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余は如何にして利富禮主義者となりし乎

参考之參:関連書籍案内

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最初の一冊

書名 著者、訳者、編者等 出版年 出版社 概要 寸評 備考
まずデフレをとめよ 岩田規久男(編) 2003 日本経済新聞社 現状分析から理論展開、歴史の教訓に中央銀行の独立性と、デフレ・リフレを巡る論点をやさしい記述で網羅する一冊。 世のデフレに関する議論のほとんどがカバーされており、現在のデフレを考えるに当たっての最初の一冊として最適である。 著者陣はいずれもデフレに関して多くのテキストを書いている人ばかりであり、手慣れた筆致で平易に論じているものの、その内容は密度が極めて高く、繰り返し読むにも十分耐え得る。 当サイトに書評掲載済
経済学者たちの闘い 若田部昌澄 2003 東洋経済新報社 経済学の歴史を、その背景にある歴史上の事件とそれに立ち向かった経済学者たちのエピソードで点描する、経済学史の「プロジェクトX」。 歴史の教訓を今の課題に活かさんとする筆者の実践の書。 世のリフレ派は本書に描かれたケインズの境遇に自分を重ね合わせたに違いない(笑)。 「歴史は好きだけど経済は苦手」という人は、まず本書を手に取るべき。 達意な文章もまた本書の価値を高めている。 当サイトに書評掲載済
クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門 ポール・クルーグマン(著)、山形浩生(訳) 2003 春秋社 1998年、日本の経済論壇に対する黒船となったクルーグマンの"It's Baaack!"論文に、スヴェンソンの「馬鹿でもできるリフレ策」論文がつき、さらに訳者による解題がセットとなったマイルストーン。 「日本の不況を救うのは財政政策でもなければ構造改革でもない、意図的なインフレだ!」 ある意味、この論文が出た後のデフレを巡る議論は、クルーグマンの掌の中をぐるぐる回っているだけであるとも言える。 訳者による丁寧な解説も含め、リフレ派は無論のこと、リフレ批判をするにも必読の書である。 訳者によるサポートページあり

少し前進(1)−話題の広がりを求める人へ

書名 著者、訳者、編者等 出版年 出版社 概要 寸評 備考
日本再生に「痛み」はいらない 岩田規久男、八田達夫 2003 東洋経済新報社 前半のリフレ政策の議論に始まり後半の土地・税制についての真の構造改革の提案に至る、マクロ・ミクロの境界を軽やかに行き来する「本物の経済学」の見事な応用例。 「岩田先生、本当はどマクロな話題だけでは物足りてないんだろうなぁ」と思わせる、応用ミクロ経済学テイストあふれる一冊。 都市への更なる資源配分が地方を豊かにする、というwebmasterが唱えた民主党向け戦略の一つのあり方を大胆に示しており、真の構造改革は民主党にしかなしえないと考える人たち必携・必読の書である。 蛇足ながら、webmasterの「大坂はもうダメ」論に反発する人たちも、異論は本書を読んでからにすべし。 構造改革特区推進派=webmasterの論敵(役不足で失礼(笑))である八田ですらそう言っているわけで。  
奇妙な経済学を語る人びと 原田泰 2003 日本経済新聞社 中国問題、「よいデフレ」論、銀行貸し出しと景気の関係といったリフレ関連の話題から地方経済や少子高齢化問題などの構造問題まで、経済学による旬な話題のアレンジメント。 リフレ派が世の論調に異を唱えるのは、自らの主張と相容れないからではないことがよくわかる一冊。 各種メディアや各政党の公約、ネット上の議論の多くがいかにデタラメかが、本書を読み進めるうちに自然と腑に落ちるだろう。 経済学のセンスを身につけようとするなら、手に取ってみて損はない。 山形浩生の書評(朝日新聞)あり
経済学的に考える。 伊藤元重 2003 日本経済新聞社 デフレ問題から構造改革、グローバル経済からゲーム理論まで、経済学にまつわる気になる話をコンパクトにまとめている。 何より貴重なのは、本書がいわゆる「リフレ・マフィア」(岩田規久男、野口旭ら、世間からは何を言っても「ああ、また日銀批判ね」といった目で見られがちな面々(笑)©bewaad)ではない経済学者の著作であること。 世のリフレ・反リフレの論争に食傷気味の人にとっては、語り口が異なることもあり、新たな発見が得られるかもしれない。 最後まで読み通した後に、再度第一章(デフレ関連)を読み返すと吉。 全体をつらぬく思考の枠組みから、リフレ策が必然的に導かれることにきっと気がつくだろう。  

