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writings concerning kasumigaseki issues and others: 月旦評

2004年

第13回:曽田正人

先週の月曜日、いつもと同じようにコンビニでビッグコミックスピリッツを手に取り目を通していると、次のような(webmasterにとっては)衝撃的なページが目に飛び込んできた。

世界がキミを待っている。

物語の第一部、
ローザンヌ国際バレエコンクールの頂点に立ち、
第二部、ニューヨーク編では、
女王プリシラとボレロ対決、
観衆を自らの踊りの「中毒」状態にまで導いた。
そして今、すばるが向かおうとする場所は?
彼女の目だけに映る、
誰も知らない、その場所、
"奇跡を超える"第三部へ!!!

ビッグコミックスピリッツ04年4月19日号, p198

何がどう衝撃的だったのか、以下説明していきたい。

上記引用が対象としているのは、曽田正人描く「昴」というマンガである。 それがバレエを舞台としていることはご覧のとおりだ。

曽田が既に完結させた作品を見ると、出世作である「シャカリキ!」では自転車のロードレースを正統的スポ根スタイルで描き、テレビドラマ化もされた「め組の大吾」では天性の勘で炎に立ち向かう消防士を描いている。 これらの作品と昴、そして現在進行中のもう一つの作品である、F1へと続くであろう自動車レースの物語「capeta」は、共通して「天才」を描こうとした作品としてよく語られる。 だがその中でも、「昴」は特別な作品であると言ってよい。

思うに、天才を描くということは、次の各要素を表現するということである。

  1. 何が天才か。 すなわち、余人では為し得ない何かを為すからこそ天才と称されるべきなのだが、その何かとは?
  2. どうして天才か。 すなわち、どうしたら1.のようなことができるようになったのか?
  3. どのように天才か。 すなわち、その人しか体験できない世界を持っている人間は、そのことと向き合いながらどう生きていくのか?

これらを見ていくと、いかに「昴」が野心的な作品かが思い知らされる。

まず何が天才かについて見れば、それは既述のとおりバレエ。 「シャカリキ!」や「capeta」であれば話は早い。 他人より少しでも速ければそれで終わり。 無論その描写に説得力がなければ単に駄作となるだけだが、にしてもそれは方法論に過ぎない。 が、バレエであればそれをどう表現すればよいというのか。

人より高く跳べばよいというのでもなく、人より柔軟に身体を動かせばよいというのでもなく、人を感動させるように動く、ということがバレエにおける「天才」。 これを静止画で表現することは、基本的に無理な話だ。 というより、実在の天才ダンサー(例えば主人公すばるのモデルの一人といわれるシルヴィ・ギエム)のバレエを見ないことには始まらないはずである。 もちろんマンガ的には観衆に「感動した」と言わせるという道はあるのだが、「昴」を見ているとそんな手法に頼ることなく、静止画の中にそうした動きを封じ込めようとしているように見える。 webmasterの知る限り、そうしたマンガの枠を越えた表現に挑んだという点で比肩するものは、ブロックの組み合わせで音楽を表現した(と書いても意味不明だとは思うが)手塚治虫の「ルードウィヒ・B」があるのみである。

次にどうして天才かを見ると、これもまたバレエはスポ根で片付けられるものではない点が難しい。 スポ根路線だった「シャカリキ!」はともかく、「め組の大吾」ではこの点が十分書ききれておらず、単に主人公は勘がいい人間でした、で終わってしまっている。

これまでのところ、人事不省の双子の弟である和馬とのコミュニケーション手段としての踊りが自己目的化してしまったことがモティベーションの根源に据えられているが、曽田のインタビューを見ると、今後はライバルとの競い合いがそれを上書きしそうではある。 エジソンのいう99%の汗の説明としては十分だと思うが、残る1%をどうするのかが不安半分、期待半分と言えよう。

最後のどのように天才かについては、曽田自身がジョルジュ・ドンのエピソードを紹介しているように、そもそも実在の天才ダンサーたちのエピソードが数多くあることもあり、白地であれば一番ハードルが低いといえる。 ただ、そのありようとして、他人に背中を向ける主人公すばるのキャラクター選択は冒険だった。 世に天才といわれる人にそうしたキャラクターが多いのは事実だが、マンガとして商業的に成功するためには、そうしたキャラクターにリアリティを持たせつつ、読者に共感させなければならない。 つまり、曽田自身があえて「昴」をナローパスに追い込んでいるのだ。

故に、webmasterは、これまで「昴」の連載中止があくまで第二部終了であって完結とはされていなくても、「SLAM DUNK」がそうであるように事実上終わったものと思い続きをあきらめていた(マンガ喫茶で見たときも11巻の背表紙に「完結」って書いてあったし)。 曽田としても、これからどう描いていってよいのやらわからなくなってしまったのではないか、と。 だからこそ、スピリッツの第三部再開の予告に衝撃を受けたのだ。 非常に成功へのハードルは高いが、それをもし曽田がクリアできたとすれば、マンガ史上に残る傑作となるだろう(バレエとして見ればおかしいところがあろうと)。

誤解を招いたかもしれないので付け加えておくと、「シャカリキ!」「め組の大吾」「capeta」のいずれもエンターテインメントとして十分満足できる水準である(というか、「昴」は今後の展開によっては商業的にはコケるリスクもある)。 特に現在月刊少年マガジンで連載中の「capeta」は、独自の世界を追求する面では「昴」に一歩譲るが、なにせ六田登「F」という似通った世界での成功作があるだけに、これもまた曽田の野心的な挑戦の一つと考えられよう。

以上をまとめれば、曽田は今という時期に目を離すべからざる漫画家なのだ、ということである。

(2004-04-11記)

第14回:木村剛

切込隊長ともあろう人が・・・。 彼のblogにおいて5月9日付けで公開された、「木村剛氏はいかがわしい」とも思われていることにも留意すべきというテキストを読んだときの、正直なwebmasterの感想が、それである。 木村という人間、むしろ、いかがわしいと思われて悪評を受けることを歓迎しているに決まっているではないか、と疑わせるものがあるからだ。

早速行われた木村本人からの反論を見て、なおさらその疑念は強まった、というより確信に変わったといってよかろう。 例えば木村はこう語る。

世の中に対して何らかの主張を展開する者が批判されること(誹謗中傷や罵詈雑言を含めて)は致し方のないことです。 また、そういうことに一々怯むようであれば、世の中を変えることなど何もできないでしょう。 何かを変えるということは、現状においてメリットを受けている一部の人々に対して何らかのダメージを与えることに他ならず、その人々からは怨念の対象になることを避けられないからです。 したがって、本当に何かを変えようと思えば思うほど、その可能性が高まれば高まるほど、誹謗中傷や罵詈雑言は強まることになります。

ご批判はできれば直接私に対してお願いしたい@週刊! 木村剛

当然ここで彼は、字面どおりに受動的に悪評を許容しているということを訴えたくてこの文章を書いたわけではないはずだ。 彼の狙いは、自分(=木村)を批判する人間は改革に抵抗する既得権者であるとの印象を読者に植え付けることであり、さらにその先には、悪評を受けること自体が改革者の証拠である(そして自分は悪評を受けているわけだから改革者である)とのイメージ戦略を見据えていることだろう。

