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/テーマ別書庫/膝蓋腱反射(目次)[8]/2003-Q1

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膝蓋腱反射

2003-Q1

2003-01-01「2ちゃんねる名誉毀損訴訟」

昨年12月25日、東京高裁で2ちゃんねるの書き込みによる名誉毀損について、管理人には削除責任があるとの判決が出た。 高裁判決自体はよくわからないけど、地裁判決を支持しているとのことなので、多分同じような判旨なのだろう。 最高裁へ上告するとのことだが、最高裁は事実認定はせず法解釈問題のみを取り扱うところだから、引っくり返すのは難しいに違いない。 だから、事実上、これで決まりということだ。

地裁判決を読む限り、そしてそれが最高裁で確定したと仮定すると、今後は、2ちゃんねる型の匿名掲示板の管理者は非常に重い責任を負うことにならざるを得ない(いや、何が名誉毀損に当たり何が当たらないかについて、裁判でも勝てる保証があるならいいんだけど)。 とにかく、裁判で名誉毀損に当たると判断される書き込みを削除依頼があっても放置した場合には、書き込んだ本人ではなく管理人に賠償責任が課せられてしまうのだから(2ちゃんねる管理人のひろゆきが言っているように、削除せよとの判決であれば管理人としても受け入れ可能だろうけど)。

裁判官は日本のインターネットカルチャーを相当程度変えてしまいかねないことをしたってことがわかっちゃいないなと思うが、一方で、ネットに普段接していない人間から見て2ちゃんねるが不気味なほどに得体の知れないものと受け止められているって事実は、案外2ちゃねらーにはわからないようだ(webmaster自身もそうだったけどね)。 その意味で、お互いにとって不幸な判決。

匿名掲示板はこれで決まりなんだろうけど、完全自己申告制で書き込んだのが誰かがわかるようになっている(逆にいえば、本当にそうかどうかは全くわからない)システムの掲示板(yahoo掲示板とかね)で同様のことが起こった場合に、「自己申告が本当だと思ってましたが、違うみたいですね、残念」といった言い訳が通じるかどうか一度試してもらいたいとは思う。 しかし、地裁判決を読む限りリスクの高い賭けになりそうだから、管理人は裁判沙汰になりそうだったら即刻削除しちゃうんだろうな、今後は。 というわけで、今後その手の掲示板を運営したければ、日本と国交のない(北朝鮮では無理だろうけど(笑)、台湾とか)ところでやるものが増えてくるんじゃないだろうか。 どうです、有名になるため台湾へ行って匿名掲示板を運営しよう! ってのは(笑)。

(2003-01-01記)

2003-01-05「今年の展望」

年末年始をはさんで、新聞各紙には2003年を展望する記事がいろいろと掲載されたが、一見(今後展開を予定する)当サイトの文章と一見似たような、でも実はかなり違う方向の記事があった。日本経済新聞「日本経済は戦後初の真性デフレか」である。 革マル派中核派(しかし、調べてみるとどっちもウェブサイト作ってるんですなぁ)の内ゲバのように、似たものの方が近親憎悪(笑)が湧くので、こいつをきっちり総括(笑)しておこう(というか、同じようなものと見られたくないし、ってまさに「内ゲバ」の論理だ)。

最初に褒めるべきところは褒めておくと、日本経済の現状認識は結構いい線いってる。 今年の見通しとして、欧米でもデフレ懸念があるとか、竹中大臣の不良債権促進策が景気に対してマイナス効果があるとか、消費が落ち込む恐れがあるとか、このあたりについてはwebmasterにも異論はない。 しかし、経済実態の現状認識はいい代わりに、歴史認識や将来展望、学会動向の把握が決定的に間違っている。

英米のケインジアンとマネタリストを主軸とする現代経済学は一般に歴史的認識や知見に欠くから、36年の「ビフォアー&アフター」の理解が欠落するらしいが、学会の論文を紐解くまでもなく(しかし、本文中でFRB(Federal Reserve Board)のバーナンキ理事の名を出しているくせに、彼が学会にいる間にどのような研究をしていたか知らないっていうのもねぇ・・・)、昨年話題となった「経済論戦は甦る」に目を通していればそんな軽はずみなことは書かずにすんだだろう。

1936年のケインズの「一般理論」以降、財政出動という社会主義的な「禁じ手」はもとより、管理通貨制度のもとに過剰貨幣供給は理論的に正当性を担保したから、36年以後にはデフレは存在不可能で、インフレのみが存在しているとのことだが、ケインズの「一般理論」以前にデフレに果敢に取り組んだスウェーデンの事例(およびその評価など)があるし、そもそも1870年代以降のデフレに対して通貨供給量の増加で対応すべきとの考え方は当時においても主張されていた(金本位制である限り通貨供給量は金の産出量によって制限されるので金本位制はやめるべき、など)のが歴史的事実。

このぐらい筆者(斎藤精一郎氏)の本職なんだから何で調べないの(歴史的事実の問題なんだからさ)、というぐらいだから、政策対応に関する記述もでたらめで、インフレターゲティング(本文中では「インフレ目標」)に対して根拠も示さずに否定論をぶったり(繰り返しで恐縮だが、バーナンキのペーパーの一つでも読んで論理的な反論してくれ(読んでもあれなら救いようがないけど))、産業再生機構についても財政投融資が活用されると言ってみたり(預金保険機構にも整理回収機構にも財政投融資は使われていない(財投はインフラ整備が主目的だからねぇ)んだからそんなことあり得ないだろうに(少しは日本政策投資銀行経由で財投マネーが入るかもしれないけど、メインは政府保証債(か借入)でしょう))、わかっている人間から見ると笑えることを書いてしまっているわけだ。