少し前進(2)−歴史に興味のある人へ

書名 著者、訳者、編者等 出版年 出版社 概要 寸評 備考
経済論戦は甦る 竹森俊平 2002 東洋経済新報社 デフレへの処方箋はリフレ政策が構造改革か−今をさかのぼること70余年前、太平洋の対岸アメリカで繰り広げられた議論を振り返り、今の日本に必要な政策を探る。 今となっては「リフレ・マフィア」の一人であると自他共に認める存在の筆者が、まだそれと知られてないときに出版し、池尾ら反リフレ派の面々にも歓迎された(右の書評参照)一冊。 世界恐慌を描くのに、ケインズではなくフィッシャーとシュンペーターを描くというマニア心をくすぐる人選が新鮮である。 不良債権問題のあたりでは若干構造改革派に近い記述も見られるが、「小泉再選の恩人、その人の名はグリーンスパン」(「諸君!」2003.11)や「世界デフレは3度来たる」(「月刊現代」2003.9-)でリフレ派としての立場をより先鋭にしている今の竹森であればどう描くか興味深い。 山形浩生の書評(朝日新聞)池尾和人の書評(朝日新聞)あり
平成大停滞と昭和恐慌 田中秀臣、安達誠司 2003 NHK出版 マクロ経済学とマクロ経済政策の架け橋となる「プラクティカル」な思考を、昭和恐慌と現代日本デフレとの対比の中に鮮やかに描き出す。 アメリカにおける大恐慌研究は盛んである一方で、日本における昭和恐慌研究はそれほどメジャーではないが、そうした分野に果敢に切り込んだ一冊。 歴史教科書がそう教えているように、恐慌からの脱出は軍拡などによる大規模な財政出動と思っている人の蒙を啓くこと請け合いである。 「まずデフレをとめよ」において先駆的な記載が見られ、また同時代を扱う若田部の研究もあることから察せられるように、「リフレ・マフィア」のコラボレーションの賜といえよう。 蛇足ながら、求めやすい値段もうれしい一冊である。  
大君の通貨 佐藤雅美 2003 文芸春秋 法外な「両安・ドル高」レートの設定とそれに対する政策対応が、如何にインフレをもたらしたかを活写する傑作歴史経済小説。 インフレ(やその反対現象であるデフレ)が構造問題などではなく、貨幣的問題そのものであることをこれ以上クリアに描いた小説は他にない。 木村剛や幸田真音の「経済小説」を読む時間と金があるなら、本書を読んだ方がよほど経済のなんたるかを知ることができよう。 筆者が歴史経済小説の筆を折って長い(本書の初出は1984年)が、その後を襲って荻原重秀や元文の貨幣改鋳をテーマとした小説の書き手が出てくることを祈って、あえて「インフレ」小説を取り上げた次第。 しかし、筆者の意から離れてリフレ派として読むことも可能で、スヴェンソン提案が本当に「馬鹿でもできる」ことをしみじみと実感できる。 左記のスヴェンソン提案とは、ラルス・E・O・スヴェンソンの「開放経済下における名目金利の非負制約:流動性の罠を脱出する確実な方法」(クルーグマン・山形の上記<ニッポン>本にも概要が掲載)

少し前進(3)−ディベートが大好きな人へ

書名 著者、訳者、編者等 出版年 出版社 概要 寸評 備考
エコノミスト・ミシュラン 田中秀臣(編)、野口旭(編)、若田部昌澄(編) 2003 太田出版 世にあふれる様々な理屈のない妄説・暴論を唱えるエコノミストを実名で撫で斬りにし、返す刀でリフレ派・反リフレ派の各種書籍を遠慮会釈なしに論じ尽くす。 見かけは軽薄なサブカル本、しかしてその実体はハードな論争の書である。 前半のエコノミストを血祭りに上げる座談会は痛快であり、おそらく経済学の素養がなくとも楽しめようが、経済学を学んで読めばさらに楽しさが数倍となること間違いなし。 後半の書評部分はどちらかというと反リフレ派にたいする酷評に充てられており、だからこそこのページがかろうじて存在意義を主張できるので幸い。 山形浩生の書評(朝日新聞)あり/svnseedsによる注釈索引あり/当サイトに書評掲載済
経済学を知らないエコノミストたち 野口旭 2002 日本評論社 学部で教わるレベルの経済学ですらわきまえずに勝手気ままな自論を撒き散らすエコノミストを徹底批判。 世の中で経済学を知らないのに経済を語ってメシを食っている人間が如何に多いか、そして彼らの主張が実際に政府の施策として実現されているケースすらまれではないことがわかる、ある意味でペシミスト養成本。 シニョレッジの使い道としては、スティグリッツの入門ミクロマクロ経済学3部作を大学で学部を問わず必修として無料頒布するのが最も費用対効果が大きいのではないかと思いたくもなる。 文部科学省の皆さん、一度考えてみては?  

