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/テーマ別書庫/膝蓋腱反射(目次)[8]/2003-Q3

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膝蓋腱反射

2003-Q3

2003-07-06「オールスターファン投票」

今回のオールスター、ファン投票における「川崎(詐欺)祭り」が大いに盛り上がった。 メディアでは否定的な捉え方が多かったが、webmasterとしては、なぜそれほど騒がれるかを考えるとなかなか面白いのではないかと思う。

やったこと自体は「田代祭り」の何度目かの焼き直しでしかなく、hackとしての魅力は、それこそすばらしいhackそのものだった田代祭りには遠く及ばない。 むしろ、これにより浮き彫りにされた日本プロ野球・メディア・ファンの3者の関係こそが、興味深いといえよう。

まず、今回のファン投票については、川崎以外にも多くの選手が祭りの候補に挙げられたわけだが(webmasterとしては、川崎よりもむしろファースト・ムーアで盛り上がってほしかったと思うのだが)、結局川崎が祭りの対象となったのは、はっきり言えばFA(フリーエージェント)に対する批判だろう。 いくらスクリプトに責任を押し付けようと、川崎への投票は相当程度多数の参加があってこそ成立したものであり、それほどの参加を伴わなかった他の投票活動がそれなりの結果に終わっていることとの対比は明らかだ。

FA自体は選手の権利の一つとして認められてもいいかもしれない。 しかし、ドラフトにおける逆指名と共存しており、建前はどうであれ、実態としてジャイアンツ(広くとればセリーグ)に有利な制度として仕組まれていることは否定しがたい。

しかも、その結果が最悪だ。 仮に自分の応援している球団の選手がFAで移籍するとして、それ自体を裏切りと非難する人もいようが、そうでなければ、せめて移籍先でも活躍してほしい(特に、他リーグへ移る場合)と思うのが人情だろう。 それがジャイアンツでは、多くの場合飼い殺しだ。

ジャイアンツの勝利のために不可欠というならなんとか我慢もできようが、単にその選手をどのように使うか、既存選手とのすみわけをどうするかも考えずに獲得した結果であれば、長島前監督をはじめ、関係者を恨んでも誰が責められようか。 さらには、そんな長島や、そして同様にドラフトで有望選手をかき集めておきながら(これは故根本陸夫の成果)、それを毎年使いつぶし、その割りに優勝できない王をいつまでで持ち上げ続けるメディアも腹立たしい。

以上のことは、ジャイアンツファンを含め、野球を大切に思う人間なら誰しも多少は思うことであるはずなのに、メディアではそのような声はほとんど取り上げられることがない。 そうした球界不信、メディア不信の積み重ねがあったからこそ、川崎祭りのように歪んだ形でファンの思いが噴出するのだ。

しかし、川崎祭りですら、メディアでの取り上げ方は一方的であり、それほど反省の色は見えない。 川崎への投票数は確かに異常だが、タイガースの選手ばかりが選ばれたファン投票結果(選択式で選べる選手が、中継ぎ安藤、抑えウィリアムスで一本化されていれば、岩瀬と高津も選ばれず、全員タイガースだったろう)もまた組織票が理由の異常なものであるにもかかわらず、これについてはメディアのステレオタイプで解釈可能であるがゆえに、一向に問題視されていない。

今のメディア上層部がいわゆる王長島世代(長島が最初にジャイアンツの監督だったときは、これがより上の世代だったため、多少は長島への批判もメディアを賑わしたのだが)である以上、その交代までは改善しないとは思うが、彼らが第一線から退くまでプロ野球人気は果たして維持できるのだろうか。 その下の世代の人間は、一度まじめに考えたほうがいいだろう。

(2003-07-06記)

2003-07-13「長崎4歳児殺害事件」

この事件の本質を言ってしまえば、容疑者は12歳ではあるが、その年齢であっても確率としてまれにあってもおかしくないということに尽きてしまう。 もちろん個別の事情としては、事前の兆候があったり、予防する手段もあったのだろうが、それを言えばすべての犯罪について当てはまるわけで、つまるところそうしたことが見逃され、事件に至ってしまうことは完全には防止し得ないとしか言いようがない。

にもかかわらず、この事件がここまで騒がれるゆえんは、上記のように確率としてはまれであること(よく言う「犬が人を咬んでもニュースにならないが、人が犬を咬めばニュースだ」ということ)に加え、多くの人にとって何らかの形で当事者意識を持ち、何がしかのことを語ることが可能だからだろう(無論、ここでこうしたテキストを書いているwebmasterもその例外ではない)。

これを読む人も、例えば次のような感情を持っていることだろう。

そうしたさまざまな発言の中で、その成り行きによっては刑事法の枠組みを動かしかねないものが2つある。

1つは鴻池大臣の市中引き回し・打ち首発言。 メディアを見る限り非難一色であるし、そうなることを予見できなかった彼の政治家としての識見もどうかと思うが、2ちゃんねるなどで一定の支持を得ていることからもわかるように、非難して足りるほどことはそう単純ではない。

この問題は、つまるところ刑罰の本質論に行き着く。 鴻池本人が自覚しているかどうかは不明だが、親を罰すべきという意見の根本には、(年少であることをもって犯罪者が刑罰の対象外になることを前提として)罪が存在する以上、それに対する罰が存在すべきという考え方がある。 法学部で刑法を履修した人間であれば覚えているだろうが、刑罰は応報(簡単に言えば仕返し)のためにあるのか、教育(簡単に言えば再発防止)のためにあるのかという議論があるが、鴻池発言は応報刑としての「打ち首」を求めたものだ。

死刑の存廃をめぐる議論の根本にもある対立点であるが、インテリほど(死刑廃止論に傾きがちなことからもわかるように)教育刑をもって是とする傾向が強い(ちなみに、脱線を承知で死刑廃止論について一つだけ述べれば、少なくとも先進国の多くがそうであることを理由として死刑廃止の方が進んでいるというのは誤りだ。 死刑廃止論は、キリスト教の「命は神が左右するもので人が左右すべきではない」という教義と深く結びついているのだから)。 だからこそ、メディア関係者や弁護士といった層からは鴻池発言への反発が強く出てくることになる。