というわけだから、今後当サイトの記事を見て、「いつか日経で見た記事に似てるな」とか思っても、同一視しないように。そこんとこよろしく。

(2003-01-05記)

2003-01-11「北朝鮮の核兵器不拡散条約(NPT: Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)脱退」

中東と並んで世界の安保関係者が注目している朝鮮半島で、また新たな動きがあった。 北朝鮮がNPTを脱退した。

一見、今後に何の展望もない無謀な行動に見える。 クリントン政権ならいざしらず、ブッシュ政権が今後NPT体制への復帰の見返りに何らかの譲歩をするとは考えられないし、当然日本だって、これを受けて世論が硬化するのは間違いない。 現在北朝鮮に対して好意的であり、新政権が「太陽政策」の継続を主張している韓国にしても、アメリカと断交して北朝鮮と運命を共にするなどという判断をするはずもなく、ここまでアメリカに楯突く行為をした以上、韓国のサポートももはや期待できない。 ロシアや中国だって同じこと、アメリカと本気で対立する気などない(少なくとも北朝鮮問題では)。 北朝鮮は、これで全世界から孤立の道を選んだことになる。 もちろん、北朝鮮など、このままアメリカとの関係を悪化させ、最終的に戦争に至ればひとたまりもない。

とすれば、なぜ北朝鮮はNPTを脱退したのか。 金正日以下、北朝鮮指導部が全員主体思想に染まったあげく(いや、染まっているのは間違いないが)、客観情勢が判断できなくなっているとすれば話は早いが、そうではあるまい。 少なくとも、これまでの核兵器を巡る外交はそれなりの成果を上げており、これといった大きな失敗はない。 最近になって急にボケてきたとか、そういった可能性がないわけではないが、無視し得る確率だろう。

ここしばらくの北朝鮮の行動を、戦前の日本にたとえる(今回のNPT脱退は、さしずめ国際連盟脱退に擬せられるだろう)向きがあるが、案外真相はそこにあるのではないか。 すなわち、国内事情故にそうせざるを得なかったのではないか、ということである。 近衛文麿や東条英機、更に言えば昭和天皇は、欧米からはヒトラー同様の独裁者に見えていたのかもしれないが、実際は国内世論に振り回されるがままで開戦を止めることなど全く出来なかったように、金正日も、実は独裁者ではない、という可能性がある。 反体制分子を抹殺するとか、そういったことが可能という意味では独裁者だが、それも世論(なんてものはないだろうが、国民の多くが向いている方向)に従っていればこそであって、それを180度ひっくり返した上でなお政権が維持できるような存在ではないのかも、ということだ(そうであれば、実はフセインと一緒だ)。

対外強硬路線を振りかざしてきた結果として、求心力としての敵国アメリカに対する敵愾心をコントロールできない状態になっているとすれば、思いのほか北朝鮮の崩壊は近いのかもしれない。 アメリカとのチキンゲームに耐えられなくなり、融和路線に転じたところで国内から倒されるのか、最後まで強硬路線を貫いたあげく勝ち目のない戦争に突入していくのか。 出来得れば前者であって欲しいものだが、そうなったとしても、秩序ある政権交代が不可能なのは間違いなく、北朝鮮はカオスに包まれることになろう(226事件がクーデター側の勝利に終わった場合の日本を想像されたし)。

(2003-01-11記)

2003-01-18「大学院入試(大学入試センター試験を見て)」

今日明日は大学入試センター試験、ということで、高校生や浪人生の方々は頑張っていることだろう。 最近は「受験戦争」なんて言葉も聞かれず、むしろ「ゆとり教育」をめぐって論争が繰り広げられているわけだが、センター試験というのは、そのレベルといい、全国どこでも受験できるというインフラの整備具合といい、なかなか見所のある制度といえるのではないか。

翻ってみるに、大学院の入試はどうだろうか。 日本の場合、どうして大学を出るときの統一試験がないのだろう。 アメリカ留学をした人ならご存知の通り(アメリカじゃなくても使われていることがあるからその他の国での留学でもわかるかもしれないけど)、あちらでは、大学院に入ろうとすれば、GRE(学部によってはGMATLSAT)といった試験を受ける必要がある(日本でも、今度設立される法科大学院(いわゆる日本版ロースクール)の入学には統一試験が必要とされるらしいが、どうも一般知識・知能を試すものであって、各校ごとに2次試験を実施するらしいし)。 そういった、大学卒業者のための試験があると、日本の高等教育にあるとされる問題の解消に、案外役立つのではないだろうか。

まず、特定の大学(よくいわれるのはうちの業界も含め東京大学ってことでしょうが)がもてはやされているといわれることの問題がなくなるだろう。 つまり、仮に東京大学が理由なく優遇されているのであれば、統一試験の実施によりその手の不合理な優遇は遠からずなくなるだろう。 逆に、東京大学出身者は平均すれば他大学の人間より優秀であるが故に優遇されているのであれば、妙な嫉妬をされずにすむことになる。 だいだい今だって高校なら、一部の高校が大学進学で好成績(俗に言う「いい大学」にたくさん合格者を出しているという意味で)をあげているけど、それに対して妙なやっかみや、ずるしているのではといった疑いはもたれていないわけだし。

