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/テーマ別書庫/リフレ主義者(目次)[8]/リフレ主義者(行く末篇)

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余は如何にして利富禮主義者となりし乎

行く末篇

陸、デフレ対策かくあるべし

前回の予告どおり、現段階でwebmasterが実行すべきと考えているポリシーミックスを掲げれば、次のようなものとなる。

とにかく日銀はもっと国債を買う
現在、日銀の長期国債買切オペは毎月1.2兆円だが、平成15年度には一般会計と財政投融資を合わせて純増分で市中へ40兆円程度発行されるのだから、日銀を含む政府全体では民間資金を相当程度吸収していることとなる。 モデルを作って推計すればもっと小さな値で十分と出るのかもしれないが、これが逆転するほど増やせばさすがに金融緩和の効果が出ないとは思えないので、毎月4兆円の長期国債(対象は10年国債に限らなくともよいが、FB・TB以外の国債)買切りを提案したい。
当面、日銀によるETFやREITの買切りはいらない
ファッキンな東証のページではそれぞれの時価総額がどれだけかまとめられていないが、どれだけ余裕を見ても両者合計で4兆円は超えないはず。 したがって、上記のように日銀から毎月4兆円の現金を民間部門へ移転させようとすると1ヶ月で終わってしまう(笑)ので、精神的なものを除けば、効果はないだろう。 現物の株や不動産を買えばこうした「これ以上買えない」シーリングは当面気にする必要がなくなるが、それではどの株や不動産を買うかについてが日銀の判断にゆだねられるので好ましくない(現在の法制下では、そのような民間部門における資源配分への介入については国会の判断を仰ぐべき)。
意図的な円安誘導は行わない
これだけ金融緩和をすれば、いやでも円安に振れるはずなので、それを放置しておけば十分。 世界各国で景気が後退する中で、協調介入を要請しても応じられる可能性は低いが、だからといって単独介入をすれば効果が低いわりに他国の反発を招くおそれがある(が、円高にしたいわけではないので、間違っても円高へ誘導する口先介入などしないこと)。
財政支出は中立を維持する
現在の財政事情を考えれば、これ以上の財政出動の拡大は望ましくないが、かといって緊縮してデフレに拍車をかけるのは論外なので、消去法的に中立維持となる。 ただし、政府全体で中立を維持するためには、近年の地方政府支出の落ち込みをカバーするため、中央政府支出は拡大とならざるを得ないだろう。
インフレターゲットを設定する
以上の政策を後押しするために必須。 すなわち、上記の大胆な金融緩和が将来においても(デフレが解消されるまで)継続することを担保して、個々の経済主体のインフレ適応的な行動を促すとともに、かかる金融緩和はあくまでターゲット下限を下回っている際の臨時異例の措置であることを明確にする。 その結果、実際にマイルドインフレが発生し、さらにインフレ率が上昇しそうなときには、反対に必ず金融を引き締めることも明確にすることとなり、これによりハイパーインフレが防止される。 というわけで、ターゲットを設定することに意味があり、ターゲットとして具体的にどの程度の数字とするのかは2次的な問題。 下限は1%以上、上限は5%以下の範囲内で、レンジを2%とすればどれでもよい(1から3とか、2から4とか、3から5とか)と考えられる。 達成期限は、いったんレンジの中に入れば半年以上の逸脱を日銀の責任とすべきだろうが、レンジ外からのスタートであることを割り引けば、1年が適当か?

次回は、以上のポリシーミックスへの典型的な批判に反論する。(次回に続く)

(2003-03-09記)

漆、角が立つとも智に働け

リフレ策に対する批判への反論としては、経済産業研究所のサイトに掲載されている高橋洋一「インフレ目標政策への批判に答える」だ。

そこでの記述にwebmasterがあえて付け加えることはないので、ここでは、そこであえて反論されていない(反論に値しないと思われている?)主張に反論することとする。