だから、「悪評」についての木村の捉え方は、切込隊長の言うがごとく悪評も評判のうちと弁えられてないわけでもなければ、木村本人が言うように私個人に対するあらゆる批判(誹謗中傷や罵詈雑言を含む)は甘受するなんていう受け身なものでもなく、むしろ自分の好感度を上げるために必須のものとして積極的に活用しているといって差し支えない(いわゆる「抵抗勢力」との対決を盛り上げる小泉総理の手法と類似のものだ)。 (ちなみに、同じ記事で木村は批判により糺すべきところが判然とした場合には、然るべき方向に糺していきたいなどとしているが、実名を挙げて理論的な間違いを指摘されているキャピタルフライト論について訂正などしていない点からも、彼の文章はそのまま受け入れるべきでなく、その意図を勘ぐった方がよいことがわかろう。 蛇足であるが、「ただす」が「正す」ではなく「糺す」と変換されるあたり(当然、先の引用の文脈では「正す」が日本語としては正しい)、彼の日ごろのIMEの使い方が垣間見えるようで微笑ましい。)

この観点から彼の振る舞いを見ると、いろいろと合点がいくことが多い。 例えば著作の表紙や帯にやたらと顔写真を出し、内容においても彼個人のキャラクタを前面に押し出した上、やたら正義だの浪花節だのを気取るところは、十代や二十代ならいざしらず、不惑を過ぎた人間が世に持論を問う際にやることとしては失笑ものではある。 しかし考えてみれば、彼のルックスは「エコノミスト」業界ではアイキャッチとして頭ひとつ抜けているわけで、それを前面に押し出すイメージ戦略は妥当なものであることに加え、上記のように「失笑」した人間が彼に対するコメントの中でつい言わずもがなの厭味や当てこすりを混ぜようものなら、いわれなき個人攻撃であると反論した上で、先ほどの「悪評を受ける人=改革者」のパターンにはめ込むことができるわけで、テクニカルに優れた手法であるとは認めざるを得まい。

そして木村の主張も、こうした戦略に沿ってなのかそれとも主張がそうであるから戦略がかくあるようになったのかは定かではないが、彼個人の身の丈が感じられるものとなっている。 いわば彼の主張は、納得や理解ではなく、共感や同調により相手に受け入れられることを目指したものといえよう。 だから、彼の取り上げるテーマが個人をめぐるものである場合には、そうした目の付け所を押さえているだけあって含蓄のあるコメントが多い。 投資する余裕があるなら借金を返した方がよいとか、本業の仕事をきちんとして支出を絞ることが最高の投資であるとか、経営者のなすべきことはかっこいい戦略ではなく日々の営業や資金繰りに人事・労務管理であるとか、そうした数々の指摘は非常に鋭い。

逆に、先ほど触れたキャピタルフライトの主張を始めとして、マクロ経済に関する知見がないことがいちご/経済板などで既に暴かれている(当の本人はマクロ経済学は今や呪術経済学だと切って捨てているらしいので、そんなことは気にも留めていないのだろうが)ことに顕著であるが、身の回りの出来事の感覚で語ることがふさわしくないことがらについては、基本的に的外れであることが多い。

それは、彼の名を人口に膾炙せしめた不良債権問題であってもそうだ。 確かに、彼の不良債権問題に対する意見(の一部)である、不良債権処理とは引当をすれば十分であって、いわゆる最終処理=直接償却を強いるのは間違っているとの柳沢大臣に対するかつての指摘はきわめて真っ当である(最近は、彼がその策定に参画した「金融再生プログラム」において不良債権比率の半減=直接償却等の推進による不良債権オンバランス計上額の削減が謳われている(webmaster注:引当をした場合、不良債権と引当金が両建てでバランスシートに計上されるため、ネットの不良債権額は減少するが、不良債権比率を計算する際の分子=不良債権ののバランスシート計上額(グロスの数値)は減少しない)せいか、このかつての正論を枉げて「『小泉改革の中で唯一進んでいるのは、不良債権改革だけなのではないか』と内心ちょっぴり自負しています」などとして竹中大臣に阿って(竹中大臣にも「直接償却を強いるのは間違ってる」と指摘して筋を通すべきであろう)いたりもするのだが)。

しかしながら、銀行が計上する繰延税金資産について、自らの実力を嵩上げしてくれていたインチキの底上げ靴などと評するのは、かつて当サイトでも触れたように、現時点で銀行の繰延税金資産計上額が巨額になってしまう理由が、引当段階では税務上の損金計上が認められないという現行税制の下で不良債権処理を引当により行った結果として将来減算一時差異が膨らんだことであることを考えると、彼自身不良債権問題の全体像を把握していないと断ぜざるを得まい。 繰延税金資産を減らすべきというなら(確かにその計上額が将来の収益見通しに依存する以上不安定にならざるを得ず、減るに越したことはない)、彼の持論を維持する限り引当金を積んだ段階で税務上の損金計上を認め、将来減算一時差異を縮小させることしかロジカルな解法はあり得ない(ただし、これで解決されるのは今後計上すべき繰延税金資産のみであり、現に計上されている繰延税金資産を減らす効果はないが、本筋には関係ないので詳細は割愛する。 なお、彼の持論を翻すことも許容する場合、不良債権処理は直接償却等によるべきとしてそれを促進することによっても繰延税金資産の減額は可能)。

つまり、彼の不良債権処理についての見解は、問題がそこだけに限定されていればいい線いっているのだが、それに税制と会計との関係という新たな要素が加わると、まるでピントの外れた青写真しかでてこなくなってしまっているのだ(ちなみに、彼は会計の専門家として本まで出しているのだから、マクロ経済学とは違って専門外との言い訳は通用しない)。

にもかかわらず、彼が不良債権問題の第一人者として世に通じていることを考えると、やはり彼のイメージ戦略、及びそれを支える彼個人の魅力がいかに優れているかとの思いを禁じえない。 最近のblogを通じた交流の広がりや、KFiClubという会員制組織の立ち上げを含め、彼が今成功を収めていることは明らかである。

だが、その前提にあるのは、不良債権処理の進展により日本経済は成長軌道に乗っているとの説明が許される環境だ。 リフレ派の見るところ、現在の好景気は循環要因と最近まで続けられていた為替介入のパスを通じたベースマネーの拡大によるものであり、今後、円安基調の下為替介入が封じられる中で別途の手段による金融緩和が講じられない限り、遠からず腰折れすると考えられる。 つまり、本来彼のマクロ経済の理解があやまっていることが、別の要因による好景気で暴かれていない状態にあるのだが、やはり誤りは誤りであると言える日が来るはず。 その際、彼は新たな「抵抗勢力」を引っ張り出してそれにより景気が悪くなったと糾弾するのであろうが、それが受け入れられるのか、それとも見捨てられるのか−その場合でもコアなファンは残るのだろうけれども。

このテキストは、その疑問が前者であった場合に、きちんとそれを指摘するための材料として使ってもらえれば幸いである。

(2004-05-16記)

第15回:小沢一郎

かつて高く評価していた人間が衰えゆく姿を見るのは悲しいものだ。 webmasterにとって、一時期の小沢一郎は確かに、ある種の政治家の理想像を体現していた。 自分の選挙区にその候補者がいないことを嘆きつつ、比例では自由党と書き込んだことも複数回あった。 そんなかつての小沢ファンの一人として、webmasterは彼のああした行動を見るに忍びなかった。 ポスト菅直人に関する、民主党代表選出に当たっての一連の出来事がそれである。

まだ記憶に新しいとは思うが念のために振り返っておくと、自らが代表となるためには党内一致した支援体制などが必要との条件を出しておきながら、国民年金未加入を理由に選出される直前に辞退した、というものだ。 何が見るに忍びなかったかは以下の通り。