次に、大学院の間での競争が促進されるだろう。 大学院の入試は、大学の入試に比べればはるかに閉鎖的であり、大学院間での比較は難しい。 したがって、研究などで優れた業績をあげている大学院であっても、外部からはなかなかいい学生が集まりにくいことは否定しがたい(今の日本の大学院は内部進学者が妙に多いわけだし・・・)。 統一試験の導入により、予備校の関与も期待でき(学士がこれだけありふれてきているなか、中長期的には修士・博士のニーズが高まり、予備校も大学院入試で稼げるようになるはず)、各大学院が自分の大学の学部生を囲い込むようなことも少なくなっていくだろう。

さらにいえば、外国から日本の大学院に来ることがもっと容易になって(まあ、講義が日本語という難点はあるが)、その面からのレベルの向上も期待できるのではないか。

もちろん、大学院がより優れた研究・教育機関となるためには、そこにいる人間が向上していくことが不可欠だし、入試さえどうにかすればいいという問題ではないのは事実だ。 しかし、入試の段階で不合理な障壁があれば、それが理由で生かせない才能が出てきかねない。 長い目で見て研究・教育水準を引き上げることが必須であるとしても、短期的に変えることが可能であり、しかもたいしてコストがかかるわけでもない入試改革、試してみる価値はあると思うのだが。

(2003-01-18記)

2003-01-25「貴乃花引退」

横綱貴乃花が引退した。 引退自体は貴乃花自身の生き方の問題であり、他人がとやかく言う問題ではあるまい。 引退会見での貴乃花の表情を見れば、他人はとかく「ればたら」(けがが治るまで休んでいれば、とか)を言いたがるものだが、彼自身にとって納得のいく結論であるように見え、これも一つの結論としてよかったのだろう。

だが、貴乃花のいない角界の未来は、決して明るいものではない。 貴乃花引退関連報道のすべてが、ただでさえ凋落傾向にある相撲人気が、これによりさらに落ち込むことは避けられないことを示している。

相撲とは何かを語れば、語る人の数だけ説があり、格闘技とも伝統文化とも捉えられるのだが、一つだけ確かなことは、客から金をもらって成立している事業であるということだ。 逆に言えば、客から見向きされなくなり、金を稼げなくなれば、相撲は存続できない。 貴乃花のように、土俵人生の前半は理想の家庭の体現者として人気を集め、後半は家庭の不幸を一身に背負った悲劇の人として判官贔屓で人気を集める(むろん、彼の力士としての完成度が合ってのことだが)存在をあてにするのではなく、それこそ「構造改革」を図り、相撲自体の人気を再興しなければならないはずだ。

相撲が不人気な理由にも諸説あるが、最大公約数的なところでは、「大柄な力士の突き押しや寄り切りによる勝負が増えて、大味」「けがが多く、見たい力士がよく休場する」「外国人力士に比べると、日本人力士の活躍が見られない」といったところだろう。 そうなった理由として「稽古不足」「ハングリー精神の欠如」などが言われているが、本質的には、力士が進化したことが大きい。 相撲という競技、つまりは非常に狭い土俵で勝負が行われ、しかもそこから出たら負けで、さらにはブレイクがない(水入りは別だが)というルールの競技では、明らかにより大きく、突き押しや寄り切りで勝負する方が有利であり、力士の大型化・勝負手の収束は力士が正しくルールに適応している証拠だ(ボブ・サップアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラアーネスト・ホーストが土俵で戦う姿を想像してみて欲しい。ノゲイラやホーストにとって、土俵の上ではどう考えても勝機がないだろう)。 大型化した力士が正面からぶつかり合えば、当然、けがの危険性も高まる。

とすれば、「構造改革」の方向性は明らかで、簡単に言えば軽量力士に有利なようにルール改正すればよい。 といっても、例えば階級制や体重に応じた明示的ハンディキャップの導入では却って人気が下がってしまうであろう。 webmasterの考えでは、「土俵をもう少し広くする」「仕切り線をもう少し離す」「徳俵をもう少し高くする」(具体的にどの程度かはもっと相撲に詳しい人に任せるが)といったあたりが適当と思われる。 これなら、それほど違和感なく、多くの人が見ておもしろいと感じられる勝負内容に変わっていくのではないか。

もう一つ言えば、年間の場所数を減らす(昔のように年4場所とか)なり、年6場所は譲れないなら1場所当たりの取組数を減らす(1場所9番にするとか)ことも考えるべきではないか。 「サイゾー」2月号に、けがの増加はガチンコが増えたからだという記事が載っていた(奇しくも貴乃花引退の予想を的中させていた)が、今の年間取組数が真剣勝負には多すぎるという意見は妥当だろう。

webmasterの知人が、(違うスポーツの話だが)無理をした結果けがをするのは運命であって、無理を承知で挑む先にしか真の成功はないと言っていたことがある。 うなずけるところはあるのだが、無理をするなら再起不能となりかねない(どころか命取りになりかねない)けがをするような無理に挑むのではなく、対戦相手の研究や基礎的な身体能力の向上といった面で無理に挑むことが各力士のためであり、ひいては角界の繁栄につながるのではないか。

(2003-01-25記)

2003-02-01「長期国債の金利低下」

最近は一貫して長期国債(=10年国債)の金利が低下しており、金曜日(2003-01-31)にはついに0.75%に至った。 これはもちろん史上最低の金利である。 こうした現在の国債相場を評して「バブルだ」といった言い方がなされる(国債金利の低下=国債価格の上昇なので)が、なぜそうなのかについてはそれほど語られない。

