ナビゲーションをスキップ

about[1] history[2] writings[3] links[4] sitemap[5]

/テーマ別書庫/リフレ主義者(目次)[8]/リフレ主義者(参考2)

go back to top page[0]

余は如何にして利富禮主義者となりし乎

参考之貳:財政政策對金融政策

起、デフレ再論

このテキストは、8月31日の"history"で紹介した、日本経済復活の会で提案されているデフレ対策を論じようというものであるが、その補助線として、改めてデフレーションという経済現象がどういったものかをまず最初に整理しておこう。

インフレギャップとデフレギャップという言葉がある。 完全雇用状態で達成される総供給と実際の総需要の差をとり、需要が過多であればその超過分がインフレギャップ、逆に過少であるときの不足分がデフレギャップであるが、言葉の説明よりもグラフを見れば一目瞭然であろう。

デフレギャップがある状態でどのような変化が起こるかを考えてみると、端的に言えばモノ(サービスその他の金で買える対象を含む抽象的な概念と考えて欲しい)を作っても売れ残る状態であるため、安売りして在庫を処分しようとモノの価格が引き下げられることになるし、また、モノの生産量を減らそうと生産力を落とそうという行動につながる。 生産力を落とすとはどういうことかと言えば、生産設備を減らす=投資の減少であり、労働力を減らす=失業率の増加ということである。 投資が減るということは、お金を借りる人が少なくなるため金利の引下げにつながるし、失業率が増えるということは、仕事を欲しがる人が多くなるため賃金の引下げにつながることになる。 それぞれがどの程度の変化をもたらすかは個別具体の事情に応じて様々であるが、多かれ少なかれこれらが引き起こされる。

理屈はそうかもしれないけど、という向きもあるかもしれないので、実際にそうした事象が観察されることを示しておく。 上記の現象は、需要=国内総生産の成長率が低ければ失業率が高いとも言えるし、価格引下げ圧力がある=インフレ率が低ければ失業率が高いとも言える。 それぞれオークンの法則とフィリップスカーブと呼ばれているが、これが成立しているかどうか、日本の過去のデータを見てみることにする。 まずオークンの法則であるが、オークンの法則−クルーグマン論文からの引用を見ると、実質GDP成長率と失業率の変化率との間にきれいな線形関係があることが観察される。 また、大停滞を終わらせる(の図表10)を見ると、年代によって傾きの差はあるものの、インフレ率が高いときには失業率が低く、逆もまた真であるという逆相関関係が観察される。

しかし、デフレギャップがあるからといって必ずデフレになるというものでもない。 デフレとは継続的な物価の下落を指し、IMF(International Monetary Fund)などで用いられる一般的な定義によれば「継続的」とは少なくとも2年間となる。 つまり、2年以上物価の下落が続くことがデフレであるが、これまで需要が落ち込んだとき=不況は数あれど、デフレになったのは世界恐慌などまれな事例だ。 戦後日本経済で見れば、今の経済状態だけがデフレの定義に該当するが、今だけが不況ということではもちろんない。

では、どういう事態になればデフレとなるのか。 そもそも物価が下がるということは何かと考えてみれば、モノを買うために必要なお金が少なくてすむということであり、逆に言えば、お金を手に入れるためにはより多くのモノが必要だということ。 つまり、皆が欲しがるほどにはお金が足りず、少しでもいいからお金を欲しがる状態がデフレ。 デフレギャップがあるとはモノが余っている状態であることだと先に書いたが、その余り方が世の中のお金全体とのバランスから見ても大きいのでお金が足りなくなっている状態がデフレである、とりあえずそう結論づけておくことにしよう。

(2003-09-23記)

承、リフレ再論

デフレから脱するためにはどうすればよいか。 供給が需要に比べて多すぎるという状態が問題であるとすれば、手段は2つで、供給を減らすか需要を増やすかのいずれかだ。

極論を言えば供給を全くなくしてしまい失業率100%という状態にすれば、それでも人は食べていかなければならず貯金を取り崩すことなどにより一定の需要は確保されるので、供給を減らすことによってデフレギャップを解消し、需要超過=インフレギャップがある状態にすることは可能だ。 しかしどう考えてもこれは幸せな状態とは言えず、ここまで極論を言わないとしても、供給を減らして失業者を増やせば、失業者は失業前に比べれば所得が減るため消費を抑えざるを得ないので、その分需要が減ってデフレギャップの拡大につながることから、結局は更なる供給削減を必要とすることになってしまう。