  • 参議院選挙で勝てないと踏んで辞退したのだろうが、自分の責任でなく負けたところで経歴に傷は付かない(元ライバル橋本龍太郎の幹事長時代における宇野政権下での参議院選挙が好例)。 他方、負け戦の苦労から逃げたという事実は人の心に残る。 つまり、せいぜいが野党党首という失うものがない身(政権奪取を本気で目指しているなら、という前提だが)、参議院選挙で勝てる見込みが薄いからこそ、あえて火中の栗を拾うべきだったのだ。 それもわからなかったというのでは、保身のみに心がとらわれていた可能性が高い。
  • 仮に保身を図るのであれば、最初の路線、すなわち年金についての三党合意は認められないから菅代表からの禅譲は受けられないと突っぱね続ければよかったのだ。 条件を出して代表就任があり得るとしておきながら引き下がるのでは、どう言い訳しようとみっともなさが鼻につく。 まして、一度は三党合意に反対ではあるが受諾するとまで言ったのだ。 年金未加入で小泉総理と心中を図った? 官房長官と党代表がイコールという相場が形成された後で本気でそれが可能と考えていたのだとすれば、見通しの甘さは致命的だ(現にそんな事態にはならなかった)。
  • 以上はあくまで自らの未加入問題は承知の上で事態の推移を見ていたということを前提としているが、あのタイミングになって未加入問題が発覚したというのが本当であれば、なおさら醜態である。 そのぐらい、一介の陣笠代議士ならともかく、トップを目指そうという人間なら、ここまで騒ぎになれば当然あらかじめ調べておいてしかるべきである。

かつてwebmasterは彼のことを政策に偏して政局をおろそかにしていると評したが、今回の振る舞いは相変わらず政局での読みをはずした上に、魅力でもあった政策へのこだわりも歪めたという点で、彼にとってマイナスにしかならないものだった。 これを失敗と言わずして何を失敗と言い得ようか。

彼の絶頂期は自民党政権を崩壊させ細川連立政権を樹立させた頃であることについては衆目が一致すると考えられるが、その後の新進党党首、自自連立といった時代を経てのこの現状、おそらくは「乱世の小沢」「豪腕」「悪魔」といった世評に彼自身がとらわれてしまったのだろう。 つらつら思い出してみるに、彼が恐れられる所以である様々な逸話、例えば先の「豪腕」のリンク先にある献金かき集めにせよ、ポスト海部決定時のいわゆる「小沢面接」にせよ、自民党政権を崩壊させたことにせよ、彼自身は愚直なまでに理屈を唱えていることがほとんどであり、それが成功に結びついたのは竹下派や金丸信の力であったり、時流をうまくつかんだことであったりしたわけで、要すれば小沢は神輿に担がれた方が輝く存在であり担ぐ側にはむいていないのだ(担ぐ側というのは、小沢を見事なまでに蹴落として総理の座を彼の手の届かないものとした竹下や、「悪魔」というラベリングで小沢に柄でもない黒幕としてのビヘイビアを採らざるを得ないよう巧みに追い詰めた野中のような人間にこそふさわしい)。

にもかかわらず、陰の実力者という虚像に自ら囚われ、しかし自分ではそうしたポジションに求められるスキルを発揮できず、代わりに汚い仕事を黙って引き受けてくれる腹心も育てられなかったことからすれば、実は今の零落した姿は必然だったのだろう。 彼の行き過ぎがちな理屈の偏重を抑えることができ、かつ、腹芸の達人であった金丸信の失脚時に小沢のエネルギーは最大値をとり、慣性により進む中で自民党政権崩壊という戦後日本政治史に残る一大イベントを演出した後、エネルギーを喪失しつつ今に至ったのだ。 今後何かのめぐり合わせで政権を獲ることがあっても、おそらく短命に終わり何事かを為す間もなく崩壊してしまうだろうが、自民党政権を終わらせたという一事で彼の名は歴史に刻まれるであろうし、一事すら為すことの出来ない政治家が過半を占める中、やはり戦後指折りの政治家であったことは認めるべきであろう。

まあそうは言っても、こんなテキストを書き連ねているわけであるから、結局はwebmasterもまだ彼に未練があるということなのだろうが。

(2004-05-30記)

第16回:皇太子殿下

リアル京極堂の世界、としか形容のしようがない。 今の皇族をめぐる一連の騒動がである。 その含意は、中禅寺どいえども落とせそうにないとてつもない憑物に魅入られているということ。

世間を騒がせた、皇太子妃殿下のキャリア・人格を否定するような動きがあったことを明らかにした記者会見から一月あまりが過ぎ、その内容についての文書も発表されたが、皇太子殿下がこの発言で何を言いたかったかは依然としてつまびらかでない。 報道を見るに、殿下の真意がなんであれ収束のさせ方は公務の見直しに落ち着きそうであり、おそらくは、「キャリア・人格を否定するような動き」についてはうやむやになることであろう。 が、上記記者会見で殿下自身が示しているように、公務の見直しであればかねてから期待は公にされており、あえて今回のような形の発言を必要とした道筋が見えてこない。

もっとも簡単な解釈は、新しい公務を検討するよう繰り返し求めていたにもかかわらず、宮内庁がまっとうな対応をしないから一歩前に出たというもの。 しかし、この解釈を採るには、明らかに叱責のニュアンスが含まれる言葉を選択したということの重みが障害となる。 明示的に叱責するなど満洲某重大事件(これは天皇によるものである点、より重い話ではある。 どう叱責したかはリンク先にある通り議論があるが、この文脈ではそれは捨象可能。 なお、さらに厳しいものとして二・二六事件の際の「朕が股肱の老臣を殺戮す、此の如き凶暴の将校等、其精神に於ても何の恕すべきものありや」「朕が最も信頼せる老臣を悉く倒すは真綿にて朕が首を絞むるに等しき行為なり」という発言があるが、これは戒厳令発令時なのでそもそも政治介入の問題が生じ得ず、同列に論じられない)以来のこと。 つまり、その解釈を前提とする限り目的と手段のバランスが極めて悪いのだ。

そんなバランスを気にしていられないほど殿下の宮内庁官僚への不満が激しかったのだ、という可能性もあるが、それは殿下が満洲某重大事件で確立された立憲君主制下での天皇家の原理原則をその程度のことで変える人間であると言うに等しく、必然的に昭和天皇以来の帝王学教育に不備があり、かつ、皇太子殿下は将来の天皇としての資質に欠けるということになる。 だが、立太子以前のものも含めた殿下の行動からは、そうした面を見ることができない。

だいたい、本当に宮内庁の役人のサボタージュが病根であるなら、その首を飛ばす方がより少ない労力で目的を達せられることは明らかだ。 これはことを公にしなければできないことではないし、世間の憶測をたくましくするという悪影響は避けられないが、それが事前にわからなかったとは思いがたい。

であるならば、皇太子殿下の発言は何故に出て、何を目的としてなされたのか。 大胆な仮説を唱えるなら、「何故」かは万世一系の継続に皇族がとらわれているからであろう。 万世一系の継続とはすなわち父系皇統の継続。 それにとらわれることの是非については見解が分かれるだろうが、ここで重要なのは当事者の認識であり、他人がとやかく言っても始まらない。 極めて卑近な例を挙げるなら、いっそのこと倒産した方が楽になる企業の経営者のようなもの。 本人が続けたいとの思いに囚われているときに、そんなこだわりは捨てた方が楽になるとアドバイスしたところで、他人事だからそんなことが言えるのだろうということになってしまう。