少し前進(4)−関連するテーマを掘り下げたい人へ

書名 著者、訳者、編者等 出版年 出版社 概要 寸評 備考
[検証]BIS規制と日本 氷見野良三 2003 金融財政事情研究会 なぜ銀行に対して自己資本比率規制が行われるようになったのか、国際交渉とその背景となった日本・アメリカの事情について、当事者の証言などに基づき丹念にたどる。 熱が出るような体調であるのが問題なのに、体温計があるから熱が出るかのような逆立ちした議論が多い−現在の日本において金融セクターに様々な問題が生じているのは事実であるが、それは日本経済が全体として有するリスクの総量が大きすぎる(いうまでもなくその原因はデフレである)ことが原因であり、そのリスクを減少させない施策は対症療法に過ぎず本当の解決にはつながらないことについての本書の的確な指摘である。 日本の金融セクターに対してもの申したいのであれば、絶対にはずすことのできない良書。  
経済学思考の技術 飯田泰之 2003 ダイヤモンド社 形式論理学の基礎と初歩的な経済学からリフレ政策を導く、実学としての経済学のデモンストレーション。 机上の空論と見なされがちな経済学の実用面をアピールして世のビジネス本の世界へ切り込むという手法で、「エコノミスト・ミシュラン」とは異なるアプローチによりリフレ政策の普及を目指す着眼点が見事。 「バーナンキの背理法」というけど、そもそも背理法って何だっけ? といった見落としがちな基礎の復習や、論理的に破綻した議論の欠陥を見抜きを論破するためのコツの習得など、経済学の「手前」をカバーする貴重な存在である。  

少し前進(5)−デフレをもっと知りたい人へ

書名 著者、訳者、編者等 出版年 出版社 概要 寸評 備考
日本の「大停滞」が終わる日 原田泰 2003 日本評論社 バブル崩壊の影響から国際競争、乗数効果に実質賃金、銀行問題など、日本のデフレに関連する主要なテーマを実際のデータから徹底的に論じる。 世のリフレ派に対する批判の一つに、「教科書的な知識を振りかざして経済の実態を無視した空理空論を押しつける輩」というものがあり、それに対してはいろんな場において反論はなされているのだが、それらを一冊にまとめており非常に便利。 データ処理に当たっては、一部計量経済学の知識を必要とする分析が行われているが、本文はそれを知らなくても読めるという(縦書きだし)、「企画庁の文豪」(本書の裏扉より)ならではの練達さが窺える啓蒙書である。 当サイトに書評掲載済

少し前進(6)−金融政策決定過程を覗いてみたい人へ

書名 著者、訳者、編者等 出版年 出版社 概要 寸評 備考
縛られた金融政策 検証日本銀行 藤井良広 2004 日本経済新聞社 ゼロ金利解除に代表される90年代後半〜2000年代前半の日銀の失敗の経緯を、経済学に基づく解説を加えながら明らかにする。 中央銀行の独立性に対するこだわりや、誤った判断をしたわけではないという正当化が日銀を自縄自縛し、金融政策の選択肢が狭められ有効な施策が講じられなくなっていく様を描きつつ、その責任を厳しく追及しているが、おそらくその動機は、「そうして選択された政策(webmaster注:ゼロ金利解除)については、当然、日銀が責任を負うべきものである」(pp169-170で紹介される山口泰日銀副総裁(当時)の言葉)との啖呵をなかったことにする態度に由来するものであろう。 現在の経済情勢やそれに対する日銀の対応への評価はさておき、そこまで言った以上ゼロ金利解除の責任は日銀自身明らかにする必要があるし、それをあやふやにすることを許さない本書の姿勢はもっと広く共有されてしかるべきであろう。  
ドキュメントゼロ金利 日銀vs政府なぜ対立するのか 軽部謙介 2004 岩波書店 速水前日銀総裁が金融政策を主宰した5年間を、総裁のキャラクター及びその周辺の人間関係に力点を置きつつ詳細に描く。 上記「縛られた金融政策」とは異なり取材の成果を淡々と綴っていくスタイルであるが、そうした記述の中に、「中央銀行の独立性もいいが、こういうのを孤立というのです」(p133で紹介される今井敬経団連会長(当時)の言葉)と評された速水総裁(当時)率いる日銀の姿を鮮やかに浮かび上がらせている。 なお、バブル崩壊から本書がカバーする時期の間をつなぐ著作として、筆者が共著者である検証経済失政、及びその前後の期間を描く検証経済暗雲検証経済迷走の三部作があるが、これらもお薦め。  