金融商品の値段がどのように決まるかと言えば、理論的には、将来予想される収益の現在価値であるとされる。 現在価値を簡単に説明すれば、ある額の将来のお金は今のお金に直すといくらかを計算したものだ。

1万円が確実に1年後には1万100円になるのであれば、その資産(例えば国債)の1年後の1万円の現在価値は、10,000:10,100=x:10,000をxについて解いた値、つまり約9,900円になる。 「確実」というのは、現段階で決まっているという意味で、固定金利であれば事前に確定しているので、このような計算となる。 多少リスクのあるもの、例えば現在1万円の資産が1年後に30%の確率で2万円、70%の確率で5千円になるのであれば、1年後に2万円を上記の確実な運用で得るために現在必要な額約19,800円と、同様に5千円について求めた現在価値4,950円にそれぞれの確率を掛け合わせた額の合計約9,400円がその資産の現在価値である。

見ればおわかりだろうが、この計算には1つ予測が入りこむ。 将来(上記の試算であれば1年後)いくらの金が手にはいるのか、という点だ。 この将来予測が非合理にふくらむことが、バブルの原因となる。 日本のいわゆるバブルにおいては、土地や株式が将来もっと高く売れると皆が信じたからこそ、その将来予測額の現在価値=地価・株価がつり上がり、ちょっと前のITバブルにおいては、株式の価値の根元は発行体の収益だが、IT業界の会社が将来うんと儲かると皆が信じたからこそ、IT関連株が暴騰したのだ。

とすれば、国債バブルと称されるものの正体は明らかだろう。 皆(投資家)の、「物価水準の下落が続く」という予測のことなのだ。 物価水準の下落が続くのであれば、名目金利が0近くに張り付いていても物価下落分だけ実質金利が上昇するため、それだけ投資の妙味があるということであり、極めて合理的な結論だ。 デフレが克服された場合、「物価水準の下落が続く」という予測に基づき価格が上昇していたので、事後的にバブルと言われることとなり、デフレが克服されなければ、市場の予想は当たっていたことになるので、それは事後的にもバブルとは呼ばれない(だから、あるものが「今」バブルかどうかは判断できない。 今が「国債バブル」なのかそうでないのかは、結果によって事後的に判断されることになる)。

最近になって国債金利が低下=国債価格が上昇しているということは、皆のデフレ予測が強まっているということだ。 つまり、政府・日銀はデフレを打破することはできないと思われている。 逆に言えば、小泉政権が続いて今の政策路線が継続し、日銀は総裁が替わっても金融政策を変えない(おそらく日銀OBであり、現在の日銀の方向性を維持するであろう福井氏が総裁となるとの予想なのだろう)ということについて、市場の信頼は極めて厚いようだ。

政治不信が叫ばれる中、こんな信頼のせいでいつまでたってもデフレが解消されないとは、なんとも皮肉なことである。 数々の小泉首相の公約違反を思い出して、道路公団改革で今井氏を切り捨てたように、近い将来リフレ政策を巡って日銀を切り捨てることを信じるよう、市場関係者には切にお願いしたい。

(2003-02-01記)

2003-02-09「パウエルとブッシュ」

先々週のブッシュ大統領による一般教書演説、先週のパウエル国務長官による国連安保理演説と、イラク問題の帰趨がずいぶんクリアになってきた。 「溜池通信」などを読んでいる人には先刻承知であろうが、アメリカは遠からず武力行使に踏み切り、その際にはフランス・ロシアもアメリカに賛成し、もしドイツが最後まで反対するのであれば以後ドイツの発言力はずいぶんと低下し、イラクはあっけなく敗北することとなろう。

「溜池通信」2月7日号(webmaster注:リンク先はpdfファイルです)などではこのような万全の下準備を整えたパウエルは絶賛されており、実際たいしたものだとしか言い様がないのだが、果たしてブッシュ大統領の役割はどのようなものなのだろうか。

ブッシュ大統領については、弟のジェブに劣る不肖の息子であり、クリントン=民主党の長期政権へのバランスで選ばれた(といっても選挙結果は疑わしいし)に過ぎず、よくいってお人好しのぼんくらといった評判がついてまわっている。 しかし、リンゼーやオニールといった経済閣僚の首切りを見ても、単なる御神輿とも思えない。 今回のパウエルによる舞台回しについて、本来いろいろと言いたいことがありそうなチェイニー、ラムズフェルドといったあたりが黙っているのも、ブッシュが抑えていると見るべきだろう。

つまりは、チェイニーに代表される強硬派を温存したいのではないか。 ここで強硬派が何を言っても、パウエルの成功を前にしては負け犬の遠吠えに過ぎず、彼らにとって最もダメージを少なくするには黙っているのが最善だからだ。

戦後の日本外交の勝利は、一に自由主義陣営についたことであり、二に軽軍備を貫いたことだが、その前提となったのは主流派が自由主義陣営派である一方で、「平和主義者」勢力がそれなりに力を持っていたことだ。 それにより、対ソ・対中戦略において「いや、アメリカに協力したいのはやまやまですが、それでは国内世論が・・・」といういいわけが可能となっていた。 冷戦終了後、「平和主義者」勢力の衰退によりこのいいわけが通じなくなったため、湾岸戦争では「金だけ出して人は出さない」といった非難を甘んじて受けざるを得なかったことになる。

要すれば、世論が制御可能な範囲で分裂していることは、外交上の有利につながる。 なまじ世論が統一されてしまえば、選択の余地がなくなるからだ(戦前の日本のように)。 とすれば、イラク問題が片づいた後、強硬派には活躍の機会が再度与えられる可能性が極めて高い。