では目的は何かといえば、皇太子妃殿下への愛であろう。 自らが父系皇統の継続、すなわち親王誕生への執念から自由になれない(おそらくは皇太子妃殿下自身も、であるが)以上、他に「逃げ道」を見出さなければならない。 キャリア・人格を否定する動きといういかにもな仮想敵がそれ。 真の意味で皇太子妃殿下を守ることができない以上、既述のような皇族としてのタブーに触れてまで「守った」というデモンストレイトをすることで、妃殿下が絶対に必要とする拠りどころ、すなわち妃殿下を守る皇太子殿下という姿を、国民の誰よりも妃殿下に見せるため、あの発言は公になされなければならなかったのだろう。

だからおそらく、その具体的内容は最後まで明らかにされないだろう。 明らかにしてしまってはキャリア・人格を否定する動きが特定され、矯正されてしまう。 妃殿下の守られているという安らぎを生き残らせるためには、皮肉なことだがキャリア・人格を否定する動きもまた生き残らせなければならず、であればあやふやにしておくしか道はないのだ。

この仮説が正しいのであれば、父系皇統の継続という事実に対して新しい解釈を付与し、それが達せられなくとも別の真実は維持されるという世界認識の理論体系を構築することにより憑物を落とすことが可能であろう。 しかし、中禅寺ならぬwebmasterとしては、皇室典範を改正し臣籍降下後の皇族への復帰をともに盛り込んで、あとは皇族の判断に任せるとの対処しか思い浮かばない。 臣籍降下した皇族が天皇となることについては宇多天皇という前例がある。 宇多天皇は臣籍降下したといっても源氏であり、源氏は他の姓に比べ特殊な地位にある(この点は岡野友彦「源氏と日本国王」に詳しい)ため、宇多天皇の前例が現在の臣籍降下した宮家の皇族復帰・即位と同等に考えられるかについては議論があろうが、母系皇統に比べれば些細な問題であろう。 それにより父系の皇統を継続することは、憑物をさらに肥大させることに他ならないのではあるが。

(2004-06-20記)

第17回:竹中平蔵

当サイトではその構造改革路線を何度となく批判してきた竹中平蔵であるが、今回の自民党からの参院選出馬は、webmasterにとって極めて意外であった。 なぜなら、どう考えても今回の出馬は不合理だからである。 竹中自身は毀誉褒貶激しい人間だが、身の処し方が下手だといって批判されているのは聞いたことがないし、webmasterも彼が人並み以上に目端の利く人間であることを認めるに吝かではない。 そんな竹中が、あえて不合理な行動をすることに戸惑わざるを得ないのだ。

なぜ不合理か。 彼は今、経済財政政策担当大臣と金融担当大臣を兼務しているが、大臣というのは非常に力のあるポストである。 それもそのはず、大臣というのは傘下の省庁−彼にとっては内閣府と金融庁であり、「府庁」というのが正確だが−を自由に動かすことができる存在なのである。 抵抗勢力や役人にタガをはめられたとは出馬に当たっての本人の弁だが、タガをはめられていてもなお、りそなとUFJの経営陣を事実上更迭し、足利銀行は破綻したのだから、いったい思うがままに振る舞っていたらどうなっていたことか(笑)。 とまれ、これは彼が大臣として金融庁という組織を動かすことができたからこそ可能となったことである。 では、今回の出馬によりそれ以上彼個人にとって有利な何かが生じるかと考えれば、大したことは生じそうにない。

本人曰く、国民の信任を受けていなければ、より大きな改革を進めるのは難しく、国民に対しても失礼。 国民に対して責任を負う立場になることは意味があるとのことだが、彼の権力−大臣ポストを2つ占めていること−の源泉は小泉総理の厚い信頼であって、国民の信任なんぞではない。 田中真紀子の前例を見れば明らかなように、いくら国民から支持を得ていたところで、小泉総理の信頼を失い切り捨てられてしまえば単なる一国会議員になってしまう。 今回の出馬により彼個人にとって有利なものが生じるわけではないというのはそういうこと。 大臣の権力はその椅子から生じ、大臣の椅子は(普通の自民党議員とは異なり)総理直々の指名に依存しているのだから、「選挙に落ちればただの人」であるその他の大臣とはわけが違うのだ。

無益であっても無害ならばあながち不合理とも言えないのだが、今回の出馬はあきらかに彼にとって不利だ。 何が不利かと言えば、大臣を辞めた後の身の振り方。 国会議員にならなければ、おそらく大学のポストも引く手あまたであろうし、マスメディアへの進出や著作・講演活動など、いくらでも好きなことができるだろう。 しかし参議院議員としてはしょせんは242分の1、衆議院議員まで入れれば722分の1である。 幸いにして与党所属であり、全く力がふるえないこともなかろうが、当選回数がものを言う自民党の中では、初当選議員では大臣とは比較にならない影響力しか持ち得ないし、もちろん国会議員である以上、先に書いたようなよりどりみどりの選択肢も大幅に制限される。 一度大臣の権力を味わった人間にとっては、どう考えても物足りない未来である(というか、ある程度当選回数を重ねたらどこかの大臣政務官や副大臣にというのが自民党人事の定番であるが、相当フラストレーションがたまることだろう。 前例がないわけではないが)。

この不合理な行動について、考えられる理由その1は総理大臣を目指すというもの。 各省庁の大臣より権力があるのは日本では総理大臣のみだが、これは国会議員でないと就任できないポストだ(日本国憲法第67条第1項)。 もちろん既述のとおり、自民党で権力を握る必要条件は当選を重ねることであり、普通に考えれば誇大妄想としか言いようがないが、自らの政治家としての能力(ルックスといいコミュニケーション能力といいいわゆる「嗅覚」のよさといい、小クリントンとも称すべき政治家向きなキャラクターであるのは事実だ)と全国的な知名度を活かしつつ、自民党若手にも増えてきた改革原理主義者を糾合して道を開く可能性は全くゼロではない。

その2は小泉総理に脅されてというもの。 既述の田中真紀子の例や、加藤の乱において、YKKとしての長年の盟友加藤紘一を森派会長として潰しにかかったことなど、小泉総理が政局によってはどんな相手であれあっけなく掌を返す前例には事欠かず、今回も経済マターについて全幅の信頼をよせているかに見える竹中大臣に対して、出馬しないなら切るというカードをちらつかせた可能性はある。

その3は本気で小泉総理に惚れ込んでというもの。 先に大して得にならない出馬だと書いたが、それはあくまで竹中平蔵個人にとってであり、小泉総理にとっては保険がかけられるため意味のある出馬だ。 全体として大敗してしまえば効果はないが、微妙な議席数になった際には、竹中候補が集めた票は小泉構造改革路線への信任票だとしてものを言う局面は十分あり得る。 自分を取り立てた上で自由に手腕をふるわせてくれる小泉総理に恩義を感じ、得にならないとわかっていてもあえて、と浪花節的な決断をしたとも考えられる。

以上のどれが真実かは当事者にしかわからないが、webmasterとしてはその3と予測する。 その1が当てはまるほどおめでたい人間なら既に失脚しているはずだし、その2は小泉総理の損得計算として、(小泉の主観として)安心して経済問題を丸投げできる竹中にこの段階でそんな踏絵を踏ませる実益がない。 小泉・竹中を浜口・井上の両名になぞらえる偏見ゆえにそう見えるだけではないか、との指摘には一部首肯せざるを得ないが。

(2004-06-27記)

第18回:清原和博

ちょうど一ヶ月前の今日、清原は2000本安打を記録した。 通算本塁打も490本と歴代8位であり、彼がひとかどの選手であるのは事実だ。 それにしても、2000本安打達成直前の盛り上がりに代表される彼の人気−例えばPL学園の2年後輩の立浪は、昨年、清原より一足先に2000本安打を達成した(ちなみに一年前の明日だ)が、その人気は比べようもない−はどこからくるのだろうか?