しかし、日本においては死刑存続論が根強いように、素朴な応報感情は主流を占めており、それに対してあまりにメディアが蓋をするようであれば、思わぬ形での噴出があるかもしれない。

もう1つは刑法適用年齢を引き下げるべきとの主張。 刑法は第41条で「十四歳に満たない者の行為は、罰しない」と定めているが、もっと年少であっても刑法の適用対象とし、罰則を与えるべきとの意見である(殺人のみとかいろいろバリエーションはあるが、本質には差がないので捨象)。

既述の応報・教育刑の対立(少年法は第1条で「非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」と規定していることから明らかなように、応報の要素はないので)もあるが、別の大きな論点としては、責任主義をどう考えるかというものがある。 説明すると長くなるので先のリンク先を読んでもらいたいが、刑法が適用対象年齢の下限を設定している理由は、その年齢(現在の日本であれば14歳)以下は責任を問うに足る存在とは認めていないからだ。

仮にこの年齢を引き下げたとしても、その引き下げた年齢以下の子供が事件を起こせば似たような議論が出てくるのは必至。 つまり、問題とされているのは実は年齢の水準ではなく、年齢制限それ自体である可能性が高い。

似たような議論として、精神障害者を責任阻却で無罪とすることについて強い反対意見があるが(心神喪失者医療観察法案成立を踏まえ今後の動向を見る必要はあろうが)、いずれも程度問題では片付けられなくなっているようだ。 そもそも責任を問うに足る存在でなければ罰を科さないという枠組み自体が問われているのだとすれば、刑法は今大きな変化の圧力に晒されているということなのだろう。

(2003-07-13記)

2003-07-21「社会民主党の行方」

とうとう辻元清美前議員と五島昌子前政策秘書が逮捕されてしまった社会民主党であるが、その歴史に幕を閉じるのもそう遠くあるまい(ちなみにwebmasterは、近いうちの社会民主党終焉を昨年中に予言していたのだが)。 何が社会民主党にとって致命的だったかといえば、実質的にフェミニズム政党になってしまったことだろう。

時は1989年。 ベルリンの壁崩壊の年であり、本来であれば、社会主義を掲げてきた政党にとっては試練が訪れ、その中で将来に向けた新たな動きを育てるべきときであった。 しかし、この年の参議院選挙では、消費税導入という自民党にとってのすさまじい逆風が吹き、日本社会党(当時)は敵失により労せずして大勝を得てしまった。

そのとき盛んに言われたのが「マドンナ旋風」。 今となっては覚えている人のほうが少ないかもしれないが、単に土井たか子委員長(当時)率いる日本社会党の女性候補者が軒並み当選したことをこのように呼んだのだ。 試練を受けるべきときに試練を受けることができず、また、どうやっても勝てた選挙を女性候補者ゆえに勝てたと勘違いしてしまったことになる。 これが不運の1と2。

また、当時はバブルの絶頂期であり、その4年前の1985年に男女雇用機会均等法が制定されたこともあって、女性の社会進出が高らかにうたわれていた。 これからは女性の時代とばかりに、当時の社会党は委員長をはじめとして女性であることを前面に出したプロモーションに走った。 これが不運の3。 これらが重なって、フェミニズム路線を突き進むことになってしまったのだ。

しかし、確固たる男女差別の文化的基盤がない日本でフェミニズムを振りかざしてもドンキホーテになるだけ。 バブル崩壊後の長期不況の中で、男性であっても就職できない人間が数多くいる一方で、優秀な女性は多くの企業でしかるべき立場にたっていることからも、男女差別意識はしょせんは利潤追求に膝を屈する程度のものでしかないことがわかる。 アメリカのプロライフとプロチョイスの対立におけるキリスト教保守派のように、ちょっとやそっとのことではくじけない敵がいないのだ。

そうである以上、日本におけるフェミニズム運動は、強力な差別勢力に対する抵抗を代表する存在にはなれない一方で、個人の嗜好として「男女差別」的な扱いを受け入れている人間の自己決定権を犯すものであるという自家撞着が色濃く出てこざるを得ない。 要は、広く支持を得ることなどできはしないのだ。

土井党首の韜晦に満ちた対応が批判されているが、社民党の抱える問題はそんな表層的なものではない。 仮に彼女が辞任し、福島瑞穂が党首になったところで、今の路線の先に未来はない。 かといって今さら社会主義政党への回帰もできず、福祉重視では民主党左派や共産党どころか、自民党の一部とも差異化できない。 その他の戦略を考える機会はすでに過ぎ去ってしまっている。

辻元他の逮捕は、社民党の滅びを飾る一つのエピソードであり、党の運命はそのはるか手前の段階で決していたのだ。

(2003-07-21記)

2003-07-27「民主党・自由党合併」

小沢一郎が1990年代以降の日本政治における重要なキーパーソンであったことは否定しがたい事実だが、中でも最も注目すべきことは、野党にある種の桎梏をかませたことだろう。 それが何かというと、とにかく政策を重視し、政局の要素を軽視・蔑視する態度である。 細川政権が発足したとき、しきりに55年体制の崩壊という言葉がささやかれたが、社会党こそほぼ消滅したものの、結局今に至っても自民党は与党であり続けている。 その大きな原因の一つがこの桎梏と考える人間は、霞が関には結構多いのだ。

細川内閣の発足が1993年8月9日で、辞任表明が1994年4月8日。 次の羽田内閣の発足が1994年4月28日で、辞任表明が同年6月25日。 これが何を示すかというと、当時の連立政権は一度も予算編成のすべてをやっていないのだ。 これが、自民党を復活させた。