その対象は、おそらく北朝鮮。 「悪の枢軸」3ヶ国のうち、次にイランを標的とすることについては、「欧米対イスラム」の見方を不必要に強めることとなるというマイナスがあるが、北朝鮮を標的とすることについては、その問題を避けるのみならず、中国に対する牽制材料として使えるというプラスがあるからだ。

ブッシュの頭の中には、まずチェイニーらを表にたてて北朝鮮・中国に対して強圧的な態度に出るという戦略が描かれていると思われる。 それで北朝鮮・中国が妥協すればよし、妥協しなければ、そのときの国内世論や他国の動向を見て戦略を練り直せばよい。

強硬派の受けが悪ければ、「パウエル」カードを切るという代替案があるのだから。

(2003-02-09記)

2003-02-16「Yahoo! Japan」

去る2003年2月10日、当サイトはYahoo! Japan掲載された。 それ以来、アクセスが急増している(対それ以前の当サイト比)。 確かにYahoo!掲載はアクセス数増加には絶対的に効果があるとは良く聞く。 それにしても、実際の効果を目にすると、意外の感を禁じえない。

そもそも、当サイトが掲載された「政治>意見」というカテゴリを多くの人がチェックしているというのも驚きであるが、より根本的には、ポータルサイトとしてのYahoo!を多くの人が利用しているということが、想像し得なかった。

人は、どうしても自分を基準に物事を図りがちだ。 webmasterは、ブラウザの立ち上がりを早くするために空白ページをホームページとして設定しているし、検索はgoogleしか使っていない(それも、IEにはツールバーをインストールしてあるし、最近のデフォルトブラウザであるOperaなら最初から検索窓があるから、サイトに行きすらしない)。

しかし、確かにウェブを見始めたころ(96年ぐらいだったと思うが)には、すべてをYahoo!からはじめていた。 誰もがウェブにはまっていくなら、Yahoo!から離れていく割合は高いのだろう。 だが、そうでなければ、「定番」の安心感を優先するのかもしれない。

実際、Yahoo!は、webmasterが愛用していたころ(当時は単なるサーチエンジン)とは大きくその性格を変化させている。 オークションで売買したり、掲示板に書き込んだり、メーリングリストを立ち上げたりと、その用法はさまざまだろう。 機能だけで言えば、他の同様のサービスを提供するサイトとは大差ないといえよう(ファイナンスのできは他のポータルに勝っていると思うが)。 だからこそ、「定番」であることが効いてくる。

その意味では、現時点でのサーチエンジンの覇者といえるgoogleの方が、将来は危うい。 今googleを使っている人間は、しょせんは検索の結果がいいから使っているに過ぎず、他にもっと使いでのあるサーチエンジンが出てくれば、すぐに移動してしまう。 Yahoo!がページ検索に使っているといっても、そうなればgooからgoogleに乗り換えたことが再現されるだけだ。 検索結果という、客観的に比較可能なものを売りにするとは、そういうリスクを抱えること。

その点、look&feelにおいてデファクトスタンダードになったというYahoo!の強さは、Windowsの強さに通じるものがあるのかもしれない。

(2003-02-16記)

2003-02-23「ETF販売促進」

今週の国会は、民主党を中心とした、法務省の受刑者虐待問題竹中大臣の「ETFは絶対儲かる」発言への攻撃に終始した。 後者の竹中発言、株式市場活性化のためにETFをPRしようとする中で出てきたようだが、本当にETFの普及を図るのであれば、やりかたが違うのではないか。

魅惑の似非科学30兆円国債問題とコンビニ国債の似非科学という記事に、証券会社がどれだけ「株の購入が簡単になりました」あるいは「ミニ株で小額から投資できるようになりました」なんていう宣伝文句を連呼しても日本人にはだめなのである。本当に買わせたいものはコンビニのレジで売れ、本当に小額というのは100円から、なのである。という名ゼリフがある。 これを目にして以来、webmasterが密かに頭の中で暖めていたETF普及策を発表しよう。

販売単位は一口100円から
「魅惑の似非科学」提言に沿って。 100円単位ではコスト割れするというのであれば、最高でも1000円まで。
ロング(株価が上がれば儲かる)だけでなくショート(株価が下がれば儲かる)も売る
デフレ基調で株価が下がっている中、ロングだけでは客が寄りつかないので。
販売額、期間は定形化
一口はどれだけ株価が変動しても値段を買えない。 期間も、1日、1週間、1ヶ月などと限定し、その都度清算する。
販売窓口はコンビニなど
TOTOが販売可能な場所には全部認めてもいいのでは。
販売側の説明義務は簡略化
定形化された商品だし。 いっそのこと国策商品として国自身が広報に努めることと引き替えに、証券取引法を改正して義務を免除するのも一案。 上記の販売窓口も、これに限って拡大を認めることとするとか。

具体的にどのような取引となるのか。

ニュースを見ていて、どうも今後株価が上向きそうだと思ったら、コンビニに行く。 明日あがるかどうかはわからないし、かといってあんまり長期間待つ気にもならないので、1週間ものを買うことにした。 手持ちの金がそれほどあるわけではないので、買うのは500円ぐらいにしておくか。 レジ脇のETF販売コーナーで、マークシートの「TOPIX型」「5口」「1週間」「ロング」を塗りつぶす。

「TOPIX:850」か。 コーナーの端末には対象商品の一覧と、現在のレートが表示されている。 900ぐらいまであがらないかなぁ、などと思いながらマークシートをレジに持っていった。

もう10回以上買っているので、この際、カードを作ることにした。 500円しか払わなかったので、レシートには「残高0円」と寂しく書いてある。

そして待つこと1週間。

予想が外れ、TOPIXは800まで落ち込んでいた。 ちょうど職場の近くの本屋にも販売コーナーがあるので、そこで清算。 店員にカードを渡すと、レジにカードを通して「ありがとうございましたぁ〜」と返してくる。 「残高470円」か。

レシートを握りつぶして、またマークシートに向かう。 「今度はショートにしてみようかな」 と思いつつ・・・。

こんな感じで買えるなら、ちょっとぐらい買ってみようって気になりません?

