうした留保をつけざるを得ないのが残念でなりません。

[BOJ][joke]世界一聞きたい記者会見

田中秀臣先生経由で。

日本経済の先行きは生産、所得、支出の好循環が働くもとで、景気は展望レポートで示した見通しに沿って息の長い成長を続けていく可能性が高いと判断した。しかし、いくつかの注意を要する点があることも確認した

「あれ?幻聴が聞こえる・・・・?」(@グラの相場見通し11/17付)(webmaster注:強調は、原文では下線です)

パラレルワールドでの福井総裁記者会見ですが、さてこの続きで、この世界の金融政策決定会合はどのような点を要注意だと確認してくれているのでしょうか。「全米が泣いた」となること必定です(笑)。

本日のツッコミ(全16件) [ツッコミを入れる]
e-takeuchi (2006-11-22 09:05)

いつもおおしろく読んでいます。
掛け目の話ですが、バブル期は値上がりすることこを前提にしていましたので、実質的な掛け目は1を超えていました。時価1億円の土地であれば2億円に上がるとした上で、掛け目の0.7(
だいたいこれが相場だと思います)をかけますから、実施的な掛け目は1.4になるわけです。ノンバンクなんかですと、掛け目なしっていうのもざらでした。

それから、取り上げられた本にある「ヤミ金融=暴力金融」という解釈は、誤りではないかと思います。最近の暴力団は、服役を嫌いますから、まともな暴力団(って変ですが)であれば、貸金業の登録を行った上で、正業として行うと思います。ヤミ金融は、小金を貯め込んだ普通の人がやっていることが案外多いものです。もちろん、暴力的なヤミ金融もあると思いますが。
そういえば、池尾先生が大竹先生のブログに、ノンバンクがすべてプレデターであり、だから金利規制を行うのだという見解を書いておられましたが、同様の思いこみかと思います。

弥次郎兵衛 (2006-11-22 16:10)

「数学的思考法」ですが、間違い方まで含めて「数学屋的思考法」だと思います。
数学屋は前提から結論を導いたり都合良く前提を設定したりする訓練しか受けておらず、
「事実はどうであるか」を注意深く考える機会がほとんどありません。
経済成長の例でいうと、理工系の人には「指数的に増大する関数は悪である」という本能があるため、
経済もロジスティック曲線か何かに従って成長するに違いないと思い込んでしまうのです。
時定数が人の一生のオーダーであることを指摘するまで納得することはありません。
かくして、間違いだらけの「論理的説明」本が出来上がるわけです。
逆にいえば、事実誤認その他は数学的能力を疑う理由にはなりません。
極端な話、セオドア・カジンスキーでも数学屋は立派に務まっていたのですから。

一言 (2006-11-22 19:03)

できれば、「純粋」数学屋的思考法と言って下さいまし…

ところで、線形近似、すなわち、指数関数的増大、減少は
基本的で、理論的に扱いやすく、ゴリゴリの数学屋さんは
非線形のロジスティックなんかより、そっちの方がずっと
お好きなんではないでしょうか

roi_danton (2006-11-22 23:25)

弥次郎兵衛さま:
> 数学屋は前提から結論を導いたり都合良く前提を設定したりする訓練しか受けておらず、「事実はどうであるか」を注意深く考える機会がほとんどありません。
それは、数学屋としては三流ですよ。
ただし、
1)純粋に論理的説明ができる範囲は、実社会よりも狭い(ゲーデルの不完全性定理)
2)現象が論理的に説明できない場合は、前提に誤り或いは不足があるのだから、前提の見直しは当然行われる(その「数学的」かつ「初歩的」な代表が、「平行線は交わらない」という条件を廃して得られる非ユークリッド幾何学です)
論理で説明できないものが存在していることを承知の上で、論理で説明できることについては、きちんと論理的説明をつけようとするのが、一流の数学屋です。二流以下の私にでも分かる話です。