各省庁の予算要求提出は8月末であるが、当然その前に各省庁内で、関係業界・族議員を巻き込んで予算の絞り込みがなされる。 細川内閣はこの段階で成立していなかったので、1994年度予算は、基本は自民党政権時代に作られた要求の枠内でしか編成されなかった。 他方、羽田内閣は予算要求以前に崩壊している。 そして、羽田内閣が短命に終わった最大の原因は、小沢が連立政権から社会党・さきがけを切り捨てたことだ(他方で、その後自民・社会・さきがけ連立政権を樹立させた自民党は、さすがに勝負の勘所がよくわかっている)。

歴史にifは禁物だが、もし小沢が政策の不一致よりもとにかく自民党の息の根を止めることを優先して社会党・さきがけを取り込み続け、1995年度予算を連立政権で編成していたら、おそらく自民党は崩壊していただろう。 各種圧力団体からしてみれば、自民党は与党であり予算にコミットできるから意味があるのであって、連立政権が一度でも予算を取り仕切る実績を見せれば、雪崩を打って自民党を見放していた可能性は極めて高い。 やりたいことをやるのはそれからでも十分であったはずなのに、自らの政策にこだわって政権を崩壊させ、自民党を与党に復帰させてしまった。

その後の新生党の分裂にしても、自由党の分裂にしても、小沢は田中角栄・竹下登・金丸信の薫陶を受けたにしては無様なほどに数の力が維持できないし、下手な戦しかできていない。 というより、彼のそういった政局より政策を尊重するやり方が、そもそも政治家として大成できない特徴だと言えよう。

他方で合併相手の民主党だが、これまた政局にはとことん弱い。 金融国会で小渕政権にとどめを刺せなかったこともそうだし、今国会の最後に内閣不信任案を出したのも下手な喧嘩だ(で、どちらのときもトップは菅直人。 喧嘩の下手さでは鳩山由紀夫も似たようなものだが)。

本気で小泉政権を打倒しようと思うなら(と現役官僚が言うのもなんだが)、今年の2、3月に経済失政を追及し(イラク新法ごときで政権が崩壊するわけなかろう)、予算案を人質にとりつつ自民党内の「抵抗勢力」と手を結んで竹中大臣の首を狙うべきだったのだ。 それでも、その本質は政局の人であり喧嘩上手の小泉首相に勝てるとは限らない。 それなのに、結局小泉政権への批判が真の改革ができていないというものである以上、自民党内の「抵抗勢力」と手を結ぶなど言語道断なのだろうし、公明党・保守新党の切り崩しなどもトライしているかどうかすら定かではない。 はたして、これで本気で政権を奪取する気があるのだろうか?

と考えると、民主党と自由党の合併が日本政治の風景を変えるということはほとんど期待できない。 唯一の道は、政策として体系化など不可能であっても、一つの争点に的を絞り、そこで手を組める相手は清濁・左右を問わずすべてを取り込んでとにかく小泉政権を下野させることだ。 とにかく政権を維持さえしていれば、展望など後からついてくるのだから。 総花的なマニフェストなど作っている場合ではないのだが・・・。

(2003-07-27記)

2003-08-03「スポーツ界におけるフロント」

トヨタといえば、「世界の」という言葉をよく冠せられるほどの企業であり、日本を代表するものとして語られることも多い。 オリックスといえば、会長の宮内義彦は財界著名人の一人であり、総合規制改革会議の議長を務めるなど、多彩な活躍で知られている。 が、一つの分野に秀でていることは必ずしも他分野においても秀でていることを意味するものではなく、それゆえに、嘆かわしいことも起こることとなる。

トヨタについては名古屋グランパスエイト。 先ごろ、このチームはベルデニック監督を解任した。 社長人事などからも明らかなように、グランパスエイトはトヨタの実質的な支配下にあるのだが、そのフロントは、ベンゲルやジョアン・カルロス、そして当のベルデニックなど、使える監督を呼ぶことは長けていて、ストイコビッチというJリーグ史上最高の外国人選手を獲得することもでき(ベンゲルのおかげではある)、金の使い方もJリーグトップクラスだが、そのくせリーグ優勝とは無縁だ。 つまり、リクルーティングなどのここのパーツはそれなりのものがあるのだが、マネジメントがまるでなってない組織ということだ。

監督も選手も、まずはチームをどうしたいかという戦略があって選ぶべきものであるのに、まったくそれが感じられない。 たった半年で首を切るようでは、ベルデニック獲得も単に行き当たりばったりだったのだろう。 JEFのサポーターからすれば、そんな使い方をするなら奪うようなまねするな、という気になっても当然だ(オシムが代わりに来たので結果オーライという話もあるが)。

次はネルシーニョをつれてくるとのこと。 彼も優秀な監督であるが、フロントがこのままでは明らかに宝の持ち腐れ。 「グランパスのフロントには腐ったミカンがいる」といわれないようせいぜい気をつけてほしいものだ。

しかし、そのグランパスですら、「監督にはそれなりの人間を確保できるし、きちんと金も使うからよほどまし」と思えるのがブルーウェーブ7月27日に26-7とパリーグ新記録となる大敗を喫したかと思えば、一週間も経たない8月1日には29-1とパリーグ記録はおろか、2リーグ分裂後の日本記録まで更新してしまった。

95、96年とリーグ連覇を飾ったチームを年俸抑制の観点から冷遇し(ニールへの仕打ちなどひどいものだ)、イチローを筆頭に主力選手を軒並み放出した上で、ろくな選手補強もせず、あげくに石毛監督である。 ホークス二軍監督時代に22失点デビューを飾るなど、監督としての能力には疑問が呈せられていたにもかかわらず、なぜ彼を監督に据えたのか。 もちろん石毛自身にも大いに責任があるが、この場合、そうと知って監督に選んだフロントの方がより悪い。