この国会で審議される証券取引法改正では、コンビニでも証券を販売できるようになるらしい。 証券会社のみなさん、お代はいりませんので、試してみてはどうでしょう。 成功したら、サイトのトップページから当サイトにリンクを張ってくれれば、それで十分ですので。

(2003-02-23記)

2003-03-01「新日銀総裁決定」

当サイトが発足当初から注目していた、今後の日本経済の行方を左右するイベントが終了した。 月旦評で取り上げても、速水現総裁と同様になるだろうから今回は取り上げないが、日銀の新体制についてのwebmasterの意見は、FT(Financial Times)の社説とほぼ同じである。

福井新総裁の人格が衆に抜きんでたものであることは否定しないし、その識見も、「平時の」中央銀行総裁としては申し分なかろう。 ノーパンしゃぶしゃぶに行こうが、そんなものは総裁として直接求められる資質には無関係だ(世間から無用の批判を浴びるという意味で、間接的にはマイナス要因だが)。

しかし、デフレの継続は決まったようなものだ。 市場も、堅調な外為・債券相場と軟調な株式市場を見れば明らかなように、それを織り込んだ。 正直に言っておくが、個人の損得だけを考えれば、公務員であるwebmasterにとっては、デフレの継続は明らかに望ましい。

だが、ことはそんな問題ではないのだ。 クラッシュしなければ現行路線が変えられないというのは、ビスマルクがいう「愚者」そのもの。 ほとんど可能性がないことは承知で、「賢者」になって現行路線を速やかに変えていただきたいと、日銀には申し上げておく。

さて、先週ではあるが、リフレ派の思いを託したギレン総裁の演説パロディがmegabbsに載ったが、逆に、念願叶ってさぞ喜んでいるであろう日銀職員に、別のギレン総裁の演説のパロディを贈ろう。

我が忠勇なるセントラルバンカー達よ、今やリフレ主義者の半数が我が同士である新総裁の決定によって藻屑と消えた。 この輝きこそ我等日銀の正義の証しである。 決定的打撃を受けたリフレ派に如何ほどの戦力が残っていようとも、それは既に形骸である。

敢えて言おう、カスであると!

それら軟弱の集団が、この日銀の財務の健全性を抜くことは出来ないと私は断言する。

円の信認は我等選ばれた優良種たる日銀職員に管理運営されて、初めて永久に生き延びることが出来る。 これ以上戦い続けては、円の信認そのものの存亡に関わるのだ。

リフレ派の無能なる者どもに思い知らせ、明日の未来の為に、我らセントラルバンカーは立たねばならんのである!

おめでとう、日銀。

残念でした、日本経済。

(2003-03-01記)

2003-03-09「イラク問題再び」

2月9日付けの膝蓋腱反射において、「パウエルとブッシュ」と題してイラク問題を論じたが、ずいぶんと風向きが変わってきた。 武力行使の際には、フランス・ロシアはアメリカ側につくと予測していたが、この2国にドイツを加えた武力行使反対の3ヶ国外相声明が出るなど、外れる可能性も出てきた。 最後の最後には賛成するとの読みを完全に捨てたわけではないが、webmasterの不明は不明として認めなければなるまい。

しかし、仮に最後までアメリカに対して反対を貫いた場合にどうなるかを考えれば、現時点での状況はアメリカにとって断然有利であり、これまでのところフランスは近年まれに見る外交上の失敗をしたと判断せざるを得ないのではないか、とwebmasterは見ている。

その他の国を含め、各国の置かれた状況は次のようなものだからだ。

アメリカ

もともと安保理決議なくとも武力行使することに躊躇はなかったが、トルコ国会で米軍駐留案が否決された今となっては、わずかに残っていた安保理決議へのニーズもなくなったので、却って安保理に縛られなくなり、行動の自由度が増している。

現在、イギリスなどと共同で修正決議案を提出しているが、イギリスや日本など、安保理で新たに決議して欲しい国が根回しをして安保理決議(もちろん武力行使の後押しとなるもの)が出ればそれはそれでプラスになるが(懐が痛むわけでなし)、なんと言っても否決の決議をしたくないはずのフランスなど(理由は後述)に対して、「修正決議案を撤回する」という有効なカードを手にしたことが大きい。

フランス

上記の3ヶ国外相声明で拒否権行使をちらつかせたが、これによって、このままアメリカが修正決議案を撤回せず安保理で評決に至れば、拒否権を行使せざるを得ないよう自らを追い込んでしまった。 あそこまでレートを上げておいて拒否権を行使しなければ、国内外の世論の厳しい反発を食らうこと必定だ。

しかし、仮に拒否権を行使すれば、戦後において中東に対する発言力は著しく低下するにとどまらず、安保理の権威を決定的に傷つけ(安保理が武力行使を認める決議庵を否決したにもかかわらず、公然とアメリカにより無視されることになるから)、自らを外交大国たらしめている最大の要因である「拒否権」の価値を暴落させてしまうことになってしまう。