デフレ対策はデフレ連動ローンによって行うべき

野口悠紀雄の主張であり、ネット上のリソースとしては「『超』整理日記」(2002-11-02)がある。 野口は、デフレの害としていわゆるデット・デフレーション(債務は名目値で固定(デフレだろうが1万円の借金は1万円)されるので、デフレに伴い実質債務負担が増加しさらなる景気悪化をもたらす)を指摘しつつ(しかし、絶対価格と相対価格水準を混同していて、学生なら不合格だ(webmaster注:リンク先はpdfファイルです)といわれていた氏にしては進歩ですな)、これ(webmaster注:デット・デフレーション)に対しては、新しい金融的な仕組みを作ることで対処が可能である。それは、デフレの進行に応じて名目負債額が減少する負債(デフレが進行しても実質負債額が一定にとどまる負債)をつくることだ。とする。

冷静に考えてみて欲しい。 利子などがからむと話が複雑になるので、割引タイプのローンを考えるとする。 つまり、x円貸して、満期にはx+y円が返ってくるローンで、満期までの間利払いはない。 ここで、デフレが進行しても実質負債額を一定にとどめるためには、yが物価下落率に等しくならなければならず、yはマイナスとなる。

さて、あなたがx円持っていて、友人から「デフレ連動ローン」をx円貸してくれといわれたとする。 あなたがデフレが続くと予測している場合、このローンを貸すよりは、現金のままで持っていた方が明らかに得だ。 で、貸しますか?

貸さないだろう。 結局のところ、「デフレ連動ローン」なんてものは絵空事以外の何ものでもない。

ゼロ金利政策を超える金融緩和は短期金融市場の機能を低下させる

短期金融市場のために日本経済を犠牲にするなどあり得ない(だいたい主張しているのが東京短資の加藤出だし。 短資会社の存続のために故意に理屈を枉げているとは思わないが、短資会社以外で通用する理屈かどうかを検証しないのが間違いの基だ)。 以上。

・・・ではなんなので、若干付言する。 じゃあ金融緩和をしなければ短期金融市場は機能するのか、ということを考えてみよう。

上記の「デフレ連動ローン」への反論を見てもらえれば明らかだが、マイナス金利は、当事者が経済合理的に行動する限りあり得ない(上記の例で言えば、yが金利にあたる。 なお、一応自己弁護をしておくと、webmaster以前主張したマイナス金利政策は、政策として意図的にマイナス金利を出現させるもので、経済合理的でないことは当然の前提)。

従って、例えばデフレが年に2%進む場合に、あるべき実質金利(名目金利-物価変動率)が1%だったとしても、マイナス(名目)金利が不可能である以上、実質金利は2%以下にはなれない。 設備投資の停滞など、今の実質金利が高すぎることは明らかだが、実質金利が高すぎるということは、名目金利がマイナスになれない故に、資金の出し手にとって著しく有利だが取り手にとっては著しく不利な水準でしか取引が成立しないということだ。 そんな状態を放置して、市場がワークするはずもない。 デフレである限り、短期金融市場における取り手不足は解消するはずもないのだから。

ちなみに、どこぞの外銀が血迷ってマイナス金利取引を行っていることを捉えて危機感をあおるのは勘弁して欲しい。 マイナス金利は、さんざん繰り返すのもなんだが、経済合理性に反するもので、金融市場始まって以来の珍事なのはそのとおりだが、それはこんな馬鹿なことをするやつの存在が椿事だからだ。

どんな金融論の教科書を見ても、相対的にハイリスク・ローリターンの投資を是認する理論などありはしない。 マイナス金利で貸すぐらいだったら、現金をそのまま持っておくほうが得(仮に貸す相手の信用力が日銀より上だったとしても、円での貸借である以上、返済は円で行われるのだから、その相手の円ベースでの信用力が日銀を超えることはあり得ない(その相手が円を返すことができたとして、その円の信用は日銀が担保しているのだから))。 日銀当預に預金するというのは現金保有とイコールだから、こいつは明らかに得るべき収益を逃しているのだ。

日銀への預金をためらうのであれば円取引自体を縮小すべきであり、円のポジションを認めるのであれば、少なくとも信用リスクを理由として日銀への与信枠をポジション全体よりも小さくするのはナンセンス。

デフレ経済下の金利体系のあり方について問題提起できたのではなどと語るこの外銀の担当者、そして銀行間取引で今以上にマイナス金利が増えてくるだろうなどと予測する加藤は、お願いだから「機会費用」という言葉を勉強してから経済問題を語るようにしてほしい。