ホームランバッターはアヴェレージヒッターよりも一般に人気は高いし(清原が真に活躍できるのはアヴェレージヒッターに徹したときではあるのだが)、歴代1位のオールスターMVP(7試合)や歴代2位のサヨナラ本塁打・ヒット(それぞれ10本、18本。 ちなみにどちらも1位は一本差で野村克也)に代表される「記憶に残る」タイプの活躍をしているし、高校時代の活躍(甲子園に5回連続出場して通算本塁打13本、優勝2回)でプロ入り前から相当の人気を得ていたこともあるし、ライオンズの黄金時代を重ね合わせる人もいるだろうし(当時の監督であった森は、「『10年間日本一に君臨したチームの4番打者であった』という勲章に替わる記録などほぼない」と語ったという)、「番長」キャラが今では温かく受け入れられていることもあるし、ペタジーニ優先の起用法が判官びいきをもたらしていることもあるだろう。 それに加えて何か考えられないか、下の表を見ていただきたい。

日本経済と清原の軌跡
日本経済に関する主な出来事 清原に関する主な出来事
日本経済に関する主な出来事 清原に関する主な出来事
1986 11月の景気の谷以降、第11循環の上昇局面入り(いわゆる「平成景気」)。 前年のドラフト1位指名により西武ライオンズに入団。 デビュー当初より主軸をまかされ打率.304、ホームラン31本の記録を残し、新人王・新人最多本塁打タイ記録(高卒新人最多本塁打記録)などの活躍。 ライオンズは日本一となり、黄金時代を迎える(1992年までの7年間で6回の日本一)。
1987 地価・株価の急激な上昇が始まり、バブルに突入。 10月にブラック・マンデーがあったが、ほとんど影響を受けなかった。 日本シリーズでドラフト時の因縁浅からぬジャイアンツと対戦、日本一決定直前の落涙がテレビで盛んに放映される。
1988 引き続き経済は好調。 ライオンズが日本シリーズ3連覇。 初のベストナイン・ゴールデングラブ選出。 最多勝利打点を獲得。
1989 株価が市場最高値を記録。 デビューの年から死球が多かったが、被死球16で自己ベスト(ワースト?)。 特に平沼(当時オリオンズ)にぶつけられた際には、バットを投げつけて初の出場停止。 シーズン途中、デストラーデがライオンズに入団し、秋山とともに3連覇を支えるクリーンナップが確立。 ライオンズは最終結果で0.5ゲーム差に3チーム(バファローズ、ブルーウェーブ、ライオンズ)がひしめく大接戦の末、パリーグ3位でペナントレースを終える。
1990 株価は前年より低迷するも、地価の上昇が地方に拡散するなど、依然としてバブル期にあった。 打率.307(自己ベスト)、ホームラン36本(自己ベスト)、94打点、出塁率.454(最高出塁率獲得)とプロ野球人生で最高の活躍。 オールスターでも初のファン投票最多得票獲得。 この年バファローズに入団した野茂(現ドジャース)との勝負は平成の名勝負とたたえられる。 ライオンズは日本一に返り咲き。
1991 2月に景気の山を越え「平成景気」が終了、地価も頭打ちとなるが、バブルの熱狂を冷ますための必要な調整との認識が多数。 「東京ラブストーリー」「101回目のプロポーズ」に代表されるトレンディドラマが人気を博すなど、悲観的な雰囲気はほとんど感じられなかった。 2連覇を飾ったライオンズの4番を引き続き務め、2年連続でオールスター最多得票を記録するなど変わらぬ人気を集めるが、成績は軒並み前年比ダウン。 特に、この年3割を下回った打率は、二度と3割に復帰していない(規程打席に達したシーズンでは)。
1992 8月に株価がバブル後最安値(当時)を記録するなど、バブル崩壊が身近に感じられるようになり、徐々に悲観的な見方が増える。 シーズン成績は90年に近いものを残す(打点は90年以上の96打点(ライオンズ時代自己ベスト)、最高出塁率(.401)獲得)が、日本シリーズではスランプに陥り最終戦で途中交代させられる(石毛曰く、「あの交代は当然。 清原にはシリーズ後半から戦う姿勢がまるで見られなかった」)。
1993 10月に景気の谷を迎えるものの、学生の就職状況が「氷河期」と称せられるなど、マインドの好転は見られず。 デストラーデがメジャーリーグ(マーリンズ)に移籍し、不動のクリーンナップが崩壊。 伊良部(オリオンズ)が対清原で日本最速の158km/hを記録し、野茂に加え伊良部との対決も平成の名勝負と称されるなど人気は相変わらずで、前年秋山にその座を譲ったオールスター最多得票を奪還。 4年連続で二桁だった三振数が120に急増。 以後、怪我で打数が400未満となる98年まで、5年連続で100以上三振。 ライオンズはパリーグ優勝は飾ったが、野村ID野球で知られたスワローズに日本シリーズで前年の雪辱を果たされ敗れる。
1994 引き続き景気回復局面にあったが、東京協和信用組合・安全信用組合の破綻など、不良債権問題が大きくクローズアップされるようになる。 前年オフに秋山がホークスに移籍し、黄金時代のクリーンナップが完全に崩壊。 この年、イチローが本格的に一軍デビュー、シーズン210安打の日本記録を達成するなど一大ブームを巻き起こし、パリーグ一の人気選手の座を奪われる。 ライオンズは前年に続き日本シリーズ敗退。
1995 中小金融機関の破綻が相次ぐ中、住専問題が世の注目を集めるようになり、金融不安が取り沙汰される。 初の大怪我といっていい右肩亜脱臼の影響か、はたまた平成の名勝負の好敵手・野茂がメジャーリーグ(ドジャース)に移籍しインセンティブが下がったのか、90年をピークに徐々に下降していた成績が最悪を極め、打率.245は自己ワースト(規定打席到達)、デビュー以来の9年連続年間三桁安打も途切れる(なお、打点も当時の自己ワースト)。 チームも「がんばろう神戸」ブルーウェーブに惨敗。 オフの契約更改では、自ら異例の年俸ダウンを申し入れ。
1996 住専処理への公的資金投入が行われ、堅調な景気回復も手伝って金融不安に一服感が漂う。 ホームランや打点はやや復調したものの、打率は.257と低位安定、何より得点圏打率.248に敬遠ゼロと主軸としては物足りない成績。 シーズン終了後FA宣言、巨人入団。
1997 ついに5月に景気の山を越え景気後退局面入りするが、財政構造改革が政治イシューとなり、消費税引き上げなどが行われる。 後半には北海道拓殖銀行や山一証券が破綻し、金融危機が叫ばれる。 巨人移籍後中軸を任されるも、シーズン152三振を喫し(セリーグ記録)、打率も.249にとどまる(規定打席到達シーズンでは自己ワースト2位)など不本意な結果に終わる。 ジャイアンツ低迷(4位)の戦犯とされ、3回死球をぶつけた藪(タイガース)には「今度やったらしばいたる」と発言し、それらを受けて雑誌FRIDAYでその夜遊びなどをあげつらう「番長」記事が始まるなど、悪役扱いが定着。
1998 日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が破綻。 金融危機が頂点を迎える。 この年から怪我が目立ちはじめ、出場試合数が116と当時の自己ワーストまで減少。 因縁の藪には「顔ゆがめたる」発言。
1999 1月の景気の谷以降、景気回復局面に。 怪我に泣かされ、プロ入り後初めて出場試合数が100を割る(86試合)。 打率.236(自己ワースト(規定打席未到達))、ホームラン13本(当時自己ワースト)、46打点(当時自己ワースト)と低迷。 プロ入り以来の連続20本以上ホームランも13年でストップ。 この年のオフからケビン山崎の指導で肉体改造開始。
2000 ITバブルが絶頂に達するが、ゼロ金利解除等により景気は減速、10月には景気の山を越える。 シーズン前半は引き続き怪我に悩み、最終的に出場試合数は75にとどまるも、7月以降はスタメンとして活躍し、打率は.296を記録(規定打席未到達)。
2001 小泉政権が発足し「構造改革」ブームスタート。 マイカルの破綻に象徴されるように不景気は続くが、小泉ブームの下で「改革に必要な痛み」として受容される。 ほぼシーズンを通して活躍、巨人移籍後で最高の成績を残す(打率.298(巨人移籍後の規定打席到達シーズンでは自己ベスト)、ホームラン29本(巨人移籍後自己ベスト2)、121打点(自己ベスト))。
2002 2月に景気の谷を迎えるものの株価は低迷。 再び怪我に泣かされ、出場試合数は55、ホームラン12本、33打点にとどまる(いずれも自己ワースト)。
2003 株価がバブル後最安値を更新するも、りそな処理後急激に回復。 昨年来の景気回復にマインドの好転もあって、「構造改革による景気回復」との認識が広まる。 再び復活。 114試合出場、打率.290、ホームラン26本、68打点。
2004 現時点では引き続き好景気。 一般には構造改革の成果と捉えられている。 2000本安打達成。