なお、私個人の感覚では、「指数的に増大する量は、長続きしない」ですね。「善」とか「悪」という概念とは全く結びつきません。成長曲線は、局所的には指数的変化に見える(誤差の範囲内で)ですが、大域的には上下に有界です。一般企業は、その曲線が指数的変化に見える間に、せっせと稼げるビジネスモデルを用意して儲けて、変化が鈍り出すと撤退しておられるだけではないでしょうか。

一言さま:
理論的に扱いやすい話は、実務系の人は喜んで使いますが、純粋数学やさんは「もう研究できる部分が残っていない」という理由で通り過ぎてしまうような気がしますね。
なお、線型と言っても、「二乗可積分な関数全体の空間」のように、高校数学レベルの線型性だけでは理解が困難な(でも、数学屋としては別に珍しくもない)集合はゴマンと存在します。数学的に書くと「何のことかワカラン」ですけど、「全ての信号は、波長整数倍の正弦波の和に分解できる」という、シンセサイザーなどで普通に使われている理屈の根っこなんですけどね。

bewaadさま:
この本は読んでいませんが、p.110から引用されている「バブル経済の仕組み」とやらは、私は中学3年の公民の授業で銀行の資金運用の仕組みとして習いました(ごく普通の公立中学校です)。こんなの数学でも何でもないですねぇ。まあ、物理学者の書く数学書でも結構論理がいい加減なものが見受けられるので、いちいちこういう本に文句をつけたりはしませんが。

一言 (2006-11-23 00:02)

>理論的に扱いやすい話は、実務系の人は喜んで使いますが、
>純粋数学やさんは「もう研究できる部分が残っていない」と
>いう理由で通り過ぎてしまうような気がしますね。
いや、それが私の感覚ではそうではなくて。むしろ、
「理論的にできるところをどんどん深く進める」と
いう感じを抱いています。線形、非線形で言えば、
ヘルマンダーとか、非線形もやってるでしょうが、
中心は線形。確かに線形は問題が残っていないので、
『今は』非線形が多いのは事実ですが、少なくとも
伝統的には線形が中心だったと思います

多分は私の言っているのは「本当のゴリゴリの純粋
数学」の話なんですよね。そこがroi_dantonさんと
感覚の違いになっているんじゃないかと思います。
そういってしまうと「そもそも芳沢先生は数学者と
言っていいものなのかどうか」という問題もあるの
ですが

一言 (2006-11-23 00:11)

>論理で説明できないものが存在していることを承知の上で、
>論理で説明できることについては、きちんと論理的説明を
>つけようとするのが、一流の数学屋です。
一流の「応用」数学者でしょうかね。基本的に純粋数学者は
数学以外のことは問題にしませんし、彼らは論理よりも数学
そのものを重視する傾向にある気がします。

roi_danton (2006-11-23 01:16)

一言さま:
私の書き方が完全でも網羅的でもなかったようですね。
ただ、「理論的に扱いやすい」と「理論的にできる」とは区別できると思いますよ。「扱いやすい」部分は(数学でなくても、どんな分野でも)研究者がわらわらと集まってきて論文を書き尽くすので、時期が過ぎると研究者は去ってしまうのですよね。「できる」部分は当然深く進めようとするでしょうね(進みうる限りは)。ただ、実務として深く進めることが可能な部分と、論理体系として掘り下げうる部分とは、かなり隔たりがありますよ。例えば、最小自乗法なんて、いまでも使う人は(数学とはかなり離れた応用的な研究をする人も含めて)沢山いますが、それは論理体系として完成度が高いからですし、それゆえ純粋数学的には掘り下げうる場所はあまり残っていないように思います。
それから、「伝統的には線形が中心」なのは当たり前で、線型の場合の理論が分からない者が非線型の場合の理論を理解できる訳がありません。
また、論理よりも数学そのものを重視するように見える人は、単に、自分の専門について言及若しくは思考する機会が多いだけではないでしょうか。論理は、数学よりは集合として広いのですが、逆に、全ての数学分野で最先端に居る人もなかなかいないと聞きますし(広すぎてカバーできない)。単に学部学生に講義できるレベルで良ければ、掃いて捨てるほど居るとは思いますが。「最先端」と「中級者を卒業できる程度」との間には、どんな分野でもこの程度の差が有るはずですよね。