従って、需要を増やすという政策がとられることになるのが普通だが、では、どうやって需要を増やすか。 需要と一言で表されるが、それを細分化すれば次のような式で表すことができる。

(総)需要=消費+投資+政府支出+純輸出

それぞれどのようにすれば増やすことができるかを見てみよう(所得が増える=より儲かれば需要が増えるのは当然だが、願ったとおりに稼げるのであれば何も問題が生じようもないので、所得を増やせばよいという解答は選択肢に入れないことにする)。

まず消費。 当然ながら所得が増えれば消費は増えることになるが、この途は先ほどふさいだので他に手段はないかと考えると、もう一つ、金利が下がれば消費が増えるという経路がある。 所得が一定であるとして、所得は最終的には使うか貯めるかしか途がないが、金利が下がると貯めておく実益が少なくなるので、その分使う方に回されるというロジックだ。

次に投資。 投資とは端的に言えば借金して行うのが普通なので、当然ながら金利が下がると増える。

次に政府支出。 これは政府(狭義の行政府ではなく、予算を議決する立法府を含めた概念)がその気になればいくらでも増やせる。

最後に純輸出(=輸出-輸入)。 為替レートを円安にすればドルなど他の通貨で見た日本のモノの値段が下がって輸出が増えるし、他方で外国のモノの値段は上がって輸入は減るので、円安となれば増える。

じゃあどれでもいいからやっちゃえ、という話には残念ながらならない。 まず円安誘導による純輸出増加であるが、日本ほどの国になると他国から猛反発を食らう(先日のドバイでのG7財務大臣・中央銀行総裁会合でもこの話題が取り上げられているように。 ちなみに近隣窮乏化政策という)ので難しい。 仮にある時点では許容されたとしても、いつ反発されるかわからないのでは政策としての安定性を欠き頼ることはできない。

次に金利を下げろと言っても、名目金利はゼロ以下にはならないので限度がある一方、デフレで物価が下がるため実質金利は高止まりするため不可能。 そのため、消費や投資を増やすことはできない。

しかし、実質金利を低くするためには、名目金利を下げる以外にも方法がある。 デフレをインフレにすればよい。 インフレになってもゼロ金利政策を続ければ、実質金利をマイナスにすることすら可能だ。

これに対しては反論もあるだろう。 デフレをインフレにするために需要を増やさねば、という議論をしているときに、インフレになれば需要が増えるといっても答えにならないだろうと。

だが、前回の議論をもう一度見て欲しい。 需要不足=デフレではなく、お金の不足=デフレである。 需要不足が高じてお金が不足するという因果関係があるからこそ需要不足をデフレギャップと称するわけだが、ここから正しく導き出されるのはお金が余っていたら需要不足ではない(対偶)ということのみであり、お金が不足していれば需要不足である(逆)とか、需要不足でなければお金は余っている(裏)となることは必然ではない。 お金を何とかして増やすことができればデフレは解消できるし、デフレが解消した後においても名目金利を十分低くしておけば、それにより需要を増やすことができる(から先の対偶はやっぱり正しく、需要不足がお金の不足をもたらすという当初の命題の正しさもまた裏付けられる)。

ではどうやってお金を増やすかであるが、これを考えるためには「お金」とは何かを見ておく必要がある。 現金は間違いなくここで言う「お金」だが、それに限る必要はない。 公共料金の支払いを口座振り込みで済ます経験は多くの人が持っているだろうが、この取引には一切現金は関与していない(厳密には銀行間決済における日銀当預の存在があるが)。 しかし現金と変わらない機能を預金口座が果たせる以上、預金も「お金」として取り扱って問題ない。

こうした考えに基づきいろいろな金融商品を「お金」として取り扱うことが可能であるが、通常はM2+CDという範囲が「お金」として取り扱われる。 この「お金」の量が決まる過程を信用創造といい、現金が何倍の「お金」に増えるかを表す数を貨幣乗数(又は通貨乗数)というわけだが、簡単に言えば銀行が貸出を増やせば増やすほど信用が創造され「お金」が増え、このときの貨幣乗数は大きくなるということになる。