従って、最善の結果は、アメリカが修正決議案を撤回した上で武力行使に踏み切ることにより、安保理の権威をなんとか保ちつつ(アメリカは1441決議を口実にするだろうから、一応安保理決議そのものが否定される事態は避けられる)、「フランスがベストを尽くしたのに戦争になってしまったのはアメリカが悪いからだ」という主張が可能となることだが、そのためには、アメリカに対して、修正決議案撤回という極めて高くつく借りを作らなければならない。

ちなみに、裏取引で命を保証した上でフセインをどこかに亡命させるという最後の奥の手を出すことも考えられるが、アメリカが認める可能性は低そうだ。

ロシア・中国
フランスと同様、安保理の権威を低下させたくはないだろうが、フランスほど世論を気にする必要がないため、修正決議案が取り下げられなくとも、棄権や欠席という選択で最悪の事態を回避することになるだろう。
イギリス
国内世論や安保理の権威維持を考えれば修正決議案がとおることが望ましいが、仮に否決されたとしても、アメリカ側にたって攻撃に踏み切るだろう。 常任理事国は全部で5ヶ国あるが、アメリカ陣営の「ナンバー2」の席は1つしかないのだから。

最後に多少話題がずれるが、「人間の盾」として残っている人間に説得を続ける外務省、税金の無駄遣いはやめるべきだ。 本人が危険を承知で残っているのだから、無理やり帰国させようというのはその人の思想・信条の自由を尊重する心が足りない。

ただ、「人間の盾」の人々も、ヴィザの発行や食料・宿泊の確保でさんざんイラクのお世話になっておきながら、いまさら「盾」となる場所についてあれこれ言うとは恩知らずな輩だ。 好きな場所で「盾」になりたいというのであれば、そもそも最初からイラクの世話になどなるべきではないし、イラクからそのような便宜供与を受けた上で、なお好きな場所で「盾」になれると思っていたのであれば、あまりにも想像力に欠けているとしかいいようがない。

(2003-03-09記)

2003-03-16「TOPIX800割れ」

先週金曜日にTOPIXが800割れしたが、世間は株価対策の大合唱である。 いちいち誰が言ったか拾うのも億劫なのでソースは略すが、政界・財界とも株や不動産を政府・日銀に買えと言い出している。

金融庁が木曜日に市場対策を発表したが、まっとうにも株価対策ではなく市場取引適正化のための措置とのことであり、世の騒ぎを鎮めるものではない(去年の空売り規制はね・・・でも、あれは市場が真に合理的なら効果がないはず(たとえばデリバティブを使えば空売り類似のポジションは可能)で、その場限りとはいえ有効だったのは、市場参加者も当局に踊らされるほどに程度が低いことの証拠だ)。

あまりにも当然なのでいうのもはばかられるぐらいだが、手段をまっとうなものにとどめる限り、企業や土地の収益力が回復しない限り、株価や地価を永続的に上昇させることは不可能だ。 日銀でも郵貯でもいいのだが、たとえば上場株式すべての買い占めまで覚悟するなら、確かに株価は上昇するだろう。 でも、本当にそんなことでいいのか?

時価会計をやめてしまえとか、減損会計の導入を遅らせろとか、そういった声もある。 会計は経済実態をあらわしているだけで、会計を変えたからといって実態がよくなるわけではない。 がんの病巣が映るからといってCTをやめて目をそらしても、がんが治るわけではないのだ。

もういいかげん、その場しのぎの対策に走るのはやめるべき。 根本にメスを入れるべきだ。

なに? 地政学的リスク=イラク問題が株価急落の原因だから、日本にできることはないって?

じゃあなんで円相場&外為相場はあたかも日本経済に問題がないかのように動いているというのか。 イラク問題で日本経済大混乱、というシナリオであれば、トリプル安にならなければおかしい。

以前書いたように、株価は軟調だが債券・外為が堅調というのは、デフレ継続のサイン。 イラク問題に端を発する不安感が市場を後押しした面はあるものの、根本は日本はデフレから脱出できないとの判断が今の相場を形成しているのだ。 ハルマゲドンを煽るのは趣味ではないが、本当にこのままでは日本経済はだめになってしまう。 もしwebmasterの主張にあなたが共感したなら、少しでいいので周りの人間にリフレ策を語ってみてほしい。

ささやかではあるが、心底からのお願いである。

(2003-03-16記)

2003-03-23「政治と金」

昨年から断続的に騒がれている大島農水相問題に加え、坂井議員逮捕首相実弟の金銭収受疑惑と、政治と金を巡る動きがずいぶんと騒がしい(イラク問題がなければどうなっていることやら)。 webmaster宛のメールでも、政治と金の問題についての問いかけがあり、遅ればせながら回答させていただこう。

正直、官僚にとって政治と金の問題はほとんど感心がないといってよい。 なぜなら、一般的に利害と無関係だからだ。

政治家が金を受け取ったら役所に圧力をかけてくるから関係があるのでは、との向きもあろうが、政治家は陳情を受ければ金のやり取りがあろうとなかろうと役所に圧力をかけてくる(これは日本の政党でおそらく一番贈収賄に無縁と思われる共産党であっても一緒)。 政治家だって「この件は金を受け取っているから真剣に取り合ってくれ」などと言うはずもない。 したがって、政治家がどれだけ金をもらおうとあまり関係がない。