ご覧いただいたとおり、栄光→停滞→どん底→改革という物語は、奇妙なほどに両者がシンクロしている。 これもまた清原の人気を支える大きな要因の一つとは考えられないだろうか?

同じような道を歩んだ選手がいる。 「記録よりも記憶に残る選手」の代名詞である長嶋茂雄は、高度経済成長が軌道に乗り始めた岩戸景気のさなか1959年の天覧試合で劇的なサヨナラ本塁打を打ち、いざなぎ景気とシンクロするジャイアンツV9の中心選手として陽気なキャラを愛され、V10の夢が破れた1974年、オイルショックにより誰もが高度経済成長の終わりを実感する中で引退した。 思い出の中で時代を代表するキャラクターだったからこそ、長嶋は記録では彼とは比較にならない金字塔を打ち立てた王よりも人々の記憶の中に、時代とともに生き残っているのである。

しかし、高校時代からプロ1年目にかけての彼の活躍を目にした身としてwebmasterは、長嶋ではなく王の道を歩んだ清原をこそ見たかった。 しろはたのテキストに当時の清原がいかにすごかったか(そしてなぜ低迷に向っていったか)が詳しく書かれているので繰り返さないが、ちょっとしたサイコロの目の違いで、王や落合を上回る日本プロ野球史上最高のバッターが誕生していたかもしれなかったのだ。 20世紀最後の四半世紀プロ野球界におけるバッターに関する、最も心引かれるパラレルワールドと言えよう(ピッチャーに関するものは、作新学院卒業直後にプロ入りした場合の江川)。

(2004-07-04記)

第19回:宮内義彦

日本プロ野球界を震撼せしめたブルーウェーブとバファローズの合併報道から1ヶ月弱、宮内の名は渡辺恒雄・ジャイアンツオーナーや堀江貴文・ライブドア社長らと並んで様々なメディアを賑わせている。 合併自体には反対の声が強いようであるが、はたして、この経営判断をどう評価すべきか。

宮内自身、赤字額の大きさが問題なのではなく、(投資に)見合うだけのメリットが得られるかが重要と語っていることから、まずはそうした投資効率の観点から考えてみると、一リーグに統合されることを前提とすれば(実は意外なことに、この話は宮内の口からは一度も公には語られていないのだが)、リーズナブルな判断であると評価していい。 合併・一リーグを前提として年間の損益を考えた場合、目立つ収益改善要素はテレビ放映権料が入ること、もっと露骨に言えばジャイアンツと試合ができるようになることしかないのだが、それはたかだか10億円程度であり、数十億円規模とされるブルーウェーブの赤字を到底埋めきれるものではない。

しかし、これについては宮内は(ファンが)燃え立っていれば、たとえ赤字でも知名度向上という意味で企業にマイナスではないと明言しており、おそらくはこの10億円程度の赤字縮減ができれば、それでそろばんが合うのだろう。 これほど意向を無視されて合併を推し進められたファンは燃え立ちなどしないだろう、との反論があるかもしれないが、このファンに配慮したかのような発言は建前だと考えておいた方がよい。 コアなブルーウェーブ/パリーグファンにとっては言わずもがなだろうが、イチロー、田口、ニール、中嶋、高橋、長谷川、星野、野田、平井、鈴木平といった1996年の日本一を支えた主力選手を軒並み放出するは、獲得できないことが明らかだった沖縄水産・新垣(現ホークス)のドラフト指名を強行して三輪田スカウトを自殺に追いやるは、ドラフトがらみで言えば契約金ゼロといったふざけたことをするは、とファンの熱意に水をかけるようなことばかりしてきたのがブルーウェーブの(日本一になり十分知名度を向上させた後の)歴史である。 はっきり言ってしまえば、宮内のそろばんにとって、ファンに愛されるかどうかということはたいした意味を持たないはずだ。

なぜなら第一に、彼がCEOを務めるオリックス・グループはその収益を法人取引に負うところが大であるが(詳しくはそのセグメント分析を参照されたい)、ワンマン社長が相当に熱狂的なブルーウェーブファンであるといった事情がない限り、野球についての感情を取引の損得に優先することはあり得ないこと。 第二に、ブルーウェーブのファンは数少なく、第一で例示したようなワンマン社長であるブルーウェーブファンはほとんどいないと予想されること。 今までのブルーウェーブに対する彼の態度、及びそのオリックス・グループの収益への影響のなさからも、この推測が誤りではないことが裏付けられよう。

さらに今回宮内のうまいところは、既述のとおり一リーグ制といった合併に付随する議論に沈黙を守っているところ。 今般の合併を巡る役回りとしては、この手の話題では必ず全面に出てくるジャイアンツの渡辺オーナー及び「署名に加わったら、プロテクトしない」発言「古田はそんなに偉いのか」「清原? あんな男に何億も払っているということこそ、糾弾せな」発言に代表される失言を繰り返している近鉄の山口社長が悪役として定着した。 一般のイメージが悪くなってもそれほどのダメージは受けないといっても、悪くならないに越したことはないわけで、宮内が余計なことをしゃべらないのは、山口社長の振る舞いはともかく、渡辺オーナーが自分の盾になってくれることを十二分に見越してのことであろう。