専門書の世界(1)−リフレ派論文集

書名 著者、訳者、編者等 出版年 出版社 概要 寸評 備考
デフレ不況の実証分析 原田泰(編著)、岩田規久男(編著) 2002 東洋経済新報社 現在の日本の経済停滞は誤った金融政策によるデフレの長期化と関係が深い、との認識を共有する学者・エコノミストによる論文集。 各種実証分析の適否についてはwebmasterの能力を超えるためコメントのしようがないが、リフレ派の主張の実証的根拠を丹念に示しており、リフレ政策の是非についても、少なくとも学者の間では、こうした分析を土台にした議論が望まれる。 なお、一時期いちごで話題になったフィナンシャル・アクセラレーター仮説が本書第5章で取り扱われているが、これはwebmasterが知る限り、一般人が同仮説とは何かを手軽に調べる際に頼りとなる唯一の存在である。  
昭和恐慌の研究 岩田規久男(編著) 2004 東洋経済新報社 昭和恐慌に関する「当時の経済論戦の解明」と「恐慌および回復過程の計量的分析」(著者陣の一人である若田部自身による紹介)の2004年前半時点での集大成。 編著者の岩田や先にコメントを紹介した若田部他がそのメンバーである昭和恐慌研究会での研究成果をまとめたものであり、同研究会のメンバーである田中・安達による「平成大停滞と昭和恐慌」(上の「少し前進(2)−歴史に興味のある人へ」にて紹介)の(歴史分析部分の)上級編とも言うべき一冊。 特に経済論戦の解明部分は、歴史学・社会学といった周辺領域を巻き込んでの今後の発展を期待させてやまない、当時の言論界の息吹を感じさせる労作。 当サイトに書評掲載済

専門書の世界(2)−リフレ派・反リフレ派論文集

書名 著者、訳者、編者等 出版年 出版社 概要 寸評 備考
失われた10年の真因は何か 岩田規久男(編著)、宮川努(編著) 2003 東洋経済新報社 日本経済の「失われた10年」の原因は供給サイドにあるのか、需要サイドにあるのか−7本の論文及びそれぞれへのコメント・リジョインダーを通じて掘り下げる。 本書の特色は、単にリフレ派・反リフレ派の論文がともに掲載されていることではなく、それぞれにコメントが付され、そのコメントに対する執筆者のリジョインダーがさらに付け加えられている点。 その特色が最大限活用されているのが、第1論文である林論文「構造改革なくして成長なし」及びそれに対するコメント・リジョインダーであり、反論・再反論を通じて様々な論点が解きほぐされていく様はやはり本書の白眉であろう。 他方、そもそも論文に対して好意的なコメントのみが付されている第5〜第7論文がやや物足りないのは否めない。  
論争 日本の経済危機 浜田宏一(編)、堀内昭義(編)、内閣府経済社会総合研究所(編) 2004 日本経済新聞社 日本経済はなぜ長期停滞に陥ったのか−「真因」容疑者の構造問題、財政政策、金融政策、不良債権問題の4点それぞれにつき、論文・コメントの対決が繰り広げられている。 本書において採用されている一貫したスタイルは、それぞれのテーマについての対立する主論文のやりとりで1ラウンド、その筆者によるコメント・リジョインダーで2ラウンド、全体を総括する浜田・堀内のコメントで3ラウンド、それに対する各筆者のリジョインダーで4ラウンド、という議論の積み重ねである。 それでもなお一部の議論にすれ違いが残るのはご愛敬だが、近年の日本経済に関する経済学的にあり得る議論をほぼ網羅する便利な存在。  
bewaad<webmaster@bewaad.com>

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