従って、「お金」を増やすためには、次の2つ(技術面でさらに細分化すれば3つ)の方法があると整理可能だ。

順にフィージビリティを見ていこう。 まず不良債権問題の解決によるお金の増加。 世の中にいっぱい借りたい人がいるにもかかわらず、銀行が貸し渋り・貸し剥がしをするから貸出が増えないという前提が満たされる必要があるが、本当にそうした事実はあるのか。 資金循環勘定(フロー)を見てみると、民間非金融法人部門は1998年度以降は資金余剰主体、つまり手元のお金が余っている状態であり、到底借りたくて仕方がないという様子には見えない。 だいたいそのような状況であれば金利が上昇するはずなのに、貸出約定平均金利は一貫して低下傾向にあることからも、そうした前提は満たされていないということがわかるし、そもそも実証研究では金融機関の健全性と民間投資の間には相関関係は認められていない。 従って、銀行の財務状況が改善されたとしても、貸出が増える可能性は極めて低いと言える。

次に収益性の向上によるお金の増加。 民間企業は儲けたくて仕方がなく、日々より儲かる方法を考えているのだから、政府がそれを主導する、具体的にはどうやったら儲かるかを教えたり、ましてや政府自身がより儲かるビジネスをする、なんてことができると考えること自体ナンセンス。 とすれば考えられるのは、一つは政府自身が民間企業が儲けることを阻害しているのであればそれをやめることで、要すれば規制緩和。 もう一つは儲かっていない部分を切り捨てることによって平均値を上げることで、要すればゾンビ企業の処理。

前者については、確かに規制緩和がTFP(Total Factor Productivity、全要素生産性)の上昇をもたらすのであれば投資や生産の増加につながるとの分析があるが、では規制緩和によりTFPは向上するのか。 日本経済全体におけるTFPを見ると、90年代後半という経済停滞期であってもアメリカのそれに勝るとも劣らないものであり、個別の分野であればともかく、マクロ的にTFPがこれ以上向上する余地がそれほど残されているとは想定しがたい。

後者については、企業セクターの収益率に限ってみれば上昇するかもしれないが、パイの大きさが縮小するため、収益規模がどちらに振れるかは不明だ(2:6:2の法則が正しければ、一旦は上がった収益率も結局は元に戻ってしまい、縮んだパイだけが残されることになるが)。 さらに、収益性の低い企業が市場から退出する場合には失業者や遊休資産が生ずることとなるが、これらの収益性はゼロであり、企業セクター外の収益率はその分下がることになる。 また、経験則で考えても、倒産が増えれば増えるほど投資環境がよくなり投資が増加するという因果関係があるのであれば、投資増加が景気回復をもたらすというロジックになるはずだが、景気回復初期に増加する投資はあくまで在庫投資であり、設備投資は景気が回復して始めて増加する(在庫投資は先行指数であるが設備投資は遅効指数)という実態があり、理屈はともかく現実にこのパスを通ってお金が増える可能性は極めて低いと断ぜざるを得ない。

残るは現金の増加であるが、これは絶対にお金を増やすことができる。 貨幣乗数は大幅に低下しており、現金を増やしてもお金の増加にはつながらないという指摘もあろうが、貨幣乗数は定義からして1未満にはなり得ない。 もし現金を増やしてもお金が増えないという状態が続けばそのうち貨幣乗数は1となり(預金がゼロという事態は想定しがたいが、極論を言えばである)、その後は現金増加率=お金の増加率となり、いくらでもお金の量を増やすことができることになる。 実際には、そんな勢いで現金を増やせば、必ずお金が増えるという結果を先取りして企業などの行動パターンが変化し、貨幣乗数は増加に転じると考えられ、より早期に問題は解決することとなろう。

これがリフレ策の本質であり、インフレターゲットをどうするか、現金を増やす手段は国債の買い切りオペがいいのか、等の問題は技術論であり、また如何に副作用を減らすかという別の議論である。 よってリフレ策こそがデフレ脱却のための正しい政策であると考えられるのだ。

ん、何か忘れてませんかって? そう、政府支出の増加、すなわち財政政策にまだ触れていない。 本稿のテーマである日本経済復活の会が主張する政策こそが政府支出の増加であり、ずいぶんと前置きが長くなってしまったが、次回以降、これをテーマに議論を進めることとする。

(2003-09-30記)