ブルーウェーブが連覇した後、パリーグの優勝は一昨年のバファローズを除きライオンズとホークスが分け合っている。 いずれも、フロントがきちんと組織として機能していることで有名なチームだ(ちょっと前のホークスのスパイ行為のように行き過ぎた面もある)が、結局は根本陸夫の遺産。 以前にも触れたが、やはり根本は偉大だ。

しかし、トヨタにせよオリックスにせよそれなりの組織であり、チーム経営に手腕を発揮できる能力の持ち主はいるはず。 そんな人々をぜひとも派遣してもらいたい。 1スポーツファンからのお願いである。

(2003-08-03記)

2003-08-12「人事院勧告」

8月8日に人事院勧告が出され、年収で見れば5年連続、月給でも2年連続の引き下げがほぼ決まった。 勧告は勧告であり、実際の給与がこのままになるという制度的裏づけがあるわけではないが、まず間違いあるまい(公平を期すために付言しておくと、実質的にベースアップに等しい号俸の上昇があるので、公務員各個人が前年に比べ減収になるわけではない)。 反対するような人間がいないわけではないが、おそらく、官僚の多数派は、経済情勢からしてもこのような勧告が出されること自体はやむをえないものと受け止めていることだろう(経済政策もうまくいっていないわけで・・・しかし、それなら某中銀が先だろうとも)。

しかし、公務員給与の水準については批判も多い。 その中にはなるほどと思うものもあるが、ここではあえて官僚の立場からの反論を出して、今後の議論の発展につなげたいと思う。

人事院が実施した「国家公務員に関するモニター」アンケートにあるものを見てみよう。 最も多い批判は倒産などによる失業リスクがないことを考えると公務員給与は高いというもの。

より一般化すれば、失業にとどまらず将来の給与についてのボラティリティが小さい(=ローリスク)のだから、その水準も低くあるべき(=ローリターン)という議論となるだろう。 さて、総務省調査による国家公務員の給与等に掲載されている人事院勧告と民間賃上率を比較してみると、それぞれの平均と標準偏差は、人事院勧告5.9%と5.5%ポイントに対して、民間8.4%と6.2%ポイント。 つまり、すでにローリスク・ローリターンなのであって、およそローリスク・ハイリターンであるかの議論は当たらない(その水準が妥当かどうかの問題は残るが)。

続いては、中小企業と比較すると公務員給与は高いというもの。 これについては、就職に当たって公務員志望者が選択肢とする企業の規模を考える必要があろう。 II種やIII種について言及するのは実感が伴わないので避けるが、ことI種に関してはその主流は大企業か、中小企業であっても外資系コンサルティングなど高給業種であり、労働市場での競争力を考えれば、(上記のリスク・リターンプロファイルを考慮するにせよ)大企業に伍していけるだけの給与水準は必要ではないか(民間では採用され得ないような低レベルの人材だけが集まればいいという高度の判断があるのであれば話は別だが)。

最後の批判的意見は、全体としては適切な水準だが、地域によっては公務員給与は民間よりも高いというもの。 これは、一つには国家公務員である以上全国統一基準とならざるを得ないこともあるが(それを是正するのが最近悪名高き調整手当(調整手当が何かについては上記人事院勧告を参照のこと))、おそらくは地方公務員の給与によりそうした印象がより強くなっているのではないかと思われる。 確かに各都道府県での給与格差はあり、全国一律であれば地方によっては高いと思われよう。

しかし、あわせて地方公務員の給与水準を見てほしい。 平成14年4月1日現在で、都道府県・政令指定都市では、国家公務員より低いのは大阪府と鳥取県しかないのだ。 これらが各都道府県の民間水準に近づくだけで、上記の印象はそれなりに弱くなると思うのはwebmasterだけだろうか。

以上のような比較的まっとうな批判に比べると、取るに足らないのが、例えば公務員の人件費と税収がともに約40兆だといった議論(一時期2ちゃんねるで盛んにされていた議論。 元ネタは民主党の浅尾慶一郎の指摘だと思うが、さすがに彼はそこまで議論を飛躍させてはいない(が、「一人あたま1,000万って、政治家を含む特別職だけを取り出してみればどうなんだよ、浅尾」とは言いたい))。

浅尾の指摘の中にもあるが、40兆円は地方公務員の人件費も含んでいれば(というか、地方公務員分が約27兆円と過半を占める)、国家公務員であっても特別会計関連の人件費も含んでいるし、さらには退職金なども含んだベースだ。 他方で、歳入は国の一般会計のみ。 当サイトの読者にはそうした方はいないと思うが、こうした短絡的な議論には注意されたい。

最後に、これもデフレの影響などと首相自らが評論化然と語っているが、お前のセリフじゃないだろう。

(2003-08-12記)

2003-08-27「占領下のイラク情勢」

2月9日3月9日にイラク情勢に触れたが、その後の推移は概ね予測した範囲内に収まっており、アメリカは修正決議案を撤回した上で武力行使に出て、簡単に勝利を手にした。

しかしながら、8月19日にバグダッド国連本部が爆破され、デメロ事務総長特別代表が死亡するなど、占領下のイラク情勢は緊迫の度を増してきている。 こうした現状を踏まえ、webmasterなりの分析をしてみた。

まず原因であるが、これは治安維持ができていないということに尽きる。 いわゆる夜警国家の機能にも掲げられるように、治安維持はどんな政府であれ果たすべき最低限の活動だ。 鬼畜米英と叫んでいた大日本帝国があっさりと親米になったように、治安を維持して社会の安定を確保すれば、イスラム圏のイラクといえど、親米になるかどうかはともかく反米でなくすることは可能だろう。 幸いにしてテロ行為は一部過激派の行為にとどまっており、住民の多くは過激派に同情的ではあっても自ら反米闘争に身を投じているわけではなく、治安維持=住民の迫害となる事態にはまだ至っていないからだ。

では、それをどのようにやるか。

最も低コストなのは地元にやらせることだが、イラクの場合これは取り得ない。 なぜなら、国内が大きく分ければスンニ派・シーア派・クルド人からなっており、地方分権型の治安維持をさせれば、それに必要な武力が国家分裂の火種になってしまうからだ。