デフレ脱出には金融政策だけでは不十分で更なる財政出動が不可欠

亀井静香に代表される、俗に「抵抗勢力」と称される政治家に多い意見だが、これはいただけない。

「ドーマーの定理」(webmaster注:リンク先はpdfファイルです)というものがある。 これは、名目GDP成長率<国債金利となる場合には財政赤字は発散するというもの。 簡単に理由を説明すれば、政府収入の大半を占める税収の増減率は名目GDP成長率に比例し、他方財政赤字残高は(新規に財政支出増加がなかったとしても)金利分だけ増えていくので、後者が大きければ長期的には財政赤字残高は無限に拡大するからだ。

デフレの現在、名目GDP成長率は低迷しており、国債金利(なんで市中金利の時系列データがネット上で入手できないんだぁ・・・)を継続的に下回っている。 つまり、今の日本財政は、本来再建を進めなければならない状態にあるのだ。 拡大する余裕などあるはずがない。

さはさりながら、デフレ脱出が最大の政策課題である以上、最大限譲歩して横ばいの財政支出を続けるべきというのがwebmasterの主張である(地方交付税制度で国と地方の財政が事実上一体化していることを踏まえれば、地方財政支出の落ち込みをカバーするだけの中央政府財政支出の拡大は許容)。

ちなみに、大恐慌からの脱出に当たっては、財政支出の拡大は有効ではなかった(webmaster注:リンク先はpdfファイルです)というのが歴史的事実である。

買い切りオペの対象は長期国債ではなくETFなどが適当

リフレ派でも深尾光洋などが主張しているもの。 その理由は、長期国債を日銀が購入した場合、リフレ策が効果を発揮し金利が上昇する際には日銀に多額の損が発生するというものである。

元来日銀がどれほど損失をこうむったとしてもいわゆる倒産はあり得ない(デフォルト=支払い不能が倒産の定義としてはもっとも普遍的だが、日銀は通貨を発行できるので、仮に多額の損失により債務超過となったとしても、「輪転機を回す」ことにより債務の支払いは常に可能)ため、日銀の損失をあまり過大視するのはどうかとも思うが、それでは水掛け論になるので、別解を示そう(それ以外にも、前回示したように、ETFやREITの市場規模を考えれば、深尾説の「日銀が毎月5兆円規模の株価指数連動型上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)の買いオペを行う(3月14日・日経新聞(朝刊)「経済教室」)」というのは非現実的という反論もある(日銀が買い出せば民間がどんどん組成するとの説もあるが、毎月5兆円の投信ファンドを組成するためには5兆円の資金調達が必要))。

金利が上昇すれば国債価格が下落するのはなぜか。 例えば10年債のクーポンが1%だったとして、市中金利が5%となれば、市場で運用すれば5%のリターンが得られるのにこの債券を保有しても1%のリターンしか得られないから、額面が100円であれば、概算でだいたい60円が適正価格となる(60円で買って10年後に100円もらえるのであれば、差額40円÷10年で1年4%の利子に相当し、クーポンとあわせて5%の金利(正確にはイールドカーブ・スポットレートを求めた上で複利計算をする必要がある))。

さて、会計学者には異論があるかもしれないが、バランスシートの資産とは将来のキャッシュインフローの現在価値で、負債はキャッシュアウトフローの現在価値と観念するのが合理的だ。 したがって、上記の例で日銀の資産として保有される債券の適正価格=現在価値を求めた場合、その債券を売るか売らないかにかかわらず、損失を立てて減価すべきだということになる(これがいわゆる時価会計)。

では、負債は? 会計基準としてはまだ負債の時価評価は導入されておらず、会計学者にも異論が多い(資産だけ時価評価というアンバランスのほうがよっぽどおかしいはずなのに・・・)のだが、あえて試算してみると次のようになる。

上記「経済教室」では、深尾の試算として、日銀が今後150兆円の国債を買い増し、その後金利が5%まで上昇した際には60兆円の損が生じるとある。 ここから逆算すると、日銀保有長期国債の平均残存期間はだいたい8〜9年となる(長すぎじゃないですか、深尾先生)。

他方、負債として日銀券(いわゆるお札)を考えると、だいたい3〜4年で寿命を迎えるとのことなので、計算の便宜上3年満期とし、現存する日銀券の平均残存期間は1.5年とする。 1.5年に対応する金利(スポットレート)も、適当に置いて3%(上記「経済教室」での2%のインフレを前提としている)としてみよう。