ただし、「一般的」と断ったからには個別の利害に関係することはある。 一番多いパターンが、国会で政治と金をめぐる議論が盛り上がるので、国会対応が楽になってよいというもの。 仮に自分のところの大臣であっても、この手の話題については官僚が想定問答を作成する必要はない(だいたい「作成せず」という注記とともに質問が回ってくる。 誰が答えを考えているかは知らないが、政治家本人か秘書なのだろう)し、政治家同士の議論で盛り上がってそれ以外(=官僚が責任を持つべき分野)の話題が取り上げられなくなる。

それでは困るという官僚もいて、それは法案・予算案の担当者だ。 だいたい政治と金の問題で盛り上がると野党が審議拒否をすることが多いが(大島農水相関連でもそうなったし)、とにかく審議をしてもらわないことには法案も予算案も成立しない。 まだ法案・予算案の内容そのものが国会空転の原因であれば、役所としても説明するなり代案を考えるなり対応のしようがあるが、政治と金の問題ではなにもできないというもどかしさに苦しめられることとなる。

また、自分の大臣や自民党の部会の有力者など、実際に政策を左右できるような立場の人間が金をもらって判断を変えるようだと、それはかなり困るのは事実だ。 しかし、このパターンはそれほどあり得ないと考えられる。 実際、たとえばWTO(World Trade Organization, 世界貿易機関)の貿易交渉に関して米の輸入自由化反対と主張する政治家がいたとして、さらにその政治家が農業団体から政治献金を受け取っていたと仮定しても、それゆえに自由化反対を唱えているわけではなく、もともとの信念としてそうしたことを唱えているからこそ、農業団体と考え方が近く共感を得やすいと考えるほうが自然だ(もちろん合法の政治献金と違法の賄賂のすべてを同列に論じることはできないが、枠組みとしてはそういうことだ)。

というわけで、官僚に政治と金の問題をなんとかしろといわれても、個人の立場では一般市民としての動機以上にそれをするインセンティブはないし、役所の立場では(検察・警察を除き)職務としてそれをするインセンティブはない。 結局のところ、金に汚い政治家がいやなら選挙で落とすしか手はなく、官僚であろうとなかろうと選挙でなにか特別なことはできないのだ。

逆に言えば、選挙で選ばれた以上、金についてとかくの噂があろうとその政治家を認めざるを得ないのが代議制民主主義というものであり、たとえば鈴木宗男に関して都市住民が(法律違反以外の点について)とやかく言うのは、その背後にぬぐいがたい地方に対する蔑視・差別意識があり、そうした個人的感情を代議制民主主義の制度趣旨に優先させているとしか思えない。

(2003-03-23記)

2003-03-30「ベーマガ廃刊」

ベーマガとは、「マイコンベーシックマガジン」の略。 今時マイコンといっても知らない人が多いだろうし(ちなみにマイクロコンピュータの略)、ベーシックもコンピュータ言語としては今ではマイナーな存在だ(まだVisual BASICがある分だけ生き残っていると言えるが)。 まだパソコンがマイコンと呼ばれていた時代からコンピュータを触っていた人間にとっては懐かしの雑誌の一つだが、ついに廃刊(ありがちだが、公式には休刊)とのことである。

ベーマガがどんな雑誌だったかというと、webmasterが読んでいた頃は、ひたすらプログラム(ソース)が掲載されていた(ウェブで見る限り、今に至るまでそのスタンスが維持されているようでなんとなくうれしいが)。 あの時代は、それを打ち込んで遊ぶという楽しみ方があったのだ。 しかし、印刷物を見ながらタイプするというのは、ブラインドタッチができないとなかなかつらい。 "syntax error""illegal function call"などが出まくってほどなく挫折し、それが文系人間の今に至る遠因となったのだろう。

他方、そうしたことにめげずプログラミングやコーディングの楽しみをベーマガを通じて味わった人の存在が、今のオンラインソフトの興隆に一役買っているのではないか。 そう、キャプテン翼を読んで育った選手たちが創世記のJリーグを支えたように、そして近い将来「ヒカルの碁」を読んで囲碁をはじめたという棋士が出現すると予測されるように(もう少しベーマガに近い例を出すとすれば、電子ブロックでエンジニアリングに目覚めた理系少年だろう)。

これは、実は産業政策の有効性に対する否定に他ならない。 官僚がどれだけ知恵を絞ったところで、このような雑誌を創刊してプログラマの裾野を広げるなどということは不可能だ。 もちろん、今からこの手の雑誌を政府が出すなどというのはナンセンスで、まだ産業となるとは思えないほど趣味に近い段階でやるからこそ意味があるというもの。 それを官僚が見極めることなどできやしないのだ。

結局、官僚が手を出すような産業分野は、すでに政府がサポートすべきという合意が形成され得るほどメジャーとなっているもので、本当の幼稚産業の助成を公的に行うことは困難(だから、大前研一あたりが官僚が介入すると産業が傾くなどというのは因果関係が逆で、官僚が介入するような産業は成熟化しているということ)。

今、コンピュータ(少なくともパソコンとしてくくられる分野)は十分に成熟化し、プログラミングを楽しむ人間にとっては、インターネットというこれ以上ない発表の場が与えられる時代となった。 こんな時代には、ベーマガも身の置き所がないだろう。

時代の風に乗って読者を獲得し、活躍の場を失う中できれいに身を引き、しかし後には蒔いた種がしっかりと育っている。 なかなか理想的な雑誌の一生ではないだろうか。

(2003-03-30記)

bewaad<webmaster@bewaad.com>

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