これがアフガニスタンであれば、アメリカからすればそうなってもあきらめがつく(アメリカがアフガニスタンにこだわる理由はウサマ・ビンラディンただ一つであり、彼が捕まるなり死亡が確認されれば露骨に手を引き、後は野となれ山となれ、ということになるだろう)。 しかし、イラクはそうはいかない。 地政学的要因が違いすぎるのだ。 イラクが3つもしくはそれ以上に分裂し、そこへトルコやイランが介入するなどという事態が起ころうものなら、世界経済の混乱というとてつもなく大きなリスクを抱えることになってしまう。

かといって、従来の治安維持機構を使うわけにもいかない。 フセイン政権の崩壊とともに、バース党を中心とした行政機構が崩壊したため、例えばGHQ占領下の日本のように既存の機構を活用して治安維持を図ることができないからだ(当初アメリカは日本統治に40万以上の兵力を投入したが、既存の官僚機構に乗っかることでこれを半減させている)。

とすれば、後はアメリカが自力で治安維持を図るしか選択肢がないのだが、それには展開する兵力が全く足りない。 金もなければ兵力もない(戦争は終わっているというのに、まさか予備役を招集したり州兵をイラクへ派遣するわけにもいくまい)ため、23万から46万人の兵力が必要と考えられるところ、わずか16万(うちアメリカ兵15万弱)しか駐留していないのだ。

こうなると、なかなか事態の見通しは暗い。 以上の事情で絶対に動かせないのは2つ。 まず、地元主導は無理。 クルド人自治は自国への波及をおそれるトルコが黙っていないだろうし、シーア派自治は悪の枢軸の一つであるイランにとってプラスとなってしまうからだ。 次に、アメリカ軍の増派も無理。

従って、イラク情勢の安定のためには、日本を含む世界各国から少しでも多くの兵力を派遣してもらいつつ、戦後日本の公職追放解除のように、旧バース党員をできるだけ多く復権させ、かつての統治機構を少しでも使えるようにしていくしかすべがないように思える。

しかし、基本的にアメリカはそうした繊細なオペレーションが苦手なんだよなぁ・・・。

(2003-08-27記)

2003-08-31「自民党総裁選」

自民党総裁選がようやく面白くなってきた。 もともと、選挙には小泉総裁を担がないことには勝ち目がないのだから、野中広務その他の反小泉派であっても本気で勝ちに行くわけにもいかず、その意味では出来レースだった。

しかし、最近は小泉サイドが少々調子に乗りすぎたのか、あまりにも反小泉派を追いつめすぎてしまった。 反小泉派としても、惨敗して発言権を封じられることは受け入れがたく、こうなると遮二無二抵抗せざるを得ない。 つまり、勢い余って意に反して勝ってしまう可能性が出てきたということ。

シナリオとしては2位・3位連合ということになろう。 第1回投票での小泉総裁の優位は揺るぎそうにないが、過半数を確保できなければ決選投票となり、この場合投票権者は国会議員に限定される。 本来、国会議員のみの投票は票読みがしやすいので、そこで意に反して勝つという波乱は起きづらいのだが、勝ち目があると見せつけるために締め付けすぎると、いざというとき降りるに降りられなくなる。 3位となる候補者に、反小泉派寄りだが、自分の主張を聞き入れてくれるなら自分の支持者には自主投票を呼びかけるというポジションを取らせることができれば最高だが、事前に2位・3位が小泉総裁に対抗するため協調しすぎて、決選投票になった段階で今更連合解消とは言い出せなくなれば、それで大逆転だ。

無論、このまま地滑り的に小泉総裁が勝利し、反小泉派は見る影もなくなるという可能性も残されているが、そこはあの野中広務である。 とある政治家の経歴が彼のものかどうかはともかく(しかし、このリンク先、慎重に固有名を出すことを避けているようで、以前は不用意に一ヶ所だけ固有名が出ていたが、今では訂正されている)、その泥をかぶることをいとわない勝負強さは軽視すべきではない。

ただし、中長期的に見れば、両者の立場は逆転する。 ラフに言えば、日本において選挙で多数派を獲得してきたのは、いわゆる地方の名士に支持された政治勢力だ。 これは板垣退助の自由党からほぼ一貫している。 江戸時代の村役人(名主・庄屋など)以来の農村有力者の系譜を継ぐ農協等の幹部や特定郵便局長、開業医や商工会議所幹部、酒造業者など、今の自民党の支持基盤を見てもこれは明らかだ。

しかし、高度経済成長を経てこれらの顔役のグリップが効く共同体の多くが解体してしまったことにより、この必勝パターンが崩れ去ろうとしている。 その手の共同体は、都市よりは地方、若年層よりは高年齢層に相対的に残っているが、地方人口・高齢者人口がともに下がっているし、今後その流れが止まるとも思えない。 当然、反小泉派はここに依拠しており、だからこそ反小泉派が勝ってしまうと選挙には勝てないのだが、反小泉派の強みは、ここに依拠する政治勢力は彼らしかいないということだ。

他方、小泉総裁は都市・若年層を中心とする無党派層=政治勢力に把握される形での共同体を形成していないグループを支持基盤としているが、ここは民主党の支持基盤でもあるし、今後新しい政治運動が起こるときは必ずこの層を狙ってくることは間違いない。 小泉総裁及びその一派はこのグループの支持をつなぎ止める必要があるのだが、今のところ小泉自身の個人的資質に依存しており、それを代替する組織的対応も見つかっていない。

だから、自民党の戦略としての小泉・反小泉疑似連合を続けるために次の一手が必要とされているのは小泉総裁側だ。 それに失敗すれば、自民党が野党に転落するにとどまらず、小泉サイドは自民党内で負け組としてとどまるか民主党などに吸収されるか、いずせにせよ集団として存続するすべがない。 反小泉派は、仮に望まずして野党に転落しても、上述の基盤を背景に一定の発言力は維持可能なのだが。