深尾の試算では150兆円の国債購入に対当する負債は日銀当預としているが、これを全て日銀券でまかなったとすると、日銀券残高は買い入れ前残高70兆円+150兆円で合計220兆円で、その現在価値を求めると約210兆円となる。 つまり、金利上昇により負債10兆円の削減効果があり、保有国債が9年間かけて償還される間に、1.5年×6回のロールオーバーで60兆円が埋まることとなる。

このポジションはALM(Asset Liability Management)上問題があり、金利変動などを考えればそうはうまく行かないリスクがあるのは事実だが、少なくとも「60兆円もロスが出てとんでもない」というのは物事の一面しか捉えていない議論であるということは間違いない。 生保の負債を時価評価すれば債務超過となる会社があると主張する深尾である。 以上の議論を(もしどこかで目にする機会があれば)とくと噛み締めてもらいたい。

経済は生き物でありデフレ脱出期限を設定すべきではない

デフレ脱出に期限を設けるのは、あくまで金融緩和が継続するとの期待を世に信じさせるためのもの。 別に日銀総裁の首をとりたいと願っているわけではない。 今のように、いつかそのうちデフレ脱出(あえて物価上昇率のバイアスを言挙げするのはやめる)というのでは、本気で金融緩和に取り組むとの期待が醸成されない。

webmasterのリフレ策を実効性あるものとするためには、期限を設定する以外にも方法はあるのだ。 たとえば、インフレターゲットの下限に達するまでは、国債買い切りの額を毎月2,000億円ずつ増加させるというルールでもかまわない。 しかし、それでは日銀の独立性も何もあったものではないだろう。 定められたルールに基づき裁量の余地なく単に執行するだけの機関となってしまう。 日銀の独立性を尊重するからこそ、期限と目標だけを定め、実際にどのような手段で実行するかは基本的に日銀にゆだねるべきと考えているのだ(銀行保有株買取りのような前科があるから、買いオペ対象は長期国債に限るべきとは言わせてもらうが)。

というわけで、期限がいらないという人間は日銀の独立性をどうでもいいと考えている人間だということを、日銀は理解すべきだ(それなのに、親の心子知らずというか・・・)。

以上では、もっともたちの悪い2つの批判には触れていない。 「デフレは悪くない」と「不良債権処理(構造改革と呼んでもいいが)なくしてデフレ脱出なし」だ。 次回以降、2回に分けてそれぞれを論ずることにしよう。(次回に続く)

(2003-03-16記)

捌、相転移境界ゼロインフレ

デフレになってもいいじゃないかとの議論としては、前回紹介した高橋洋一のインフレターゲット政策批判への反論に対する池田信夫コメントが典型例であろう。 高橋自身はそれに対して大人のコメントを返しているが、デフレを止めることがなぜ必要か、まずは池田への再反論から入ることとする。

池田はインフレになったら何が解決するのでしょうか。日本経済の本質的な問題は、高橋さんもご存じのように、腐敗した政治家と無能な官僚と経営者の作り出した非効率な政治経済システムであり、これを変える「制度変化」は、マクロ経済とは別の問題です。といっている。 これだけではなく、彼の個人サイトでも、野口旭の「経済学を知らないエコノミストたち」書評において、同様にインフレになったからといって本質的な問題はなにも解決されないとした上で、池田の理解する本質的な問題=生産性の向上について、著者は「インフレ目標では生産性は向上しない」と正直に認める。だとすれば、生産性を向上させるにはどうすればいいかを論じるのが当然だろうと主張する。

野口がいう「生産性」とは、TFP(Total Factor Productivity, 全要素生産性)、要すれば資本や労働に帰着できない経済成長要因のことであるはずだが(webmaster注:池田がページを示していないため、一通り目を通してみたが見つけられず未確認)、実際のところ、TFPよりも資本がより経済成長に大きな影響を与えており(webmaster注:リンク先では経済成長にはTFP上昇が必要との文脈で用いられているが)、近年の不況は何より資本効率性の落ち込みを受けてのことと考えられる。

つまり、資本効率性を向上させれば、それだけで現在の日本経済の問題は相当程度解決可能であり、野口が何はさておきデフレ解消が必要であると唱えるのは、デフレをマイルドインフレへと変えることができれば、それによる大幅な資本効率性の向上が見込まれるからだ(さらにいえば、労働効率性も大幅に改善されるだろう)。