転、日本経済復活の会

というわけで、日本経済復活の会である。 その主張するところは、積極的に政府支出を拡大することによる経済の回復だ。 具体的には、毎年50兆円以上の規模で公共投資や減税を積み増せば、GDPは上昇する一方で失業率は低下し、対GDPの政府債務比率は減少するというもので、日経NEEDSを用いたシミュレーションにより明らかだ、との主張だ。

国債をどんどん発行して政府支出を増やした場合、GDPが上昇したり失業率が低下するのはに書いたことからも明らかだが、それで債務負担まで減るというのではあまりにも話がうますぎるのではないか、との疑念が生じて当然。 上記のシミュレーションでもその当たりのロジックは明らかにされていないので、なおさらそうした思いは強まろう。 しかし、実はこれはそれほど怪しい話ではないのだ。

まず、(名目)GDPが増えることにより税収がどうなるかを考えてみる。 平成14年度決算における租税・印紙収入の内訳を見ると、税額のトップ3は所得税、消費税と法人税であり合計約34兆円、全体の80%弱を占めている。

所得税に関しては、失業率が下がれば課税最低限度(現時点ではモデルケースで400万円弱)以下の所得世帯が減るであろうから税金を払う人が増えるし、税金を払っている人にとっても、累進課税となっているため所得の増加率以上に税額負担が増えることから、所得が(名目)GDPに比例するとして、その伸び以上に税収は増えることとなる。

消費税に関しては、所得が増えた場合、(短期)限界消費性向が1でない限り所得ほどには消費は増えない一方で、消費額に比例して税収が決まることから、所得の伸びほどには税収は増えないということになる。

法人税に関しては、所得税のような累進制はないが、赤字法人は全く税金を払う必要がないので、GDPの上昇に伴い赤字法人が黒字化すれば、GDPの伸び以上に税収は増えることとなる。

とすると、2勝1敗で税収の伸びの方が高いと考えられるが、実際の日本の計数で見ても、名目GDP成長率に対する税収弾性値は1.1ということなので、国債を発行して政府支出を増やした場合、その瞬間には政府債務の対GDP比率は悪化することとなるが、比率が改善するスピードは速くなることになる。

さらに、政府支出が増えたとして、GDPの増加はその額のみにとどまるものではない。 お金を受け取れば、限界消費性向が0でない限りそのうちのいくらかは消費に回され、それは他人の所得となるのでまたそのうちのいくらかが消費に回され、といういわゆる乗数効果がある。 最近の実証研究を見ても公共事業の乗数は1を超えており、政府支出額以上にGDPは増えることは間違いなかろう。

さらに、例えば交通インフラの整備により経済活動が活発になるといった民間消費・投資の誘発効果(ただし、リンク先で言う「誘発」のうち、どこまでが上記の乗数効果の他に生じているのかwebmasterには不明なので、その当たり諸賢の助言がいただければ幸いである)があることも実証されている。 とあれこれ足しあわせれば、借金を増やせば増やすほど返済が楽になる、なんていううまい話も十分説明可能だ。

しかし、世の中それほど甘くはない。 だいたい、不況になれば借金して公共事業をすれば万事解決ということであれば、世に経済論争がこれほど広く行われるはずもなく、当然ながら財政政策には副作用が伴うため、その功罪を見極めて判断する必要がある。 次回はそこに焦点を当て、なぜwebmasterが財政政策ではなくリフレ政策を推しているのかを明らかにしたい。

(2003-10-15記)

結、財政政策對金融政策

財政政策の欠点とは何か。 もちろん、公共事業の中には無駄遣いされている部分があるとか、そういった類の批判はあるだろうが、それは財政政策にはいいものと悪いものがあるということにしかならないし、また、無駄遣いであってもGDPを直接増加させる効果には変わりはなく、その波及の度合いが劣るとか、そういったレベルに過ぎない(公正かどうかといった倫理的な批判はとりあえず脇に置く。 ちなみに、いいものをやればよいといった単純な議論に与するものではない。 例えばコンピュータ関連のものが一般に評価は高いが、アメリカにおいて情報ハイウェイ政策の後押しで敷設された光ファイバは相当程度無駄なものとなっており、そうしたものならよいとは一概には言えず、いいものをやるってどうやるの、という問題が残る。 これについてのもう少し一般化した考察については、山形浩生による小野善康説の論評を参照のこと)。

政府が支出をするためにはそのための金を調達する必要があるが、シミュレーションは国債発行により資金調達を行う前提なので、ここではそれに話を限定する。 この場合、民間投資や対外投資などに振り向けられていた資金を国債で吸収することになり、端的に言えば金利が上がってしまう。 これが問題なのだ。