一言 (2006-11-23 01:56)

roi_dantonさん

少々細かいことになりますけれど…

>「伝統的には線形が中心」なのは当たり前で、線型の場合の
>理論が分からない者が非線型の場合の理論を理解できる訳が
>ありません。
当該の非線形問題にとって「線形理論で必須のもの」があると
いうことではないかと思います。線形の理論も非線形の理論も
膨大である?

>全ての数学分野で最先端に居る人もなかなかいない
多分、一人もいないのでは…

一言 (2006-11-23 02:11)

噂ではゲルファントという人が今でも広い分野をカバーしている
らしいですけど、それでも全部には程遠いのではないか、と思い
ます。ただ、ある分野の勉強は始めればすぐに先端に到達できて
しまう人というのはいる、と思います。

一言 (2006-11-23 02:28)

誤解していたかもしれません

>全ての数学分野で最先端に居る人もなかなかいない
どこかの分野で最先端にいる人は、大学の数学教員の
中でも比較的少数派に属する、ということであれば、
そうかもしれませんね。大学にもよるとは思いますが、
東大とか京大なら多数派かもしれません。

小僧 (2006-11-23 11:05)

ネタ
世界一聞きたい CM
http://www.nttdocomo.co.jp/corporate/ad/radio/

bewaad (2006-11-23 16:15)

>e-takeuchiさん
おっしゃるとおりなのですが、それらに言及すると議論がかみ合わなくなるおそれがあるかと思い、エントリのようにした次第です。例えば1を超える掛け目については、算式上は発散してしまうわけで、となると実際には発散しなかったことをどう理屈づけるかという新しい問題が出てきてしまいます。そこまで論じるのは脱線かな、と思いまして。

bewaad (2006-11-23 16:22)

>弥次郎兵衛さん
数学、ないしは数学者に対しておそらくは幻想(笑)をいだいている身としては、なかなかそのような思い切った判断は難しいのですが・・・。

個人的には、エントリで書いたようなことを一種の公理として扱っているのかな、という気がしました。であるならおっしゃるように数学的能力を疑う材料にはならない(私も数学的能力を疑っているわけではありませんが)のですが、それを根拠に社会批判をされてもなぁ、というように思ったわけです。

bewaad (2006-11-23 16:25)

>一言さん
私がよくわか(った気になれ)る部分だけにコメントいたしますと、
>ところで、線形近似、すなわち、指数関数的増大、減少は基本的で、理論的に扱いやすく、ゴリゴリの数学屋さんは非線形のロジスティックなんかより、そっちの方がずっとお好きなんではないでしょうか
市場で扱われる金利が複利なのは、まさしくそういう事情によります。それこそ債券としては単利である国債の流通利回りをわざわざ複利で表示するのは、その方が自然対数を使った応用計算が楽だからということに尽きます(わかりやすい例が、ブラック・ショールズ方程式でしょう)。

bewaad (2006-11-23 16:33)

>roi_dantonさん
私宛の部分だけお答えさせていただきますと(当然ながら、それ以外の部分はついていけている気がまったくしません(笑))、こうした本を読むことで「そうなんだ」という誤解が生じているとしたら、それは少しでも解消したいなぁ、ということです。文句といえば文句なのですが、そうしたことでいい本の価値が落ちるのは残念なので。

bewaad (2006-11-23 16:33)

>小僧さん
情報提供ありがとうございます。といいつつも、そっちの路線が最近安易に使われているような気がしなくもなく(笑)。


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