なぜデフレをマイルドインフレに変えるだけでそのような効果が出てくるのか。 大きく分ければ2つの筋立てが考えられる。 1つ目は下方硬直性の克服だ。

下方硬直性とは、あるものが上昇したり下降したりする場合、(短期的には)上昇に比べ下降が困難であるということ。 よく言われるものが(名目)賃金の下方硬直性であり、たとえばGDPデフレータベースで見ればデフレが5年(橋本内閣時代の消費税増税等の影響を捨象すれば9年)続いているというのに、これだけ春闘のベアゼロがニュースとなるのを見ても実感できようし、労働分配率の上昇(webmaster注:近年の下落は就業者数の減少による総人件費の落ち込みの影響と推察される)でも確認できる。 また、この連載をお読みの方はもうご了解だろうが、金利もゼロ未満にはならないという下方硬直性を有している。

こうした下方硬直性の存在により、市場の資源配分は著しくゆがめられる。 賃金が下方硬直的であるため、デフレ期には企業がより物件費や研究開発費に資金を振り向けようとしても困難である。 金利が下方硬直性であるため、デフレ期には実質金利が高止まりし、過大貯蓄=(現時点での)過小消費をもたらす一方で(実質)金利負担がかさみ過小投資につながるので、本来あるべきところに金が流れず、現金のまま保有する経済主体が増えることとなる。 要すれば、本来あるべき資源配分が達成できずゆがみ、非効率な経済となってしまうのだ(これがインフレ期であれば、下方硬直性があったとしても伸び率の差で調整可能)。

2つ目はストック効果。 上記はフローの考え方だが、ストック価格が合理的に決定されるのであれば、将来のフローの現在価値であるため、フローの価格下落=デフレは、ストック価格にも影響を及ぼす。 その程度を考えると、デフレが継続する場合、各期のフロー減少が累積的に効いてくるため、ストック面での影響はより大きくなるといえる(だから、たとえば株価はバブルでの上昇分だけ下落するにとどまらない)。 ストック=バランスシートについては、その両側(資産と負債)それぞれが影響を受ける。

資産については、時価会計反対論者が言うように、売却などをしなければ価格下落が企業の財務に対して直接ダメージを与えるわけではない(機会費用は発生しているが)。 しかし、売却などをしなくとも、資産価値の下落は、多くの場合担保不足につながり負債による資金調達を困難にするという形で企業行動に制約を加えることとなる(「借金して経営すること自体が問題だ」と思う人はコーポレートファイナンスの本で「ミラー&モジリアーニの定理」を勉強して、借金の多寡は基本的に企業価値に中立であることを知るべし)。 この場合、上記の金利の下方硬直性を加味してもなお正の利潤を上げ得る投資機会が、資産価値の下落によって失われてしまうこととなる(という結果が連鎖的に発生するとのフィナンシャル・アクセルレータ説があるが、webmasterの理解を超えているので立ち入らない。 興味のある方は、「いちご」経済板における議論をフォローしてほしい(「"ザ・モデル"で経済を語るスレ」「"ザ・モデル"で経済を語るスレ Part2」を、ヒクソン・グレイシーの発言を中心に一読のこと。 また、「デフレ不況の実証分析」においても紹介・検証(結論はネガティブだが)されている))。

かたや負債サイド。 デフレにより売り上げなどの収入が(名目で)減少する一方で、借金を抱えている経済主体の元本返済・利払い負担は名目値で固定され(変動金利であっても金利はゼロ以上)、実質債務負担が増加し、最終的にさらなる消費や投資の萎縮がスパイラル的に発生するとのデット・デフレーション効果は、世界恐慌の時点でアーヴィング・フィッシャーによりすでに提唱されている。

以上から明らかなように、デフレはそれ自体が市場の資源配分機能を阻害し、資本効率性・労働効率性を悪化させるため、議論の余地なく克服されるべきものなのだ。 物価上昇率ゼロをはさんだインフレの世界とデフレの世界はまったく異なっており、「ちょっとぐらいデフレでもいいではないか」という認識は持つべきではない。 むろん、TFPが大幅に向上した結果、デフレであっても名目成長率がプラスとなり、上記の問題点が表面化しないというシナリオがないわけではないが、どうすればいいというのだ? リフレ策とは比較にならないほど手段も不明確で、結果も保証されていない政策しかないではないか。