その結果どうなるかと言えば、1つはクラウディング・アウト。 金利が上昇するということは、その分で示した波及経路により民間消費・投資が抑制され、そうすれば当然ながらその分GDPが下がってしまう。

もう1つは円高シフト。 マンデル・フレミング・モデルで示されることだが、金利上昇は外貨との関係で円の需要を相対的に押し上げ円高となるため、純輸出が減少となってしまう。

これに対しては、シミュレーションでは金利上昇シナリオであっても大差ないではないかとの反論もあろうが、理論的にはマンデル・フレミング・モデルでは前提が満たされれば上記2つの効果で財政政策によるGDP上昇は完全に相殺され、上昇した金利だけが残されると予測されるし、実証的にも金利の上昇によるGDP押し下げ効果は確認されている。 とすれば、そのロジックが明らかでない以上、シミュレーションで明らかにしているというのは説得的な反論たり得ない。

流動性の罠にはまっているから金利上昇はしないはずでは、って? 長期金利は0%となっておらず、中長期の国債との関係では流動性の罠は成立していないため、金利上昇は避けられまい。 金利が上がる一方でGDPがそれほど上がらないのであれば、国債は想定以上に増えるにもかかわらず税収は想定以下になってしまうわけで、ドーマーの定理に当てはめれば国債残高が発散してしまい、持続不可能という結論にならざるを得ない。

と、日本経済復活の会主宰者である小野盛司の著書「政府貨幣発行で日本経済は蘇る」を見ると、そのpp173, 174に「クラウディングアウトとマンデル=フレミング・モデルについて」という一節があるではないか。

.ラウディングアウト

(中略)

それに政府貨幣を発行するのであれば、クラウディングアウトの問題は皆無である。 IS曲線とLM曲線を同時に右にシフトさせたのと同じである。 金利は上がらず、GDPだけが増大する。

▲泪鵐妊襦瓮侫譽潺鵐亜Ε皀妊襦複唯謄皀妊襦

(中略)

しかも仮にMFモデルが現実に当てはまったとしても、筆者の案では政府貨幣を発行するので、金融政策も同時に行うことと同義であり、MFモデル下で有効とされる金融政策と同時に財政政策を行うのであればGDPは増大するのである。 いずれにしろ、政府貨幣を財源にした財政政策は有効である。

小野盛司「政府貨幣発行で日本経済は蘇る」pp173, 174

・・・なあんだ、シミュレーションは国債発行を前提としていても、結局はシニョリッジを財源として、つまりはお札を刷って支払うわけで、本質は広義のリフレ政策ということではないか。 であれば話は技術論であり、日本経済復活の会の案と狭義のリフレ政策(継続的な国債買入等による金融緩和とインフレターゲティングの組み合わせ)のいずれがよいかということになる。

日本経済復活の会の案が優れているのは雇用確保。 公共事業を行えば人が雇い入れられることとなり、失業率の悪化という最も深刻な事態に対して直接働きかけることが可能な施策だ。

逆に狭義のリフレ政策が優れているのは効果の安定性。 安定して持続的に民間の消費や投資が増加するためには、政府支出なり金融緩和なりによるマネーの供給が安定して持続的に増加すると民間が信頼しなければならないが、この点インフレターゲットの設定は現在だけでなく将来の金融政策に係るコミットメントであり、その効果は高い。 さらには、将来消費や投資が過熱し、抑制する必要が生じたとしても、同じ枠組みで金融が引き締められることとなり、安定した政策運営が可能だ。 他方で日本経済復活の会の案では、5年間は巨額の財政支出を続けるといっても、それが弱いコミットメントであれば将来の緊縮財政のリスクが織り込まれ投資・消費の活性化が抑えられ、逆に強いコミットメントであれば投資・消費が過熱した際に抑えるすべがなくなる。

以上のようなロジックに基づき、短期的な雇用回復手段としてそれなりの財政支出を行うことには賛成だが、政策の枠組みとしては(狭義の)リフレ政策によることが適当である、とwebmasterは考える次第である。

(2003-10-19記)

bewaad<webmaster@bewaad.com>

go back to top page[0]

/テーマ別書庫/リフレ主義者(目次)[8]/リフレ主義者(参考2)

about[1] history[2] writings[3] links[4] sitemap[5]