(2003-08-31記)

2003-09-11「2年後の世界」

今日9月11日は、2年前にWTCツインタワーでのテロがあった日(脱線だが、「同時多発テロ」って呼び方、今でも結構使われてるのね)。 その後アフガニスタンからイラクへと続く戦争をもたらしたアメリカ社会へのショックと後遺症は多くの人が語っているところであるが、もう少し長いスパンでこの事件を捉えるとどうなるか。

ある事件が起きたとして、それはあくまでそれ以前から生じていた物事の変化の現れであるに過ぎず、その事件が直接時代を変えるわけではない。 しかし、それが歴史的とも言うべき大事件であれば、バックグラウンドで動いている流れを人々に周知させ、そうした周知自体が人々の行動を変えることにより、間接的に時代を動かすこととなる。 9.11テロが歴史的大事件であることに異論を挟む人は少ないと思うが、では果たしていかなる文脈において大事件なのか。

人によってはサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」を想起するかもしれない。 しかしこれは的はずれだ。 本稿は「文明の衝突」の書評ではないので深く立ち入ることは避けるが、少なくとも9.11がいかなる時代を象徴しているかの観点からすれば、キリスト教文明とイスラム教文明(この分け方自体おおざっぱすぎだが)との間の武力紛争など今に始まったことではないからだ。

では、9.11が含意する時代の特徴とは何か。

それは、科学技術や産業の発達により、個人が国家と戦えるようになったということだ。

無論、まだ対等な戦いとは到底言えない。 だが、そもそも個人が国家を敵に回すということがフィクション(007シリーズでよくあったネタだが)ではなくなったことの意味は大きい。 こうした目線で近年の出来事を見てみれば、例えば日本でいえばオウム真理教による地下鉄サリン事件、アメリカでいえばユナ・ボマーティモシー・マクベイによる爆弾テロなどがあるわけで、9.11テロはその延長線上にあると考えられよう(そういえば、ユナ・ボマーに触発されて文明の暴走に警鐘を発したビル・ジョイがSUNからいなくなるのも、webmasterとしては何か将来を暗示するものと深読みしたくなる)。

また、近年の社会はこうした物理的有形力の行使を伴わないウィルスなどによるネットワークへの攻撃も、こうした観点からは統一的に思考対象とすることができる(もはや珍しくもない話だが、最近の例としてはblasterの亜種作成容疑で18歳の少年が逮捕されている)。

こうしたことが個人や少人数のグループでも可能となるのは、どんな知識であれ、いくら隠そうとしたところで必ず広がっていくものであり、そうした知識の拡散は不可逆だからだ。 その気になれば、今では個人が核兵器を作ることも十分可能であり、そうである以上、いつか必ず核兵器を作ってテロを起こす人間が出てくることは避けられない。 当然ながら、個人レベルでそれだけの破壊力を有することができるのであれば、国家レベルではもっと強力な兵器をいくらでもそろえることが可能だが、それは対個人では意味がない。 国家対国家では有効であったMADMutual Assured Destruction, 相互確証破壊)ではあるが、そもそも通常の治安維持機構で個人を抹殺することは造作もないことであり、今さら抑止効果の増加は求めようもないのだ。

それがいつかはわからないが、大量破壊兵器による個人・少人数グループによる国家の打倒や、ウィルスなどによる社会機能の大規模な混乱は必ずや発生し、それがまた一つの時代を象徴する出来事として語り継がれることになるだろう。 できることなら、それがwebmasterの生きている間ではないことを祈りたい。

(2003-09-11記)

2003-09-15「WTO・カンクン会合の失敗」

メキシコ・カンクンで行われていたWTO(World Trade Organization)新ラウンド閣僚会議であるが、9月14日、合意に至らぬまま終結した。 ぜーリックUSTR(United States Trade Representative)代表(webmaster注:しかし、representative=代表なのだから、この訳語も変なのだが)が現ラウンド期限までの合意は難しいと記者会見で述べたが、これは現在のWTOの本質的な問題が原因でありやむを得ない事態である。

というのも、ルール上は締約国団の2/3、慣行上は全会一致でなければ意思決定ができないという縛りがある以上、参加者が多くなればなるほど合意形成は幾何級数的に困難なものとなるからだ。 この問題は前身のGATT(General Agreement on Tariffs and Trade)時代からあるものだが、さすがに人類として国際連盟の失敗を経験している以上、一応これには対応策があったし、ウルグァイ・ラウンドまでは合意にこぎつけていたように、それなりに機能はしていた。

その対応策とは、フォーマルなものとしてはラウンドという交渉形式、すなわちすべての議題に対して一括して賛否を問うことにより、つまみ食い的な合意が先行し、本当にシビアな交渉だけが取り残されるということを防いだことがあげられ、インフォーマルなものとしては先進国が経済力を活かして発展途上国を吊り上げるという多数派工作が有効(議題が経済問題だけに安全保障系の会議よりはこうした手法の効力が高い)であったことがあげられる。 しかし、発展途上国の参加数が増えてきたため、その有効性も限界に達している。

また、東京ラウンドまでは関税率が交渉の主たる対象であり、最後は数字を足して二で割るという妥協が容易であったという環境要因も大きかった。 これについては、すでに前回のウルグァイ・ラウンドでも、サービス貿易や知的財産権などモノの貿易以外にも適用範囲を広げ、アンチダンピングに代表される非関税障壁についても交渉対象としたため相当難航したのだが、この傾向は現ラウンドではますます強まっている。

さらに事態を悪化させているのがNGO・NPOの参加。 関係者が多くなればなるほど合意形成が困難となるのは上記のとおりだが、NGOの参加は関係者をいたずらに増やすにとどまらず、ラウンド形式をとることによる妥協形成の対象にならない(基本的に彼らは何らかの主義・主張の実現を目指しているが、それ以外は関心の外であり、主張するテーマ以外のところで「借り」を作るということがあり得ない)ので始末に終えない。