それに、そもそもマイルドインフレ下の方がTFPが向上しやすいとも考えられる。 次回は、そこをさらに突っ込んでみたい。(次回に続く)

(2003-03-23記)

玖、ウェルマックスの悪魔

「構造改革なくして景気回復なし」 さて、本当だろうか。 このフレーズの提唱者である小泉首相の言葉からは、実際どういうロジックでそうなるのか不明なので、「経済(財政)白書」の理屈を見ることとする。

平成13年度版の経済財政白書では、(1)不良債権問題の解決、公共事業の効率性確保など、90年代に低下した非製造業の生産性の伸びを回復するための政策、(2)女性や高齢者の社会参加が進むような改革の進展と新規雇用の創出、(3)企業の過剰債務問題の解決によって産業が再生し、十分な資本ストックの伸びが確保されること(webmaster注:原文では、(1), (2), (3)はそれぞれ丸数字)により経済成長が達成できるとする。 ここで、リフレ策と「構造改革」政策の対立軸となり得るのは、(1)と(3)であり((2)はデフレ・インフレには中立だから)、実はこの2つは同じコインの表裏に過ぎないため、結局のところ問題は1つに収斂する。

すなわち、日本の金融機関は不良債権を大胆に減少=借り手は借金を大幅に切り詰めるべきかどうか、である。

「不良債権(問題)」はこの10年間で人口に膾炙する用語となったが、その指すところは論者によりさまざまであるため、ここで論じる不良債権を簡単に定義しておく。 借り手が返したくても返せない借金、ということ。

金融機関から見れば、たとえば1億円貸したのに、貸した先の財務状態が悪いため5,000万円しか返せないとすれば、差額の5,000万円は返ってこないため損失とせざるを得ない(貸倒損失)。 上記の(3)はこれの裏返しで、つまり返せない5,000万円の借金せいで足首まで回らなくなり事業が滞っているということだ(毎期の収益は利払いで消えるし、何か新しいことをしようとしても担保は既存の借金分にも足らないので、新規の借り入れなどできようもない)。

構造改革とは、この問題をどのように解決しようとしているのか。 (1)については、不良債権は利払いもままならない債権なので、金融機関から見れば無駄な投資そのもの。 これをなくすことができれば、金融機関の資産の効率性は高まるというロジックだ。 たとえば、資産規模が1兆円、不良債権比率が10%、毎年度の金利収入が200億円の銀行があるとする。 現在の資産の運用利回りは200億÷1兆円で2%。 不良債権をなくすことができれば、運用利回りは200億円÷9,000億円(不良債権からは金利収入がないと仮定)で2.2%となり、資産運用の効率が1.1倍向上する(さらに資産の縮小に伴い人員・施設などをカットしてコストを切り詰めることができれば、効率性はさらに高まるといえる)。

他方、(3)については、借金を減らすことにより、上記のような「足首まで回らない」状況から脱出することで、借り手の経済活動を活性化させることとなる。

では、これらは具体的にどのようなプロセスで実現されることとなるのか。 金融機関による不良債権処理というのは2種類あり、俗に直接償却と間接償却と言われる。 直接償却とは、金融機関のバランスシートから貸出しそのものを消去する(上記の例で言えば、1億円貸しているという表示をやめ、5,000万円貸しているという表示に変える)ことであり、実際には、帳簿からの消去にふさわしい実際の契約関係の変動(債権放棄や債権の流動化、破綻処理による債権カットなど)を伴うことが多い。 間接償却とは、貸出し自体はそのままの表示としつつ、将来発生する可能性のある損失分だけお金を取り分けておき(「引き当て」という)、貸出しが当初のままの価値ではなくなっていることを示すというもの。 会計基準上はどちらも適正な処理だが、(3)のためには実際に借金自体が減らなければ意味がないので、結果的に直接償却を行うこととなる。

ならば、借金自体を減らすためにどうするか。 とにかく「誰か」が借り手は返さなくてよいということにするしかない(裁判所が返さなくてよいと認定するのが法的処理(破産、民事再生、会社更生手続など)で、返してもらう側(=金融機関)が自ら返さなくていいですと認めるのが私的処理だが、どちらも借り手の返済義務を免除するという点では同じ)。