そうした巧妙な立ち回りも、そもそものそろばんが狂っていては意味がないが、地元密着をこれ以上なく成功させているホークスの経営状況を見ても、情に流されない今回の経営判断は、最善とは言わないが企業の責任者のそれとしては及第点だろう。 よく引き合いに出されるメジャーリーグだって多くの球団は赤字だし、Jリーグの経営はプロ野球の半額という人件費を抜きにしては語れない。 結局は放送権料が増えないことにはどうにもならないのは、先にリンクした各球団の経営状況を見ても明らか(セリーグ・パリーグを合計すれば全体としては赤字だ)。 TBSが子会社化したベイスターズの試合を放送しないことからも、現時点ではジャイアンツの試合以外はまとまった放送権料が入らないと考えてよく、そうした外部環境を前提とすれば合理的だと評価すべきだろう。

だが、最近の宮内の活動は、オリックスの経営トップとしてのそれよりもむしろ財界活動−特に規制緩和関連−に軸足を移しつつある。 その観点からすれば、一連の彼のスタンスはなかなか評価ばかりもできまい。 これだけの議論を巻き起こしておきながら、合併の一当事者としての立場を前面に出してお得意の「構造改革」に触れないのは、以後の彼の言動を素直に受け取ってはもらえなくなる一因となろうし、ましてプロ野球界の旧態依然たる慣習を受け入れるようになったというのではなおさらだ。

当たり前といえば当たり前ではあるのだが、宮内の規制緩和論もある種の投資効率を考えた主張であって、それに殉ずべき宗教的信条などではない。 経営者としてはそれが当たり前−経済同友会時代のそれと主張を180度変えた生田日本郵政公社総裁が典型例−ではあるが、規制緩和のイデオローグとしては上記のような態度はその輝きを著しく曇らせることになるであろうし、例えば再販問題あたりで渡辺オーナーに今回の借りを返さなければならない(どうも昔から再販問題と一リーグをバーターにしていたらしい(webmaster注:リンク先の4月7日を参照)ことからも不可避だろう)ことからも、今後の彼の言動は今までのそれに比べて冷めた目で見られることは覚悟せざるを得まい。 今後の展開によっては、堕ちた偶像となるリスクだってあるのだ。

霞が関の住人としては、およそすべての規制緩和推進がアプリオリに正義と認められるべきものではなく、それなりの思惑を持って主張されるものとして取り扱うべきだ(だからといって規制緩和すべきでないということではなく、あくまで個別の規制について是々非々で臨むべきだというのがwebmasterの主張である。 念のため)ということが明らかになるのはいいことだと思っているが(笑)、そんなロジックで彼を評価する人間は極めて少ないであろうし。

(2004-07-11記)

第20回:岡田克也

年金未納騒動の中で民主党代表に選出されて以後、選挙の前後を通じて「まじめ」というスローガンで売り出し中の岡田であるが、霞が関から眺めた彼の姿に最もしっくりくる言葉は何かと考えると、それは「いい人」である。 具体的なエピソードはwebmasterの匿名性を確保する観点から差し控えさせていただきたいが、抽象的に言えば官僚相手だからといって居丈高にもならず、ざっくばらんにうち解けた話ができる人である。 履歴に明らかなように順風満帆といってよい人生をこれまで歩んできており、そうした人間は乱暴に言えば、人の善意をどこか否定しきれないタイプか人の痛みに鈍感なタイプかの両極端に分かれがちだが、この区分で言えば疑いなく前者のタイプだ。

いい人であっても頭が悪かったりすれば歯がゆかったりもするが、その面でも決して悪くはない。 東大法学部卒や通商産業省の元官僚というラベルは必ずしも頭のできについての保証書として信用できるとは限らないが、例えば彼が2001年に行った講演・質疑応答の模様を見ても、かなり広範な分野について、質問をされても即座に自分の言葉で切り返せるだけの蓄積を有していることがわかる−ご案内のとおりwebmasterとしては改革を礼賛する中身にコメントしたいことは多々あるのだが。 それもどちらかというと、立論の前提となる事実認識の違いに基づくコメントであり、論理展開自体は比較的ツッコミどころが少ない。

というと違和感を持つ人もいるかもしれない。 アンチ民主党系のサイト−例えば以前紹介したこともあるIrregular Expression−では、彼の発言の一貫性のなさが指摘されたりなどもしている。 で通常、発言を頻繁に覆すような人間を、いい人とか論理的であるとかは言わないだろう、と。 だがwebmasterが思うに、これとて彼のいい人ぶりの証拠だ。 人間の考えることなどそれほどには一貫していないのが普通で、それが一貫するというのはよほど頭の作りが常人離れしているか、それとも強い意志を持って人から見られる自分を演じているかのいずれか。 常識的なレベルで一貫性のない素の自分をさらけ出してしまっているその姿、やはりいい人の面目躍如であろう。

そんなキャラクターである彼が政治家、それも政権を狙う立場にあるそれとしてどのように評価され得るかを考えると、残念ながら否定せざるを得ない。 まず、現在の民主党のセールスポイントである改革の推進に向かないのだ、そうしたキャラクターは(webmasterはだからいいと思うのだが、一般受けにとってはマイナスだろう)。 フランス革命でも明治維新でもよいのだが、大規模な社会変革には相当のコストが不可避であるのだが、それを目の前にしても平然と改革を続けられるのか−その点、自殺者増加を聞いても特効薬はないとコメントできる小泉総理は、改革推進者としてはまことに適任ではある(彼にとっての改革が推進されることが日本にとっていいかどうかはさておき)。

だいたい、理論闘争は官僚の本来の土俵。 歴史に名を残すような新理論を紡ぎだすようなことは無論ないが、たいがいのディベートにおいてボロが出ないようにあれこれへ理屈を捏ね回すのは官僚の職務の一つである。 そんな官僚に対して真正面から理屈で戦うというのでは芸がなさ過ぎである。

若干脱線だが、官僚にとって一番手ごわい政治家はどのようなタイプかといえば、それは間違いなく理屈が通じないタイプだ。 先にあげた小泉総理や、今の政治家で言えば田中真紀子もそうだが、こうしたそもそも話がどこまで理解されているのかも不明で、他方キャッチーなレッテルを貼り付けて世論を味方につけるタイプは、多くの官僚が苦手とするところ。 また、最近は少なくなってきたが、いわゆる党人派のたたき上げ−今の時代において最も名を成したのは野中広務だろう−も好みが分かれるところ。 このタイプは、一度信頼を勝ち得ればともかく、小うるさい理屈屋だと見られたらなかなか話を聞いてもらえない一方で、いわく言いがたい迫力もあり、苦労させられることも多い。

本題に戻ると、他にも彼が間違いなく直面せざるを得ない試練が2つある。 1つめは、メディアからはしごをはずされるときがいずれ来るだろうが、そのときにどう対応するか。 勝手な推測で悪いが、どうも彼はネガティブなメディアの論調に対して論理的な反駁を試みそうな気がしてならない。 が、そんなことをしても全体をきちんと聞いてくれる人などごく一部であり、片言隻句のみを取り上げられてさらなる中傷に用いられるのがオチだ(その点、ワンフレーズだといわれる小泉総理は、メディアに全体を使うか全く取り上げないかの二者択一をせまっており、やはりうまい。 「人生いろいろ」発言にしても、長々と説明していればどこをどう使われてネガティブキャンペーンにさらされたか知れたものではなく、あれはあれでダメージを最小限にとどめたものだったと考えられる)。

2つめは、党内の意見対立が先鋭化する局面において、どうその解決を図るか。 民主党内には、旧日本社会党左派出身者が典型だが、憲法問題などについて明らかに彼とスタンスを異にする勢力がいる。 小沢一郎の顰に倣ってそれを切り捨てるようでは政権は遠いが、かといって馬鹿正直に説得にかかったところで説き伏せられるはずもない。 かつて自社さ連立政権時代に自民党がそうであったように、議論はうやむやにしつつ既成事実を積み上げていくような骨の抜き方ができるかどうか。