以上からWTOは、例えばパネル(小委員会)による紛争処理など、すでに出来上がったルールの執行機関としては大いに活躍が期待されるが、現ラウンドを含め、新ルールの決定機関としては多くを望むべくもないのだろうし、各国政府も同様の見通しを持っているからこそ、FTA(Free Trade Agreement)の結成に力を注いでいると考えられる。

最後に少し脱線だが、webmasterが学生のころ、外務省の外郭団体が主催する論文コンテストで、ある外交上の目的を達するためにどうすればよいかというテーマ(これ以上テーマを特定すると年がばれそうなのであいまいに書くと、安全保障関連)で、まともな国内での政策決定がなされなければ外交などやりようがないので、まずは国内の政策決定過程を整備すべしという枠組みのペーパーを書いたのだが、まったく相手にしてもらえなかった。 冷静に考えれば趣旨が違っているので相手にされなくて当然なのだが(しかし当時は、受賞作を読んで、なんでこんな小手先の術策をあれこれひねくりまわすペーパーが評価されるのだと憤慨していた。 若かったなぁ)、どうしてこんな認めたくない若さ故の過ちを引っ張り出したのかというと、農水省の弁護のためだ。

米(アメリカじゃなくっておこめ)にこだわり全体をぶち壊しかねない農水省のやり方に反発する向きも多いだろうし、webmasterも大いに同意するのだが、国内でそうした意思決定がなされる以上、外交ではどうにもなるまい(だからこそ国内の大勢に背を向けた伊藤博文や小村寿太郎らによるポーツマス条約が英断として評価されるわけだし(フィクションではあるが、ポーツマス条約締結後、帰国した小村を伊藤が出迎える場面は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の中でも5本の指に入る名場面だと思う)、これとて一歩間違えれば独善に基づく外交官の暴走だ)。 農水省による自由貿易の足を引っ張るかのような姿勢に釈然としないのであれば、まずは農業ロビイストに左右されない政策形成過程の構築に力を注ぐべきであって、農水省をなじったところで物事は解決しないのだ。

(2003-09-15記)

2003-09-23「小泉の勝利」

8月31日に取り上げた自民党総裁選であるが、結局は大方の予想どおり小泉の再選で終わった。 反小泉サイドのなりふりかまわぬ抵抗がどうなるかと思っていたが、瞠目すべきニュースは野中広務の引退表明があったぐらいで、総裁選自体は思いのほかあっけない幕切れとなった。

それもこれも青木や堀内といった面々が毒まんじゅうを食ってしまったためであるが、webmasterのいう毒まんじゅうは野中が言ったそれ、つまり人事面での優遇ではない。 それは、選挙に勝つということだ。 選挙に勝つためには小泉が必要だという足元を見透かされた段階で毒が回ってしまったのだ。

青木の意に反して今回の内閣改造では竹中が留任したが、今さらそれに文句をつけてみたとしてもどうにもならない。 今後、例えば郵政公社民営化といった個別イシューでいくら青木が反対にまわろうとしても、「じゃあ内閣総辞職だ」と言われてしまえば腰砕けになるのは目に見えている。

小泉側についた「抵抗勢力」はこれで事実上骨抜きになったとして、亀井に代表される小泉と戦った側の「抵抗勢力」はどうか。 今回の地方票の動向を見ると、地方といえども小泉の圧勝である。 8月31日にwebmasterが書いたことが間違っているのではとの指摘もあろうが、そうではない。 地方党員もまた毒まんじゅうの餌食となってしまったのだと解すべきだろう。 むしろ牛後となるとも鶏頭となるなかれ、仮に小泉に冷遇されたとしても、小泉を追い落として民主党が与党になったときに予想される結果よりはましと判断した向きが多かったのではないだろうか。

古人の知恵は軽視すべからず、長い目で見れば一定の固定支持層を抱える鶏頭となってキャスティングヴォートを握る(今の公明党のポジション。 海外でも、スウェーデンの中央党に代表される中道諸党やドイツの自由民主党など、多くの例が見られる)ことがベストの戦略だろうが、それは石原新党ではありえない。 石原は明らかに都市型政治家、亀井や野中より小泉や菅に近しい政治スタイルの人間である以上、新党は石原というカリスマが第一線を退けば分裂するのは目に見えているし、であれば目端の利く石原が新党構想に乗るとも思いがたい(よほど血迷いでもすれば別だが)。

自民党から野党に目を向けても、小泉は総選挙に先立って事実上勝利を手にしている。 小石原(息子のこと)が国土交通大臣となり、以前予言したとおり(時期は少し外したが)日本道路公団の藤井総裁は更迭されるだろうし、これで今ですら圧倒的な差がついている支持率の格差は一段と広がるだろう。 これに安倍幹事長効果が加わるのだから負ける要素が見当たらない(し、それに対してタカ派と評して批判した気になっている菅の政治センスの悪さがさらに駄目押しだ)。

以上見たように、よほどひどいスキャンダルでも出てこない限りあと2年は安泰と思われるだけの政権基盤を確立した小泉に対して、読者はさぞ意外だろうが、リフレ派たるwebmasterとしても望みを託することができると考えている。 大切なポイントは2つ、竹中の留任G7会合での円売り介入牽制だ。

リフレ派からは得てして評判が悪い竹中ではあるが、リフレ政策への理解度(最近の言動は少し怪しいが・・・)と政策を実現させる可能性の積により求められるリフレ政策実施期待値が一番高いのは彼である。 残念ながら主要なリフレ派論者は、前者は竹中に勝っているとしても、後者がほぼゼロであるため、期待値もまたほぼゼロとなり竹中に劣ることとなる。 他方で最近の円高傾向(デフレが止まっていないのだから当然だ)は財界の危機感を高めているにもかかわらず、為替介入による円高阻止の道がほぼふさがれたため、残る手段は金融緩和しかない(まさか資本移動規制によるドルペッグ(アジア通貨危機時にマハティールが選択した政策)を行うことはできないだろうし、構造改革が円安につながる理屈はどう考えてもあり得ない(デフレ対策としての構造改革については、常温核融合のそれと同程度ではあるが、不良債権処理の促進→貸出し増加の経路を通じた貨幣乗数の上昇によるデフレ脱出や、成長産業への資源シフトにより高どまっている実質金利以上の投資収益率を経済全体として確保することによる投資増加という理論武装がかろうじて可能ではある))。