とりあえず、ここでは「誰か」を、よい(ウェル)ことを最大(マックス)にする存在として、「ウェルマックスの悪魔」と呼ぶことにしよう。 「ウェルマックスの悪魔」はどんなことができなければならないか。

それは、神のごとき将来予測である。 「ウェルマックスの悪魔」は借り手企業の将来を完全に予測できなければならない。 単に借金が多いことだけが問題で、事業自体に問題がない企業は借金を減らすだけで存続させた方が社会のためだし、逆に借金が減ったところでどうにもならない企業は借金のカットと同時に断固としてつぶさなければなるまい。 ここの判断を誤ると、存続させるべき企業をつぶしたり、つぶすべき企業を存続させたりすることになるため、構造改革=不良債権処理が効率性の向上につながらない。 では、この世の神ならぬ人の誰が「ウェルマックスの悪魔」に適任なのだろうか。

金融機関? そんな予測能力があれば、そもそもこれほど不良債権を抱え込むはずがない。

外資? ITバブルに踊ったあげくエンロンやワールドコムに引っかかっており、相対的に日本の金融機関よりはましなのかもしれないが、神には遠く及ぶまい。

官僚? 自分で言うのもなんだが、そんな能力があるならとっとと転職して今の何倍も給料をもらっていることだろう。

裁判官? しょせんは試験に受かってエリートコースに乗っている人々であり、官僚とどれだけ違うというのか。

「ウェルマックスの悪魔」とは、実は「マックスウェルの悪魔」だったのだ!

この点で、そんな非現実的存在を必要としないリフレ策(これまでに論じたとおり、マイルドインフレとなれば実質債務負担が軽減されるという点では同様の狙いではあるが、デフレだけが原因で業績が振るわない企業はマイルドインフレになれば勝手に回復する一方で、それ以外に問題を抱えていればデフレが止まったところで倒産は不可避だ)の方がよほどまし。

まあ、そらみつ大和の国は言霊の幸わう、八百万の神々が知ろしめす国なので、0.125ppmの確率が的中して「ウェルマックスの悪魔」がいたとしよう。 しかし、縮小均衡を目指すものである以上、賃金・金利などの下方硬直性による調整速度のずれは回避できず、破綻処理や債権放棄の段階では最適な資源配分が達成できたとしても、その波及過程ではやはり非効率性から逃れることはできないし、そうした調整が終了してようやくデフレから脱出することとなる。

まして、不完全な「ウェルマックスの悪魔」が取り仕切ったとしたら。 伍、ザモデルの衝撃(後編)の最後に列挙したような副作用は不可避だろう。 やはり、神業が必要なことがらについては、「見えざる手」に頼るに如くはないのだ。

だいたい、かのクルーグマンもいっているではないか。 (生産性が)なぜ停滞したの? どうすれば回復するの? 答えはどっちも同じで、「わっかりませーん」なのだ(P.クルーグマン著、山形浩生訳「クルーグマン教授の経済入門」p34)と。

であるとすれば、生産性を向上させるためには、せめてマイルドインフレを保ち、市場での資源配分が阻害されないようにするぐらいしか、人にはできることはないのだから。(次回に続く)

(2003-03-30記)

拾、結

当連載も今回で終わり。 スタートしてから日銀総裁が替わり、年度も新しくなったが、いっこうにリフレ策が始まる気配もない。 連載の最後は、いかにも官僚らしく、リフレ策の実現に向けた、まったく経済理論とは離れた話で締めくくることとしたい。

具体的措置

ここまでインフレターゲットに対して否定的な態度を継続してきた以上、日銀がインフレターゲットを採用する可能性は極めて低いと考えざるを得ない。 ゆえに、多少政策効果が劣るものであっても、同様の働きが期待できる何らかの手段が必要だろう。