ラディカルなことを言えば、政治とはマーケットメカニズムによらずして資源配分を決定する手法であり、その資源配分決定が合理的であろうと無かろうと、関係者の不満を最小化しているかどうかという、あくまで結果論で評価される世界である。 幸運にも理屈を使って説得して資源配分を実現できればいいのだが、それができないときに脅迫だろうが裏取引だろうが、あらゆる手段を用いてその実現を図れるのか。 逆に彼の手法では実現できずそれが批判されたときに、実現できないような現実が悪いと逆ギレせずにいられるのか。 今のままでは−彼の座右の銘は大器晩成だが、今の路線を極めたところで−答えはNoでしかあり得ない。 それを乗り越えてなお大成を目指すのであれば、喜んで裏方を務め汚名を一身にかぶってくれる盟友が不可欠と考えられるが、類をもって集まっているのか、そうした人間が彼の周辺に見当たらないのもまた事実である。

(2004-08-01記)

第21回:浜崎あゆみ

MAX松浦らの電撃解任で幕を開けたavexのお家騒動において、移籍をちらつかせて松浦サイドにつくことを鮮明にし彼の復帰依田会長の退任をもたらしたことにより、改めてその存在感を世に示した浜崎あゆみ。 なんでそこまで松浦に対して信頼を寄せるのだろうかと考えると、もちろん本当のところは当事者にしかわからないことではあるのだが、なかなか興味深い。

歌手である彼女を外部から窺うための手段として真っ先に思いつくのはやはりその歌(念のため申し上げれば、浜崎はすべての曲の歌詞を手がけ、最近は作曲にも携わっている)。 というわけで、まずは彼女のCDの履歴を見てみたい。

浜崎あゆみの種類別CD売上げ(万枚)等
シングル総売上(平均)アルバム総売上(平均)国内シングル総売上国内アルバム総売上シングル総浜崎/国内(平均)アルバム総浜崎/国内(平均)シングルタイトルアルバムタイトル
199850.8(10.2)n.a.15,321.621,066.90.33%(0.07%)n.a.poker face, YOU, Trust, For My Dear, Depend on youn.a.
1999376.4(62.7)401.4(200.7)14,542.919,575.12.59%(0.43%)2.05%(1.03%)WHATEVER, TO BE, Boys & Girls, A, appears, kanariyaA Song for XX, LOVEppears
2000497.4(71.1)290.4(290.4)13,649.219,768.53.64%(0.52%)1.47%(1.47%)Fly high, vogue, Far away, SEASONS, SURREAL, AUDIENCE, MDuty
2001380.2(76.0)n.a.10,758.218,277.73.53%(0.71%)n.a.evolution, NEVER EVER, Endless sorrow, UNITE!, Dearestn.a.
2002237.9(59.5)416.5(208.3)8,117.216,930.32.93%(0.73%)2.46%(1.23%)Daybreak, Free & Easy, H, VoyageI am..., RAINBOW
2003118.1(39.4)102.7(102.7)8,594.115,254.71.37%(0.46%)1.28%(0.64%)&, forgiveness, No way to sayMemorial address

(出所)業界売上:日本レコード協会、個別CD売上:YAMACHAN LANDwebmaster注:オリジナルシングル・アルバムのみ。 各種リミックスやベスト版は含まない)

さて、以上から客観的な事実として次のようなことが指摘できる。

  • 売上枚数のピークは2000年。 特にこの頃は枚数限定版(Fly highなど)があり、それがなければもっと売上げは伸びていた可能性は高い。
  • 2000年以降売上げが減少した最大の理由はタイトルの減少。 タイトル当たりの平均売上のピークは(シングルは)2001年であるし、その国内全体の比率でいえば2002年がピーク。 つまり、タイトル数が維持できていればもっと売上げが伸びていたと考えられる。
  • 2003年に入ると、タイトル数の減少に加えタイトル当たりの売上げも落ちてきている。

これと歌詞を組み合わせてあれこれ考えてみると、冒頭の問いに対して一つの仮説を立てることが可能だ。 曰く、浜崎はそのトラウマ−彼女の家庭環境がそれなりに複雑であることはよく知られているが、おそらくはそれに由来する、自分は必要とされていない人間なのではないか、一時的に居場所が得られたとしても遠からず失われてしまうのではないか、という強迫観念−を歌い上げ、それが社会に受け入れられていく中で癒され、その癒しをもたらした松浦に深い信頼を寄せている、と。 JASRACがいるので具体的に歌詞を引用できないのでわかりづらいかもしれないが(webmasterの思索におつきあいいただけるのであれば、うたまっぷで歌詞を見ながらご覧いただきたい)、なぜそういう仮説が立てられるかを書いてみよう。

デビュー作poker faceからその片鱗は既に感じさせたが、徐々に売れ出した後には、見せかけの自分にみんな喝采を送るけど本当は違う、といわんばかりに作風を先鋭化させる。 私小説的に自らの半生を語ったとされるA Song for XXや、正統派ラブソング路線で引っ張ってきておきながら最後にすべてをカオスと結論づけるappearsが、そうした時代を代表している。

だが、そうした曲もまた売れた。 次々に心の中をはき出しても、それが拒否されることはなかった。 もちろん金が儲かったということなのだが、多分それ以上に、浜崎にとっては、自分が社会に受け入れられている、自分の素をさらけ出しても大丈夫なんだ、自分の居場所はあるのだ、という確認の意味が重要だったのだろう。 そうした彼女の心の変化を如実に表しているのがSURREALだと思う。

その中で浜崎は初めて自分を肯定し、今のままの自分でいても大丈夫だ、明るい将来が待っているんだという確信を歌っている。 それ以前の曲では明るさを表現していても、それは過去の思い出だったり、今のうたかただったり、未来へのはかない希望だったりしていたのが。 前作SEASONSがひたすらに過去を振り返り、最後に不確実な未来に直面する現在を語ったこととセットで考えると、なおさらその感は深い。

ある意味歌手という職業を絶叫療法の手段として用いたようなものだが、SURREAL以降、曲の内容において特に将来についての肯定が強くなるにしたがって、発売ペースが落ちていったのも頷ける。 彼女にとって歌うことでしかトラウマを鎮められなかったのが、トラウマそのものが徐々に昇華されていったのだから。 その路線に終止符をうったのが、この世に存在できたことの歓びの歌、Voyage。 この歌は、彼女がトラウマから自由になったからこそ生まれたものであろう。

2003年に入ってからの極端な販売枚数の低下は止むを得まい。 彼女の精神は、次々にCDを出さなければならない切羽詰った状況にはないから、リリースの間隔は空く。 浜崎自身のやるせない思いが込められている、というファンにとっての浜崎らしさの最たるものが失われたのだから、離れるファンも出てくる。 商売である歌手としては悪い方向に進んだのかもしれないが、浜崎あゆみ、いや浜崎歩本人にとっては幸せな変化であろうし、自分の思いに縛られず自由に作詞・作曲・歌唱ができるという意味では、商売以外の部分の歌手としても、むしろ今の方が充実しているのではないか。 つまりマイナーアイドル浜崎くるみに手を差し伸べ歌手という世界に自分を導いてくれた松浦は、まさに彼女の人生を変えた人間であり、だからこそ彼に対する浜崎の思いは強いのだろう。

(2004-09-05記)