そこで、竹中がイニシアティブをとっての円高阻止のための金融緩和政策(これなら日銀のメンツはつぶれないだろう)発動、というシナリオの実現に賭けてみたい。 そうすればアメリカ並みの金融緩和が必然的に行われることとなるが、FRBが実態としてインフレターゲットを採用し金融緩和を行っている以上、これで間接的なリフレ政策の導入ということになる。 外国頼りなのはある意味情けないが、恐慌を回避するためと考えればチンケなプライドにこだわるべきではなかろう。

(2003-09-23記)

2003-09-30「OSの流行り廃り」

9月24日、東京大学の学内ネットワークの大部分がiMacに置き換えられることとなった。 アンチMSにとっては鬱憤が晴れるできごとなのかもしれないが、これほどWindowsの壁は厚いのかというのがwebmasterの正直な感想である。

コンペに勝ったことについてのアップル自身のコメントにもあるが、ジョブズがNeXTから復帰してからの路線の帰結として、Mac OS Xの中身はUNIXである。 さて、Mac OSといえば従来から操作のしやすさは定評があり、他方でUNIXといえば軽い上に安定性でもWindowsをしのぐことに異議を差し挟む人はいない。 そして、Mac OS Xはとりあえず両者の長所を併せ持つことに成功しており、つまりはMac OS XWindowsより使いやすく、安定したすばらしいOSのはず、である。

にもかかわらず、たかが1大学のシステムが置き換わる(しかも、大学は管理者のスキル水準が総じて高く素人にとっての敷居の低さをそれほど重視しない傾向にある一方で、従来のシステムがUNIXベースであることが多いので、Windowsにとっては最も不利なマーケットの一つだ)ことがニュースとなることからもわかるように、依然としてWindowsが市場で支配的という状態は変わっていない。 アンチMSに言わせれば、MSが汚い手段で市場支配をたくらんでいるからだ、司法省だって反トラスト法違反で訴えるなど問題視してたじゃないか、ということになるのだろうが、話はそう簡単ではない。 現にMS自身、最近はともかくWindows 95あたりまでは結構良心的なベンダーとして評価されていたわけで、トップシェアを確保したのは他と比較しても特に問題のない手段によるものだったわけである。 節操がなかろうがなんだろうが、訴訟になってでもMac OSlook & feelを備えGNUプロジェクトやlinuxに代表されるオープンソースにも目を配り、最近で言えばTRONとの提携も辞さないなど、MSのダイナミズムはなんだかんだ言っても業界指折りであり、そうした今に連なるMSの積極性は、今の地位を確保する原動力の一つであったと評価せざるを得まい。

それでは、MSの覇権は今後も揺るがしようがないのだろうか。 その質問に対しては、やり方によってはなんとかなると答えられよう。

日本のコンピュータ業界では、市場の支配者がドラスティックに変わった実例がある。 NECのPC-98からWindowsマシンであるPC互換機への交替がそれだ。 往時のPC-98は、今のWindowsがそうであるように、過去から受け継がれた膨大なソフトウェア資産を抱えることにより顧客に高い乗り換えコストを意識させ(webmasterの経験で言うと、実際に思い切って変更してしまえば、案外過去のソフトウェアなどどうでもいいものということがわかり、新しい環境に驚くほど早くなじんでしまうものだが。 現にWindows自身、9x系からNT系への移行期にはそれなりに互換性を放棄している)、圧倒的といえるシェアを誇っていた。

ではその牙城があっという間に潰え去ってしまった理由は何か。 COMPAQ(今ではもうないが・・・)ショックと呼ばれたPC互換機の低価格攻勢なども一因ではあろうが、最大の理由はグラフィックス処理能力だったのではないか。

PC互換機は、当初CGAという低レベルのグラフィックス環境からスタートし、その後EGA、VGAと進化してきたこともあり、ハードウェアの変更に伴うグラフィックス環境の変化についてもソフトウェア側で対応してきたという実態があり、Windowsも当然ながらそうした環境変化に耐え得るものであった。 他方でPC-98は、当初から640×400ドットの解像度に16色という(PC互換機に比べれば)高レベルのグラフィックス環境を備えていたが故に、ユーザ側にしてもそれを高度化するニーズがなく(だからこそ98XAなどの高解像度機種やPC-100への移行は失敗に終わった)、ソフトウェアがハードで用意されているグラフィックス環境、とりわけ日本語表示を依存してしまっていた。 その結果、PC互換機においてはSVGA以降ハードウェア側で800×600を超える高解像度が実現され、さらに各種アクセラレータチップやVLバスがその可能性をどんどん拡大していく中で、PC互換機にDOS/Vが登場し、さらにWindows 95が登場しアプリの対応が進んだ結果、そうした対応が全く行われ得なかったPC-98はあっという間に時代に取り残されてしまった。

これを見るに、革新的なハードの進歩があり、従来のソフトがそれに応じて変わっていくときが、新たなOSにとっての最大のチャンスとなるだろう。 それがウェアラブルコンピュータなのか、アラン・ケイのダイナブックなのか、それとも今では想像もつかない新たなアーキテクチャなのかはわからない。 しかし、その変化の時代についていけるOSこそがWindowsを駆逐するものになろうし、もしそれを作るのがMSであれば、結局MSの覇権は続くことになろう。

(2003-09-30記)

bewaad<webmaster@bewaad.com>

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