考えられるのは、マネーサプライターゲット(昔なつかしの「k%ルール」(webmaster注:リンク先のページでは、日本ではマネーサプライが増えてもうんぬんと書いてあるが、ベースマネーの間違いでしょうに)を拝借。 今は非定常状態だから、定常状態におけるあるべきk%に若干のプラスをした伸び率を目指すべしとしても、フリードマン大先生に許容してもらえるだろう(希望的過ぎるだろうか))。 マネーサプライの(前年同期比)伸び率を公約して、公約が達成されるまでの間は国債買い切りオペの額を増やし続けることとする。 マネーサプライはアンコントローラブルというのがかねてからの日銀の主張ではあるが、インフレターゲットを免れるためなら前言を翻すこともあり得るのがまた日銀(株式買取のように)。 金融緩和&レジーム転換の必要性を日銀が自覚した場合、こっちの方が(覚えている人が少ない分恥をかかずにすむから)ハードルが低いだろう。

これでもまだメンツが失われるというのであれば、ベースマネーターゲットでも許容せざるを得まい。 ただし、いまのように当預の残高ではなく、あくまで伸び率にコミットさせることが重要。 このままずるずる行くぐらいなら、次善・三善の策としてこれらを日銀に採用させるべきだ。 ただし、あくまでも「インフレターゲットなんて無茶を言ってすみませんでした」という態度で提案することが肝心。 「こっちならお前の面子も立つだろう」では、やっぱり受け入れられないだろうから。

学界

理系であっても、創造説に苦慮する人「相対性理論は間違っている」という主張に辟易する人がいるくらいだから、実験などによりそうしたトンデモを論破できない経済学に暴論が存在すること自体はいたしかたあるまい。

しかし、理系の世界ではその手の暴論を唱える学者が学界では完全に異端視されているのもまた事実。

自らを「まとも」としたい経済学者にあっては、積極的にトンデモな言説を吐き出す学者に関して、当の本人を説得するのは無理であろうから(野口悠紀雄は公衆の面前でコケにされてもめげなかったし)、学界の主流がその手の言説を妄言とみなすようになることが現実的な目的だろう。

「それでもデフレは続く」とほざくかもしれないが、放っておけばよい。 「それでも常温核融合存在しなかった」し、「それでも永久機関不可能」なのだ。

メディア

そもそも三大紙の二、朝日毎日が今もって日銀に同情的(毎日なんぞ、自分の主張が世間的多数派である限りいつまでたっても経営危機から逃れられないだろうに)であり、テレビにいたってはリフレ政策の主張などほとんど聞かないが、他方、単行本の世界では当サイトの書評で取り上げた若田部氏や原田氏の著作をはじめ、岩田規久男氏の一連の著作など、希望がもてる展開ではある。

また、雑誌でも、先日経済セミナーで原田氏、エコノミストダイヤモンドで竹森氏が、最近「よいデフレ」説の補強に使われだした19世紀デフレについての文章を発表するなど、なかなか捨てたものではない。

心ある編集者の方々の引き続きの奮闘を期待したい。

政界

今の野党は政策形成に関与するだけの力がないのでこの際無視するとして、与党内部の力学を考えれば、リフレ派は財政出動派と結託するよりほかない。

現在の財政事情を考えれば、ここで多少の財政出動に抵抗したところで焼け石に水。 むしろ、あたかもリフレ派が金融政策万能で財政出動にアレルギーを持った存在と捉えられ、単なるノイジーマイノリティとなってしまうことこそ避けなければならない。 デフレ脱却が最優先である点では目標を同じくするし(で述べたように、財政出動派としてもインフレ率がそれなりになくては困る(ドーマーの定理)わけで、このままでは歳入欠陥が広がって新規歳出の余地は絞られる一方だ)、日本の貯蓄投資差額を考えれば、一定規模の財政出動は恒常的に必要なはず。

反デフレ統一戦線を作るべきところ、逆に分断統治されてしまっては親デフレ派の思う壺ではないか。 まずは「抵抗勢力」有力者の雑巾がけに励んでいただきたい。

その他

webmasterもこのカテゴリーだが、できることからこつこついくしかあるまい。 一応当サイトもわずかながら固定客に恵まれているようだし、職場でも(所掌に関係なく)まずはデフレを止めなければという主張の賛同者を少しは増やしている(職場の周辺でも「経済論戦は甦る」の読者を見かけるようになったし)。

少しでも間違った見解をただせるようさらに知識を吸収しつつ、いつかレジーム転換が可能となると信じて努力を続けることを誓って、この連載の結びとしたい。

(2003-04-06記)

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